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王立図書館長が突然辞職することになったのですが、なぜか部下の私に求婚してきました  作者: 杜咲凜
第二章 はじまる結婚生活

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24.リタ、小さな妖精に出会う 4

「リタ、領地での準備もだいぶ整った。お前を迎える支度もできたから、次の休みには一緒に行こう」


「はい。しばらく、あちらに滞在する予定ですか?」


「ああ」


 朝食のあと。

 紅茶を飲みながら、館長は今後の予定を話してくれた。


「慣れてもらう必要もあるからな。それほど広い土地ではないが、山あいの地域もあって移動が大変な場所もある。全部を一度に見て回るのは難しい。何回かに分けて行くつもりだ」


「はい、わかりました」


 素直に頷きながら、リタは少しだけ胸の奥が沈むのを感じていた。


 せっかくルークと仲良くなって、午後のお茶の時間も楽しくなってきたのに。

 領地へ行くことになれば、しばらくは会えなくなるだろう。


 もちろん親戚なのだから、もう二度と会えないわけではない。

 またきっと会える。

 そう思おうとする。

 でも、やっぱり少し寂しかった。


 この屋敷での暮らしにも、少しずつ慣れてきた。

 レッスンがあり、覚えることがあり、忙しいようでいて、ふと心が空く時間もある。


 そんな時に顔を見せてくれる館長のやさしさは感じている。

 けれど――


(これって、新婚らしい暮らしなのかな)


 ふと思う。

 リタの中にある「新婚」のイメージは、前世で見たドラマや恋愛漫画の中のものだ。

 もっと甘くて、もっと熱くて、もっと一緒にいるものだと思っていた。

 今の自分たちは、違う。

 穏やかではある。

 でも、それが夫婦らしいのかはわからない。


(もしかして、形だけの夫婦ってことなのかな)


 そんな考えがよぎって、すぐに打ち消す。


 館長は、そんな回りくどいことをする人ではない。

 ただ忙しいだけ。きっとそれだけだ。


「領地にいれば、今よりは時間も取れるはずだ」


 館長が静かに言った。


「リタ。それまで、少し待っていてくれ」


「はい」


 リタは、また素直に頷いた。

 不安がないわけではない。

 でも、不満はなかった。

 好きな人の顔を見て、朝ごはんを食べて、同じ屋敷で暮らしている。

 それだけでも、以前の自分からすれば十分すぎるくらいだった。


*****


「リタ、どうかしたの?」


「え……ルーク?」


 気づけば、またぼんやりしていたらしい。


 目の前で、ルークが手をひらひら振っている。

 意識があるか確かめるみたいに。


「今日は、これで三回目」


 ルークが少しだけ眉を寄せた。


「何かあったの?」


「うん……」


 リタはティーカップを見つめた。


「今度、領地に行くことになって。しばらく、ルークとお茶会ができなくなるかなと思って」


「そっか……」


 ルークも少しだけ寂しそうな顔をした。


「領地っていくつかあるけど、ここからだと馬車で一日くらいの場所だよね」


「そうみたい。もっと遠い場所だと、鉄道を使うこともあるらしいの」


「鉄道、かっこいいよね!」


 急に声が明るくなる。


「僕、遠い領地のほうにも長く住んでたから、そこで友達もたくさんできたんだ。王都より不便なところもあるけど、自然はすごくきれいだし、親切な人も多いよ」


「すてきなところね」


「うん。領地のこと、僕も少しは教えられるよ」


「じゃあ、ルーク先生にお願いしようかしら」


 リタがそう言うと、ルークは少し照れながら胸を張った。


 ルークの話は、どれも本には載っていないことばかりだった。


 領民がどんなふうに暮らしているのか。

 貴族は口にしないけれど、庶民には身近な食べ物のこと。

 季節ごとの風や雨、畑の様子、町の小さな出来事。


 文字や資料だけでは見えてこない暮らしが、そこにはあった。

 リタは、本を読むのが好きだ。

 いろんな知識に触れてきた自負もある。


 けれど、それだけでは足りない。

 貴族としてどう振る舞うべきか、座学で学ぶことはできる。

 でも、領民のことを本当に知るには、実際にその姿を見なければわからないのだろう。


「僕ね」


 ルークがふいに真面目な顔になる。


「本当は、医者になりたいんだ」


「医者?」


「うん」


 ルークは頷いた。


「領主になるために勉強するのが大事なのはわかる。でも、ミハイル様が領主になるでしょう?僕がそうなるかは、まだわからないし」


「……そうね」


「メイドたちが言ってるんだ」


 ルークは少し声を潜めた。


「そのうち、リタに赤ちゃんができたら、その子が次の領主になるんじゃないかって」


 リタは、何も言えなかった。


 結婚した以上、跡継ぎを期待されるのは当然だ。

 頭ではわかっている。

 けれど、自分が本当に子どもを産めるのかどうかもわからない。

 そもそも今の関係が、本当に夫婦らしいものなのかさえ、まだ自信が持てないのに。

 周囲では、もうそんな話になっている。

 そのことが少し怖かった。


「わたしも……」


 やっと出た声は、少し弱かった。


「貴族の習慣に慣れるだけで、今はいっぱいいっぱいなの。先のことは、まだ全然わからなくて」


「僕だってわからないよ」


 ルークはあっさりと言った。


「でも、せっかくなら自分のやりたいことをやりたいなって思う」


 その言葉に、リタは少しだけ目を伏せた。


「わたし、小さいころから“これがしたい”って、あんまりなかったの」


 ぽつりと零れる本音。


「なんとなく学校に行って、なんとなく就職して。だから、ルークみたいにやりたいことがあるのはすごいと思う。応援したいな」


「リタ、ありがとう」


 ルークは嬉しそうに笑った。


 まだ小さいのに、大人の事情をわかっていて。

 その中で、自分はどう生きたいかをちゃんと考えている。


 その姿が、少しだけまぶしい。

 それに比べて自分はどうだろう。

 流されるままここまで来て、今さら焦っている。

 けれど、何をどうすればいいのかは、まだわからない。


 そうして、領地へ向かう朝は、思ったより早くやってきた。

 リタは初めての領地訪問へ出発することになった。

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