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王立図書館長が突然辞職することになったのですが、なぜか部下の私に求婚してきました  作者: 杜咲凜
第二章 はじまる結婚生活

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23.リタ、小さな妖精に出会う 3

「リタ。最近、機嫌がいいようだが。何か面白い本でも見つけたのか?」


「え、わたし、機嫌がよく見えますか?」


「いや。食事が終わると、いつもそわそわと出ていくからな。読みたい本でもあるのかと思った」


「本! 館長、ありがとうございます」


「……何だ?」


「本です。先日いただいた鍵のおかげで、新しい本がたくさん読めています。読みたい小説が多すぎて、時間がいくらあっても足りません」


 館長は少しだけ目を細めた。


「それはよかった。不便はないか?」


「とても良くしていただいています。ただ……」


「ただ?」


「領地のことを勉強していますが、本に書かれていることだけでは、きっとわからないことも多いと思っていて。少し心配なんです」


 リタがそう言うと、館長は静かに頷いた。


「あちらへ行けば、実際に領民の話を聞くことになる。俺も家から話は聞いていたが、実際にこの立場になってみると、本で得た知識だけでは足りないことも多い」


 そこで一度言葉を切る。


「新米夫婦なんだ。二人でやっていこう」


「はい」


 その言葉だけで、胸の奥がほんのりあたたかくなる。


「こうして館長と一緒に朝ごはんを食べていると……少しずつ、結婚したんだって実感がわいてくる気がします」


「結婚してから、まとまった時間が取れなくて悪いな」


 珍しく、館長の方からそんなことを言った。


「事務作業や手続きが立て込んでいる。こうしてゆっくり話せるのも、今は食事の時間くらいだ」


「お忙しいのはわかっています」


「もう少し落ち着いたら、旅行でもどうかと思っている」


「旅行、ですか?」


「ああ。新婚旅行というやつだな。隣国へ視察も兼ねて出かけるのも悪くない。新婚なんだ、それくらい許されるだろう」


 新婚旅行。


 その響きは、まだどこか他人事のようだった。


「領地へ行くのは、いつ頃になりそうですか」


「あと一か月ほどだろう。しばらくは王都と領地を行き来する生活になる。予定では、一年の半分くらいはあちらで過ごすことになるはずだ」


「わたしは……館長についていきます」


 そう言いながら、リタは少しだけ先の暮らしを思い浮かべた。


 王都を長く離れたことは、これまでほとんどない。

 あるとすれば、母方の祖父母の村に預けられたときくらいだ。


 それも長期休暇の間だけ。

 気楽なものだった。


 でも、これからは違う。

 王都と領地。

 二つの場所を行き来して暮らすのだ。

 今までとは、何もかもが変わるだろう。

 それに――ルークと過ごす、今の時間も。


 あと一か月もすれば、こうしてゆっくりお茶をすることは難しくなるかもしれない。


 今しかない時間。

 そのことを思いながら、リタは朝食を終えた。


*****


「リタ、今日はどんなお話をしてくれるの?」


「そうね……今日は、異世界に飛ばされてしまった女の子のお話にしようかしら」


「異世界って、僕は考えたことがなかったよ」


 ルークは借りた本の表紙を眺めながら、小さく首を傾げた。


「自分が住んでる世界じゃない場所なんて、想像したことなかったもの」


「ええ、わたしもそうだったわ。でもね……館長が教えてくれた本には、異世界のお話がたくさんあったの」


「リタって、ミハイル様のことを館長って呼ぶよね」


「……そうなの」


 少しだけ気まずくて、リタは曖昧に笑った。


「慣れなくて。なるべくミハイル様って呼ぼうと思っているのだけれど……なんだか恥ずかしくて」


「なんで?」


「ずっと館長って呼んできたから、急に変えるのが変な感じで……」


「それは、わかるかも」


 ルークが頷く。


「ルークにも、そういうことがあったの?」


 いつもの部屋。窓辺の椅子。お茶と本。

 ルークは本を膝にのせたまま、少しだけ視線を落とした。


「僕ね、ずっとお母様と離れて暮らしていたの、知ってる?」


「うん」


「一緒にいたのは、おばあ様だったんだ。身の回りのことをしてくれる人もいて……僕、その人のことをママって呼んでた時期があるの」


 リタは息をひそめた。


「小さい頃の話だよ。でも、それっていけないことだって、ちゃんとわかってた。絶対、お母様が悲しむって」


「……そうだったの」


「これ、リタとの秘密ね?」


 ルークは少しだけ笑って、でもその笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。


「僕、お母様に捨てられたのかもしれないって思ったこともあったんだ。もう迎えに来てくれないんじゃないかって」


 リタの胸がきゅっと痛んだ。

 けれどルークは、慌てるように首を振る。


「でも、寂しいばっかりじゃなかったよ。友達もいたし、育ててくれた人の家の子たちとも兄弟みたいに育ったんだ」


 リタが悲しそうな顔をしたのがわかったのだろう。

 ルークは明るく言い直した。


「それでね。お母様が迎えに来てくれたんだ」


 青い瞳が少しだけ揺れる。


「僕、最初は“お母様”って言えなかった。忘れられてたんじゃないかって、怖くて」


「……うん」


「でも、お母様、僕の顔を見たら泣いちゃって。ずっと会いたかったって言ってくれたんだ」


 か弱そうに見えるローラ。

 けれど、ルークを見る目はやさしかった。

 あれが作りもののはずがない。


 ルークと離れて暮らしていた事情はわからない。

 でも、きっと彼女にも、どうしようもない事情があったのだろう。

 立て続けに夫を亡くし、病も重なったとすればなおさら。


 リタはルークの小さな横顔を見つめながら、そっと紅茶に口をつけた。

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