21.リタ、小さな妖精に出会う 1
「はあ、面白かった――」
リタが館長のもとに嫁いできて、二か月がたったころ。
館長は相変わらず領地へ行ったり来たりと忙しく、王都に残るリタは、貴族としての嗜みや領地で必要なマナー、基礎知識を学ぶ日々を繰り返していた。
ここ一週間は、館長の顔も見ていない。
(……ちょっと、寂しいかも)
ぽつりと胸の奥でつぶやいて、リタは小さく首を振った。
そんなことを考えるのは、よくない気がしたからだ。
二か月もたてば、生活のリズムも整い、隙間時間に本を読む余裕もできてきた。
館長から渡されたゴールドの鍵で書庫を開けば、そこには彼の趣味らしい異世界転生ものの小説がずらりと並んでいた。
今読んでいるのは、異世界から来た少女が王族に転生し、女子で初めて学校を作り、国を支える存在となる物語。
海外から入ってきた本らしく、世界観は中世。王妃や王族も読むほど有名だと聞いたことがある。
読み進めるうちに、胸が熱くなった。
力ではなく知恵で戦い、女子たちが団結して国を守る。
(……すごいな)
自然と頬が緩む。
この世界にも、転生して活躍した人がいたのだろうか。
そう思うだけで、胸がわくわくした。
気が付けば、長い時間没頭していたらしい。喉が渇いていた。
近くのティーカップに手を伸ばし、ひと口飲む。
「……冷めてる」
少しだけ肩を落としながら、中庭へ視線を向けた。
そのとき金色の、小さな影が目に入った。
「……?」
目をこすって、もう一度見る。
やはり、いる。
金色の影はゆっくりと近づき、窓の前に現れた。
それは――金髪の少年だった。
青く澄んだ瞳。好奇心をそのまま形にしたような、まっすぐな視線。
少年は、リタをじっと見つめている。
「こんにちは」
リタはそっと窓を開けて、声をかけた。
少年は驚いたように目を瞬かせ、それから少しだけ照れたように視線を落とす。
「こんにちは……お邪魔して、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫。あなたはどこから来たの?」
「あっちから……」
少年は木々の向こうを指差した。
あちらは別館。館長の亡くなった兄たちの住まいで、今はほとんど使われていない場所だ。
「ここの子、かな?」
「……うん」
少しだけ間を置いて、少年は続けた。
「お父様が、亡くなって……。それから、母さんのほうのおばあ様と暮らしてたんだけど……おばあ様も病気で」
「……」
「だから、母様のところに戻ってきたんだ」
小さくうつむく姿に、リタの胸がきゅっと痛んだ。
けれど少年は、すぐに顔を上げる。
無理に明るくしようとしているのが、わかってしまう笑顔だった。
「本、読んでたの?」
「ええ、ここに書庫があってね」
「難しそう」
「そんなことないよ」
リタは少しだけ笑った。
「あなたでも読める本、探せると思う」
「ほんと?」
「うん」
少年の瞳がぱっと輝く。
「僕も、一緒に読んでいい?」
「もちろん」
自然と、言葉が出ていた。
「ここにいるときは、いつでも来ていいよ。読みたい本があったら探しておく」
「……ありがとう」
少年は少しだけ遠慮がちに言って、それから思い出したように顔を上げた。
「えっと……お姉さん?」
「リタよ。あなたは?」
「僕はルーク。リタさん、明日もいる?」
「たぶん、午後なら」
「じゃあ来る!おいしいクッキー持ってくる!」
「ふふ、じゃあお茶会ね」
「うん!」
ぱあっと花が咲いたように笑う。
その笑顔に、リタの胸の奥がほんのり温かくなった。
(……かわいいな)
ルークの青い瞳は、空の色に似ている。
どこか顔つきが――館長にも似ている気がした。
ルークは何度も振り返りながら、木々の方へ駆けていく。
その姿は、まるで森の中を舞う小さな光のようだった。
気が付けば、空は夕焼けに染まっている。
「……もうこんな時間」
リタはそっと窓を閉めた。
胸の中に、ほんの少しだけ残る温もり。
それは、ここに来て初めて感じた――
誰かと過ごす、やさしい時間だった。




