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王立図書館長が突然辞職することになったのですが、なぜか部下の私に求婚してきました  作者: 杜咲凜
第二章 はじまる結婚生活

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18/50

18.リタ、目が覚めたあのころを思う 1

 仕事を辞めてから、昼の時間が長くなった。

 家事をする必要もない。

 決められたレッスンが終われば、あとは自由。


 気づけば、ほとんどの時間を本と過ごしていた。

 時間があると、過去を思い出す。

 もともと、ぼんやりと自分の世界に沈むのが好きだった。


 何もせず、ただ考えているだけの時間。

 それだけで、満たされることもある。


 ――けれど。


(本当に、これでいいのかな)


 ふと、そんな疑問が浮かぶ。

 何かをしようと思っても、思いつかない。

 これまでの人生は、必要に迫られて動くことばかりだった。


 やらなければいけないことがあって、

 だから動いていただけ。


 「やりたいこと」を自分で選ぶことには、慣れていなかった。


(贅沢な悩みだよね)


 そう思って、少しだけ笑う。

 前世なら、映画を見たり、ドラマを見たり。

 そういう時間の潰し方があった。

 けれど、この世界にはそれがない。

 あるのは、本だけ。


 歌をうたったり詩も書いたりもできる――

 誰かに見せるのは、少し怖い。

 結局、本を開く。

 文字の中に潜っていると、誰にも触れられない。


 誰にも見られない。

 自分だけの場所にいられる。


 空を見上げる。

 ふわりと、体が浮くような感覚。

 世界から切り離されて、自分だけが残っているみたいだった。


 ――私は、誰なんだろう。


 ――どうして、ここにいるんだろう。


 呼吸が、少し重くなる。

 このまま、消えてしまえたら。

 そんなことまで、よぎる。


「リタ!」


 声に引き戻される。

 顔を上げると、扉のところに館長が立っていた。


「驚かせるな。お前、ときどき消えそうになる」


「そんなに、ぼーっとしてました?」


「ぼーっと、じゃないな。魂が抜けてる」


 いつものように淡々とした口調。

 でも、ほんの少しだけ心配が混ざっている。


「このまま寝たら、よく眠れそうです」


「眠れてないのか?」


 少しだけ間があく。


「……そう見えました?」


 本を閉じる。

 同じ寝室ではある。

 が、一度として来た気配はない。

 館長はどこでも眠れる人だ。


 資料室の床でも、本棚の陰でも。

 何度も踏みかけたことがある。


 ――あれを思えば、不思議じゃない。


 そう、思うことにする。


「悪いな。時間が取れなくて」


「いえ。ちょっと意地悪を言っただけです」


 本当は、少しだけ寂しかった。

 でも、それは言わない。


「疲れてないか?」


「その反対です。……暇で」


「暇?」


 少しだけ眉が動く。


「レッスンはあるけど、長くないですし。学院でやっていたことの延長なので」


「ああ……そうか」


 館長が、ふっと目を細めた。


「リタは、リタだったな」


「どういう意味です?」


「そのままだ。不器用そうで、妙に器用だ」


「不器用なのは否定しません」


「この屋敷だと、本は少ないだろう」


「書庫があるんですか?」


「ある。……まだ見てないのか」


「はい」


「じゃあ、案内するか」


 その一言で、空気が少し変わる。


「楽しみです!」


 自然と声が弾む。

 思い出す。

 図書館に入りたての頃。

 館長が、書庫を案内してくれた日。


 あのときの空気。

 あのときの温度。

 本のある場所は、どこでも少し違う。

 国が違えば、並ぶ本も違う。

 空気も、匂いも。

 それが好きだった。


 けれど。


(いつから、本が好きだったんだろう)


 前世では、そこまでじゃなかった気がする。

 でも、思い出せない。

 思い出せそうで。

 少しだけ、手を伸ばせば届きそうで。

 でも、届かない。

 その違和感だけが、静かに残った。

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