16.リタ、結婚式をおこなう 2
「聖なる神の前で誓いなさい。
病める時も健やかなるときも――」
司祭の声が、静かな教会に響く。
「誓います」
「誓います」
言葉は、思っていたよりもすんなりと口から出た。
祈りのあと、館長の家に代々伝わるブルーダイヤの指輪が、リタの指にはめられる。
ひんやりとした重みが、現実を少しだけ引き寄せた。
そして、ベールが上げられる。
見上げた先には、白いタキシード姿の館長。
いつもより整えられた髪。
なのに、どこか見慣れたままの表情。
(不思議……)
そう思った瞬間、自然と目を閉じていた。
ふわりと、触れたか触れないかのキス。
一瞬だった。
でも、それだけで体が熱くなる。
視線が集まっているのがわかる。
儀式だとわかっていても、やっぱり恥ずかしい。
「リタ、行こう」
手を取られる。
そのまま腕に手を添え、ゆっくりと歩き出す。
視線の先には、家族。
両親、兄、妹夫婦。
そして小さな甥たち。
館長の両親と、ローラ。
その隣には、金髪の小さな男の子――天使みたいな子が立っていた。
みんな、笑っている。
祝福されている。
なのに。
リタは、ふとローラを見た。
(……どんな気持ちなんだろう)
好きな人が、別の誰かと結婚する。
それを、ただ見ていること。
もし自分だったら――きっと耐えられない。
でも。
リタだって、館長が好きだ。
だからこそ、考えてしまう。
この場所に立っているのが、自分でよかったのかと。
*****
教会を出ると、馬車が待っていた。
そのまま近くのレストランへ移動し、ささやかな会食が始まる。
時間は穏やかに流れていった。
リタの家族は、館長の両親の様子を見て、どこか安心したように帰っていく。
そして――一番の懸念だった館長の父。
完全に認めたわけではない。
それでも。
リタの兄の働きぶりや、父の過去を知ってから、態度は少しやわらいでいた。
父はかつて、戦場にいた。
大きな戦で功績をあげ、しかし負傷して退役した。
その後、パン屋を開き、今の生活がある。
館長の父――リッカルドもまた、若い頃は軍にいた人物だという。
酒を酌み交わし、言葉を交わし。
気がつけば、リタを「認める方向」へと傾いていた。
*****
すべてが終わる頃には、さすがに疲れきっていた。
ドレスを脱ぎ、用意された寝巻に着替える。
メイドのメグが静かに部屋を出ていったあと、リタはようやく息をついた。
けれどふと、気づく。
(これって……)
薄く透けるレースの寝巻。
慣れない柔らかさ。
(……初夜、だよね)
一気に頭が真っ白になる。
キスだって、ほとんど触れただけ。
それなのに、この先なんて――
考えただけで倒れそうだった。
ベッドに入る。
心臓の音だけが、やけに大きい。
でも――待っても、誰も来なかった。
そのまま、いつの間にか眠ってしまって。
気がつけば、朝だった。
隣には、誰もいない。
人の気配もない。
(……これで、いいのかな)
わからない。
前世でも、結婚なんてしていない。
夫婦がどう過ごすものなのか、知らない。
(貴族だから……?)
部屋はたくさんある。
別々に寝るのが普通なのかもしれない。
そう思うことにした。
今日から――
リタ・マーセルではなく、リタ・マートン。
それなのに。
まだ何ひとつ、変わった気がしなかった。




