15.リタ、結婚式をおこなう 1
王都の郊外にある、小さな教会で式を挙げることになった。
朝から支度があり、リタは淡い青のワンピースを着て、少し早めに家を出た。
教会までは歩ける距離だ。今日はバスを使わず、そのまま向かった。
両親は午前中だけ店を開けるらしい。
朝の仕込みもあるし、常連客もいる。
挙式は午後から。
貴族との結婚式ではあるが、館長とリタの希望で、参列は近しい人たちだけになった。
ただし、それで終わりではない。
領地に行けば、土地の有力者たちとの懇親会を兼ねた披露の席がある。
親族への正式な紹介もあるので、もっと大きな場も後日予定されていた。
けれど。
結婚式そのものだけは、自分たちの形で。
それが館長の希望だった。
リタは基本的に、その方針に従っている。
というより、特に意見がない。
平民と貴族の格差婚。
自分にできるのは、せめて粗相のないようについていくことだけだと思っていた。
「リタ様、ルーシー様がお見えです」
メイドのメグが、控えめに声をかけてくれた。
リタの支度を手伝ってくれたのも、メグだった。
これから何かと身の回りの世話をしてくれる人らしい。
真面目で、よく気がついて、隙がない。
優秀な人だと思う。
ただ、そのぶんきちんと線を引いている感じもして、リタは少しだけ距離を感じていた。
仲良くなれたらいいな、と思ってはいるのだけれど。
「ルーシー!」
「お姉ちゃん!」
くりっとした大きな瞳。
そこにいるだけで、場がぱっと明るくなるような華やかさ。
妹のルーシーだ。
リタは思わず駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、なかなか来られなくて」
「ううん。来てくれるだけで嬉しいよ」
その言葉だけで、胸がじんとした。
本当は、結婚のことを一番に報告したかった相手だ。
小さい頃から、ルーシーはいつもリタを助けてくれた。
明るくて、活発で、賢くて。
優柔不断なリタにとって、頼れる妹。
妹でありながら、一番の友人でもあるような存在だった。
けれどルーシーは学院卒業と同時に結婚し、今では二児の母だ。
下の子が生まれてまだ日が浅く、無理に実家へ来てもらうわけにはいかなかった。
だから結婚の報告も手紙になってしまったのだ。
こうして直接会えるのは、今日が久しぶりだった。
「お姉ちゃん、ちゃんと見せて」
ルーシーが一歩下がって、リタをまじまじと見つめる。
「……きれい!」
屈託のない言葉。
それだけで、少し泣きたくなった。
ルーシー自身も桃色のドレスを着ていて、とても華やかだった。
数年前、彼女の花嫁姿を見たことを思い出す。
その時は、自分がウエディングドレスを着る日が来るなんて、本当に思っていなかった。
「髪、伸ばしたんだね。似合うよ」
「ありがとう」
リタはもともと肩くらいまでの長さだった。
でも結婚式で髪を結い上げる都合もあって、少しだけ伸ばしていた。
いつもより丁寧な化粧。
慣れない宝石。
細かな刺繍の入った靴。
全部が自分のものではないようで、まだ落ち着かない。
まるで夢の中みたいだと思う。
眠ってしまったら、明日にはいつもの日常に戻っていて、全部なかったことになっているのではないか。
そんな妙な感覚さえある。
「ルーシーの旦那さんは?」
「外で子どもたちを見てくれてる。庭が広いから、走り回りたくて仕方ないみたい」
「もうそんなに動けるようになったんだ」
「下の子はまだだけどね。ほんと大変!目を離すとすぐどこか行っちゃいそうで」
楽しそうに話すルーシーを見ていると、やはり眩しいと思う。
リタは、自分で道を決めることが少なかった。
兄や両親が選んだ道の先に、なんとなく自分も進んできたような気がする。
でもルーシーは違う。
自分で決めて、自分で動く。
子どもの頃からそうだった。
一人で旅に出るような真似を、リタはとてもできなかった。
けれどルーシーは、まだ幼い頃から母方の祖父母の家へ平気で行ってしまう子だった。
妹なのに、ずっと憧れていた。
でもそんなルーシーが、姉であるリタを大好きだと言ってくれる。
そのことが、どれほど嬉しいか。
「それより!」
ルーシーがぱっと身を乗り出す。
「お姉ちゃんの旦那さんって、館長さんなんでしょ?びっくりした!」
「うん……私もまだ信じられないくらいで」
「え、それどういう意味?」
くりくりした目が、さらに丸くなる。
リタは少し困ったように笑った。
リタは、表情が薄いと言われることがある。
ぼんやりしていて、感情が抜け落ちているように見えるらしい。
窓の外を見ていると、どこか別の世界へ行ってしまいそうになることもある。
ルーシーとは、本当に違う。
「うーん……」
リタは少し考える。
「詳しくは、私もまだわからないの。けど……」
言葉を探していると、ルーシーが先に頷いた。
「お姉ちゃんが選んだ人なんでしょ?それならきっと大丈夫」
「あれ、ルーシーって館長のこと知ってる?」
「学院の時に、職場案内会があったの。説明してくれたことがあって」
なるほど、とリタは思う。
ルーシーも兄と同じく、学院ではとても優秀だった。
勉強だけでなく、運動もできた。
明るくて可愛らしくて、進路案内の時は引く手あまただったらしい。
けれど彼女は卒業後、祖父母の暮らす村の青年と結婚した。
幼い頃からの知り合い。
同じく学院を卒業したその青年は、祖父母に後継者として見込まれていた人だった。
今では二人で村を支えている。
新しい名産の開発までして、王都でも少し話題になるくらいだ。
「ありがとう。ルーシーがそう言ってくれると、大丈夫な気がする」
「もう、お姉ちゃん。もっと自信持ちなよ!」
ぴしっと言われて、リタは少しだけ笑った。
本当に、どちらが姉なのかわからない。
けれど、そんなルーシーだからこそ頼りになる。
結婚して、貴族社会に入れば、これまでのようには会えなくなるかもしれない。
気軽に手紙を書いたり、ふらりと会いに行ったりすることも難しくなるかもしれない。
それでも。
姉妹であることは変わらない。
この絆だけは、ずっと途切れないでいてほしいと、リタは心から思った。




