人質生活90日目
トーラティカの王城では、クローイの葬儀が執り行われていた。
雨が降り、全員が傘をさしている。
国民も悲しみに包まれた。
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アリディンバリスの王城。
トーラティカの先王は喪に伏していた。
「どうだ、先王の様子は?」
「食事も半分以上残されました。いつもの快活ぶりが鳴りを潜め、自室で過ごされております」
「従者はなんと?」
「いえ、従者は下げられ、おひとりでいらっしゃいます。かといって手紙を書くような行動も起こさず、静かに横になっているようで」
国王はため息をついた。
「想像以上に娘の死がこたえているようだ」
「ええ」
アリディンバリスも気温が下がってきたが、それ以上にトーラティカ先王の心は冷えていた。
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葬儀の日、国民は王城の方角を向き、頭を下げ、王族への感謝の言葉を呟いていた。
その声に耳を傾ければ少しは怨念が晴れるだろうにも関わらず、クローイは未だに霊を説得して王城に向かわせる事を繰り返していた。
しかし。
「(…こんなんじゃダメ。王城にいる魔法使いは国で一番優秀なんだから、そんじょそこらの幽霊が王城に入れるわけないんだ)」
考えた末、結論が出た。
「(モンスター、それも強いモンスターの霊。どこにいる?強いモンスター…?)」
強いモンスター、といえばやはりドラゴンだ。
しかしトーラティカ内にいるドラゴンはみな家畜化された飛行移動用のドラゴンばかりで、凶暴さが足りない気がしたし、物理的に牙も抜かれていた。
「(もっと郊外へ行かないと…でもトーラティカの中にそんなに強いモンスターがいる?いないよね…なら、モルリヴァールへ行ってみようかな?)」
モルリヴァールには過去のモンスターが多く封印されていた。
クローイのゴーストは、地上が、地図で見た風景になるまでフワフワと高度を上げる。
――――――――――
「レジナルド様、ありがとうございます」
「何がだ?」
ベヴァリーはおっほんと咳をした。
「クローイ様のために祈りを捧げてくださって」
「自分と似ている人物だったと知れば、誰だって祈りたくもなる。せめて、死後の彼女の魂が目的を果たせますように」
「転生させ女神様のお足もとで、今頃は別世界行きを命じられ、チート能力を授かっていらっしゃるかもしれません」
「もし貰えるとしたら、ベヴァリーはどんな能力がいい?」
「無限アイテムボックスですね。下手したらこれだけで無双できます」
「中二病だなぁ~」
「レジナルド様は?」
「装着するだけで力が100倍以上になる最強の甲冑が欲しい!暗黒炎超神竜セット!」
「ゼロを100倍してもゼロなんですよ?」
「数字に強いなベヴァリーは!俺も算数の勉強を頑張らないと!」
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アリディンバリス、王城。
夜、小さめの応接間にロジャー、そしてソフィーが呼ばれた。
「今度、王宮演者と共に古典劇をやってもらいたいんです」
「か、感激のあまり言葉が出ません…一生懸命頑張ります!!」
「そこまで気負ってもらう舞台じゃないんですけどね。私たちは夕食を食べながらの鑑賞になりますし」
「それでも!!これ以上に名誉なことはございません!!ウォーッ!!」
ソフィーはロジャーの涙をハンカチで拭った。
「それにしても、バーナビー様。王城にお招きいただけて光栄です。まずはその事に感謝いたしませんと。その上、演劇までご依頼していただけるとは…」
「お出しできるのはわずかなゴールドだけですがね。お許しください」
「とんでもございません!!無償どころか、こちらがお金を支払っても登らせていただけない舞台ですので…」
「さて。演目ですが…”勝利、転生させ女神様に捧げる生贄、戦士の帰港”ではどうでしょうか?」
「最高です、大好きな劇ですよ!セリフを最初から最後までそらんじれます!」
「それはよかった」
軽くアルコールも出され、場は和んだ雰囲気になる。
ロジャーとソフィーは雑談に応じていたが、だんだんと話の方向が変わってくる。
「今の王家のままではいけないと、そう思いませんか?」
ソフィーはそんな話をしてくるバーナビーの意図が掴めず、むずむずしている。
酒が入っていい気分になっているロジャーはそうですね!と意味も考えずに返答した。
「ソフィーさん。私たちは、モルリヴァール王国の素晴らしさを知っております」
「!!」
単刀直入に本題へ入る。
「ソフィーさんはモルリヴァール人でしょう。私たちは、いえ、トーラティカの人々も、元はモルリヴァール人。土地も元はモルリヴァールでした。”また、ひとつになりたい”という野望を持っているんです」
ソフィーはノドを鳴らした。
「…お力になれることなら、何でもいたします。武器の手配、外部からの応援…脱出させたい人物はいらっしゃいますか?」
「いえいえ、必要な準備はこちらでいたしますよ」
「えっ?武器?何のお話ですか?」
「ロジャーさん、最近、悲しい出来事はありませんでしたか?」
ロジャーは祖母が田舎へ引っ越してしまったことを話した。
「演劇はお前には向かないだろうと言われて、大げんかになって、私は…店を飛び出したんです。それが祖母の逆鱗の触れたのか、結局、それっきり会えずで。どこか田舎へ引っ越してしまったんでしょう。成功した私の姿を見てもらいたかったです」
バーナビーはハンカチで涙をぬぐう仕草を見せた。
ロジャーは慌てる。
「そ、そんな…王族の方に泣いていただくような話ではなくて!!!!」
「大変申し訳ございません。おばあさまとの別れは、国王様のせいなんです。今の王政が間違った政策をとっているせいで…」
「…え?」
「もし、第二王子レジナルド様のように演劇の歴史を重んじ、地方にも劇場を作っていればどうなっていたでしょう?今とは全く違う結末になっていたのでは?」
「それは…仮定の話はなんとも…?」
「国によっては、地方でこそ大きな演劇集団が育つように配慮がされる場合もあるとか。また、劇場もその土地その土地にあり、劇団が地方を巡る場合もあるようです」
「へぇ…!それは素晴らしいですね。そんなに熱心に演劇を振興している国があるとは羨ましいです」
ソフィーは笑った。
「イヤですバーナビー様。モルリヴァールのことでしょう?」
「ハハハ、そうです。ロジャーさん、モルリヴァールでは劇団が一か所に留まるのではなく、様々な土地で公演を行うんです。素晴らしいとは思いませんか?まさに、教養と伝統、古都モルリヴァールの名に恥じない芸術文化ですよ」
ロジャーは胸を押さえる。
「存じ上げませんでした。…確かに、国のどこでも興行を行えるなら、祖母と離ればなれになることは無かったかもしれません。王都にある大劇場のような場所が、全国各地にあるということですよね!?すごい!それこそ、人民の心を豊かにする税金の使い方だと思います」
「ええ。今の世の中には、演劇のように人間の心を潤わせ、ざまあ臓に栄養を送る芸術が必要なんです。もしもの話ですが、アリディンバリスがモルリヴァールに復帰し、現代演劇の壮麗さと、伝統芸能ともいえる古典の歴史観を統合させることが出来たら…全く新しい舞台芸術を創り上げることが出来るんです。これは、誰でもできる仕事ではございませんよ。誰が…」
バーナビーはチェアから立ち上がり、人差し指でロジャーの胸をゆっくりと押した。
「誰が…この仕事を…やり遂げられるんですか…?ロジャーさん、あなたでしょう?」
「あ、ああ…そんなことが…!!でも、アリディンバリスがモルリヴァールに復帰…!?独立して、まだ100年ぐらいなのに…」
バーナビーは優しく笑った。
「歴史教育のいけないところですね。独立したのはモルリヴァールからではないんですよ。トーラティカからです。トーラティカは裏切りで出来た国、そのトーラティカと戦い、独立を果たした我々の先祖の願いは何だったと思いますか?故郷への復帰でしょう」
ソフィーも頷いた。
「ええ、独立に際し、モルリヴァールも多くの協力をしました。その後はアリディンバリスの自主性を重んじ、属国ではあるが口出しはしないという寛容な態度で成長を見守ってきた。これは歴史上の事実です」
バーナビーは従者に指示を出した。
酒が下げられ、代わりに茶が入れられる。
「深酒はいけませんね。ところでロジャーさん、あなたの人生で、他に悲しかったことはございませんか?」
ロジャーはさらに遡って、父と母が犯罪を犯し、捕まり、今もどこかの魔法石採掘場で強制労働させられていることを話した。
「お恥ずかしいです」
「…ロジャーさん、謝罪させてください」
「!?」
「それは古い政治の罪なんです」
「な、なぜ王族の方が謝罪なんて…詐欺と盗みで捕まったのですから、悪いのは私の両親なんです」
「驚かずに聞いてください。冤罪の可能性があるんです」
「ええっ!?どういうことですか!!」
「魔法石採掘場での労働力を確保するため、国王と一部の大臣、調停官が結託し、無実の人々を犯罪者に仕立て上げているんです。もちろん今の代の国王様以前から、ずっと続いて来た”慣例”ではありますが…。私は今までに何人もそういう平民を見つけ、解放してきました。あなたのお母さま、お父さまも、きっと濡れ衣を着せられて採掘場送りになったんです」
ソフィーは驚く。
「そんな………」
「軽蔑しますよ。やはり、今のままのアリディンバリスでは、国が崩壊してしまうでしょう」
ロジャーは落ち着いた声で返答した。
「いえ、お心遣いに感謝いたしますが、私の両親はゴリゴリの犯罪者だったので、むしろ捕まった罪状が詐欺だった事に驚いたぐらいでした。被害者の方々の心情を考えると、死ぬまで魔法石を掘っても、しょく罪が足りないぐらいだと子供心に思ったので。冤罪とかではなくて」
バーナビーはあれっ?という感じで目線を逸らした。
「…とにかく、今のままの王家ではいけません。ロジャーさん、助けていただけませんか?」
「わ、私にできることがあればお手伝いさせてください。モルリヴァールへの復帰も良いお話に思えます」
「共に国王を殺しましょう」
「えっ????????????????????????」
ソフィーはワクワクを隠せないでいた。
謀反の騒ぎが起これば、王城は間違いなくパニックになるだろう。
その隙に盗み放題だ。
対して、ロジャーは明らかに困惑していた。
「そ、そこまでする必要は…」
「国王様の今までの悪行を、その身をもって償わせるのです。さらに、私は世界で一番強いお方の援護を受けています」
「まさか…!?」
「転生させ女神様の啓示を受けました。私が国王の座に就くことを転生させ女神様が望まれたのです」
ソフィーは内心、おや、と思った。
モルリヴァールの古いことわざに、”転生させ女神のようだ”というものがある。
政治や経済、社会を良くする仕事に一切の関心がなく、目先の活動や楽しみを優先する行為を茶化したことわざだ。
昔から、花で冠を作ったり、変わった石を集めたり、そんなくだらないことをしている人にこそ女神は姿を見せるものだった。
逆に言えば、わざわざ人間の統治に口は出さないはずで、モルリヴァールで”転生させ女神様から啓示を受けたぞ!”という者は噓つきと笑われるか、精神異常者とされていた。
「(…ま、私にとって都合がいい虚言なら大歓迎だがな)」
ロジャーはゴクリと息を呑んだ。
「お、お手伝いとは?」
「造反の騒ぎに付き合っていただく必要はございません。あなたは第二王子様によく似ている。あなたを混乱後の王座に据えることにより、兵士や議員、そして何より大切な平民の信頼を得やすくなるのです」
「王座!?しかし、先ほどバーナビー様は、”私が国王の座に就くことを転生させ女神様が望まれた”と…」
「私は実質的な支配、つまり影の王となり、あなたを支えます。表、すなわち国民の前に出るのが、ロジャーさん。あなたなんです」
「た、大任すぎませんか?」
「一般人ならね。しかし、あなたは演者だ」
「!!」
「王城とは世界で一番の大舞台、国王とは、世界で一番難しい役でしょう。共に、最高の舞台へ登りませんか?」
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エイデンは数日間の休みを取り、アリディンバリスの田舎に来ていた。
そろそろトランクケースの”中身が死んだ”だろうと思ったからだ。
適当な林を見つけ、馬車を止める。
魔法道具のランプの灯りを頼りに林の中へ入り、トランクケースを開けた。
中には犯罪集団のボスの死体が………無い。
「は!?」
エイデンは青ざめた。
レザートランクを何度見ても、中に死体は無い。
「…逃げた????????」
男が逃げたとしたら、絶対に自分に復讐を誓って追ってくるに違いない。
それもひとりでなく、沢山の仲間を連れてくるはずだ。
それより最悪なのは実際には使用人がやった窃盗を、全てエイデンのせいにされる事だった。
エイデンは全てが終わったと勘違いし絶望する。
リストは犯罪集団のボスが所持しており、第二王子の部屋から窃盗する気満々な”盗みToDoリスト付き手帳”はブレンダンの手元にある。
「(もうダメだ…)」
そう思った彼は、命だけは助かろうとそのまま逃げだした。
ボスとその仲間たちに捕まって殺されたり、王城で処刑されるよりはマシだと考える。
故郷の領地へ帰ることも出来ず、ただただ逃げた。
もう存在しない犯罪集団のボスが、地の果てまで追ってくるという妄想から休むことなく逃げ続けるだけの余生だ。




