人質生活88日目
アリディンバリス。
従者から報告が上がる前に、バーナビーは自ら国王に伝えた。
「あのロジャーという演者、モルリヴァールの古典を演じることが出来るそうで。もし国王様さえよろしければ、王宮演者たちと一緒に演劇をさせても構いませんか?観劇いたしましょう」
国王はアゴを撫でた。
古典劇は退屈だ。
「…夕食の場で演じさせよう。弟や叔父さま叔母さまを招いてな。ああ、叔父さまはまだ寝込んでいるのか…?」
国王の従者が頭を下げ、様子を見に部屋から出て行った。
「ハァ。喪服を出しておくか。それにしてもお前は教養があるな。あのデブを見て笑うのではなく、演技の方に興味がいくとは。ああそうだ、人質たちも招いてやろう。トーラティカの先王は舞台好きのはずだ」
「お喜びになられるでしょう。これで国王様への謝意を持つようになれば良いのですが」
「ダメだな。あのジジイは私の事を舐め腐っている」
――――――――――
人質生活88日目
使者を介してでは間に合わない緊急の内容なのだろう。
ノットサスピシャスバードがスクロールを携えアリディンバリスの王城の尖塔に飛び込んだ。
「国王様!トーラティカの先王様へのお手紙です」
「公式文章か。集める証人は適当でいいからトーラティカのジジイを議会場へ案内させろ。そこで読ませるぞ」
議会で読まれたスクロールには、先王の次女、クローイの死去が書かれていた。
国王である長女、宰相、そして王国議会のサインもある。
「…」
先王は無言のままだ。
アリディンバリス国王が喋る。
「トーラティカの前国王、その娘、クローイ・ジョシュア様の死を悼み、この場で黙とうを捧げる。皆、3分の間、頭を下げ、故人の転生を願い、転生させ女神様に祈るように」
部屋に居たのは僅かな従者とたまたま居合わせた議員数名だけだったが、その場の全員が立ち上がり、頭を下げて数分を過ごした。
しかし実際には3分ではない。
本当にこういう場で3分黙とうしたい場合は、誰かが時計を見ていなければならないのだ。
それでも先王にとっては充分な時間だったようだ。
「…もうよろしいでしょう、皆さま方」
トーラティカの先王は、顔を上げたアリディンバリス国王の目を見ながら話す。
「このようなご配慮、痛みいります。私は今日より1週間、娘の転生を願い自室で喪に服すことといたします」
「わかった。すぐにトーラティカに返信を書いてくれ。こちらも従者ではなくモンスターを遣わそう。今読まれたスクロールの内容は極秘にし、トーラティカ王国の正式発表を待ち、その内容を共通の認識とする」
「感謝いたします」
いつもは胸を張って堂々と歩くトーラティカ先王が、背中を丸めて出て行った。
――――――――――
「…先王の次女、クローイ様が亡くなられたそうです」
「へぇ、”事故死”とあったの?」
「こちらがスクロールの写しです。一般には病死として発表されるそうで」
「そりゃそうでしょ、事故死なんて最低最悪だもの。回復魔法使いは何をしていたの?」
「トーラティカの魔法レベルが低いんじゃない?可哀そうに、そんな国に生まれなくて良かった!」
ブレンダン、アデレート、イザベラ、そしてなんとなくバーナビーも呼ばれていた。
「特別な対応をなさるのですか?」
「いや…う~む…」
国王は悩んだ。
基本、人質は家族が死んでも帰れないが、それでも2人しかいない娘が亡くなったのだ。
国王はアデレートとイザベラの顔を見て、眉毛を下げる。
「同情してしまうな。立場がどうであれ人の親だ」
「ですが、故郷に返せば他の人質との待遇に差が出てしまいます」
「…こっそり返せばいいだろ」
「は!?」
「こっそり返せばバレなくないかぁ?」
従者が会話に割り込む。
「一国の国王が発したお言葉とは思えませんよ!」
「ダメかぁ…」
「ダメです!!」
――――――――――
その先王は、部屋で震えていた。
悪運だけで大きく育ってきたクローイが事故で死ぬとは考えられない。
殺されたのだろう、と予想がついた。
「…頭のどこかでは、こんな日が来るかもと思ってはいたが…」
実際にその日が訪れると辛い。
――――――――――
訃報はトーラティカのカントリーハウスにも伝わった。
レジナルド達はエントランスにあるクソデカ転生させ女神像の前で黙とうを捧げる。
「3日間は喪に服そうじゃないか。乗馬は休みにしよう」
「オービター牧場からセーラさんがやってこないところを見るに、オービターさんの家もそうされているようですね。私たちも静かに過ごしましょう」
「…お前も悲しいか?国王の妹が亡くなったんだもんなぁ…喪服なんて持ってこなかったが…」
聞かれたベヴァリーはキョロキョロして、ハインリヒを捕まえた。
「執事さんの執務室にお茶を運びますから、そこでお話いたしましょう」
――――――――――
「世界のトラブルメーカー!?なんだその不敬な呼び名は…?」
ハインリヒは肩をすくめる。
ベヴァリーはヒザに乗せたトープの尻をポンポン叩きながら、クローイの武勇伝…もとい、犯罪履歴を話した。
「有名なところでは、この辺りでしょうか」
「…そうか。トーラティカの俺だったのだな、クローイ様は」
「ええ。常に悪い意味での話題の中心人物でした。ですよね?」
ハインリヒはため息をつく。
「私は…伝聞の伝聞の、そのまた伝聞ぐらいにしか伝え聞いておりませんので。それより、真っ先に回復魔法がかけられるはずのクローイ様が亡くなってしまう病気とは、どんなものだったのでしょう」
「う~ん、私もそこは引っかかりました。いっぺんに胴体と頭が離れてしまうような不運な病気に見舞われたのでしょう…見舞われたというか、クローイ様の場合は自分でそのシチュエーションを作り出されるのがお得意なのですが…ゴホン」
レジナルドは目線を下げる。
「あのさ…アイツの様子、おかしくなかったか?」
「?」
「一昨日だ。フィリップが急に訪ねて来ただろ」
「あっ…」
「なんだか時間を潰せるものを探していた、みたいな…そんな振る舞いだった」
「フィリップ様にとっては叔母さまですから。深刻なご病状で、お城に居るのが辛かったのかも知れませんね」
レジナルドは母親の死に際の雰囲気を思い出す。
王城は暗い雰囲気で、妹たちは泣き疲れた顔をしていた。
「あいつが可哀想だ。従者がフィリップの傍にいてくれてるんだろうな?」
「もちろん、王子様へのケアは万全だと思いますが…」
「この時期は手紙も避けた方が良いだろうか?」
ベヴァリーは少し考え、首を振る。
「お悔やみのお手紙なら、むしろ積極的にお出ししたほうがよろしいでしょう」
――――――――――
アリディンバリス。
トーラティカの先王は短い返信をしたため、従者に手渡した。
その頃、母国のトーラティカでもアリディンバリスの人質が短い手紙を書き、使者に手渡していた。
すぐに王城へ届けられる。
「フィリップ様、レジナルド様からのお手紙です。国王様に宛てられた手紙もございますが、事前に見ておきますか?」
何も手につかず、部屋で寝転がっていたフィリップは長椅子から身を起こす。
「…そうだな。一般常識のないクソアホが書いた文章でお母さまを傷つけるわけにはいかない」
従者や侍女、執事に頼ったのであろう、辞書や手紙の例文集から書き写したかのような一般的なお悔やみの文章が国王への手紙には書かれていた。
一方で…。
「私宛ての手紙はずいぶんと親密な言葉選びじゃないか。ああ、アイツのお母さまも”病死”だったか」
従者も手紙に目を通す。
「ええ、確かアリディンバリス王妃は病死でしたね。…クローイ様は”病死”されたというのが公式な発表ですから」
「なるほど私を気遣うわけだ。しかし、実際は事故死という事になっているし、実際の実際は投獄からの獄中死だ。無駄な配慮だったな、デブめ」
フィリップは”葬儀には人質は出席させられない”と短くまとめた手紙を書いた。
「使者に渡せ」
「はい。国王様へのお手紙はそのままお渡しいたしましょうか?」
「…ここで止めて、手紙の一通も寄こさない無礼な人質に仕立て上げてやってもいいが、そんな気分じゃない。お母さまに通してやれ」
「わかりました」
従者が部屋を出て行くと、フィリップは再び長椅子に横になった。
「まったく不愉快だな…無駄に心配して…真実も知らずに………」
祖父の事で頭が一杯だったが、レジナルドが勝手に同情しているのかと思うとイライラが湧いてくる。
「クソっ!!」
飛び起きて犬のように部屋をうろつき回り、ソファーに座らせている祖父のぬいぐるみにシーツをかけた。
「おじいさま…ごめんなさい…」
――――――――――
アリディンバリスのワーグマン家、サラの部屋。
ワーグマン家の長男のヴァージルは、妻の様子を見に来ていた。
「調理人に揚げさせたポテトだよ」
「…ありがとう、フライドポテトしか喉を通らないの」
「塩を振るかケチャップを付けないと」
「ううん、素揚げのフライドポテトが食べたい」
「まあ、医者もつわりの時は食べたいものを口にするだけでいいと説明してくれたし…大丈夫か」
サラは青白い顔でフライドポテトを咀嚼する。
「…もうずっとこの部屋でオエオエしてるけど、そろそろお父さまとお母様に顔をお見せしなくちゃ。みんな元気?」
ヴァージルはビクッとした。
まさか、妹のスカーレットが散々な目にあっているとは言えない。
サラの体調にも子供の発育にも悪影響があるだろう。
「元気だよ。家族はいつも通りだから気にしないで。それにしても、つわりで倒れてる嫁にどうしても会いたいとか、お母さまが言い出さずにいてくれてホッとしてるよ。私のお母さまもそこまで気が使えない人間じゃなかったんだなって」
サラは力なく笑った。
「お母さまにならお会いしてもいいかも。3人分のつわりの経験があるんですもの、経験談を聞かないと」
「いやぁ…話し出したら長くて長くて、やっと持ち直したサラの元気まで吸い取っていっちゃうよ」
今度は2人で笑った。
「スカーレットとクリスティーナは?どうしてる?」
「!!」
「?」
「いやぁ…揉めて…ちょっと」
サラの疲れ切った目が輝く。
「フフフ…教えて…?」
「いや、ほら、あの調子だから…ケンカばかりで…」
「教えて…」
「…っ」
ヴァージルは耐えられなくなり、トラブルの全てを洗いざらい喋ってしまった。
「ごめんね…こんな事聞かせたら不安になるよね…?」
涙をぬぐいながら顔を上げると、そこには血色を取り戻した妻の姿があった。
「…ええっと、急に体調が良くなった?」
「その場にいられなかったのが残念過ぎて…」
「えっ、どういう意味?」
「い、いやほら、私ももう家族の一員だから、みんなで悲しみと苦労を分かち合わないと…」
「ありがとうサラ。君は優しすぎる」
ヴァージルはわんわん泣き出した。
サラは慰めた。
「ああ…いつまでもベッドにいちゃ体に悪いし、少し散歩しない?」
「吐き気は?」
「まだあるけど、足を動かしたくて」
「わかった…グスッ、サラ。気を使ってくれてありがとう」
「歩きながらもう一度同じ話をしてね?」
サラはヴァージルを優しく抱きしめた。
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同じくアリディンバリスのリトルトン家。
国王の妹、チェルシーとその夫は、名前だけの領主として迎えられていた。
はずなのだが…。
「チェルシー様はモルリヴァール王国について、どうお考えですか?」
「どうって…良き隣国では?」
食卓には、何故かオカラガン家の領主とその家族も同席している。
「(何故か、というのは失礼に当たる…?隣り同士だし、普通のことなの…?こんなにすぐに関係を修復して、夕食を共にできるものなの?貴族って思っていたよりもビジネスライクなのね…)」
領地を借金のカタに売ろうとした領主さえ追放すれば問題がない、と言わんばかりの状況だ。
残されたリトルトン一族と、罪を報告した、隣の領地を治めるオカラガン家。
普通ならまだ確執がある時期だろうが、笑顔で食卓を囲んでいる。
チェルシーが不安を感じる材料は別にある。
元領主とその家族についても気になる報告が上がっていたのだ。
監視の役目をしている使者によれば、領主一家は追放されたその日のうちに、隣接する領地に所有していた屋敷に引っ越したのだという。
「(…まるで事前に用意されていたみたい。いや、考えすぎ…?)」
もちろん近隣の領主同士で人脈があるのは当然だが、それにしても領地没収という、貴族として最大の刑罰を食らった人間を匿うまでの判断が早すぎる。
チェルシーの夫が口を開いた。
ちなみに夫はその隣接する領地の出身だ。
「モルリヴァールとは距離を置いて付き合うべきでしょう。我が国は、トーラティカの脅威を避けつつ、さらに未だに属国として下に見てくるモルリヴァールの要求をかわしつつ、独立を守っていかなければなりません。逆にお聞きいたしますが、”モルリヴァール王国についてどうお考えですか”とは、何をお聞きになられているのですか?今のチェルシーはいち領主で、王族の立場ではございません。国と国との関係については、国王と王国議会の決定に従います」
オカラガン家の領主が尋ねた。
「愛国心が先ですか?独立が先ですか?」
「は?」
「あなた…」
チェルシーが夫を止める。
オカラガンの領主は続けた。
「独立を守ることだけが愛国心ですか?本当に国の未来を考えるなら…」
「さっきから何を!!」
「…失礼いたしました。お話しを変えましょう」
チェルシーは冷や汗をかいた。
「そうしていただけると助かります」
「バーナビー様がお元気か気になりますでしょう?」
「ウフフ、私たちはあの子のしっかりとした部分を信じております。周りからは頼りないとか、ふにゃふにゃしているとか言われますが」
夫も同意する。
「控えめな人格は美徳です。息子なら元気でやれているでしょう。お義兄さまも面倒を見てくださっていることかと」
「国王様、ですか…。ところで、今の我が国の風紀の乱れについてどうお考えで?清貧さを忘れ、ゴールドの獲得に奔走する民と貴族、そして王家の姿は、人間が目指すべき理想からかけ離れていると思いませんか?」
「…もうおやめください。私たちは王族でしたが、今では…いえ、王城に居た時から、アリディンバリスの政治には関わっておりませんでした。政治と経済の議論はわたくしたちの良しとするところでは…」
「いえいえいえ!大変申し訳ございませんでした。チェルシー様をそのように困惑させるつもりはなく…本当に、大変失礼な発言をしてしまい、どうかお許しください」
ぎこちない雰囲気で食事は再開された。
チェルシーの頭の上に、ずっと?が浮き続ける。
そもそもリトルトン家の一族が、オカラガン家の発言をたしなめないのもおかしい気がした。
――――――――――
トーラティカ。
クローイは人間に攻撃を試み続けていたが、成果は乏しかった。
しかし収穫もあった。
同じ霊には、”説得”が通用するのだ。
「(私のユニークスキルはモンスターの霊や動物霊にも通じるんだ!!)」
そしていよいよ人間のゴーストを見つけたクローイは、勇んで話しかける。
「(ごきげんよう平民。私はクローイ・ジョシュア。王族なの。あなた、名前は?ご挨拶は?私の侍女として働く気はない?お給金は侍従長から貰ってね)」
「(………復讐して)」
「(?)」
「(私ときょうだいを手にかけた、あの借金取りに復讐して…)」
「(ハァ、あなた、まともに会話もできないの?)」
「(復讐して復讐して復讐して復讐して復讐して復讐して復讐して…)」
クローイは頭を抱えた。
そもそも、強い怨念や現世への執着がなければ悪霊にはならない。
しかし怨念や執着心だけではこのゴーストのように頭が悪い振る舞いしかできない。
「(あなたいつからこの場所に居るの?)」
「(復讐して復讐して復讐して復讐して復讐して復讐して復讐して…)」
「(…王城へ行って)」
「(…!)」
「(王城へ行って、どんな小さなモノでもいいから床に落として。床にあるモノは持ち上げて。場所をコッソリ変えて驚かせて。ねえ、お願い。それがあなたのためになるの。ええっと…あなたの復讐に繋がるから。兵士や使用人を嫌な気分にさせてきて頂戴)」
「(…わかった)」
女性の幽霊はクローイの指さした方角へフワフワと移動していく。
「(やった!!人間の幽霊にも通じる!!)」
後を追いかけて観察してみると、王城の敷地に入った途端…体が薄くなって消えてしまった。
「(あら~、浄化されちゃった…弱い魂ね、使えない!)」
フン!と背を向け、町へ戻る。
それでも数さえいれば、なんとか突破できるだろうと気楽に考えた。
町の中へ戻り、手当たり次第に”説得”を試みる。
幸いにも(?)城下町には恨みを抱えた悪霊が大勢居て、クローイは寝る間も惜しみ…幽霊に寝る間は必要ないのだが。
休む間も惜しみ、説得に励んだ。
――――――――――
夜。
「この写真集を見ろ」
「て、転生させ女神様…何度呼ぶんですか」
「モグラのグラビア写真集、略してモグラビア」
「…」
「どうだ?」
「このプールを背景にした絵画、いいですね」
「ああ写真を知らんのか。ちなみに水しぶきを上げるため、そのモグラの後ろで私がプールに飛び込んでいる」
「しょうも無い事に体を張らないでくださいよ」
「この子はどうだ?」
「…ベルベットも嫉妬する毛並みですね」
「そうだろぉ~!?ウヒョ」
「きしょい興奮の仕方やめてください…」
お土産にはもぐら百人一首(ポエム全てを読み札に収め、取り札はその情景をイラストにした改善版)と、モグラのペンポーチを貰った。
背中にジッパーが付いていて普通に可愛い。




