人質生活86日目
アリディンバリスの王城。
議会に参加する第一王子と第一王女の顔は真剣だった。
休憩時間になると、ふーっとため息をついたりして気を緩めている。
仕事中から緩みきっていた頃には見られなかった光景だ。
そんな様子を観察しつつ、国王はニヤリと笑っていた。
「(いいじゃないか。水族館では、イワシに危機感が無くなり、だらけて群れにならずに泳ぎ始めたタイミングで大型魚を投入し、気合いを入れさせると聞くが…バーナビーは正にマグロやカツオのような人材だったな…。これで、ブレンダンもアデレートも気を引き締めてくれただろう)」
「国王様?」
「ん?」
じっと見つめられていたことに気付いたバーナビーは国王の元へ寄ってきた。
「私に何か用でしょうか?」
「ああ。お前はマグロやカツオだ」
「…生臭いですか!?」
「これからも期待しているぞ」
「何にです!?」
――――――――――
アリディンバリス、ワーグマン家の館。
クリスティーナとスカーレットの祖父は花瓶を壁に投げつけた。
花瓶は粉々に割れ、ひしゃげた切り花は足で踏みつけられる。
「馬が空で帰ってきただと!?」
従者は頭を上げず、下げたままだ。
この従者も私兵から選抜した荒事専門の部下だった。
「はい。カラの馬を見て、ただ事では無い何かが起きたのだと思い教会へ行ったのですが…アイツは寄付を渡して、そのまま教会から出て行った、と…」
「どういう事だ?」
「教会の中に入らせてもらい、魔法のアトモスフィアを確認しました。アイツの魔法はまったく残っておらず、力で説得した様子はありませんでした」
「なら、先手を打って聖職者たちに捕えられたのではないか?」
「それが…教会内は回復魔法、光魔法のアトモスフィアで満ちており、攻撃的な魔法の痕跡はなく」
「魔法を使っていないとすると、物理的に暴れたのか?兵士は呼ばれなかっただろうな?また賄賂を送っておかないと…」
「いいえ、聖職者長と聖職者たちに聞いて回りましたが、どうもさっさと帰ってしまったようで」
「帰ってきていないが…?いや、馬が空で帰ってはきたが…なんだ、一体何がどうなっているんだ!?」
「本当に混乱しています。何かに巻き込まれたと考えて間違いないでしょう。教会から出ようとした時に、うざったいスライムが足にまとわりついてきて腹立ちまぎれに踏み潰して殺してやりましたが、あれだけじゃ怒りが収まりません。本当に何があったのか。どんな手を使ってでも仕事はやり遂げるヤツなのに…クソっ!もう一度私に行かせてください。また教会へ出向いて…」
「ダメだ。相手がどう出たのかわからないのに、同じ失敗を繰り返す気か?それに…」
「…」
「…ゴールドを寄付してしまったのが痛いな。人は帰って来なくても、せめてゴールドだけ戻ってくればマシだったのだが。孫のひとりぐらいは諦めてもいいだろう」
――――――――――
トーラティカの王城。
どうせ食事に毒が入っているのだろうと思っているクローイは、水にすら手を付けていなかった。
「(このまま死にたくない)」
思いとは裏腹に、どんどん体温は下がっていく。
――――――――――
トーラティカのカントリーハウス。
乗馬を終え、汗を流したレジナルドは昼食をさっさと食べ終え、丘側の裏庭でエピオルニスと遊んでいた。
エピオルニスはボールを足で巧みに操り、レジナルドを翻弄する。
その太ましい足からは想像もできないほど繊細な球捌きで、インサイドでこすり、足裏で止めたかと思えば右足に左足にとボールを回し、さらに体そのものも重心移動でスルスルと流れるように後ろに下がっていくため、全く足が出せない。
「いや鳥がボールコントロール上手いのおかしいだろ!?」
相手に体の正面を向けているにもかかわらず、サッと右にずれ前に出る。
そのままチャッ!と体を180°捻ればあら不思議、今まで一生懸命レジナルドが追いかけて来た距離を、今度は戻ることになる。
ずっとこのイライラ往復の繰り返した。
「くそぉ~なんだよコイツぅぅ~~~!!ボールに触る事すらできないじゃないかぁ~~~~!!!!」
「クエッwwwwwwwww」
「焼き鳥にするぞ!」
「エエッ!?」
「器用に鳴くな?」
使用人のビルが走ってきた。
「レジナルド様!!」
「ん?」
「お客様です、フィリップ王子が…」
「ハァ!?またか!?急すぎるだろ!!先触れも無しに失礼なヤツめ…」
レジナルドが汗だくになって前庭に出てみると、本当に従者とフィリップが馬係に馬を預けていた。
レジナルドは勝手に慌てだす。
「い、今、メートルとセンチメートルとミリメートルとキロメートルをやっていて、文字を使った計算に入れるまであと1週間ぐらいかかるんだが…?」
「は?まさか、私が算数比べに来たと思っているのか?」
「なんだ、違うのか。安心したぞ」
「…文字を使った計算って何だ?まさか文字式のことじゃないだろうな?それって11歳か12歳の頃に習う算数…」
「ば、バカ!!違う!!とにかく、今日は何の用だ?」
「バカはあなただろう。通訳が休暇願いを出して居なくなったじゃないか。臨時の通訳を付けてやろうと思ってな」
「結構だ。日常会話レベルなら、こうして喋れているじゃないか」
「カタコトだが?」
「通じていればいい。用事はそれだけか?」
「いや、今から見つける」
フィリップはぶらぶら歩きだす。
「何だよ見つけるって…まったく、俺のアラを探しに来たのか?意地の悪いヤツめ…」
「おい、このモンスターはどうした?モグラの他にもペットを飼っていたのか?許可を取りに来た記憶が無いが?」
「クエッ!」
「許可も何も捨てられたんだよ。オービター牧場で育てきれなくなって、ここに放置されているんだ。王城で飼う気は無いか?珍しい南方のモンスターだぞ?」
「クエエッ!?」
モンスターではない。
「ハッ!捨て犬ならぬ捨て鳥か。人質の屋敷に住むのがお似合いのモンスターだな」
エピオルニスの頭には怒りマークが浮かんでいる。
巨鳥の首を撫でる王子を見ているうちに、レジナルドは意地悪を思いついた。
「フィリップ様の乗馬の腕についてお尋ねしたい。お上品なお方ゆえ、暴れ馬などに乗ったことは無いだろう?」
「ハァ?どんなに暴れる馬の背からも落ちたことは無い。馬が諦めるまで乗り続けるだけの技量がある!誰かとは違ってな!!」
「(これって落馬事件はウソだったって言ってるよなぁ…?)」
――――――――――
「………何だこれは?」
「鳥用の頭絡とサドルだ。南方では巨鳥に乗ると聞くじゃないか。でぇ?腕前を見せていただけるんだろうな?おっと、ヘルメットをどうぞ」
ここで引けないプライドがあった。
フィリップは諦めてエピオルニスの背に跨り、手綱を握る。
「まったく、馬で来たから乗馬ブーツだったが…アウトフィットも乗馬服だから乗ってやるんだぞ」
ぶつくさ文句を言いながら両足を鳥の体に叩きつけると、エピオルニスはジョゴンジョゴンと上下に激しく浮き沈みをしながら走り出した。
従者も思わず笑う。
「ふぃ、フィリップ様ぁ!?!?!?」
レジナルドは爆笑した。
「ワ~ッハッハッハッハ!!」
「ぐぉっ………ぐっ………ぐぐ………と、止まれ!」
ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン、ジョゴンと跳ねながら走り回る巨鳥に苦戦している。
しかし…。
「うおっ、乗り回してるじゃないフィリップのヤツ…!」
従者も誇らしげだ。
「ギャロップを習っていればできますよ。もちろん鞍に乗るパターンの方が多いですが、ああやって鐙だけで体重を支えて、体は完全に浮かせて、浮き沈みだけでバランスを取る乗り方もあるんです」
「王族がそんな危険なことをするな?!と言いたいところだが、足の筋肉が凄いな…」
ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン、ジョゴン…。
数分後。
流石に疲れたのか、エピオルニスの動きも緩慢になってきた。
「よしよし、止まってくれ!」
口での命令と同時に手綱をキュッ引く。
エピオルニスはビタッ!と停止した。
「バカな…!!」
停止と発進の上手さは乗馬の上手さだ。
ひらりと舞い降りてくるその姿は王子様そのものだった。
というか物理的に羽が舞っている。
「どうだ」
「クソぉ…振り回されて首にしがみつくのがやっとだった俺とは大違いだ…」
「フフン」
「でもな…こいつの凄さは移動時の上下運動だけじゃない。ボール捌きが異常に上手いんだ!」
「まず、どうやってそれに気付けた?なぜ鳥にボールを与えた?」
――――――――――
アリディンバリスの王城。
ブレンダンはチェスの教師を部屋に呼んでいた。
「…チェック手前なのですが、理解できておりますでしょうか?」
「え?ああ~………んっ?」
「ポーンは相手の駒を取る時だけ、斜め前に進めるのですよ?」
「えっ!?じゃあ…ルークが危ない?」
「そうですよ。ルークはキングを守る位置に置かれているでしょう?」
「でも………ああまあそうだなぁ…?」
「無礼な物言いになってしまいますが、これでは国王様と同じレベルです」
「ハァ。私もバーナビーに接待チェスをしてもらおうかな」
「笑わせないでください。チェスの腕前だけならバーナビー様が王城で一番ですからね。あの人の前では私も接待チェスを受けることになってしまいますよ」
「チェスってどうやったら強くなれるんだ?」
「一般的なボードゲームと同じですよ。沢山打って、最善手を探すための盤面を多く覚えるのです」
「無理だなぁ…1戦か2戦ぐらいなら楽しいが、それ以上になると飽きてしまう。で、次にプレイする時には覚えたことが消えてなくなっていて、実力は変わらないままだ」
「それが普通でしょう。楽しくおしゃべりをしながら、手元が寂しくならないように遊ぶための小道具です。タバコや酒で手元を賑やかにするぐらいなら、チェスで忙しくしていた方が健全ですよ」
「慰めてくれるな。それでも勝敗の付くものだ、負けると悔しい」
「世界大会に一瞬だけ出た身として言わせていただくと、かなり向き不向きがございます」
「私は向かないか?」
「ええ。けれど、統治者には向いておりますでしょう」
「ハハハ。チェスが強いと戦争の戦術にも明るいと冗談で聞くがな」
「”冗談”でもそんな冗談を聞きたくないです。ゲームはゲーム。政治は政治」
「つまらないヤツめ」
「ブレンダン様。バーナビー様はあくまで…”チェスが強いだけ”なんです」
「…」
少し離れたチェアとテーブルで、サーブの待機をしていた従者も口を挟む。
「”議会で真面目に話を聞いているだけ”でもございますね」
「ええ。あくまであの人はいとこ、ブレンダン様やアデレート様、そしてイザベラ様にしか王位継承権はないのです」
「…今日はずいぶん慰めてくれるじゃないか」
「国王様の意図も汲んでいただけませんか?」
「高齢者には高齢者の気持ちがわかるんだな」
「ハァ。あなたに期待を寄せているんですよ。もう少しだけシャンとしてもらいたい、ただそれだけなのでしょう」
「私はそうやって振舞っているのに。なぜこれ以上頑張らなければならないのだ!?ああ、レジナルドが居た頃は、相対的に私が素晴らしい兄だったはず」
「ブレンダン様。現実とチェスで同じことがひとつだけございました」
「?」
「排除された駒は二度と盤面に戻ることは無いのです。次の手を考えて、前向きにゲームを進めていきませんとね」
――――――――――
「なんで2人同時にボールを奪おうとしているのに全然歯が立たないんだよォオオォ~~~!!!」
「そんな文句言ってる暇がったら後ろに回れ!!」
レジナルドとフィリップは力を合わせて(?)エピオルニスからボールを奪おうと必死だった。
エピオルニスは2人の猛攻を交わしながらボールを保持し続け、さらにスルスルと体を反転・回転させ移動し、人間を翻弄する。
「クソ!重心移動がえげつなさ過ぎて全ての動きがフェイントだ!!」
「こいつ体幹が信じられないぐらい強いぞ!?」
ステップも不規則、さらに人間のように表情や視線、姿勢もないのでまったく次の動作が読めない。
しかしボールタッチは繊細で、足にボールが貼りついたかのような細かいコントロールだ。
クエッ、クエッ!とレジナルド達を嘲笑ってくるのも癪にさわる。
「右からも左からも抜けない!!何だコイツ!?!?」
「ヤバい!ヤバいだろこれ?何だこの鳥!?」
当然2人の息は合っていないので、たびたび体が衝突する事故も起きた。
どがっ!と肩と肩がぶつかる。
「イテっ!!」
「おい!向かい合うように挟めって言ってるじゃないか!」
そして1時間後。
スタミナ切れになった王子達は芝生に倒れ込む。
「なんだ………フィリップ様も俺と同レベルじゃないか………」
言われた側のフィリップはガチで動きすぎたのか脇腹を押さえてうずくまっていた。
「お2人とも、お茶の時間ですよ!」
今日はハーブティだ。
マゼンタ色の美しい茶に白い花びらが浮いている。
「………」
「………」
疲れ切っているのか、何も言わず2杯3杯と茶を飲んで水分補給をした。
フィリップがカップから口を離す。
「ダイエットが目的で鳥とサッカーをしていたのか?」
聞かれたレジナルドが茶をブーっと吹く。
「汚いな、マナーを知らないアリディンバリス人め…」
「ダイエットじゃない!遊んでいただけだ!!」
「そうか」
バタバタとモグラが近づいて来た。
レジナルドは駆け寄りモグラをムニュッと拾い上げる。
「ああ俺の毛生え甘イモ、クッキー食うか?」
「なんて面白い絵だ。デブのペットはデブなんだな」
「トープはデブいが、俺はデブじゃないぞ。よく見ろ。もう普通体型と言っても過言ではないだろう?」
「…い、言われてみれば…ややがっしりしてはいるが、まあ普通体型の範囲内だな。いやちょっと待て、そんなことは無いな?秒ではあるが前言を撤回する。失言だった」
「この前測ってみたら140kgしかなかったんだ。もうデブじゃない。これ以上ダイエットしたら消えてなくなってしまう」
「今からダイエットしても人並み以上だろと断言できる程度の体重ではあるが、確かに初めて見た時よりも痩せてはいるようだ」
「痩せられて偉い。だがそれは、俺の魅力が40kg分削がれてしまったということでもある。ケーキを所有しながらケーキを食べることが出来るのが王族の特権だというのに、太りながら痩せられないとは。世界の限界、矛盾の本質を感じる」
「なんて自己肯定感の高さだ、心の中で唱えてろ。聞かされたこちらの耳に脂肪が移ってしまう。私の脳細胞を減らすようなレベルの低い言動は以降慎め?」
「ところで汗だくじゃないか?使用人のモノでよければシャツとクラバットだけ変えていくと良い」
後ろから従者も声をかける。
「フィリップ様、ここは着替えさせていただきましょう。秋風は予想以上にお体を冷やします」
「…まぁ、そうさせてもらおうか」
――――――――――
着替えたフィリップは使用人に用意させておいた馬に跨った。
「邪魔したな」
「本当に邪魔だったが?」
「定型文だ。去る時に”失礼したな”という意味で邪魔したなと言うんだ。本当に何かを邪魔したわけじゃないだろう」
「本当に失礼だったが?」
「このカントリーハウスは王族の持ち物で、使用人たちも王城の使用人長が管理している。そして使用人長は王族に使えている。私はいつでもこの場所に来られるという法的根拠がある。で、何が失礼なんだ?」
「正論は相手を怒らせるだけだぞ」
「最近の若者過ぎるだろ?!もっと積極的に現実と和解しろ。正論はお前の気持ちを汲まない。じゃあな!」
フィリップは従者と共に馬で去っていった。
「何だったんだアイツ!?」
「さぁ…?レジナルド様が大人しくしているか様子を見に来られたのでしょう」
――――――――――
アリディンバリス、ブラウン家では、両親とアンが戦っていた。
「モルリヴァールに復帰…?よくわからない、どうしてそんな風に考えるの?」
アンはメリンダ、ウォルターと共に王城で盗みを働き、それを自白した使用人だ。
使用人長と侍従長の配慮によって、それを秘密にする代わりに使用人としての勤務を打ち切られ、実家の領地に戻されたのだが…。
「何度も説明させないでアン。あなたは理解のある子だと思って打ち明けているんだから」
「アリディンバリスは元々モルリヴァールの支配の下にあったんだ。わかるよな?」
アンは父親と母親の顔を交互に見る。
「れ、歴史の勉強をしたんだから、一応は理解しているけど…」
「モルリヴァールから出た裏切り者、それが恥知らずのトーラティカ王国、トーラティカ人だ」
「あの人たちは根っからの忠誠知らず。自分達を保護してくれていた偉大なモルリヴァールの王家への感謝を忘れた、海側に住む卑しい成金貴族だった。それも知ってるでしょう?」
「う~ん…何百年も前の事だから…歴史って伝承だから…見てきたわけじゃないし…?」
煮え切らないようなアンの反応は無視される。
「その不快な敵に反旗を翻したのが、チェンバレン様なんだ。チェンバレン様、つまり王家には強い意志があった。それは、謀反を起こしたトーラティカと永遠に決別し、モルリヴァールと協力してトーラティカと戦い、独立をする。そして再びモルリヴァールに帰属する。そういう意思があったわけだ」
「んっ??????????」
「アン。あなたが言いたいことはよくわかる。今の王家はモルリヴァールとの約束、信頼関係を捨ててしまったの。本当に、先々代のチェンバレン様までは良かった。どれだけモルリヴァールとの熱い絆があったか…先代のディヴィーナ国王様が何もかもダメにしてしまったの」
「ちょっと待って…」
「独立、外部からの支配を退けること、自主統治、そういうものを国民に植え付けてしまったんだ。おかしいだろう?元々はモルリヴァールなんだ。それに、モルリヴァールとの貿易、あるいは軍事力的な後押しがなければ、決してトーラティカと対等に戦うことが出来なかった。それを身勝手に、何が独立の死守だ!!」
興奮した父親はテーブルを叩いた。
アンは怯える。
「ちょっと待ってよ!お父さまもお母さまも、これじゃ陰謀論者じゃない!!」
「アン…どうしてわかってくれないの?」
「わかってないのはお父さまとお母さまの方だよ!?あんなただっぴろいだけの古ぼけた国との合併なんて何を考えてるの?アリディンバリス半島はこんなに栄えているじゃない!砂漠を越えての貿易もあるし…」
「自然な流れだ、身を任せろ。いいか?元々、私たちはモルリヴァール人だったんだ。それをご丁寧に言語まで新しく作って。作ったといっても、単語のスペルや文法を少し変えただなんだぞ?それで別の国だ?笑わせる」
「ええ。時は来たの。モルリヴァールへ復帰する時がね」
「…こ、国家反逆罪でしょ…おばあさまに言いつけてやるんだから…お兄さまたちにも…」
「分からず屋ね、アン、あなたも今のアリディンバリスにはうんざりしているでしょう?」
「全然…世界で一番の、最高の国だと思ってるけど!?急にモルリヴァール人になるなんて嫌…!!」
席を立ち、部屋から出て行こうとするアンの背にウィンドカッターがぶつかる。
「キャーッ!!!!」
アンは床に倒れ、小さく細かくハッハッと息をした。
痛みで動けない。
「あなたを説得できると思っていたの…私たちのかわいい末っ子………世界がひっくり返れば王城に住めるかもしれないのに。考えを改めるまで、この部屋に閉じ込めるから」
「うっ………」
アンの背中は打撲で赤く腫れている。
「現王家を倒す、それしか道はない。我々、正統回顧派が現国王を引きずりおろせば、濁っている独立維持派貴族の目も見開かれるだろう」
――――――――――
「バーナビーはいいよな」
「何がでしょう?」
ブレンダンはイザベラ、アデレート、そしてバーナビーと茶を飲んでいた。
「チェスも、乗馬も、剣術も、魔法も、勉強も…」
「皆さんよりだいぶ年上だからですよ」
「9歳しか違わない」
「21歳と30歳というのは大きな違いです。それに、私から見ればブレンダン様の堂々としたお姿が本当に羨ましくて」
「バーナビーにこそ、自信の源となる実力があるじゃないか。もう一度言ってやろうか?チェス、馬術…」
「いやいや、人間、どうやったって生来的な性格は変えられませんからね。私は理由もなくオドオドしてしまうんです。良くない立ち振る舞いだと思ってはいるのですが。貴族にも示しがつきませんし」
アデレートが頷く。
「ふわふわしてらっしゃるのは表情のせいでは?もっと落ち着いて、威厳のある表情をすればいいのに」
「お姉さまみたいに眉間にシワを寄せておけば?」
イザベラとアデレートのケンカが始まってしまった。
「…ブレンダン様、明日の夜会ですが。あのロジャーとかいう役者はまた来るのでしょうか?」
「ああ。ただし、バカ騒ぎは辞めさせるがな。それにしても…見た目だけならそっくりだよな。レジナルドを思い出す」
「まさにその事についてお話しようかと」
「おお、お前ぐらいなものだぞレジナルドを思い返してくれるのは」
バーナビーは胸から何かを取り出した。
ハンカチに包まれている蜂のブローチだ。
「レジナルド様が散々自慢話をした挙句、私に譲ってくださったブローチです」
「返品不可だ」
「いえ、自分が持っているのはなんだか相応しくない気がして。いとことはいえ、第二王子様からの賜り物ですからね。恐れ多いですよ」
「何をバカな…ただの蜂のブローチだろ!?王家の紋章でも入っているわけじゃあるまいし」
「ええ、町の貴金属店で作らせたアクセサリーだそうで。でも、羽の下に小さなバネが付いているんです。これが気味の悪い音を出して…」
バーナビーは蜂の羽を触った。
羽が細かく動き、ブブブブブブブブブブゥブブブゥブブブブブ…という独特な羽音を出す。
低く鈍いバネの音は、蜂の羽音特有の不愉快な周波数を見事に再現している。
ブレンダンは大笑いした。
「うわっ、嫌いな音だ!カネをかけてこんなものを作らせて…」
「まったくですよ。このジュエリーを手放したいんです。しかしまさか捨てるわけにもいかず…」
「おい、イザベラ、アデレート!どっちか、このブローチを…」
引き取ってくれないか、と聞く前に妹2人は席から立っていた。
自室へ戻りましょう!という侍女への命令が聞こえる。
「…見ただろ。誰も受け取りたがらないぞ?悪趣味な品だ」
「ううっ…」
「別にジュエリーボックスの奥底に仕舞っておけばいいだろう、そんなに苦しむなよ。呪いのエンチャントが?」
「いえ、光魔法で浄化はしてもらったのですが、物理法則だけで動作しているようで」
「魔法無しでここまで人を不快に出来るとは。レジナルドにはやはり才能があるな」
バーナビーも大笑いしてメガネを取り、涙を拭いた。
ブレンダンは蜂のブローチを受け取る。
「仕方がない、私が持っていよう。蜂は幸運のモチーフだしな」
「ありがとうございます。しかしモルリヴァールでは悪運のシンボルでした。トーラティカが独立した時に、わざわざ意味をひっくり返したんですよ。ご存じでしたか?我々はその文化を受け継いでいるだけで、本来は悪運を招く虫なんです」




