表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/109

人質生活85日目

「スカーレットが…?」


祖父は途方に暮れたように窓の外を見ていた。

「精霊になったのか?」

祖母はチケットを読む。

「死んではいないでしょう。この招待状をご覧なさい」

「招待状?」

「日付と場所もあるし、チケットとわざわざ書いてあるんだから、招待状でしょう?」


スカーレットの兄、ヴァージルがガタッと席を立った。

「スカーレットが連れていかれた場所へ行けるという意味ですか?」

「試してみないと分からないけど」

「なら私が行きます!」


クリスティーナと父親、母親が止める。

「お兄さまにもしもの事があったら、サラさんはどうなるの!?」

「そうだ、お前にはワーグマン家の未来がかかっている。迂闊な判断をしないでくれ」

「何が起きたのかもよくわからないのに、なぜ助けられるという気になるの?これは非難や批判ではないけれど…」

母親はチラッと上を見る。

「…転生させ女神様は気まぐれだから。最悪、あなたまでどこかに連れ去られてしまう可能性があるもの」


祖父はまだ窓の外を見ている。

「サラには言っていないだろうな?」

「もちろんです。つわりで寝込んでいるのに、こんなショックな話を伝えられるわけが…」

「それでいい。絶対に話すな」

「でも、妹が心配です。私は元々、スカーレットの後に奉仕に行くつもりでしたし…」


クリスティーナが立ち上がる。

「私が行きます」

「!」

「!!」

「!?」

「ダメだ。妹が2人も消えたら、私は一生後悔するだろう」

「いいえお兄さま。あのね、私…つい最近、転生させ女神様の御業にあったの」

「ええっ!?」

「領地に帰ってくるまでの道程で…その、まあ…。ある人に会いたいと願ったら、本当にその人に合わせてくれて」

「それは素晴らしいじゃない!」

「ううん、たまたま、偶然だと思うけど…それがあまり良くないタイミングで」

「えっ?」


クリスティーナの頭に、愛するメンズ設定カフェのキャストと、知らない女が一緒にいたあの日の場面が思い出される。

「と、とにかく。お姉さまも消えてしまったわけじゃなく、どこかへ行ってるだけだと思う。あの日の私みたいに。それなら、すぐに連れ戻せるでしょう?」

祖母が首を振った。

「私も幼少期に転生させ女神様に会ったことがあるけど、酷いものだった。あの人は気まぐれで、人間だろうが動物だろうがモンスターだろうが精霊だろうが、とにかく自分本位で振り回してくるの。その女神様がわざわざ招待状を寄こして来たんだから、きっと碌なもんじゃないわ」


父親が慌てる。

「お、お母さま、転生させ女神様をそのように腐すのはいかがなものかと。聞かれていますよ?」

「この程度の悪意なら大丈夫ですよ。ただし、世界の運営について文句を言うと”じゃあお前がコントロールしてみろ!海水中植物プランクトンの異常増殖を止めてみろよぉ!”と怒鳴って飛んできますからね。まったく…」


クリスティーナが話題を戻す。

「とにかく、お兄さまを危険に晒すわけにはいかないでしょう。私にまかせて」


――――――――――


自分に呆れてばかりの母親と父親を見返してやれるかもしれない、という一発逆転の思いを抱いて、クリスティーナは教会へやってきた。

「ワーグマン様、お待ちしておりました」


祖父、祖母、父、母と皆揃っている。

ヴァージルだけは家でサラと過ごしているが、クリスティーナにとってもそちらの方が安心だった。サラや姉のことは大嫌いだが、兄には一応の信頼を置いているのだ。

危険に晒したくないという思いの方が強かった。


「この部屋です。ここで2人が消えました」

「狭い…」

「おい、なぜこんな部屋に孫を閉じ込めたんだ!?」

「理由がございます。聖職者のゴールディとケンカをしてしまい、反省を促すためにこの部屋を使いました」

「念のためお伺いしておきますが。そのゴールディさんのペアレントさんはどうなりましたか?まさか、チケットを使ったはいいものの、そのまま行方不明、だとか…」

「話を聞いてチケットを受け取っては下さりましたが、教会へは来ていません。”転生させ女神様にお任せいたします”と」

「ええっ!?子供が消えたのに何のアクションも起こしていない!?そうなの!?なんて情のない…」

「おいおい、平民のことなんて放っておけ。それで聖職者長。この責任はどう取ってくれるんだ?」

「責任とは?」

「言葉の通りだ」

「転生させ女神様の御業に文句があると?」

「そ、そんなことは言っていないだろう!!とにかく、後で責任は取ってもらうからな」


クリスティーナはしげしげとチケットを眺めた。

「…この”反省室in金網タイトルマッチ”を見に行きたい」


そう呟いた途端…クリスティーナだけでなく、その部屋の中にいる全員が移動した。


――――――――――


混乱の後に母親が怒鳴る。

「チケットは1枚だけだったでしょう!?普通、観劇や音楽の公演チケットは人数と同じ枚数が必要なはず…!何故クリスティーナだけでなく私までこんなところへ!?」


祖母は無表情で答えた。

「転生させ女神様は、私たち人間の営みを表層しか理解していないから、そういう細かい所までは真似できないの。とにかくこういうチケットがあれば催しものに参加できる、程度にしか知識がないんでしょう」


その催し物は大盛況のようだ。

金網の中では娘のスカーレットと、ピンク髪の女性が戦っている。

聖職者長が思わず声を上げた。

「ゴールディ!おやめなさい!!」

「!?」


声に気付いて顔を向けると、金網のすぐ向こうの特等席に上司の顔が見えた。

ゴールディは引きつった表情になる。

「げっ…!?!?!?」

「まったくみっともない!なんですかそのインナーのような服は!体に密着していてはしたないですよ!上から服を着なさい!」

「せ、聖職者長…何故ここに…!?」


スカーレットも家族に気付いた。

「お、お母さま…!?それにみんな…!?!?!?」

「スカーレット、何をやっているの!?」

「この女が生意気だから判らせてあげているの!」

「何をバカなことを…さっさと出てきなさい!」


視線を感じて顔を戻すと、ゴールディがニヤニヤと笑っていた。

「負け、ましたね…?」

「は?」

「ご家族の元へ帰りたいでしょう?」

「…ちょっと待ってよ」

「負けを認めてください。そうすれば帰れるんですから。ああ、もちろん勝者は”私”ですが」


スカーレットは特大のファイアボールを繰り出した。

母親は絶叫する。

「スカーレット!?何を…!!」


家族はドン引きしている。

金網にファイアボールがぶつかり、ショーのように会場内に火花が飛び散った。

クリスティーナも思わず悲鳴を上げる。

祖父は席から立ち上がり、渾身の力で金網に飛びついた。

「スカァァーーーレッットオオオオ!!!!なぜ殺した!殺人は揉み消すのが面倒なんだぞ!!」


その時、炎の中からゴールディがゆっくりと歩いて出てくる。

体に薄く炎をまとわせていたらしく、火傷すら負っていない全くの無傷だ。

「聞きましたか聖職者長!私は貴族のこういう所がだいっっっキライなんですよ!ワーグマン様だけは違うと思っていたのに!!たまには殺される側になってみては!?」


ゴールディは拳に炎をまとわせて、高速パンチを繰り出した。

ビュボボボボボボッ、と謎の音が聞こえる。

観客からは拍手が飛んだ。

炎のパンチを間一髪のところで避け続けるスカーレットの髪は半分以上が焦げ、辺りには苦渋い臭さが蔓延した。

「そんな…お姉さまが殺されちゃう!」

「聖職者長、どうしてくれるんだ!?」


聖職者長も慌てている。

「お2人とも、そんなに火魔法を使っていては相手のウエアが燃えてしまいますよ!胸はともかく、性器を露出させたらタダじゃおきませんからね!!反省室を越えて懲罰房行きです!!」


スカーレットの母親はある事に気付いた。

「あそこにいる大女、見える?」


家族の向かいには巨女が座っていた。

父親も思わず目をこする。

「石像…じゃないな…まさか転生させ女神様じゃないか!?」

「直接頭を下げてお願いするしかないでしょう。ゴールディとかいう子はともかく、スカーレットを取り戻さないと」


母親と父親は席を立ち、長い何かを食べている転生させ女神様の足元へ駆け寄った。

「転生させ女神様、願いをお聞きください」

「ケミカルプラント・ラズベリー味のグミだ。食べるか?」

「…いえ」

「め~~っちゃ長い。その名もベルトコンベアGummyだからな!ワハハハハァァ~!!」

「お願いします転生させ女神様、スカーレットを私たちの世界にお返しください」

「それはできない。本人がそう願わなければ」

「あの子は愚かなんです」

「愚かかどうかは知らないし関係ない。ここで決着がつくまで戦いたいと思っているから、そうさせているだけだ」


ポップコーン売りの山ヒトデが回ってきた。

「強風に舞うキノコ胞子味のポップコーンです。成層圏まで舞い上がったチリとホコリだけで味付けしたオーガニックフレーバーで…」

「新作か!?食べる食べる」

「て、転生させ女神様…このままでは1週間でも1ヶ月でも戦い続けてしまうかもしれません。どうかご慈悲を」

「なんだと!?慈悲を与えてこの場を作ってやっているのに。要望が多いな?」

「そんな…」

「娘のことはしつけ直すと約束します。どうしても手が出やすい子で。お願いします」

「お願いお願いとうるさい。植物のお願いも昆虫のお願いも聞かなければいけなくて疲れてしまう。もっと手伝いの精霊を増やそうかな…?」

「ヒッ」

「お許しを…」

「下界に帰れ!ムウァッッハッハッハッハッハッハァァ~!!!!」


今時ヴィランでもそんな笑い方をしないだろう、という大口を開けて笑う。

声も風景も、一瞬で白んで全員の記憶が途切れた。


――――――――――


「…あ、ああっ!!」

「ここは…」

「あらあら」


元の小部屋だった。

クリスティーナの手にあったチケットは消え、かわりに、母親の手には食べかけのポップコーンとグミがある。

ポップコーンの入れ物には、”どっちかが諦めて帰ると言い出せば、すぐに戻れるようになっているから安心しろ”と刻まれていた。

「あの…クソ女神っ…!!」

「お母さま!!」


祖父は激高した。

「聖職者長!もう金輪際、我々が教会を支援することは無い!!この教会だけでなく、領地にあるすべての教会に寄付金は渡さず、我々は転生させ女神様を二度と崇拝しないと宣言する!!」


聖職者長は頷いた。

思っていたアクションと違ったのか、領主である祖父は力が抜けてしまう。

「私も二度と転生させ女神様にお祈りすることはございませんでしょう。見ましたか?あの服装。若い女子にあんなはしたない恰好をさせ、戦わせて、それを大勢で姦視して喜んでいたのです。もちろん世間一般にああいう興行があるのは存じておりましたが、直接見ると不快で不快でどうしようもなかったですね。とんでもないゴロツキ共のパーティ会場のような場所でした。そもそも魔法を使うことも最低です。魔法はダンジョンで資源を取ったり、モンスターや野生動物を倒したり、日常生活を豊かにすること、仕事のために正しく活用すべきでしょう。一時の快楽や愉悦、刹那の喜びのために使うものではございません。そしてあの転生させ女神様のお姿、なんとだらしのない。ずっとお菓子を食べていらしゃいましたよね?砂糖は毒なんですよ、知っていましたか?砂糖のお菓子を毎日食べていると、レクリエーション嗜好品のように依存性が出て、砂糖なしではいられなくなってしまうんです。この教会でも砂糖は禁止しています。まずはじめに甘味の正体についてお話しましょう。甘味は糖、つまり炭水化物で、パンを食べていれば不足することはございません。もうお分かりですね?必要性が無く、役に立たず、それでも幻影のように私たちの心を惑わしてくる邪悪な実態を持つ甘魔、それが砂糖なんです。甘魔は砂糖製造会社を立ち上げ、無から作り出した全くの虚像である”砂糖”で、無限のビジネスを築き、世界を征服しているんです…本当に酷いのはここからなので、覚悟の準備をしておいてください。甘味の魔物が誰をターゲットにしているか聞けば、血の気が引きますよ。そうです、その通り、子供たちを砂糖販売網の標的にしているんです!信じられませんね、子供がお菓子を大好きなことに、疑問を覚えたことがございますでしょう?これで点と点が繋がり線になりましたね。子供はやがて成長し大人へ、つまり自分の子供を持つようになるわけですが、すでに甘味の悪霊は親側の遺伝子を砂糖なしでいられないように書き換えてしまっているわけです。つまり…?そう、子供も親と全く同じで、砂糖なしでは耐えられない状態になっており、常に砂糖を求め続け、家庭での争い、社会での争い、国同士の戦争…」


いつの間にか家族は退出していた。


――――――――――


「あの子は賢い。自分のやっている事のバカバカしさに気付き、すぐに帰ってくる。もうこの事で悩むのはやめよう」


父が母を慰める馬車の中。

侍女の隣に座るクリスティーナは…すこしだけ喜んでいた。

姉の頭の悪さを母も理解しただろうし、彼女が帰ってくるまでは自分だけが娘なのだ。

大切にされるだろう。


――――――――――


屋敷へ戻り、昼食を取る。

ヴァージルはあからさまに落胆していた。

「つまり、帰る気がないってこと…なのか?」

「帰れないの。戦っている相手が平民なんだけど、スカーレットを攻撃し続けていて。それも、同じ火魔法で」

「なんて酷い」

「あの子にも貴族として誇りがあるでしょう?可哀そうに、降参だなんて言い出せないはず」


祖父が唸った。

「チケットは2枚あると言っていたな?」

「ええ」

「もう1枚はどこにあるんだ?」

「ゴールディのペアレントに渡したと」

「家族を人質に降参させよう」

「さすがおじいさま!!」

「教会はゴールディの家の場所を教えてくれないでしょう」

「私たちはもう教会に気を使う必要なないんだ。警備の兵士を向かわせて…」


祖母は食欲が無いようで、カトラリーに手を付けていない。

「私兵を使って教会を焼き、それに怒った領民の抵抗で滅びた家の教訓をご存じで?」

「………なら、平和的に聞き出そうじゃないか」


――――――――――


大金がアリディンバリスローカル銀行、大教会の口座に振り込まれた。

「感謝いたします」


先程までの陰謀論はどこへやら、普通に聖職者長のツラをしている老婆が、ワーグマン家の従者に頭を下げた。

「先の”騒ぎ”の後ですからね。この献金がただの寄付には思えませんが?」

「ゴールディさんの家を教えてください」

「規則で、聖職者の個人情報は厳格に管理されております」

「なら、先ほど振り込んだゴールドをお返し願いたい」

「どうぞ」

「…」

「寄付はありがたいですが、第三者に利益を図る目的で業務上取り扱った個人情報を提供した場合、事業者に対して罰が科されますから。ゴールディの家の場所は教えかねます」

「業務ですか。教会とはビジネスで運営されていたのですね?」

「100年前ならいざ知らず、税金も納めておりますゆえ、業務が発生している企業と同一の立場にございますでしょう」

「減らず口を。教えたくないからって適当にでっち上げている事がバレバレですよ。結局教える事になるのだから、被害が出ないうちに答えなさい」

「脅しでしょうか?」

「そうです」

「なるほどスカーレット様が暴力に頼るはずです」

「…は?」

「ゴールディとの揉め事は、最初は小さな行き違いだったらしいんです。口で説明し合って、次から気を付けますねと互いに納得すれば良かったものを。動物のようにすぐに叩いたり蹴ったりで。今、この場に彼女たちを戻しても、当人のためになりませんよ」


ワーグマン家の従者は笑った。

「ケンカの発端なんてどうでもいい。それより、教えるのか、教えないのか。聖職者長といっても平民。私たち貴族の言葉は命令だ。身分を理解して従え」

「ワーグマン様…見損ないましたよ。兵士を呼ばせます」

「家名は権力。権力があれば、多少のトラブルは揉み消せる」

「権力?あなたは真の力を知らない」


従者は手に水球を作っている。

「すぐに溺れ死にそうな婆さんだ。お前じゃダメだな、ほかのヤツを連れてこないと」

「お聞きしますが、あなたもワーグマンの一族でしょう。少し遠い親戚かも知れませんが、それでも領主の家系の一員ですね?この地を正しく治めてくれていることに感謝はしておりますが…家の中ではどうでしょう。スカーレット様を正しく叱って育てていましたか?」


従者はピクっと止まった。

確かに誰の目から見ても、わがまま放題の身勝手な成人だったことは明らかだ。

聖職者長は付け加える。

「スカーレット様が消えたのは転生させ女神様の御業なのですから、我々はそれに逆らわないほうが良いでしょう」

「…それは」

「あの下劣な趣味の砂糖中毒者でも、この世界の運営者です。気を損ねる真似はやめておいた方が。気分屋な女神ですから、ひょっとすると無関係なあなたに審判の雷が落ちるかも…」

「クソっ…」


聖職者長の後ろにある転生させ女神の絵画が動き、中の絵がウインクした。

それを見て従者はイライラし始める。

しかし、立場からして手ぶらで帰るわけにもいかない。

「…」

「それにね。あなた、自分で思っているほど強くはないですよ」

「何だと」

「そんな水魔法で誰かを溺れさせて、それを兵士や調停官にしらんぷりさせて。そうやって目的を成し遂げて来たのですか?今まで?ああ罪深い。良いこともしてきたのでしょうが、きっと悪事の方が多いのでしょうね?」

「黙って聞いていれば、このババア!その通りだよ!!それが私の仕事だ!!」

「誠実さ、信頼、納得のできる理由、説明、そういうものをもってして、領主はお仕事を成されているのだとばかり」

「事実は”こっち”だ。どの正攻法よりも、こっちの方が話が早いからな」


そう言いながら空いた手に風を集める。

「なんと、風魔法と水魔法の2つの魔法を?」

「無駄に貴族の血縁じゃない。光魔法も使えるぞ」

「確かに、力にモノを言わせる説得法が必要なシーンもございますのでしょう。しかし、私たちは潔白です。さらにゴールディの家族は無関係、絶対に住所は教えられません」

「ズタズタにされながら溺れれば、教えたくて教えたくてしょうがなくなるさ」

「本当に、あなた、自分で思っているほど強くはない。やめておきなさい。帰って!」

「このまま帰れるか!」

「ああ、私の罪をお許しください…」


――――――――――


トーラティカのカントリーハウス。

サイモンを教師に、分数の勉強だ。

「足し算と引き算は分母を揃えるんです」

「何故だ?」

「そういうものだからです」

「ブー!」


コツン!

サイモンはチョークをビルに投げつけた。

「レジナルド様はともかく、なんでビルまで一緒になって分数の足し算引き算をやっているんだ!?」

「わからないからです」

「こんなクソアホが同僚だなんて知りませんでしたよ!」

「まあまあ」

「レジナルド様は慰められる立場にございませんからね?」

「それはそう」


サイモンは仕方なく紙で円を作り、切り分けて通分が必要な理由を説明した。

「これで足したり引いたりできるようになったでしょう?ようは分母というのは、”単位”みたいなものなんです」

「わからないものをわからないもので例えるな?」

「単位をご存じない!?」

「ブー!」

「ビルは帰れ!?じゃあ…通貨みたいなものです。ゴールドと、スインは足したり引いたりできないでしょう?」

「それはそうだ。1ゴールドと1スインでは価値が違うからな。足したり引いたりできるわけがない」

「そこで、通貨の価値を合わせる作業が必要になります。それが通分なんですよ。分母を同じにすんです」

「なるほ…ど?」

「多分理解されていらっしゃらない」

「でもそういうものだと受け入れて頑張る」

「その意気です」

「じゃあなぜ掛け算ではそのままかけて、割り算はひっくり返して掛けるんだ?」

「レジナルド様、算数の心得は?」

「そういうものだと受け入れて頑張る」

「はい。あとは例題をいっぱい解いて覚えましょう」

「泣きそう」


――――――――――


「ええ~っ、聖職者長、またスライムを拾ってきちゃったんですか?」

「そうなの。庭に居て…教会で飼いましょう?町に放したらすぐに誰かに倒されてしまうし」

「しょうがないですねぇ~」

「可哀想だし、こんな弱っちそうな個体は森へ返すわけにもいかないもんねぇ~」


聖職者たちはスライムをつついたりして遊んだ。

「それにしても、庭にスポーン地点があるんですかね?」

「そうそう、先月もあの怒鳴り込んで来た商人の対応に慌てていたら、いつの間にか聖職者長が庭でスライムを見つけてて。やっぱり庭に何かあるんですかね?」

「聖職者長、ワーグマン家のお客さんは?」

「とっくに帰りましたよ。さて、夜のお祈りの準備をしましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ