人質生活5日目
乗馬の訓練ではいよいよ馬に乗った。
インストラクターが手綱を引き、ゆっくりと馬を歩かせる。
「うぉっ、っ、ぐ…かなり揺れるな。それに視線も高い…!」
「楽しいでしょう?気持ちいいですよね」
そう講師に言われては、ビビっている事も隠さなくてはならない。
「ま、まあな…!」
「ぐるっとお屋敷を一周しましょう」
今すぐ降りたい気持ちで一杯だったが、なんとか馬の背の上で耐えきった。
「お疲れ様でした。今度は逆に私が乗馬しますので、手綱を引いて歩いてください」
「お、俺は馬を扱ったことがないんだぞ!?」
「大丈夫ですよ。人ひとりぶん以上離れて、馬に足並みを合わせて歩けば安全です」
始めは緊張しながら動いた。
馬の息がかかる距離で、乗馬した時と同じぐらい心臓が跳ねる。
次第に馬の顔を見ながら歩く余裕が生まれ、レジナルドは黒くて大きな馬の瞳を見つめた。
「まつ毛ビシバシだな…」
「羨ましいですよね?」
少し休憩し、馬を撫でたり、ニンジンをあげたりして仲良くなる。
最後にもう一度乗馬して、屋敷をぐるっと回った。
――――――――――
その日の午後。
体重を量るバネばかりが一階のエントランスに運び入れられた。
「レジナルド様、申し訳ございません。急いで探したので畜産用のはかりしかありませんでした…」
レジナルドの顔が怒りでみるみる赤くなる。
通訳は慌てた。
「もちろん!もちろん暫定的なものです!今、人間用の体重計を探させているので…体重計1台といえど、やはりレジナルド様に相応しい品を探すのには時間がかかるのです!」
それを聞いてレジナルドは落ち着いた。
通訳は冷や汗をぬぐう。
「ご、ご理解いただけたでしょうか?」
「ああ、わかるぞ。本当に良い道具や品物を探そうと思ったら、数か月、あるいは数年かかるものだ」
レジナルドも内心、すぐに怒鳴らなかった自分を褒めた。
「じゃあ早速…」
小さな檻の扉を開けて入る。
ギシッ…
「170kg!?!?!?どういうことだ、医者を呼べ!!!!」
通訳は驚く。
「ええっ!?いまさら太り過ぎだと気付いたのですか?」
「何だと?俺は1週間前には180kgあったんだ!それが10kgも減って170kgになってしまったんだぞ!何かの病気に違いない!」
「えっ…」
「ん?お前いま、太り過ぎとかぬかしたよな?」
「い、いいえ、聞き間違いですよ…とにかくドクターをお呼びいたします…!」
――――――――――
使用人は大急ぎでふもとの町まで馬車を走らせ、医者を乗せて戻ってきた。
医者はレジナルドの寝室で、彼の体をグッと押してみたり、深く呼吸させて聴診器で胸の様子を伺ったり、耳のそばで小さな音をたてて聞こえをチェックするなど様々な検査をした。
「…レジナルド様。あなたは健康体そのものでございます」
「なら何故いきなり体重が10kgも減ったんだ!」
「減っておりません。この屋敷は小高い場所にありますゆえ、体重計が標高の影響を受けたのでしょう」
「な…に…?どういうことだ…?」
傍で聞いていた通訳や使用人の顔がぐにゃっと歪む。
そんなわけがない。
「観測する場所によって体重は大きく変動するものです。実際には180kgぐらいあるでしょう。それに、畜産用の体重計は1000kg、つまり1t以上ある動物に対応しており…100kgぐらいは誤差の内ですよ」
そんなわけがなさすぎる。
「なるほどな…ま、まあ、俺もそうじゃないかと考えはしたんだが、確証が持てずに医者を呼んだだけだ!知識はあった!」
「それでは私は失礼いたします。ああ、むしろ体重が180kg以上になっている可能性もございますからね、食事は適正な量をお取りください。使用人のみなさん、シェフによろしくお伝えを」
――――――――――
場所は変わって、トーラティカの王城。
「先王様からの手紙が届きました!」
臣下たちは会議室に集まった。
剣の鍛錬をしていたフィリップ王子も、慌てて訓練所を後にする。
手紙を運ぶ使者は、使用人として送り込んでいた間者、つまりスパイからの情報も預かっていた。
フィリップは敬愛する祖父が酷い目にあっていないか、気が気ではない日々を過ごしていたのだが…。
「それでは、読み上げます」
会議室は静かだ。
宰相が、集まっている大勢に聞こえるよう、声を張り上げて元国王からの手紙を読む。
「”みな元気か?私は王城に住まわせてもらっており、出入りも自由だ。不満は全くない。従者はトーラティカ出身の者を複数付けてもらっているので言葉に困ることはなく、良い季節なので体調の乱れもない。真夏と真冬はガチでヘイト。以前、嚥下機能が低下していると侍医に診断され、がっかりしていた。しかしアリディンバリスではモソモソした菓子を茶に浸して食べることがマナー違反とされていないので、マジで嬉しい。茶に浸した菓子は喉通りがいいし、何より茶のフレーバーが追加されて旨い。みなも試してみるように。あと、アリディンバリスの王城には演者が常に待機しており、ミュージカルを見せてくれる。古典を現代風にアレンジしたものは楽しい。さらに推せるのは、気を利かせて私の王としての功績をパロディにした物語を演じてくれることだ。”先見の明があり過ぎて人生1回目なのに転生を疑われるチート賢王、世界平和のため人質生活を送ることになったが、元敵国の民に慕われすぎて困っています!女神に祝福されてるのは嬉しいけどひっそり暮らしたい(汗が飛んでるemoji)この歳で魔界のボスと渡り合えって、これ以上能力アップしたら冒険譚が上巻・中巻・下巻じゃおさまらないんですが!?増刷1億達成でまた国内総生産引き上げちゃいましたか、オレ?”。通称”のがあり”なんだが、ラストシーンが特に良い。劇に登場する女性の登場人物2人に、こう、右手と左手をそれぞれ引っぱられるわけだ。そこで、私を模した主人公が”オレのために争うのはやめてくれよ~”と言ってEND。最高か~?皆にも見てほしいなぁ”………おっほん、ゴホン…」
宰相がわざとらしい咳をする。
手紙の主の娘である現国王は、父のエンジョイっぷりにえぇ…という顔をし、臣下たちも困惑の表情を浮かべている。
宰相は咳をやめ、手紙を畳んだ。
「先王様は、手紙をアリディンバリス側に覗かれていることを考え、あえて向こうを褒めるような内容にしたのでしょう。間者からの報告が事実です」
宰相は再び仕切り直しの咳をして、間者からの報告を声を張り上げて読む。
「”まだお越しになられて2日しか経っておりませんが、特段悪い環境に置かれている様子は見られません。王城から庭への出入りも許されており、アリディンバリス国王の血族が住む離れにも自由に行き来できるようです。先王様に付けられた上級使用人はすべてトーラティカ人で、意思疎通にも問題は無いようです。食事も年齢に合わせた柔らかいものを提供されているらしく、特にティータイムを楽しみにされていらっしゃるご様子。観劇に興味を持たれ、先王様の経歴を参考にした劇”先見の明があり過ぎて~”(タイトルが冗長なので”のがあり”と略させていただきます)をめちゃくちゃ気に入られたご様子です。今のところは待遇に問題はないかと。引き続き注視してまいります”」
フィリップは黙って聞いていた。
複雑な気持ちだ。
隣国の事を無法者国家とまでは呼ばないが、アホのレジナルドを許しているような、だらしのない国だと見下していた。
祖父を充分もてなせるとは思っていなかったし、正直、”ここは嫌だ。トーラティカがどんなに良い場所だったか。帰れるものなら帰りたい”と書いてあってもらいたかった。




