人質生活4日目
朝。
全身筋肉痛のレジナルドは馬術インストラクターから、今日はゆっくり休んだほうがいいとアドバイスされ、それに従った。
通訳がお菓子の入ったバスケットを渡しながら提案する。
「では、トーラティカ語の勉強をされてはいかがでしょう?」
「…あ、ああ、まあ、そうだな…」
本当は勉強なんかしたくない。
しかし、まさか手紙を書く時にだけ教えを乞うのは格好悪すぎる。
渋々受け入れた。
「よい学習の方法があります。日記をつけるのです」
一冊の薄いノートブックを渡される。
「日常的な単語を学ぶにはピッタリですし、なにより簡単です」
「簡単…!そうか、うむ、勉強は易しいほうがいいに決まっているからな!日記をつけるぞ!」
ホッとしながらレジナルドは語学の修得に励んだ。
アリディンバリスでも簡単な挨拶から始めたが、それのおさらいのような勉強だった。
――――――――――
小一時間後。
「ううっ!手が痛いぞ!!!」
「ええ…?」
わずか、ノート1ページ分の筆記で手を痛めたと怒り出す隣国の王子に、流石の通訳も困惑した。
「て、手紙をお書きになられた時は何ともなかったようですが…乗馬の訓練で痛めたのですか?」
「手紙を書いたときはアドレナリンが出ていたから痛みを感じなかったんだろう」
「アドレナリンが…手紙で????ま、まあ、ライティングは後回しでも良いですからね。語学はリスニングとスピーキングが要です」
どれだけ文章を書いてこなかったか想像するのは止めにして、通訳は作戦を替える。
トーラティカ語を使ったシンプルな会話を繰り返した。
レジナルドは復唱しながら少しずつ覚えていく。
通訳はわざとらしいほど褒めた。
「すばらしい!天才ですよレジナルド様!ここまで修得が速いとは…さすがです~!!!!」
レジナルドはまんまと乗せられ、かなり気分が良くなっている。
「ふふん、そうか?天才か…」
「ええ、本当に素晴らしいです。いつまでも通訳を傍に置いておくのも格好が悪いですからね。実はトーラティカ語とアリディンバリス語は双子のようなもので、単語が違うだけで文法は同じですし、発音も似通っているんです。ですから、半年も滞在すれば大抵の人間は…」
レジナルドは明らかに不機嫌になる。
「な~んだ、修得が容易な言語なのかぁ」
「え!?いっ、いえいえ!そうではなくて…こう…逆に難易度が高いんです!なんか、逆に?ですから私が教えてきた生徒はみな、難しさのあまり逃げ出すぐらいの勢いの雰囲気の感じだったのですが…こう…レジナルド様はどっしりとチェアから動かず、正面から未知の言語に立ち向かっていて、賢さを感じました!」
どっしりと座ってチェアから動かないのは、体を動かすのが億劫だからだ。
「フフン!まあな。正直スルスル頭に入って来たぞ」
「才能があるのでしょう。使用人に用事を言いつけるぐらいはもう出来るかもしれませんよ?」
「!」
「簡単な命令をお教えいたします」
「うむ!」
――――――――――
レジナルドが昼食を食べているあいだ、通訳は慌てて使用人を集めて午前中の事を話した。
「多少文法や発音が違っていても、聞き返したりせず”わかりました”と対応してほしいんです。簡単な会話だけ教えてあるので。単語しか言わなくても”トーラティカ語を話せるのですね!バイリンガル!天才!”と大げさに褒めてください」
午後。
部屋で茶の用意をしていた使用人2人は、ノートを見ながらチラチラと視線を向けてくるレジナルドのため…ゆっくりと動いていた。
「(来るぞ来るぞ…)」
「あー…ちょっといいか?」
「はい!」
「なんでございましょう!」
レジナルドは咳ばらいをし、ぎこちないトーラティカ語を披露する。
「体重-を-量る-バネばかり-を-用意-しろ」
「トーラティカ語を話せるのですね!バイリンガル!天才!」
「トーラティカ語を話せるのですね!バイリンガル!天才!」
「わはは!通じたか!」
例文から少しも捻っていない誉め言葉に有頂天になる。
――――――――――
その頃。
アリディンバリスでは、さっそくレジナルドの上の妹が王都にある劇場の支配人を呼んでいた。
支配人でもあり興行主でもある男は、国王の娘に深々とお辞儀する。
「王城へお呼びいただけるとは、光栄でございます」
「ああ、あなたのような怪しい人間と関わるのは初めてなの。何か無礼があればすぐに帰らせるから、そのつもりで。さて、劇場を経営してるそうじゃない?」
「はい。古典もやっておりますので、ぜひ第一王女様にもご覧いただきたく存じます」
「いいえ結構。古臭い作り話に夢中なのは年寄りと暇な貴族だけ!王城に置いている演者がやる古典は何度も見ているんだから。教養としてね。今回呼んだのは、私が書いた脚本を舞台にさせるためなの」
侍女が興行主に紙の束を渡す。
「愚かな第二王子が、隣国に人質として送られ、悲惨な生活を送るという物語。もちろん”作り話”だけど」
「………」
第一王女が書いた物語を興行主はじっくり読み、顔を上げる。
「すばらしい!悲劇を描く才能がおありでいらっしゃる!」
「そう?なら、舞台にしてもらえる?」
「もちろんでございます。お礼はどのように…」
第一王女は扇子を口に当て笑った。
「愚かなことを口にして私を笑わせようとしているの?王族に礼をするだなんて、どうやって?」
「失礼いたしました。では、作家として第一王女アデレート様のお名前を…」
「私が書いたなんてと宣伝すれば、一族を縛り首にするから」
「…作者は私の名前に」
「当然でしょ。ああ、この脚本が舞台になった暁には、私も見に行くから」
支配人は再び、深くお辞儀をした。
「我が劇場で上演される舞台を、王族の方にご覧になっていただける以上の名誉は他にございません。すぐに仕事に取り掛かります!」
まさかの、王族とのコネが作れるかもしれないと興行主は大喜びで帰っていった。




