人質生活6日目
雨の日は、乗馬は休みと取り決めてある。
通訳は追加のノートをレジナルドに渡した。
「トーラティカ語の修得にうってつけの日ですね」
「そうだな!」
案外楽しくなってきたのか、レジナルドは真面目に勉強していた。
ノートを開いて、まずはアリディンバリス語で日記をつけ、それを通訳がトーラティカ語に訳す。
書く、読む、聞く、話すをバランスよく学ぶ。
「”庭に咲く花を見た”この記録は素晴らしいですね。王族らしい日記の内容だと思います」
「だろう?」
一文ごとに褒めて伸ばす。
「”花”ではなく、今の時期はバラが見事ですから”バラ-を-見た”という例文も書いておきましょう」
「ふむふむ」
「過去形は”バラ-を-見た”ですが、現在形は”バラ-を-見ている”、未来形は…」
「あ~~~待て待て待て」
「えっ…」
「まだ、そういうのはいい。まだ早い」
「すいません…」
ちょっとでも理解にエネルギーを使う雰囲気になると進行が中断される。
仕方なく、通訳は単語を大量に覚えさせる作戦に出た。
――――――――――
「床!天井!階段!壁!」
覚えたばかりの単語を口に出して、指をさしながら歩くレジナルドはバカ丸出しだった。
「皿!ナイフ!フォーク!グラス!」
「流石ですレジナルド様」
「食べ物!食べ物!食べ物!」
「パン、野菜のスープ、蒸しジャッカロープです」
「ふむ、ノートにメモしておこう」
「”これを何と言うのか?”という一文を覚えると便利ですよ」
一日一歩。
食事の時間も隣に通訳が座り、トーラティカ語を学んだ。
初日にはダイニングテーブルを埋め尽くすほど置かれていた皿も、今では常識的な量が置かれている。
とはいえ部屋に戻ってからおやつタイムがあるのだが。
――――――――――
一方、その頃のアリディンバリス。
ヘア・センチピードが這いつくばったような文字で書かれた手紙を、皆で回し読みしていた。
国王は首を傾げた。
「…この字は間違いなくレジナルドが書いたものだが、トーラティカ語だな?」
臣下が笑う。
「ハハ、向こうの通訳が書いた文を写したものでしょう。”トーラティカとアリディンバリス、二国の繁栄を願い…”とありますが、真にレジナルド様が考えて書かれた文なら”アリディンバリスとトーラティカ”の順に書かれるでしょう」
国王は納得した。
「なるほど、手本を書く者がいて、それをただ写しただけか」
妹たちもクスクス笑う。
「レジナルドお兄さまがトーラティカの文章なんて書けるわけがありませんものね。アリディンバリス語でも満足に書けないのですから」
第一王子だけが真剣な顔をしている。
「待ってください、それならこの手紙は”書かされている”事になるのでは?向こうでのレジナルドの境遇は、実際どうなっているのでしょう?」
「不安そうな顔をするな。出入りする使用人に間者を紛れ込ませてある。もうすぐソレからの報告が上がってくるだろう」
「…わかりました。では、公式に届いた手紙ですので、返事を書きませんと」
レジナルドの父である国王も、2人の妹も、大臣や議員たちも数秒無言になる。
「誰も書かないのなら私が書きます」
第一王子は手紙を持ち、部屋に戻った。
従者を払ってひとりで仕事机に向かう。
「…みな、レジナルドの価値を分かっていない。あんなに都合よく動かせるコマは無いというのに…なぜあいつの便利さに誰も気付かないんだ?人を上手く使おうという気が無さすぎるだろ?」
彼はペンを取り、弟への返信をしたためた。




