人質生活82日目
「王族らしさとは賢さの事だ。そうは思わないか?」
「もちろんですよフィリップ様」
「王族らしさとは臨機応変な事だ。そうは思わないか?」
「………フィリップ様?」
「状況に応じて機転を利かせる事ができなければ、リーダーとしての資質はないだろう」
「何をするおつもりですか?おやめください!!」
一晩寝たフィリップは元気いっぱいで部屋を飛び出し、廊下をズンズン歩き、厩舎で馬に飛び乗った。
「まさか、カントリーハウスに向かうつもりではございませんよね?」
「今までは先触れを出していた。紳士らしくな。だから相手は準備を整えられ、それが私の敗因になった」
「し、しかし、事前に来訪を知らせずに相手を訪ねるのは無礼ですよ!いち平民に対してならともかく、貴族や王族同士なら…」
「常識を破った先に私の勝利がある。勝利は全てを癒す。騎士道の誇り?王家としての美しい所作?礼儀?そんなもの知った事か!!馬に乗れ!!」
従者は言われるままに馬に乗り、カントリーハウスをハウスを目指した。
――――――――――
セーラは驚いた。
朝、乗馬のレッスンに向かう自分の先に…フィリップ王子らしき人間が居るのだ。
ポータル手前で追いつき、ほぼ同時にポータルへ入る。
出てから馬を並走させ、フィリップに話しかけた。
「王子様!」
「ああ、誰かと思えばオービター牧場の。セーラと言ったな?」
「覚えていてくださり光栄です。セーラ・オービターと申します」
「今日の乗馬は中止だ」
「…もうおやめください」
「何っ!?」
「レジナルド様はフィリップ王子様とは違い、何もできないただの無能なデブなのです。あのような祖国から追い出された人質にかまけていては、フィリップ王子様の貴重な時間が無駄になってしまいますでしょう」
「そんな事を言って…お前…」
「…」
「王城で私の敗北を見ていただろう?」
「………」
「私は何もできない無能なデブ以下か?」
「しょ、勝負は時の運。再戦すれば結果は王子様の勝利でございましょう」
「当たり前だ!!」
強く怒鳴るフィリップを従者がなだめた。
そんなことを話していればすぐにカントリーハウスだ。
「あれは…!?」
レジナルドは望まぬ客に手を振った。
「これはこれはフィリップ様。完成した厩舎を見に来てくださったのか?」
馬に乗ったまま、高い場所からレジナルドを見下す。
「決着をつけに来た」
「血の気が盛んだな。昨日の今日だぞ?」
エントランスから使用人たちが出てきた。
馬係も慌てて駆けつけて馬を預かる。
「で?何で戦うんだ?」
「…それを話し合いで決めようと思ってな」
「ハァ?」
「今までは一方的過ぎた。こう見えて反省しているんだ。だから、レジナルド様にも話を聞いてみようと思ってな」
「なるほどな。どんなに遅くても気付かないより良い、どんなに繰り返しても戒めないより良い、と、ことわざでも有るしな?」
フィリップの脳裏に一瞬、馬を動かして正面のデブを蹴らせるイメージが横切った。
外交問題を自分で生み出すわけにはいかず、頭を振る。
レジナルドが言った。
「…じゃあ簡単だ。俺の苦手なもので戦えばフィリップ王子様の勝ちは確実だろ?」
「これはこれは。ご丁寧にどうも」
フィリップは微笑んだ。
レジナルドのねじ曲がった性格からいって、本当に苦手なもので挑んでくるわけがないだろうと予想したのだ。
「では、レジナルド第二王子様の苦手なものは?」
「少なく食べること」
「…?」
「戦うか?」
「ど、どうやって?」
「だから、少なく食べたほうが勝ちだ」
「?」
「昼食を少なく食べた方が勝ち」
「じゃあ、昼食は抜きにするが…?」
「俺は食事を抜くことは絶対にできない。だから自動的にお前の勝利だ」
「そ、そんな勝ちごたえのない勝負があるか!?」
「今ここにある」
「…っ!!!!」
フィリップは馬から滑り降りた。
「もっときちんとした勝負でなければダメだ!」
「じゃあ楽器は?」
フィリップは内心ビクッとする。
「そ、それは格式高い能力比較になりそうではあるが…り、力量を比べるには楽器を合わせないとな。レジナルド様は何を演奏できるんだ?あっ、ああ、私は城に楽器を取りに戻らないと…」
「何も」
「!?」
「練習とかが大っ嫌いなんだ。それに聞き専だしな。何も吹けないし弾けない、もちろん歌もダメだ」
「えっ…?」
「だから楽器での演奏対決では、自動的にフィリップ様が勝利する」
フィリップの額に怒りの血管が浮かぶ。
「だぁかぁらぁ…!!!!そういう勝負にならない勝負は嫌なんだ!!!!ちゃんと戦いになるものを選んでくれ!」
「チッ、押しかけておいて身勝手な要求をするヤツだな…」
傍観していたセーラが口を挟む。
「乗馬ではどうでしょう?」
「それはいい!俺はしっかりと乗馬を習っているし、もう2か月半になるだろうか?それなら…」
フィリップは激高した表情のままだ。
「私は5歳から馬に乗ってきた。スライム狩りやジャッカーロープ狩りもする。その私と、最近馬に乗ることを覚えたばかりの人間が…何を競えというのだ?」
「…」
「…いや、そのプライドがあるなら剣の試合もどうだったんだ…?」
最悪な雰囲気の中、マシューが話に割って入った。
「知識ではどうでしょうか?」
「確かに、王族なら一通り勉強をしているだろうからな」
「う゛っ…マシュー!!」
「トーラティカにもアリディンバリスにも不公平にならないように、私が問題をお作りしましょう。3時間ください。地理歴史、古典教養、現代教養、魔法学、数学あたりから数問作りますよ。その間、お2人は…」
「俺たちは?」
「お茶をしていてください」
――――――――――
「お茶です、どうぞ」
「ありがとう」
「どうぞ」
「ああ」
庭のガゼボにレジナルドとフィリップが座った。
ビルがサーブをし、遠くからセーラとハインリヒ達が見守っている。
「大丈夫でしょうか?」
「見守るしかございませんね。あのテーブルに私や執事さんが着いたらおかしいでしょう?」
「…おかしいですね」
「なら、見守るしかございません」
そのフィリップはフーッとため息をつき、ティーカップを持ち上げようともしない。
先にレジナルドが口を開いた。
「俺はてっきり、魔法で戦いを挑まれるものだと」
「…何故だ?」
「何故って、剣で戦った日は魔法が無効の試合だったじゃないか。手紙にも”魔法は使用禁止”とあったしな」
フィリップは内心汗をかいていた。
まさか魔法使いを後ろに待機させ、回復魔法をじゃんじゃん使わせるつもりだったとは言えない。
「まぁ、私もそこまで大人げない事はしない。魔法アリで本気で戦ったら、レジナルド様は絶対に負けてしまうだろうからな。さっき候補に挙がった乗馬や………た、食べない比べ?食事我慢比べ?と同じく、実力に大差がある勝負は嫌なんだ」
「剣術を習っていない相手と戦うのはそれに該当しなかったのか?」
「ぐっ…!な、何度も言わせるなよ。王族なら剣術を身につけているのは当然。違うか?」
レジナルドの目が泳ぐ。
それをフィリップは見逃さなかった。
「だろ?別に変な提案だったとは思わなかったが。それに…結局あなたが勝ったしな?」
「おおっ、敗北を受け入れたのか」
フィリップはイラっと来てチェアの背もたれから背中を離し、前傾姿勢になった。
「受け入れてはいない、が。まぁ、レジナルド様の顔を立ててあげよう」
「未来の国王らしい寛大な措置だな。人質として感謝しておかなければ。ところでさっきの話題に戻るが、魔法の扱いについてだ。そんなに実力差が開いているだろうか?」
「先月だか先々月だかに魔法が使えるようになった人間と戦ってもな?」
「いや、一度戦って俺が勝っただろ。約束してくれた新聞の切り抜きはもう届けてくれなくなったが」
フィリップはさらに体を前に倒し、レジナルドの目を見る。
「あれは確認を兼ねてのレクチャーだったんだ。あなたの実力を知るためにもね。私は力を押さえていた。脅すわけじゃないが、昨日も訓練中に、うっかり兵士の顔を丸焼きにしてしまったんだ。出力が強すぎたわけだが…私は魔力もたっぷりとあるし、高度な魔法が使える。つまり本気を出せば…」
「敵は無し?」
「そこまでとは言わないが。まぁ、王城に仕える魔法使いたちとも本気で戦えば、私の方が勝つかも知れないな」
「それは凄い。でも、俺の方が強いかもな」
フィリップは冷めた茶の表面が震えるような低音で喋る。
「私の方が強い。この国に、私より強い魔法使いは居ない。4つの魔法が使え、幼い頃から訓練しているんだ。魔法使い達は遠縁の王族かちょっと魔法が上手い貴族なわけだから、そんなヤツらよりも私の実力の方が上に決まっている」
「そうか、フィリップ様以上の人間は存在しない訳だな」
「その通り」
「なら俺は確実にフィリップ様よりも強いぞ」
「は?」
フィリップ王子の顔が引きつる。
「王子様に勝てる”人間はいない”」
「ああそうだ」
「でも俺は”いない人間”よりは強い。戦うまでもなく勝利できる。何もない状態よりは強い!」
「…はぁああああああっっ!?!?!?!?!?」
「フィリップ様が戦うことすらできない相手に勝利できる俺は強い!」
フィリップは席を立った。
異常を察知してハインリヒとセーラが飛んでくる。
フィリップの真後ろに立っている従者はなぜか知らんぷりだ。
「こいつの不愉快な減らず口を何とかしてくれ!!気が狂いそうだ!!」
「落ち着いてください…」
「これが落ち着いていられるか!!このデブ、意味不明な事を…人質でなければ不敬罪で投獄してやりたいところだ!」
「従者の方も見ていないでお止めください。フィリップ様、簡素ながらもお茶の席ですよ!?それが正しい振る舞いでしょうか!?」
セーラの言葉を聞くと、フィリップはおとなしくなった。
「ば、バカな事を言い出すから否定していただけだ。それに、ああ、その通り、簡素な席だ。ちゃんとした茶会ではない。何が問題なんだ!?事を荒立てようとしてそんな物言いをしているのだろう、身分の差を考えろ!!」
「…申し訳ございません」
「まったく、あまり恥をかかせるなよ」
「…」
落ち着いたフィリップを見てセーラとハインリヒは下がっていった。
一方のレジナルドはチェアに着いたまま、腕を組んで成り行きを見守っている。
「…」
「なんだその顔は。何か言いたげだな?」
「そもそもがな、俺に構い過ぎだろ」
「っ!!」
「人質の事なんかどうでもいいだろう、ほっといてくれよ?」
そうできたらどれだけ良かったか、とフィリップは思った。
彼を送り返しても祖父は戻ってこないと知った今では、確かになぜ執着しているのだろうという気がしないでもない。
座ろうともせず、立ったまま悩んでいるフィリップに向けて、レジナルドは渋い顔でしょうもない事を言い出した。
「俺の事が好きなのか?」
「ハァ?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????」
「だってありえんほど構ってくるだろ」
「そ、それには訳があって…」
「好きな子ほど意地悪したくなるって言うし~?」
「祖父母の時代でギリ通じるか通じないかだろうそれは。私は好きな子には優しくする」
「…じゃあ俺の事は実際嫌いなのか?」
「なんでガッカリしてるんだよ!!」
「いやガッカリしてない、むしろ助かった。最初は小説家になろうで投稿していたが、途中からムーンライトノベルズ行きのBL小説とか見たことないもんな?」
探せばあるかもしれない。
なろうの海は大海なのだ。
その時、マシューがエントランスから出てきた。
手には問題の書かれた紙がある。
「お待たせいたしました!」
「3時間と言っていたがずいぶん早かったな?」
「仕事の見通しを立てる時は”実際にはこれぐらいで出来るだろうな”という時間より多く見積もって計画を提出し、それより早く仕事を完成させることでデキる人間だとアピールするテクニックがあるんですよ」
「大人って嫌だ」
――――――――――
「それでは1枚目、地理歴史です」
「おおっ」
「むむっ」
「私語厳禁、10分でストップ、5分と9分以下で時間をお知らせいたします。それでは、スタート!」
花や茶が片付けられたガゼボのテーブルで、レジナルドとフィリップはテストを受けている。
人間の気なんて知らないモグラが2人の真横をドタドタと通り過ぎて行った。
「………足のついた小石が歩いていったぞ?」
「残り1分!見直しをしてくださいね…30秒…10、9、8、7、6、5、4、3、2、1!終了、そこまでです。鉛筆を置いてください!はい、いいですね。じゃあテストを交換してください」
「なぁマシュー、砂時計でそんなにきっかり10秒カウントダウンできるの凄くないか?」
「審判の一存で運用されていますから可能です」
「サッカーじゃあるまいし砂時計を見せろ?」
「赤鉛筆をどうぞ、どうぞ。互いの解答用紙に採点をしていきましょう」
フィリップは回答を見て震えた。
「なんだこのヘア・センチピードがのたくり回ったような汚い文字は…アリディンバリスの国家教育の質が知れるな」
「お兄さまや妹たちは字がキレイだし賢いぞ。俺が愚かなだけだ」
「知ってる」
「では。第1問目…”402”年の出来事です。続いて、第2問目…」
歴史のテストでは同点だった。
「おお~っ!!観劇は本当に役に立つなぁ…歴史劇を演じてくれた王城の演者に感謝だ…」
フィリップは後悔が残る結果だったようだ。
「クソっ、中央ライトンの国名が似すぎていて3問全部間違ってしまった…こういう隣接した国名を答えさせる問題は、ひとつ間違えると連鎖的にすべて間違えてしまうから設問として良くないと思う」
「それこそが出題者の喜びです」
「泣きたい」
――――――――――
「2枚目は古典教養です。それでは…スタート!」
「ぐぬぬ…」
「………」
フィリップの顔色が悪い。
あっという間に10分が経過した。
「終了です。それでは、回答用紙を交換してください」
「おいおい!解答欄が空白じゃないか。こういう時は知らなくてもそれっぽい単語を入れておくんだぞ?俺は優しいから韻を踏んでたり作者が同じなら丸をつけてやるからな?」
「ダメですよ。せめて半分の点数にしてください。しかしレジナルド様の発言にも正しい部分がございます。どうされたんですかフィリップ様?」
「知識はあるんだ。あるんだが、綴りとか間違ってたらイヤだから空白で提出した」
「キッズの思考だな、減点でもいいから1点をもぎ取りに来いよ!」
古典教養は建築、立体芸術、絵画、文学、音楽、演劇、ダンスなど多岐にわたるジャンルから出題され、なんとレジナルドは満点だった。
「へへっ!」
「ふん」
「では次。3枚目は現代教養です。それでは…スタート!」
今度はレジナルドの顔色が悪い。
キョロキョロと辺りを見回している。
マシューは呆れて深くため息をついた。
「…ヒントになるものなんてどこにもございませんよ。教室じゃあるまいし」
「クソっ!!!!」
マシューがレジナルドの解答用紙をのぞき込むと、近代思想家の名前をひとりも書けていなかった。
「王族とは一体…っていうか近代思想家はほぼ王族や貴族なんですが…」
「うるさいっ!!!!妨害するな!!!!」
フィリップが微笑む。
「あなたの人生を妨害しているのはあなたの怠け癖に他ならないな」
10分が終了すれば回答の時間だ。
「よ、用紙を交換したくない…」
「いけません。レジナルド様は自分の回答が間違っていても丸をつけるおつもりでしょう?」
「読心術が…!?」
「使えませんよ!!!!」
フィリップはサッ!と解答用紙を奪う。
「やめろ~~~~~!!!!」
「ププッ、真っ白だ。さっき自分が言ってたことを実践すればよかっただろう?空欄のまま残しておくなんて変だな?」
「チッ…」
回答が進む。
レジナルドは辛うじてマナーの知識だけは身に付けていたが、肝心な社会学、政治学、経済学においてはひとつも丸がつかなかった。
「…5問目は、”議会”です。問題文をよく読めば、なぜ議会が置かれるようになったのか、と書いてありますから。そのまま”議会”を入れればいいだけすね?」
「………」
「問 題 文 を よ く 読 め ば 回 答 が あ り ま し た ね?」
「グスッ」
「ワハハ!あまり叱ってやるなよ。それにしてもだ。王座につかない事が前提だったとしても、お兄さまの仕事を手伝うための勉強すらしようとしなかったのか?」
「………」
「泣くなよ!!ああ気分が良いぞ。通訳、次の問題は?」
「ハァ…6問目の回答は、”王は人の下にあってはならないが、女神と法の下にある。なぜなら、法が王を作るからである”です」
「よし!ここまで満点だ」
「うわぁああんん!!!!」
「みっとも無いですよレジナルド様」
「普段からみっともない人間がさらにみっともなくなくなると、一周してそれに相応しい状態になるのだな。学びがあったぞ?」
「フィリップ様も言い過ぎですよ。では、4枚目は魔法学です。それでは…スタート!」
レジナルドの旗色がだいぶ悪くなってきたが、ここで決定的な差がついてしまった。
「まず1問目。魔法石の特性についてです。魔力を”吸収する・保存する・放出する”」
「よし!」
「自由回答ってよくない。丸暗記だから、記憶力の良いヤツが勝つだけだ。語群回答にしてほしかった」
「失礼ですが、この程度も書けないなら魔法学を学んでいらっしゃらないのと同じなんですよ。なんならちょっと知識がある子供にも負けてますね」
「…」
「では2問目…」
ダメダメだったレジナルドはまた泣いてしまった。
「さて。最後は数学…と言いたいところなのですが。諸事情ございまして、算数の問題しか用意できませんでした。ご容赦ください」
良い気分のフィリップは笑って許した。
「仕方がない。数学の問題は作るのにも時間を要するだろうからな。さっさと問題用紙を見せろ」
「…では」
「!?」
フィリップは衝撃を受けた。
いくら何でも問題が簡単すぎるのだ。
「おいおい…計算間違いをしなければどちらも満点になるだろう。いくらアリディンバリスの人質が愚かで、ここまでの点数がゴミだったからって、最後にこんな”慰め”を用意しなくても。なぁ?レジナルド様だって、これほどまでにあからさまな同情を示されては不愉快になるだろう?」
フィリップの言葉に反して、レジナルドは汗をかきながら必死に計算用紙に何かを書いている。
「…え?」
分数の足し算の問題だが、明らかに回答が間違っていた。
「カンニングしてしまって申し訳ないが、その分母はどこから来たんだ?」
「は?カンニングするな?」
「いやそれはそうなんだが…すでに分母が同じ数なのに…?あとは分子を足すだけなのに…?」
何故かマシューの顔色が悪くなる。
「私は通訳ですから。教育的責任はございません」
その一言で全てを察したフィリップは、真面目に全ての問題を解き終えた。
あとは地獄の回答タイムだ。
――――――――――
「ギャアアアアアアンンンン!!!!ギャオオォオオオオオンンン!!!!」
おおよそ人間が出す声とは思えない奇声を上げながら、レジナルドは芝生を転がり回っていた。
なぜかマシューも泣いている。
フィリップは気まずさに眉を下げた。
「…えっと?」
「三角形の内角の合計を求める計算」
「…」
「昨日やったばかりなのに」
「………」
「最初の問題。2桁と1桁の引き算で絶対にゼロ点にならないように配慮したのに」
「げ、元気を出せ?」
フィリップは慌てて従者に指示を出した。
「対決は私の勝利で終わった。そうだな?」
「はい。この場にいる全員がその証人です」
「よしいいぞ。これでお母さまに勝利の報告ができる!じゃあな!!」
フィリップは馬に跨り、颯爽と帰っていった。
セーラとハインリヒは芝生に倒れ込んだ王族に駆け寄る。
「レジナルド様、顔を上げてください。お部屋に戻りましょう」
「俺はこのまま土に還る」
「栄養過多で芝生にも悪いですよ」
「なら海に連れてってくれ。海に還る」
「海も栄養過多で困ってるんです。工業廃水すら直接流さない時代に、海を汚そうとしないでください」
「マシュー様、何故手を貸していただけないのです?」
「…私も人間なので」
マシューは誰も聞いたことのない、怒りのこもった声でそう言った。




