人質生活81日目
「今日はなんとか曇天で耐えているな」
「おはようございます。雨は夜のうちに上がりましたが、この天気だとセーラ様は来られないでしょうね」
「なら今日は…曇天の下でピクニックだ!!」
「こんな生暖かい日にピクニックですか?秋の陽光が射す日もまだございますでしょう」
「上級使者、じゃなかった。フィリップ様はもう新聞の切り抜きすら送ってくれなくなった。気分転換には外遊びが必要なんだ。それに…」
「それに?」
「丘の上なら思いっきり魔法が使えるだろ?」
――――――――――
アリディンバリスの王城。
イザベラとアデレート、それにバーナビーが小さなホールで音楽の授業を受けている。
イザベラはいとこを見直したようだ。
「へぇ、チェロが弾けるなんて知らなかった」
「…いとこ同士で集まって演奏会をしたじゃありませんか。それも3回ぐらい」
「そう?覚えてないけど。まあとにかく中々の腕だね。褒めてあげる」
音楽の家庭教師もうなずく。
「チェロの低い音が入ると美しいですね。私もオーボエで参加しましょうか?」
「先生はすぐ自分の演奏に集中しちゃうからダメ!」
アデレートは笑った。
「このままピアノ三重奏曲でいいんじゃないですか?頑張ってくれるイザベラ?」
「任せて!」
そんな様子を扉の隙間からそっ…と観察している男がいた。
「(ブレンダン様、ヴィオラを持って飛び込めばいいじゃないですか!)」
「(そんなこと出来るか!私は他人のヴィオラを聞いて弓を折ったんだぞ!)」
「(言葉の言い回しで折ったんですよね…?実際に弓を折っていたら勿体ないですよ?)」
「(ヴィオラから逃げてウクレレを弾いている人間がここに加わることは出来ない…!)」
「(逃げ方が器用なのか不器用なのかよくわからないラインですが…)」
「(ウクレレは良いぞ)」
「(説得力に欠けますよ)」
結局、バーナビーが妹たちに馴染んでいるところだけ見て、トボトボと帰ってきた。
「今日も秋晴れの快晴です。気分転換に城下町へ出かけませんか?」
「それはいいアイディアだな」
ブレンダンは変装して従者と共に町へ出かけた。
城下町は今日も活気があり、歩いているだけで気分が高揚してくる。
「この素晴らしく栄えている王都を作った先祖の国王たちに、あらためて尊敬の念を抱かざる負えない。世界でもここより栄えた都市はないだろう!」
「ええ。やがてはブレンダン様もその歴史を受け継ぎ、この国の守護者として君臨なされるわけです」
「そう考えると、ヴィオラが下手くそでウクレレに乗り換えたこともちっぽけに思えてくるな?」
「どうでしょうね。国王がウクレレを弾く姿を想像して、今までと変わらない畏怖の念を抱けるほど市民は訓練されていないようにも思えますが…」
「じゃあマンドリンでも練習するか」
「コントラバスいいですよコントラバス!」
「ちょっとだけ練習したことがある。けどすぐに辞めた」
「なにが問題だったんですか?反論して差し上げますよ」
「もちろん曲によるが、高音の楽器を引き立てるための役回りみたいに感じたんだ。やるからには目立ちたいし。あとこれも曲によるが、メインのメロディーが無いと謎の低音をずっと出しているだけで練習のし甲斐が無い」
「………」
「反論しろよ!!!!」
――――――――――
曇り空の下。
ピクニックに相応しい天気かはさて置き、過ごしやすい気候ではある。
「さて。フィリップは復讐にくるだろう。それを見越して魔法の練習だ」
「数学で復讐に来られるかも知れません」
「それでも対抗できるように、帰ったら分数を学ぶつもりだ」
「四則演算からですよ」
「厳しいヤツめ」
レジナルドは立ち上げり、空気を操る。
「ビル、モグラと一緒に離れて見ててくれ」
「わかりました」
風が敷いてあるブランケットを吹き飛ばした。
「おおっと、すまないな!」
「サカバンバスピスのテリーヌが入っているバスケットはキャッチしました!」
「もう食べるか?????」
「集中してくださいよ!」
マシューの怒鳴り声を受け、レジナルドは風を体に集める。
「ウォータースプラッシュを当ててみてくれ!」
「参りますよ!」
マシューは火魔法、水魔法、風魔法の3つの魔法が使える。
かなりしょぼめのウォータースプラッシュをレジナルドに向かって飛ばした。
主に気を使っているのではなく、これが全力なのだ。
「どうだ!?」
「おおっ!弾かれましたね」
「これが俺の作戦だ…名付けて…”防御専念”!」
「攻撃をしないというのはよろしいですね。王子様を傷つけられては、国民としてたまったものではございませんので。それに防御に専念すれば、互いに魔力切れでどちらの戦績も汚さずに、勝敗を有耶無耶にすることが可能です」
「うむ!トーラティカ側のプライドを辱めるわけでもなく、しかし俺の名誉が傷つくわけでもない。いいだろう!」
「ファイアボールも投げますよ!」
マシューがファイアボールを手から出すと、レジナルドはすかさず水でバリアを作った。
「今度は風です!」
炎が盾となり、ウィンドカッターを蹴散らす。
「素晴らしい!全方向に問題が無………」
強烈な光を感じ、レジナルドとマシューはめをつぶった。
「眩しい!」
「っく!!」
レジナルドは、ぷに、と誰かに頬をつつかれる。
目を恐る恐る開けてみると、そこにはビルがいた。
「私の勝ちです!っていうかレジナルド様、前回の対決でも光魔法にやられていませんでしたか?」
「ううっ…!というか、お前はどうやって眩しさを防いだんだ?」
「目をつぶりながら、レジナルド様の方向に向かってダッシュしました」
「シンプル~~~~!!!!」
「目くらましは強いですよ?」
「う~む…」
マシューも首を捻った。
「フィリップ様は光魔法、火魔法、水魔法、風魔法が使えます。光魔法への対策は必須ですよ」
「魔法の教科書には、土魔法でグランドウォールを築けとあったが」
ビルは何故か誇らしげだ。
「光魔法は回り込んで照らせるので無敵です!」
「じゃあ…また潜るか?」
「フィリップ様だってバカじゃございませんよ。前回の敗因に、対策なしで挑まれるわけがないでしょう」
「なら、仕方ないな。もう一度やってみるか。ビル、目くらましを頼む」
「お任せください!」
ビルの巨大なライトの光が眼球に刺さる。
が…。
「うわっ………ん?」
「………あれっ、私の周りが暗いです!どうなってるんですか?」
マシューとビルの様子に、レジナルドは笑った。
そのレジナルドの体の周りも黒くなっている。
「これは光魔法の応用だ。すべてを反射されば、中からは見え、外からは見えない謎の物体が出来上がる」
「これは…舞踏会で貴族にかけてあげた魔法ですか?」
「ちょっと違う。あれは周囲を見えなくして自分だけ見えるように闇で包んだんだ。この魔法は外の明るさに頼って、外も中も見える。こっちの方が便利だろ?」
ライトが消え、ビルはふにゃふにゃと座り込んだ。
「ああ~、魔力切れです!」
「これだけ強いライトを2回も使ったんですから当然ですよ。お疲れさまでした」
「えっ?もう?」
「…レジナルド様はかなり魔力が豊富なご様子ですが、普通はこのレベルですよ。私も魔力の3分の1程度を消耗してしまいました」
「そうなのか…じゃあ、もしかしてフィリップも…?」
「いえ、王子様はトーラティカでも指折りの魔法使いが教師についておりますし、やはり魔力量も多いでしょう。一筋縄ではまいりませんよ」
「魔法対決で、俺が防御に専念して勝ち筋はあると思うか?」
「…どうやっても攻撃はしていただきたくないです。予想ですが…」
「言え」
「攻撃したなら、レジナルド様の方が勝ってしまいます。マクデブルク一角獣を倒した時の炎柱、あれは正に冒険者を彷彿とさせる攻撃魔法でした。すでに剣術の試合でレジナルド様は勝利を収めているのですから、どうか次回があるなら…」
「…勝利は譲ろう」
「ありがとうございます」
レジナルドはモグラとバスケットを拾い、ブランケットを敷き直して座った。
「ヘロヘロの使用人め。訓練に付き合ってくれた礼だ。今日は俺が給仕をしてやろう」
「お茶を太ももにこぼして火傷させる気ですか?」
「そんなピンポイントでの嫌がらせをする人間じゃないぞ!?」
「さっさと貸してくださいよ。喉が渇きました」
マシューが3人分の茶を手早く居れる。
「無風、曇天の秋空でのピクニックというのもなかなかオツですね。グレーの空もまた美しいです」
「秋の風情を感じる。雲10割の薄暗さってメロいよな?」
「わかりみです」
そんなことを喋りつつ、昼食を取った。
「ビル、元気が出たか?」
「だいぶ回復しました」
「マシュー、午後からの予定は?」
「お付き合いしますよ」
――――――――――
トーラティカの王城。
フィリップは腕試しの最中だった。
対するのは女性兵士だ。
「本気でかかってきてくれ!」
「では…いきますよ!!」
兵士の手に風が集まり、ウインドカッターが放たれる。
「はっ!」
華麗に攻撃を避けたフィリップは、剣をかかげ集中する。
「風よ集まれ!」
相手の攻撃よりも大きい風の渦を剣にまとわらせた。
見学の兵士達からは拍手が沸き起こる。
「くらえっ!」
敵のウインドカッターの3倍はあるつむじ風が相手にぶつかった。
露出している顔や手の甲に小さな切り傷の赤が見える。
「まだだ!ファイアボール!」
追い打ちをかけるように炎のボールを相手に向かって投げつける。
「…っ!!」
敵もさるもの、すかさず風で壁を作り、バリアのようにフィリップの炎を風でかき消す。
「ハァ…ハァ…」
「どうした、もう魔力切れか!?」
そういうフィリップの背後には魔法使いがついており、常に回復魔法で魔力を回復させているのだが…。
「ま、まだです!風の肉包丁!!」
風魔法のアトモスフィアを頭上に感じたフィリップは顔を上げた。
ウィンドカッターが空から降ってくる。
「う、上だと!?」
前転で回避する。
汗をかきながら振り返ると、、固く踏みしめられている訓練場の地面にズバッと亀裂が入っていた。
それを見たフィリップの体温が下がる。
ゆっくりと立ち上がり、兵士の方を向いた。
「…私は一国の王子だぞ?」
「す、すみませ…」
「即死したら魂がどこかへ行ってしまい、回復魔法も効かないんだぞ!?」
「…」
兵士は無言で後退していった。
隊長が頭を下げる。
「非常識な兵士で、大変申し訳ございません」
「教育がなってないんじゃないか!?私は替えが利かない人間だ!貴族の2人目や3人目とは訳が違う!!」
「一旦、ミーティングの時間を取らせてください。王子様も休憩なされては?」
「休憩なんかいらない!どんどん戦いたいんだ!!」
「わかりました…では、次の兵士!前へ!!」
なんとなくためらいがちに、メガネをかけている男性が前に出た。
「使える魔法は?」
「回復魔法です」
「…それだけか?」
「はい」
「サンドバックが欲しいわけじゃない、下がれ」
「剣と盾は持っております。フィリップ王子様と戦える名誉をこの身にいただけるなら、死んでも構いません」
兵士は片手剣をかかげる。
「…そこまで言うなら手合わせしてやろう」
フィリップはためらいなく手に風を集め、ウィンドカッターを兵士にぶつけた。
盾に強い衝撃波が打ち付けられ、兵士は後ろへズズッと押される。
2撃、3撃が命中すると、とうとう剣が飛ばされてしまった。
「魔法と弓の長所は、遠距離から攻撃できる所だ!」
そう言いながらとどめという風に、手に火を集める。
「避けろよ!ファイアボールだ!!」
兵士は何を思ったのか、盾を構えたまま前進する。
ファイアボールの一部は盾に当たりはじけ飛んだが、かなり大きな火の玉だったので火の粉が散って結局兵士の体に燃え移った。
「なにっ!?」
兵士は止まることなく前進し、フィリップにぶつかる。
肉と髪が焦げた臭いが鼻をかすめた後、横に持ち替えられた盾で左半身をぶたれてしまう。
「ぐっ…!?」
相手を見ると体の一部がジワジワ回復している。
火の魔法を受けた盾もかなりの高温になっているのだろうが、手の皮膚を回復させているのか、しっかりと盾を持ったままだ。
返す刀、ならぬ返す盾でもう一撃入れられそうになる。
フィリップも両手剣で受け止め………ようとしたのだが、グリップを敵の膝蹴りで真上に蹴り上げられた。
フェイントが上手く、結局2撃目はウソのモーションだったのだ。
剣のグリップは鉄で出来ているため、革の装備を付けていても衝撃で膝の皿が割れてしまいそうなものだが、回復魔法を自分にかけているらしく、動きは機敏なままだ。
真下からの衝撃に剣は落とされ、取っ組み合いになる。
フィリップはブチぎれて相手の顔にファイアボールをぶつけた。
数秒しか炎を集められなかったので小さな火だが、それでも兵士の顔面が燃える。
勝った!とフィリップが思った次の瞬間、魔物のように燃え盛る頭の兵士からパンチが飛んできて、アゴが揺らされる。
ヤバいと思う隙も無く、フワッとフィリップの意識は遠のいた。
気絶する前に見たのは自分の魔法で頭が燃えている、仁王立ちの兵士だ。
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トーラティカのカントリーハウス。
「見てください、晴れてきましたよ!」
ベヴァリーに言われてハインリヒが顔を上げると、丘の上空の雲が高速で動き、空が晴れに変わっていた。
「こちら側もあと数分で晴れそうですね」
――――――――――
「フィリップ様!フィリップ様!!」
「…う」
「よかった、一時的な脳震盪ですね」
「ま、まだだ…」
「いけません。お部屋に戻ってお休みください」
「………士は?兵士は?」
「頭部は自力で回復し、皮膚は魔法使いに治療せました。休んでおります」
「…顔を燃やされていても、私に一発食らわすその根性。見上げたものだ、褒めておけ」
「ありがとうございます」
――――――――――
「うわっ、雨です!!せっかく干した洗濯物がぁ~!」
トーラティカのカントリーハウスでは、急な通り雨に見舞われていた。
「さっき晴れ間が見えたから油断していましたね。さっさと取り込んでしまいましょう」
「そう言えば、レジナルド様とマシュー様は雨具を持って行きませんでしたよね?今頃びしょ濡れでしょうか?」
「空が明るいのですぐに止みそうですが、一応傘を持って迎えに行きますよ」
――――――――――
ハインリヒが丘の中腹まで登ると、ちょうどマシュー達が下ってきたのが見えた。
「雨に降られませんでしたか?」
その言葉を聞いて、レジナルドは気まずそうだ。
「あっ、そっちまで水が飛んでいたか。ごめんな?」
「?」
疲れた表情でマシューが話す。
「風についても謝罪してくださいよ。雲を散らかすという事は、他の地域の雲が分厚くなるんですから」
「ちょっと試してみただけだろ!」
――――――――――
屋敷に帰ると、本当にマシューは算数のテキストを並べ始めた。
「そんなぁ…!」
「フィリップ様は剣と魔法と乗馬だけに優れているのではございません。ほら、勉強の時は?」
「姿勢を正しく」
「素晴らしい。では、角度の問題をやりましょう」
「…なんでこことここの角度が等しいんだ?」
「同位角だからですよ。平行な2本の直線を跨ぐように引かれた直線の角度は、同位角といい、常に等しいんです」
「…なんでこことここの角度が等しいんだ?」
「錯角と言って、同位角と同じように錯角も角度が等しい場所です」
「…なんでこことここの角度が等しいんだ?」
「対頂角と言うんですが、直線同士が交わった時、向かい合う場所の角度は等しいんです。分度器を当てて確認してみてください…レジナルド様?」
「あぁ?」
「体が右にぐんにゃり曲がっておりますよ」
「あぁ…」
「今度は左」
「チッ…」
「よろしい。では、多角形の内角の合計は?」
「180°ぉ~…かける………」
「180°×(n-2)」
「もう忘れた」
「覚える気が無いからでしょう」
「辛~~~い!楽しいこと、得意なことだけやってフィリップに勝ちたい…」
「そうは問屋が卸しませんよ。そもそも、フィリップ様と数学で戦うことになったら」
「なったら、俺が苦手な角度と分数と四則演算と大きな数を出してくるのかぁ?人でなし!!思いやりの心不足!!」
「そんな簡単な問題を出すわけが無いでしょう。複素数平面とか、ベクトルとか、確率分布と統計推測とか、そのあたりですかね?」
「ウゲエエェっ…!!数学なんて国家の運営に何の必要もないだろ!?」
「古今東西、王国は星の数ほどあれど、推計&統計学抜きで運営されてきた国家はございませんでしょう…」
「えっ!?」
「複利だって等差数列を理解していなければ計算できませんし」
「ええっ…」
「犯罪統計学に、台風や活火山の周期的噴火などの自然災害の発生予測に…」
「そんなのスーパーコンピューターが登場してからの数学だろ!いい加減にしろ~~~~!!」
――――――――――
誰にでも得意・不得意はある。
フィリップは脳を揺らしたことで、その事に気付けた。
運ばれたベッドの中でらんらんと目を光らせる。




