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人質生活78日目

朝からプレートアーマーを来て、レジナルドは剣術の練習に励んでいた。

ヘルメットは相手に被せ、自分は革のグローブをつける。

互いに揉み合ったあと、ガチャン!と顔を殴る音が響いた。

その鬼気迫るトレーニングの様子に、厩舎の仕上げにかかっている職人たちも目を泳がせている。

「ハインリヒ!死んだか?」

「………生きております…」


金属製のヘルメットの中がパッと光る。

ハインリヒは回復魔法を受け、ゾンビのように立ち上がった。

「まだです。まだ全てのパターンを網羅しておりません。レザー防具だった場合の模擬戦もやりましょう」


マシューとハインリヒは入れ代わり立ち代わりで、レジナルドと戦う。

昔に習った剣術のコツを思い出したのか、マシューの剣さばきがより早く、より重たいものになってきた。

ギイイィイン!と激しい音がして、レジナルドが持っていた鉄剣が叩き落とされる。

「ブレードを上にばかり構えていてはいけません、下に払うことも覚えましょう」

「わかった、もう一度頼む」


昼までみっちり続く本気の特訓に、職人たちは恐れおののく。

「王城の兵士だってあんな訓練してないだろ?」

「だらしのないフニャフニャ第二王子だって聞いてたが、話が違うぞ!?」

「なんだよあの緊張感は…」


――――――――――


アリディンバリスの王城。

「というわけで、レジナルドとバーナビーを交換しませんか?」


国王は第一王子ブレンダンの提案に頭を抱えた。

「な、なぜバーナビーを送ろうと思ったんだ?」

「ですからそもそも、お父さまはレジナルドに厳しすぎるんです。きっと今頃、あの繊細な弟は泣いて過ごしているに違いありません」

「丁度いい、泣けば痩せるだろ。水分の重さだけはな」

「なぜバーナビーをかばうのですか?」

「別にかばってないが?常識で考えろ。途中で人質を交代させるなんてカッコ悪いじゃないか。国家なんてメンツで運営されているようなものだぞ、一度でも見くびられればそれまでだ」

「それは…」

「よっぽどの事情が無い限りは”行ったきり”だ。それに、トーラティカの先王がしっかりと人質として我が国に留まっているのに、こちらの第二王子だけ呼び戻すなんて。身内に甘いのは恥だ。王族として、そういう歴史を家庭教師からいくらでも教えられて来ただろう?第二子だからといって甘やかしたりはしないぞ」

「…もしかして、お父さまが最近私やアデレートに厳しいのは”獅子は我が子を千尋の谷に落とす”のことわざを実践してらっしゃるからで?」

「んっ?いつ私がお前たちに厳しい試練を課したんだ?」

「議会の内容を理解しろとおっしゃられたではありませんか」


父親の顔が見る見るうちに赤くなっていく。

従者もブレンダンもヤバい、という感じで数歩後ずさりした。

「この言葉だけは使いたくなかったが、最近の若者は、仕事に対しての姿勢が甘すぎる。いいか?議会に出席してその内容を理解し、自分の考えを述べ、提案に対してより良い解決策が無いか?とか、とある問題を共通の認識として知っておこうな?とか、そうやって主体的に関わっていくことが”議会に出席する”という仕事だよな?いいか?この基本的な定義のすり合わせからしなければいかんか?????」

「い、いえ、それは心得ております…」

「よし。つまりな、”議会に出席する”とは、チェアに座って別の考え事をするのではなく、議題を理解するという意味なんだ。なぜ、これがわからないんだ?」

「わかっております」

「じゃあお前たちに厳しくなんてしてないだろ????????」

「私とアデレートを叱ったではありませんか」

「だ、か、ら!!!!!!議題の内容を理解していなかっただろ!?バーナビーはどうだった?」

「それは違います!あいつはズルをしてメモを取っていたから咄嗟に答えられただけで」


思わず従者が止めに入った。

「お許しください!私が代わりに罰を受けます!ブレンダン様はまだ21歳になったばかりの若者で、王と王子の役割を理解しておられないのです。いずれ王座を継ぐために学ばれている帝王学のコースはまだ32%しか履修されておらず、伸びしろ…伸びしろなんです!!お許しください!!」

ブレンダンは自分の努力を誇る。

「そんなわけない!帝王学コース終了のピンバッジを貰ったぞ!」


国王はうつむき、額に手を当てている。

「そうだな。まだ21か。30のバーナビーと比べるのは酷だな」

「お、お父さま…」

「毎日、つまらない議会に参加させて悪かったな」

「お父さまもつまらないと思ってらっしゃったんですか?」

「思っているが、仕事だろう。私が母から教育を受けたのと同じように、私もお前を議会に参加させ、訓練させているつもりだった」

「…」

「バーナビーに王位継承権はない。アリディンバリスの法律では王兄、王弟、王姉、王妹の子供には、国王の実子か、国王ふうふが直接選んだ養子が死なない限り、王位継承権は発生しない。そもそも他国と違い、国王のきょうだいにですら揉め事を嫌って王位継承権を渡さないのだ。第一子の国王に何かあれば、すぐに弟や妹が国王に即位する他国とは違ってな。まあ、最初から希望がなければ暗殺劇が繰り広げられる可能性は低いし、私は素晴らしい仕組みだと思っている。で、だ」


国王は顔を上げ、ブレンダンを見た。

「私は第一王子か、第一王女に国王になってもらいたい、と思っている。そこは揺らがない。約束できる」

「あ、ありがとうございます」

「それは逆に考えると、競争相手が居なかったという事でもある」

「…いえ、それこそ、いとこ達や友達の貴族など、切磋琢磨する同年代が大勢います」

「皆、お前に忖度している。しかし、これは王政の欠点ではない。リーダーの子供というのはちやほやされ、やりたいように振舞ってしまうものなのだ。これは小さな村でも大きな国でも同じことで、それを前提として自分を鍛えられるかどうかが試されてるわけだが…」

「わ、私は、賢明で、優しく国民を思いやる、公正なリーダーになろうと苦心しています」

「勿論それは見ていてわかる。実際、ブレンダンは倫理的で、知識もあり、我慢と忍耐を知る素晴らしい王になるだろう。だがな」

「…」

「緊張感があってもいい」

「!?」

「なんだその顔は?」

「い、嫌なんです!いとこが嫌いなんです!!」

「そんなこと言わなくてもわかる。バーナビーをはじめとして、弟…お前にとっては叔父だが。そちらのいとこ達も苦手だろう?」

「はい。いとこ達と比べられたりするのは本意ではございません。彼ら彼女らは敵のような存在ですし、正直、存在そのものが苦痛です」


国王はチェアから立ち上がる。

「なるほどな。若いうちは…苦労は買ってでもしろ?」

「そんな!!!!」

「お前にとって、バーナビーは必ずいい影響を与える。今の会話で確信した」

「ストレスで死んでしまいます!いとこは全員大嫌いですが、特にバーナビーはネコを被っているのが気に食わなくて…」

「ストレス?私だって、地方から出て来たくせに偉そうに反対意見を出してくる年下の議員共と毎日やり合っていて、ストレスで死んでしまいそうだ。実際にストレスで歯茎が腫れてきたし、食べると血が出るし、たまに自分の口臭にびっくりする」

「それは歯周病ですよ」

「とにかく、バーナビーと生活を共にしろ。勉強や乗馬、剣術の訓練に同行させてもいい。もちろん議会にも、食卓にも呼ぼう。わかったな?」


ブレンダンの顔は絶望で覆われた。


――――――――――


「いくら国王様のご命令とはいえ、こんな変な人質交換提案の議題を議会に提出するわけにはまいりません。国王様の正気を疑われてしまいます」

「そうか…」


トーラティカでは、国王と近しい大臣数名、それに宰相が顔をあわせていた。

「クローイ様を遠くへ追いやってしまいたい気持ちはよくわかります。しかし実現はしませんでしょう」

「王家の恥だから?」

「…」

「ハッキリと言って!」

「ど、どこへ出しても恥ずかしい人間だからです」

「なんだそのちょっと捻った言い回し」

「もちろん、過去にもああいう王族は多数おりましたでしょう。そしてそういう人間ほど、王城の外へ出してはならないんです」

「…」

「王家の格が落ちます」


何かの手違いでアリディンバリスへ行ってしまえば、ワガママと無謀とトラブルを振りまき、アリディンバリス人を怯えさせ、失笑されるであろうことは想像がついた。

「クローイ様のような王族が存在すると知り渡ってしまえば、我が国の面目は丸つぶれです」

「…わかった。フィリップにその事を伝えるように」


大臣のひとりがフィリップの部屋を訪れ、話し合いの結果を伝える。

「ダメか。アホのレジナルドを送り返して、さらにクローイ叔母さまを押し付けられると思ったのに…」

「恥ずかしい者ほど外へ出すわけにはいかないのです」

「なら、叔母さまをなんとか閉じ込めておければいいのに」

「叔母さまの”説得”に敵う人間はおりません。それに出たがりの叔母さまを閉じ込めれば、たちまち貴族の間で噂になってしまいますよ」


社交は王族の基本スキルで、これが足りないと能力不足と見られる。

叔母には何人もの教師が付き、人との距離の取り方を学ばせたはずなのだが。

適切な挨拶や雑談で済ませるべき場面で、ひとりを捕まえて何時間もずっと話し込んだり、とにかく常識が身に付かないまま中年になってしまった。

そしてこのクローイを可愛がっていた事も、貴族たちの間で先王の評判が悪い一因となっていた過去があった。


――――――――――


トーラティカのカントリーハウス。

少し休憩しましょうと提案され、レジナルドはヨレヨレになりながら自室へと戻る。

「…クンクン、なんだこのシンナーしゅうは?」


部屋の扉を開けてみると、そこには…ネイルをしているモグラと、施術中のベヴァリーがいた。

テーブルの上には細々(こまごま)としたネイル用品が置かれている。

黒と紫のどぎついツールボックスは中が混沌としていて、惑星誕生の前夜のようにありとあらゆる原子や分子で満たされていた。

「マニュキアの匂いか!ベヴァリー、なぜモグラにネイルをしているんだ!?」

「お帰りなさいませ。モグラのネイルはめっちゃ長くて、整っていて、ネイルし甲斐があるからですよ」

「窓を開けて換気をしろ!まったく、俺がどんな気持ちで過ごしているのかも知らずに。呑気なもんだ!」


レジナルドは自ら窓を開けた。

秋口の涼しい風で汗を冷やす。

「…ああ。疲れたが、気持ちがいい。ビルが茶を入れてくれるからな。一緒に飲もう」

「お言葉に甘えてご一緒させていただきます。それはさておき、私の腕前はどうでしょう?」


レジナルドはモグラの大きな手を取り、しげしげとデザインを観察する。

くすんだピンクが艶を持って膨らみ、クロスする直線の溝は自然な影を落としていて美しい。

「素晴らしい出来栄えだ!ハムは大好きだぞ!!」

「キルティングネイルって言いますコレ。次にハムって言ったらレジナルド様をハムにしますからね?」


――――――――――


アリディンバリスの王城。

ブレンダンは歯を食いしばる思いでチェアに座り、メモを取っていた。

憂鬱な議会は午後も続き、魔法石の輸出についての議論が繰り広げられる。

「これは資源の呪いです!豊富な魔法石の資源量を誇る我がアリディンバリスで、魔法石が手に入りずらいというのは何事でしょうか!」

「資源の呪いとは言い過ぎですよ。使う用語を間違えていらっしゃるのでは?我が国は経済成長を続けており、決して近隣諸国や砂漠の向こうの国々と比較しても貧しくはございません。そもそも魔法石を輸出したほうが稼げるのですから、国内の流通が渋いのは当然でしょう。それとも、稼げるときに稼いでおけという当然の理屈もご存じないのでしょうか?」

「魔法石は天然資源であり、その埋蔵量を把握することは不可能です。ある程度計画的に貯蓄しておかなければ、いずれ魔法石が枯渇した時に危機を迎えてしまいます」

「水と同じで、地面を掘れば出てくるものです。枯渇などあり得ません」


午後の議会が終わると、ブレンダンはフラフラしながら自室へ戻った。

しかし休んでもいられない。

4時から親族一同が庭に集まり、少し遅い茶会が始まるのだ。

従者に急かされつつ、ブレンダンは外へ出た。


叔母のチェルシーとその夫がいなくなってから初めての茶会だ。

「寂しいものですね」


叔父の言葉に大叔母が同意し、私が領主になってあげても良かったのに、と言った。

国王が困ったように首を振る。

「叔母さまはもうすぐお迎えが来る歳ではないですか。叔母さまが領主になるなら、わたしはお母さまを墓から掘り返して国王の冠を返却せねばなりません」

「失礼ね。ああ、姉婿まで後を追うように亡くなってしまったのだから、まったく。あなたを叱れる者は私と弟しかおりませんこと!」

「その叔父さまは?」

「カゼで寝込んでいるの。ほら、このシーズンは体調を崩しやすいじゃない?」


つまらなさそうにしていたイザベラがぼそっと口を開く。

「大叔父さま、月に一度は寝込んでらっしゃいません?」

国王が答える。

「準備体操みたいなものだろう」


大叔母は普段耳が遠い癖に、こういう会話は聞き逃さない。

「準備体操って、なんの?」

「寝たりきりになるための」

「ハッ!!!!本当に、私が代われるならお姉さまに替わって王を務められれば良かったのに。こんな口だけ達者な長男が国王なんて、アリディンバリスはおしまいね!」

「おしまいなのは叔母さまの余命のロウソクでしょう。暗闇までのカウントダウンが聞こえませんか?」

「私は耳が悪いから聞こえないわ。それに死神も同僚と間違えるぐらいに痩せこけているんだから。120まで生き延びて、あんたが死んで可愛いブレンダンが王座につくところを見届けなくちゃ。ねぇ~ブレンダン?」

「ハハ…大叔母さまには120と言わず、世界記録を塗り替えるような歳まで長生きしていただきたいです。ぜひ私の孫に名前を付けてください」

「ほら聞こえた?あなたみたいな生意気で愛想なしの子とは出来が違うんだから」

「聞こえてますよ、叔母さまと違って耳が悪くないので」


いつも通りの年寄りの会話でブレンダンは安心した。

父の性格なら、バーナビーがどれだけできる人間か知らなかった、という自慢話を唐突に始めてもおかしくないのだが。

「唐突だが、自慢話を聞いていただきたい」

「!?」

ブレンダンは泣きそうになった。

まさか自分でフラグを立ててしまったのかと悲しい気持ちでいっぱいになる。

「我らがアリディンバリスの夜明け、ブレンダンについてだ」

「!?」

ここ数日は叱られてばかりだったので、自分が褒められる要素がどこにあるのかと不安げに父を見る。

「王都の郊外にいかがわしいヤードが立ち並んでいたのだが、兵士を引き連れ、王子自ら視察に行ったのだ。そうだよな?」

「は、はい…」

「違法レクリエーション嗜好品を製造していた工場を焼き払い、その結果、周囲に集まっていた野蛮な店も連鎖的に散らばせることができた。全てブレンダンの指示で行われたそうだ」

「ええっ!?」

「そんな事があったのですか!?存じ上げませんでした」

「さすが上のお兄さま!」

「素晴らしいじゃないブレンダン、未来の国王らしい立派な行動よ。王城にこもってばかりの出不精の甥っ子とは違うわ」

「私は国王の仕事を全うしているんですよ叔母さま!」


茶会に出ている親族の視線が一斉にブレンダンに集まった。

「は、ハハ…!ええ。結果的に良い方向へ転がりました。あの辺りは穢れた違法な店ばかりで、国に税も治めておりませんでしょう。綺麗にすることが我ら王族の務め、当然のことをやったまでです」

「それにしたって、直接出向いて手を下すなんて度胸があるじゃないですか。町に出て世直し、まるで演劇の主人公のようですね」

「ええ、感激です。存じ上げませんでした。治安維持のために兵士に命令を出すだけではなく、自ら赴かれて…ご立派です」


皆が口々にブレンダンを褒める。

バーナビーにも尊敬のまなざしを向けられて、ブレンダンはいい気分だ。

国王の自慢は終わらない。

「それだけじゃない。王家の封蝋スタンプが偽装された事件があっただろう。国外任務に長けた兵士に指示を出し、それをやった犯人、匿っていた両親、共に検挙したんだ。牢に入れた後の取り調べまで自分でおこなったそうじゃないか?」


年上の王族は口々にブレンダンを褒め、妹のイザベラとアデレートに至っては小さく拍手をしている。

大叔母も思い出したように言った。

「サボり癖のある甥が”部屋あらため”を渋ったけど、結局ブレンダンがやってくれたじゃない。それも新記録のスピードで終わらせたとか。こうやって新しい時代はやって来るのねって侍女と話していたの」

「ええ、あれはそう…伝統よりも革新を、という雰囲気でした」

「さすが上のお兄さま!」

「ブレンダン様の行動力、忍耐力、発想力にはいつも驚かされてばかりです」

「新しい時代が待ち遠しいわね?」

「おっほん、叔母さま。私はあと20年は国王を務めるつもりですよ」

「0年?」

「せめて2の方で聞き間違えてくださいよ」


和やかな雰囲気で茶会はお開きになった。


――――――――――


自室に戻ったブレンダンは、ライティングデスクに置きっぱなしにしてある”国王DAYS~優しさと厳しさがあなたを励ます365の言葉~”を開いた。

この本には365のページがあり、1ページ1ページに国王としての心構え、名言、助言が乗っている。

本をランダムに開いて困った時に参考にしたり、暇つぶしに読んだり、暇つぶしに読んだり、暇つぶしに読んだりするのだ。

欠点として、実際にはランダムになんて開けるわけがなく中央ばかり開いてしまい、1ぺージ目や365ページ目を開く機会が1年に一度も無いという構造上の欠陥があげられる。


「”忍耐がその人を作る”」


ブレンダンはため息をついた。

父に褒めてもらえたことは嬉しいが、だからといって嫌いなバーナビーと比べられる毎日はこれからしばらく続くのだろう。

ノックの音がした。

「ちょうど廊下で、給仕をしてくれていた使用人と出会いまして。今日のブレンダン様はお話の中心でしたでしょう?クッキーの1枚も手にしていなかったのを見て、わざわざ持ってきてくださったんですよ」

「気が利くじゃないか。観察眼と自分の仕事を心得ている動き、さすが我が国の使用人!もちろんお前もな?」


褒められた日は誰かを褒め返したくなる。


――――――――――


マシューとレジナルドは取っ組み合って転がっていた。

レジナルドはふらつきながらも立ち上がる。

「今の俺はフィリップに勝てるだろうか!?まだだ、まだ何かが足りない!!もっと鬼気迫る、血の汗を流すようなカン難辛苦が足りないんだ!」

「…血の汗なんてカバしか流せませんよ。もうここまでにして、ゆっくり休みましょう。休息をとらなくては、勝てるものも勝てなくなります」

「アドレナリンが脳と体を支配していて眠れそうにない!このまま倒れるまで付き合ってくれ。どうせ明日は魔力を使えないんだ、お前を回復させるので全ての魔法を出し切るぞ!」

「いえ、そうではございません。今のレジナルド様は極度の緊張、興奮状態にあるように見受けられます」

「実際そうなんだ!トレーニングしよう!!逆境は人を強くする!!今の俺はトラだ!!ライオンでもいい!!サーバルキャットは…絶滅しそうだからイヤだ!とにかく、飢えたケモノのように戦うぞ!!」

「それではダメです。無理にでもクールダウンさせますよ?」

「どうやって!?今の俺は誰にも止められないんだ!!体重145kg身長180cmのバーサーカーを止めてみろ!!今の俺は台風、暴走馬車、空腹で墜落している自由落下中の旅客ドラゴン、山ヒトデの群れだ!!」

「ベヴァリー!」

「はい!」

「モグラとおそろのネイルを」

「かしこまりました」

「休みます」

「よろしい」


――――――――――


レジナルドは雨を呼ぶ笛でシャワーを済ませると、パジャマのままエントランスに降りてきた。

「どうされました?」

「体が軽い!」

「ずっとプレートアーマーを装着されておりましたからね」


ビルと共に家畜用の体重計に乗る。

「………お前が乗ってちゃダメだろ!!!!!!!!!!!」

「ああ、何も考えずにナレーションに従ってしまいました」

「自由意志の無いヤツめ」


ブレンダンはひとりで体重計に乗る。

「140kg!?」

「145kgじゃなかったんですか?」

「…過酷なトレーニングでマイナス5キロいった可能性がある」

「不健康ですねぇ…」

「仕方がない。俺にとって明日は決戦の日だ。バターなどの油脂を食えば5キロなんてすぐに戻せる」

「多分戻さなくていい5kgですよ?」

ブレンダンは自分の腹を撫でた。

「もう平均体型だろ?」

「ギリ」

「ギリって何だ!?」


暗闇からシャーーーーッッッ…と金属がこすれる気味の悪い音がした。

「体重だけではございませんよ」

「!?」

「ハインリヒさん。テープメジャーなんか持って、これからお仕事ですか?」

「いえ、ブレンダン様の身長を測ろうかと」

「俺は180cmだぞ」

「スリッパを脱ぎ、壁にかかとを付けて立ってみてください」

「…」


ハインリヒはテープメジャーの下をビルに押さえさせ、自分は本体の方を持って伸ばした。

「185cmございますね」

「えっ、ずいぶん伸びたな?」

「過剰な肥満体だと、背骨が圧迫されたり、姿勢そのものが悪くなったりして本来の身長より低く測られてしまう事があるそうです。レジナルド様の場合、丸っこかった猫背がスッと伸びてこの数字になったのでしょうね」

「おおっ…」

「さらに、18歳ならまだ身長は伸びる可能性がございます。私も20過ぎまで背が伸び続けましたから」

「じゃあ…もっと栄養を取らないとな?油脂とか」


マシューが階段を降りてくる。

「背を伸ばすための栄養摂取はバランス良く、ですよ!あと、お酒は控えて、夜は眠り、朝に起きるようにしましょう」

「説教メガネが来たぞ~、もう眠る!」

「せめて通訳メガネとお呼びください」


――――――――――


ベッドに入った。

「とはいえ」

「眠れませんか?」

「緊張している………」


レジナルドはブランケットをアゴまで引き上げ、不安そうに眉をしかめている。

マシューは後ろを見た。

「隣りのベッドで転がるモグラをご覧なさい。何の苦労も無く夢の中ですよ。レジナルド様もこのぐらい寝つきが良ければいいのに」

「そのモグラはな、夢の中で、転生させ女神様が作ったモグラテンボスの従業員として働いているのだ。1時間当たり3本のミミズが貰えるので喜んで眠っている。俺も夢の中で食べ物が貰えるなら、気絶するほど走って眠るぞ」

「…夢の中で何をしているのですか?」

「遊具の点検・管理・操作だと聞いた」


マシューは咳払いする。

「私はそれほど不眠で苦しまないタイプの人間ですが、いざという時に使えるアイテムぐらいは持っているんですよ。これでも貴族の端くれなわけで」

「!?」

「秘密にしておいてくださいね。サンドマンから分けていただいた眠りの砂です。目にかけますから、閉じていてください」

「睡魔!睡魔のスリープサンドだ!俺にくれ…そういう…妖精やモンスターに関わる品が…好きな…ん………だ」

「これを使うと、翌朝に目の端から砂がポロポロ落ちることだけが欠点ですが。まぁ、朝にシャワーを浴びて顔を流せばいいだけです。それでは、強制的におやすみなさい」

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