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人質生活69日目

アリディンバリスの山間部にある平地。

小さな湖が点々としており、まさに山紫水明の観光地に飛行モンスターが降り立った。

手紙ではなく、正式なスクロールを足に括りつけている。

「ウォルターが…死んだ!?」


屋敷ではスクロールを手に、家族と使用人が集まっていた。

ウォルターの祖父が震える。

「こ、こんな事が…」


スクロールには、ウォルターは国家機密である任務の作業中に殉死した、と書かれていた。

小さな子供が覗き込む。

「階級が上がるって、どういう事?」

「…殉死すると特別な勲章が授与されて、一つ上に昇級するの。そういう事になって…るの…ううっ」


ウォルターの姉は泣き出し、部屋から出て行った。

祖父は追いかけようとするひ孫を止める。

「我がトムソン一族からは久々の殉死じゃないか?ちょっと待て…死体も無いと書いてあるが…!?」

「国家機密…!?これなら、どういう任務について、どう死んでいったのかもわからないじゃい!」

「空っぽの棺を地面に埋めるの?」

「お前は向こうに行ってなさい」

「でも叔父さんが死んじゃったんでしょ…」


家族が大騒ぎする中、領主はウォルターの母親である娘を、王都へ向かわせることにした。


――――――――――


曇天でもうっすらと射す朝日を浴びて、モグラは体を伸ばした。

「ベヴァリーに編んでもらった甘イモ入れは丁度良いようだな?」


モグラは鼻をヒクヒクさせ、丸くなってコロコロと転がる。

「喜びの感情の表現がモグラすぎる…!」


ダイニングルームではマシューが窓の近くに立っていた。

「おはよう!」

「おはようございます。どうやら一雨来そうですね」

「この分厚い雲はなかなかだな!流石にセーラも来ないだろう。今日の乗馬は中止かぁ」

「ですね。前のような大嵐にならない事を願いましょう」

「嵐もそうだが、何より怖いのは落雷だな!」


コックが卵をプレートの上に乗せる。

「何だこれは!?ギザギザしていて楽しいぞ!」

「飾り切りをした茹で卵です。朝から張り切っちゃいました」

マシューも喜ぶ。

「へぇ~、手間がかかっていますね!」

「ふふ…こういう時の誉め言葉を知ってるか?」

「?」

「エッグセレント!」


大雨が降ってきた。


――――――――――


「出来た!究極の一台だ!!」

「フィリップ様…そろそろ議会が始まる時間でございます」


トーラティカの王城では王子のフィリップが朝からミニ馬車を作っていた。

従者を帯同させて廊下を歩く。

「さっき作った一台をレジナルドのヤツに見せびらかしに行きたい!」

「良いですね。ああ、ところで通訳から手紙を受け取っていました」


議会はすでに始まっており、地方から来た議員が領地の現状を説明していた。

「ですから、予算が余ったからといって来年から減らさないでいただきたいのです!必要のない年は余り、トラブルが多い年は予算が多く必要だというのは当然の事ではありませんか?皆さんの領地も、いや、家ですらそうでしょう!穏やかで問題がひとつも起きない春の日のような年があれば、窓が割れ、屋根からは雨漏り、キッチンの改修が必要な年もあるはずです!」

「しかし、この予算の付け方は200年前から変わらないのです。それに、余ったなら使ってしまえばいいんですよ。皆さんそうしていらっしゃいます」

「なら、せめて近隣の領地と融通を利かせられるような制度に改正していただきたい!」

「それでは税金の流れを追う我々の仕事が煩雑になってしまうではありませんか…」


フィリップはため息をついた。

議論が白熱しているようだが、彼にとってはどうでもいい話だ。

マシューが昨日書き上げ、使者に託した手紙を読む。

「…ふむ」


真後ろに立っている従者が尋ねる。

「内容は?」

「レジナルド様はせめてもう一度、自分の所有物だった指輪を見たいそうだ」

「よほど未練がおありのようで」

「ハハ!愉快だ。どうだろう、希望を叶えに行ってやろうじゃないか」

「良いですね」

「…絶対にミニ馬車を持っていって見せびらかそう」

「それはご自由に。しかし、欲しいとねだられたらどういたしましょう?」

「アイツは流行はやり物好きだそうだからな。王都でミニ馬車キットが大流行していると知ったら必ず欲しがるだろう…でも、使者をタフタフリッチの雑貨屋に送り続け、全てのミニ馬車キットを買い占めているんだ!それは叶わないさ」


フィリップは自分が買い占めたミニ馬車キットを友人たちに配っていた。

「では、3日後に訪問するという手紙を明日出しましょう」

「明日?今書くから使者に渡せ」

「今日は大雨です。わざわざ馬を出させるほどの用事ではございませんでしょう!?」

「”大雨の中で訓練をしておかないと、いざという時に動けない”だろ?」

「そ、それは兵士の心構えですよ!」


フィリップはサラサラと手紙を書き、後ろを向いて使者に笑顔で渡した。

「さっさと届けさせろ」


――――――――――


「また荒れるのかぁ!?秋の嵐にはうんざりだ!!」

「様子見でしょう。家が飛ばされてしまうんじゃないかと心配になるぐらい荒れていても、案外夕暮れの時間になれば晴れるものです。風が強ければ、雲も流されていきますからね」

「ふ~ん…あれっ、馬が来たぞ?」

「この天候で…!?急な知らせでしょうか!?」


3階から1階に降りると、使者が使用人に手紙を渡していた。

「屋敷で天気が回復するまでお休みになられていてください」

「すまない、そうさせてもらえると助かる。馬だけ頼むぞ」

「お任せください、馬係を呼んできます」


外套を脱ぎながら使者が目線を上げると、レジナルドたちと目が合った。

「びしょ濡れじゃないか!急ぎの用事だろう?」

「上級使者様からのお手紙と、新聞の切り抜きです」

「新聞の切り抜きなんて後回しだ、早く手紙を読まなければ!」


レジナルドとマシューが覗き込むと…。

「3日後に茶を飲みに来る、とだけ書いてあるように読めるが。俺もまだまだトーラティカ語の勉強が足りないな」

「い、いえ…そう書いてありますね」

「ハァ!?こんなくだらない用事、後日にずらしたっていいだろ!?」

「上級使者様側のスケジュールの都合かも知れません。とにかく…昨日私がお送りしたお手紙を読んで、お返事をくださったのでしょう。この雨の中を走って下さり、本当にお疲れさまでした。どうもありがとうございます」


使者はベヴァリーが渡したタオルを受け取りながら、無言で会釈した。

一瞬だけマシューと目線を合わせ、2階へ上がっていく。

その後ろ姿を見ながらレジナルドが言った。

「使者の仕事も楽じゃないな。ところで、新聞の切り抜きの方はどうだ?」

「ああ…ええと、”ホットミルクにできる膜で帆船を作り 航海へ”とあります」

「沈みそうだなぁ」

「船本体はチョコレートで出来ているそうです」

「沈むために海へ出たのか?」

「積み荷はウイスキーだそうで」

「沈んでも暖は取れるな」


――――――――――


「こんな日に仕事とは」


カントリーハウスで待機していた使者が、同僚の登場に驚く。

「途中で、これ以上雨が激しくなったらどうしようかと思ったぞ」

「馬は雨が好きだから何ともないだろうが、人間はそうじゃないからなぁ。いや、このレベルの土砂降りだと馬も嫌がるか。急ぎの用だったんだろう?」

「…私が判断する事じゃない」

「おおっと、それはそうだな。お互いに」


ちょうど着替え終わったタイミングで使用人が扉をノックし、軽食を運び入れた。

「本当にご苦労様でした」

「すまない」

「ありがとう」


2人が休憩していると、皮肉なことに雨が弱まってきた。

「雲が薄くなってきたな。この明るさならじき晴れるだろ。それにしても一番雨足が強いタイミングで仕事とはな」

「まあ、これが人生だ」


雲間から、はしごのような光が地に落ちる。

ウニ葡萄畑が段になっている丘陵は美しく照らされ、絵画のようだ。

カタツムリも葉陰から身を出そうかと様子を伺っている。

雨粒が一番高い位置の葉から落ちた。


――――――――――


レジナルドが久々に家畜用の体重計に乗ると、145kgと表示された。

「ヒエッ…150kgを切ってる…」

「それは健康に向かって着実に歩めている証拠ですよ」


隣りで見ていたビルが途中の仕事を思い出す。

「そういえば、結局直しが必要な服を確認していないですね。こんな雨ではすることがございませんし、いかがでしょうか」


ドレッシングルームへ入って試着してみると、持ってきたわずかな秋冬物がブカブカサイズだ。

「180kgから150kgになっただけでこんなにブカブカになるのか…」

「30kgですからね。それは変わってくるでしょう」


ビルが、町の仕立て職人にサイズを直させた服をハンガーにかける。

「ついこの間直していただいた服すら少しダボついているように感じます。また職人を呼んで採寸していただいたほうが宜しいでしょう」

「ああ。というか…このままじゃ冬物が足りないな?」


マシューは険しい顔をした。

「この屋敷は冬季はかなり冷えます。服は多めに作らせたほうがよろしいでしょう」

「冬季間の維持はどうなっていたんだ?」

「今いる人間と同じ人数で回していたそうですよ。まあ、管理のために暖房などは焚いていても、王族や貴族が訪れることは無かったようです」

「王族は避寒地で年を越すのか?ああそうだ、網の入り江には大きな城が建ってるんだったな」

「ええ…避寒地は数か所ございますので、年ごとにぐるぐる回っておられます。しかし、レジナルド様はこのカントリーハウスで耐えなければなりません」

「アリディンバリスが恋しいな…いや、普通の市民はどこへもいかず、毎年冬を耐えているのか。そうか…」


レジナルドの表情にも険しさが伝染する。

ビルが窓を開けた。

ぽつぽつと降ってはいるが、午後の光が眩しく目に刺さる。

「見てください、晴れちゃいました!」

「よかったですよ。明日、町へ行って仕立て屋を連れてくる事にしましょう」

「…俺は冬を乗り越えられるよな?」

「ええ、分厚いお召し物と、多くの薪と、気密性の高い屋敷」

「それに温かな食べ物!」

「そうですよ。それがあれば冬は乗り越えられます。今のような過ごしやすい秋のうちから、冬の心配をして震えていてはカロリーがいくらあっても足りないでしょう?」

「俺への励まし方を工夫してくれるのは嬉しいが、別にカロリーベースで越冬を心配したことは無いぞ?熊じゃあるまいし」


――――――――――


使者が入れ替わり、トーラティカの王城へ向かおうと屋敷を出る。

厩舎でサドルについた汚れを払っていると、レジナルドが手を振って走って来た。

「お~い!これを上級使者様にお渡ししてくれ!」


手紙を受け取り、胸に仕舞う。

無言の使者にレジナルドは話しかけた。

「お茶へ来ていただけるのなら大歓迎です。どうかジュエリーを忘れずにお持ちください、という内容だ」

「ジュエリー…?」

思わず使者も呟いてしまう。

「ああ!上級使者様はトーラティカでも指折りのコレクターだ。自慢のコレクションを見せていただきたく、一筆書いた。まあ、文法の細かい所は大目に見ていただきたいのだが…?」

「…了解しました」


使者は踏み台も無く鐙に足をかけ、ぐいっっっと力強く自身の体を持ち上げる。

股の開き方が豪快だ。

というかそもそも足が長いので迫力がある。

「おお~!」

「では」


颯爽と使者は門から出て行った。

「やはり馬に乗ることを仕事にしている人間は違うな!俺もああいう風にカッコよく馬にまたがりたい…いや…まず体重が100kgを切らないと難しいだろうな?」


発酵焙煎チョコレート号が笑うようにいなないた。


――――――――――


アリディンバリスの王城は、夜会の準備でバタバタしている。

「前日には完全に準備が整っていなければ、と、毎回思うのだけどねぇ…」


高齢の女性が苦虫を嚙み潰したような表情で、最後の飾りつけをされる大広間を眺めている。

「招宴長、ご面談の希望者が」

「ああ、もうそんな時間?」


アリディンバリスの王都ではまだ雨が降っていた。

そんな雨の中、3人が馬車で城へ乗り込む。

「お会いできて光栄です、招宴長様」

「ここでは貴族という事よりも役職の方が優先されますから、様はつけないようにしていただきたいです」

「も、申し訳ございません!」


ロジャーは緊張して頭を下げた。

「それにしても…驚いた。確かに第二王子レジナルド様とよく似ておりますね」

劇場の支配人もグイグイいく。

「そうでしょうそうでしょう!国王様とご家族、臣下の皆さま方にもお越しいただいた劇の主役なんです。舞踏会の隅で踊らせていただければ、それは良い出し物になるかと」

「ふむ…面白いですね」


招宴長はメガネを上げ直した。

「ところで、そちらのお方は?」

「はじめまして、モルリヴァールの演劇団体の職員、ソフィーと申します」

「モルリヴァールの!?」

「ええ…」


ソフィーは盗品の運び屋で、この王城にある宝を狙っている。

城や王城で働く人間とのコネクションを作るために演劇団体の職員を装っているのだが…。

「つまり、彼はモルリヴァールにスカウトされた、と」

「ええそうです。かなりゴールドを積みました。フフ。悔しいですが、もはや芸術の都の冠はアリディンバリスへ移ったのでしょう。どんな手を使ってでも、彼のような優秀な演者を手に入れなければならないと思い国境を越えてきました。今日は所属団体の職員としてご挨拶を」

「わざわざモルリヴァールからお越しで…!」


招宴長はまんざらでもないように微笑む。

劇場の支配人はロジャーの背を押した。

「古典も演じる事ができます。勉強熱心なので…」

「古典レベルの出し物は我が城に仕える王宮演者でもできます。ところで…女性と踊るダンスの腕は?」

「えっ!?」

「踊れませんか?」

「あっ、い、いやぁ…」


パンパン!と手が叩かれ、使用人が飛んできた。

招宴長のメガネが白く光る。

「D-67を」

「かしこまりました」

「何!?どうされちゃうんですか僕!!」

「ご安心ください。D-67はダンスの練習の暗号です」

「えぇ…!?」

「劇場の支配人さん、ソフィーさん。今晩と明日、彼をお借りしますよ?夜会でのメインの出し物に仕立て上げてみせます」

「し、仕立て上げるとは…!?」


呼ばれた使用人はロジャーの手をサッ!と握る。

どこからか優雅な音楽が流れ始めた。

支配人は焦る。

「ダンスの練習は、まずはひとりでするものでしょう!?隣に講師が立って…それを模倣して動くのが普通では!?」

「そのような練習は時代遅れというものです。彼女のユニークスキル”赤い靴”にかかれば、ものの12時間でダンスの基本的な動きを習得できます」

「えっ!?」


ロジャーは体の自由を奪われたことに恐れを感じたが、それは初めのうちだけだった。

だんだんと踊りたいという欲望に憑りつかれ、自分で足を動かすようになっていく。

「オホホホホホッ!!!!!死ぬまで踊り続けなさ~い!!!!」

「死なれたら困りますよ~~~~!!!!ウチの看板役者です!!!!」

「ハァ…」


想像よりもコネクション作りは難航しそうだな、とソフィーはため息をついた。


――――――――――


「あ~、やっぱりこのドレス、秋らしくて大好き!」


アリディンバリスの第二王女イザベラの部屋では、少しだけ布地が厚くなったドレスをイザベラが試着している。

ドレスの色は紺色で、秋の夜の深い闇を感じさせる美しさだ。

「装飾品も選んでおきましょう」

「ゾーフ国境沿いで買った琥珀のヘアピンがあるじゃない?あれを出して」

「ちょっと地味じゃないですか?」

「あんまりジャラジャラしたのは卒業したいの。どうせお姉さまは真珠を髪に編みこんでくるでしょう?」

「フフッ…」

「その代わり、ネイビー・ベロアのロンググローブで手元を派手にキメるから」


ドレスと揃いで作らせたロンググローブは腕の途中からレースに切り替わり、指先まで美しい刺繍で人目を引く仕上がりだ。

グローブをつけると、侍女たちから感嘆の声が上がった。

高齢の第一侍女が難しい顔をする。

「やはり…少し派手なように思えますが」

「いいじゃない!どうせ何人かと形だけ踊って、あとは引っ込むんだし。短い時間でちょっと遊ぶだけ。いいでしょ?」

「そうですねぇ…」


色の濃いレースのロンググローブは他人の目線を集めやすい。

まだ14歳のイザベラに相応しい恰好だろうか、と侍女が悩んでいる事なんか気にもせず、本人はネックレス選びに意識が移っていた。


――――――――――


「ダークグレーよりブラックの方が良いんだけど」


一方で、姉のアデレートも夜会に向けてドレスを選んでいた。

「前回も黒だったではございませんか」

「そうだけど…黒が好きなの!」

「私もアデレート様ぐらいの年頃は狂ったように黒のドレスばかり着ておりましたが、他人と被るので良くありませんよ」

「まったく、貴族の女子はライトカラー以外着れないようにすればいいのに」

「そうおっしゃらないでください、やはり、暗く深い色の方が人気がございますし」

「おばさまたちはイエローやピンクやベージュのドレスばかり着てらしゃるじゃない?」

「ウフフフフフッ!あれは、あの人たちが若い頃にああいうライトカラーが流行したから、40を過ぎてもああいう明るい色ばっかり着てらっしゃるんですよ~」

「この前の夜会で、叔母さま方とお友達の貴族が集まっていた場所ときたら!ライトブルーにライトパープルにライトグリーンで、あじさいが咲いている庭よりカラフルだったの!!」


侍女は堪えられずアーッハッハッハ!と声を上げて大笑いした。

他の侍女も声を上げて笑う。

「それに比べたら、アデレート様のドレスは本当に素敵ですよ」

「そう…じゃ、ヘアスタイルはどうする?」

「トップに百合の付いたヘアピンを刺しましょうか」

「生花のヤツ?いいじゃない!」


明日の夜に備えて、着々と準備が進む。

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