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人質生活63日目

「ふむ。呪われたアイテムをレジナルド様の元へ送りたいという訳か」


トーラティカの先王は険しい顔をしている。

アリディンバリスの第一王子ブレンダンは丁寧に頼んだ。

「どうか、あなたからトーラティカの王族や議会へ向けて、一筆したためていただけないだろうか?」


先王は眉をこわばらせたまま答えた。

「それは根本的な解決にはならないだろう。むしろ、事態を悪化させる可能性もある。第一王子様、あなたも王族なら呪われたアイテムの危険性をご存じなのでは?下手に移動させるとなると…他国に害を擦り付けていると思われるかも知れない。もちろん二国間の仲が悪い場合は宣戦布告にもなり得るだろう」

「うっ…」

「個人間での輸出入ならともかく、王族が送り合う品ともなれば監視の目はあるはず。それが呪われたアイテムだとしたら、常識が無いと非難されるのは容易に想像がつく」

「うぐぐっ…」

「私が何か間違ったことを言っているだろうか?」

「正論ハラスメントだ!!」

「これだからアルファ世代は困る。プライベートでマウントを取られたのならともかく、仕事で道理にかなった指摘をされてその反応とは。自分のためにならないぞ?」

「うわ~ん!」


従者がブレンダンを部屋の外へ連れ出した。


――――――――――


「ちょっと長く生きてるからって妥当な意見のパンチを他国の王子に食らわせていいと思っているのか?トーラティカの元国王め、本当に無礼だな」

「ええ、我が国の国王様とは大違いです」

「いやぁまあ、お父さまも似たようなことは言うが…」

「でしたらその忠告は正しいのでしょう。聞いておいた方が将来のためになるのでは?」

「そう毎日毎日成長ばかりできるわけないだろ?毎朝起きて、食事を取っているだけでもエライと誰かに褒めてもらいたいな」


――――――――――


「ああ~~~毎朝起きて、食事を欠かさない俺はエライなぁ!」

「ポジティブな自己評価って無から無尽蔵に湧いてくるんですか?」

「当然そうだろう。もし脂肪が自己肯定感に変換されてるなら俺は今頃世界で一番痩せている人間でなければおかしいからな」

「おかしさだらけで正気を見失いがちですが、とにかく朝食をいただきましょう」


嵐も峠を越え、今日は小雨が降っている。

「昨日に比べてずいぶん穏やかな雨になった。これは夜までに晴れるだろう」

「そうだといいですね。厩舎の修理もございますし」

「馬の様子はどうだ?」


ハインリヒは微笑んで答えた。

「どの馬も元気です。ご安心を」

「そうか。ところで、厩舎の修理なら手伝うぞ?」

「そうやって町の職人たちの仕事を奪うのはおやめください。それに、小屋を今より離れた場所に移動させなければなりません。ですから大掛かりな…」

「ほぼ作り直しか!?」


マシューが答えた。

「ええ。火が出たと報告すれば、議会も国王様も厩舎の移動をお許しくださるでしょう。上級使者様からの許可については…まあ、明後日お会いできるのですから、その時にお話しすることとして」

「まずは朝飯だな!モグラも今朝は腹ペコのようだし」


モグラは水で戻された黄色スライムの皮と、アイスリザードの肉を頬張っている。

「ハーブ水のハーブは雨の中獲ってきたのか?」

「毎日使うものですからね」

「…今日もキリリと冷えたハーブ水が旨い。ありがとう」


シェフとコックはへへっと笑った。


――――――――――


「どうやって知ったんだ?自分の部屋に泥棒が侵入していると」


エイデンは震えていた。

アリディンバリス第一王子ブレンダンは、冷静に弟からの手紙を読む。

「都合のいい事に、アイツのコレクションのリストが入っている。よっぽど暇だったのか絵まで描いてあるぞ」


ブレンダンはトーラティカから届いた手紙をエイデン、使者と共に、レジナルドの部屋で読んでいた。

「議会に出席していない議員を数人呼べ。証人としよう」

「了解しました」


部屋から出て行く使者の背中を見ながらエイデンが尋ねる。

「だ、第一王子様…」

「ああ。今からこのリストを参考に、部屋の中のモノを点検する。点検?違うな、棚卸しか?まぁ、本人が書き漏らしていなければ、この部屋にあるオブジェや骨董品は全てリストと合致するはずだろう?成仏できぬ水筒を除いてな」


証人代わりの議員が呼ばれ、午前と午後をたっぷり使ってコレクションの確認作業が行われた。


――――――――――


「もうそろそろ王城へ戻りませんと…」


侍女に向かってフン!というように顔を背け、腕を組むアリディンバリス第二王女、イザベラ。

「アデレートお姉さまに叱られますよ」

「もうちょっとだけ、いいでしょ?」

「………そうですねぇ、帰りながら考えましょうか?」

「それって帰城してるじゃない!!!!」


イザベラは床に転がり落ちそうな勢いで、長椅子の上で暴れた。

肘置きに手先をぶつけてしまい、爪の一部が欠ける。

「痛いっ!!」

「そのように手足をバタつかせるからですよ。今、爪やすりを出します」

「早くして!!」


その時、部屋がノックされる。

「第二王女様、ジェフの従者です」

「!!」

横になっていた体をサッ!と起こし、侍女に向かって扉を指さした。

2人の侍女が扉の向こうの従者と会話する。

「ジェフ様から、お茶のお誘いです」

「!!!!」


――――――――――


「え?もう砂漠に向けて出発してしまうの…?帰って来たばかりでしょう?」

「イザベラ様のお目にかからねばと思い帰って来たのです。その目的は果たせました」

「ウフフ、それは嬉しいんだけど…でもまだ勉強もしなきゃいけない年齢でしょ…?」

「勉強はどこでもできます。それに、馬や大型のリザードに乗っている方が性に合っていて。やはり自然から学べることが多いですしね」

「…そう」

「はい」

「私がいるのに?」

「!?」

「王族が来ているのに、私を楽しませようとせず、砂漠の道の建設へ向かうなんて、ね?」


侍女が大きめの声で叱る。

「王女様っ!!!!そのように貴族の方の行動を制限してはなりません!!」

「はぁ!?私がいつ彼の行動に文句をつけたっていうの?自分の気持ちを述べただけだけど?」

「それが他人をコントールする発言だからたしなめているのです」

「ハァ!?」


ジェフは困り顔だ。

「…そういう訳で、失礼いたします」

「いつ頃デザートウォーカーの屋敷を去るの?明日?それとも明後日?その前に一緒にサメの歯を拾いに行きましょう?そのぐらいしてくれたっていいじゃない」

「そうですね。明日の朝出発するので、今日は砂漠で遊びましょうか?」

「やった~~~!すぐに行きましょう!!」


イザベラはジェフと腕を組み、心からの笑顔でムーア家の屋敷を後にした。


――――――――――


フィリップ王子はトーラティカの王城でミニ馬車を組み立てていた。

友人を招いて、床に座り、ラグの上で作業をしている。

「嵐も終わりだな。今日の夜には晴れそうだ」

「どうかな。去年はそんなこと言って、爽夜の月に連続で3回も嵐が来たからなぁ」

「転生させ女神様でも大風を操れないんだ、人間である私の風魔法の方が優れているかも知れないな」


友人とゲラゲラと笑い合う。

従者が扉を開けた。

「みなさん、そろそろランチの時間ですよ」


――――――――――


アリディンバリスの郊外では、第一王子や兵士が大騒ぎしたおかげで、みな引っ越そうと相談し合っていた。

「こんな王都のはずれにも兵士が来るようになったのか」

「俺たちを追い出してどうしようってんだ!治安は…まあ…乱してはいるかぁ」

「もっと山のふもとにアジトを移さないと」

「あまり人里離れた場所に住むとモンスターが出るぞ?毎晩毎晩ジャッカロープが庭のニンジンをかじりに来るんだ…」

「田舎は最低だ!俺の実家なんて、週に一度はスライムが井戸に落ちるから飲み水も満足に確保できなくて…」


こういう状況になると、今まで関わり合いのなかった悪党集団同士に団結力が生まれてくる。

数人から数十人のチームのリーダーが集結し、話し合いが行われた。

「拠点を移すんなら、バラバラの場所に分かれたほうが良いだろう」

「王都から近い場所で無いとウチらは稼ぎもへったくれも無くなるよ。騒ぎをきっかけに引退させてもらうとしようかね」

「偽造ゴールドを作ってるんだ!王都だから監視の目が薄くて済んでいるが、他の領主が管理する場所じゃ逆に警戒される。工房調査も年に一度は入るって聞くし、ここ以外に住める場所なんかねぇよ!!」


協力する集団は協力し、引っ越しの相談を。

引退する集団はその場で解散を。

ここで仕事を続けるしかない集団は怒りながら職場に戻っていった。


――――――――――


第一王女のアデレートは、議会に参加していた。

議員の発言中に大あくびをしている。

「アリディンバリスの歳入と歳出のバランスについてですが、きわめて健全で、公債金もほぼゼロです。ここは思い切って公債を増やし、魔法使いを増やすための教育機関を設立すべきではないでしょうか!」


後ろで控えている侍女につつかれる。

「…王女様!」

「えっ?あっ、ああ…何?」

「真後ろから見ていてもわかるレベルの大あくびははしたないですよ」

「フン」

「メモも取りませんと」

「税金がどうとか、くだらない話ばっかり。それに教育機関って何?王家や貴族みたいに家庭教師を雇えないなら、勉強するに値しない人間なんでしょ」

「ならそう発言すればよいじゃありませんか?」

「…っていうかお兄さまは?また遊ばれていらっしゃるの?」


侍女はゴホン、と咳払いをして後ろに下がった。


――――――――――


「アン!」

「急に退職して故郷に帰るだなんて…!」


事情を知らない使用人仲間が、アンを取り囲む。

女性の兵士が同僚たちを遠ざけ、アンは部屋で荷物をまとめた。

「早いですね」

「この日が来ることを知っていましたから。私は私の行為を反省しています」

「…」

「少しゴールドを盗んだだけなのに。こんなに大ごとになるなんて」


アンはウソをつき、自分はクリスティーナに誘われて盗みを始めたと自己弁護していた。

もちろんレジナルドの部屋からは何も盗らず、大臣たちからゴールドを少しだけくすねた、という事にしてある。

「今更後悔してももう遅いですよ。よくも王宮で働く私たちの規範をめちゃくちゃに破ってくださいましたね?」

「本当に申し訳なかったと思っています。さぁ、私の故郷に向かいましょう」

「ふん、トランクをひとつ貸してください。まったく、反省するだけの良心があれば、最初から盗みなんてしなきゃ良かったのに」


アンの心は、ギリギリで逮捕や投獄を免れた幸福で満たされていた。

少ないとはいえ退職金も手にし、故郷へ戻れる喜びで満ちている。

盗みがバレたという最大の危機から、最も軽い刑罰を得ることに成功した彼女の脳は、アドレナリンに浸かっていた。


――――――――――


「…絵画が10枚も無いじゃないか!?!?!?」


きっちり作家名と絵の特徴が書かれているリストを手に、ブレンダンは震えている。

一緒に確認した議員と使者は驚いた顔をした。

「絵画と言うのはそれなりの大きさがございます。このリストが正しければ、かなり大胆に持ち出されたのでは…」


エイデンは脂汗をかいた。

「使用人がシーツやなんかに包んで持ち出したのでしょう。あの清掃用のワゴン、怪し…」

「私のせいだっていうのか」

「は?!」


第一王子の発言にみな驚く。

「私は、弟のレジナルドの部屋の清掃を使用人に命じた。それが盗みに繋がった、そう考えているのか!?」

「そ、そそ、そのようなことは決してございません!!!!」

「なら弟の部屋がほったらかしにされ、埃が積もってクモが巣を張っている物置になったほうが良かったと、そういう事になるよなぁ!?」

「お、王子様…ブチ切れないでください!!!」

「クソっ!!」


ブレンダンはリストを床に叩きつけた。

「犯人は私だったのか…待てよ、推理小説で犯人が探偵だったどんでん返しは割と好きだぞ」

「落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!オブジェも、もちろん宝物庫に放り込んである”成仏できぬ水筒”も盗まれたものだ。溺死王のデスマスク、それに良くわからん細々とした呪われたアイテムも無い…」


”無くなったものリスト”のメモを読みながら、議員が首をかしげる。

「辺りが暗くなるロウソクって、何に使うんでしょうね…?」

使者がためらいがちに発言した。

「価値があるモノ、なのでしょうか………?」


ブレンダンはエイデンに尋ねた。

「第一従者のお前なら、こういったガラクタにどれだけの価値があるのか説明できるよな?」

「それが、申し上げ難いのでございますが。何の意味も無いオモチャのようなアイテムばかりでございます。無くなったものリストを見ると、かなり不可解な盗み方に感じられます。例えば”心拍数見守りハト”ですが。胸に貼りつけておくと、心拍数が一定以下、あるいは一定以上になったタイミングで服をパカッ、と開けて飛び出してくるんです」

「それは…何の何の何なんだ?」

「高齢者の見守り用として、ユニークスキルを持った貴族、数人が協力して作ったアイテムだそうで」

「ほう?」

「100年以上前のガラクタとお聞きしましたが、レジナルド様は大層気に入られて…確か、15万ゴールド前後で古物商から買い取られておりました」

「ぐっ…民が納めた税金を何だと思っているんだ!?」


ブレンダンは頭を振った。

「とにかく、アイツを安心させるためにも、”お前の部屋から盗まれたものは何もない。泥棒が侵入しているというのは気のせいだろう”とでも書いた手紙を送り返してやらないと。私はもう疲れた。エイデン、適当に返信を書いておいてくれ」

「国王様に報告しますか?」

「ダメだ。レジナルドの部屋を清掃しろと命令したのは私だからな。まったく、こんな事になるなんて!!」


ブレンダンはエイデンに命令し、扉を閉めさせた。

「もう鍵をかけないと駄目だろう」

「まさか、王城内の部屋に鍵だなんて聞いたことがございません。宝物庫のような特別な部屋ならともかく…」

「エイデン」


ブレンダンはエイデンと向かい合った。

自身の失態を隠すために、男をレザートランクに閉じ込めていただろう、と話そうとしたが…すんでのところで言葉を飲み込んだ。

「ユニークスキルといえば。確か、お前は魔法でなくユニークスキル持ちだったな。レジナルドが好む、変わったコレクションを作るのに協力したこともあったんじゃないのか?」

エイデンは真面目な微笑みを崩さずに答えた。

「いえ。私が持っているのは荷造り魔法ですから。レジナルド様のお役に立てた事は一度もございません」

「荷造り魔法?」

「はい。手で持てるものなら、なんでもパッキングできます」

「おおっ!珍しく実用的なユニークスキルだな。数代前の国王は、柵を越えた羊の色を自由に変えられたと習ったが、そういうスキルと比べると最高じゃないか!例えば、輸出するときに、お前に商品を詰めてもらえれば…」

「いえ、トランクケースか持ち運べるチェストに詰めて、持ち主と共に移動する状況でないと発動しないんです。ああそういえば、レジナルド様がトーラティカへ向かわれる際、服やちょっとしたコレクションなんかは詰めさせていただきました」

「…なるほどな。あくまでも”荷造り”というわけか。とにかく明日、工房へ行って扉に鍵をつけられるか聞いてくれ。侍従長の仕事が忙しいなら補佐官をつけるといい」


そう言いブレンダンは自室へ戻った。


――――――――――


レジナルドはバスルームで雨を呼ぶ笛を吹いていた。

びしょ濡れになったモグラをビルがワシワシと洗う。

「石鹸が目に入らないようにしましょうね~」

「そんな小さい目に泡が入るわけないだろう?」


モグラは抗議するように体をうねらせた。

「肯定でも否定でも体をうねらせるの、ある意味表現力が豊かだなぁ」

「さ、流しますよ」

ビルは桶でバスタブから水をすくい、モグラにかけて流す。

モグラは体をブルブルと震わせた。

レジナルドが風魔法と火魔法を組み合わせたドライヤー魔法をつかってやれば、ピカピカの清潔モグラの出来上がりだ。

「よし、寝るか」


体が大きくなったモグラは、もうペット用の天蓋ベッドでは寝ていない。

使用人用の予備ベッドを貸してもらい、それを使っている。

モグラは体を丸めて、後ろ足で頭の横を掻いた。

「明日は晴れるといいな。おまえもそろそろ庭を走り回りたいだろう?」


静かな雨の音が壁を叩く。

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