人質生活62日目
トーラティカが秋の嵐で大雨と強風に晒される一方、アリディンバリスは秋の朗らかな陽気を感じる日だった。
正門から布を被せられた小さな檻が運び出される。
その檻を囲む兵士たちの中に、アリディンバリス第一王子ブレンダンの姿があった。
王子の従者は檻の中の男に話しかける。
「水は要るか?」
「い、いや…要らない…」
その小さな列はレザートランクの男を運ぶものだった。
車輪付きの檻はハーネスの付いた荷車に乗せられる。
馬に引かれて目的地に向かった。
――――――――――
何も知らないエイデンは、いつものように自室で寝て、起きて、仕事に取り掛かろうとしている。
もはや床に置いてあるブランケットとレザートランクには目も向けなくなったのだが。
「流石に埃っぽくなってきたな」
ここ最近は使用人を誰も信用できないので、部屋に清掃を入れていなかった。
よっこらしょっと、ブランケットに包まれたままのレザートランクを持ち上げ棚に置く。
”手を振れないで”という貼り紙をして、またデスクに戻った。
――――――――――
「は?」
檻の中の男の口から息が漏れた。
少し先に見えるのは、焼けて真っ黒になった廃屋だ。
「お、おおお!!!!お待ちくだ、お待ちください!」
「どうした」
「あ、アジトが…燃えて…焼け落ちております」
ブレンダンの頭の中で血管が切れる音がした。
「バカが、逃げたい一心で嘘をついたな?!リストだとか、そういうのは全部嘘だったのか?」
「お、お待ちください、なぜ…仲間は…て、店舗が、ここに…あったんだ!!!!」
「仲間がいると言ったじゃないか!」
「嘘じゃない!!!!!!嘘じゃ、嘘じゃないんだ!!!!!!!!」
第一王子は腰に下げていた剣を抜き、檻の隙間から男にその剣を突き刺した。
腹の右から左に抜ける。
刺された男は発狂したような悲鳴を上げた。
ブレンダンが剣を引き抜くと、従者が布で剣に滴る不浄を拭う。
「魔法使いも連れてきてよかったな。何か感じられるか?」
魔法使いと兵士たちは焼け跡の上を歩いた。
ブレンダンが視線を感じて顔を回すと、近くのヤードから出ていた頭がサッと引っ込んだ。
「この辺りは…上品な場所のようだな?」
「そのようで。王子様もこの甘い香りには近づかないとお約束ください」
「私への危険はお前たちが遠ざけろ。役目だろう」
会話が終わらないうちに兵士が手を振る。
「私は光魔法が使えます。ここに、成仏できない魂がひとつございます」
「亡霊と話せるか?」
「いえ…低級モンスターのゴーストですので、この家とは関係ないかも知れません」
「今は少しの手がかりも惜しい。何をしている?」
魔法使い達も手伝って魂を見守り、地面を掘る様な仕草をしていると結論付けた。
土魔法を使える兵士たちが、焼けた木の棒をスコップ代わりに土を掘り返す。
「モンスターの幽霊ははどんな姿をしている?」
「トゲがあり、毒の紫色に濡れているので、生前も似たような姿だったのではないかと」
「王子様!死体が出ました!」
腐敗しつつあるが、まだしっかりとした肉がある死体が出てきた。
「ハァ。お母さまなら、肉体さえあれば30秒間だけ降霊できたのだがな。故人のユニークスキルを懐かしんでも仕方がないが…」
「この死体だけでは何の手掛かりにもなりませんね。埋め戻します」
「そうしろ」
聞き込みの兵士が帰って来た。
「この辺りの住人には聞くだけ無駄です。誰も、何も知らないと言うだけで…」
「投獄や拷問をチラつかせてもか?」
「元から人生を諦めたような人間が流れ着く場所です。脅しは効きません。記憶も知能もぼんやりとしており、本当に隣の家の事情を何も知らない可能性も…」
「わかった。ご苦労。兵士といっても貴族だな、市民に甘くて困る」
そう言われた兵士は気まずそうに後ろに下がった。
ブレンダンは兵士と魔法使いに、モンスターの悪霊を成仏させてやれと命令する。
「結局、ここには何もなかったわけだ。しかし…」
檻の中にいる男を見た。
回復魔法をかけられ、なんとか蘇生したようだ。
「今度は縦に刺してやろう」
「ま、待ってくれ…嘘じゃない、い、だ…」
「どこで成仏できぬ水筒を見た?それは確かにレジナルドのコレクションで、あいつの部屋から盗まれたものだ。だが何故お前がそれを知っている?」
「こ、ここの…いや、もう焼け落ちて無いが、確かにここに、ここに建っていた、こ、古物買取屋の…店主が持っていたんだ…」
「へえ。ここの店主は、他には何を買い取った?お前が言う”リスト”とやらも燃えてしまったのだろうから、直接聞くしかないな?足に聞こうか頬に聞こうか」
「そ、そんな、そんな事しなくても話す!!!お、俺が知っているものだと、か、絵画…それに、し、進入禁止のオブジェ、で、溺死王のデスマスク…」
「溺死王のデスマスク!?」
ブレンダンはレジナルドの部屋がやたら乾燥していて、水盆を置かせたことを思い出した。
「あれはジメジメしている最低の呪いのアイテムだったが…確かに…無いのか、部屋に!?」
「どうしたのです?」
「部屋を湿気らせるエンチャントがついたアイテムがあったんだが、それが盗まれていたなら、部屋の異常な乾燥にも納得がいく………いや、待てよ。もしかしてその後、成仏できぬ水筒も盗まれたから湿度がちょうど良くなったのか!?!?!?!?!?!?」
「ブレンダン王子様、こいつの喋ることは全て眉唾です」
「そう怪訝な顔で見るな。案外本当かも知れんぞ。それにしても、この焼け跡が何なのかの情報が無いとな?」
ブレンダンは隣のヤードへ兵士と共に移動した。
責任者を出すようにと命令すると、10人近い人数が居るにもかかわらず、知らない、今日来たばかりだと、のらりくらり詰問から逃げようとする。
王子はためらいなく剣を抜き、火魔法をまとわせた武器で2人を斬り殺す。
彼と彼女は正面から浅めに胸と顔を斬られただけだったが、炎に包まれて焼死した。
走り回って延焼しないよう、兵士が土魔法で2人の足をヒザまで埋めるアシストをする。
王子はそれを見て褒めた。
「兵士たちも剣を抜け。あまり実践の経験は無いだろう、いい機会だ。ここに8人が居るが、喋らない者には価値が無い」
「い、いくら王族だからってあんまりだ!急に、逮捕も何の裁判も無く………あ、ああ…」
反論しようとして前に出た老人は胸を正面から突かれた。
刺された後も何か喋ろうとしていたが、ブレンダンが老人の胴体に足をぶつけ、剣を胸から引き抜き、今度は袈裟斬りのように肩から剣を振り降ろした。
大量の出血によってか、ダメージによってか、老人は倒れる。
意識のあるなしに関わらず反射だけで手足がバタバタと動いていた。
「お話します」
高齢の女性が命乞いするように地面に伏せると、仲間もそうした。
――――――――――
「雨漏りとかはしていないんだろうな!?」
ゴーゴーと唸る風雨に、レジナルドは恐怖していた。
「もし雨漏りするなら3階…つまり俺の部屋がある階だ!!見回りにいくぞモグラ!!!」
「お待ちください。使用人が部屋を見て回っていますから、レジナルド様のお部屋は大丈夫ですよ」
「ドレッシングルームも?」
「ああ、服の真上に雨漏りするとポタポタ音が聞こえなくて気付くのが遅くなるんですよねぇ…」
「なんだと!?!?俺に残された宝は服だけだ!絶対に守ってみせ………いや大丈夫だな」
「え?」
「水滴の気配は屋敷の中にはない」
「…水魔法の応用ですか?」
「うむ」
マシューはため息をついた。
「魔法で作り出した水のアトモスフィアならともかく、天然の降雨のアトモスフィアを感じ取れるようになったのはバケモノじみてますね?」
使用人がやってきてモグラに水をやった。
「アコーディオン豚や紅色イモムシのように大きくなりましたからね。お水も沢山必要でしょう。はい、レジナルド様にもお茶ですよ」
「おお!こんな日は落ち着いて勉強もできないしな。気晴らしといったら、茶を飲んで菓子を食べることぐらいだ!!」
使用人は笑った。
「賛同いたします。窓を雨が叩きつける音がうるさくて自分の話し声すら聞こえないような日には、大好きな趣味も手に付きませんから」
マシューも仕方ないというように半目で頷いた。
「ま、今日のような大荒れの日に勉強しても、頭に残らないでしょうからね。嵐の日には緊急事態に備えてそっとしている方が賢いというもので…」
ライトニングが雲から延びてきて、カントリーハウスの中に居た全ての人間の網膜に鋭い光を伝える。
時間差なく、ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!という音と振動がして、みんなわずかに空中に浮かび上がった。
「屋敷に落ちたのでしょうか!?」
「外へ出てみよう!!」
「いけませんレジナルド様、談話室で待機してください。私もお傍を離れません」
マシューは使用人に情報を集めてきてくださいと指示を出すと、そのまま部屋の戸を閉めた。
「なんでだ!?外へ出たほうが良いだろう!」
「いけません。まずは情報収集です」
「フン、お固い貴族め…!」
「物理的に柔らかい王族は黙っていてください」
「物理的に柔らかいとは何だ物理的に柔らかいとは!!触ってみろ!想像以上にハリがあって固いぞ!!」
「嘘ですね。腕を上げた時に何故か太ももの肉が揺れていらっしゃるのを見ましたから。”物理的に柔らかい”の肩書を受け入れてください」
「くそぉ…!デブを舐めるなよっ…腕を上げると太ももどころか、足の甲の肉が揺れるのをたまに感じるんだからな!」
「足の甲なんかに肉はありませんよね…えっ?怖っ」
「シンプルに傷ついた」
ふざけ合っている途中、レジナルドの顔が一瞬固まった。
「!?」
「どうなされました?」
何も感じ取れないマシューは呑気に茶をすすっている。
レジナルドはドアに向かってダッシュした。
「部屋から出てはいけませんと言ったでしょう!」
「火のアトモスフィアを感じる!!」
「そ、そんな!?」
「この位置だと屋敷の外だぞ!!」
レジナルドは大声で火事だーーーー!と叫ぶ。
使用人たちは慌てて部屋から飛び出して、エントランスに集まろうと走った。
「外で火事だぞ!!」
レジナルドは彼らを待たず、レインコートも無しで屋外に出た。
「厩舎が燃えている!!!!」
「何ですって!?」
キッチンに居たシェフとコックがいち早く駆けつけてくれたが、すでに赤い火の粉が舞っていた。
「ああっ…厩舎に雷が落ちて、藁やなんかに燃え移ったのでしょう…」
「…ち、近寄らないほうが良いだろうか?」
その時、馬のいななきとエピオルニスの絶叫が聞こえた。
「発酵焙煎チョコレート号が!!」
3人は燃えている厩舎の中に突入した。
レジナルドが風魔法を使い、充満する煙を外へ追いやる。
「これでよく見えるだろう」
さらに水魔法で屋内に雨を降らし、火元には直接水をかける。
「いいぞ、馬は無事か!?」
「は、はい………いや、倒れているのも何頭かおります…」
使用人たちが厩舎へ入って来る。
馬係は状況を確認した。
「レジナルド様のおかげで火事は消えたようですね。落雷で厩舎が燃えてしまう事はたまにあるんです。仕方がありません」
「避雷針はつけていないのか!?」
マシューが前に出た。
「厩舎にも避雷針の設備はありますが、カントリーハウスにもあります。より高い建物に雷が落ちた場合、地面より先に近くの低い建物に電気が流れてしまう事があって…」
レジナルドも神経を集中させ、火のアトモスフィアを感じ取った。
「ああ、屋敷の方から熱を感じるな。途中で雷が飛ぶことなんてあるのか…」
「もちろん馬などの生き物だけでなく、人間ももらい感電する可能性がありますのでレジナルド様はお部屋を出るべきではありませんでした」
レジナルドはマシューの言葉を無視して馬に駆け寄った。
「じゃあ、馬がビクビクしているのは、火事の影響じゃなくて感電したからなんだな!?」
「いえ、驚いて倒れた馬も数頭いるでしょう」
しゃがんで馬の腹を撫でてやる。
「回復しろ、命令だ」
ハインリヒは使用人たちを戻らせ、馬係と共に厩舎を見て回った。
その間もレジナルドは馬を撫でて回る。
「クエッ!」
隅の掃除道具入れを改造した馬房…いや、鳥房から鳴き声がした。
そこに入れられているエピオルニスが頭を差し出していたのだ。
「しょうがない、お前は元気そうだが一応回復させてやるぞ」
「クエッ」
「…えっ、お前…!?」
後ろ手を組み、しかめっ面をしていたマシューが、ため息をついてレジナルドに尋ねる。
「どうなされました?」
「…電流が体を流れてびっくりしたらしい」
「えっ!?」
「隣の馬が倒れてさらに驚いたそうだ」
よく見ると黒コゲで、羽がちりぢりになっている。
マシューも近づいて体を撫でてやった。
「もしかしてもしかして、避雷針から流れてきた雷が、体を直撃して地面に流れました…?」
エピオルニスはうなずく。
「馬も倒れる電流を耐え抜くとは、こう、何と言うか…アホっぽいですね?」
「丈夫な鳥だなぁ…いや、丈夫さが鳥の形をとっているのか?」
「クエッ!」
「おっと、まだまだ嵐は去りません。レジナルド様、屋敷に戻りましょう」
振り向くと馬たちも立ち上がっていた。
馬係と執事は協力して水浸しの藁を通路に寄せている。
「さぁ、後はもうお2人に任せて大丈夫ですよ」
「…そうか。馬を頼んだぞ!」
「鳥は良いんですか?」
「こいつは人類が滅んでも生き残る」
「まあ、そんな感じですね」
「クエッ!」
――――――――――
「本当に盗品商の店だったとは」
アリディンバリスの郊外の一角が炎に包まれていた。
レクリエーション嗜好品を作る工場が火魔法によって焼かれているのだ。
風魔法でどんどん酸素を送り込まれ、明るい真昼の空でも目立つ火柱となっている。
「リストが焼けたらもう犯人を追う事はできないな」
「そうですね」
「…と考えると」
ブレンダンは檻の中にぎゅうぎゅうに詰められている犯罪者を見つめた。
「よし、出発だ!残った者達はこの地の炎が完全に消えるのを待って帰城するように」
「了解しました。お気をつけて」
檻を乗せた荷車には布がかけられ、馬に引かれる。
「さっきの話だが。…と考えると、王城で起きたあの騒ぎ。あれも、レジナルドの部屋から何かを盗もうとして失敗した事件のような気がしてくるな」
「失礼ながら、そうでしょうか?第二王子様のお部屋にある宝石箱は、宝物庫に仕舞われており、使用人や兵士が犯人ならその事は知っているはずです。もう価値のある品はお部屋に無いはずでは?」
「わかりやすい金銀財宝はそうだろうな。しかし、一般人にはその価値が判らないアイテムがある。”成仏できぬ水筒”なんかがいい例だ。まったく、あの美術商が城に報告してくれてなかったら今頃、国宝級のレアアイテムが国外に二束三文で流されていたのかもしれないんだぞ!」
「そういう貴重な…あるいは呪われたアイテムを狙って、今後も盗人がやってくる可能性があるという訳ですね」
「クソっ!ただでさえ城には、私たち王族のような貴い人間が住んでいるというのに。狙われるほど価値がある絵画やらオブジェやらのコレクションを置かれたんじゃ、たまったものではないぞ!!とんだ爆弾を残していってくれたものだ…いや、まあ…そういう呪われたアイテムの保管や浄化も、昔は国家の仕事だったらしいが…」
「過去の話です。現代では予算も人手も足りませんよ」
「レジナルドはレジナルドなりに、第二王子としての責務を果たそうとしてくれていたのかもな。本人が意図してでは無いが、怪しいコレクションがあいつの部屋に集まるなら、それが安全だとも言えた」
ブレンダンはむふ、と空を見上げる。
山脈の南側は晴天だ。
秋晴れの流れる雲を横切るように、トンボが一匹飛んでいく。
「これはお父さまも喜んでくださるアイディアだろう。レジナルドのものはレジナルドに送りつけてしまえばいい」
「!!」
ブレンダンの従者は声を小さくした。
「トーラティカの先王は、未だに母国に何も求めるような手紙を送っておりません…あっ、演劇の公演を除いてですが」
「その人質様はずいぶんと”出たがり”じゃないか。どうだ、その先王様に一筆書いていただいては?」
「!!」
「トーラティカを説得するなら、それが最も強力な方法だろう?」
――――――――――
「雨が収まらないなぁ…」
レジナルドは窓を見てぼやいた。
「嵐を舐めてもらっては困ります。明日も似たような天気でしょう」
「そんな!2日も連続で買い出しに出かけられなかったら、食糧庫が空になってしまう!!飢え死にだ!!!モグラ…ごめんな?もしかしてこの日のために豚体型になってくれたのか?」
モグラは慌てて部屋から逃げ出て行った。
「ペットをイジメないでください。それと、1か月は籠れるように小麦や塩、砂糖が蓄えられています。肉だって鮮肉だけじゃなく、干し肉のような保存食もありますからね。乾燥野菜や、不腐のエンチャントをかけられた7色スライムに…」
「はぁ、不安だ…」
「ではお見せいたしましょう。というか、嵐で不安になる事が”食”とは…」
マシューはシェフと共に地下のパントリーへ入った。
大量の食材が所狭しと陳列されており、レジナルドの目が輝く。
「おお~っ!今日からここを俺の部屋とする!!」
「なりません」
「チッ」
棚にはスライム瓶が並んでいる。
「赤スライム、オレンジスライム、黄スライム、ライトグリーンスライム、緑スライム、青スライム、インディゴスライム、紫スライム…おお、確かに7色スライム全部揃っているな。これなら詰め物のレシピが危機に晒される事も無い!」
「スパイスもたっぷりございますよ」
「スパイスは直接食えないからひとまず置いておこう」
「何がひとまず置いておこうですか!!全部ひとまず置いてあるんですよ食料庫なんですから!!」
――――――――――
「最近は牢屋に来てばかりだな、全く…地下なんて王族のいるべき場所ではないのに」
ブレンダンのぼやきを従者がなだめる。
兵士は、郊外のヤードで捕まえた犯罪集団、それにレザートランク男を牢屋へ投げ込んだ。
「ああ、ついでにホレイシォに話を聞くこととするか。おい!洗いざらい事件の全容を告白する気になったか?」
「…」
「顔を上げろ!まさか父母を殺されたと思っているんじゃないだろうな?」
「…?」
「…誰?」
「それはこっちのセリフですよ。ホレイシォって誰ですか王子様?」
「…??????????」
王宮お抱えの演者が体育座りのまま顔を上げた。
「それ、私が着ていたカビの生えたパンの着ぐるみを着て、どさくさに紛れて出て行っちゃった人では?」
ブレンダンは牢を守る兵士を一列に並ばせた。
「王子様、これから何をなさるんですか?」
「お前たちを殴っていく。ひとり一発殴るから、殴りやすいようにちょっとお辞儀しろ」
――――――――――
パジャマ姿のまま、レジナルドはモグラと共に転生させ女神像の前で祈りを捧げていた。
「…レジナルド様」
マシューが申し訳なさそうに近づく。
「今日の厩舎での態度、失礼でしたよね。また雷が落ちたらと思うと、レジナルド様をお早く屋敷へ連れ戻さなければ、という気持になって。急かしてしまいました」
「いいんだ。失礼でも何でもなかったぞ?主人を守るのが従者の仕事じゃないか」
「いえ、私の仕事は通訳です」
「そうだったな…」
唐突にモグラの毛並みがフワワン…フワワン…と輝いた。
どこかに光源があるわけでもないのに、謎の光のリングが体を数回なぞっていく。
「女神様の加護ですね」
「ああ。それにしても…転生させ女神様も気まぐれな自然の一部だ。馬たちを雷から守って下さらないとはな」
「倒れて足をバタつかせている馬を見た時はさすがにビビりました。でも、レジナルド様の回復魔法のおかげで馬たちも命を失わずに済みましたし…火事も消してくださいましたね」
「使用人の中にも水魔法を使える者は多いし、なんとかなっただろう?」
「いやぁ…」
マシューは頭を掻き、メガネを上げ直す。
「お守りすべき人にさせる仕事ではなかったでしょう。ですが正直、助かりました」
レジナルドは手を出した。
マシューと固く握手をする。
モグラはフワワン…と輝いていた。
電気自動車がバックしているような謎の音がする。
――――――――――
王城からすぐ近くの城下町。
ふらつきながら歩くホレイシォは、建物と建物の間の裏路地に、身を寄せ合うようにして震えている老夫婦を見つけた。
「父さん!母さん!」
「ホレイシォ!?」
「どうして…逃げてきたのか!?」
3人は抱きしめ合った。
着ている服はボロボロだし、空腹で腹を鳴らすほどの元気もない。
「謝りたかった…ごめん…こんな事になってしまうなんて。間違っていた、機会があれば盗もうだなんて、魔が差したんだ…今思うと、本当にどうして封蠟スタンプの偽装なんてしようと思ったんだろう…」
「それは牢屋の中で何度も聞いたじゃないか。私たちは…お前を許すことは出来ない」
「…」
「でも、それはそれ、今は今。だってこのままじゃ、私たち飢え死にでしょう?」
「母さん…」
「逃げるぞホレイシォ。と言ってもこのままじゃ死ぬだけだ。まずは小金を作ってからじゃないとな」
「えっ………父さん!」
母親が涙をぬぐう。
「あなたの顔を見たら元気が湧いてきた!力を合わせれば、またモルリヴァールへ逃げるぐらいのゴールドは稼げるでしょう」
3人は抱きしめ合った。
郊外へ向かい、日雇いの仕事を探しに歩く。
――――――――――
同じくアリディンバリス。
クリスティーナを乗せた馬車はやっと小さな町に到着し、彼女は護衛の兵士と共に休んでいた。
クリスティーナがぶつぶつと文句を言いながら靴を脱ぐ。
兵士は疲労からか横になると、すぐに眠ってしまった。
王都を出発して数日、疲れが溜まっていたのだろう。
しかしクリスティーナにとってはまたとないチャンスだ。
「(…!!!!)」
彼女の脳裏に、父母と祖父母の姿、意地悪な姉と兄嫁の姿が思い出された。
「(確かに一度家に戻って、また王都へ帰ればいいだけなのかもしれない。でも…本当は今すぐにでも彼氏に会いたい…!!)」
窓から外を見ると、森の方角には一つの明かりも無い。
「(ムリだ…夜にライトを使えば、逆にモンスターや野生動物が襲ってくるとも聞くし…どうやって彼の元へ行けばいいんだろう…)」
クリスティーナは初めて転生させ女神に祈った。
「(転生させ女神様、どうか、彼の元へ私を返してください…同棲しようって約束したんです…)」
あたりが白くなり、かと思えば彼女の体はどこかの床の上へ移動していた。
「!?!?」
驚くより早く、女性の悲鳴が聞こえる。
「誰っ!?」
クリスティーナが振り向くと、推していたキャストと共に、見知らぬ女性が食卓についている。
「…」
彼氏?と目が合い、そこが王都にある彼の部屋だと理解した。
「あ…わ、私…あなたに会いに…」
「誰っ!?誰なのこの女は!?」
「いや、ちょっと、困るね…」
「!?」
彼氏?だと思っているキャストの男性はチェアから立ち上がり、クリスティーナの脇に手を入れて彼女を立たせる。
「貴族だって言ってたけど、こんなはしたない魔法を使うなんてね…正直見損なったよ。壁抜けだっけ?土魔法だろ?他人の家に勝手に侵入するってのはさ、普通なら兵士に突き出されてるんだよ?」
「ち、違うの………って、そうじゃないでしょ!!!!」
クリスティーナは彼氏?を突き飛ばした。
彼氏?はドタッと床に転び、そのやり取りを見て女性が怒る。
「何してるの!?乱暴はやめて!!」
クリスティーナは怯まない。
「あなた誰?私、この人と同棲するって約束したんだから」
急に男性がせき込む。
「ゴホンゴホンッ、いやそれは…」
女性はクリスティーナに立ち向かっていく。
「は?????そんなわけないでしょ?メンズ設定カフェに通い詰めてウニ葡萄のワイン開けまくって”恋人”になったんだから、私と同棲してるの!!」
「はぁ!?そんなの恋人って言えな………あれっ?」
「ちょ、ちょっと待って2人とも…」
その後の痴話げんかにより、近隣住民が無事兵隊を呼んだ。
不法侵入で逮捕される、というその瞬間、クリスティーナの体は光に包まれて消える。
――――――――――
「!!?!????!??」
小さな町にある宿屋に彼女は戻って来た。
大急ぎで隣のベッドで寝ている兵士を起こし、何が起きたのかを説明する。
「なるほど。つまり?」
「ええと…その…」
「はい」
「あの女さえいなければ…」
「そ~~~~~~~~~~~~~じゃないでしょ!!!!!!!!!!!」
一晩中説教が続いた。




