人質生活60日目
馬車に揺られるクリスティーナと兵士は、朝から暗い顔をしていた。
「…私が出した手紙、今頃カレに届いているよね?」
「とっくに届いていますよ。それより、また馬車が壊れて森の中で足止めを食らわないように、転生させ女神様に祈りを捧げたほうが有益でしょう」
「うざ」
「えっまさか~?」
「…何?」
「ワーグマン家のご令嬢でも、転生させ女神様にお会いしたことが無いんですか?」
クリスティーナの血圧が一気に上がった。
「け、啓示をいただいたことは無いけど、まだ人生これから長いんだから!放っておいてよ!!」
「御声を一度でも聞いたり、御姿を一度でも拝見したことがあれば、困ったときに祈りを捧げるのをアホくさと思わないですけどねぇ~」
「バカにして…!!!!っていうか、私が困っている時に助けてくれないのなら、例え世界の管理者であっても、守護者であっても、偉大なる母であっても、私にとっては頼りにならない存在で、祈る価値なんかないんだから!!」
兵士は目を見開いた。
「困っている時、助けてくださりますけど」
「…」
「もしかして、困っている時、って…」
「や、やめて…!」
兵士はププッ、という手の指の先を唇に当てるジェスチャーをした。
「メンズ設定カフェの男子と付き合えない事とか…」
クリスティーナの血圧が急降下した。
「い、言わないでよ…だから、何で知ってるの?」
「ちょっとした尾行なら誰てもできますからね。で、困っている時というのは、窃盗がバレた時、とか…」
「…」
「そういう場面を頭の中に想像されてます?うふふ、それって、困っている時じゃないですよね?自分で困難を作り出している時ですよね?まさか、ご自身で望まれてそう行動しているのに、悪事を転生させ女神様に手助けしてもらえるってお考えで…?今時珍しいぐらいワガママ放題に育てられたご令嬢でしたこと!」
「今すぐ口を閉じないと馬車から飛び降りるんだから」
「事故で処理されますよ。別に私がつき飛ばしたり魔法を使って押し出さなければ何の証拠も残らないんですから」
「恨みを残した呪われた魂になって、あなたに憑りついてやる…!」
「上位の光魔法を使えますので。浄化して差し上げます」
御者が冷や汗を流しつつ、馬にムチを振るった。
――――――――――
「うっおっおっぉつおおぉぉおおおおおおおお!!!!」
ドタドタと走るエピオルニスに跨り、レジナルドは馬場を駆け巡っていた。
「オホホ。馬と同じように躾けられるよう頑張ってください。馬係さん、ご迷惑をおかけいたしますね?」
馬係は全てを諦めたような微笑みをたたえ、頷いた。
職務に対する責任感に溢れる人材だ。
レジナルドは騒ぐ。
「いや!馬の振動もなかなかだが!!鳥の揺れ具合はっ…ぐっ!!!とんでもないぞ!!!!」
「体が動きまくるかわりに、頭は動かないように移動しているんです。乗り手は非現実的なほど上下に揺さぶられますので。鳥に乗るのはダイエットに最適でしょう」
「舌を嚙みそうだ!!長くは乗れないぞ!?っ!!」
足音に気付いてセーラは振り返った。
通訳と執事だ。
腕に抱かれていたモグラは彼女の顔を見るなり怯え、地面に飛び降りて逃げていった。
「丁度いい所にいらっしゃいましたね。私の仕事がどれだけ早いか、お聞きいただけますか?」
「よろしくお願いいたします」
「では失礼して。昨日、娘と共に馬を納めに王宮へ出向いたのです。そのタイミングで近衛部隊隊長とお話しすることが出来ました」
「なんと…!」
ハインリヒは驚きで白い歯を見せた。
笑いながら礼をする。
「いくら何でも仕事が早すぎるでしょう」
「私としても運が良かったと思っています。お2人が宰相へ上申できるかどうか、許可を取ってくださるそうで。上手くいけば数日の間にお手紙が届くかと………その歯、セラミックですか?」
「本当にありがとうございます」
レジナルドはなんとかエピオルニスのサドルから脱出していた。
馬係が、放馬ならぬ放鳥されたエピオルニスの手綱を掴もうと必死だ。
「おい!また虫垂炎知らずを誘拐しようと企んでるんじゃないだろうな!?」
「虫垂炎知らずとは!頑丈な肉体を連想させる二つ名ですね。モグラは痛みに強いのですか?」
「いや、シンプルに盲腸が無いだけだ」
「…それは人間に”ツノ無し”という二つ名をつけるのと同じバイブスを感じますよ。さて、エピオルニスは…」
馬係を引きずりながらドタドタと走り回っていた。
――――――――――
「悲劇だって…………悲劇だって言ったでしょう!!!!!!???????????!?!?!?」
アリディンバリスの王城では第一王女のアデレート姫が金切り声を上げていた。
「ひ・げ・き!!!!悲劇だって、悲劇だってあれほど言ったじゃない!!どうしてこうド派手な舞台になっているの!?」
自身が脚本を書いた演劇に関して、文句タラタラのご様子だ。
「し、しかし…」
「しかし、何?」
「…モウシワケゴザイマセン」
「謝罪に心がこもっていない!!」
侍女たちがアデレートをなだめる。
「まずは深呼吸です。深呼吸。アンガーマネジメントソーサリーの先生も6秒待ちましょうと仰っていたではありませんか」
「どうして怒りをコントロールしなきゃならないか知ってる?人間関係や、職場での地位や、モノを壊さないようにするために自分の衝動を抑える必要があるの。でも!私は王族だから人間関係も地位も壊れる心配が無いし、モノに至っては壊せば新品と取り換えられるの。だから!怒りを建設的な意見として表現する必要なんて!な!い!の!!!!!!」
まだ16歳という若さもあって、アデレートはブチ切れている。
「どうして悲劇を悲劇のまま演じてくれないの!?”私の零落っぷりを見てくれ!!!”って演者が絶叫しながら一瞬で早着替えして、豪華な服がはじけ飛んでボロボロになっちゃう演出、何?!?!?!?何の何の何????笑っちゃうでしょ!?早着替えがある悲劇って見たことある????」
演者たちは正座させられており、辛そうだ。
「カビの生えたパンの役者、前に出て!!」
パンの着ぐるみのようなモノがもぞもぞ動く。
半分に切られたバケットらしく、体の後部がにょーんと伸びている。
切断面は白いが、そこに穴が開いており、顔が出ていて、顔は白塗りされていた。
「バカでしょ?カビの生えたパン役????擬人化しないで????カビの生えたパンの役をやらされる役者人生、辛いでしょ?」
「いえ、自ら志願して衣装も自作しました」
「バカでしょ?」
アデレートの頬を涙が伝う。
「王宮演者ですら私のご機嫌を取ってくれないのなら、私の人生で自由になる事って何なの?!」
「…ご自身で演じられるしかありません」
「カビの生えたパンは黙っててくれる?」
「いえ、第一王女様の舞台にかける情熱に感動いたしました。その厳しさ、理想を追い求める姿勢。ぜひ学ばせてください!!」
演者たちは立ち上がり、音楽家がリズムの良い音楽を演奏し出す。
「第一王女~様の~♪理想の~高みを~♪」
「ともに目指しましょう~~~♪」
「…」
「ご自身が~演じられる~事でのみ~♪」
「得られる充実感~~~♪」
「わかりました。みんな今までありがとう」
歌い、踊り、演奏を続ける彼ら彼女らを残し、アデレートと侍女たちは退室した。
部屋の警備をしている兵士に親指で指示を出す。
「この部屋にいる者たち全員を投獄しておいてね」
――――――――――
水分不足で涙も枯れたホレイシォだが、ドタドタという複数の足音が聞こえて頭を上げた。
「ほらっ!!入れ!!」
「道化の役目を果たして投獄されるなら名誉だ!」
「なら名誉を受け取っとけ!!」
「タダの強がりです、本当は見逃してほしくて…」
「どうする!?檻が足りないぞ」
「ハァ~ッ、直ぐに解放されるだろ。どうでもいい、とりあえず詰め込んどけ!」
「なに兵士ぶってんだコイツ!?」
鉄格子の中に音楽家や演者、照明スタッフ、衣装、その他の裏方がぎゅうぎゅうに収容される。
何故かホレイシォの檻も扉が開き、数名の演者が投げ込まれた。
「誤解ですよぉ!アデレート様に謝罪させてください!」
「おいおい、誰だよ慰問活動をしたいって言ってたバイオリニストは!!絶好の機会に恵まれたじゃねーか!?」
「投獄なんて冗談じゃないですよ!カビの生えたパンを食べて過ごせっていうんですか?!」
カビの生えたパンの着ぐるみがボソッと呟いた。
「共食いになるかな?」
――――――――――
トーラティカの先王は、従者と兵士を引き連れてのんびり水堀の周りを散歩…もとい調査していた。
「…もう薄れて判らないな」
「そうですね。上位の水魔法の使い手なら薄っすらとしたアトモスフィアを感じ取れるそうですが…」
老齢にもかかわらず、鋭い眼光で水堀の出口を見つめた。
それは演劇を楽しんでいる時とは別人のような眼差しだ。
「あそこにある網は?」
「魔法道具のセンサーネットです。なにか引っかかれば待機している兵士が取り除いて排除します。魔法を使えば逆に引っかかるようになっているので、物理的にも魔法を使っても、あそこをくぐるのは不可能なはずで…しかし、恐ろしい事に陸上には何の痕跡も無いんです。そもそも夜間にも見張りは付けられているので、堀から陸に上がろうものなら、絶対に見つかるはずです」
「ふむ…確かに、何らかのユニークスキルを利用して通り抜けたのかもしれないな」
「王城で騒いだ理由が不明なので、気持ちが悪くて…」
「ただの愉快犯にしては命がけだ。第一王子様の言う通り、ただの陽動で、本当はもっと別の目的があった可能性がある。あの王子は若いのに聡明だ」
自国の王子を褒められた従者や兵士は照れる。
「王族の持ち物だけでなく、宝物庫まで漏れなく確認したそうだが?」
「はい。それは」
「私と交換され、トーラティカへ渡った人質の第二王子がいるだろう。彼の部屋も確認したのか?」
「それは絶対に大丈夫です。侍従長のエイデンさんはレジナルド様の元第一従者でもあり、皆から信頼を置かれているのですが、その侍従長自らがチェックされたそうなので」
「なるほど」
先王は腕組みした。
「失礼だが、アリディンバリスの王城は常に騒がしいように思える。次から次へと、レジナルド第二王子様の生き霊がうろついているだの、呪われたアイテムをエントランスに飾っただの、勝手に領主が領地を借金のカタに切り売りしようとしているだの、大きな音で騒ぎまくるだけの不審者が出るだの………大丈夫そ?」
「ううっ…!!!!!!」
高齢の人質に心配されていては世話が無い。
「アリディンバリスは昔からこうなのか?」
「い、いえ…ただレジナルド様がご健在だった頃は、トラブルは大抵レジナルド様が持ち込まれるモノでしたので…そう考えると…」
「うむ」
「全部レジナルド様が悪いですよね?」
「そうかぁ…?」
――――――――――
「今日はB組に集まってもらった」
兵隊長は、兵士たちを3つの組に分け、広い室内訓練場に呼んだ。
机とイスがあり、非番の兵士たちは座らせられる。
「全員、周囲が見えないように腕で顔を覆いながら、顔を伏せるように」
静かに兵士たちが顔を伏せる。
「この中に、ウォルターの失踪に関して、何か知っている者は?」
ウォルターは盗みを働こうと大勢を説得していたので、当然この中にも、怪異騒ぎを起こしたのは彼だろうと見当をつけていた者が数名いた。
「隊長として、絶対に秘密にする。何か知っている者は手を挙げてくれ」
誰も手を挙げるつもりはない。
会場は静まり返っている。
「…はい。みんな、顔を上げて」
ザワザワと互いの顔を見合わせる。
「誰も手を挙げてくれませんでした。隊長悲しいです」
――――――――――
ゾーフ国境沿いでは、アリディンバリス第二王女がデザートウォーカーの屋敷を訪れていた。
「ようこそおいでくださいました、第二王女様」
「歓迎感謝いたします。砂漠の国境を守るムーアの一族に、転生させ女神様の祝福がありますように」
「ありがとうございます。サンドサーペントのステーキを焼かせていますので、どうぞお食事を」
「ふふ!」
ダイニングルームへ移動しようとしたその時、正門から大勢が入ってきた。
「お帰りなさいませ!」
使用人たちがお辞儀をするその中に、ジェフ・ムーアが居た。
赤い遮光ケープを脱ぎながら、第二王女に挨拶する。
「イザベラ様のご来城に間に合いました!砂まみれですがご容赦ください」
「ああジェフ!あなたに会いに来たようなものなの!」
イザベラはジェフに近づいた。
ジェフも喜びを返すようにイザベラをハグする。
「終年の月でないのに王族の方にご拝謁できるとは、慌てて戻ってきてよかった!」
「砂漠は山も無くてポータルでの移動ができないのに、大変だったでしょう?無理して帰って来たのではなくて?」
仲良さげに話す2人を従者や侍女たちは微笑ましく見守った。
「無理だなんてとんでもございません。ブレンダン様は誕生日を迎えられたんですよね。メッセージカードをお送りしましたが、アデレート様もお元気でしょうか…」
柔らかかったイザベラの表情が一気に固くなる。
「…私より、お姉さまにお会いしたかった?」
「ま、まさか!歳が同じなので親しみを感じているだけですよ」
「そう♡それならよかったんだけど…」
保護者の貴族たちに促され、ダイニングルームへ移動した。
「それで…砂漠に道路を通せそうっていうのは本当なの!?」
「拠点を等間隔に建て、ある程度人も置きながら様子を見ています。あと10年もあれば、貿易路の安全を確保できる計画です」
「で、でも…お父さまや大臣たちは、砂漠が安全になるなんて不可能だ、ってお話ししていらっしゃったから…」
「もちろん盗賊のアジトを全滅させられるわけではないんです。ただ、海側と巨湖側を迂回せずに、砂漠を真っすぐ突っ切る道だけを保護することに注力すれば、”不可能”ではないかと」
「…そうなの?でも、砂漠に道なんてないでしょ…?だって砂は常に流動的で、季節によって西に動いたり東に動いたりで、全部のモノが埋もれちゃうって聞いてたけど…」
「そこで土魔法使いの登場です。低レベルな術者でも砂や土は動かせますから。動かせるという事は固定できるという事でもあります」
「じゃあ…地道に土魔法の力で固定していってるの?」
「さらに、中級から上級の魔法使いの力も借りて、砂を石に戻す作業もしております。石は砂と違って強風で飛んだりしませんから。ちょっと道路を伸ばしては拠点を建て、ちょっと道路を伸ばしては拠点を建て、を繰り返し、50年の計画のうち40年が経過しました」
「ええっ!?」
孫に代わって領主である祖母が話す。
「イザベラ第二王女様の前でこの発言は不敬かもしれませんが、国家予算は降りませんでしたので、代わりに貿易で得た利益を道路の建設維持に利用しております。ご心配なさらず。貿易路の保護により我々の利益も増えるのですから、当然の投資なわけでございます」
ジェフと仲良く話していたイザベラはあからさまにムスッとした。
「そう。国への奉仕、ご苦労」
「これはビジネスです。もちろん、国庫へ納める税も大きくなるので、第二王女様にも、お父上の国王陛下にとっても良いお話のはず」
「ええとってもいい話。それでジェフ、砂漠の拠点での話を聞かせて?あと”食卓では20歳以上は喋っちゃダメゲーム”を今から始めるから。はいスタート!」
――――――――――
「ラストスパートだな!手伝うぞ!!」
カントリーハウスでは転生させ女神の彫刻も後半に差し掛かっていた。
「ありがとうございますレジナルド様。どの部分を掘りたいですか?」
「そうだなぁ…サイモンが彫ってくれた小さな像を見ると、上にばかり細かい彫刻が集中していて、胴体である中央や、下の布の彫りが甘い気がする…」
サイモンはニヤついた。
「それは…立体物をやったことが無い人間の…意見ですねぇ…?」
「何故そんなねっとりとした喋り方なんだ!?ウザいが、俺に知識が無い事は明白だからな、仕方なく話を聞いてやろう」
「緩急が大切なんです。全体を細かくしてしまうと野暮ったくなるんですよ」
「だから毛並みを細かく掘られた木彫りのクマは野暮ったカワイイのか!?」
「木彫りのクマが野暮ったカワイイかどうかは置いておいて、布のシワを細かく造形し過ぎると、絶妙に気持ち悪くなることがあるんです」
「ああ~加減の仕方が素人には難しい、ってヤツだな?」
「そうです。布の種類にもよるでしょうが、レジナルド様のお話ですと、転生させ女神様は頭から足元まで、ゆったりとした布に覆われた御姿だったんですよね?」
「うむ」
「でしたら、細かく彫らずに大きなウェーブを描くようにヤスリで削った方が良いかと」
「素晴らしい提案だ!!なるほど、キショ転生させ女神フィギュア愛好家なだけなことはあるな。布ひとつにそこまでこだわりがあるとは感心感心」
「でもああいうフィギュアは布面積が小さいんですよ」
「キショ」
サイモンとレジナルドはどんどん石像を掘り進めていく。
それを見上げてマシューは感心した。
「それにしてもレリーフとは考えましたね。既に輪郭が掘られているので、この状態で完成でもおかしくないですよ。見事な…あっ!そういえば、完成の暁には町からルイスさんをお呼びしませんと」
サイモンは答えた。
「でしたら…そうですね、あと5日もあれば絶対に完成しているかと。周囲を掘り下げればほぼ終わりなので」
「なら今すぐに手紙を書きますよ!あっ…い、一応…レジナルド様?」
「おう!」
「この屋敷は王家の所有物ですので、上級使者様…にもお伝えしますが、よろしいですね?」
「よろしいも何も、完成式をやるからフィリップ様に招待状を送れ!まあ王族のスケジュールを5日前に抑えられるかどうかは別の話だが、一応招いておかないとな」
サイモンは慌てた。
「べ、別に上級使者様とフィリップ様とは無関係ですよ!」
――――――――――
アリディンバリス。
国王は仕事に追われ、子供への対処にも追われていた。
「今すぐに…地下へやった臣下どもを開放してやれ」
「かしこまりました」
娘のアデレートがやったこと知り、0.1秒の判断時間を使って演者たちの開放を決めた。
従者はさっさと書類を作り、兵隊長の元へ走る。
「アイツを呼べ」
その一言で別の臣下が走り、アデレートが国王の部屋へやって来た。
「お父さま、ご機嫌いかがでしょうか」
「まず、音楽家や演者たちは国中から招いて王城に住まわせている事を知っているな?」
「…あ、あの…でも…」
「中には内政のスパイ行為をさせている者も居る。領主の居城や屋敷と、王城を堂々と行き来できる存在はそう多くは無い」
「でも…だって…私の書いた脚本を…」
「間者は国政の要だ。ハッキリ言って、演技や音楽、歌唱なんかは彼らの本業じゃない。国を歌い歩いて市民の実際の生活っぷりを報告する役目の吟遊詩人も何人かいる」
「はい…」
「この王城にはお前の気まぐれで牢にぶち込んでいい人間はひとりも居ない。画家は私の肖像画を描くために居る。侍女は地方の領地から奉公で来ている貴族だ。わかるな?」
「…じゃあ、言わせていただきますが。彼らは私の書いた脚本を無視し、勝手な舞台を作ってしまったんです。それに関してはどうお思いです」
「どうも思わん!というか、な。まだ若いお前にあまり強く言いたくは無いのだが…」
アデレートは眉を下げた。
「急に食べるのを拒否したり、かと思えば侍女に止められてもバクバク食べたり、余暇に楽しむべき演劇に夢中になってみたり。まったくレジナルドの事を笑えないぞ?成人の18歳までもうすぐだ。そろそろ本腰を入れて勉強するか、議会に顔を出すかしてくれないか?ブレンダンは用事があるとか何とかで議会や大臣たちとの話し合いは抜け出しがちだし、お前に期待しているところもある」
「ま、まだそういうのは…」
「もちろん、遊びたい気持ちは理解できるぞ。しかしお前やブレンダンが国政に興味を示さぬようなら………いとこ達の力を借りる事になる」
アデレートの頬に力が入る。
「そ!それは違いますでしょう!?!?」
「ど~~~~~する?ああ、有能な甥っ子姪っ子に恵まれて私は幸運だなぁ…」
「そのようなお考えはおやめください!し、仕方がない…明日から午前中の議会に出席させていただきます」
父親は喜んで手を叩き、娘の侍女たちに段取りをさせる。
――――――――――
「絶対に納得できません!絶対に絶対に絶対に絶対に…!!!!!!!!!!!!」
窓から転落し死亡した侍女、メリンダの両親は、侍従長エイデンと、使用人長のコーラを激しく責めていた。
「コーラさん、エイデンさん、どうか夫を許してください。ただ、私も納得できないんです。うっかり窓から落ちて亡くなった、と言われましても…」
葬儀は済ませても、簡単に諦められるものではない。
コーラは苦しそうにうつむいて話す。
「使用人長として、大変、申し訳なく思っております。しかし、部屋のカギは閉まっておりましたし、誰かに突き落とされた可能性はほとんどないでしょう」
「当たり前です。私のメリンダは稼ぎのほとんどを領地に送るような孝行娘で、性格も良く、誰にも優しくできる子で、他人の恨みを買うような事は絶対にありません」
メリンダの母親に続き、父親が訴える。
「ですから…メリンダは…自殺だったのではないかと我々も思っているんです。思ってはいるのですが、ただ、何の理由もなく死んでしまう子ではありません」
エイデンが発言する。
「疲労の蓄積や病気により判断力が鈍った上での事故の可能性も…」
メリンダの母親は否定した。
「いじめを苦にした自殺の可能性はございませんか!?メリンダが宿舎に残した持ち物を、ひとつも残さずに持ち帰ろうと片づけをしていたんです。でも、あの子に渡した髪飾りが無くて…」
「えっ!?」
「他の子に貸しているのではないのかと思い、呪文を宿舎で唱えました。でも、反応が無くて…”世界に有る最も大きな影の天幕を切り裂く雷鳴よ…光り唸り無を揺らしてその姿を…”」
部屋の一角からゴロゴロと音がした。
メリンダの母親と父親はもの凄い形相でコーラを見つめる。
ここは使用人長の執務室だ。
「あ、あの、これには訳が…!」
母親が隠し扉を蹴破ると、中から貴金属が出てきた。
「これは!ライトニング・ヘアクリップ!!」
「我が領地で採れるライトニング・オブシディアンから作られる髪飾りです。なぜそれがここに!?ご説明願います、コーラさん!!」
エイデンが前へ出た。
「大変申し訳ありません。正直に申しますと、侍女たちの間で盗難事件が起きていたのです」
「と、盗難!?」
「隠せませんでしょう。実は、メリンダさんも窃盗に関わっていたんです」
両親の顔が一気に曇る。
「いいえ?そんなはずはありません」
「故人と、その家の名誉を傷つける事になり、遺憾に存じますが…メリンダさんは王族のお部屋から置物を盗み、自身の部屋に運び入れておりました」
「…嘘でしょう」
「嘘ではございません。私たちが想像するに、その犯罪行為を後悔し…飛び降りたのではないのかと…」
母親が不審がる。
「で、でもそれと、メリンダの髪飾りが盗まれたことに何の関連性が?」
「そこに隠してあったのは、ある侍女の部屋から没収した貴金属です。彼女はことあるごとに、同僚や上司である私にも自分の持ち物を自慢しておりましたから、彼女が所有している装身具か、”そうでない”装身具かは見分けがつきました。今、判りましたが、その中の1点がメリンダさんのものだったのですね………今、王城では使用人による窃盗が頻発しており、メリンダさんも誰かにそそのかされて犯罪に手を出してしまったのでしょう」
両親は激しく否定する。
「ば、バカな!」
「みんながやっているからといって、同じように罪を犯す娘ではありません!」
「事実として侍女は互いに持ち物を盗んでいたのです。窃盗は広まり、侍女同士だけでなく、議員、大臣、王族の所有物まで盗むのが恒常化していました。そして、実際にメリンダさんのお部屋から…第一王女様の…」
「聞きたくありません!!」
母親が声を荒げた。
「き、聞きたく…聞きたくありません!!」
「落ち着いてください」
そこからはメリンダの両親も口数が少なくなった。
メリンダの形見となってしまったライトニング・ヘアクリップを手にしながら震えている。
「…ご存じでしょうが、ロウトン家は重要な領地を国から任されており、先々王の妹君の長女、つまり母は王族の…」
「理解しております。ロウトン一族は重要な血脈でもあり、メリンダさんの悲劇の”詳細”に関しては、詳しい報告を文章に残したり、誰かに告げたりするつもりはございません。国に忠誠を誓ってきた姿勢を汚すつもりなど…我々は家の名誉をお守りします」
メリンダの父親も、残念さをにじませた渋い顔で頷く。
「この度は、ご説明いただき感謝します。声を荒げてしまった無礼をお許しください。そして、くれぐれも…娘の不始末を…口外しないでいただきたく」
「関係者の胸の内に仕舞っておくと、お約束いたします」
――――――――――
トーラティカ。
フィリップは王城から離れ、王都にあるお茶屋に来ていた。
貴族達が広い一室を借りてぎゃあぎゃあ騒いでいる。
同年代の親しい男友達と集まる時間だ。
「で、この木製ミニ馬車を見てくれよ!」
「?」
「知らないのか?今流行ってるんだ」
フィリップが知っている馬車の模型とは大分違い、塗装がフリーダムだ。
「これは…?」
「ミニ馬車キットって商品で、自分で組み立てて、色も塗って…ステッカーも貼ってみたんだけど…どうだ!?」
「どうだ、って言われても………へぇ、良く出来てるじゃないか!木工作なんてやれる手先の器用さがあったんだな」
「いや、初めから馬車の形の板が切り抜かれてるんだ。組み立てるだけだから簡単だよ」
「市販の模型よりクオリティが落ちるみたいだが、楽しそうではあるなぁ」
親しい友人が後ろから近づいてきて、フィリップの肩に腕を回す。
「おいおい!そんな事言ってんのかよ!作ってる間は無心になれるからいいぞ~?」
「へぇ…ちょっと興味が出てきた」
「どう作るのか考えるのが楽しいんだ」
「フィリップ様もひとつ作ってみようよ、ミニ馬車キット持ってきたから」
そこからは工作大会になってしまった。
フィリップもあーだこーだ友人から口を出されつつ、完成させる。
「やった!出来たぞ!!」
「いいじゃん、丁寧にヤスリで毛羽を取った甲斐あって、色のノリは最高だな」
「下塗りすればもっと良くなるけどなぁ」
フィリップはもう夢中だ。
「下塗り?それって何だったっけ…?」
「一度、白とかで塗るんだよ。木材細工は木の目にざらつきがあるんだけど、それが塗料で埋まるからツルツルになるんだ」
「へぇ…ところで、このステッカーはどうやって作ったんだ?」
「左右対称のマークを2つ用意して、紙に転写して、その裏に接着剤を塗って…」




