人質生活58日目
ダイニングルーム。
マシューが挨拶をした。
「おはようございますレジナルド様」
レジナルドはマシューに挨拶するより早く、壁際に立つ執事に文句を言った。
「なんで鉄の輪で胸を締め付けていたんだ?」
マシューは聞き逃さない。
「ちょっと!?何の話ですか!?」
「昨日の夜、ハインリヒの部屋に行ったんだ。そしたら…」
「夜間は自室から出てはいけないと約束したでしょう!」
「…すまない」
「まったく、今回は初回なので見逃しますが、理由をおっしゃってください」
「”ウェンディゴと水グマの掛け合い”のジョークって何が面白いんだ?それを聞きに行った」
「あれは有名なだけで全く面白くないですよ。200年前に生まれたジョークなので。当時の人々は光る星を見上げて勝手にシッポ座とか、日焼け止め座とか、割れた事には割れたが取っ手だけ綺麗に取れたのでまだ何とか使い道がありそうなカップ座とか、一晩中そういう妄想ができるレベルで暇だったと考えるに、ウェンディゴと水グマが会話している状況だけで爆笑していたんだと思います」
「酷すぎる。俺の健全な睡眠を返してくれ」
ハインリヒは首を傾げた。
「あのジョークは、水グマが朝食にチーズトーストを食べた事実を、ウェンディゴが知っている事が面白いポイントだと思っていたのですが?ストーカーでもなければ他人の朝食なんて知り得ませんからね」
――――――――――
「グワアアアアアアアアーーーーーーーーーッッッ!!!」
「ちょっと落馬しただけで大げさですね」
セーラの冷たい言葉がレジナルドに刺さる。
「クソっ、降りるときは気を付けていたのに…!」
「乗り慣れていても、乗馬と下馬の際には落馬してしまうものです。私でも時々バランスを崩して滑り落ちますから、仕方がないですよ」
「発酵焙煎チョコレート号が大きすぎるんだ!なぁ?」
首筋を撫でられた発酵焙煎チョコレート号は首を上下に振った。
主人の話を全然聞いていないので、良くわからないけど褒められた~ぐらいにしか思っていない。
「落馬の際に大声を出すと踏まれる原因になりますから、何事もなかったかのように振舞われた方がいいでしょう」
「わ、わかってる!ハァ…」
「悩み事がおありで?」
「いや、昨日の晩…”ウェンディゴと水グマの掛け合い”のジョークを知ったんだ」
「あらぁ~~~~!!あのジョーク、最高に面白いですよね?」
「えっ!?」
「水グマなんてそこらの生き物をバリバリ食べる悪食モンスターなのに、朝食にチーズトーストを食べたなんて最高にユニークでしょう!学生の頃は水グマの背にチーズトーストが貼りついているぬいぐるみを持っていたぐらいです。トーラティカが生み出した最高のユーモアですよ!」
「まさかの熱狂的なファンが…!?」
――――――――――
昨晩、一夜にして国庫から6000万ゴールドの支出をキメてしまったアリディンバリス第一王子、ブレンダンは、早速父親に呼び出されていた。
「何をやっているんだ????????」
「お父さま。私は”部屋あらため”をして回らなければなりません。今日の所はこのぐらいで」
「それなりの説教パートがあってから”今日の所はこのぐらいで”が通じるんであって、目を合わせて3秒で言っていいセリフではない!しかもどちらかといえば説教する側が使う言い回しだぞ!?」
「昔からの風習に自分なりのやり方で向かい合ってみます。お父さまのような優秀な王の元に長子として生まれた責任を果たすべく一日一日を過ごしておりますので。では!」
「下手だな!?煙に巻くのが下手だな!?!?!?」
ブレンダンは国王に聞こえるような大声で従者に命令を下す。
「今日は部屋あらためRTAをする!道具を用意しろ!!」
――――――――――
第一王子は、短剣と魔術書を、ロープを使ってそれぞれ右腕と左腕に巻き付けた。
「な、何をなさるおつもりで…!?」
適当に連れてこられた大臣たちは、従者の険しい表情に怯える。
王子は胸を張って大きく息を吸い込んだ。
「証人の大臣たちも集まったな。部屋あらためだ!!ついてこい!!」
先に走る従者に、全ての部屋のドアを開けさせる。
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
ひと部屋ひと部屋を一秒以下の時間目視して、また次の部屋に向かう。
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「そ、そのような速度で部屋を見渡しただけでは、部屋あらための儀式にはなりません!」
「なる!あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
第一王子の従者が先を走って、部屋のドアをバンバン開けていく。
従者同士で一度ウォークスルーをしていたらしく、連携しながら仕事が進められる。
「扉を開けておいてくれ!!」
「ここは任せて、お前は先に上階へ回ってくれ!」
「了解!」
「作業場はいつでもいいように先触れが済んでいます!」
「いいぞ!部屋あらためが終わった部屋には印をつけていけ!」
「王子様の前衛と後衛を交代します!」
「シミュレーション通りに、王子様の空気抵抗が一番少なる陣形を組んでいけ!」
大臣たちは息を切らしながら王子について走っていく。
「お、王子様~~~~!!!!」
「お待ちください!!」
「待たない!あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
「あらためたぞ!」
城内を風がびゅうびゅう吹いている。
魔法使いたちが風魔法で王子の移動速度にバフをかけているのだ。
「あらためたぞ!」
「ぁあらためたぞ!」
「ぁああらためたぞ!」
「ぁあらためたぞおぉぉ!」
第一王子の移動速度は人間の限界を超え、その声にはドップラー効果が感じられる程だった。
――――――――――
「お久しぶりだね~レジナルド様!」
もう馬車にすら乗って来なくなったその人は、馬上からレジナルドの出迎えに軽く手を振って答えた。
「(ふん、何が久しぶりだ、数日前の夜会で顔を見せようと思えば見せられたものを…)」
国王への謁見を断られるとは思っていなかったので、正直イラついたことは確かだった。
それでも大人の対応を心掛ける。
「ご訪問、感謝する。忙しい身分でありながら、人質の身の俺にいつも気を配ってもらえるのは、トーラティカ王家の心フォ配りの…な、なんだったか、単語が出てこなくて。すまない」
「ハハハ!いやいや、また一段とトーラティカ語がお上手になったね。お気持ちは十分伝わったよ」
馬から降りると、さっさと繋げという感じで馬係に顔を振る。
護衛を兼ねていると思われる従者が前に出て、フィリップにレザートランクを手渡した。
レジナルドはそれを見て”?”と思う。
「今日のお茶は外と屋敷の中のどっちがいいかな?」
「天気が良いし、庭でどうだろうか」
執事が庭にあるガゼボへと案内する。
白い布が日差しを遮り、適度に風になびいて涼しげだ。
「ああ~いいね」
「ようこそいらっしゃいませ上級使者様。通訳が同席してもよろしいでしょうか?」
「いや、2人きりにしてくれ」
「…」
マシューは軽く頭を下げ、声がかけられれば気付ける場所に置いてあるガーデンチェアに腰掛けた。
執事と使用人が手早く茶と菓子を並べていく。
立体的なケーキスタンドには植物が這わせられ、3重ほどになったテーブルクロスは色の調和が見事だ。
「上級使者様が来ると、お茶の時間も年末年始を祝うパーティのようなテーブルセッティングになるんだな。皿が2枚重なってるぞ」
「ハハ!恐縮しないでね」
レジナルドが手を伸ばし、バラの花のように畳まれたリネンのナプキンを脇によける。
「ところで、そのレザートランクは?」
「気になるだろう?まっ、まずはお茶をいただかないとね」
季節の会話など、無難な話題を交わしながら、さっさと菓子と茶を胃の中に入れてしまう。
不自然なほど舞踏会については触れられなかったが、それがフィリップ王子の本題なのだろうなと思ったレジナルドは、あえて口にしなかった。
使用人のビルがティーカップを持ち上げる仕草をする。
「もう結構!」
「レジナルド様がおかわりをしないだなんて。そういば…なんだか来た時よりも痩せたような感じがするね?確か、服も小さく直させたんだっけ。ハハ、服飾費は贅沢な用途でなければ大抵の予算は通すつもりだから、どんどん新しく作り直してよ」
「そうさせてもらおう。感謝する」
「僕も、もうお茶はいいかな、お水を一杯」
かしこまりました、とハインリヒがグラスにハーブ水を注ぐ。
「さ~て、このレザートランクだけど…僕のジュエリーコレクションが入ってるんだ」
レジナルドの体がピクリと動いた。
意識的なものではなく、100%本能による反応だ。
あまりにも予想通りのリアクションだったため、フィリップは笑いを堪えるのに必死だ。
「ほら、レジナルド様は装飾品とかお好きだって有名じゃない?ちょっと見てもらおうと思ってさ」
カップとプレートが片付けられたテーブルに、トランクが乗せられる。
空けられれば中のリングやブローチが自然光を浴びてカットに従い反射で輝いた。
「どうだい!僕がパーティに付けてくヤツだけど、気になるのはある?」
「装身具は全部魅力的だぞ。あとは持ち主がどれだけ気に入っているかだな」
「(ふん、通ぶりやがって…!)」
「上級使者様のお気に入りはどれなんだ?」
「この、小花が揺れるブローチかな」
「手に取っても?」
「もちろん!」
スズランのベル型の小さな花がフルフルと震える。
「茎の部分が細いバネでできていて、歩いたり立ち止まったり、あるいは風が少し服ぐらいの振動で揺れるわけだ。繊細なブローチじゃないか」
そう言いながら裏面を見ると、製作者のサインが彫られていた。
「(…有名なジュエリー職人のサインだ。しかし、王城で働いているかどうかの知識までは無いな。なるほど、他国の人間である俺になら見せても身分がバレないだろうと踏んだのか…?)」
「いい品だろう?」
「ああ。バネで宝石やモチーフが動くアクセサリーは多いが、これは揺れる事にきちんと意味がある。スズランの可憐な外見を再現することに成功している素晴らしい品だ。さすがトーラティカのジュエリー職人は一味違う」
フィリップは褒められていい気分だったが、あまりレジナルドが機嫌を損ねていない姿を見て、まだまだだと攻勢をかける。
「この時計はどう?あぁーっ、レジナルド様はぜんぜん装身具を持っていないのに、自慢しちゃってゴメンね?」
「俺は時計を単品で評価できるほど詳しくはないが、この革!イミテーション・タラスクだろうか?だとしたらひび割れはひとつひとつ手作業で入れられているな。贅沢な芸術品だ。まあ俺はリアル・タラスクの革で作らせた聖水入れを持っていたが」
「…こちらの悪霊を追い払うブローチは結構な価値があるようだけど?光の魔法石を加工して作ったそうなんだ。羨ましいかな?」
「これはお守りとして一般市民も持っている、光の魔法石のブローチとは別物だろう。ユニークスキルがエンチャントされたアトモスフィアがある。”結構な価値がある”のだとしたら、その部分にだろうが、どういったユニークスキルなんだ?」
「ええと…ああ、知り合いの貴族にモンスターを避けるユニークスキルを持っている者がいて、そいつにエンチャントさせたんだろう…多分」
「それでは悪霊忌避じゃなく、モンスター忌避の力だな。時と場合によっては良くない結果をもたらす可能性があるぞ、アイテムの特性は良く知っておいた方が良い」
「…そういえば、春のスライム狩りで僕だけ獲物の数が少なかったけど、その時つけてたかも…」
「それはこのブローチが原因だったのろう」
「こ、これは仕舞っておくよ!!」
フィリップは別のジュエリーを見せた。
「ほら、モルリヴァールの王族が持っている、互いに支え合うブレスレットを模したものなんだ」
「伝統的なデザインで良いな。温度によって色が変わる金属が使用されているようだ。つけてみろ」
フィリップが手首にそのブレスレットをつけると、肌に接している面が黒から青、緑、黄色、オレンジ、赤へと変化していく。
「ええ…知らなかった」
「おいおい、自慢のコレクションじゃないのか?」
レジナルドの怪訝な表情にフィリップは焦る。
主導権を完全に取り戻すことに決め、今日の本題を切り出した。
「それにしても、これだけ目の前でアクセサリーを自慢されても不機嫌にならないとは、さすが王族。広い心をお持ちのようだ。ご自身はたったひとつのリングしか所持していらっしゃらないのにね!」
「ふん!ここに無くても、俺はアリディンバリスに大量のコレクションを所有しているんだ」
「へえ~、じゃあ、この指輪を見ても何とも思わないよね?」
フィリップは胸の内ポケットからハンカチに包まれたリングを取り出し、レジナルドに差し出した。
「……………………………… … …!?」
町の装身具で作らせているコットンキャンディ花が埋め込まれていないリングとは明らかに違うそれは、レジナルドの視界を歪ませた。
「なぜ……………………」
「ふふっ、やっぱり一目で判るんだね。はい、久々の再会だよ~!」
フィリップはリングを受けろうとしないレジナルドの手をむんずと掴み、手のひらにハンカチごと乗せた。
リングの裏側に、アリディンバリスの王宮勤めの職人のサイン、工房のサインが入っている。
「なぜ」
「う~ん?」
「なぜこれがここに?」
「ふっ!」
執事と使用人が顔を見合わせる。
不穏な空気にマシューもやって来た。
「どうなされました?」
「下がっていろ。使用人もだ。私の従者以外は下がれ」
「それは出来ませ…」
「下がらせろ!」
フィリップの強い口調に従い、従者は腕で押してビルとハインリヒを物理的に下がらせる。
サービスワゴンもそのままに、2人はぐいぐい押されてガゼボから遠ざけられた。
「…」
「通訳もだ!」
「レジナルド様はまだトーラティカ語でのやり取りに不慣れなため、言葉の行き違いがあってはなりません。私の仕事は議会から申し付けられたため…」
「クビにしてやってもいいんだぞ?」
「…」
マシューも背を向けて去っていく。
「さて!」
フィリップが正面を向くと、目に光のないレジナルドが指輪を見つめていた。
「上級使者様は、これをどうやって入手したんだ?」
「僕も聞きたいな。このリングをどこで保管していたの?誰かに預けてた?」
「…誰でもなく、俺の所有物なのだから、俺の部屋の宝石箱に入れていた」
「へぇ~!」
レジナルドが白い歯を見せて怒る。
「これを!どうやって!入手したんだ!?」
「誰かが売ったんでしょ、僕はトーラティカの宝石商から買ったんだ」
「………そんなわけがない」
「ごきょうだいか、従者か、誰に売られたにせよ、ずいぶん人望が無かったんだね~?人質になって1ヶ月で財産がゴールドに変えられるなんて。おっと、第二王子様は随分と散財されてきたみたいだから、国庫の穴埋めって正統な理由で売られたのかも!」
「そんな」
「ま、ご自身のワガママ放題の結末ってところかな?それに作らせた時より価格は上がってるだろうから、むしろ売り切ったあかつきには借金が帳消しになってるどころかプラスに転じているかもね。だとしたら見事な財産形成だったと言えるかも?」
「…し、城に戻らせてくれ」
「ハァ?!」
「城に戻って、俺の宝石箱が無事か確認しなければ…!」
「人質が帰れるわけないだろ!互いに戦争を始めないための保険なんだから、レジナルド様が国境を越えた途端攻撃されたり、こっちが送っている先王様にちょっかいを出されたりしたらどうするのさ?」
「そ、そちらの先王様も、一時的にお帰りいただけるように説得する…」
「手紙でアリディンバリスの王家を説得してくれるの?人質への扱いは対等なのが基本ルールなんだから、そっちが1週間戻るのに、おじいさ…せ、先王様が3日で帰るみたいなことがあってはいけないんだからね?わかってる?」
「もちろんだ、絶対に滞在日数などの待遇条件は合わせ、ここへ来た時のように馬車で国境を同時にすれ違わせるように調整させる」
「……………………!!!!」
フィリップの顔は高揚を隠せずにいた。
とうとう目的を果たせるのだ。
「じゃあ、待っているから今すぐに書斎に入って故郷に手紙を書いてきてくれよ。おい、通訳!」
マシューが飛んでくる。
「レジナルド様は故郷へお戻りになられたいそうだ」
マシューは気の抜けた声を出した。
「は!?」
「ご自身の財産が勝手に売り捌かれているらしい。ああ、噂によると…オブジェも闇のマーケットで取引されているとか何とか?」
「何だと!????!???どういう事だ!!!!」
マシューが食って掛かろうとするレジナルドの体を押さえる。
フィリップは余裕の顔で風魔法をレジナルドにぶつけた。
「ぐっ…!」
「王子様!おやめください!!」
マシューの口から思わず王子という単語が出るが、気分が良いのかフィリップは怒ることもしなかった。
「ハハハ!いや、進入禁止のエンチャントがされている赤い三角錐の石のオブジェが売買されたとか、されてないとか…?もちろん”噂”だけどね?」
レジナルドは尻もちをつきながらワナワナと震えた。
「そ、それは…それは俺が石工に作らせたものだ…なんで…」
フィリップの高笑いが響く。
「僕のクラバットを乱暴に掴もうとする気力があるなら、さっさとアリディンバリスの父親にむけて手紙を書いてくれ」
――――――――――
「ぐっ…グスッ…」
「レジナルド様、泣いている場合ではありませんよ」
「俺の…俺のコレクションが…売られている…」
「落ち着いてください」
狭い書斎に入ったはいいが、こんな様子では手紙を書くどころではない。
もちろん他人がペンを執るわけにはいかず、マシューはフィリップと従者の前でヒザをついて謝罪する。
「お待ちいただきましたが、レジナルド様は酷く取り乱しており、今は何かをできる状態ではありません。数日、お待ちいただければ…」
フィリップは体が軽いというようにガーデンチェアから立ち上がり、馬を!と叫んだ。
「気分が良くなることは一生無いだろうが、まぁ、せいぜいなだめすかして早めに書かせてくれよ!僕は国王様に今の状況を伝えるから」
「…承知いたしました」
「屋敷に使者は常駐しているね?」
「はい」
「書きあがったらすぐに渡すように」
「承知いたしました」
2頭の馬の蹄の音が遠ざかっていく。
――――――――――
フィリップは王城へ戻ると、さっそく母である国王の下へ行き、いきさつを説明した。
国王は大笑いだ。
「で、では!あの第二王子の所有物は…臣下や従者によって小銭に変えられているというわけか!ワーーーーッハッハッハッハ!!」
「ハハハ!皮肉にも、贅沢と散財で名を馳せているアリディンバリスの第二王子様のコレクションなのですから。売る方も買う方も、さぞかし楽しんだことでしょう」
「なるほど、良くやった。やはり夜会服や装身具を自分で手に入れる経験をした事で、学びを得られたようだな?」
「はい。貴重な経験をさせていただきました」
「それで、ショックで崩れ落ちた後は?」
「一旦アリディンバリスに戻って、自分の財産を確認したいと騒ぎだして。そこで、人質の扱いを平等にするために、先王様をトーラティカへ戻すようにアリディンバリス国王へ頼めば、里帰りが実現するかもな?と言っておきました!」
「は?」
「えっ…?」
「そんな事、許すわけが無いだろう」
「え………ええ~~~~~~~~~~~~~っっっ!?!?」
体の力が抜け、フィリップはひざから崩れ落ちてしまった。
「し、し、しかしお母さま、な、何もかも上手くいって、上手くいっているのに…!?!?!?」
「何が?何の話だ?お父さま…先王様はもうトーラティカへは戻らない。そのお覚悟を台無しにするような真似は、たとえアリディンバリスの第二王子でもさせるわけにはいかない。いいか、これは重要な事だ。そもそもアリディンバリス内でのイザコザなど我が国には関係のないことで、いちいち対応していたら、こちらが下手に出ているような力関係になってしまう。レジナルド様をたとえ一時的であっても、帰国させるわけにはいかない」
「で、でも、でも…」
国王は従者に言いつけた。
「もう薄暗いが使者を送れ!我々は伝統にのっとり、原則を守る。親族の逝去があっても人質は帰れぬ身なのだ。アリディンバリスへの帰国は許可できない、と伝えろ!!」
「でも…そ、それじゃ、おじいさまは…」
「何度も言わせるな、先王様は二度と祖国の地を踏まない覚悟で王城を去られた。帰ってくる時は棺の中だと議会で話したじゃないか。何を聞いていたんだフィリップ!」
「もう…会えない?」
「お父さまは最後の最後まで国のために尽くされた。最も偉大で歴史に残る行動をされた国王だ。これ以上の名誉は無い。あの人のパフォーマンス好きは私たち王族や臣下の心を今も燃やしてくれている。そうだな?」
「そ、そうです…」
従者がフィリップの手を取り、部屋まで付き添って歩いた。
使用人が茶と菓子を運び、王子の気持ちを落ち着かせようとする。
――――――――――
レジナルドはワンワンと泣きわめいていた。
暴れて家具を壊さないだけ成長したとも言えるが、うっかり魔法なんて使おうものなら屋敷ごと破壊してしまいそうな勢いだ。
「今までの人生をかけて集めたコレクションなんだぞ!!!!」
「今までの人生と仰られましても、まだレジナルド様は18歳ではないですか。18年分の思い出は大きいでしょうが…」
「お、俺だけの趣味ならばいいが、他人から託されたものもある!!!!」
「それは…申し訳ありません。本当に、”世界で一番”のコレクションだったのでしょうね」
「は?”この世界”を舐めるな。好事家に国境と歴史は無く、収集物があまりに多すぎたために博物館や美術館、図書館を作った貴族や王族はごまんと居る。というか博物館や美術館はそうやってコレクションを一般市民に公開してやろうという上流階級の人間が始めたものだからな?そういう意識の高いコレクターに比べたら俺はまだ駆け出しだ。それに点数よりもコレクションのテーマ、テーマへの造詣の深さ、収集難易度など評価軸は個人によって異なるから一概にコレクターの中のコレクターを決める事はできない。むしろ、俺は王族であるにもかかわらずささやかな収集度合いだったとも言えよう。自分の長所を聞かれたら、真っ先に謙虚さを挙げるべきだろうか?」
「変なタイミングで正気を取り戻さないでくださいよ」
「世界で一番とまでは言えなくとも、まあ、俺のコレクションには盗みたくなる価値があるのは理解できる。議員、兵士、きょうだいやいとこ、叔父や叔母にまで自慢して回っていたしな?舞踏会では名前も知らない貴族を捕まえて自慢したものだ」
「そ、それは盗られても文句が言えませんね…?」
「いや文句は言うが?俺の宝はきっと高値で売れただろう。価値を理解してくれている人間に所有されている事を願うが」
マシューは急に声の大きさを落とした。
「その事についてですが…」
「お前の言わんとしている内容は理解できるぞ。王族が他国の王族の盗まれた品を所持し、誇らしげに見せつけてくるのは程度が低すぎるよな?」
「ううっ…」
「トーラティカの国民は賢く優雅で力強いのに、肝心の王家が下品ではダメだな」
「そ、そのような発言、不敬になりますよ!」
「しかしそうだろう?どこに他国の王子の所有物をゲットして喜んでいるバカが居るんだ?」
「………この国に」
「だろ?誰も注意してやらないとは!俺が暴れ回っていた頃は従者が”王族らしさを欠く品のない行為はお慎み下さい”と毎分注意してくれていたぞ?」
「それはレジナルド様が王族らしさを欠く品のない行為を毎分やっていたからでしょう」
「とにかく、俺は国に戻ってコレクションを確認しなければならない!手紙を書いて…お、お兄さましか頼める人間はいないが…くそぉ!もっと家族や従者の言いつけを守りながら暮らすべきだった…クソっ!!!!」
――――――――――
アリディンバリス。
兵隊長がショックで不整脈を起こしそうになっていた。
王城で怪異騒ぎが起きてから、4日目。
兵士のひとりが行方不明なのだ。
「(大丈夫だ。魔法使いたちが調査してくれたが、王城に何の変化も感じられないと言っていた。大丈夫だ…大丈夫………な訳があるか!!!!)」
前々日にはウォルターがシフト通りに交代に来なかったと報告が上がっており、部屋を探すも居なかった。
ウォルターの同僚に聞き込みをしたが、誰も何も知らないと言う。
「(城で事件が起きて、その後失踪した兵士…これが無関係な訳ないだろうがぁ!!!!)」
心臓の苦しさを感じて胸を掴む。
動機・息切れが同時に襲ってきた。
今までにもヤンチャな兵士が様々な犯罪を犯す前例はあったが、遊ぶ金欲しさなど、どれも理由がはっきりしているものだった。
しかし今回は違った。
自身が警備を務める王城で、わざと目立つ大音量を鳴らし、呪われたグレートヘルムを被り、水堀に飛び込み行方不明になるという理解不能の域を越えて恐怖すら感じる事件を引き起こしたのだ。
「(ウォルターのヤツ…まともに見えたのに…!質の悪いレクリエーション嗜好品でも吸引したんだろうか…?)」
――――――――――
トーラティカの屋敷。
蹄の音が聞こえてきた。
「使者か!?」
「…レジナルド様は書斎から出ないでください」
「嫌だ」
「ダメです。鍵を溶かしちゃいますからね!」
「お前の火魔法はそこまでの出力が無いだろ?」
「…とにかく、お部屋に居てください!!」
使者が国王の言葉を伝える。




