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人質生活57日目

「こっちの紙はなんだっけ?」

「盗品の売買リストだ!それはそれで価値があるからな。そこに名前があるヤツを脅すことが出来る」


”成仏できぬ水筒”を手に、悪党2人はアリディンバリスの郊外から、王都を通って直線上にある真反対の郊外に来ていた。

ゴロツキ仲間には、山分けで手に入れたゴールドを元手に一儲けしてくると言ってある、が。

彼らが手にしている売買リストと成仏できぬ水筒は、ボスの私物を勝手に漁ったものだ。

「ところで、呪われたアイテムってのは絶対に高く売れるんだろうな?」

「スグム川沿いの出店権を買い占められるぐらいには、だ!」

「へへへっ…!」


到着したのはおなじみの美術商だ。

「夜明けに失礼!もっとも、普通の店はパン屋以外やってないんだがなぁ?」


店の奥から、歳のいった男性が出てきた。

一見すると普通の美術商の店見えるが、普通の店が24時間営業な訳がない。

「ようこそ」

「はぁ~こりゃこりゃ。こんな真っ当な店構えで、明け方にやってるとはねぇ!」


老人は2人の身なりを見てすぐに裏へ通した。

悪党も手慣れた様子で取り引きを始める。

「売り物は?」

頑丈そうな箱から出されたそれは、すぐに呪われたアイテムとしての禍々しいオーラを放ち始めた。

「こ、これは…!?!?!?」

「美術品に詳しいヤツに聞いてみたら、”成仏できぬ水筒”ってアイテムらしい。砂漠で見つかったんだとよ」

「いえいえ、あり得ません。ゾーフ国境沿いの貴族、ユージェニー・ムーア様が発見された、世界的にも有名なアイテムです。デザートウォーカーの屋敷に厳重に保管され…て………」


情報が入っていなくても、手に取れば判った。

それは一度も見たことが無いにもかかわらず、絶対に偽物などではないという、ある種の荘厳な雰囲気を持っている。

「…なんか、この部屋寒くないか?」

「それに乾燥してるなぁ!おい、美術品を保管しとくにはあんま良い環境とは言えねぇだろ?」


ゴロツキの言葉など耳に入らなくなるぐらい、老人は目の前の品に心を奪われていた。

「ほ、本物だとは思いますが…今、店主を起こしてきます。この店一番の鑑定人なので」

「ああすまんね、この時間帯だ、出直そうか?」

「いえ、しばらくお待ちください」


そう言って布の奥へ消えていった。

悪党のひとりが成仏できぬ水筒を指でつつく。

「へっ、売れたらさっさと投資に回さないとなぁ?買い叩かれなければいいが」

「…嫌な予感がする。こういう品は、ある程度市場に出回っている方が価値がわかりやすくてパッと売れるんだ。あまりにレアだと…まあ、この場合はレアじゃなくてエピックとかレジェンダリーって枠だと思うが、つまり…」

「シンプルに高値で売れないって事か?」

「可能性はゼロじゃねぇ。こっちが1億ゴールドだと言い張っても、向こうが100万ゴールドだって言えばそれまでだ」

「嘘だろぉ~~~!?!?!?世界にひとつの伝説の呪われたアイテムが100万な訳が………いや…可能性はあるな」

「高く買い取ってくれる店を探してウロウロするのもめんどくせぇし…クソっ!どうすりゃいいんだ!」


2人が顔を赤くしたり青くしたりしているうちに、奥から老婆が水の入ったグラスを持ってやって来た。

慎重に成仏できぬ水筒を持ち上げ、水筒に水を垂らす。

筒の片側に入れた水が…反対側から出てこない。

「おおっ、どういう魔法だ?」

「…これは恐ろしい品です。水源に投げ込めば、その水場を枯らしてしまうでしょう…このアイテムひとつで静かに国を亡ぼすことが出来るのです。安全に保管できる人の手に渡さなければなりません」

「倫理的な話はさて置き!鑑定の結果は?本物だろうな?!」

「ええ、間違いなく本物です。音楽会でユージェニー様とレジナルド様が友人関係になり、王城に直接、招かれたとお聞きしましたが…思慮深い彼女はこのアイテムを王族の手に任せ、絶対に一般人の触れられない場所で保管してほしいと望んだのでしょう。その成仏できぬ水筒が…この手に…!この手に…!!!!」

「別に来歴はどうでもいいんだ、いくらになる?」

「どうでも良くはありません。私たちの年代の女性にとって、ユージェニー様は憧れの存在でした。特に彼女が隠居してからの生活は優雅そのもので…」

「いくらになるのかを聞いてるんだ!」

「………値段ですか…」


ゴクリと息を呑む。

「1000万ゴールドでどうでしょう」

「~~~~~~~~~~っっっっ!!!!!!!!」


2人は喜んで叫び回りたい気持ちを抑える。

「もう一声!」

「1100万ゴールドでどうでしょう」

「もう一声!」

「1110万ゴールドでどうでしょう」

「もう一声!」

「1111万ゴールドでどうでしょう」

「それは本当に一声すぎるなぁ…まあいいか!」

「現物で?」

「バカな、そんな大金は物理的に持ち歩けねぇだろ!!口座に振り込んでくれ!」


アリディンバリスのローカル銀行にとんでもない額のゴールドが入金された。

桁が増えたスクロールを持ちながら、浮足立って地面から数ミリ浮きながら帰る。

帰るといっても、目指す場所はスグム川の開発をしている領地だ。


――――――――――


朝。

支度を手伝いに部屋に来たビルをレジナルドは輝く顔で見つめた。

「いつもに増して油っぽいですねレジナルド様」

「違う!輝いているのは目だ!夢で貴族から通信があったんだぞ、凄いだろう!」

「えっ!?あ、アリディンバリスのご貴族でしょうか…?ちょっと報告させていただきますね」

「そうじゃない!本当にお前はスニッチ気質だな?ほら、夜会でユニークスキルを持った貴族を外に連れ出して落ち着かせたって話しをしただろ。その礼を言いに、俺の夢に入ってきてくれたんだ!っていうかチクり魔め!!」

「へえ~ロマンティックじゃないですかぁ~~~」

「肘で小突くな!いやしくも王族だぞ!!」

「卑しいんですか?」

「それは誤字で、”仮にも、柄ではないが”という意味がある”いやしくも”という字が当てられるのだ」

「なら、王族の柄じゃないって事ですか?」

「それはまあそう」

「ならタメぐちでいいよね?」

「いいわけないだろ????」


――――――――――


ユニークスキルの凄さが理解できないビルとは違い、マシューは素直に感心してくれた。

「へえ!夢への進入とはオシャレですね」

「手紙を書くことも直接会う事も禁じられているとすれば、取れる方法はこれしかなかったのだろう。まあ…モグラを見て太り過ぎのネコか犬と勘違いされているうちに通信が終わってしまったが…」

「ブフッ」

「コーヒーを吹くな!」

「落ち着いてお話はできましたか?もっとも、町人とすら勝手に親交を深めてはいけないわけですから、貴族と親密な関係になる事はご法度ですが」

「30秒しか夢を見せられないこと、そして会話が一方通行で終わったことでその懸念は払拭されるだろう。確か、いとこの能力だと言っていたな。まったく、そんな素晴らしいユニークスキルがあれば為政者としては完璧だ。羨ましいな」

「ええ、離れていても夢で直接指示を出せるなんて、正に”夢のよう”です。手紙を送ったり使者を向かわせなくてもいいのですから。領地を束ねる領主としては、未だかつてない最高のスキルかも知れ………ちょっと待ってください、30秒?たったの?」

「確かに短いが、必要な事をギュっとまとめたら何とかなる時間だな。もちろん、他人のペットに食べさせ過ぎは虐待とか言い出さなければの話だが!!!!」


なんだかんだ根に持っているレジナルドの隣で、当人であるモグラはラージ・カマドウマの輪切りをモッチャモッチャと食べている。

「…30秒は短すぎますね」


マシューは少なくなったコーヒーを啜りながら、悪い予感を抱いていた。


――――――――――


午後。

町から馬車が戻り、使用人たちがゾロゾロ降りてくる。

荷物を降ろす仕事のさなか、マシューは2階の窓から馬車の到着を知り、降りてきて責任者を探す。

「新聞は?」

「座席の下です。お忙しい中恐縮ですが、読み終わった後は…」

「もちろん使用人のダイニングルームへ置いておきますよ、ありがとう!」


マシューは被せ気味に断りを入れて、服の中に新聞を隠して自室に上がった。

幸いレジナルドとはすれ違わなかったが、新聞を見せてはいけないことになっているので一応気を使っている。

「………ああ、やはり新聞記事になりますか」


”隣国、アリディンバリスからの人質 第二王子レジナルド様 舞踏会で騒ぎを収束させる”という見出しが躍っている。

朝に感じた悪い予感は当たったというわけだ。

「(夜会に記者が招かれていたとは思えないから、貴族の誰かが漏らしたのだろうが…)」


記事の内容は大げさにレジナルドの活躍を褒め称えるわけでなく、かといって不当に悪い印象へと貶めるわけでもなく、事実が淡々と書かれた良心的なものだった。

「(よかった。”収束させる”という書き方が妙だな。レジナルド様が手を出さなくても、兵士もしくは魔法が得意な王室近衛、あるいは貴族の中から誰かが出てきて、お止めになられたはずだ。これを”大活躍”のようなニュアンスで書けば、舞踏会で出揃っていた国家運営側が無能だという印象を与えてしまう。逆に、”しゃしゃり出る”のようなニュアンスがあっても、アリディンバリス側の人間は問題視するだろうし。バランス感覚のある記者が取り上げてくれて助かった…)」


――――――――――


レジナルドは本を読み終え、ライブラリからエントランスへ移動していた。

「どうだサイモン!作業は順調そうだな!」

「今、下に降りますよ!」


丁度使用人がお菓子と茶をレジナルドの部屋に運ぼうとしていたタイミングだった。

「今日はここで食べる、並べてくれ!」


ローテーブルが運ばれ、巨大な石を前に、作業をしていた使用人たちは休憩に入った。

「いつもお茶と小さいお菓子なのですが、レジナルド様がご一緒だと菓子が豪華になるんですね」

「たくさんカロリーを取れ!そうでないと動けないだろ?それにしても、下書きを描いた後は早いな!」

「まず不要な部分を削っています。そして肩に乗った聖獣のブタ、女神様の頭から始め、だんだん体の中央に彫り進めていこうかと」

「上を削って軽くするのは良いが、足元を薄くしたら倒れてしまうぞ?」

「その辺りは慎重にやっていくつもりです。まだ削り始めたばかりですので…。ところで明日、上級使者様がお茶にいらっしゃるそうではないですか」

「ああ、総出そうでで丘の草刈りをしてくれているのに、俺のわがままで石像を掘らせてすまんな?サイモン達も丘に行きたかっただろう?午前中の乗馬で様子を見に行ったが、丘の涼しさもさることながら下界に見えるウニ葡萄畑に秋の気配が感じられ…」

「そうではなくて!転生させ女神像を作っているという事を伝えてあるのですか?」

「安心しろ、その辺りは上手く言い訳する事になっている。そもそも信仰心にあついのは褒められこそすれ、叱られる筋合いなどは無いだろう?」

「それはおっしゃる通りですが…上級使者様はレジナルド様を嫌っていらっしゃるので、文句つけのとっかかりとして利用するかもしれませんよ?」

「嫌ってるってハッキリ言い過ぎだろ????」


――――――――――


アリディンバリスの王城。

侍従長のエイデンは、黄土色のラメ草がコーティングされた羽ペンを揺らしながら仕事をしている。

彼の隣にあるトランクが泣きながら懇願しているが、それの上には音を吸収する毛布が掛けられており、音は全く聞こえない。

「頼む…侍従長様…俺が持っている全てのゴールド、アイテム、何でも渡すし、何でもいう事を聞くからここから出してくれ…出してくれ…出してくれ…リストも渡す………」


何を言っているのかエイデンは知る必要が無かった。

レザートランクに閉じ込めておけば問題は後回しに出来る、そう思い込みたい一心で放置している。

また、問題は別の所にもあった。

使用人長コーラの言葉が、消したくても脳内に浮かび上がってくる。

「全ての発端はクリスティーナだったんです」

「詳しく教えてください」


エイデンは侍従長から、クリスティーナがメンズ設定カフェで金を使い込んでいる事。

彼女が仕事に行っている間に部屋に侵入し、手がかりを探すと、王城に住んでいる議員のサインが入った貴金属、同僚から盗んだと思われるアクセサリーが出てきた事実を聞いた。

そして…。

「初めは国王様に何もかも打ち明けるつもりでしたが、だんだんと怖くなってきたんです」


侍従長の言葉を、エイデンは必死でフォローした。

「私も怖いです。正直に告白すれば、我々の管理責任が問われるだけでなく、真面目にやって来た子たちがバカを見る事になるとは思いませんか?それに、彼女に脅されたり誘われたりして悪事に手を染めた使用人が居たとしても…そのひとりひとりが、王族に奉仕し、国を支える姿勢を示すために家から遣わされた大切な存在なんです。すべてを赤裸々にすることは不公平でしょう?」

「ええ、せっかくここまでまとめ上げてきた組織がボロボロになってしまいます。先輩方にも顔を向けられませんし…でも、一体どうすればいいのか…」

「内々に処理すればよいのです。私とあなたで」


――――――――――


「クリスティーナ・ワーグマン、よろしいですか?」


使用人長室に呼ばれた彼女は、使用人長コーラと、侍従長のエイデンの2人からスクロールを渡された。

そこには、”とあるの貴族の子女が城勤めを希望している。使用人はすでに大勢居るので、誰かに出て行ってもらわなければならない。最も献身的に働いたクリスティーナをいわゆる年季明けという形で解雇したい”と書かれていた。

「え…これって…????」


使用人長は作り笑顔すらせずに言い放った。

「嬉しいでしょう?荷物をまとめて出て行きなさい。ワーグマン領の方角へ向かう馬車は毎日出ているのだから、平地続きでも2週間以内に到着できるはずです。私に手伝えることがあったら何でも言いなさい」

「え…え…あっ…」

「これは退職金」


ホワイトに染められた皮のバッグに、ずっしりとゴールドが入っている。

間を開けずに、エイデンが冷たい口調で退室を促した。

「同じ文章が書かれたスクロールを使者に渡したので、一足先にご領地の領主様に届けられる事でしょう。兵士をひとり付けます。領主への謁見をもって任を解くこととし、それまであなたの傍から離れる事はありません」


どんなに鈍い人間でも、悪事がバレたと気付く扱いだ。

クリスティーナの体温がひゅーーーっっと下がる。

「あ、ああ…お、お許しを!」

「なりません、何も考えず、故郷へお戻りなさい!」


女性の兵士が無言のままクリスティーナに近づく。

彼女の服の後ろを掴み、強引に部屋から出した。


――――――――――


クリスティーナは失意のまま、兵士と共に使用人の宿舎へ戻る。

入り口で友人とすれ違う。

「あれっ、この時間ってシフトじゃ………え…?」


同僚たちはクリスティーナの後ろを付いて歩く兵士を見て、言葉を失った。

「ど、どういう事?」

「何があったの?」

少し目を泳がせながら答える。

「退職することになったから。今までありがとう、荷物をまとめなきゃならないから…またね」


自分の部屋に駆け込んだクリスティーナは、勝手に戸を開けた兵士に驚く。

「な、なに許可無く部屋にまで入ってきてるの!?」

「絶対に目を離すなとのご命令なので。ちなみに、私はあなたが”何をしたのか”知らされていますので、お早くご準備ください」

「…………………っ!!!!」


クリスティーナは震えながらトランクを取り出した。

「!?!?!?!?」


充分に想像できたことだが、ご自慢の”コレクション”は消えていた。

「あ…ああ…………………」


振り替えると兵士はハァという表情で目玉を動かした。

「部屋の外で待機して欲しいなんて言わないでくださいね?あなたから目を離さないのも私の任務のうちなんです」

「わ、わかってるっ…わかってるって!!黙っててよ!!!!」


クリスティーナは考える。

彼女にとっての問題は盗みがバレた事よりも、王都から離れなければならない事だった。

メンズ設定カフェで推しているキャストとやっと仲良くなれて、最近は家にまで招いてもらえたのだ。

「(も、もう少しで恋人になれるのに…)」


今付き合っている女性と円満に別れるから解決金が欲しい、今住んでいる場所は狭すぎるから引っ越しのための資金が必要だ、と、言われるままにゴールドを渡してきた。

「(絶対に諦めたくない…絶対に…)」


思考中のクリスティーナを、兵士が邪魔する。

「あのぉ~、ご自身の立場、わかっていらっしゃいます?投獄どころか即死刑でもおかしくないんですよ?第二王子様のお部屋から絵画やオブジェを盗まれたんですよね?そんなの斬首じゃ足らずに、あなたを王城での奉公に推薦した領主の責任問題になるレベルの話なんですよ?さっさと荷造りして、王城から立ち去りませんと」

「は?絵画は盗んだけどオブジェなんて知らないし。とにかく…一泊したい…」

「はぁ?」

「この部屋ともお別れじゃない?一泊だけしたいの!」

「どうせ夜中に抜け出してメンズ設定カフェの男に会いに行くつもりなんでしょう?」

「な、なんでそんな事まで知ってるの!?!?!?!?!?!?」

「全部わかってるんですよ。臣下の皆さまのゴールドや貴重品を盗んだりしたのもクリスティーナさんでしょう?」

「…私だけじゃないけど」

「順にこうやって追い出されますよ。初めがあなた。さぁ、荷造りをお手伝いしましょう」

「あ、あんな田舎に帰るぐらいなら、死んだほうがマシ!」

「死なれては困ります。雇っている側の責任になりますからね」

「じゃあ私をここで働かせて!」

「本当に頭が弱いんですね、別に、一度帰って体勢を立て直してから王都に来ればいいじゃないですか」

「…えっ?」

「名誉の年季明けで帰って、退職金を家族に渡してから、また王都に来ればいいんですよ。私も貴族の娘ですが、最近の貴族は昔と違います。親族を重要施設に就職させてガチガチに固めたりせず、自由に生きればいいという親も多いでしょう?クリスティーナさんが王都で働いて仕送りするとでも言えば、また送り出してくれるはずです」

「!!!!!!!!!!!!!!!」


彼女にとっては天と地がひっくり返る様なアイディアだった。

「て、手紙だけ書かせて…お願い…」

「いいですよ~さっさと済ませて、荷造りしましょうね?」


手早く羽ペンにインクを浸み込ませ、”退職して一旦領地に戻るけど、すぐに戻って来ます。同棲する備をしておいてね”と短く便せんに残した。


――――――――――


夕方。

カントリーハウスに使者があらためて手紙を運んできた。

新聞の切り抜きも入っている。

「”貝を求める数学者 網の入り江で行方不明”とあるな。いや、数学者なら解を求めとけ?」

「網の入り江はトーラティカでも1、2位を争う有名な観光地です。ご存じありませんなら、私が持っている観光名所ガイドブックを差し上げますよ」


マシューは美しい風景画がたくさん載っているガイドブックをレジナルドに手渡した。

「おおっ!貰ってもいいのか?ライブラリで保管するとしよう」

「網の入り江は避寒地として有名な場所で、そちらにも国が運営するカントリーハウスがあります。カントリーハウスという名称になってはいますが、まさに城らしい城とった趣が素晴らしくて!荘厳な建築で王城に勝るとも劣りませんよ」


その話を聞いてレジナルドはシュンとなる。

「ああ…アリディンバリスにも、砂漠のゾーフ国境沿いって場所にデカい屋敷があるんだ。王族だけでなく貴族や市民もゴールドさえ払えば自由に泊まれるんだが………冬になれば、希望する親族一同そこへ行って新年を迎えるのに…今年は…」


マシューも眉を下げた。

「思い出させてしまって申し訳ございません」

「いや、いいんだ。この屋敷は冬でも避寒地へ行きたくならないぐらい温かいよな?」

「寒くて凍える思いをすると聞きました。小丘の上なので…」

「酷い話だ!!」


嘆きながらも、レジナルドは手紙の封を適当に開ける。

「なんてことは無い、明日の確認だ。昼過ぎに来ると」

「そういえば、午前中は乗馬をお休みになられますか?今日、セーラさんが居る間に相談すればよかったですね」

「ハッ!上級使者様のために日課の乗馬をキャンセルするなんて絶対に嫌だ。よっぽどの用事が無い限りは続けるぞ!」


――――――――――


アリディンバリスの王城に美術商の家族が来ていた。

名の通った屋号だったので、最初はセールスの一環だろうと思い、適当に貴族のひとりが対応する。

だが予想外の”話題”を持ってきた。

午後には議会で取り上げられ、夜には国王が直接会う事となった。

「で、その呪われたアイテムとは?」


老女が輝く布に包まれた”成仏できぬ水筒”をかかげた。

「ユージェニー・ムーア様が所有されていた呪われたアイテムです。使い方によっては、一国を亡ぼすことができます」


カーペットの横にずらっと立っている大臣たちが緊張から手をギュッと握った。

このアイテムの来歴を彼女が国王に説明し、最後に付け加える。

「…つまり、ユージェニー様はこうお考えになられたのではないでしょうか。王族であり、風変わりなコレクションを持つことで有名な好事家のレジナルド様なら、このアイテムを安全に、永遠に保管してくださる、と。危険度では他の呪われたアイテムの比ではありません。それを、世界で最も安全なセキュリティを誇る王城で守ってもらえる、そう思い、お渡しになられたのだと…」


国王は手で目を覆った。

「まったく、あいつは厄介ごとを持ち込むことにかけては誰よりも…」

「厄介ごと!?国王様、上申失礼いたします。国境領のムーア家は一族での揉め事も多く、屋敷にこの”成仏できぬ水筒”を保管しておくのは良くないとご判断されたのではないでしょうか。そこでレジナルド様、つまり王族に託されたわけです。誰もが毒ヘビのように忌み嫌う呪われたアイテムを収集し、管理してくださっていたレジナルド様に対して、そのような認識だったとは!」

「失礼な美術商だな、ちょっとばかし絵画やオブジェに対して知識があるだけで一国の王と対等に話すことが出来ると勘違いをしているようだ!兵士、そのアイテムを受け取れ!」


さすがに兵士は手を出さず、国王の従者が先に動いて商人の女性の手からアイテムを受け取った。

不機嫌な父親の無礼を慌てて隠すように、第一王子のブレンダンが老女に近づく。

「感謝の意を表し、もてなしたい。控室へ案内させよう。夕食の予定は無いよな?あってもキャンセルしろ」


――――――――――


食事と酒を出し、ブレンダンは先程の国王の態度を詫びた。

そして。

「隠せる事ではない、正直に言おう。それは第二王子の部屋から盗まれたものだ」


商人達は頷いた。

「決して口外いたしません」

「感謝する!それにしてもその態度、勉強になる。美術商として名前は聞いていたが、まだ王城への出入りは無いそうだな?」

「地方にお住いの貴族様方や商人のみなさまのおかげで商売が成り立っております。なにせ後発で歴史の浅い屋号ですから、王族のみなさまへのお目通りなどまだまだの小さな店で…」

「はは、実際そうなのだろう。しかし、今後は違ってくるだろうな。買取りと、買い取り品の販売で稼いでいるのか?」

「買取りもしておりますが、やはり自前の商品を作ることに注力しております。特に絵描きの育成には力を入れており、作家性を高めて、肖像画や風景画だけでなく…」

「いやいや、確かな商売人だ。何より国の危機を助けてくれたしな。で、どうやって入手したのかについてだが」


商人は悲し気な顔をした。

「この商品はアリディンバリス語が不自由な者から買い取りました。残念ながら、物々交換だったのでゴールドの移動では追いかけられないでしょう」

「何と交換したのだ?」

「店にあった細々としたものです。ソウル・エッセンス、減らないロープ、髪が絡まるヘアブラシ、崖から落ち続けるクマを閉じ込めたドーム…」

「それは大変だったな、合わせていくらになる?補償したうえで、褒美も与えよう」

「寛大なお心、誠に感謝いたします。5000万ゴールド程の品と交換いたしました」


ブレンダンは無言で、茶をゆっくりとすすってから、あらためて吹いた。


――――――――――


「見てみろモグラ!ツタの連絡橋という場所があるそうだ」


ライブラリに置くという言葉とは裏腹に、レジナルドはベッドで観光名所ガイドブックを広げていた。

となりでだらしなく寝そべるモグラも鼻をヒクヒク動かして、本を読んでいるフリをしている。

「ツタの連絡橋…なんて魅力的な響きなんだ。他にも、木で作られた巨大なジャッカロープの戦車、水晶発掘体験カルチャーパーク、ウェンディゴと水グマの掛け合い発祥の地…なんだこれは?」


もう就寝する時間だというのに、レジナルドはパジャマのままハインリヒの部屋に来た。

扉をノックすると入゛っ゛て゛く゛だ゛さ゛い゛と声が聞こえたので、ドアを開けて中に入る。

「グゥゥぅ~~っ!!!フゥーーーーッッッ!!!!」

「…何をしているんだ?」

「じ、自重トレーニングです。投獄されている時に日課になって、今も筋トレしないと落ち着いて寝られないんですよ」

「アンダーパンツ1枚で自重トレーニングをする執事を見てしまった俺は逆に安眠できそうにないが…ちょっと質問があるんだ。このガイドブックに載っている”ウェンディゴと水グマの掛け合い発祥の地”って何だ?」

「ハァ…ハァ…ああ、トーラティカでは定番のジョークの型があるんです。まあ、レジナルド様に伝わるかどうかは…」

「舐めるな!毎日、言語学習に励んでいる身なんだぞ、教えろ!」

「では。えー、ゴホンゴホン。水グマは言った。”食べたもので体は作られる。だから私は、ジャッカロープを食べない。臆病になるのは嫌なんだ” ウェンディゴはたずねた。”なぜ、サケは食べるのか?”水グマは答えた。”サケは力強く川を遡上する生き物で、私も力強くありたいから食べる” ウェンディゴはたずねた。”何を思って朝食にチーズトーストを食べたんだ?”」

「ぜんぜんわからん!!!!!!!!!!!!何の何の何??????????」

「これはですねぇ~、ネイティブ話者じゃないと判らないタイプのジョークですから…」

「説明しろ!」

「レジナルド様、いいですか。ジョークを説明するというのは最低最悪の行為なんですよ」

「わからんでもないが、凄く嫌なんだ、ムズムズするだろ、こう…頼む…!」

「頼まれましても。無理です」

「ウォーッ!!!!バカ!」


レジナルドは飛び出していき、部屋にはアンダーパンツ一枚で立ち尽くす汗だくの執事が残された。

その晩、レジナルドはひざを抱えて眠る。

「食べたら、と、食べられる、の…いや違うな、もしかして韻を…踏んで…無いなぁ…?シンプルにウェンディゴと水グマが話しているのが面白い、みたいなシチュエーション・ジョークなのか?いや待て待て…派生のジョークがめちゃくちゃ面白くて、その土台というか、シンプルなバージョンという話なのか…?????」

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