人質生活2日目
朝日がダイニングルームを照らす。
通訳いわく、どうやら今日は人に会わなくてはならないらしい。
「ああ、監視係か」
「そのような呼び方は…」
通訳は慌てて否定した。
「確かに王城から上級使者様が参りますが、目的はレジナルド様への挨拶だそうです」
「…通訳、お前も同席するんだろうな?俺はトーラティカ語をまだ話せないぞ?」
「ご安心ください。日常会話レベルなら、上級使者様もアリディンバリス語を使えるはずです」
「ふん、ご苦労な事だな。俺の様子を観察し、お前ら使用人に聞き取りをして、国王に報告するわけか」
「まあ…そのようなお仕事の方だと考えていただければ」
レジナルドは顔を上げる。
彼の中では、今までの人生で一番礼儀正しく振舞っている自信があった。
問題視されるような事は何もないだろうと考える。
「人質らしくしているさまを見せてやろうじゃないか」
――――――――――
レジナルドは3階の窓から外を見ていた。
ポータルから出た馬車が、なだらかな登り坂を駆け、門をくぐり、庭で動きを止めた。
予告通りに使者はやって来たが、使用人たちや執事と何か話しているのだろうか、誰もレジナルドを呼びに来ない。
「ふん、どうせ俺の態度を報告しているんだろう」
執事がレジナルドを呼びに来たので渋々1階へ降りて行った。
上級使者はうやうやしくレジナルドに挨拶する。
茶色の肌が美しい男性だ。
「アリディンバリスからトーラティカへようこそ、レジナルド第二王子様。僕は…」
「お前の名前なんてどうでもいい。俺の事はレジナルドと呼べ」
相手の自己紹介を遮る。
上級使者は低くていい声で返した。
「…じゃあレジナルド様。庭でも散歩しながら話そう」
そういえば庭に出るのは初めてだったな、とレジナルドは気付いた。
上級使者は尋ねる。
「まだ1日しか経ってないのにこんな質問をするのも何だけど、不足しているモノはない?」
「ない。充分すぎる程のもてなし、感謝すると国王様に伝えてくれ」
「じゃあ欲しいものはない?」
「ないと言っているだろう」
「うーん、そうじゃなくて。もうすぐ誕生日じゃない?」
「…人質の誕生日もきちんと祝ってくれるわけだな」
「世界スタンダードに合わせなくちゃいけないからね。レジナルド様が祝ってほしくないなら別だけど、おじ…せ、先王様もアリディンバリスでは誕生日を祝ってもらえるみたいだし、条件は揃えないと」
「不平等でいい」
「何もいらない?じゃあ食事だけは特別なものを用意させるよ」
「ああ」
「もし気が変わったら教えて」
使用人がガゼボにサービスワゴンで茶と菓子を運んでいる。
王城からの使者は自然な形で歩く向きを変え、ガゼボにレジナルドを誘導した。
2人は使用人が引いたチェアに座る。
レジナルドは茶を入れた使用人に、ぶっきらぼうながらも礼を言う。
茶菓子はフィナンシェだった。
好物だががっつくわけにはいかない。
一口かじって咀嚼しながらゆっくり数字をかぞえ、菓子を皿に置き、茶を飲む。
それを繰り返す。
マナー教師から教わった早食い防止のテクニックだ。
「この屋敷はどうだろう、不満はないかな」
「ない」
秒で即答されて、使者は噴き出すように笑った。
「ハハハ…そうか。この屋敷を気に入ってくれたら嬉しいんだ。敷地外へ出る時は許可が必要だけど…ごめんね。でも、敷地の中なら自由に暮らしてほしくて」
「わかった」
「馬は好きかな?」
「!」
「厩舎に数頭いるから。気晴らしに乗馬ぐらいなら…」
レジナルドの眉間にシワが寄った。
古今東西、世界には様々な王族がいるだろうが、馬に乗れない健康な男子はレジナルドぐらいなものだ。
「…俺は馬に乗れないんだ」
「大丈夫!この屋敷で管理されてる馬は軍用馬として訓練されている丈夫な馬だから、問題ないよ。甲冑だとか装備を合わせると結構な重さになるけど、それに耐えてきた馬しか置いてないんだ」
レジナルドは相手の襟元に掴みかかりたい気持ちを抑えた。
使者は、レジナルドが自分の体重を気にして乗馬を控えている…と思っているようだ。
「…そうじゃない、俺は、馬に乗る訓練をサボってきたから乗馬が出来ないんだ!移動する時はもっぱら馬車だし…」
「そ、そうなんだ、それはごめん…」
「………ああ、待ってくれ上級使者様。欲しいものが見つかったぞ!」
――――――――――
彼は使者ではない。
本当の使者を説得…というか無理を言って役割を譲ってもらい、使者を演じているトーラティカの王子、フィリップだ。
現国王は彼の母に当たる。
時は遡り、トーラティカの王城、会議室。
部屋には3人しかいない。
宰相が国王、そしてフィリップ王子の前で、人質としてやって来るレジナルドの人となりを報告する。
「第二王子レジナルド。身勝手な振る舞いをして、いつも喚いて暴れて従者を困らせている。ブラブラするのが大好きで、国の運営に関わる歴史も法律も学ばず、全ての勉強から逃げてきた。剣の鍛錬はおろそか、魔法の修得にも励まず、毎日贅沢な食事をダラダラ食べ、酒をたらふく飲み、昼過ぎまで眠る。夜には劇場で演劇や音楽を楽しみ、繁華街を我が物顔で歩いている。きらびやかな服や芸術品に金をじゃぶじゃぶ使い、絵画を飾る壁が足りなくなる程。身長180cm体重180kg。もうすぐ成人だが、彼を祝おうという貴族や臣下は誰もいない。父である国王は彼のことを見限り、妹たちからも嫌われている。唯一、長男で第一王子の兄だけがレジナルドの事を気にかけている」
間者からの報告は酷いものだった。
フィリップの口から本音が漏れる。
「こんなアホとおじい様が、人質として同等なわけがないでしょう」
彼の母である国王は首を振った。
「とはいえ、アリディンバリス国王の息子であることに間違いはない。最も近い親族を寄こしてくるわけで、拒否できる正当な理由も無い」
宰相も同意する。
「はい。元はこちらからの終戦提案、人質交換の申し出なわけです。むしろ、我々を下に見ず、実子を送られるという判断をしてくださった事に感謝をしなければ」
国王は頬を撫でた。
「…これで貴族どもと他国へのメンツは立つ?」
「充分でございます」
現国王の息子、そして先王の孫であるフィリップは気に食わなかった。
「おじいさまは英雄です…無駄な戦いを終わらせ、真に国家の利益になる国交修復への道を選んだのに、まさかその本人が人質としてアリディンバリスへ渡らなければならないなんて」
「それが一番丸く収まるの。こうすれば誰も文句は言えず、いとこたちや叔父たちと戦わずに私が王位を継げるでしょう?これは何年も前から計画していた事で、まだ子供だったあなたを蚊帳の外にしたのは悪かったと思っているけど…」
国王はフィリップの肩を慰めるように叩き、宰相と共に部屋を出た。
「………!!!!」
怒りと無力さに震える。
彼は尊敬する祖父を救う方法を考え、歴史書を読んだり、各国を回っていた商人と会って人質に関する情報を聞き出した。
その結果、あるアイディアに行きつく。
「…どうしようもないアホなら、人質には向かないはずだ。なにか事件を起こせばアリディンバリスに送り返せるだろう!」
どの国でも、人質はあくまで”一対一の交換”をするものだった。
「もし、愚かなレジナルドがやらかせばどうなる?アリディンバリスの顔が立たぬと、呼び戻す判断をするだろう…向こうに良識があればだが。もしそうなれば、一旦おじい様も戻ってくるはずだ!過去にもそのような事例がある!」
希望の光が見えた。
「まさか向こうは第一王子や娘たちを人質に出すことはできないだろう。親等を落とした親族を送らざる負えない…。とすると、元国王では身分が高すぎるから、別の人質にしてくれと提案してくる…!アリディンバリス側からの提案なら、おじいさまもお母さまも考え直すはず…!一度は人質として交換されたなら面目も保つことが出来るし、なんなら王位を狙う親族を代わりに送りつけてやることもできる!!!これだっっ!」
というわけで王子としての身分を隠し、使者として直接レジナルドに近づく計画を立てた。
本物の使者に頭を下げ、どうしても自分がその役割をやりたいと頼んだのだ。
レジナルドがアリディンバリスからトーラティカに来たその日。
自分でも早すぎるだろと思いながら、明日の午前中に屋敷に行くぞと先触れの使用人を出した。
期待が高まり、じっとしていられない。
彼の母国での粗暴ぶりを考慮すれば、すでに使用人の1人や2人、ケガをさせていてもおかしくなかった。
もしそうなら母である国王に問題提起し、彼の祖国であるアリディンバリスにも息子さんが醜態をさらしていますよと報告し、さっさとお帰りいただけるように仕向けるつもりだ。
そして今日。
屋敷に着いたフィリップは、ウキウキで執事や通訳に聞き取りをする。
「多少不機嫌ではありますが、それほど酷い振る舞いは見られませんね」
「…そうか」
「まだこちらに来られたばかりですし、ショックを受けていらっしゃるんでしょう。日が経てば落ち着かれるかと」
拍子抜けだ。
使用人にも話を聞くが、普通の貴族や王族と変わらないらしい。
今のところはネコを被っているようだった。
「(本人をイラつかせるように会話すればいい。運が良ければ私を殴ってくれるかもしれないしな!)」
追い出す気満々である。
だが実際に会話してみると、不機嫌さが先立って、暴れたり悪言を吐いたりはしない。
「(ま、国を背負ってきているわけだ。初めはそれなりの品位を見せるだろう。ただ、いつまで持つかな…?)」
予想とは違う部分もあった。
180kgと聞いて激デブを想像していたが、現物を見てみるとそこまでではない。
身長があるからだろうか。
フィリップは王城からの使者を装っているので、当たり障りのない会話を続ける。
自然な流れで馬に乗ることをすすめた。
脱走を図ってもらいたいからだ。
とにかく問題を起こせばいい。
人質として不適任だと周知させたかった。
が。
「…そうじゃない、俺は、馬に乗る訓練をサボってきたから乗馬が出来ないんだ!移動するときはもっぱら馬車だし…」
「そ、そうなんだ、それはごめん…」
馬に乗れない王族?!
フィリップは頭を抱えたい気持ちだった。
思った以上にポンコツの可能性がある。
「…ああ、待ってくれ使者様。欲しいものが見つかったぞ!」
「な、なんだろう?」
「乗馬の教師だ」
「!」
希望の光が見えた。
さっさと馬に乗れるようになって脱走をキメていただきたい。
「もちろん、最高のインストラクターを手配させてもらうよ!レッスンはさっそく明日から!どうかな?」




