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人質生活1日目

人生で初めて”食欲を無くす”という体験をした次の日の朝。

彼の体は重たかった。

「レジナルド様、おはようございます!」

ノックと共にドアを開け、アリディンバリスの言葉をかけてくる従者。

「ご気分はいかがですか?」

「…すぐれない、寝かせてくれ」

「わかりました。では、朝食はダイニングルームで取るのではなく、こちらへお運びいたしましょうか?」

「…」


レジナルドは数秒考え、体を起こした。

人質初日から不貞腐れていては、兄に向ける顔がないだろう。

「いや、やはり起きて食堂へ行く。身支度を」

「かしこまりました」


――――――――――


「…この食べ物の量は?」


前日の夜、食事を取らなかったので腹が空いているのは間違いない。

しかしそんなレジナルドでも引くほど大量の食事が用意されていた。

女性のシェフは答える。

「何がお好きか存じませんので、一通り作らせていただきました」

「犬を沢山飼っているのか?」

「?」

「残飯をやる動物でもいるのか!?」

「ああいえ、申し訳ありません…」


明らかに自分の体型を見て用意された食事でキレてしまう。

実際に大食漢の178kgなのだが、一応残っていたプライドが傷ついた。

「(バカにしやがって…!)」

レジナルドは人質になるまでの人生、好きなモノを、好きなタイミングで、好きな量、好きな作法で食べてきた。

ぎこちないが、3か月の間にマナー教育から学んだ王族らしいテーブルマナーで、なんとか食事に臨む。

使用人にパン籠からパン一切れと、オムレツ、野菜を蒸したものを取らせた。

「その肉のようなものは?」

「紫スライムの皮にジャッカロープの肉を詰めて蒸したものです」

「それでいい、取れ」

塩味があるソーセージ的な料理だ。

「…食事が口に合わなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだな。美味かったぞ!」

ナプキンを皿に投げつけ、レジナルドはダイニングルームを後にした。


――――――――――


朝日がシャンデリアの飾りに反射して部屋を照らす。

「昨日の荷物は?」


部屋に茶を持ってきた男性の使用人が、レジナルドを予備の部屋へと案内した。

木で出来たチェストボックスや、レザートランクが置かれている。

レジナルドがそれを開けると、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた服がマジシャンのばら撒くトランプのように飛び出てきて部屋中に降り積もった。

使用人は驚く。

「これは…!?」

「荷造り魔法だな」

「最高ですね!こんなにたくさんのモノをパッキングできるだなんて!!」

「俺が使えるわけじゃない。従者のユニークスキルなんだ」


ドレッシングルームを見にいくと、最初から服が数枚かかっていた。

トーラティカ側が用意してくれていた、レジナルドの体型でも着られるサイズの服だ。

「(ある程度の情報は伝わっていたのか…ならあの朝食も、俺が大食いだと漏れ伝わっていたんだろう…)」


それほど大切ではない骨董品や工芸品を書斎に飾る。

最初から部屋に置いてある、いかにも備え付けという味気のない紙とペン、インクを見て思い出した。

「そうか、手紙を書かなくてはな」

最低でも月に一度は近況を報告する手紙を送れと言われている。

トーラティカの監視者が内容を確認するだろうから、くれぐれも悪口や失礼な文章は避け、王族らしい気品に溢れた文章を書くように、と教えられたのを思い出す。

ハァ、と短いため息をついた。

「到着の報告をしなければ。使者は常にこのカントリーハウスに滞在していると聞いたし、国境までは運んでくれるんだろう。他の荷物のついでだろうか?」

いつの間にか荷ほどきを手伝っていた通訳が答えた。

「レジナルド様が手紙をご家族に書かれたのなら、それだけで馬を走らせますよ」

「わざわざ手間をかけさせるものではない」

「…国王陛下や臣下、従者、そして何より市民の皆さまが心配されていらっしゃることでしょう。着いたとだけ、短い言葉でよいので、レジナルド様の筆跡で手紙を送られた方がよろしいかと」

レジナルドははハァーーーッと長いため息をついた。

相手に威圧感を与えるよくない振る舞いだと散々マナー教師にダメ出しされた癖だ。

「常識的に考えて、そうだな。それが人質の振る舞いというものなんだろ。生かされているという証拠を送らないとな?」


通訳は気まずそうな作り笑い浮かべた。


――――――――――


環境や境遇、敵と戦うことにはやる気が湧いてくるものだ。

しかし、自らの高慢さや愚かさと戦うのは…辛い。

「淡青の月の10日。トーラティカへ着きました。国王に挨拶できました。屋敷を案内してもらいました。通訳を付けてもらいました。食事が美味しいです………なんだこれは!?子供が書いた文か!?」

あまりの文章のしょぼさに、せっかく書いた手紙をビリビリに破いてしまった。

「クソっ!もっと季節がどうしたとか、こう、流暢に書けるだろう…普通!」

今まで演劇などで散々優雅な言葉遣いを見聞きしてきたにも関わらず…もっとも彼は王族なので、劇などで摂取していなくても、日々の生活で充分美しい言い回しに親しんでいるはずなのだが。

年齢と身分に応じた手紙を書けない自分に、レジナルドはうんざりした。

「仕方ない、手紙の書き出しのハウツーをまとめたものを送れと書くか…?いや、それを手紙で求めるのは恥ずかしすぎるな………チッ、通訳に聞くか」


――――――――――


レジナルドのしょうもない真意を知らない通訳は、瞳を輝かせた。

「トーラティカ語を学びたい!?それは素晴らしいですね!」

「ああ。ある程度の単語は学んできたが、やはりカタコトでしか喋れないからな。通訳と名乗るからには教師も兼任できるだろ?」

「私でよろしければ喜んでお手伝いさせていただきます!」

「しめしめ、じゃなかった、よしよし。そこでだ、言語を学ぶ第一歩として…トーラティカ語で手紙を書こうと思うんだが。短くていい。この内容を訳せるか?」

先程の手紙の内容を箇条書きにしたメモを見せる。

通訳はそれを見て、紙にサラサラと例文を書いていく。

「はい。ではまず季節の挨拶から始めましょう。我が国で一般的なものを。”雨の季節が過ぎ、じわりと暑さを感じる頃です。お父さまときょうだいの皆さまはいかがおすごしでしょうか…”」


レジナルドは通訳が書いた文字を、一生懸命真似して書く。

「文字が震えていらっしゃいますが、大丈夫ですか?」

「うん?普段は文字なんて書かないからな。これが俺の字だ」

「…で、ではよろしいですね。えー、”トーラティカとアリディンバリス、二国の繁栄を願いここに結びの文とさせていただきます”」


時候の挨拶と結びの挨拶を入れると、それなりに見える。

「おおっ!賢い感じがするな!!」

初めて自分の地位に沿ったレベルの手紙が書けてキャッキャしてしまう。

書斎でもう一度丁寧に書き直し、この手紙を送ってくれと使者に頼んだ。

使者は早速馬を走らせた。

レジナルドは屋敷から遠ざかっていく使者を、窓から見送る。


――――――――――


その日は昼食も夕食も、食卓テーブルを埋め尽くすように皿が出された。

王族らしく、わきまえた振る舞いをしなければならないので、以前のように(パン以外を)手掴みで食べることはできない。

肩が凝ると思いながらも、ナイフ、フォーク、スプーンを操り料理を少量ずつ口へ運ぶ。

「(スープの皿に口を付けられないのはもどかしいな…)」

半円のスープスプーンに自分の顔が映った。

真面目にマナーを守って食べるとゆっくりとしか食事が進まない。

腹半分で疲れ果ててしまった。

「もういい、充分だ。部屋に戻る」

シェフが使用人に目配せする。

使用人がバスケットに焼き菓子を乗せ始めた。

「今晩のデザートは腕によりをかけ作りましたので、もしよろしければお部屋で小腹が空いたときにかじっていただければと思います。お飲み物もご一緒にお届けしますよ」

「!」

シェフの言葉に飛び上がって喜びそうになるが、我慢だ。

「そ、そうか。気が利くな?」


――――――――――


大人しく振舞うのにもカロリーを使う。

自分の部屋に戻ったレジナルドは、あっという間にバスケットの中の焼き菓子を食べ尽くしてしまった。

使用人がティーポットからカップへ温かい茶を入れる。

「(飲み物とは茶と水か…さすがに初日から酒をねだるのはな。もう少し経てば自然と出すようになるか?)」

別の使用人が部屋のドアをノックした。

「バスタブにお湯を張りました。お休みになられる時の服はどういたしましょう」

「国からパジャマを持ってきている。ドレッシングルームに置いてあるぞ」

「ご用意いたします」


バスルームに行くと、ホットタブサイズの大きなバスタブに、あたたかい湯が入れてあった。

「(正直このサイズのバスタブはありがたい…!)」

タブに入るとレジナルドの体積分の水がザバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと流れ出る。

風呂から上がってパジャマに着替えた。

もう寝ると言って従者を払う。

「………足音は去ったな?」


3階のフロアが静かになったのを確認して、自室に運び入れさせたレザートランクをそっと開ける。

中にはアリディンバリスから持ってきた自慢のコレクションが入っていた。

30種類の木で作られた木組みの工芸品、枯草のクッション材に埋もれたガラス細工、フェニックスの羽で作られた小さなフェニックスのフィギュア。

「…どれも無事だな。よしよし…」

異国のポイズン暗黒ボアの革で作られた楽器、テンタクルグリーンの触手で編まれたカゴ、エア・タランチュラの糸と星粉で作られたタロットカード、円盤流れ星から削り出したフライングディスク。

宝物をひとしきり眺めたり、手で大事そうにさすった後、チェストボックスに入れ直してベッドの下に押し込めた。

「トーラティカのやつらに見せたらすぐに盗まれてしまうだろう。いや、モノの価値が分からなくて案外無事かもな?」


ふとテーブルを見ると、空だったバスケットにクッキーが補充されていた。

風呂に入っている間に補充されていたようだ。

「あいつら、俺を何だと思ってるんだ!?」

多分デブだと思っている。

期待に応えるように全部食べ、レジナルドはベッドへ入った。

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