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100日後に帰れない人質4

揺れる馬車の中。

今までやりたい放題、遊び惚けて来た人生を考える。

いつまでもこのまま過ごせると思っていたのだが…。

「この3か月、俺は今までサボってきた分を取り戻すように勉強したよな?」

従者は深く頭を下げる。

「そうです。歴史、マナー、そしてトーラティカの言語」

文法は同じ、使う文字も同じだが単語や発音がわずかに違う。

3か月では喋れるようにはならず、母国語でさえ適当に学んできたレジナルドにとっては頭痛の日々だった。

「ストレスで痩せて180kgから178kgになったんだぞ!朝だからと起こされて、夜は観劇にも行けずベッドで眠れと脅され…酒も控えるように言われて本当に辛かった。死んだほうがマシだとさえ思ったんだ!」

「レジナルド様が真面目に努力された分、国王様も見ないふりをしてチェストボックスを持たせてくれたではありませんか」


国同士で条件を同じにして人質を交換するのが通例だ。

が、従者もつけず体ひとつで人質として来るというトーラティカのやり方に流石に呆れたのか、父である国王はレジナルドに服や工芸品の入ったチェストを持たせたのだ。

従者は言葉を続ける。

「あちらの国内へ向けたパフォーマンスに付き合っていたらキリがありませんからね。ある程度の荷物を持たせてくださった事には感謝しなければなりません。しかし、従者のひとりも付けられないとは…前代未聞です。王族ですよ!?」

「体裁を整える必要があるからな。荷物はごまかせても、人はごまかせないだろう」

従者はため息をついた。

レジナルドも悪い気はせず、ニヤッとしながら尋ねる。

「俺から離れたくないか?」

「当然でしょう。上級使用人たるもの、主人のお傍をたとえ火の中水の中…命の限り、どこまでも仕えるのが使命です」

「そうか…お前は、”自分のような年季の入った従者ではなく、若い従者を付けろ”と言っていたが、誰かひとり連れていけるとしたら、俺はお前を選んでいたぞ」

「…レジナルド様!」


それは嫌です、と言えない従者は口で手を覆う。

山脈の頂上でポータルから馬車が出た。

レジナルドは窓の外を見る。

向かいに設置されているポータルから長い馬車列が出てきて、すぐにそれが交換される人質…トーラティカの前国王を乗せた馬車列だと気付く。

今すぐ窓から身を乗り出し、飛び降り、あの立派な馬の足に踏まれまくって死んでしまいたいと思ったが、痛いのはイヤだし、小さな窓からは身を乗り出せそうにないのでやめておいた。


――――――――――


”いいかレジナルド、腐るな”

兄の言葉が頭の中で響く。

トーラティカの王城へ着いたレジナルドは馬車から降ろされ、それなりの身分に見える臣下達に囲まれた。

笑顔で話しかけてくれてはいるが、聞き慣れない言葉だ。

脳がシャットダウンしそうになったその時。

「レジナルド様、ようこそお越しくださいました」

「!」

「私は通訳です。あなたの生活を補佐させていただきます」

「あ、ああ…アリディンバリス語が通じるとは、助かったぞ」

「まずは国王様の下へ参りましょう」

褐色肌の中年の通訳は、メガネを上げながら城内へと進む。

レジナルドは振り返った。

共に国境を越えて来た従者や馬車の御者、兵士たちとはここでお別れだ。

謁見した国王は女性でまだ若く、隣に並ぶ王配は美形すぎて眩しかった。

顔で夫を選んだのだろう。

レジナルドは練習してきた通りに堂々と振舞い、トーラティカの言葉で挨拶した。

「(10年…10年耐えるんだ)」


――――――――――


「ここです」


ポータルを2つ越えて馬車で案内された屋敷は、広々とした丘の中腹にある静かな場所に建っていた。

「…王城には住めないのか」

「申し訳ございません」

あんなに大きい城も見掛け倒しか、我が国はお前らの先王を王城に住まわせてやるのに、と悪態が口を突いて出そうになった。

が、ギュっと我慢をする。

第二王子としてワガママに振舞っていた頃は思ったことを何でも口にしていたが、今の境遇は人質だ。

3か月間、マナーの教師から耳にタコができる程繰り返された言葉を思い出す。

「(…発言が無ければ、失言もなし。雄弁は銀、沈黙は金。自分の口を制する者は知恵がある…)」


屋敷に入ると中を案内された。

通訳はバカ丁寧に、キッチンや1階にある使用人の部屋まで見せてくる。

出てきそうになる暴言を喉元までで押さえ、通訳の紹介に付き合う。

「彼女の名前は○○、清掃を担当しています」

「レジナルド様、お見知りおきを」

「ああ、よろしく頼むぞ…」

「彼の名前は○○、庭師です」

「レジナルド様、お会いできて光栄です」

「ああ、よろしく頼むぞ…」

「彼女の名前は○○…」


名前にモヤがかかっているようだと思った。

脳がメモリを使うことを拒否しているのだろう。

元々名前を覚える気などなかった。

そもそもアリディンバリスで暮らしていた頃も、従者の名前なんて覚えていなかったのだから。

「(いつも傍に付いていた…ここまで馬車で共に来てくれた従者、あいつの名前は何だったんだ…?)」


――――――――――


「このフロアがレジナルド様の居住階となっております。3階全てをお使いください」

「…」

「レジナルド様?」

「あ、ああ」

「私のアリディンバリス語は聞き取りにくいでしょうか?」

「いや、馬車で長く移動して疲れているだけだ」

「お気遣いできずに申し訳ありません!簡単にお部屋の説明だけして、今日はもうお休みになられたほうが宜しいでしょうね」

「そうしてもらえると助かる」


バスルーム、ダイニングルーム、小さな応接間、書斎。寝室と続きのドレッシングルーム、それに空いている部屋が数室。

ざっと説明すると通訳は使用人を呼んだ。

空いている部屋にレジナルドの荷物が運び込まれる。

「お食事は?」

「今日はもう、茶だけでいい」

通訳は驚いた顔を見せた。

「…かしこまりました。私は一度王城へ戻り、無事にレジナルド様が屋敷に着いたと報告してまいります。従者は階下に待機しているので、用事がございましたら部屋に備え付けてある紐引きベルを鳴らしてください。ある程度アリディンバリスの言葉も練習しているので、紙に用事を書いていただければ通じるはずです」

「わかったから下がれ!」


通訳をシッシッと手の甲で追い払いながら、レジナルドは寝室へ引っ込んだ。

使用人が着替えや入浴を進めてきたが断り、ベッドに倒れてそのまま眠った。

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