100日後に帰れない人質3
ノリトID:2308186さん、誤字報告ありがとうございます!
自室に戻ったレジナルドはテーブルを蹴り倒した。
従者は壁際に立ち、それを見ているだけだ。
レジナルドの身分は第二王子。
兄はもちろん第一王子だ。
賢く、臣下にも優しく接し、国民の事を思い、そして何より信念がある。
兄は次期国王になる身で、彼を人質として送るという判断は絶対にあり得ない。
レジナルドの下にいる2人の妹もまだ子供だが、勉学に励み、王族の使命を果たそうと一生懸命過ごしている。
2人の妹は父…国王からも可愛がられており、彼女たちを人質として送る理由も無いだろう。
親等が少しだけ離れた、父のきょうだいや、その子供のいとこ達も同じだ。
さらに先代の国王のきょうだいである大叔父、大叔母や子供も選択肢には入らない。
トーラティカが前国王を人質として送るなら、アリディンバリスも相応の格の王族を送らねばならず、現国王の父、そして先代国王であった母が死去しているため、子供しか選択肢にないのは間違いなかった。
「俺しかいないだろ」
第二王子、レジナルド。
ブラブラするのが大好きで、国の運営に関わる歴史も法律も学ばず、全ての勉強から逃げてきた。
剣の鍛錬もおろそか、魔法の修得にも励まず、毎日贅沢な食事をダラダラ食べ酒をたらふく飲み、昼過ぎまで眠る。
夜には劇場で演劇や音楽を楽しみ、お気に入りの演者や演奏家、作曲家にパトロンぶって金を渡す。
きらびやかな服や貴族向けの芸術品に金をじゃぶじゃぶ使い、絵画を飾る壁が足りなくなる程だ。
身長180cm体重180kg。
もうすぐ成人だが、彼を祝おうという貴族や臣下は誰もいない。
父である国王も彼のことを見限っていた。
妹たちも教師から”2番目のお兄さまのようになってはいけませんよ”と毎日聞かされているので、当然嫌っている。
唯一、兄だけがレジナルドの事を気にかけているようだったが、この状況下では無力だった。
レジナルドは怒鳴った。
「…俺が何をしたって言うんだ?絶対に…絶対に人質なんかになりたくないぞ!」
怒りがこみあげてきて家具に当たり散らす。
それでも残っている理性で貴重な骨董品や金をかけて作らせた工芸品は触らない。
従者も力なく呟いた。
「レジナルド様…せめて、従者をお連れください。私のような年季の入った従者ではなく、若い従者を付けていけば、寂しい人質生活でも話し相手ぐらいにはなるでしょう」
「そうだな…トーラティカは言葉も違うし…」
「身の回りの調度品も持っていけるはずです。すべてを持ち出すのは不可能でしょうが、宝石のようにどの国でも買えるモノは置いていき、大切なお気に入りの芸術品を持っていけばよろしいかと。眺めるだけでも気晴らしになりますよ」
「…服も持っていけるか?」
「それは当然でしょう!人質は条件を合わせて交換するのが通例らしいのですが、向こうはトーラティカの元国王です。さすがに従者も多く連れ、みすぼらしい荷物の量では来ないでしょうからね」
「そうか、それならまだ希望はあるな…!」
――――――――――
後日、レジナルドは絶望の底にいた。
トーラティカの使者たちと人質交換の細かい話し合いがあったそうなのだが…。
「従者をひとりも付けない?正気か?」
いつもはレジナルドにそっけなく接している大臣も、同情を隠さない。
「正気ではないでしょう。元国王は罰を受けるという意味を込めて我が国に来るのです。わざとその身一つで暮らすことで、あちらの国内へ向けてアピールなさるおつもりかと。勝手に戦争を終わらせた事へ不満を抱く貴族の溜飲を下げるために…」
「向こうの事は向こうで解決しろ!俺はトーラティカの言葉を喋れないんだぞ!」
タイミングよく部屋のドアが開かれる。
授業をすっぽかしてばかりいたので何時からか見かけなくなった教師だ。
「レジナルド様。国王陛下から人質として最低限王族らしい振る舞いができるよう、言語とマナーの訓練をしろという命令が下りました」
「命令?命令だと?!」
いよいよ大切にしていた陶磁器の壺に手を付け、落として叩き割ろうとしたが…モノへの愛情ゆえに出来なかった。
――――――――――
その日の夜。
兄がレジナルドの部屋を訪れた。
人を払って部屋の中には2人きりだ。
第一王子は悲しそうに言った。
「私が代わりに行くと申し出たんだが…」
レジナルドは兄を睨みつけた。
「お兄さまが人質になれるわけがないだろ、次の国王だぞ!?妹たちもそうだ。あなたに何かあれば国王になるのは俺を抜かしてアデレートかイザベラだろう…それに亡くなったお母さまに似ている。お父さまにも国民にも愛されているし…何より、まだ子供だ。妹たちが犠牲になるぐらいなら、俺が人質になるしかない」
「もっと嫌がると思っていたのに、こんなに聞き分けがいいお前を見たのは久しぶりだ」
レジナルドは無言だ。
兄のブレンダンは弟の肩に手を置いた。
「…いいかレジナルド、腐るな」
「何だと?」
「トーラティカの前国王はもう70歳近いらしい。彼が死ねば、人質交換なんて白紙になるだろう」
「!」
秘密の企みの雰囲気を盛り上げるように、ランプの灯が揺らめいた。
空気が読める魔法道具だ。
「10年経てば80歳だ。そう長くはない、だろ?」
「…前国王が死ねば、俺は帰ってこられるのか?」
「安心しろ、死ぬ前に帰って来られる。病気になった時点で送り返したという前例が山ほどあるんだ。人質とは名ばかりで、実質、貴賓のようにもてなすからな。大切に扱わないとその国のまともさが疑われるわけだし、お前の暮らしも想像より悪くはないだろう」
「そ、それなら…!」
「わかってくれたか?残念ながらどの国も、親交のある所ほど政略結婚やら人質交換やらで忙しい…。和平を結び、不可侵条約を締結したばかりの二国は裏切りが発生しないように、人質を交換し続けることになるだろう。しかし人質のどちらかに問題が起これば、その際、相手側も一度祖国に帰るのが通例だ。だから、腐らずに待て。いいな?」
レジナルドは兄の真っすぐな視線を受け、ごくりと息を飲んだ。
「俺が帰ってきた後は、代わりにいとこや叔父さまや叔母さまが人質になるんだな?」
「それはそうだろう。向こうが国王に近い血縁を送ってきたとしても、しれっと大叔父さまを送ってやればいいんだ」
2人は笑い合った。
兄はレジナルドと肩を組む。
「いいか、腐るな。お前のためにもならない。気分のまま暴れたり、わがまま放題すれば向こうでの待遇が悪くなる。肩身の狭い思いをするのはレジナルド本人なんだ。それに間者も送り込まれている」
「国境を越えても俺の生活は筒抜けか?」
「そう思え。お父さまの心証を害すれば、お前が帰ってきても居場所はない。逆に人質として相応の振る舞いを見せれば、自由に暮らせる未来が待っている。今のように臣下たちに咎められることもなくなり、むしろ称賛されるようになるだろう。辛いだろうが”期限付き”だ。どうか耐えてくれ、頼む」
10年。
レジナルドは心の中で10年と反芻した。




