人質生活55日目
前日の午後7時、アリディンバリスの王城。
城内がざわつき、みな音の出どころを探してキョロキョロしている。
分厚い扉の向こうにも聞こえたのか、侍女や従者まで飛び出してくる始末だ。
「クソっ!!!!何だこれ、どうなってやがる…!!!!」
使用人出入口と、キッチン・洗濯場側のサービスヤードには兵士や使用人が集まりつつあり、そこを避けるとウォルターが出られる場所は、唯一正門だけだった。
転がるように階段を駆け下りる。
エントランスの先にある正門では、見張りの同僚兵士が非常事態のマニュアルに沿って、扉にかんぬきをかけているところだった。
かんぬきといっても、ただの木の棒ではない。
人の出入りがすぐわかるようにカランコロンと鳴る鈴がついたもので、ウォルターが外そうとすればすぐにバレてしまうだろう。
「クソっ、万事休すか…!?部屋の前を守るヤツら以外にも賄賂を約束しておけばよかった…!!!クソクソクソっッッッッ…………………………!!!!!!!!!!!」
エントランスの中央には花を飾る巨大な場所があり、一旦そこへ移動した。
隠れていると階段の上から声がする。
「おい!門を閉めたんなら、お前らは他の出口に応援に行ってくれ!」
「わかった!」
「異音は上階から聞こえたぞ!?大丈夫なのか?」
「ああ、誰かが誤作動させた警報音だろうとは思うが、一応原因をはっきりさせなくちゃな」
「しょうがない、移動するぞ!裏門を閉めるわけにはいかないからな」
二手に分かれて移動する兵士たちは、ウォルターが隠れている場所スレスレを横切り、そのまま廊下の向こうへ消えていった。
「クソっ!!!!マズい、俺のシフトは終わってるし、買収しておいたのは使用人出入口のボブとカールだけだ…!!!!」
警備の兵士は一斉に交代時間になるので、そのタイミングで出て行かなければ不自然なのだ。
もちろん長時間の雑談などは禁止されているので、なぜさっさと出て行かなかったんだ?と聞かれればまた心拍数が上昇してしまうだろう。
「(こ、この忌々しい魔法道具っ!!俺の鼓動と同調してるのか…!?!?)」
奉仕のために地方から来ているとはいえ、ウォルターだって貴族なのだ。
魔法の素養があり、胸に仕舞われているガラクタからエンチャントされた気配を感じ取れる。
もう逃げられない!と諦めかけたウォルターだが、壁に飾られていた…いや、床に崩れて落ちていた”主人を守ることのなかった甲冑”が目に入った。
「(これしかねぇ!!!!!!!!!!!!!)」
人生で持ち上げた物の中でも5本の指に入ろうかという重量を我慢し、ヘルムを頭に装着する。
王城警備の兵士は体こそペラめの甲冑を装着していたが、頭はフリーだったのだ。
バケツをひっくり返したようなグレートヘルムを被ると、その重さに首が折れそうになる。
「(クソっ、たっぷりと時間をかけて第二王子の部屋を物色していたのは間違いだったな…今日は下見だけにして、翌日に素早く仕事を済ませるべきだった…)」
最悪のタイミングで上階から声が聞こえる。
「おい、正門前にも人を残しとけよ!!」
「(な………!?)」
階段から降りてきた兵士や使用人は動きを止めた。
「…おい、誰かいるぞ」
ウォルターの心拍数は再び急上昇する。
「あ、あれは”主人を守ることのなかった甲冑”じゃないですか!?」
ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!
「呪われた甲冑が急に動き出したのか!?おい、さっきの魔法使いを呼んでくれ!光魔法が使える人間を頼む!」
「うわっ、呪われたアイテムが立ち上がっている!!誰か!応援に来てくれ!」
ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!
「呪われたアイテムが動いているぞ!早く浄化を!!」
ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!
「下手に近づかないでください、呪われますよ!!」
「ならさっさと魔法で倒しましょうよ、気味が悪い!」
エントランスは吹き抜けになっているので、兵士たちは上階に向かって叫び出した。
「(ううっ…さっさとここを……出なくては………)」
ウォルターは背骨がミシミシと押しつぶされるのを感じながら、正門に刺さっているかんぬきをぬいた。
鈴の音がジャラジャラとうるさい。
「待て!呪われたアイテムに魔法をぶつけるのは危険だ!リフレクションがエンチャントされていたらどうする!!」
「ならさっさと近づいて切っちまおうぜ!」
「待てと言われたのが判らないのか!?甲冑は呪われたアイテムだ!!下手に手を出せば、この城ごと呪われるかもしれないぞ!!」
「レジナルド様はなんだってそんな厄介なモノを…!」
ウォルターはさっさと門から出る。
集まっている人間の中には追いかけようと近寄る者もいたが、彼は必死の演技で”寄るなぁぁあああ~~~~~~~!!!!門から出れば、この城に眠りの呪いをかけるぞぉぉおおおお~~~~~~~!!!!”と恐ろしい低音で脅した。
ウォルターは耳から血を流しながら門を出る。
食いしばっている歯が欠けるのを感じた。
「この扉をおぉお~~~~閉めろぉおお~~~~!!!!」
「く、クソっ…言われた通りにしよう!」
「眠りの呪いだって!?信じられないが…」
「さっさと閉めるぞ!!」
バケツをひっくり返したようなグレートヘルムの中で声は反響し、誰もウォルターが喋っているとは気付かない。
脅された兵士たちの手により、扉が完全に閉ざされる。
一瞬、エントランスはシンと静まり返るが、外からは
ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!
とけたたましいアラーム音が聞こえた。
一足遅くやって来た魔法使いが、どんなことが起こるかわからないから絶対に正門を開けるな!と大声を上げる。
それならばと、兵士たちは視線を交わして一番近い使用人の出入り口を目指した。
呪われた甲冑の動きはヨタヨタと遅く、遠回りしても退治できるだろうと踏んだからだ。
一方のウォルターは門の外にも大勢の兵士が居る事に気付き、慌てた。
光魔法が使える者はみなライトを最大出力で作り、辺りを照らしている。
「(ぐううっ…!袋のネズミか…!?)」
胸からハトを飛び出させながら、ウォルターはとにかく王城の外へ外へと歩いていく。
すると10人近くいた兵士たちはなぜか遠ざかっていった。
ありがたい、これが呪われたアイテムの効力かと思いつつ、ウォルターは歩みを進める。
堀の上にかかる橋まで来たその時、火魔法のアトモスフィアを感じた。
が、ヘルムは視界が悪く(というかスリットが入っているだけなので視界が悪いどころかほとんど死んでいる)首を回す事さえできない。
王城の3階、4階の窓から巨大な火球が飛んでくる。
魔法使いや貴族、兵士などの中で火魔法を使える者がファイアボールを作り、風魔法が使える者がそれを彼に向けて移動させる連係プレイだ。
ウォルターの視界が赤く、眩しくなり、ズドンと火球が直撃する。
地獄の大火のような巨大な炎柱が上がり、ヨタヨタ歩く呪われた甲冑は焼かれた。
城の皆は歓声を上げた。
あれは泥棒じゃないか?いいや呪われた甲冑が動き出したらしいぞ、と声が聞こえる。
誰かが迂闊にも”やったか!?”と言ってしまった。
実際。
ウォルターは水魔法と回復魔法が使えたので、業火の中でも生き延びていた。
水魔法と回復魔法で自身の体が黒焦げにならないほう保護しつつ、炎の中で重いだけのヘルメットを脱ぎ、堀へ飛び込む。
水魔法を使い高速で堀を移動し、掘りの下流まで音を立てずに移動した。
「(不幸中の幸いだ!あのヘルメットを残しておけば、誰も人間がやったとは思わず”主人を守ることのなかった甲冑”が動いただけだと勘違いするに違いない!城中のヤツらを相手にして逃げ切れるとは思わなかった…俺の勝ちだな!!!!)」
業火の中で回復魔法を使い続け、城をぐるっと半周、水魔法で移動したので残りの魔力が少なくなってしまった。
そろそろ水堀から出たいところではあるが…。
「(堀の端には見張りの兵士がいるだろうし、顔を出すわけにはいかねぇ…)」
アリディンバリスの王城は自然の川を利用した流水の水堀なのだ。
彼は防水を諦め、体から水を遠ざけるために使っていた水魔法を解除した。
かわりに水中呼吸の魔法に切り替える。
策は残っていた。
かなりの騒ぎになったので、堀の排水の場所を見張っている兵士も正門へ呼ばれるだろうと考えたのだ。
「(全兵士に持ち場を離れるなって命令があれば一巻の終わりだけどな…まぁ、あのボンクラ隊長がそこまで機転の利いたことをするとは思えない。優秀な先輩たちは謎の任務でモルリヴァールへ行っちまったし…)」
その時。
彼の甲冑の胸に仕舞われていた”沈む浮き輪”が反応した。
空気が入っておらず畳まれた状態だったが、水を吸って沈みだしたのだ。
「(何っ…!?ぐっ、息が……!?!?!)」
ゴボゴボと音を立てて、肺にあったはずの酸素が全て外へ出ていく。
ウォルターもそれなりに魔力のある貴族だったが、魔力の残量が少ない状態で呪われたアイテムに勝てるわけがない。
沈む浮き輪はその名の通り、装着した人間を沈ませる…もっと正確に言えば、空気を押しのけるユニークスキルを持った人間が製作したアイテムだった。
このユニークスキルを自由自在に使いこなした貴族は食品を腐敗から守り、ポテトチップスを湿気から守り、さらには凶悪なドラゴンの襲来を遠ざけた英雄として歴史に名を残している。
(飛行モンスターは羽ばたきで空気を後方に押し出し反作用で前進するが、それが不可能になることで墜落したのではと現代では考えられている。一部の研究者は単にドラゴンが窒息した可能性を示唆するものの、今となっては好き勝手に想像するしかない)
「(ぐっ…水魔法を極めたオレが…!?水中呼吸を使えないだって…!?なぜ……………………)」
慌てて川から上がろうと手を伸ばしたその時、彼の指に激痛が走る。
尺取虫の動きでゆっくりと甲冑の中を移動していた”肉を目指す針”が、ようやく彼の指に到着したのだ。
申し訳程度に糸穴に通っている白い糸が水中で揺らめく。
「(ぐううぅぅぅっ!?!?)」
その一瞬の怯みが運命の分かれ道だった。
意識が途切れた彼の体はゆっくりと川下へ流されていく。
心拍数が急激に低下するのに反応し、胸からハトが飛び出して一生懸命アラートを鳴らした。
――――――――――
人質生活55日目
「何をしてらっしゃるのですか?」
朝食のテーブル。
レジナルドは貝殻にコップの水をかけていた。
「見ろマシュー!雨を呼ぶ笛はモンスターだったんだ!」
「はぁ…」
「ほらほら、水を吸収しているだろう?月に一度は使わないと故障すると言い伝えられていたが、水分不足で死んでいたワケだな」
「魔法を通じて話す事はできますか?」
「いや、無言だ。貝だから恥ずかしがり屋なんだろう」
「身を守るために体の一部を固くしているのが貝であって、別に他人と話したくないから殻に引きこもっているわけではないと思うのですが…」
使用人たちも興味津々だ。
ビルは”吹いてみてくださいよ!”とレジナルドにせがむ。
「そういえば、室内で雨を呼んだらどうなるんだ?」
「ちょっ!レジナルド様!!お待ちくださ………」
~~~♪~~♪~♪~~♪~~~♪ ~~~♪~~♪~♪~~♪~~~♪
マシューの制止むなしく、良い音が鳴り響く。
室内でも何の問題も無く雨が降った、が。
ダイニングルームがちょっとしたパニックになり、レジナルドは執事に怒られた。
モップ掛けを手伝う間も、奇妙な品へのうんちくは止まらない。
「この水は魔法で降らせているわけじゃないんだ。というか、水すらこの世界のものではない」
「どこから来ているんですか?」
「精霊とか妖精とか転生させ女神様の住む、管理者の世界から呼び寄せているらしい。それこそ、魔法無効のユニークスキルを持つ者の傍でも水を手に入れられるからな。重宝されているわけだ!」
――――――――――
「まったく、茶色い綿埃が死ぬところだった」
モグラの大怪我をセーラに話す。
「フフ、馬は結構いたずらをしますからね。ネコを唇でつついたりもしますよ」
「厩舎にネコは付きものだろうからイジメるようでは困るな?」
「いいえとんでもございません。いたずらの度合いではネコの方が悪質ですよ!馬の背中に飛び乗って驚かしたり、飼葉桶をベッドのように占領して馬の顔が近づけばネコパンチを食らわしたり、厩舎の主人のように振舞うんです」
「そんな感じなのか!ならネコと馬を離して、ネコは屋内で可愛がるというのはどうだ?」
「まさか。ネズミや厄介な鳥を追い払うために働いてもらいませんと」
「…セーラってビジネスライクが過ぎるよな?」
「オホホ。中型のモンスターを追い払うために犬も飼っております」
蹄の音が聞こえてくる。
一応敷地の中に居たほうが心証は良いだろうと考え、セーラとレジナルドは屋敷の門を慌ててくぐった。
ちょうど使者が丘を登って来る。
馬の首と馬の首が交差した。
「おはようございますレジナルド様、これを」
「うむ、いつもご苦労。上級使者様によろしくお伝え願いたい」
「…では」
使者は馬上で封筒を渡し、馬を蹴って発進させた。
そのままUターンして戻っていこうとする。
「ちょっと!水ぐらい飲ませてやったらどうですか!!」
セーラの言葉に使者は、結構!と言い放ち、そのままポータルを目指して下って行った。
「まったく、せっかちな男だ…いや、使者の仕事をしっかりこなしているとも言えるな?」
「手紙や小包は飛行型のモンスターで届ける事が多い中、きっちり人から人の手へ配送物をお渡しになられているわけですからね。馬の扱いはともかく、使者の仕事は律儀に果たしているかと…馬の扱いはともかく!!」
馬が首を下げるほど威圧感のある語調で、使者を非難する。
――――――――――
受け取った封筒の中には、上級使者からの手紙と新聞の切り抜きが入っていた。
「新聞の切り抜きは…”チョコレート沼が枯渇”とあるな。やれやれ、チョコレート沼は湧いたり枯れたり忙しいものだ」
「み、見せてください…!」
マシューは怖いものを恐る恐る見るように、レジナルドの手からゆっくりと手紙を受け取った。
「ああ!!!!知りませんでした!」
「まさか、お前の家が治める領地じゃないだろうな?」
「…」
「そうなのか…残念だったな」
「親族やキャサリンから手紙が来なかったことを考えると、私を悲しませたくなかったんでしょうね。新聞で知ることの方がよっぽどショックだっていうのに」
「思い入れの深い場所なのか?」
「ええ…三方を山に囲まれた場所に小さな避暑地があり、領地外からの観光客もかなり来るんです。そこに湧いているチョコレート沼だったので、近くにチョコレートドリンク小屋が建っていて。十代になってからは顔面に出来るニキビを気にして寄らなくなりましたが、本当に懐かしいです。幼き日の思い出ですよ」
「お前が小さい頃にはもうあったのなら、40年湧いていたのか。それは愛着もひとしおだろうな」
「ええ…湧カカオ出量が年々減り、池の底からジャッカロープの化石が出てくるぐらいでしたから…仕方のない事です」
「どうやってお前を励ましてやればいい?食べるか?」
「ストレスを食事で解消できる人の頭の中ってどうなってるんです?」
「励ましてやろうとしているのにその目はなんだ!肥満の人間を肥満の人間を見る目で見たら差別になるんだぞ!覚えておけ!」
「そうですね…いつもと変わらない過ごし方のほうが心理的にはありがたいです。慰められると余計に悲しくなるタイプなので…」
「わかった!ならこの後にトーラティカ語の勉強をしよう。でもその前に…」
レジナルドの手には上級使者からの手紙があった。
「ああ!これを読んだら今のマシューと変わらないぐらいダメージを負いそうだな?!」
「ショックを受ける出来事があっても、いつもと変わらない過ごし方の方が心理的負担を減らせますよ」
「そうかぁ~俺は食べてストレスを解消する派なんだが………その目はなんだ!!!!」
――――――――――
アリディンバリス。
昨日の大騒ぎはすぐに国王に報告され、第一王子の耳にも入る事となった。
「で、その”主人を守ることのなかった甲冑”はどうなったんだ?」
「はい!議員、大臣の皆さまや魔法使い達が協力してくださったおかげで、火球をぶつける事に成功しました!これをご覧ください」
「おお…なんとおぞましい!」
兵隊長の手には、黒く焼け焦げたグレートヘルムがあった。
「”主人を守ることのなかった甲冑”をぶち殺せたと思っております!」
「よくやった。やはり他国のように兵士にも魔法兵としての訓練をさせたほうがいいな」
「ええ、魔法使いと兵士を区別することなく育成し、国家と国民のために最強の国軍を目指すべきでしょう」
国王は満足して兵隊長を褒め、褒美のゴールドを兵士と臣下たちに配ろうと約束した。
その後は小さな会議が開かれ、議員たちと兵隊長は危険が去ったと認識し、翌日に調査を回す。
そして今日。
どれどれ、何か判ったことがあるんだろうかと第一王子ブレンダンが外へ出た。
ブレンダンは兵士に声をかける。
「今さっきエントランスを見たが、どうも”主人を守ることのなかった甲冑”のヘルム以外はそのまま残っているようだな…?ヘルムだけが宙に浮いて皆を脅かしたのか?」
兵士の表情は冴えず、場の雰囲気も不穏だ。
「だ、第一王子様、ご機嫌いかがでしょうか…」
「何も考えずにビジネスライクな挨拶をするのは止せ!自分が飾るように命じたオブジェに”この城を呪うぞ”と大声で脅されては、ご機嫌がいいはずが無いだろう!」
ブレンダンはちょっとだけ自分の行動を後悔していた。
魔法使いや魔法の力が強い兵士が焼けた橋の前に小さく集まり、なにかゴソゴソ話をしている。
「おいどうした、何を話している!?」
「いえ…それが…」
「ま、まさか本当に城眠りの呪いをかけられてしまったのか!?なんてことだ!!お父さまになんて言い訳したら…」
「違います!それが…こちらに主人を守ることのなかった甲冑のグレートヘルムがございます」
「おお!…水魔法の魔力を感じるが?」
「その通りです。さらに魔法使いによれば回復魔法のアトモスフィアも漂っているようで」
「何だと!?どういう事だ!?」
「た、大変申し上げにくいのですが…城で大きな音を鳴らした犯人はこの呪われたヘルムを被って逃げ…」
「橋の上で火球に焼かれて死んだ、はずだったよな?」
「いえ、回復魔法と水魔法を合わせたもので体を保ちながら、堀の中に身を投げ、移動した可能性が高いのです」
「!!!!!!!!!!」
「堀の中からも水魔法のアトモスフィアが感じられ、どうやら水流に乗って逃げおおせた可能性が…」
「ほ、堀の端にはセンサーネットの魔法道具があるだろう!警備に引っかかるはずだ!!」
「それが…」
魔法道具のセンサーネットは、水中からの侵入者を防ぐために水堀の入り口と出口に張られている。
上流側のネットでは引っかかった草木やゴミなどを排除し、堀を清潔に保つ役割もあった。
「通常の魔法を使ったなら、逆に魔力が引っかかるはずだが…というか、何でも捉えるクモ型モンスターの糸から作られたネットなのだから、体だって引っかかるはずだ。流れていけるわけがない!」
「しかし、ネットには一切の傷が無く………それなのに、そのまま下流の市街地まで水魔法のアトモスフィアが続いているんです」
「馬を使って追っているんだろうな?」
「…途中で魔力が途切れてしまい追えませんでした。また市街地では市民が好き勝手、川で魔法を使うので痕跡が混乱して発見できず…」
「バカな!!!」
ウォルターがセンサーネットの魔法道具を通り抜けられたのは、”折りたたまれた虹色のクモの巣の縦糸”というアイテムを持っていたからだった。
これを持っていれば概念上どこまでも体を薄く畳むことが出来るので(半分の半分の半分の半分の半分の半分の………)どんな網でも布でも頑丈な金属の扉でも、空気さえ漏れないゴム風船でも、隙間の概念さえあれば捕まらずに通り抜けられることが出来るのだ。
「つまり、”主人を守ることのなかった甲冑”が動いたのでは”ない”、のだな。ヘルムだけを被って身元を隠した侵入者がいて、そいつはなぜか大きな音を出して自分の存在を知らせた。最後に正門から出て、川に飛び込み逃げおおせた。なんでも引っかかるはずのセンサーネットの魔法道具は何故かすり抜けられた。今、整理できている状況はこれで合っているか?」
そこにいる全員がギュッと目をつぶった。
「その通りです。そして力不足な事に、我々は侵入者を見失い、どこへ逃げたかの手がかりも見つけられずにいます」
「………!!!!!!!」
王子の眼がバキバキになっている。
慌てた兵士がヒザを地面について頭を下げた。
「ヒッ!ど、どうか牢屋行きだけはお許しください!!」
「………違う」
「?!」
「こんなに…こんなにわかりやすい陽動はないだろう!」
「へっ…!?」
「なぜ侵入者は大音量で自分の居場所を知らせたんだ!?」
「そ、それは…」
「ちゃんと考えろ!!私が侵入者なら、確実な出口を用意・確保しておく。それが、よりにもよって正門から出ただと!?案の定多くの兵士に囲まれ、そのうえ開けた場所だから狙いも定められやすく、上階から火球を打ち込まれたわけだ」
「い、言われてみれば…侵入者が正門から逃げるというのは、城に居る全員の視線を引き付けるための行動のようにも感じられますね…」
魔法使いも同意する。
「水魔法と回復魔法を使える不審者がお堀に飛び込んだという事は、あらかじめ逃走経路としてお堀を想定していたのでしょう。センサーネットの魔法道具にも引っかからなかったことを考えると、対策を練って、罠抜けや網くぐりのようなユニークスキルを持っている人間が侵入したと考えられます」
ブレンダンはふむ、という顔をした。
「ユニークスキルに恵まれたものは、通常の火・土・水・風・光、そして回復魔法が弱い。ユニークスキルを得ながら回復魔法と水魔法の2つを使いこなせるとは到底思えないが…」
「我々の知らない魔法道具を利用したのかも知れません。他国では魔法道具の開発が盛んだと聞きます」
「とにかく…お前たちがマヌケにも全員、正門前を見ているタイミングで、何か悪事が行われていたに違いない!」
「い、今すぐ隊長に伝えてきます」
「そうしろ!私は国王様に直接伝える」
そうして他の臣下たちも城内に戻っていく。
一方のウォルターの死体は流されに流され、下流どころか海まで流されていた。
酸素不足で気絶したので、苦しむことなく死後の世界へ行けた事だけが幸いだ。
――――――――――
アリディンバリスの王城は大騒ぎになった。
誰かが侵入し、皆の目を引き付けているうちに”何か”が起きたのかも知れないと考えると非常に不気味だった。
国王の叔父や叔母たちは離れに住んでいるにもかかわらず、まだ侵入者が王城に潜んでいるのではないか、と直接国王に訴えに来た。
「ぜ、前日のうちに詳しく調査しなかったとして、兵隊長を裁判にかける予定だ。なあ調停大臣?」
血の繋がったきょうだいたちも珍しく顔を出す。
「お兄さま、臣下への裁きなど今はどうでもいいのです。”部屋あらため”をすべきではないでしょうか?」
「ぐっ…!!!!」
貴族や王族の屋敷、城でのトラブル…多岐にわたるのでここでは詳細は省くが、トラブルがあった場合、責任者がひと部屋ひと部屋…文字通り、納屋やどうでもいい使用人の小部屋のひとつまで見て回る習慣があった。
この風習はトラブルの解決のために行われるのではなく、穢れを払うようなイメージで続けられており、例えば死人が出た場合も家主がひと部屋ずつ見て歩くのだ。
セルフお払いのような儀式で、王家の場合は短剣と魔術書を持ちながら練り歩くのが習わしだった。
「め、めんどくさいからイヤだ~~~~~~~~~~!!!!!!!」
「お兄さま!!」
ブレンダンやレジナルドから見て叔父に当たる、国王の弟も不満顔だった。
「めんどくさいのはめんどくさいでしょうが、風習は大切にしませんと…それに両親が亡くなってしまった今、叔父さまや叔母さまは目上の王族なのです。お兄さまがキリッとした所を見せ、安心させてやってください」
国王の顔に血管が浮き出る。
「魔法使いや臣下たちを使って城中を調べさせたんだ。人質の部屋だってくまなく調査させた!何の呪いも魔法もかけられていない!これ以上のアクションは不要だ!」
「面倒なだけでしょう?」
「そうだ」
「ワガママ国王~♪」
「何だと!?私は妻である王妃が亡くなった時におこなった部屋あらためが、最後の部屋あらためだと誓ったんだ!」
妹と弟は顔を見合わせる。
2人の配偶者はまだ健在だったので、そう言われると気まずい。
「………わかりました。では、次世代の国王である第一王子のブレンダンにさせてください」
「それならいいだろう」
親たちの傲慢さは万国共通で、身分の差すら無い。
――――――――――
トーラティカのカントリーハウス。
馬車が戻って来た。
レジナルドはモグラを抱えて階段を飛び降り、風の力で3階から1階へ柔らかく着地する。
巨石に下書きしているサイモンから危ないですよ!と怒られた。
馬車からは町に買い出しに行っていたコックと使用人が降りてくる。
近寄ると手紙を渡された。
「部屋の湿度を高くする魔法道具ですが、試作品が上手く動作したようです。このまま魔法道具屋で量産すれば、乾燥が激しくなる冬前には店に並べられるとか」
「おおっ!それは良かった。市販品として売ってくれるなら、この屋敷用に買う事もできるな」
「それは感謝の気持ちを込めてプレゼントすると言っていましたよ。あ!重要なお話も…」
「?」
「手紙の2枚目は、冷房除湿魔法道具の権利書と売り上げの10%をレジナルド様に渡すというお約束の紙です」
「…????」
「一応、発明の権利を主張すると、保護される仕組みになっているんですよ。もっとも、すぐに許可を取った仕組みを迂回して、似たような魔法道具が作られるので無意味なんですが…むしろ、許可を取るには魔法石への命令の仕方や動作の手順などをスクロールに書いて提出しなければならず、また万人がその発明情報構築水晶体にアクセスできるので、本当に画期的な発明なら申請しないほうがマシだとも聞きます」
「ワハハハハ!市民がそんな切実な毎日を送っているとは知らなかった!ああ、そういう仕組みがあるのだな?安心してくれ、権利などはどうでもいい!」
「では権利書はそのまま返すとして、売上の1割をくださるそうですから、そちらはマシュー様とハインリヒさんにお伝えしておきます」
「バカな!そんなもの町の教会に寄付するように伝えろ!」
「えっ!?!?でも冷房除湿魔法道具は今でも予約でいっぱいらしく、かなり売れているそうなので…」
「いらんいらん!人質が商売をしてゴールドを稼ぐことをトーラティカが良しとすると思うのか!?」
「あっ、言われてみれば…おっしゃる通りですね。では、明日そう伝えておきます」
「頼んだぞ!」
レジナルドはシェフを探した。
町で買った食材を全てキッチンへ運び終わったところだったので声をかける。
「”例のモノ”は手に入ったか?」
「ええ、夕食を楽しみに待っていたください!」
――――――――――
「”3日後にお茶をしましょう”かぁ…」
レジナルドは使者から渡された手紙を夕食の席でも取り出した。
「あまり深く考えないほうがよろしいでしょう」
「晩餐会での振る舞いについてだと思うか?」
「難しい所ですね。場を収めたことは素晴らしく、出過ぎた真似だとは思いませんよ、私は」
「あっ!出過ぎた真似だったのか!!やっぱり!!」
「いえいえ、紳士的に彼女や他の参加者の貴族を助けられたのですから、むしろレジナルド様の事は誇らしく思います。ですから…大丈夫…」
マシューは言葉を濁した。
あのフィリップ王子の性格を考えると、夜会で目立ったことに関して文句をつけてきても不思議ではない。
「だ、大丈夫だと断言する勇気はございません…」
「ふん!へなちょこめ。まあいい、今晩は特別なデザートを用意させたんだ!」
「ええっ!?あまり高額な食品でなければ良いのですが…」
ダイニングルームの扉が開き、サービスワゴンにアイスチョコレートドリンクが乗せられてやってきた。
マシューとレジナルドの2人分だけでなく、使用人たちの分も用意されている。
「ここに居ない使用人にも出すようにと伝えてある。部屋に居る者は席に付け!」
レジナルドの言葉に使用人は大喜びだ。
シェフと、ドリンクを運んできたコックもニコニコ顔でイスを引く。
「ハインリヒ!座らないとクビにするぞ!」
「ご安心ください、配膳したら着席しますよ」
マシューは目線を下げた。
「レ、レジナルド様…」
「勘違いするなよ!俺は飲みたいときに飲みたいものを飲むだけだ!まったく、酒が禁止されているからこういう甘いものを飲まずにはやってられないんだぞ!そうだよな!?」
同意を求められたシェフとコックは頷いた。
「暑さも過ぎ、爽夜の月に変わったのですから。アイスチョコレートドリンクぐらいの贅沢は許されるでしょう」
マシューは目線を下げたままだ。
「ふん!じゃあ…今までたくさんのチョコレートを湧出してくれていたマシューの故郷のチョコレート沼に、乾杯!」
「国民の喜びに乾杯!」
「とろけるような風味と舌ざわり、香ばしさに乾杯!」
「ポリフェノール、マグネシウム、そしてテオブロミンに乾杯!」
「味覚の総合芸術に乾杯!」
「グラスに注がれたオーケストラ、混然一体の官能魔法がエンチャントされた甘味に乾杯!」
「僕はホットチョコレートのほうが好きです乾杯!」
「ビル!!!!空気を読め!!!!」
「マシュマロが浮いたホットチョコレート、最高に美味しくないですか?」
「あれめっちゃ旨いよな????ホットチョコレートがあるから冬大好き」
「その食いつき方はレジナルド様もホットチョコレートの方が好きですよね?ちなみに僕はマジ
でホットチョコレートが好きなので夏でも全然普通にホットチョコレート飲みますよ~~~?」
「謎マウントやめろ?」
マシューは泣かないようにこらえながら、ストローからチョコレートを吸い上げた。
すぐにストローを抜き、グラスに直接口を付ける。
「…レジナルド様、ありがとうございます」
「聞こえていなかったのか?誰かのためでなく俺のために飲んでいるんだ!感謝される筋合いはない!」
「…そしてコックさん、シェフさん」
「ふふ、心を込めて美味しく作れたと自負しております」
「残念ですがいかにも固形のチョコレートを牛乳に溶かしただけの味ですね。成人が対象の場合はチョコレートの複雑な味わいを引き立たせるためにコーヒーリキュールを入れる事をお勧めします。また牛乳のみでチョコレートを希釈すると油分不足を感じるので生クリームでもったりとした滑らかさを加える事も選択肢に入れてくだい。逆にサッパリ系のチョコレートドリンクが良いなら砕いた氷を入れてスムージーにしたり、発想の逆転で下は濃厚・中はあっさり・トッピングとして生クリームとチョコレートシロップをかけ、濃・薄・濃のサンドイッチでサッパリとした飲みごこちを強調するなどの工夫が…」
生産地で育ってきた人間特有の早口ムーブがかまされ、食卓に笑いが起きる。




