人質生活54日目
その後、夜会は中止になった。
フィリップは眠れずに部屋の中をうろうろしていた。
会場で起きた騒ぎのせいではない。
前日、部屋へと戻る途中、叔母であるクローイが話しかけてきた内容に問題があった。
「あ~ら、この指輪、流行ってるの?そうならそう教えてくれたっていいのに!」
「えっ!?」
フィリップの指には、アリディンバリスの王城に務める職人のサインが入った”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”が輝いていた。
「こ、この指輪が流行っているとは????」
レジナルドが所有していたリングで、何者かに盗まれ、トーラティカの宝石商の手に渡り、それをフィリップが購入したはずだった。
「(あのデブに見せて発狂させてやるつもりだったのに…!?!?!?どういう事だ…?世界にひとつだけの品じゃなかったのか…?)」
「タフタフ中央の店で10万ゴールドで買ったって言ってたけど。いくら綺麗でも、量産品を身に着けるだなんて王家の恥じゃないフィリップ?お姉さまに言いつけちゃおっかなぁ~?」
「待ってください!誰がこの指輪を買ったって?」
「アリディンバリスの人質サマ!」
――――――――――
「なるほどつまり、彼のジュエリーへの情熱を甘く見ていた、という事でしょう」
高齢の従者はふ~ん、という感じで素っ気なく答えた。
フィリップは憤りを隠さない。
「クソっ…その通りだ!愛用の指輪を送れと故郷に手紙を書き、断られても、それならばと町の装身具店に似た品を作らせたんだ…。なら、私が現在持っている指輪を見ても何とも思わないだろうな」
「それはどうでしょう。瓜二つに作らせた品でも、やはり思いがこもっている方が別格でございますよ。考えてみてください、犬や猫なんてきょうだいはぜんぶ同じですが、自分が引き取って育てた犬が一番可愛いでしょう?それにフィリップ様の指輪には王家の工房のサインもございますし」
「そうか…?犬もネコも1匹ずつ性格や体色が異なるし、大きさだってよく見れば微妙に…」
「今はそんな話をしていませんよ!ご安心ください、問題は指輪本体ではないのです。自分の宝石のコレクションが流出し、売り捌かれているという事が大問題なのです。お判りになっていただけますよね?」
「まあ確かに、自分の財産が勝手に売り捌かれていると知れば、絶対にショックを受けるだろうな…泣き叫んで発狂するだろうか?」
従者は邪悪な笑みを浮かべた。
「以前、レジナルド様の馬が暴れたせいでフィリップ様が落馬したと、いちゃもんをつけた時の事を思い出してみてください。彼のコレクションを押収している間、足に縋り付いて泣き喚いていたのでしょう?」
「アレはみっともなかったな!思い出すだけでも笑えてくる!!」
「屋敷にあるオブジェ数点を、懲らしめに没収しただけでもその狼狽ぶりなのですから、指輪を見せて自分の財産に思いを馳せさせれば…暴れ狂うだけでは済まないかも知れませんね。きちんと武力か魔法で彼を制圧できるご準備をなされてから、計画を実行に移されてください」
フィリップは満足気に微笑んだ。
レジナルドから奪ったネコのオブジェが空気を読まずクルクル回転している。
――――――――――
人質生活54日目。
一方のレジナルドは、厄介ごとが終わった清々しさの中で目覚めた。
ダイニングルームで通訳のマシューも明るく朝の挨拶をする。
「おはようございます、今日から爽夜の月ですね。昨日は色々ございましたが、ゆっくりとお休みになられたでしょうか?」
「ああ!ぐっすりと眠れて元気いっぱいだ!それにしても夜会では、上級…じゃなかった、オホン。フィリップ様は何も嫌がらせをしてこなかったな、意外だ」
その発言を聞いてマシューはいたたまれない思いになった。
フィリップ王子は自分の顔をレジナルドに明かしたくないという身勝手な理由で、ひとりだけ謁見させない判断をした。
人質をわざわざ呼んでおいてその対応とは、それだけで最大級の嫌がらせになってしまう。
レジナルドが実家であるアリディンバリス王家に”こんな目に合わされましたよ”という手紙を一通送れば外交上の大問題になる可能性が高い。
「ト、トラブルなく…いやトラブルはございましたが、それはレジナルド様が上手く収められたので良かったですよ。夜会はお開きになってしまいましたが、それも結果オーライで早く帰れましたしね」
「うむ。他人が酒を飲んでいるのに俺だけ我慢しなければならない状況は発狂ものだったぞ!」
レジナルドはカブのステーキにナイフを入れた。
「…あの女性、ユニークスキルをもった貴族は何らかの罰を受ける事になるのだろうか?」
「それは私のような下位の貴族にはわからない事です。ひと月もすれば噂が巡るでしょうが、残念なことに、いや、喜ばしい事でしょうか?私はその噂の輪の外にいるので、手紙を回す仲間とも最近は疎遠です」
「俺のために人間関係まで制限されているとは、すまんな?」
「いいえ、下品なメーリングリストから外れて安堵しているぐらいですよ。レジナルド様の通訳を任された以上は、職場移動のその日まで職務を遂行する覚悟があります」
「移動が待ち遠しいよな?俺の通訳という役職を越えてほぼ従者みたいに働いてるし、予算計上のお願いだとか、面倒ごとばかりだもんな?」
「うーん、どうでしょう。結局、充分な報酬というのは最強の動機付けなんです」
「嘘でもいいから俺に愛着が湧いているので仕事も辛くないって言ってくれ!」
――――――――――
アリディンバリス。
従者と侍女を束ねる最高役職の侍従長、エイデンは仕方なく手紙の差出人と城の外で会っていた。
「単刀直入にお聞きいたします。何故、美術品が盗まれているという事態にお気づきに?」
「リストがありました」
「リストですって!?」
ゾクゾクとした電気がエイデンの背筋に走る。
その”リスト”があれば犯人はすぐに捕まえられるだろう。
そこに書かれているはずの使用人の名前を、どうしても読まなければならなかった。
「紙を渡してもらいましょう」
「………条件次第ですね」
犯罪集団のボスは表情を変えずに、1枚の紙を出し、顔の横でもったいぶってヒラヒラさせた。
それは王城でおきた事件とは無関係のコソドロとのやり取りを記録したリストだ。
貴族の屋敷に盗みに入り、立派な装飾の壺を盗み、それを盗品商が70万ゴールドで購入したと書いてある。
つまり、束になっている売買リストをばらし”王城で起きた犯罪が新聞社や市民、国王にバレてもいいんですかぁ~?”という姿勢で売りつけるつもりなのだ。
もちろん最後の最後まで、肝心なレジナルドの所有物のやり取りを書いた紙は出さない予定だが。
「条件ですか、いいでしょう」
エイデンは小さなレザートランクをテーブルの上に乗せた。
ボスの表情が待ってました!というものに変わる。
どれだけのゴールドが入っているのかと考えると鼓動が早まったが、それでもポーカーフェイスは崩さない。
「話しが早いですね。中身を確認させていただきます」
「待ってください、逃げられては困りますからね」
エイデンはイスから立ち上がってボスの真横に移動し、彼の首根っこを掴んだ。
シャツが引っ張られ、ボスは息苦しさを感じる。
「暴力は止してくださいよ!」
「逃げないようにちょっと掴んでいるだけです」
ボスは内心爆笑していた。
こんな細腕の中年男性になら100人に掴まれていても、手を振りほどいて自由に振舞う事ができる。
「では、トランクを開けますよ」
ゆっくりとトランクは開けられた。
「は?」
中身は空だ。
期待していたゴールドの一枚も入っていない。
その時エイデンは後ろから取引相手を、開いているトランクに向かって押した。
エイデンの腕力の足りなさにボスは笑ってしまう。
「ハハ!!バカな事を、お前の力なんかじゃ…………!?」
抵抗しようとしたが抗えない。
魔法の力が働いている事は明らかだった。
あっという間にボスの体は小さくなり、ちょうどトランクにピッタリの薄い長方形になる。
エイデンは一瞬で取引相手の体を縮め、トランクに収納してしまったのだ。
「うわああああああああああああああ!?」
ボスは後悔した。
ただの疲れ顔の中年オヤジに見えても、王城で侍従長に就いている人間なのだ。
間違いなく貴族だろう。
王族や貴族は転生させ女神から寵愛を受ける事が多く、普通の魔法とは違ったユニークスキルを与えられる可能性が高い。
「これはっ…!?!?一体…!?クソっ、ここから出せ!!何をしやがった!!」
体を動かすこともできず、ボスは呻いて文句を言うしかない。
エイデンはガチャリ、ガチャリとロックをかけながら喋る。
「荷造り魔法ですよ。私のユニークスキルで、あなたは送られるんです」
「お、送られるってどこへ!?」
「移動する目的がないと荷造りしないじゃないですか。このユニークスキルの発動には、どこかへの移動や輸送が必要なんですよ」
「だ、だからどこへ送られるって言うんだ!?!?」
「緑の炎が燃えるという地獄なんかではどうでしょうか?観光しがいがあるでしょうねぇ?」
ボスは必死で体を動かしたが、トランクが揺れている気配はない。
荷物が外界に影響を与えられるわけがないのだ。
「た、頼む、悪かった…助けてくれ…」
エイデンは床からリストを拾い上げ、見た。
が…。
「これは、暗号というか、普通ではない文字で書かれていますね…?」
「ハハッそうだ!魔法使いに頼んで解読してもらわなければ…」
「でも、この2文字か3文字の単語は接続詞っぽいかなぁと」
「………」
「文字を記号に置き換えているだけなら頻出度を元に解読できますよ。さて、”リスト”がこれだけだとは思えません。残りはどこにありますか?」
「…」
「無言なら結構」
エイデンは密会場所の宿屋を出た。
手には人間が入ったレザートランクが揺れている。
――――――――――
「どう?この色合い、なかなかでしょ!」
ゾーフ国境沿いの観光地では、アリディンバリス第二王女イザベラとその侍女、見張りの兵士たちが熱心にサメの歯を拾っていた。
レジナルドの下の妹イザベラは、ハンドドリルの歯車をキュルキュル回し、歯に穴を開ける。
それを紐に通せばカラフルなネックレスの出来上がりだ。
サメ馬の歯だけではなく、古代の小さな貝や珊瑚も転がっており、王女も侍女も、なかなか楽しい余暇を過ごしている。
「緑色の歯ばかり集めてみました、どうでしょう?」
「いいじゃない!ま、私が作ったネックレスには負けるけどね」
笑いが起こる。
イザベラは太陽の下、元気いっぱいに遊んでいた。
遠くから声がした。
「王女様!ボートバナナに乗ってみませんか?」
ボートバナナは砂の上を走るバナナだ。
船の帆のように立てた皮で風を受け、砂上をザザザザッと移動できる。
なぜ砂の上をバナナが滑るのかというと、バナナの皮は摩擦係数が少なく、砂も同じように摩擦の少ない細かな物質の集まりのため、砂とバナナの皮を合わせると無限に滑り続ける事ができるのだ。
「乗りたい!ほら、あなた達も来て!」
侍女を従えイザベラはボートバナナに乗り込む。
風を受け、乗り物は爽快に滑り続ける。
歓声が砂漠に響き渡った。
――――――――――
午前中の乗馬の時間、レジナルドはセーラに舞踏会での出来事を話した。
「そうですか…しかし、その後の女性の扱いに関してレジナルド様がご心配されることはございませんよ」
「ま、心配したところで介入できる力があるわけでもなし!」
ゆっくりと並んで歩く2頭の馬は平和な風景の一部だ。
「残念ですが、再び王城へ招かれることはなくなるでしょう。しかし、貴族としての地位が剥奪されるようなことは無いはずです」
レジナルドの目が大きくなる。
「それを聞きたかった!」
「ご安心ください、もっと風変わりなユニークスキルを持った貴族を存じ上げておりますが、彼ら彼女らはご立派に領地を治めております。変なユニークスキルは、むしろ転生させ女神からの祝福の証でもありますからね」
レジナルドの顔から不安が消えた。
「知っているか?砂漠の王族は髪の毛を自由自在に動かせるユニークスキルを持っていて、砂の中に住むゴールデン・ドレッドノート・モールの討伐で大活躍したという歴史があるんだ。へんてこりんなユニークスキルでも、いつどんな場面で活躍するのか、転生させ女神にすらわからんだろう!」
「オホホ。いつもの調子が戻ってまいりましたね」
「真面目な話だ。ポニーのモンスターがいたら、彼女のくしゃみで1時間前後、全裸の人間に変えられるんだぞ?便利だろ?」
「えっ!?人間をポニーに変えられるだけでなくポニーを人間に変えられるのですか!?それはちょっと危険なユニークスキルかもしれませんね…」
「貴族よりもポニーの心配をするな?」
「仕事柄、馬寄りの人生を送っておりますので」
セーラの頭の上で、不等号の大きい側にポニーが、そして反対の小さい側に人間がボワンと出ている。
――――――――――
「足場を組み終わりました!」
手伝わされている数人の使用人は汗だくだ。
レジナルドはニコニコ笑顔でサイモンを励ます。
「おお!では、ここから数日かけて下書きを描くわけだな。頼んだぞ」
どこかからか執事のハインリヒが顔を出した。
「養生!養生をしてください!!なぜ足場だけ借りてきて青シートを借りてこなかったのですか!!」
「床にフカフカの敷物を敷いてありますよ!?」
「いいえ、床だけでなく横側に幕を張っていただかないと!石を削ったものが歩行者に当たらないように青い幕を張ってください」
「最近は青だけでなくグレーのもあるんですよ?」
「色なんてどうでもいいから、横に貼る幕も借りてきてって言ってるんです!!!!」
レジナルドがこっそりその場から離れようとした時、外から蹄の音が聞こえてきた。
騒がしいので出てみると、町に行っていた馬が戻ってきたのだ。
カントリーハウスを出た馬には、町で預けられていた3頭の馬が繋がれている。
頭絡を伸ばして後ろの馬の頭絡にかけ、一列のラインにして連れ帰ってきたようだ。
「おお!あの冒険者たちはきちんと馬を返してくれたんだな」
「手紙も受け取りました。レジナルド様もマシュー様も名乗られなかったので、”馬を貸してくださった方へ”という宛名ですが」
「なんて書いてあった?まだ読めない単語が多くてな」
「感謝の文章がびっちりと。深い傷を負った仲間を、先に町へ移動させていたみたいで、それで体力も魔力も尽きてしまったと。レジナルド様が回復魔法をかけてくださったおかげで後方の仲間も町まで戻れたようです」
「それはよかったな」
「小さなお土産もありましたよ」
「これは…!」
雨を呼ぶ笛である。
珍しいアイテムで、特に魔力の消費を押さえたいダンジョンの中では楽に水が確保できるため、高値で取引されている。
月に一度は使わないと故障してしまうのだが、この便利なアイテムを手にすれば、ひと月どころか毎日利用してシャワー代を浮かすことが日課になるらしい。
もっとも、水の心配なんて人生で一度もする機会のない王族や貴族で、雨を呼ぶ笛を求めているのはレジナルドのような収集家だけだが。
「市場価格は500万ゴールドぐらいだな」
「サッと取引価格が出てくるのが怖いですね…」
「買おうとしていた時期があったんだ。でも、水魔法が使えない人間や井戸を掘るだけの金が無い市民、冒険者たちの間で重宝されていると聞いてやめた。ただの珍品ならともかく、他人の生活が懸かっている必需品までぶんどるつもりはない」
「フフ…なら、丁度良かったですね。手紙の2枚目には”既に私たちのパーティは雨を呼ぶ笛を所有しているので、感謝の気持ちにお譲りします”とございます」
「!!!!」
レジナルドは握りこぶし大の貝殻を受け取った。
口を付け、早速吹いてみる。
~~~♪~~♪~♪~~♪~~~♪ ~~~♪~~♪~♪~~♪~~~♪
雲も無いのに雨がポチポチと顔に当たり、シャワーのように強い雨になる。
貝殻も雨に当たってびしょ濡れになった。
その場から馬と人が退く。
「おお!以前、他人が吹いて雨を降らせるのは見たことがあるが、自分が雨を呼んだと思うと感動的だな!」
レジナルドは喜び、手にある貝を見た。
「へえ………凄いな!!」
「よかったですねレジナルド様。情けは人のためならずと言いますが…」
「これ、中はどうなっているんだ?」
「…へ向かう道の途中という、普通の貴族や王族なら冒険者なんて気にも留めない場面でも善行を施したことが…」
振ってみる。
中から音はしない。
「見た目は普通の貝殻だな?」
喋り続けている使用人の言葉はもう耳に入らない。
そのまま書斎へと向かう。
――――――――――
アリディンバリスの王城。
血の気が完全に引いている使用人長コーラが、フラフラと歩いている。
「おはようございます!」
「…おはようございます。今日もしっかり仕事をしましょう…ね…」
すれ違った使用人の眉間にシワが寄る。
クリスティーナは小声で、隣にいる同僚に話した。
「ねえ、使用人長、体調が悪そうじゃない?」
「歳も歳だし、病気のひとつやふたつあってもおかしくないよ。そろそろ使用人長補佐の義姉さんが出世してくれれば、私も出世できるかもしれないのにぃ…」
「そんな夢みたいに都合よくいけばいいけどね」
「へへ、今更領地に戻っても、って感じ!どうせ三女なんて良くて商人ギルトの金庫番とかでしょ」
「会計の知識あるの?」
「ぜんぜ~ん!でもまあ、おじい様は領主なんだしそれなりに美味しい職には就けるだろうけどさ。やっぱりここで働きたいな。私の地元は王都と違って刺激が無いし、遊ぶところが無い人生なんて~!」
クリスティーナはへらっと笑った。
「そうそう、それは本当に!」
「だよね!衣食住は面倒見てもらえるから、王城でせっせと掃除するだけでゴールドは溜まるし…あっ、でも侍女になるのは嫌~」
2人でケラケラ笑い合う。
「ふふっ、王族の機嫌を取りながら一日過ごすなんて、精神的に過労死しちゃうよね!」
「早番か遅番の、きっちり時間が決められてる清掃の仕事と違って、おはようからおやすみまでくっついていなきゃならないし…ヤバすぎ~~~!!!」
クリスティーナは気付いていなかった。
使用人長が振り返り、遠くから彼女を見つめている事を。
――――――――――
庭師が庭でモグラを見つけた。
彼女の前には6つのモグラ塚が空いており、そこからぴょこぴょこと普通サイズのモグラが顔を出す。
庭師は手に持っているスコップでモグラをぶっ叩きたい気持ちになったが、我慢した。
観察していると、モグラは鼻をヒクヒク動かしながら、普通サイズのモグラたちに何か話しかけているようだ。
普通モグラはひょいっと地面に潜り、それっきり出てこなかった。
モグラは大きな手で穴を埋めている。
「(子分にミミズでも集めさせてるのか…?)」
しかしモグラは普通サイズモグラの帰還を待つことなく、ドタバタと回れ右して厩舎へと移動していった。
「(もしかして、カントリーハウスの地下に来たモグラに、この土地は荒らすなと教育してたのかも…!?)」
ここ最近モグラ被害が無い事を不思議に思っていたが、どうやらレジナルドが助けたモグラが気を利かせてくれていたらしい。
自分の縄張りだと主張することにより、他のモグラの侵入を防いでくれていたようだ。
感心していたその時、厩舎からネズミのような鳴き声が聞こえた。
庭師が走って行って見ると、馬がモグラを噛んで持ち上げている。
モグラは力の限りジタバタと手足を動かしていた。
「コラっ!!!!」
庭師の怒声を聞いた馬は、慌ててモグラを離す。
モグラが地面に落ちた。
庭師が駆け寄る。
――――――――――
「バカな毛玉め、何だってそんなとこで遊んでるんだ!」
報告を聞いたレジナルドは怒りをモグラにぶつけた。
モグラの体の中央には包帯が巻かれており、ぐったりとしていて動かない。
「馬の歯が当たったところは毛がハゲるぐらいで済んだのですが、1.5メートル以上の高さから放り出されたダメージが大きかったようですね」
レジナルドは文句を言いながらもモグラに手をかざす。
すぐにモグラの体が光り、再び鼻がヒクヒク動き出した。
「たわしに似ているからって厩舎に行かなくてもいいだろう!まったく、本当にたわしと勘違いされて馬の体に当てられ、泡まみれの水浸しになりたいのか?!愚かなモグラめ…!!」
そう言い終わる頃にはモグラは完全に回復してしまった。
包帯を外すと、さっきまでピンク色が見えていた肌にうっすらと毛が生え始めている。
間近で見ていた庭師とマシューは息をのんだ。
「…レジナルド様、やはり…素晴らしい魔法の力がおありで」
「ふん!こんなちっぽけな毛生え甘イモすら助けられない王族じゃないぞ、舐めるな!!」
――――――――――
「いよいよだな」
アリディンバリスの王城。
同僚兵士を買収しまくったウォルターは、勤務交代の時間に盗みを働くという大胆な行動に出た。
見渡しが良い廊下にずらっと並んだ同僚は説得済みで、みな、一人一人が受け取る金額は小さくても、回数を重ねて稼ごう!という気になっていた。
”臨時収入も積もれば山となる”だ。
「どうせ誰からも嫌われていた第二王子のコレクションだ。むしろ俺らが盗んで売ってやる方がアイテムにも感謝されるかもしれないぞ?」
交代に来た兵士とそんな冗談を交わし、部屋に入った。
計画立案者のウォルターが初犯に名乗り出たのだ。
日も落ちそうな薄暗い部屋の中を音を立てずに歩き、何なら盗めるのかじっくりと考える。
「(この棚にあるアイテムはどれも小さいな、これなら鎧の中に隠して持っていけそうだ)」
ウォルターはハトの形をした紙、中でグツグツとマグマが煮える石、あたりが暗くなるロウソク、折りたたまれた虹色のクモの巣の縦糸、突然変異で骨格が発生した野菜のミイラ、妖精の羽、誤字王のペン、肉を目指す針、沈む浮き輪、虫歯の魔王と契約を結んだ魔女の歯ブラシと彼女に仕えた入れ歯職人の財産の隠し場所が描かれた地図、髪からコインが湧くブラシ…これらの細々(こまごま)とした収集品を薄い甲冑の胸に隠し、部屋をそっと出た。
静かな王城を、ウォルターはなるべく普通を装って歩く。
それでも緊張は高まっていき…心拍数がある数値を越えた時、急に甲冑の胸が開いてハトが飛び出した。
「ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!ポッポォーーー!!!」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!!!!!!!!」
転倒や心拍数の異常を検知すると、胸からハトが飛び出して周囲に大声で知らせるアイテムが作動してしまった。
けたたましいアラートが、城内に鳴り響く。




