人質生活53日目
「今日は快晴だな!」
レジナルドは寝室の窓を開け、大きく伸びをした。
モグラも隣にやってきて同じポーズをとる。
「………今日は夜会がある」
実際のところ、レジナルドは寝不足だった。
図太い神経を持った彼でも流石にナーバスな気持ちになったらしく、夜、寝室で横になりながら本を読んでいたのだ。
光魔法で小さいライトを作り、眠たくなるまで読もうと思っていた本を一冊読み終えてしまった。
朝日に半目のむくみ顔が照らされている。
――――――――――
「おはようございます」
マシューはいつもと変わらない調子で挨拶した。
「…おはよう。今日はいよいよ舞踏会か」
「そう気負わず。夜会とは名ばかりで夕方に始まって10時には終わるので、サクッと済ませに行きましょう」
「ワハハ!王室直々に開催する舞踏会をサクッと済ませてしまおうとは、トーラティカの貴族の恥さらしめ!」
「違いますよ!格式ある舞踏会ではありますが、レジナルド様が呼ばれたのは結局アリディンバリス側で先王様をチヤホヤしているのが原因です。”人質は同等の扱いをしているぞ”というアピールのために招待されたわけですから、アリバイ作りというか、見せかけのお呼ばれなので、浮かれませんよう気をつけてくださいね」
「チッ、国の体面を保持するための招待とは、つまらんな!」
「ダンス禁止!こちらからの会話禁止!飲酒厳禁!いいですね?」
「人質としてしおらしい姿を見せるのが今の俺の仕事だ。任せておけ」
乗馬は無しと昨日のうちにセーラに伝えてあった。
「しかしやはり、ソワソワする。じっとしてられないな。午前中はどう過ごせばいいと思う?」
「確かに、席について執筆や勉強、読書といった気分にはなれないでしょうね。軽く体を動かしてみては?」
「じゃあハインリヒにバタフライナイフのアクションを教わるとするか」
「軽い運動がナイフの手ほどきとは…」
マシューはレジナルドの食がいつもより進んでいない事に気付いたが、そっとしておいた。
――――――――――
そんな感じで体を動かし、あまりノドを通らない昼食をとり、寝不足も手伝って軽く昼寝をすればあっという間に出発時間だ。
「馬車のご用意が出来ました」
御者の仕事をしてくれる使用人が声をかける。
サイズを直した派手な服に身を包んだレジナルドはゆっくりとエントランスを出て、マシューと共に馬車に乗り込んだ。
「従者が私だけとは。ビルぐらいは荷物持ちで連れていきたいところですが」
そのビルは困ったように眉毛を下げ、大量のサブマリンサンドウィッチが入ったバスケットを座席に乗せる。
「従者として連れて行けるのが通訳のみだなんて寂しいですよね。他国の王族をこの扱いとは、酷くないですか?私もご一緒したかったです…」
レジナルドは笑った。
「その気持ちだけで十分だぞ!ありがとう」
マシューは飲み物が入ったバスケットをビルから受け取る。
「まあ、上級使者様がお決めになられたのですから仕方ないですね。貴族の私が荷物を持つこともしましょう」
執事や使用人たちが手を振って見送る中、馬が歩き出す。
モグラもハインリヒに抱かれて手を振っていた。
手が大きいので人一倍振っているように見え、得だ。
たぶん拍手の音も常人の3倍ぐらいあるだろう。
「ゆっくり走れよ、食い終わる前に到着しないようにな」
「5分で着いたとしてもそれはあり得ないでしょう」
「はぁ?俺を早食いのデブみたいな目で見るな?」
「私に失明しろと?」
軽食を取りながら移動していると、途中、馬車の前に朱色イモムシが出てきた。
真っ赤なイモムシのモンスターで、そこら中に繭を作るので嫌われている。
御者が大声で伝えた。
「今対応します」
「対応とは?殺すのか?」
「いえ、一匹殺すと仲間が仕返しにやって来るので、転がして道端まで移動させます。重いので多少お時間はかかりますが…」
「ああいい!俺が手伝ってやろう」
レジナルドはサンドウィッチを食べながら地面をぐにゃんとうねらせた。
波にさらわれるように朱色イモムシは転がっていく。
「へえ!お上手ですね!この朱色イモムシはブタぐらいの大きさですから、大体300から400kgぐらいはあると思うのですが…」
「横から力を加え押して転がすより、地面を坂にして転がす方が楽だろう。この方法なら動かしたいモノが重くても、こちらの魔力量や魔法の習熟具合に関係なく目的を達成できるぞ」
「確かに、対象物が重力に従って転がっていくだけですからね」
馬車はまた動き出す。
レジナルドは最後のサンドイッチに手を付けた。
「実はな、朱色イモムシを見るのは初めてなんだ」
「流石は王族でいらっしゃいますね」
「トゲのある言い方だな?皮肉はよせ、世間知らずだと堂々と言えばいいものを!」
最後の軽食が彼の胃の中に落ちた。
「気を使わなくていい。俺はもう道化の役は降りたんだ。お前には正直に発言する許可をやるぞ、なんでも思ったままを伝えろ」
「では。早食いのデブ」
「何でも堂々と言えばいいってものじゃないぞ?!?!?!気を使え????」
――――――――――
ポータルを越え、平地を移動し、またポータルに入って、なだらかな坂を下る。
途中で冒険者と思しき一団が途方に暮れていた。
「おい、前方に人が居るじゃないか、止まってやってくれ!」
御者が馬を止めきる前に、腰に剣を下げた女が近づいてきた。
「先行していた仲間とはぐれてしまったのですが、町で魔法使いらしき旅人を見かけませんでしたか?」
「いえ、私たちは町の事は知りません」
「えっ?でもこの道はタフタフリッチ中央、オービター牧場へと続いているはずですが…」
マシューはレジナルドが喋らないように手で止めた。
王家が所有管理しているカントリーハウスから来たと知られても良い事はない。
「いえ、申し訳ございませんが…」
レジナルドが通訳の腕を押しのける。
「馬をやれ」
「しかし、一応国家が管理している馬ですし…」
「いいかお前ら、町に着いたら駅に預けろ。で、そこからは別の馬を借りていけ。そうすれば使用人が明日か明後日に馬を拾いにいける」
御者はう~んという表情だ。
「では1頭だけ…」
「3頭やれ、荷を馬に乗せるだけでも楽だろう」
「そんなまさか!1頭ではこの馬車は引けませんよ!」
「風魔法で馬車を浮かしてやる。さあ、俺を舞踏会に遅刻させたくないのなら、さっさと馬からハーネスを外してやれ!」
御者とマシューは馬からガチャガチャしたハーネスのセットを外し、普通の頭絡に付け替えてやった。
「本当にありがとうございます!」
感激している冒険者たちの恰好はズタボロだ。
レジナルドは馬車から降り、冒険者に回復魔法をかける。
「知らなかったぞ、この辺りにダンジョンでもあるのか?」
「いえ、水グマの討伐依頼があったので…」
「おおっ!森から出てこられたらたまらないからな。この辺りの治安を守ってくれてありがとう」
「これが仕事ですから…って、あれ!?」
冒険者たちの体が光る。
「回復しただけじゃなく、力がみなぎってくる!」
レジナルドは豪快に笑った。
「馬には荷物でも持たせて、お前たちが走ったほうが早いだろうな」
馬車は冒険者を見送り、出発した。
引く馬は1頭だけだが、なぜかカントリーハウスを出た時よりもスピードが速い。
「もしかして本当に風魔法で馬車を持ち上げているんですか!?」
「そうだ。つむじ風を起こしている。ちなみに風魔法単体ではなく、火魔法と水魔法を組み合わせていてな。地面を熱し、空中を冷やすことでより強力な上昇気流を発生させているぞ」
「…でも、馬車は動いていますよね?」
「もちろんだ。進行方向の地面を温め、先手を打って大気を冷やし続けている」
「………もう一度、聖職者長から魔法の手ほどきを受けられてはいかがでしょうか?とんでもない才能を秘めてられている気がして…」
「いいや、実力が不十分なのは自分が一番よく知っている。大規模な魔法は使えなくても、こうやって日常生活を便利にできるぐらいの力で満足だ」
「………すでに王城に仕えている宮廷魔法使いレベルだと思いますが」
「褒めてもサンドイッチはやらんぞ?」
「だってもう食べちゃいましたもんね????」
レジナルドは腕を組んだ。
「あの町はタフタフリッチ中央と言うのか」
「ええ。昔はタフタ・フリッチと呼ばれていましたが、最近の若者はタフタフ・リッチと発音するんですよ。嘆かわしい事です」
「地名って案外適当だよなぁ。そういう運用もエモくて良し!」
――――――――――
ぺちゃくちゃお喋りを続けていると、あっという間に城下町に着いた。
「目的地に到着しました」
「そんな馬車ナビゲーションの魔法道具みたいなことを言うな!しかも本当の目的地のちょっと手前で案内を終了するのはやめろ!駐馬車場まで案内してからそう言え!!」
王城の正門の前には馬車の列がある。
「指定時刻より前に到着している方が殆どでしょうから、入場待ちはそれほど長くないと思いますよ」
「前乗り勢は部屋に居るだろうしな」
入場をスムーズにさせるためか、兵士が正門から出てきて一台一台を照会している。
レジナルドが乗る馬車にも兵士が近づいた。
御者と一言二言会話したかと思うと、手をぐるぐる回し始めた。
空いている車線へゆっくりと馬が動かされる。
「どうやら先に入場する権利があるようですね」
「権利がある?!さも優遇されているような言い方はやめろ、きちんと管理できるように用心されているだけだ」
「そうとも言えます。しかし面白いですね、馬車の中に居るだけなのに何かをやらかさないかどうか目をつけられているわけですから」
「トーラティカに来てからは問題行動は控えているのに…」
「ふふ、それは日々感じておりますよ」
前回と同じように正門で降ろされ、御者とはここでお別れだ。
兵士について歩き、王城へ入る。
「いつ見ても大きな城だ。外壁のペンキのハゲだけはみっともないが、それ以外は素晴らしい」
「ペンキを食べにくる小鳥が居るのですぐにハゲてしまうんですよ」
「へえ、その鳥の前世は餓死者だったんだろうな。俺ならどんなに腹が減っていてもペンキなんて食べないぞ」
「美味しいペンキがあるって言ったらどうします?」
「腹が減っていなくても食べる」
「コンマ0.7秒ぐらいで前言を上書きするのやめてください」
「別名保存だぞ?」
待機部屋のテーブルにはたくさんの焼き菓子が用意されていた。
「おお、俺が空腹で暴れないように配慮がされているな~♪」
「多様性への心配りですね」
「肥満って多様性のうちのひとつなのか?」
「自制が効かない人々を温かい目で見守っていける社会を目指しませんと」
「俺はダイエットする!!!!ダイエット!!!!する!!!!!!!!!!!」
レジナルドは激昂しながらマシュマロを我慢した。
――――――――――
会場は煌びやかそのものだった。
レジナルドとマシュー、というよりその場にいる全員の目を引いたのは、鉢に植えられているバラだ。
中央の通路にずらっと並べられている。
「これば素晴らしい装飾ですね!さすが国城での舞踏会、我が国が誇る最も先進的なデコレーションの展示ですよ」
「切り花が贅沢に使われているのはよく見るが、鉢に植えられたままとはワイルドだな!」
2人を案内した兵士は軽く一礼し、この小さなテーブルからは動かないでください、と付け加えた。
「もしかして、パーティの間ずっと壁際から動けないのか?」
「お手洗いの際は一言お声がけください、案内いたします」
レジナルドは自分の顔をバチンと叩いた。
マシューがたしなめる。
「レジナルド様、そのジェスチャーは兵士に対して失礼ですよ」
「俺は…何のために呼ばれたんだ?」
「国体のためです。ですから、話しかける事は禁止、飲酒も禁止、ダンスも禁止…」
「クソっ!まあいい、俺をからかうヤツが居たらトーラティカ語で言い返してやる、それだけを楽しみに壁に貼りつく事にするぞ」
レジナルドとマシューは外を見た。
庭は光魔法のライトと魔法道具のランプに照らされ、幻想的な雰囲気だ。
「まったく、この夜会自体は残念だが、庭の雰囲気は世界で最も優れているな」
「以前、モルリヴァールの前々王家の住処だった古城に宿泊したことがあるんです。あそこは国王の代替わりごとに王城を建てますから。古い王城は他国の貴族や王族の宿泊施設になるんですよ」
「3、40年ごとに観光地が誕生するわけだ。上手い事やってるよな」
「高貴な血筋が観光資源かどうかはさて置き、あそこも素晴らしい庭でしたよ。しかし、トーラティカの王城ほど挑戦的ではありませんでしたね。…ええ、そうですよ、ここから庭を眺めていれば舞踏会なんてあっという間に終わります」
演奏家が楽器を鳴らしはじめた。
王家の血族が入場してくる。
「あまりジロジロ見たら不敬になるだろうか?」
「…いえ………ご覧ください、見ようと思っても全然見えませんよ?」
通路に並べられた植物のせいで王族の顔が全然見えない。
「シャレた演出だな、位の高い者はそうそう姿を現さないという訳か…あっ、フィリップ王子が自分の顔を見せないようにしてる?もしかして」
マシューは眉間にしわを寄せた。
管楽器の音が大きくなる。
「おお!国王の登場だ!」
会場は音楽に包まれ、国王と王配、そして王子が姿を現した。
貴族たちは頭を下げる。
マシューもそうした。
レジナルドは、頭を下げるなんて葬式か他国の国王に会った時だけだな、と思いながらそれを真似た。
いざ夜会が始まると、レジナルドのそばに人が寄って来る。
近くで警護している兵士は”会話は好ましくありません”と人をよけるが、右から来る人をよければ左から人が寄ってきて、左から来る人を後退させれば右から人が前進してくる。
到底ひとりでは対応しきれなかった。
そのうち、いかにも出しゃばりというクルクルヒゲをした男性が声をかけてきた。
「は、初めまして。アリディンバリスの第二王子、レジナルド様。お目にかかる私は…」
「ああなんて巧みなアリディンバリス語だろう!しかし、私はトーラティカ語を勉強している身なのだ。どうかトーラティカ語で話しかけてくれ」
おお!と周囲は驚いた。
「ではあらためまして。レジナルド様、私はフラスムースの統治を任されている貴族です。名前は…」
兵士が凄い顔で遮った。
「個人的な交流は禁じられております!」
レジナルドがまあまあというジェスチャーを見せる。
「まさか、人質としてやって来ているのに、その国の貴族と個人的なコネクションを作るほど俺も愚かではない。名前は聞かずに、雑談だけならいいだろう?」
兵士は言い淀む。
「フラスムースと言えば、虹の根元から金塊が出た場所ではなかったか?確か550kgぐらいの…」
「ええっ!?そ、そのような地方のどうでもいいニュースをご存じとは…!」
フラスムースの貴族は感激のあまり乙女のようなポーズをとっている。
こうなると別の人間もどんどん話しかけてくる。
「バイコーストヒル東部の統治を任されている貴族です、第二王子レジナルド様、どうぞお見知りおきを…」
マシューがフォローする。
「バイコーストヒル東部は農業が盛んで、マンドラゴラの収穫量では国内1位の場所なんです」
「おお、マンドラゴラといえば紐を使って悲鳴が聞こえない場所から引き抜くそうじゃないか、農家の知恵は本当に素晴らしいな」
「そ、その通りです。農業についてご興味が…?」
「いいや、食べる事に興味があるだけだ。ポーションや薬草としてだけではなく、野菜としても価値があるからな。生で食べてよし、煮てよし、焼いてよし、蒸してよし!悲鳴以外は葉まで食べられるというじゃないか」
笑い声の中、女性が顔を出す。
「ウースルーの統治を任されている貴族です、レジナルド第二王子様、お目に書かれて光栄でございます」
「こちらこそ。ウースルーと言えば、透明病がぼちぼち出ているそうだな。牛に白と黒のタトゥーを入れる計画はどうなったんだ?」
「まあ!ウースルーのような地方都市までご存じだとは…!インビジブル・シンドロームは収束に向かっておりますが、あの哀れな牛はタトゥーを施す前に肉にした方が良いと判断され、透明ステーキになりました。結局、その考えは間違っていたのですが…」
「焼き具合が判らんだろ?」
「そうなんです…」
レジナルドと変わらない歳であろう若い女性も声をかけてきた。
「オットーズ・ルミナスバレーの統治を任されている貴族です」
再びマシューのフォローが入る。
「トーラティカ最大の港、西港を抱える大都市です。輸入と輸出の半分が陸路なら、もう半分は海路からなので、王都に勝るとも劣らない立派な都市ですよ」
「おお!西港といえばクラーケン乾物が有名だそうだが、まだ食べたことは無いな。シェフに頼んで取り寄せてもらいたいものだ」
「よくご存じで!1年分を夏から秋にかけて作らなければならないので、今はてんてこ舞いで…私も王城へ出発するギリギリまで吸盤の切り取り作業を手伝っていました」
吸盤と聞いてレジナルドの目の色が変わる。
「ところで…”観察できない真空”のオブジェはなぜ1年にひとつしか製作されないんだ!?まさか付加価値を高めるために出し渋っているわけじゃ…」
「とんでもございません!観察できない真空は、完璧に左右対称の吸盤を見つけることが難しく、また絶妙な乾燥具合でないとくっつけられないので、匠の技で作られる高級アイテムなんです、どうかご容赦を…」
レジナルドにばかり注目がゆき、後ろから宰相がゆっくりと近づいてきている事に誰も気付かなかった。
「………嘘だな。付加価値を高めるために年にひとつしか作らないのだろう」
「さ、宰相!」
サーっとレジナルドの前から貴族たちは引いていく。
宰相は威圧的な声色で辺りに話しかけた。
「みなさん、人質として来られているとはいえ、隣国の第二王子様への配慮が足りないのではございませんか?このように大勢で囲めば、不快な思いをさせてしまうかも知れません」
ニヤリとレジナルドを見下す。
と言っても、宰相の方が身長は低いのだが。
「わはは!気遣い有難いが、俺は話しかけてもらえた方が嬉しい。ところで、王への謁見はまだだろうか?一番最後だとしてもそろそろ列に並んだ方が良いだろう?」
「いえ、あなたに謁見の許可は降りていません」
「何っ…!?」
レジナルドと共にマシューも動揺するが、言葉にできる事は何もない。
王座を見ると、国王と王配、そしてフィリップ王子がバラの茂みに包まれている。
「…今日は貴族への引見だけで国王様は手一杯でございます。お疲れでもありますので人質の皆様とはまたの機会に」
「わかった。もう結構」
レジナルドは不機嫌そうな態度を取る。
その時。
「あら、どなたか私にアリディンバリスの第二王子を紹介してくださらない?」
上品ではない感じの濃ゆい紫色のドレスに、オレンジのリボンや緑色の髪が、まるで殺人道化師に見える女性がやって来た。
宰相も動揺する。
「く、クローイ妃…」
マシューが頭を下げながらレジナルドに伝える。
「クローイ様は国王様の妹君です」
頭を上げずに下げたまま、クローイ妃にも伝える。
「クローイ妃、私は通訳で、こちらはアリディンバリスの第二王子レジナルド様です」
「紹介が遅いわぁ~!」
宰相が止めに入る。
「クローイ様!会話はご遠慮ください!!」
「どうして!?」
「人質とむやみに親しくなってはなりません」
「親しくなる気なんて無いけど、自己紹介だけね!それにしても、ずいぶん贅沢な身なりだこと!その指輪なんてお高そうじゃない~?アリディンバリス王家の誇る一点モノでしょうから、高いなんてレベルじゃないでしょうけど。さすがジュエリーに関しても、最上級のモノしか身に付けませんことねぇ?」
場の雰囲気が悪くなる。
レジナルドは微笑を浮かべながら答えた。
「これはカントリーハウス近くのタフタフリッチ中央の装身具店で購入したリングだ。価格は10万ゴールドだった。この指輪を購入する予算を通してくださった王家に感謝する」
レジナルドは深く頭を下げた。
価格を聞いたクローイは慌てる。
「そ、そんなにお安い、しかも市販品だなんて…!ああ嫌だ、私に審美眼がないみたいな言い方はよして!」
クローイの顔がゆがむ。
唐突にレジナルドはジョークを言いだした。
手を広げ、体を大きく振って周囲の貴族の顔を見ながら喋る。
「1つ買うと、2つ付いてくる。なぜ?」
「えっ…」
周りは混乱する。
レジナルドはオチを言う。
「メガネを2重に掛けているから!」
しょうもなさすぎるオチに数人が噴き出した。
「ケーキを所有しながらケーキを食べることが出来る!なぜ?」
フラスムースの貴族が声を出す。
「2つケーキを持っていたから!」
「違う!答えは、メガネを2重に掛けているから!」
今度はどっと沸いた。
――――――――――
フィリップは最後の貴族との謁見を終えた。
謁見と言っても、国王も王配も、普段から貴族と喋っている。
しかし儀式は儀式、舞踏会での報告はそれなりに厳かな、身分の差を感じさせる雰囲気でやり遂げなければならない。
お疲れさまでした、それでは部屋に戻りましょうと従者達がやって来て、国王は移動する。
フィリップは帰りがてら、壁でひとりぼっちで佇んでいるレジナルドを見てやろうと思った。
謁見も拒否され、さぞかし悲しんでいることだろうと期待したが…。
彼が見当たらなかった。
「おい、レジナルド様はどこだ?指定した場所に居ないようなら大問題だぞ!」
話しかけれた従者は、呆れたように人だかりを指さした。
「指定の場所にはおられるようですが…」
「…なぜ大勢集まって会話している!貴族たちには近付かないようにと指示しておいたはずだ!」
「そ、それが、クローイ妃が…」
その名前を聞いた国王がピクッと動いた。
「あの子がまた何かしたの?」
「い、いえ、レジナルド様と会話なさっているようで…」
「呆れたこと!連れ戻すように!」
従者と侍女は貴族たちの波の中へ飛び込んでいった。
レジナルドは他国の王族の気も知らないで、ジョークを披露し続けている。
「ボロボロの橋を、誰も渡らないように見張っている兵士に、パンを差し入れたら怒られた。なぜ?」
「おなかが空いていなかったから?」
「違う!答えは、トースト危険だから!」
どっと沸いている。
アリディンバリスでは擦り切れるほど口にされたジョークも、ここトーラティカでは新鮮らしい。
大笑いしているクローイの腕を侍女が乱暴に引っ張った。
「クローイ様!お部屋に戻りましょう!」
「待って!まだ私のジョークを披露していない!」
「お、およしになってくだい…!!!!」
「ねぇみんな聞いてー!飼っているネコが3匹死んだけど、全然悲しくなかった。なぜ?」
「…」
「…」
「…」
貴族たちの顔が引きつり、宰相は無言で輪から去った。
クローイは笑顔でパンチラインを決める。
「だって、前の日に300匹死んでいたから!」
「…ワハハ」
「…ハハ!」
「…ウフフ」
貴族たちは引きつった表情のまま笑い声を上げた。
クローイは満足気に笑って帰ろうとする。
その時。
レジナルド達から離れた場所で、貴族のひとりがくしゃみをした。
ボン!
「キャーーーーーーッ!」
「なんだ!?!?!?」
「ポニーだ!!!!」
舞踏会の会場の真ん中にボニーが出現した。
急な出来事に多くの人が混乱している。
くしゃみが2回聞こえて、ボン!ボン!と新しくポニーが誕生した。
「どうなってるんだ!?」
「兵士はいないのか!!」
「どうしてポニーがこんなところに!」
異常を感じ取り、兵士が国王一家を囲んだ。
「はやくお部屋にお戻りに!」
国王は落ち着いている。
「待ちなさい、何があったのか把握してから動かなければ、逆に危険というものだ」
「お、お母さま…!」
フィリップは不安そうに国王にくっついた。
父である王配はキョロキョロして、バラは無事なんだろうな!?ポニーはバラを食べるのか!?と従者に文句を言っている。
そのとき。
青い顔をした貴族がこのホールから出ようと走って出口に向かった。
が、兵士に落ち着いてくださいと止められる。
「ハクション!」
ボン!
「キャーーーッ!」
「兵士がポニーに!!!!」
貴族たちの叫び声が響く。
「待ってください、わ、私のユニークスキルなんです、この場所から…ハクション!」
ボン!
「こ、この場所から出させてください…ハクション!ハクション!ハクション!」
彼女の周りにいた貴族3人がポニーへと姿を変えた。
兵士は彼女を取り囲むように前に出て、参加者たちは騒ぎから遠ざかるように移動した。
国王たちも元居た王座へと引き下がる。
「魔法使いを呼べ!」
「バリアを張らせろ!!」
警備のために城のエントランスで待機していた魔法使いがドタドタ走ってくる。
生まれて初めて廊下を走ったことだろう。
「魔法使いのみなさん、こちらです!」
兵士に案内されるまま彼女に近づくが…。
「ハッ…は、ハ、ハ、ハッ………ハクション!ハクション!ハクション!」
ボンボンボンボンボンボン!!!!!!
次々にポニーへと姿を変えられてしまう。
「そんな!」
「早くここから逃がしてくれ!」
会場はパニックだ。
彼女はくしゃみが止まらないようで、一秒間に一頭のペースで人がポニーへと姿を変えていく。
その様子を見ていたレジナルドが前に出る。
「任せろ!」
ふわっとした闇が彼女を包んだ。
「光魔法を応用したものだ。目に入った人間がポニーになっている様子だったから、何も見えなくすればポニー化は防げる…はずだが?」
緊張が舞踏会の空気を沈黙させる。
誰もがかたずをのんで見守る中…。
「ハ………ハクション!ハクション!ハクション!」
誰もポニーにならない。
会場はレジナルド渾身のジョークを言った時以上にワッと湧いた。
「すごい!」
「誰が対処したんだ!?見慣れない男だが…?」
「あれはアリディンバリスから来た人質だろう」
レジナルドはゆっくりと手を差し伸べ、暗闇の中にある手を取る。
「俺の声は聞こえるな?ゆっくり歩いて外へ出るぞ?」
「…はい…ハクション!」
兵士がレジナルド達を取り囲み、廊下へと先導しようとする。
「待て、庭には出られないのか?」
「ハクション!」
「警備上、閉め切ってありますが…」
「緊急事態だ、お前たち兵士が居れば大丈夫だろう、外へ移動させてくれ」
ホールのガラス壁が開かれ、そこからレジナルド達は庭へと出た。
「…くしゃみが止まりました」
レジナルドは魔法を解いた。
中からは貴族の女性が出てきて、カーテシーでお辞儀をする。
2人は笑い合い、取り囲んでいた兵士もホッと胸をなでおろす。
「誰かがつけていらっしゃった香水が鼻に合わず…ついくしゃみをしてしまいました」
「くしゃみで他人をポニーに変えられるのか?」
「はい。人間とポニーを勝手に入れ替えてしまうユニークスキルなんです…発動を制御できなくて」
「それは大変だな。今日の夜会以上に気まずい場面もあったろう?」
「ええ、ポニー牧場に行った時…くしゃみをしたら、全裸の人間が急に家族の前に出てきて…」
「逆も?人間をポニーに変えるだけでなく逆も????」
兵士が困り顔で女性に尋ねる。
「ところで、ポニーになった人間はどうなりますか?」
「1時間程度でエンチャントが解除されるはずです。ご迷惑をおかけしました…」
そのやり取りを大勢の貴族がガラス越しに見ていた。
「アリディンバリスの第二王子様だって!?あの魔法は一体!?」
「ものすごいスキルだ、さすが王族…」
「それに引き換え王城で働く魔法使い達はどうだ、みんなポニーに変えられてしまって」
「違うだろう!安易に近づけと命令した兵士たちが悪いんだ!」
「わ、私たちも魔法が使えるんだから何か出来たはずだけど…風魔法を起こして彼女の目を閉じさせるとか…」
「どんな危険があるか判らなかったし、迂闊な事は出来なかったな」
ざわつく貴族たちの中央で、全てを見ていたフィリップの頬に汗が流れた。
一夜にして隣国の王族がヒーローになってしまったのだ。




