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人質生活52日目

「は?」


上申受付係の使用人が、エイデンに手紙を届けた。

「リストにあった”アンダーソン宝石店”からでしたので、お渡しいたします」


エイデンは息をのみ、受け取った。

内容を呼んで愕然とする。

「”このリストに乗っている美術品が盗まれていないかご確認を”」

大雑把な絵画の大きさと作家名が記載れている、怪しいリストだ。

エイデンはその手紙を握りしめ、レジナルドの部屋へ早足で移動した。

以前、絵画がごっそり盗まれている事に気付いたのはいいが、それがどんな作品だったか思い出せずにいたからだ。

ちなみに自分で作ったリストが乗った手帳は第一王子ブレンダンに持って行かれたままである。

「見張り、ご苦労さまです」


交代制で24時間立たせている兵士に挨拶をし、部屋へ入った。

絵画にかけられているシーツを剥がし、リストに合う絵画が本当に盗まれているのか確認する。

「(西ウルバーズの大リングの絵は…どこだ…ああ、なんてことだ!本当に無くなってる…)」


アリディンバリスの西方にある観光名所が描かれた絵画だった。

青いツタと黄色のツタが絡み合い、森の中に大きな輪が建っているように見えるのだ。

「カッハの石なし丘の絵…も無い…何てことだ!」


昔、カッハという場所には無機物を無重力状態にできるユニークスキルを得た魔法使いがいて、練習のために石を宇宙空間へ飛ばし、岩だらけの丘をツルツルの場所に変えてしまったのだ。

今でも地域住民が毎日草を抜いたり、ほうきで掃いたりと手入れをしてツルツル状態を保ち、観光名所として栄えている。

躓く石が無いのは縁起がいいと、外国からも旅行客が訪れる立派な観光地だ。

エイデンが息をのんだのはここからだった。

盗品リストに載っていたのは絵画だけではない。

「(進入禁止の円錐オブジェ………ああ!そういえばそんなものを作らせていたな、確か、まっ赤な石の…!?)」


部屋中探したが、沢山のオブジェが飾られているリビングにも、寝室にも書斎にも無い。

まさかと思って続きになっているドレッシングルームも調べたが、やはり無い。

レジナルドが個人で使っていた4つの部屋、全てを確認したがオブジェは無くなっていた。

「(あ、あんな大きなものを堂々と盗むとは…)」


エイデンの心に怒りが湧いて来た。

「(…一体どいつが…いや、見当はついているが…)」


清掃に入った使用人が盗んでいると見抜いてはいた。

いたのだが、結局彼もリングを盗んだ挙句、犯行計画手帳を第一王子に奪われていたため、問題解決に動くことを悩んでいた。

震える手で手紙の続きを読む。

「(”王族の所有物の盗難など、決して起きてはならない重大な事件でよすね?一般市民はともかく、新聞社などに漏れる前に、直接お会いしたく存じます”)だと…!?こんなものは…」


脅しだった。


――――――――――


レジナルドが乗馬をしていると、使者が来て新聞の切り抜きを届けてくれた。

「”キャンパス・ホワイトの花に含まれる毒素がダイエットに有効 胃を縮める効果が確認され 薬として研究される”だそうだ」


乗馬インストラクターのセーラは上品に笑った。

「”毒薬転じて薬”と昔から言いますから。逆に、”薬も過ぎれば毒となる”ということわざもありますし、納得ですね」

「…」

「レジナルド様?もしかして、やせ薬を飲みたいと思っていらっしゃる?」

「…ハッ!い、いや、うむ…まあ、効果があるのなら考えなくもないが…」

「オホホ。効果があるとしても毒をお飲みになりたいとは。人間には誰しも愚行権があるそうですが…かなり危険な賭けのように感じられます。スリルを求めてらっしゃらないのなら、普通の減量法を試してみてからでも遅くはありません」

「それはもっともだ。ま、楽な道を選べるのならそれに越したことはないが…」


セーラの冷ややかな目線がレジナルドに刺さり、慌てて弁明する。

「だ、だって楽に痩せられるなら、楽な方が良いだろう!?」

「どんな薬にも副作用はありますし、健康的に運動して少量を食べるのが一番ですよ」

「たくさん食べてスリムな体を維持できるならそっちのほうがいい!!!!」

「まったく、新聞記事をよく読み直してください!物理的に胃を縮めるのですから、たくさん食べる事が出来なくなるのです。それで痩せるわけですから、普通に食事量をコントロールするダイエットと同じなのでは?」

「あっ…」

「意志が弱いのなら頼られてもよろしいでしょうか、レジナルド様は強い意志をお持ちではありませんか」

「えっ、俺がか?」

「そうですよ。雨の日以外は毎日乗馬のレッスン、通訳のマシュー様に習ってトーラティカ語の勉強、ご自身のコレクションをまとめた本の執筆、読書に、保護したモグラの世話」

「アイツは勝手に水浴びしてるし、トイレも庭の隅で庭師が指定した場所で済ましているし、俺が世話している事は何もないが…」

「何より、今まで順調に減量してこられたじゃありませんか」


レジナルドは馬上で自分の腹をさわった。

確かにアリディンバリスの王城で暮らしていた頃よりは痩せている。

「ま、まあな…」

「ご謙遜なさらずに。とはいえご自身の努力だけでなく、健康的な食事を用意してくださるシェフとコックのお2人。それにゆっくりと少ない量を隣で食べてくださるマシュー様のご配慮もあるのでしょう。にしても、自身の口に食べ物を運ぶのは自身の手なわけですから。レジナルド様の努力として誇ってもよろしいのでは?」

「…へへっ!」


レジナルドは胸を張り、発酵焙煎チョコレート号の腹を蹴って早く走らせた。


――――――――――


「どう思う?」


アリディンバリスの王城、演者たちが集まる部屋。

光魔法の使い手で、照明担当の女性が発言した。

「改変がダメとアデレート様がおっしゃられているのなら、そうするしかないでしょう」

皆が”納得してないけど、仕方ないね~”といった表情でうなずく。

「ま、しょうがないな!私たちの仕事は王族の機嫌を取る事だ!」

「気持ちを切り替えていこう!」


衣装係が案を出す。

「レジナルド様役の人間の衣装は、とんでもなくド派手にする必要がありますね?…劇が進んでトーラティカでの扱いが酷くなるにつれ、服もボロボロにしていくのはどうでしょう?」

「面白いですね!見栄えを悪くしていって、最後は穴の開いた布をまとわせればいいんですよ!」


酷い脚本でも改善するアイディアがあれば話は別だ。

「このままだと話が短いので、オペラ調にしましょう」

「舞台に階段のセットを用意し、その階段から転がり落ちるのは?」

「使用人に蹴られる場面では、ワイヤーで吊るして迫力を出しましょう!」

「部屋に雨漏りするシーンで、観客に向けて水鉄砲を発射してみませんか?」

「カビた食べ物を出されるシーンでは実際に腐った食べ物を用意し、風魔法でその匂いを客席に送りましょう」

「ボロい屋敷が傾くシーンで実際に客席が傾くように、床に仕掛けをしませんか?」

「最終的にシャツを発射するバズーカを持って客席にシャツを打ち込みましょう!」


――――――――――


明日、夜会が開かれるとあってトーラティカの王城内はバタバタしている。

フィリップの父である王配はホールに大量の植物を飾らせていた。

中央に敷かれた絨毯を挟んで、ずらっと鉢、それに刺さったトレリスが互い違いに並んでいる。

「しかし、これでは入場する国王様と王配陛下、それに王子様のお姿がよく見えませんが…」


王配は笑った。

「いいじゃないか、国王の顔はいつでも絵で見ることができる。しかし、私が育てたバラは明日、このタイミングでしか披露できないんだ!」

「で、ですが…王座をバラで覆うというのはいささか伝統的ではないといいますか、華美な装飾が過ぎるといいますか…」

「素敵じゃない!そのままにして!」


女性の声が響いた。

ホールの飾りつけを宰相や家臣と共に確認しに来た国王だ。

王配が国王に抱き付く。

うしろからついて来たフィリップも、シメシメという感じで父の飾りつけを褒めた。

「バラのドーム、とっても素敵ですね!飾りつけひとつとっても、格の違いを貴族に見せつける場となることでしょう」

「革新的なイメージを具体的な装飾に落とし込めるこのテクニック、さすが我が夫!」


妻と息子に褒められて本人は嬉しそうにしている。

これでは美術装飾担当の上級使用人も口出しできるはずがない。

フィリップは家臣を適当に3人選び、ホールの入り口から玉座までを歩かせた。

「(よし…よし…いい感じだ!!顔がチラチラとしか見えないぞ!)」


レジナルドには見張りの兵士をつけ、ホールの端の端へ移動させる予定だ。

そこからならまず自分の顔は見えないだろうと踏んだ。


王配が歩いている臣下に指示を出す。

「王座に座ってみてくれ!」


王座をぐるっと囲むバラは、球状に編まれている。

土魔法が使える使用人が植物を操り、この囲みを作ってくれた。

中に入ってしまえば彼ら彼女らはバラのツタに囲まれて、正面からしかその顔を見る事ができない。

「(いいぞ!!!)」

フィリップは喜びのあまりガッツポーズを決めた。

これなら顔を見せずにやり過ごすことが可能だろう。


――――――――――


「こらっ!また変なもの食べて…!!」


マシューはモグラを持ち上げた。

もしゃもしゃと口が動いているので、屋敷の中にいた虫か何かを食べたのだろう。

「ペッ!しなさい!ペッ!!」

フン!という感じでモグラは顔を横に向ける。

そこに使用人がやって来た。

「秋冬用のモグラ服を編みましたので、試着させようかと」

「おお、レジナルド様が仰っていた甘イモ入れですね」


毛糸で編まれたそれはすっぽりサイズだった。

「これは暖かそうですねぇ」

「背中にポケットもつけちゃいました」

「モグラは手足が短いのでポケットは使えないかと思うのですが?」

「いえ、レジナルド様はデブじゃないですか。デブってキャンディを持ち歩く習性がありますよね?ここに入れてもらえれば丁度いいかなって」

「思うのは自由ですが口に出したら即解雇ですよ?いいですか、これはミミズ入れということにしてください」

「わかりました…」


――――――――――


「待たせたな」


モルリヴァールのオークション会場に、絵画数点が持ち込まれた。

アリディンバリスで有名になりつつある若手の画家で、彼女の絵はレジナルドがひいきにし、パトロンぶっていたのだが。

支配人がルーペで全ての絵画を細かくチェックし、額装からキャンバスを外した。

光魔法のライトを特殊な波長の光を放つ宝石に当てると、キャンバスの裏地に青い文字が浮かび上がる。

書き上げられた日付などの細かな情報の中に、デカデカと所有者のサインがあった。

「この笑ってしまう程の自己顕示欲。確かにレジナルド様が描かせた絵でしょう、素晴らしいですね」


絵画を持ち込んだ女性の商人は、肩が凝ったというような仕草を見せる。

「馴染みにしている古物商が閉店したことは気がかりだが、別のルートが見つかって本当に良かった」

「しかし、一点につき300万ゴールドとは、いくらなんでも、ですね」

「手持ちが無くて一度宿に戻ったからな」


彼女は両手を広げ、ハァ、とアピールする。

オークション会場の支配人は眉間にしわを寄せた。

「盗品商だってボランティアじゃない事は知っていますが、次第に値上がりしていくことを考えると…厳しいですね」

「値段交渉はしたんだが、アリディンバリス国内のレジナルド様のファンならそれぐらい出すし、画家のファンならもっと出すと言われて、300万ゴールドから全く下げずに手を打った。クソっ!」

「…一枚につき30万ゴールドを上乗せします。330万ゴールドで買い取るので、あなたの儲けもそれなりにあるでしょう?」

「嘘だろ!今回はいつにも増して危ない轍を踏んだんだ!馬車も新しくしたいし、見せかけの積み荷だってタダじゃない!一枚50万ゴールドは乗せてもらわないと!!」

「40万で納得してください」

「確かに。でも一応やっとこうか?」

「335!」

「345!」

「では間を取って40万で」

「うーん、やっぱり値段交渉っていらないかもな?」


――――――――――


「レジナルド様!完成しました!」


サイモンが掲げたそのレリーフは…期待通りの転生させ女神像だった。

「おお~っ!これこれ、こういう無難な転生させ女神像でいいんだよこういうので!」

「こういうの呼びは不敬かと思いますが、とにかく、自分の中の常識と良識を出し切りました」

「そうか。ふざけずに無難なプロダクトを出力するのって結構苦労するんだなぁ。とにかく、これをエントランスに置いてある白い巨石に彫ってくれ。できるか?」

「足場を組むところから始まりますが、やってみます!」

「頼んだぞ。街に行って業者と契約を…」

「いえ、安く済ませるためにレンタル足場を借りてきて私と庭師の2人で組み立てますよ。まったくの素人ですが安心して任せてください!」

「それって本当に大丈夫なんだよな…?ジョブキャットが湧いたりしないよな?」


通りがかりの執事が、養生も忘れずにお願いしますよ!と大声で注文を付けた。


――――――――――


夜、アリディンバリスの王城。

一日考え抜いた結果、エイデンは渋々手紙の差出人に向けて返信をしたためていた。

侍従長という立場になった以上、第二王子の所有物が盗まれていると知られれば、彼の立場は危うい。

「(それにしても…使用人のアホどもめ!!あ~~~~~~~~っっ!!)」


叫びたい気持ちを押し殺しながら手紙を書き上げた。

記載されていた住所を封筒に写し、郵便係に渡せば後は向こうの反応を待つだけだ。


――――――――――


同じく、アリディンバリスの王城。

使用人長のコーラが、第一王女の部屋に呼びつけられた。

「お呼びでしょうか」


第一王女は咳払いをし、棚の上にあるポプリポットを指さした。

「あれを捨ててきてほしいの」

「!?」

「わ、わかってる、アレはお母さまから頂いた贈り物だから…捨てるなんて、と気を使っているのかも知れないけれど…」

アデレートは慌てて言い繕った。

「でも、私の部屋には似合わないし、お母さまが贈り物をしてくださったという思い出だけで十分なの。だから、捨ててきて頂戴」

「わかりました…」


使用人長は自分が数日前にこっそり第一王女の部屋に戻したポプリポットを捨てろと命じられたわけで、こちらはこちらで少し焦っていた。

「な、なにか…違和感とおっしゃいますか、こう、以前と違うような印象を持たれたりしましたか…?」

「えっ!?!?へ、変なこと聞かないで!」


かなり踏み込んだ質問に王女は驚いた。

「べ、べ、べっ、別に、いつも通りだけど…だけど、とにかく捨ててきて欲しいの。すごく遠くに捨ててきて。わかった!?城の敷地の外へ捨ててきて!!!!」

「ええっ!?」

「何も聞かず、仕事が終わったらこの事はすぐに忘れなさい!とにかく、あなたの口の堅さがあなたをその職務につけさせたと私は知っているの。いい?!わかったと言いなさい!」


王女はソファーから立ち上がり、ポプリポットを掴んで使用人長に押し付けるように手渡した。

「わ…わかりました」


言葉を飲み込んだ使用人長は、ポプリポットを手にし、部屋から出た。

部屋の見張りをしている兵士に魂の抜けたような顔で会釈して歩き出す。

「(やっぱり…メリンダが第一王女様の部屋から盗んだことで、このポプリポッドが持っていた王妃様の神聖なオーラが穢れてしまったのかも…)」


その時。

苦虫を嚙み潰したような表情で歩く侍従長の横を、夕方から夜にかけてのシフトが終わろうとしているアンが通り過ぎた。

「(え…?)」


思わずアンが振り向く。

一方の使用人長は、アンとすれ違った事も気付かないほど考え込んでいた。

「(無意識のうちに、以前とポプリポットが違う事に気付かれて…それで捨ててほしいとおっしゃられたに違いない…。そんな!亡くなられた王妃様とアデレート様の思い出の品を、一介の貴族がめちゃくちゃにしてしまったなんて…)」

使用人長の胸の内に後悔が広がる。

王妃との思い出の品を自分の部下が盗み、汚してしまったという罪は重過ぎた。

一方のアンも鼓動が早まる。

「(どうして使用人長があのポプリポットを持っているの…?メリンダが自分の部屋に持って行ったハズ…!あっ!!)」


メリンダが窓枠から落ちて亡くなった時、使用人長と宿舎の管理人が彼女の部屋を調査したと知っている。

「(バレた…)」


アンは足を止め、停止した。

「(捨てて欲しいとアデレート様から命令された品ではあったけど、王族の私有物である事には変わりはない。捨てろという命令を無視して、勝手に持って帰った事が…バレた…)」


当日の勤務表は保管されている。

アンとメリンダが2人1組で清掃に当たっていた事は既に調査済みだろう。

「(あっ、ダメだ。もう全部バレてるんだろうな)」


今までの窃盗の記憶が、彼女の脳内を駆け巡った。

当然、レジナルドの宝石箱にあったリングがひとつ無くなったあの日、アンとメリンダが清掃当番だった事にも意味が生まれてくる。

「(全部バレた…バレたんだ…故郷で真面目に領地を管理しているおばあ様、両親、お兄さまたちにも迷惑がかかっちゃ……う…)」


アンは冷や汗をかきながら振り返った。

早かれ遅かれ、処罰は免れないだろう。

「(ダメだ、何のために盗みを働いて、故郷に仕送りしてきたんだろう。ほつれたドレスを直しながら着ているお母さま…身勝手な叔父や叔母を見張るために領地を回ってヘトヘトのおばあ様、自ら剣をもって冒険者の代わりに水グマを退治しているお兄さま達…)」


彼女の足は、自然と使用人長の方に向かっていた。

捕まって一族の恥さらしになる事以上に、故郷への不自然な送金がバレる事を恐れる。

一番ダメージが少なくなる方法を考え、それは自白以外に無いと悟った。

「使用人長、お話が」


急に呼び止められたコーラは驚いて止まる。

アンに引っ張られ、使用人長は見張りの兵士のいない場所へと移動した。

「もう耐えられません。告白します、私は盗みを働いていました。クリスティーナに脅されていたんです」

「ええっ!?」


一番ダメージが少なくなる方法は、自白で間違いないだろう。

プラス罪のなすり付けオプションがつけば、勝率はそれなりだ。

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