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人質生活50日目

「レジナルド様、ご覧ください!」


サイモンが持ってきたソレは…前日に渡した巨石のかけらだった。

転生させ女神の姿が浮き彫りで表現されている。

表現されてはいるのだが、問題があった。

「何だこのギリギリ性器が隠れているレベルのきわどいアウトフィットは!?というか、巨乳過ぎるだろ!?いったいどこの国にこんな転生させ女神の像があるって言うんだ!?!?!?」


レジナルドの反応が想像と違ったのか、サイモンは慌てる。

「わ、私が持っている陶器の転生させ女神様の像がこれなんです…」


手渡されたその小さな置物は、確かにクリエイティブな一品だった。

「…こんなに製作者の好みが反映された転生させ女神像は見たことが無いな、これはトーラティカの文化なのか?でも街にあった教会の像は一般的なものだった気が…」

「いえ、これは陶芸家である兄が作ってくれたんです。個人の趣味の延長でこうなってしまって…」

「個人の趣味は個人の趣味で完結させろ!?オリジナルのフィギュアでやれ!!世界の創造主で性欲を満たそうとするな!?」

「違うんです、言い訳させてください。まず第1に、最初はこんなに胸が大きくなかったんです。でも制作点数を重ねるうちに、だんだん大きくなってしまったようで…」

「それって何の言い訳なんだ?????」

「第2に、最初は布面積がしっかり広かったのですが、制作点数が増えていくにつれ、だんだん布面積が小さくなってしまったようで…」

「ノリノリで魔改造してるじゃないか!」

「第3に、この置物はきちんと転生させ女神様に認められているんです」


サイモンは目を閉じ、じっと祈った。

すると女神の像は光り輝く。

「おお…そ、それなら俺のような人間からは文句のつけようがないが…つけようがないが…これを彫られたら困るぞ!?!?!?」

「そうなんですね…残念ですが、わかりました。今日は町へ行きますから、教会で転生させ女神像をスケッチしてきます。それを手本に彫れば、普通のレリーフが出来上がるはずです」

「そうしてくれ、頼んだぞ。まったく、いきなり彫らせてこれが出来上がったらセクハラで俺が罰せられるところだった!」


サイモンの顔つきが変わった。

「えっ?このカントリーハウスは公共の場所ではないのですから、どのようなオブジェを飾ろうともレジナルド様の自由のはずです。といいますか、公共の場でも全裸でなければ表現の自由がありますからセクハラになるはずがありませんよ。街の中心にある噴水にも裸婦像が飾られているじゃありませんか。噴水の裸婦像が良くて、転生させ女神様の裸がダメなのは文化的に権威が無いからですよね?もし1000年前に誰かが裸の転生させ女神像を作り、それが一般的になった世界線があったとしたら、その世界で私がこのきわどいコスチュームの転生させ女神像を彫ったとしても苦情は来ないはずです。人は見慣れたものには違和感を覚えませんからね。ああそうです、兄が作ってくれた転生させ女神像をここに飾ることで、こうした表現を一般化させるのもひとつの手段かもしれません。結局、表現の自由を守るためには誰かが文句を言われたり、変態扱いされたり、空気の読めない愚か者扱いされるのを耐え、多くの人の目にその作品を晒し、その文化的歴史を長く保ち続けるという覚悟が必要なわけです。レジナルド様、共に苦難の道を歩み、歴史を変える楔として人生を捧げませんか?」

「うわっ、こいつキッツ…」


レジナルドは1秒だけ躊躇したが、思い切って転生させ女神の事を話してみた。

「…俺はな、夢の中で転生させ女神様に出会った事があるんだ」

「そ、そうでしたか…流石、王族ともなれば寵愛されておいでですね。転生させ女神様は王族や貴族の魂を特別に気にかけておられるのでしょう」

「いや全く違う。モグラを大切にしろとのメッセージだった。今の転生させ女神はモグラに夢中だ」

「えっ…」

「種族間の争いに介入する予定があるとかでワクワクしていた。まあそれはさて置き、実際の転生させ女神は…この白い巨石のように大きく、体中を布で覆っていた。両肩に乗る神獣のブタは裸だったが…いやブタが裸なのは当たり前だろう!!違う違う、俺は何を言おうとしていたんだ?とにかく、お前の中では兄に作ってもらったこの像が、転生させ女神のイメージなのだろう?」


サイモンはショックを受けているようだ。

「全身を布で覆われているとは…ハァ…そ、そうです。私がいつも祈っているのはこの置物なので…」

「それはそれで良いんだ。お前の話を聞いて思い出したことがある。アリディンバリスではな、彫刻家を国で雇い、ある程度規格化された転生させ女神の小さな置物を無料で配布してるんだ。もっとも金がある家では別に買ってたりするようだが、とにかく、規格化された転生させ女神像が国中に溢れている。しかし、砂漠の向こうのヌーなどでは木の幹に浮き出た模様や、岩の自然な風合いにも転生させ女神を見い出し、それに祈ると聞くじゃないか」

「ああ…知ってます。そんな自由な感じでも、転生させ女神様からの祝福が受けられるそうですね。適当なものに祈るなんて驚きですが、ヌーには未だにエルフの森があるらしいですから、まだ文化が未熟なんでしょう」

「よくよく考えるとな、アリディンバリスに置いてはきたが、黒と赤の木の組み合わせで作られた、抽象化の極みのような転生させ女神像を俺も持っていた。そしてそれも祈ると光るんだ。曲線が辛うじて転生させ女神のシルエットに見えるその木の置物も、お前の兄が作った陶器の魔改造フィギュアも、転生させ女神への感謝やリスペクトがあれば、それで女神から認められるんだ」

「!」

サイモンの顔が明るくなる。

「お前の持っているフィギュアも確かに女神像だし、兄から貰ったものならなおさら大切にしてくれ。でも、ここに飾るのは誰が見ても恥ずかしくないものにして欲しい。わかってくれるか?」

「はい、わかりました。でもギリギリを攻めたくなったらどうすればいいんですか?」

「使用人の職を辞して、兄の元へ弟子入りしろ?」

「私は元々弟なので弟子のようなものです。布教も弟子の仕事の一環なので…」

「ハインリヒ~!!ハインリヒ~!!俺に誰かをクビにできる権限はあるか~?」


3階にいた執事が吹き抜けから主人に向かって、ございませんよ~と叫んだ。


――――――――――


「畜産用はかりを撤去されるそうですね」


レジナルドはセーラに微笑みを返す。

「ああ。痩せて普通の体重計に乗れる日も近いだろうからな」

「良いことです。乗馬はなかなかハードな運動ですが、健康的な体重へ向かう手助けになるでしょう」

「その通り、運動は大切だ。しかし俺は乗馬以外にも運動をしているぞ。…バタフライナイフのトリックの練習とか、ナイフ投げとか」

「それは運動のうちに入るのでしょうか?」


カントリーハウスの前の直線の道で、速歩はやあしで馬を走らせていた。

セーラは躊躇いがちに尋ねる。

「あの白い巨石は、本当にレジナルド様がおひとりで屋敷の中に入れたのですか?庭師の協力なしに?」

「ああ、そうだが?」

「土から引き抜いて、底を平らにして、玄関扉から入るように横向きにして入れ、エントランス内で立てたのですか?」

「うむ」

「…上位の…」

「なんだ?もっと大声で話せ!」

「じょ、上位の土魔法使いでも、この作業は一苦労でしょうに…レジナルド様は本当に魔法の才能がおありで」

「ワハハハハ!なぜ褒めるのに気を使っているのだ?」

「上級使者様の前では、このような力を見せないほうがよろしいかと」


レジナルドが真顔になった。

「俺のお兄さまはすべて正しかったな。やはり、余計な軋轢は少ないほうが良い。魔法適性が5つあるなんて知らないかったほうが、大人しく扱いやすい人質でいられたのに」


その言葉にセーラが神妙な面持ちになる。

「俺は自分を変えなければならない。もっと控えめな性格に今からでもなれるだろうか?」

「体型も性格も控えめに調整できますよ。そうですねぇ…エントランス内に転生させ女神像を飾ろうという提案は、マシュー様かハインリヒさんがしたことにすればよろしいのでは?石は庭師の他、土魔法が使える使用人数人が運んだことにしておけば」

「なるほどな、面白い。俺があまりにも不信心すぎるから、マシューがドでかい転生させ女神像を屋敷内に置いた、と」

「ええ。モグラのために設置したと言うよりは心証がよろしいかと」

「いいぞ!ああ、それとは別に、完成したら完成したで教会へ行かないとな。トーラティカでも聖職者を呼んで儀式をするのだろう」

「そうですね、町の聖職者長のルイスさんに頼むことになるでしょう」


2頭の馬は並んで走って、ポータルが設置してある道の端の下り坂まで来た。

Uターンして屋敷へ戻る。


――――――――――


アリディンバリスでは、覚悟を決めた第一王女が侍女たちを下がらせていた。

部屋にひとり、テーブルの上にポプリポットを置き、中にたっぷりと入ったバラのドライフラワーを出していく。

「どうしてこのポプリポットが戻って来たのかわからないけど、とにかく指輪だけでも捨てなきゃ…」


最後の花びらの一枚を取り出す。

「え…?指輪が無い…?」


自分を驚かせたはずの邪悪なリングは入っていなかった。

確かに隠したことは覚えているので、花びらの山の中に無いか確認する。

「無い…えっ、どういう事?誰かが指輪だけ持っていって、ポプリポットをわざわざ元の場所に戻したっていうの????」


一瞬だけ焦るが、トラブルの元が消えたとも考えられた。

「”第一王女様がレジナルド様の宝石箱から盗みを働いた。この指輪こそが証拠だ!”と、暴かれればピンチだけど…でも、肝心のポプリポットはここにあるじゃない?私の部屋の中にあるポプリポットに入っているからこそ私が盗んだという証拠になるのに…ジャンプスケアリングだけを取り出して、ポプリポットをわざわざ戻したのは何故!?!?」

不気味な行動に思えた。

「お、王族の弱みを握ろうだなんて、一体誰が…!?でも使用人に捨ててと頼んだのだから、彼女たちが…????」


部屋に来た使用人の顔など覚えていない。

それに、ゴミ置き場を漁ろうと思えば誰でも漁れるのだろうと考え直す。

結局。

問題が増えたのか消えたのかよくわからなくて、アデレートはモヤモヤした気分になった。

「………もう一度捨てようとすれば、また戻って来るかな…?いや、しっかりと誰かに頼めば…」


――――――――――


「かなり重要な拠点ってわけだな」


同じくアリディンバリス、第一王子ブレンダンは地図を広げて従者と会話していた。

没収が約束された”例の領地”を指さして従者は話す。

「シブズ・ローッシュは国土の中央に位置し、大型の飛行モンスターの飼育施設になっているので。領地の面積では第一位です」

「…平地が多いな。使者と議員の移動は馬じゃないだろう?」

「そうですね、王都周辺はポータル伝いに馬で移動したほうが早いでしょうが、丘陵地帯に出てしまえば飛行モンスターに乗って移動するでしょう、そちらのほうが早いので」

「遠いな?」

「飛んでも1週間はかかります」

ふーっ!と王子は大きく息を吐いた。

「なら到着まで3、4日はかかるな」

「そこから調査ですから。シブズ・ローッシュから帰って来るのはそれなりに遅くなるでしょう」

「なるほど」


そんな重要な拠点を、父のきょうだいに治めさせるのは不安しか感じなかった。

「お飾りとは言え、領主の血族は叔父さま、叔母さまをもてなすだろうな」

「そうでしょうね。関係が深まる事が不安ですか?今日の議会でも話し合われましたが、監視は向こう10年ほどつけられる予定ですし、月に1回は使者が行き来するでしょう。領地を出て行くのは領主だけではございません。子供とそのパートナー、さらに実のきょうだいとパートナーまで追放ですから、貯めたゴールドがいくらあっても、領地外での新生活はつつましいものになるでしょう」

「そこまで追い出したら肝心の血族が居なくなってしまうのではないか?」

「いえ、現在議員をされてらっしゃるお孫さんが王城に居るじゃありませんか。あの様子だと彼は故郷へ戻るでしょうね。それに、こういうときに叔父や叔母の家系が効いて来るんですよ」


叔父や叔母という単語が出てきて第一王子は少し機嫌を損ねた。

従者はバツが悪そうな顔をしながらも続ける。

「資料によると、今現在も冒険者ギルドや職業ギルド、公共施設の管理などは同じリトルトン姓の方がされていらっしゃいますから、少しずつ人を引き抜いてきて領地の運営に当たられると予想できます」

別の従者も発言した。

「ご安心くださいブレンダン様。叔父さまも叔母さまも、一線を置いて生活される良識をお持ちでしょう。少しでも野心を出せば、それこそ監視の役目を果たしている者が黙ってはいませんよ。それに、いとこのバーナビー様のふにゃふにゃ具合といったら、無礼ですが笑ってしまう程です。血族の皆さまは、何の野心も持たれていないでしょう」


その場にいる全員に説得され、第一王子は渋々この会話を終わりにした。


――――――――――


「…というわけで、俺の信仰心のなさに呆れたマシューが屋敷内に転生させ女神像を置こうと提案した、って感じの筋書きでどうだろう?」

「う~ん、まあ、確かにレジナルド様が自主的にやろうとしている事は何でもかんでも妨害の憂い目にあう可能性が高いと考えると、そうですね」


エントランスにはラグが敷かれ、そこには一生懸命に石のかけらに見本を彫るサイモンが、胡坐あぐらをかいて座っていた。

「サイモンがどう作ってくれるかはわからないが、失敗したなら白紙に戻せばいい」

「私は感心致しました、さすがセーラさんです。上級使者様の行動を先読みしてくださるとは」

「まあ、転生させ女神への信心が欠けているというのは本当の事だからな!」

「この際ですから王族らしい毎日を送れるように矯正いたしましょうね」

「反論できる余地が無い」


――――――――――


カントリーハウスに蹄の音が響いた。

使者が新聞の切り抜きを持ってきてくれたのだ。

「ご苦労様です」


ハインリヒがそれと、あらためて送られた夜会への招待状を受け取った。

「(マシュー様が王城へ向かい、上級使者様に直接掛け合われた無礼は不問になっているんだろうか…)」

不安を感じながら使者の後姿を見送る。

「(私が心配しても仕方のない事ではあるが…)」


ハインリヒから新聞の切り抜きを渡されると、トーラティカ語の勉強中だったレジナルドとマシューは喜んで封筒を開けた。

「”サウセンス 舗装に垂れたミルクが乾燥して道の真ん中に白線が出現 その後、進行方向によって、馬車や人が左右で別れるように”」


マシューは感心して笑顔になる。

「へぇー!よく考えると、向かってくる人や馬を避けるより、最初から進行方向を分けておく方がいい気がしますね~進むのが遅い馬を抜かしたい場合は空いている側の道に出れば済む話ですから、効率的ですよ」

「そうか?俺は常に道の真ん中を歩きたいタイプだぞ」

「もし正面から同じ考えの人が歩いてきて、ぶつかりそうになったらどうするんですか?」

「大抵のヤツとぶつかっても勝つ自信がある」

「鋼のフィジカルですね?」

「この場合本当に鋼なのはメンタルの方だぞ?」

「やっぱり転生させ女神様にお祈りして、別の場所で一から人生をやり直された方が良いかも知れませんねぇ…」


――――――――――


夕方。

レジナルドはモグラの体を洗ってやり、風魔法で優しく乾かしていた。

「今日の腹巻はどれがいいんだ?」


モグラの前に筒状の布をずらっと並べ、パジャマを選ばせる。

でっかい前足で選んだのはピンクのヒョウ柄の布だ。

胴体にスポっと着せてみると、なんとも形容しがたい外見のモグラが誕生した。

「う~~~ん、今日も似合ってるな?」


モグラは体をうねらせて喜ぶ。

本当に似合っているかはさて置き、そんなモグラとレジナルドを見ていた従者のビルが言った。

「夏はまだ”モグラの腹巻コレクション”でもいいですが、秋冬はボディ全体を覆う布が必要になりそうな予感ですね」

「おお!確かに、モグラは気温変化の少ない地中で過ごす生き物だからな。寒さには弱いだろう。使用人が編んでくれるだろうか?」

「ちょっと聞いてきますよ」


ビルが話を持ち掛けようとした使用人はちょうどレジナルドの部屋の清掃から出てきたところだった。

彼女は話を聞くとすぐにうなずく。

「”甘イモ入れ”をお編みいたしましょうか?」

「へえ、トーラティカでは甘イモと呼ぶのか。スイートポテト入れなら形は丁度いいかもな。是非よろしく頼みたい!」


甘イモ入れとは、加熱したサツマイモを売っている屋台が使う容器で、熱々ホカホカの食品を火傷せずに受け渡しできる便利なものだ。

大抵は毛糸で編まれており、寒い日に犬や猫に被せたりすることもある。

風通しの良い甘イモ入れはポテトやニンジンなど他の根菜類入れとしても大活躍で、結果として穴が開くまで酷使される。

「ただ、かなり大きめの甘イモ入れを編まなきゃいけませんね…ちょっと待っていてください!」


仕立て職人よろしくメジャーを持ってきて、もぐらの胴体周囲と頭からオシリまでの長さ…それ以外に計測する部分は無い。

モグラは笑っちゃうほど円筒形の生き物なのだ。

とにかく胴周りと縦の長さを測り、メモした。

「数日かかりますが、まだ暑い日が続くので大丈夫ですよね?」

「もちろんだ!ありがとう、のんびりと作業してくれ。それにしても夏に秋冬物の心配をさせるとは。お前はモグラ界でも一番の着道楽だな?」


モグラは体をだんご状に丸め、後ろ足で犬のように頭を掻いた。

ビルがつぶやく。

「私の町では透明病にかかった甘イモをその容器に入れていましたよ。水蒸気で蒸された野菜は熱いでしょう?それなのに見えないのは危険ですからね」

「インビジブル・シンドロームの野菜を販売してたのか!」

「不可視イモって名前で売られていました」

「それが言いたかっただけだよなぁ~????」


――――――――――


トーラティカの王城。

フィリップは悩んでいた。

レジナルドが犯罪を犯して捕まったり、王族である自分を侮辱して罪に問われたとしても、祖父である先王が帰って来る可能性は低いのだ。

「………………………………………………ハァ」


それでも自分を気にかけてくれている従者は、このまま嫌がらせを続け、気に入らない者を合法的に排除するテクニックを磨くようにと言ってくるのだ。

腹の中でため息をつき、ウィングチェアから立ち上がる。

誰にも相談できないことが、さらに悩みを大きくさせていた。

「フィリップ様!失礼いたします。マイナス社に送っていた従者が戻ってまいりました!」


タイミングがいいのか悪いのか、ハイパーシークレットダイアリーに書かれた文字を解読するため送った従者が帰ってきたのだ。

「…通せ」


ヒゲがうっすらと顔を覆っている従者が出てきた。

「消滅ステーショナリーシリーズの製造方法についてですが、ユニークスキルを持った従業員が製造に関わっていたようで…」

「なるほど、読むことは不可能か」

「はい。インクも透明で…」

「透明なインクなんて存在するはずが無いだろう?水か何かがインク瓶に入っているんじゃないのか?」

「いえ、水で書いたとしても、乾燥すれば水に溶けていたマグネシウムやカルシウムが残りますから、その残留成分がどこにあるのかを調べれば、文字をある程度読むことは可能だそうで。しかし、ユニークスキルでエンチャントされているインクと紙から作られた日記は違います。一切証拠が残らないのが消滅ステーショナリーシリーズの特徴だと」

「…そのユニークスキルを持った人間はまだマイナス社で働いているのか?」

「ええ」

「珍しいタイプの魔法使いだ。王城で働かせた方が良いな。悪用されると厄介な気がする」


フィリップは従者を連れて国王である母親の部屋へ行き、熱心に説得した。

「なるほど、お前の言っている事はよくわかった。確かに、そのスキルなら私たちの役に立ってくれるはずだ」

「貴重な人材です。悪だくみに巻き込まれないよう保護するという名目で、我々の駒となってもらいましょう」


フィリップの提案に国王は感激したようで、いつもより多く褒めた。

本人も満更ではないという仕草で照れている。


――――――――――


「行方不明っていうのが信じられねぇんだよ!」


アリディンバリス、郊外の元盗品商の家。

天井からは不快な匂いがしている

そんな家を犯罪組織のボスと、その仲間たちはねぐらにしているのだが…。

「ああ、行方不明だ。合わせて4人、おたくら魔法使いはそのうち2人で、俺たちの仲間が残りの2人。全員、どっかに行っちまった」

「…ゴールドを探させるのが目的だとか言ってたが、どこまで遠い場所に行かせたんだ?」


荒事仲間が、失踪した魔法使いの行方を追ってここまで探しに来たのだ。

ボスも仲間たちも、まさかこの家のどこかにゴールドがあるとは話せない。

魔法使いは軽蔑を浮かべた顔でボスと喋る。

「ふん、まあいい。お前たち側の仲間はどうせ、そのカネを手に入れてバックレたんだろうな。ファミリーとして愛情の薄い奴らだ」

「ハッ!4人で山分けしても腐るほどのゴールドを手に入れたなら、抜け駆けするのは当然だろ?泥棒で食ってるくせにファリミーだと!?歯が浮くような言葉を聞かせやがって!その魔法使いこそ、お前らの所に一生戻らなくていいと即決できるぐらいの額だったのかもな!!」

「…それはあり得ない」

「なんでだ?」

「上位の土魔法を使えるヤツを連れてっただろ?アイツは日中、貴金属加工工房で働いてるんだ。アリディンバリスで最高の職人になると、毎日腕を磨いていた。もちろん副業として”ちょっとした盗み”に手を貸してはいたが、絶対に違法な事に人生をかけるようなヤツじゃない。むしろ、大金を手にしたらそのカネで窯炉ようろを直す人間なんだ…もうデカい工房で部下を何人も従えているし、絶対に行方を眩ますような魔法使いじゃ…」


ボスは内心冷や汗をかいていた。

不審な失踪だという事はこちら側が一番よくわかっている。

「そう言われてもな。こっちだって”ファミリー”とまではいかないが、一緒にやってた仲間が行方不明なんだ」

「探そうとは思わないのか?」

「探せるところは探した。これ以上当てがない」

「なんて薄情なリーダーだ!おい、お前たちも明日は我が身だぞ!!」


ボスの周りに座っている仲間にむかって声をかけた。

言われた仲間たちはヘラヘラと笑いながら喋った。

「この人は情に厚いからボスをやれてんだよ。アイツらがどこかへ消えたことは事実なんだが…手がかりが無くて探しようがない。ところで、お前は何の魔法が使えるんだ?」

「水だ」

「水かぁ、一番使えないな」

「使えないとは失礼だな、水脈探しと上下水道管埋めで家と別荘を建てたんだぞ、腕っぷしだけのお前らと同じにするなよ!」


家に来た男は捨て台詞を吐きながら店から出て行った。

その後、仲間たちは別の仕事についてダラダラと相談する。

「レクリエーション嗜好品を作ってる工場が隣りにあるんだよ」

「この甘い匂い、何度嗅いでもいいねぇ」

「作業員を募集してたりしねぇかなぁ?」


ボスはクタクタという感じでベッドに横になった。

ここ数日、有名な宝石屋や装飾品店に顔を出し、なんとか侍従長のエイデンに繋いでもらえないか頼み込んでいるのだが、やはり身元の怪しい男に相応しい扱いを受けているのだ。

疲労が溜まっている。

「…アンダーソン宝石店はまだ行ってなかったか?あんなシケた店に王族が足を運ぶとも思えんが…」


仕舞ってあった”成仏できぬ水筒”を取り出し、ひと撫でして抱えたまま眠りについた。

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