人質生活48日目
前日の夜。
トーラティカの王城、数ある応接室の中でも、最も狭い応接間。
「王子様、なぜレジナルド様に嫌がらせをされていらっしゃるのですか?」
フィリップ王子が従者に目線で助けを求める。
従者は”まずはご自分で説明なされてみてください。これも訓練の一環ですよ”と言うような目つきで返した。
「あー…えーとだな」
まさか自分の祖父が自国に帰ってくるように仕向けていると正直に話せる訳もなく、従者に話した適当な理由を、そのままマシューにも伝えた。
「彼のことはだらしのない王子だと聞いている。どれだけ王族としての資質が無いか、少しからかっているだけだ。この事は国王様も知っている」
「まさか!人質だからと言ってぞんざいに扱えば、その事がアリディンバリスにも漏れ伝わり、おじい様の待遇にも悪影響を与えるかも知れませんよ。私のような木っ端貴族には知り得ない事ですが、トーラティカも各国にスパイを置いているでしょう?アリディンバリスだってそうに違いありません。第二王子様が冷遇され、からかわれの対象になっていると知ることが出来る手段を持っていると考えるのが普通ではありませんか?」
「そ、それはだな…その通りだが…」
「フィリップ王子様。なぜレジナルド様のせいで落馬したと嘘をついたのですか。馬を確認すれば魔法で体を切られたとすぐに確認できるんですよ…」
「私はこの国の王子だ、好きに振舞う権利がある!まずあの人質は生意気なんだ。魔法勝負で私を負かしていい気になっている所をお前も見ただろう?」
「ええっ?あれは王子様が手加減してくださったものだとばかり…」
「んっ?」
「レジナルド様は自分の髪を乾かす時に間違って焦がしてしまうレベルの魔法初心者ですし、てっきりフィリップ王子様が手心を加えて、わざとレジナルド様に勝利と自信を恵んでくださったのだと思っていました。本気の勝負だったんですね…?」
「あっ、あ、ああ!そうだそうだ、あれは手加減したんだったな。まあ、それでも勝利の対価として新聞の切り抜きを要求してきたんだから、身勝手だろう?」
「…お言葉ですが、どんな人質も新聞を読むことは禁じられていませんよ。新聞を読めない身なのはレジナルド様ぐらいなものですが、まさか、ご自身のお姿を新聞で知られたくないという理由だけで禁止してはいませんよね?」
「そ、そんな自己中心的な理由な訳が無いだろう!いいか、もっと政治的な理屈で新聞を与えていないんだ。詮索はするな!」
「…わかりました。本題はそこではございませんので」
「(ふぅ)」
マシューは頭を下げた。
「どうか、レジナルド様へのからかいを辞めてください。フィリップ王子様を落馬させるのと同じレベルの問題を起こせば、今以上の拘束を受ける事になります。そして王子様にはそれを現実にできるお力があるんです」
フィリップは少しだけいい気分になった。
「まあな。やり方はいくらでもある。とにかく、通訳ごときが口を出すな」
「いいえ、先ほども申しましたが、どこに間者が潜んでいるのかわかりません。もちろん、人間ではなく我々の未知である魔法やモンスターを使っての諜報活動でしょう。とすれば、王子様が屋敷で行っている事は全てアリディンバリスに筒抜けの可能性があるんです。そうでしょう?」
マシューは無言だった従者に話を振った。
従者は答える。
「問題が明るみに出るとすれば、それはやり方が稚拙すぎるからです。もっと巧みに相手を嵌めれば、アリディンバリス側も苦情の申し立てようが無いでしょう」
「それは文章偽造などでですか?」
「…」
「…」
フィリップは赤面し、従者もため息をついた。
「以前、怪しいものが無いか監査にいらっしゃったとき、レジナルド様の語学力では到底書けない文章を”お作り”になって来られましたよね。また同じことを?」
従者は咳払いする。
「今度はもっと念入りに準備して、上手くやります」
「おやめください、レジナルド様は人質で、国がしっかり保護しなければならない客でもあるんですよ」
従者はもう、フィリップに喋らせるという当初の計画を放棄したようだ。
「しかし、母国では出来損ないのバカ王子として有名だったそうではありませんか。アリディンバリス側も、何か起きようが気にしないでしょう。やらかしても当然の人間だぐらいにしか思っていないに違いありません。フィリップ様の練習台としてはうってつけのマヌケ…」
「ちょっと待て!」
思わぬところでフィリップが入ってきた。
「レジナルドは王家の一員として気にかけられているし、民衆もそれなりにアイツの事を大切にしている。よくわからん演劇まで作って流行しているぐらいだ。だから…影響力がある」
「王子様…?」
「手紙をチェックしていればわかるが、王族からも重要視されているし、影響力があるんだ。つまり、アイツがやらかせばアリディンバリス側はその事を恥じ、人質を変えてくる可能性があるだろ?」
「…」
「…」
急な話にマシューと従者は顔を見合わせた。
「…まあ、可能性はございますが。といいますか王子様、他の人質に変えてもらいたいという思いでレジナルド様をいじめていらっしゃったのですか?」
「ち、違う!私は目的もなく嫌がらせをするようなヒマ人じゃない!ただ…」
「ただ?」
「…」
「お話しください、誰にも告げ口しないと誓います」
「わたくしも誓います」
「…」
フィリップは髪の毛をかき上げ、少しためらって考えを口にした。
「アイツが国に帰れば、おじい様が戻って来る…だろ?」
再びマシューと従者は顔を見合わせる。
「確かに…そういう話は聞いたことがありますね。他国での事例もあるでしょうし、我がトーラティカでも病気になった人質が帰国する代わりに、送った王族も帰国されたとか」
「ええ、一対一での人質交換ですから、片方が戻ればもう片方も帰国するというのは普通です」
フィリップの顔が明るくなる。
「だろ!?つまりな、レジナルド様が何らかの失態を犯せば、アリディンバリス側は慌てておじいさまを…」
「お待ちください、先王様が戻られるはずがありませんよ」
「!?」
従者はゆっくりと話した。
「先王様はもう国内政治に嫌気が差していたんです。隠居するなら二度と貴族たちの顔を見る事が無い場所がいいと言って、何年も前から計画を練り、望んで人質としてアリディンバリスへ渡ったんです。それにフィリップ様も、先王様がどれだけアリディンバリスでの生活をエンジョイされているかご存じでしょう?」
「うっ…」
「私はフィリップ様が幼い頃から従者としてお仕えしてきましたが、同時にお母さまである国王様、そして先王様にも仕えてまいりました。あの人の逞しい性格は王子様もご存じでしょう。今、あの方が置かれていらっしゃる境遇を考えると、帰ってくることはまずないかと」
「ぐっ…!何だとっ…!?」
それはフィリップにも言い返せない正論だった。
出て行けと言われたら出て行かない、もっと滞在しろと言われたらさっさと帰ってしまうのが祖父の性格と知っている。
「しかし、おじい様は余人をもって替えがたい偉人だろう!それを人質だなんて、可哀想には思わないのか!?」
「余人をもって替えがたかったなら、なおさらの交代劇なのです。先王様はダラダラ続いた国境争いを終わらせたという栄光を手にし、国内の反先王派貴族をけん制しつつ、娘である現国王様に王座をスムーズに譲られました。ケチの付く引退ではございませんでしたでしょう。それを”帰ってきて欲しい”などと…!」
「ま、待て、そう言葉にはしていないだろう!」
「先程おっしゃったではありませんか!!」
マシューが従者を止める。
「お待ちください。王子様、素直に話してくださってありがとうございます」
「ち、違う!誤解だ!」
「いえ、私も同じ気持ちなんです。偉大な前国王様がトーラティカから去ってしまわれたことに、自分の半身が奪われたような強い痛みを感じています。一介の貴族ですらそうなのですから、孫であるフィリップ様にとっては耐え難い悲しみでしょう」
「…」
その後、マシューは先王を称える言葉を並べた。
「つまり、怒りのやりどころが無いわけですよね」
「…そ、そういうわけではない…一度に色々変わり過ぎて。様々なことが一気に押し寄せて、なんと言い表せば良いのか」
「なるほど」
「あとシンプルにレジナルド様がムカつく…!王族として全く素質が無い姿を見ると、イラつきがこみ上げてくる。剣の練習や乗馬すらしてこなかったと言うから驚きだ。毎日食っちゃ寝の生活を送ってきたのだろう。今時、そんな才能のない奴はいくら血筋が良くても成人と共に王城から叩き出されるのが普通だぞ!」
「まあ、その通りでしょう」
「…」
「通訳として毎日接していて感じるのですが、レジナルド様はフィリップ様の足元にも及ばない存在です。ですから、レジナルド様のためにフィリップ様の経歴に傷がついてしまう可能性が1%でもあると思うと、いたたまれない気持ちで一杯になります。どうか、レジナルド様へのちょっかいをおやめになられてください」
「…」
従者が大きく胸で息をした。
「とにかく、今日の所はこの辺で」
「上申を受けてくださりありがとうございました。今日の話は胸の内に仕舞っておくことを命をかけてお約束いたします」
「夜道を帰らせるのは不安です。宿泊し、翌日に帰宅してください」
従者は使用人を呼び、マシューは応接室から出て行った。
「…王子様」
フィリップは落胆していた。
レジナルドを国に返しても、祖父が戻って来る保証はないという現実を突き付けられたのだ。
そんな主人を、従者は確かな口調で励ました。
「王子様。何をガッカリされていらっしゃるのですか。先王様のこととは別に、レジナルド様は元々人質としては不適格なほど身勝手な人間です。罪を偽装する練習台にはうってつけですよ!」
「…ええ?!?!」
従者に背中を押され、フィリップは自分の部屋に戻る。
帝王学の道のりは遠い。
――――――――――
翌朝。
夏の日にしては清々しい風が吹いている。
「どうだ?窓を開けて寝ても腹を冷やさなかっただろう?」
モグラは自分の胴体を叩いた。
トラ柄のでっかいモグラと共にダイニングルームへ歩く。
「おはよう!ああ、そうか、王城へ出向いていたな。マシューはいつ戻るんだ?」
「おはようございますレジナルド様。丘から町まではポータルで移動できますし、その後も山を越えなければいけないのでポータルを利用されるでしょう。平地の部分はそこまでありませんから…」
「前に観劇で王城まで行った時には2時間半ぐらいかかったな?馬車ならそれぐらいだが、ひとりで馬を走らせているならもっと早いだろう」
「ええ、そのぐらいでしょうか。とにかく、昼までには帰ってきますよ」
ハインリヒはモグラにもエサ…今日はミミズを与え、イスを引いてレジナルドを席に着かせた。
「ひとりで食べるとどんどんテーブルマナーが適当になっていくんだ。誰か、食事のマナーに詳しい人間が隣りで一緒に食べてくれないか?」
ビルが名乗り出た。
「ご一緒させてください」
「おお、助かるぞ。ところで、お前って一般家庭の出じゃなかったか?」
「はいそうです。ですから、レジナルド様の手順を見て、それを真似しようと思います」
「お前、俺がさっき言ってたこと聞いてたか????」
レジナルドは文句を言いながらも、いつもより緊張しつつ朝食をとった。
ビルはレジナルドのやることなすことを見ながら真似する。
「過去イチテーブルマナーが不安になるなぁ!言うまでも無いが、俺を参考にするなよ!」
「そんなことおっしゃらないでください。ああ、次はミニツリーを食べるんですね?」
「真似するな!」
「食事中に文句ばっかり言うのが上品なマナーなんですか?」
「ぐっ…!」
足元を見ると、モグラがミミズの入っていた容器をペロペロ舐めていた。
「まったく、ああそうだ!俺は動物じゃなくて王族だからな!よく見ておけ!」
気持を切り替えたレジナルドのテーブルマナーは見事なものだった。
食後の茶までしっかりと優雅に飲み干し、見守っていた使用人や、ハインリヒ、シェフから拍手が飛んだ。
一方のビルはカトラリーを3回床に落としたが、全て自分で拾っていた。
――――――――――
「ふむ…」
アリディンバリス、王城。
第一王子が、最近城内で起きた窃盗事件は親族が犯人なのではないか、という陰謀論を文章にし、それを父親に披露していた。
「なるほど、領地の勝手な分割騒動まで親族の企みの一部で、領主になって郊外で勢力を蓄える事が目的、と」
「ええ、否定はできないでしょう?」
「できるに決まっているだろう!」
国王は声を荒げ、第一王子が従者に徹夜で作らせた資料をビリビリに破いた。
「こんな点と点が繋がって線になって六芒星になってる~~~!!!ようなことがあってたまるか!第一、妹や弟の行動は常に見張らせてある。王位継承権のない王族が下剋上を企てることなど、どこの国でもあり得る事だ。我が国アリディンバリスでそれを警戒していない訳が無いだろう!」
「…も、申し訳ありません」
「あと、プレゼンテーション資料作成能力もいまいちだぞ、なんだこのちゃっちい白黒のイラストは?」
「身内で回す資料は、見栄え第二、素早さ第一だと教わりましたので…」
「そうか?私は見栄えがするカラーの資料の方が好きだぞ。印刷したものを沢山めくっている方が”こいつ仕事頑張ったなぁ~”って感もあるし、束になっている時に厚みがあると”熱意に溢れた提案だなぁ~”という錯覚もする」
「お父さまってもしかしてクソ上司としての素質がおありで?」
「あってたまるか!とにかく、もうこの話題は私の前に出すな、いいな!!」
ブレンダンはしょぼくれて父親の部屋から出てきた。
こんな時は、自分の話を積極的に聞いてくれた王妃、母親が懐かしいものだ。
従者達に励まされながら自室へ戻った。
――――――――――
非番のクリスティーナは、王都の郊外の装飾品を取り扱う店に来ていた。
店内はガラスで来たチェストや、鳥の羽と金属を組み合わせて作られたシャンデリアなど、目のくらむような美術品が飾られている。
壁には絵画が並び、木で彫られた偉人の像がピカピカの床に反射していた。
カウンターから高齢の店員が顔を出す。
「いらっしゃい」
「こ、こんなに朝早くからやってるんですね?」
「そりゃ、夜に”仕事”をした人間が寄る場所ですからね」
「!」
クリスティーナは驚いた。
「わ、私がなんの目的で来たのか知ってるの?」
「盗品を売りに来たのでは?」
「…」
「顔にそう書いて書いてありますよ」
「そ、そう…!」
平静を装いながら、案内されるがまま店の奥へと進む。
布一枚をくぐると、雑多に美術品が置かれた倉庫のような場所があった。
「さて、品物は?」
「これだけど…」
メリンダの部屋からくすねたジュエリーを見せる。
その中には、ジャンプスケアリングもあった。
どこに待機していたのか他の店員も姿を現して、アクセサリーの重さを量ったり、レンズのような道具で表面を見たりしている。
「土魔法が使える魔法使いはいらっしゃらないの?」
「おりますが、金属が本物かどうかわかるレベルではないので、昔ながらの方法で査定させていただいています」
「ふうん…」
「ところで、これはどういったものでしょうか?」
高齢の女性はジャンプスケアリングをクリスティーナに渡した。
「盗んだものだからよくわからないの」
「光魔法がエンチャントされたアトモスフィアを感じますが」
「へえ…じゃあ、そういう事なんじゃない?」
「なるほど、わかりました…」
出された飲み物を飲み終わる頃には結果が出た。
「合計、100万ゴールドでいかがでしょう?」
「!!!!!」
「ここにサインを…」
「わ、わかった!」
「為替と現物、どちらが宜しいでしょう?」
クリスティーナは1万ゴールドを100枚貰った。
この世界の通貨、ゴールドは純金ではない合金だが、それでもずっしりと重い。
重いはずなのだが、心が軽いと体も軽かった。
スキップしたい気持ちを押さえながら宿舎へと戻る。
――――――――――
「マシュー!帰ったか!!」
乗馬を終え、そろそろ昼食だという時間にマシューは王城からカントリーハウスに戻ってきた。
「ただ今帰りました」
「昨日、茶の時間が終わってから出発したと聞いて驚いたぞ!なぜあんな時間に出て行ったんだ?」
「別に明るいうちだったでしょう。王城に報告がてら書類を手渡しに行っただけですよ。屋敷に滞在している使者様も同行してくださいましたし、定例ミーティングみたいなものですね」
「ふ~ん…」
レジナルドは目を細くした。
「それって、俺について話しただろう?」
「ハハハ!レジナルド様について以外の何を報告するとお思いですか?」
「…どうだった?」
「別に、特に問題はありませんでした。今後もたまに王城まで出向きますよ。お気に留める必要はないでしょう」
「そうか…」
「残念ですが、レジナルド様のコレクションについてはお話しませんでした。いつになったら返却していただけるのか、あるいは保管状況がどうなのかさえ判りません」
「まあ、もう終わった話だ。残念だし夢に出てきてうなされるレベルの悪夢ではあるが…俺に文句を言う自由はない。これが人質暮らしの辛い所だ。まあ、不平不満を日頃から訴えていたら、いざというときに軽くいなされるっていうからな。悔しいが今は我慢の時なのだろう」
「…」
「それにな、コレクションがゼロになったわけじゃない。来てくれ、見せたいものがあるんだ!」
「まさか、バタフライナイフではないでしょうね?」
マシューとレジナルドが部屋に行くと、飾り棚の上にメタル・ミニモグラが置いてあった。
「どうだ?ちょっと前に俺が作ったんだぞ」
「ふふ、凄く良いですね!」
金属性のモグラフィギュアを手に取り笑うマシューの足元に、トラ柄のモグラが近づく。
「おや、一日見ない間に毛皮が生え変わったんですね?」
「えっ?ああ!日中なのに脱がすのを忘れていた!夜間だけ着せるパジャマのようなものなんだ」
スポンと筒を取ると、形状が記憶されているのか筒状のまま床に転がった。
モグラはキャッ!と言うように体を丸める。
「ああ、寝冷えしないように腹巻を作らせたのですか?」
「腹巻とは何だ!そんなダサいものじゃないぞ。人間で言うと、脇の下から股にかけての布面積だから、モグラドレスだ」
「一枚目のドレスがトラ柄とは良いセンスしてますねぇ…」
「その通り、素晴らしいセンスだ。逆に考えても良いモノだぞ。トラがモグラの腹巻をしていたら…ビロードのようなブラウンの毛皮…それはもうロマンチックだろ?」
「今、ご自身で腹巻って言いましたよね?」
――――――――――
アリディンバリスの王城。
第一王女アデレートは、新聞を読みながらイライラしていた。
「つまり、下の兄が脚本を書いた演劇が大人気、ってワケ!?」
「せ、正確には第二王子様が書かれたものではないでしょう。つまり、脚本家が全身改造手術のような舞台向けの手直しをし、ようやく人に見せられるものになった、という具合ではないでしょうか。以前、興行主が来た時も”原案を元に、我々が作った脚本がございまして”と言っておりましたから」
侍女は第一王女を慰めたが、本人はワナワナと拳を震わせた。
「”暗闇のトンネル世界を照らす一筋の光、モグラ王国発展の道は竜退治に通ずる!悲運の第二王子の手により敵同士が協力するとき、地底のマグマドラゴンは磁化されコアに沈む!6000度に耐える最強ドラゴンを倒すには重イオンをぶつけ合って摂氏5.5兆度を目指すしかない!掘れ!クソデカ長々粒子加速トンネル!”の方が、わたしが書いたストーリよりも人気だっていうの!?」
「流石王女様、記憶力がいいですね!」
「ふざけないで!」
第一王女はコーヒーテーブルに置いてあった刺繍の布を投げつける。
「納得いかない!」
「落ち着いてください、公演から1週間はどんな舞台でも人が訪れると聞きます。市民は目新しいモノ好きですからね。しかし、ここからは本当の面白さが試されるはずです」
「そ、そう…」
第一王女は新聞を読み直した。
「”モグラのぬいぐるみが大人気!主演俳優、ロジャーの体躯は見事なもので…”ちょっと待って、このぬいぐるみって何?」
「最近は演劇本編だけでなく、開演前にドリンクとスナックを売り、閉幕後にもグッズやパンフレットを売りつけるのが舞台ビジネスのようで…」
「ふーん。はしたないこと!演劇は演劇のみを楽しむ芸術なのにね?」
侍女たちはそうです、そうですよね、と同意を口にした。
その中のひとりが思いつく。
「王女様、演者たちもトーラティカから帰ってくる頃です。王女様が書かれた脚本を宮廷役者に演じさせればよろしいのでは?」
「!!」
「そうです、最近の彼らはトーラティカの先王様につきっきりだったのですから、そろそろ我がアリディンバリスの王族のために働いてもらいませんと」
「なるほど、それは名案じゃない!じゃあ早速、下の兄に起きた悲劇についての脚本を書かなくちゃ!タイトルは”第二王子の零落”でいこうと思うんだけど?」
「うーん、タイトルが短すぎませんか?」
「1000年前は短いタイトルが主流だったのに、まったく最近のナーロッパと来たら…!」
アデレートは侍女たちを追い出し、ひとり静かにライティングテーブルへと向かった。
――――――――――
「なるほど、我が国をコケにした演劇はひとまず終了した、というわけだな」
トーラティカの議会では、隣国アリディンバリスのけしからん舞台演劇について決着がつこうとしていた。
「もう全く別の脚本が演じられているわけですね?」
「いえ、報告によるとレジナルド様が主人公な事には変わりないようで。しかし、内容はトーラティカには一切関係なく、地下のモグラ文明の発展をメインストーリとしたミュージカルだと」
「モグラ文明、とは何ですか?」
「さぁ…報告書にも”敵対するモグラ勢力と戦うのかと思ったら、真の敵であるマグマドラゴンが出てきて、共闘する熱い展開だった”とありますから、一体なにを指してモグラ文明の発展なのかはわかりませんね」
「どうせ石鹸を教えてやったとか、そういうありきたりなヤツでしょう」
隣りで黙って聞いていた貴族が凄い剣幕で反論する。
「公衆衛生を改善するタイプの知識チートを使って集団や国家を管理運営するジャンルが一番面白いのに、ありきたりなヤツとはなんですか!啓蒙先導リーダー系主人公が謙虚だけどみんなから尊敬されて国王になってしまう物語は最高でしょう!謝罪してください!!」
宰相が仲裁する。
「私も技術力のあるリーダーが知識を未開の集団に披露していく話が大好きですが、流石に石鹸は定番すぎて見飽きた感があります。もうちょっと別の角度から文明の発達っぷりを見せつけるテンプレが出来上がればいいんですけどね。あと下水道の整備も出てくるたび”あるある~”って思っちゃうので」
「議題はそこではないでしょう!とにかく、トーラティカ王国をバカにした演劇が終わったならそれでよいのでは?」
「はい。間者にも定期的に報告するようにと命令してあります。この件に関しては、一応の終了という事でよいかと」
――――――――――
庭師がモグラと遊ぶのを見ながら、レジナルドはガゼボで辞書を引き引き、マシューと共にトーラティカ語の勉強に励んでいた。
「ところで、ガゼボって濁点が多すぎないか?」
「”焦げ焦げのダビデ像”の方が濁点が多いですよ」
「メタ発言はやめろ?」
「先に言ってきたのレジナルド様じゃないですかぁ…」
「”発言”といえば、ところでな、あのモグラには会話制限の魔法がかかっているんだ」
「へえ、不運ですね。悪い魔法使いにいじめられたんでしょうか?」
「いや、転生させ女神様のせいだ」
「…私には信仰心がございますので、女神様への悪口はご遠慮させていただきます」
「そうだ、モグラの今後の人生…モグラ生?の幸運を願って、転生させ女神像を作ろうじゃないか!」
「へえ、それは珍しく良いお考えですね。教会へ行かずとも、カントリーハウス内でお祈りすることが可能ですから」
「珍しくってなんだ!…サイモン、サイモンは居るか?!」
サイモンは呼ばれ、計画を告げられた。
「エントランスに石の転生させ女神像を置こうと思うんだ。俺は土魔法が使えるから石を移動させることが出来る。室内に置いてやるから、お前が女神像を完成させてくれ」
「え゛え゛~~~っ!?!?私のキャリアに”彫刻”はございませんよ!!」
「手先が器用なんだから何とかなるだろ?とにかく、挑戦してみてくれ!頼んだぞ!」
マシューが頬杖する。
「そう考えると、畜産用はかりが邪魔ですね?」
「は?あんなもの羊農家に返してこい!」
「そうですねぇ…このままいけば、レジナルド様が普通の体重計に乗れる未来もございますでしょうし」
そう言われてレジナルドは照れる。
「ま、まあ、順調にダイエットが進むとは限らないが…とにかく、石の確保から始めるか!庭の隅に追いやられている白い巨石があるだろう!あれの下を切って安定させ、自立するようにしてから屋内に運ぶぞ!」
モグラを抱きかかえた庭師が叫んだ。
「あれは庭の景観の一部で、隅に追いやっているわけではありませんよ!石が欲しいのなら自分で探してきてください!!!!」




