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人質生活46日目

早朝のアリディンバリス、王城。

使用人長コーラは、侍従長エイデンの部屋に居た。

「大変申し上げずらいのですが…」


エイデンは後ろを振り向き、守護精霊がいるなら守ってくれるよう、軽く会釈する。

「王城で盗みを働いた者がおります」


エイデンはもう一度振り向き、自分の後ろに”ギクッ”とか”ドキッ”みたいなコメディ擬音が表示されていないか確認する。

「…そ、それは第一王子様が調査されているので」

「犯人の目星はついております」

「!?」

使用人長のコーラは、ガラスで出来たポプリポットをエイデンに見せた。

「話そうか悩んだのですが…これはアデレート様の持ち物です。今は亡き王妃様、つまり第一王女様のお母さまからの贈り物で…ぐっ!…ううっ…」

「ど、どうしました?」


コーラは泣き出した。

「…先日自死したメリンダの部屋にございました」

「あ、ああ!」

「私たち、使用人長と侍従長が命を差し出すことにより、この窃盗事件のお詫びを王族の方々に…」

「まま、待ってください!」

エイデンは慌てふためく。

「縛り首は嫌ですよ!」

「しかし、部下が罪を犯せば、その責任を負うのは上司です。私とあなたで…」

「確かに責任を負うのは上の者の仕事ですが、ハッキリいってこの場合はケース違いですよ。いいですか?いつ私たちが盗みを働けと指示を出しました!?その逆で、家名に恥じぬように真っ当に奉仕すれば、それなりの稼ぎと名誉を家に持って帰ることが出来るといつも指導しているではありませんか!なぜ我々が罪を負わなければならないのでしょう。これでは人の上に立とうという貴族は出てきませんよ!」

「…」


コーラは眉間にしわを寄せた。

「しかし、メリンダが第一王女様の私物を盗み、そのことを悔やんで窓から身を投げたのは事実です」

「なら、事実を隠せばよいのですよ」

「…」

「そのことを知っているのはあなただけですか?」

「いえ、宿舎の管理人と共に彼女の部屋を調べましたので…」

「急ぎの用事があると彼女を呼んでください」


こうして3人は、事実を隠し通そうと話し合った。

「で、ポプリポットはどういたしましょう」

「私が清掃に加わることもございます。秘密裏にポプリポットを第一王女様のお部屋にお戻しいたします」

「お願いしますよ」


使用人長はエイデンの部屋を出た。

城下町でバラのドライフラワーを入手し、たっぷりとポプリポットに入れて、それを清掃ワゴンに積んだ。


――――――――――


「あの不気味に動く甲冑を片付けろ!」


アリディンバリスの王城、王の部屋。

珍しく、国王が第一王子を叱っていた。

「レジナルドの所有物らしいが、寒気がするほど不気味だ。第一、その重さで持ち主が圧死してしまった呪われた甲冑だそうじゃないか!城に最もふさわしくない調度品だろう!それをエントランスに飾るなど…」

「その通りです。これでレジナルドの愚かさを皆が忘れないでしょう」

「何っ!?」

「どうやら弟はそれなりにトーラティカで人質として上手くやっている、そうですよね?」

「あ、ああ…すぐに問題を起こしてアリディンバリスに送り返されるか、トーラティカで投獄されるかだと思っていたが、一応ボロは出していないようだな」

「そのため、国民はレジナルドを懐かしみ、人質として敵国に渡ったことを美化し始めているのです。レジナルドをテーマにした音楽や演劇が作られている事をご存じでしょう?」


国王は黙らざる負えなかった。

「また、美化の逆の現象も起きています。それは”畏怖”です。こちらの方がより問題でしょう。実は、臣下たちの間でレジナルドの生霊が城を歩き回っており、モノを隠してイタズラしているというような噂が流れているんです」

「ふふっ、そのバカげた話はついさっき聞いた。議員どもめ、自分の持ち物の管理も満足にできないという訳だ。苦し紛れに出てきた擦り付け先が”第二王子の生霊”とはな」


すべての所有物の管理を従者に任せている人間のセリフはさておき。

第一王子ブレンダンは真剣な目で話した。

「城に執着心がありそうなレジナルドが生霊になっているというのは、あり得ない話ではありません。しかし、居ない王族を恐れ始めては、お父さまや私、そして妹たちの権威に傷がついてしまうのではありませんか?」

「それもそうだ。さらに、精神エネルギーひとつ浄化できないような光魔法使いしか使役させていないとなれば、我々の恥だからな」

「こういった話は広がりやすいでしょう。早めに手を打っておく必要があります。そこで…言い方は悪いですが、レジナルドがいかに愚かだったかを広く臣下に思い出させるために、エントランスに呪われた甲冑を配置しました。結局、コレクションを見れば本人のレベルが判るというものですからね」


国王は豪快に笑った。

「いやまさしく、実際、その通りだ。…ふむ、愚かな人間に相応しい、呆れた調度品という訳だな」


――――――――――


その頃、当人のレジナルドは元気に朝食を食べ、発酵焙煎チョコレート号と共に障害競技に臨んでいた。

オクサー障害のバーをぴょーんと飛び越える。

「よし!いいぞ!」

「お上手です、その調子!」


セーラも声を張って応援する。

何周もして、幅のあるジャンプに慣れていく。

「ふーっ、こんなところだろうか?」

「そうですね、もっと幅を広げましょう」


馬係とセーラはバーを持ち、ジャンプする距離を広げる。

「踏切でタイミングを指示してほしい馬も居ますが、発酵焙煎チョコレート号は経験豊富な馬なので、やりたいようにさせるのが一番成功率が高いでしょう。レジナルド様は初心者ですし、教えを乞うような気持ちで挑まれてください。とは言え、1メートルを超えてくると乗り手の熟練度も重要になってきます」

「うーん、初心者と熟練度ってなかなか相反あいはんする単語だなぁ…?」

「今のところ馬は従順ですし、訓練の経験もございますので経路指示もしっかり守っています。どんどん先に進みましょう」

「これにクリアしたら、どうなるんだ?」

「限界と終点はございません。もっと高く、もっと広い幅を飛べるようにチャレンジしていきましょう。オホホ!」

「ひえ~~~!!!」


午前中たっぷり練習し、クタクタになったレジナルドは馬から崩れるように降りた。

自分で土をフカフカにする魔法をかけてボヨンと地面に横たわる。

「セーラ…あのな…身も蓋も無い事を言っていいか?」

「ダメです」

「普通の乗馬は…まだ…乗り手としての技量と言うか、肉体的な運動神経が試されていた気がする」

「ほほう」

「しかし障害競技はな?完全に…適性のある馬に乗れるかどうかにかかってないか?パーセンテージで言うと90%ぐらい馬の素質にかかっているだろ?」

「オオーーーーーッホッホッホッホ!」


セーラは甲高く笑った。

「今更でしょう。乗馬の中でも特に障害馬術とはそういう競技です。ただし、なんとなくでは適性のある馬は誕生いたしません。人間が馬を飼いならし、従順な道具としての価値を高めるために訓練、調教し、交配を続けてきた歴史をナメないでいただきたいです。その辺りを含めてのスポーツなのですよ」


馬係が発酵焙煎チョコレート号を連れて行った。

レジナルドは地面に座り直す。

「何だか、自分がやっている事が無意味に思える。それに、馬が可哀想な気がするんだ。これって変だろうか?」

「変ではないですよ。馬が可哀想だから乗馬を辞めるという貴族もいらっしゃいます。もう発酵焙煎チョコレート号はレジナルド様の馬ですから、可哀想だと思うなら放馬させてもいいでしょう。もっとも、その一頭を自由にさせても、今日だけで世界中合わせれば1000頭以上の馬が新しく調教のために頭絡をつけさせられているでしょうが」

「…そう言われると別の方向で出来が悪い馬に感情移入してしまう。発酵焙煎チョコレート号のような優秀な馬を作るために、不服従な馬や覚えの悪い馬、体の小さな馬は肉や皮にされてきたのだろうな」


セーラは手を伸ばした。

レジナルドは、お前に俺が引き起こせるわけないだろう、と言いながら自分で立ち上がる。

「人と、馬とは違います。何でもかんでも感情移入されるものではございませんよ。ところでレジナルド様はトウモロコシ、つまりコーンはお好きですか?」

「もちろんだ。子供の頃は芯まで食べていたぞ」

「オホホ。頑丈な歯と胃をお持ちで。ところでコーンの原種は、今我々が食べているコーンとは似ても似つかないテオシントという植物だそうで」

「へえ」

「人間は7000年前から品種改良を続け、今の粒が多くて甘いコーンを開発したのです。ところで、コーンを食べたり、見たりすると罪悪感が湧きますか?」

「まさか!むしろ、そこら辺に生えていたであろう雑草を、素晴らしい食料にしてくれた先祖には頭が上がらない。きっと優れた王族が指示を出して国家規模の改良計画が…とにかく、感謝しきりだ」

「馬も同じです。昔は小さい馬ばかりだったのを、コツコツ品種改良を続け、今の移動手段の道具としての適性を伸ばしてきたのでしょう。農耕の友でもございますし。確かに不良品だと弾かれた馬の行く末は残酷ですが、私たちの生活は良い馬があってこそ、ですよ」


レジナルドは乗馬パンツに付いた土を払う。

「優秀なら優秀で可哀想だ。元気に野原を走り回っていたはずの生き物が、小屋や狭い馬場の中で暮らさなければならないなんて」

「それはそうですね。ただ、馬もコーンも、あるいは人間自身もそうやって良い…とその時代時代で思われる方向へと改良を重ねてきたわけですから」


レジナルドとセーラは屋敷に向かってとぼとぼ歩く。

モグラが駆けてきてレジナルドの足元にまとわりついた。

デブ猫程の大きさに成長してしまったモグラを抱き上げ、レジナルドは文句を言う。

「ああ、それを忘れていたな。人間が一番品種改良をしている生き物は人間自身なんだ。馬を哀れんでいる場合じゃなかった」

「オホホ。レジナルド様も私も、進化の最前線にいるのです。気高い生活を心がけましょう」

「気高い生活とは、王族らしい暮らしの事だな」

「ええ。朝起きて、好きに暮らし、夜には眠ることが出来る恵まれた身分であることを感謝しましょう。食事は美味しいですし、本も読めて、馬にも乗れる。魔法を使って庭の落ち葉をまとめたり、服だってたまには作れますよ。…その、収集品の事に関しては、残念でしたね」


セーラはレジナルドの顔を見た。

眉毛をハの字に下げている。

「コレクションを忘れる事は出来ない。今、リストを作っているんだ。かなり大がかりな仕事だがやりがいを感じている」

「完成を楽しみにしておりますよ」


レジナルドはバスルームに移動し、ビルの手を借りて服を脱ぎ、軽くシャワーを浴びる。

サロン、と呼ぶには小さい客間に顔を出すと、セーラはちょうど茶を飲み終えたところだった。

「今日は少し時間が押して、もうすぐ昼なので帰らせていただきます」

「ああ、ご苦労様。明日も頼むぞ」

「明日は障害馬術はお休みして、少し遠乗りいたしましょうか?」

「いいのか!?」


ビルがセーラを送るために一緒に部屋を出た。

マシューはのんびり書類を眺めている。

「なあマシュー。王族や貴族は、良い人間と良い人間を掛け合わせて作られたサラブレッドだろうか?」

「それはもちろんそうでしょう。どの国でも、国家の運営に関わるのは優れた人材と決まっています。”統一者”、”戦争上手”、”鉄壁の守護者”、”独立の英雄”…」

「それはさぁ…優れた王を意図的に選んでるだろ?不名誉ばかり残した王族や貴族も大勢いた。”ロウソクの灯より短い在位”、”乱心王”、”高利貸し館の城主”、”骸骨コレクター”、”折れ剣の領主”…」

「うっ…」


マシューは言葉を濁しながら茶を啜った。

レジナルドは続ける。

「市民でも賢い者は賢く、良く動けるものは良く動き、さらに思いやりがある。王族でも俺のように好き勝手することに命をかけるアホが居る事を考えると、名馬と名馬を掛け合わせたところで名馬が生まれるなんて、都合が良すぎる妄想だろ?そもそも王族は本当に名馬の集まりなんだろうか?実は王冠を頭に乗せているだけの駄馬が、名馬を駆逐した後のこの世の終わりの牧場でダンスしてるなんて事は無いよな?」

「まあ…同意はしませんが…メンデルの法則を考えるとダメな性質とダメな性質が合わせて遺伝してしまうという場合が、たまにはあるでしょうね」

「同意してるじゃないか!」


レジナルドはチョコチップ入りのスコーンをかじった。

「今更ながら、自分が良い馬じゃないと気付いたんだ。慰めてくれ」

「ハァ。私は通訳以外の仕事をし過ぎなので特別報酬を要求しなければなりませんね。確かに、レジナルド様は王族らしい振る舞いをされてきませんでした。しかしそのことで…お兄さまの地位を脅かすこともなく、また、人質交換で妹さま達がトーラティカへ送られることも防がれたのでは?」

「!!!!」


レジナルドは目を丸くする。

マシューは続けた。

「きっと、第一王女様、第二王女様は感謝されていらっしゃいますよ。レジナルド様が人質になられたことで、ご自身たちはアリディンバリスに留まれているのですから。他の親族の方々も、みな同じ思いでしょう」

「…まあ、妹たちはまだ子供だしな。叔父さま、叔母さま、イトコたちも、人付き合いや向こうで完成している暮らしがある。そうか…俺が来ることは運命だったのか?」

「運命という強い言葉を使うかどうかは悩みますが…良い馬でなくとも、何だかんだ使いどころがあるものです。胸を張ってください」

「おお!駄馬としてのプライドが溢れ出てきたぞ!」

「それはどうなんでしょう?」


――――――――――


トーラティカの王城。

「月から持ち帰らせたチーズだ。食べてくれ」


フィリップは光魔法が使える魔法使い達を自室に呼び、もてなしていた。

「光魔法で姿を歪める事は出来ないか?」

「可能ですが…」

「単刀直入に頼もう。私は上級使者と身分を偽り、レジナルド様を監視している。つまり、夜会で私が王子だとバレれば、監視役の任を続けられなくなるんだ」


魔法使い達は顔を見合わせる。

「そうだったのですか…!」

「王子様自ら人質の監視とは!」

「国のためにそのようなお仕事をされていらっしゃること、存じ上げませんでした!」

フィリップは頷いた。

「これは極秘で、王城ではお母さまや宰相しか知らない。もちろん私の従者やレジナルド様の周りで働く者たちは知っているが、絶対に口外してほしくないんだ。わかってもらえるな?」

「はい!国家への忠誠は王族への忠誠です」

「よしよし。で、レジナルド様の目に、私が映らないようにしたいんだ。頼めるか?」

「そうですね………空気の層を厚くしたり薄くしたりすることで相貌を歪める魔法があります。また火魔法、水魔法と風魔法の合わせ技で空気を冷やしたり温めたりでも対象物をぼやけさせられますが、かなり高度なコントロールを要するので…」

「夜会中、維持し続けるのは困難か?」

「残念ながら…しかし、王子様に視線が集まるのは登場の瞬間でしょう。国王様と共にホールに出た時だけ、なんとか王子様のお姿をボカして見せることなら…何とか」

「おお!やってくれるか!」

「ですが、他の参加者から見てもボヤけて見えます。トーラティカ国の太陽、フィリップ王子様を、そんなセンシティブな画像情報扱いしてしまっても大丈夫でしょうか?」

「細かい事は気にするな!早速練習をしよう!」


フィリップは熱のトンネルで囲まれ、サウナ状態になりながら自分のアイディアを後悔した。

「ヴァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!止めろ!!!!!死刑にするぞ!!!!」


魔法使い達は慌てて魔法を散らし、部屋の壁紙を焦がす。

「も、申し訳ございません…」

「他の方法はないのか…?」

「王子様を光らせ、眩しくして見えなくする方法もあります。色は白く飛びます」

「そっちの方がセンシティブ画像情報の処理後っぽいだろ…?」

「光魔法を逆に作用させ、全ての波長の光を吸収し、まっ黒く塗りつぶすというパターンも」

「センシティブ情報の処理方法感がすごいなぁ…」


――――――――――


「フィリップ、朝と服が違うじゃないか。着替えた?」


王配陛下、つまり彼の父の元にフィリップはやって来た。

今日も父親は水牛のように美しい灰黒の肌色をしている。

そして顔が良い。

「え、ええ…ちょっと汗をかいてしまいまして」

「ところで、クローイの夜会ドレスを見たか?今年の王室カラーの紫の面積が大きいのは良いが、緑と黄色と合わせて、まるで殺人道化師のコスチュームみたいな…」


人騒がせの枠を越えて、何度も他人と自分の命を危機に晒してきた迷惑な叔母の話より、優先しなければいけない作戦があった。

「そうなんですお父さま、夜会についてご相談があって」


王配は笑顔になった。

美しい茶色のリップから白い歯がこぼれる。

「やっぱり!!!そう思うだろ?クローイのドレスはセンスが狂気じみていて…」

「いえ違くて。お父さまの育てているバラを飾りませんか?」

「!!」


夜会のテーブルに切り花が飾られることはあっても、根を張っている花が飾られた前例はなかった。

「幸運にも地面ではなく、大きなテラコッタに植え、トレリスに沿わせて育てていますでしょう」

「うん」

「お父さまが毎日温室で手間暇かけて育てている花なのですから、夜会の会場で来客に披露しませんか?」

「…」

「お、お父さま?」

「フィリップ!お前は天才だ!!」

「へっ?」

「パーティがあるたびに”温室へお越しになってください”と宣伝していたんだが、足を運んでくれる人は少なかった!来たとしても2人きりになりたい若いカップルだけで、そういうカップルが来た場合はイチャつき防止のため、花の茂みの中から顔を出して”園芸に興味を持ったならまたいらっしゃ~い?”と囁いてビビらせ、追い返していたぐらいだ。誰も花を目当てに来ないのなら、花の方から会場へ出向けばいい、そういうことだろう!?」

「…温室に憑りついていると噂の悪霊の正体ってお父さまだったんですね…通りで光魔法で浄化しても浄化しても悪霊が去らなかった訳です。とにかく、つるバラが伸びたトレリスをお父さまや私の席の周りに配置し、会場を美しく彩りましょう」

「最高の考えだ。さっそく夜会の飾りつけ担当と相談しないと!」


王配は長靴をギュッギュッと鳴らしながら温室から出て行った。

フィリップは希望をつないだ…のだろうか。

「よしっ、なんとかなりそうだ!」


――――――――――


「レジナルド様、ご覧ください!」


サイモンはモグラ用のベッドを見せた。

彼女(?)があまりにも大きく育ちすぎてしまったため、もう一回り大きなベッドを作り直したのだ。

「おお、これまた最高の出来だな!」

「動物用の天蓋ベッドです…言葉にすると変な感じですが、実際ロマンチックで可愛らしいですね」


モグラはベッドによじ登り、へそ天で眠り出した。

「気に入っているようで良かったな。ところで、これも雑貨屋に提案してみたらどうだ?」

「ええっ!?動物用の天蓋ベッドの需要ってありますかね…?」

「貴族は犬猫を可愛がるし、可能性はゼロじゃないだろ!」

「でもマットレスとカーテンをつけると軽く3、4万ゴールドぐらいになってしまいますよ…」

「3、4万ゴールド?それじゃ無料と同じだろ。貴族向けに売るなら値付けを10倍にしないとなぁ?」

「この感情の名が憎しみでしょうか?」


丁度いいタイミングで町から馬車が帰ってきた。

「ただいま帰りましたレジナルド様!良い知らせがあります」


使用人のビルは息を切らして走ってくる。

「装身具店では職人を雇い、コットンキャンディ花が埋め込まれていないリングを量産しているようです。さっそく私も購入してみました!」


ジュエリーボックスの中には輝く宝石があった。

「おお!いくらだ?」

「7万ゴールドなので、一般庶民でも手を出せる価格です」

そう言いながらビルはリングを指にはめた。

陽の光を受け、水晶はピンク色に輝く。

「いい出来だ!」

レジナルドは嬉しさのあまりジャンプした。

「まだ報告があります。魔法道具の除湿器は一日ひとつのペースで売れているらしく、雑貨屋ではミニ馬車が今日から販売が開始されるようで」

「いいぞ、めでたい話続きだな」


そう言いながら、隣にいたサイモンの肩に腕を回した。

「明日の買い出しにはお前もついていって、雑貨屋に動物用天蓋ベッドを見せてこい」

「しかし、ベッドは使っているではありませんか?」


レジナルドはベッドを傾け、モグラを落とした。

円筒形のボディがいつでもどこでも優れているとは限らないのだ。


――――――――――


アリティンバリスの城下町。

夜の町は賑やかだ。

そんな中、ひときわ賑やかなのが劇場だ。

支配人が観客席の上に設置されている照明係の仕事場から、客席を覗いている。

「ボス!」

「初日の客入りはこんなものか…流石に埋まらないだろうとは思っていたが…」

「マンドラゴラのスティックサラダが売り切れました!」

「何だと!?なぜもっと多く用意しておかなかったんだ、軽食で儲けているんだぞ!?軽食とドリンクで稼がなくてどこで稼ぐんだ!」

「落ち着いてください、そろそろ開演時間です」


BEEEEEEEPと音が鳴る。

モグラのコスチュームを着たスタッフが幕の前に出た。

学芸会の雰囲気である。

「これより、”暗闇のトンネル世界を照らす一筋の光、モグラ王国発展の道は竜退治に通ずる!悲運の第二王子の手により敵同士が協力するとき、地底のマグマドラゴンは磁化されコアに沈む!6000度に耐える最強ドラゴンを倒すには重イオンをぶつけ合って摂氏5.5兆度を目指すしかない!掘れ!クソデカ長々粒子加速トンネル!”を上演いたします」


幕が上がり、主人公ドナルドを演じるロジャーが登場した。

良く通る低い男性声が会場いっぱいに広がり、壁で甘く反射する。

観客は驚きを持って隣に座る友人や家族と小声で話した。

「あの役者、レジナルド様にそっくりの体型じゃない!?」

「どこからあんな体格の良い演者を見つけてきたんだ!」


舞台の左右からモグラのコスチュームを着た演者たちが転がってきて、大勢でダンスする。

「”モグラの世界は不衛生♪”」

「”モグラの世界は不衛生♪”」


「”これは!人間が使っている石鹸というモノだ!!”」


「”発明した本人という訳でもないのにドヤ顔で披露♪それでも凄く驚いて感謝します~♪”」

「”発明した本人という訳でもないのにドヤ顔で披露♪それでも凄く驚いて感謝します~♪”」


「”それならば私についてこい!あと唐突に奴隷モグラも開放してやろう!”」


「”知り合ったばかりの人間の賢さに感服して♪簡単に命を預けます~♪”」

「”知り合ったばかりの人間の賢さに感服して♪簡単に命を預けます~♪”」


上から観客を覗く興行主と脚本家は喜んだ。

「いいぞ!あの客たちの嬉しそうな顔を見てみろ!」

「それより、ロジャーの堂々たる演技を見てくださいよ…練習の時よりもずっと良いなんて。今日が初舞台の素人とは思えません…」

「ああ、たまにああいうヤツが居るんだ。面白いことに、舞台裏ではオロオロしているのに、客の前では自信満々に声を張ることが出来る。なんていうのか、まさに生まれ持った才能だ。ロジャーを見つけられたことは大きいぞ…!」


――――――――――


劇が終わると、出口の売店では飛ぶようにモグラグッズが売れた。

「この透明樹脂板にモグラを印刷しただけで平気で1,500ゴールドもする商品をください!」

「保護ケースもおすすめしますよ。家のカギや馬車のカギを一緒に付けておくとありえんぐらい絵柄がズタズタに削れますからね!ちなみに時間が経つと保護ケースに絵柄がくっついてズタズタになります」

「モグラクッキーをください!」

「もぐらパペットをください!」


モグラパペットは、110ゴールドショップ(110ゴールドショップと言いつつ330ゴールド商品や550ゴールド商品も平気な顔をして置いてある)にあった茶色いミトンに、目のシールをくっつけただけの粗悪品である。

「どうぞ!モグラパペット1100ゴールドです!」


支配人は笑いが止まらない。

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