人質生活44日目
「おはよう、レジナルド様!」
上級使者とその従者は、自前の馬に乗って巨大なヒザのカントリーハウスまでやって来た。
彼らに対しマシューとセーラが説得を試みたが、やはり森に入ると言って聞かない。
「私と従者、そしてレジナルド様の3人だけで行くよ」
「それはなりません。レジナルド様にも通訳か、私をお付けください。4人で参りましょう」
「ダメだ!待機していろ!」
王子に強く言われては、一介の通訳と乗馬インストラクターに出来る事は何もない。
馬を乗り換えて元気いっぱいの上級使者と従者は、レジナルドを挟んで森へ出発した。
執事のハインリヒの腕に抱きかかえられているモグラも不安げな顔で主人を見送る。
「さ~て、どの辺りから入ろうかな?」
「…特に目指す目的地も無いのに、なぜ森へ入ろうなどと提案してきたんだ?」
「レジナルド様の乗馬練習の成果を確認するためだよ」
「今は障害馬術をやっている。平地で十分だったろう?」
「ハッハッハ!競技障害ってのは、人間の手で作ったバーや茂み、浅いプールを飛び越えるだけじゃないか。あれは馬に命令を出し、自由自在に動かせるかどうかを比べる競技だよ。いいかい?森の中のような予期せぬアクシデントが起こる場所で、馬に適切に指示を出し、危険をかいくぐってこそ真の乗馬スキルが判るってものさ!」
「それも一理あるが…古代では生きるために仕方なく森を抜けていただけで、これだけ文明が発達した今、あえてリスクを冒さなくても…というか深い森へ入る場合は、人は降りて普通に手綱を引いて先導して歩いたとも本で読んだが…」
「全くうるさいな!それとも、怖いのかな?まさかね!アリディンバリスの第二王子レジナルド様が、そんな臆病者なわけないよね?」
「いや、怖いが」
フィリップは意外な返答に思わず頭を回し、レジナルドの顔を見た。
「前日は大雨だったから地面もぬかるみ、滑りやすいだろう。川も増水しているはずだ。正直怖い」
真後ろから従者の笑う声が聞こえた。
「臆しましたか?」
レジナルドは答える。
「ああ。それに、俺がケガをするのならまだしも、上級使者様やその従者に万が一の事があったらと思うとな」
フィリップはハッ!と笑った。
「ご安心を!我々はレジナルド様とは鍛え方が違うからね。それに帯剣してるし。おっと、レジナルド様は剣の稽古をしたことが無いんだっけ…?そんな王族なら、なおさら守ってあげないと!」
従者と2人で笑い合う。
レジナルドはなんだか嫌な予感がした。
――――――――――
木と木の間が狭まってきて、かなり進むペースが遅くなりつつある。
「…レジナルド様なら、ここから先はどう進むかな?」
「道取りが出来る程の腕じゃない!」
上級使者はいつの間にか馬を後退させ、レジナルドを少し前に出していた。
春先ならともかく、盛夏で下草がワサワサと生えている。
レジナルドはたまらず叫んだ。
「足元すら見えないのに、これ以上は進まないほうが良いだろう!」
「つまづくのが怖いかい?」
言葉より少し前に、風の粒子が集まる感覚がしてレジナルドは振り返った。
が、少し遅かった。
何かが発酵焙煎チョコレート号の太ももを切る。
ヒヒーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!という叫び声を上げ、馬体は大きく揺れる。
「何をした!?」
レジナルドの声が聞こえないぐらい発酵焙煎チョコレート号は暴れた。
まるで打ち合わせていたかのように、上級使者とその従者は来た道をバックで下がって、暴れ馬の巻き添えにならないようにしている。
その場で跳ねまくる発酵焙煎チョコレート号に、レジナルドはいっそ飛び降りて自ら落馬してしまおうかとも考えた。
しかしこんな山の中で放馬すれば、発酵焙煎チョコレート号は森の奥へ奥へと逃げて行ってしまい、見慣れぬ道に自力で帰ってくる事も出来ないだろうと気付く。
「落ち着いてくれ!!!!何とか!!!!傷は手当てしてやるから!!!!」
必死に土魔法を通して会話を試みると、気持ちが通じたのか、だんだん馬が落ち着いてくる。
レジナルドはその間にも、首筋をバンバン叩いたりさすったり、手綱を緩めたりと自分で思いつくことは何でも試した。
「どれ、何があったんだ?」
レジナルドが下馬してぐるっと体を見てやると、太ももから出血していた。
「…」
風魔法のアトモスフィアを感じ取ったが、口にはしなかった。
「布を当ててやろう。蹴るなよ?」
持ってきていたハンカチを当て、毛並みに沿って動かすと血が止まった。
レジナルドが無意識のうちに回復魔法を使っているからだ。
「おお、動物はたくましいな。厩舎まで帰れそうだ」
発酵焙煎チョコレート号がその場でターンして体をレジナルドに向けたその時。
ドサッ、とレジナルドの後方で音がした。
「!?」
「ああ~~~っ、痛い!痛いなぁ~?」
「????」
何故か上級使者が地面に落ちだのだ。
従者もわざとらしい演技をする。
「おお、なんという事でしょう!レジナルド様の馬が暴れた影響で落馬してしまわれたのですね!」
「はぁ!?!?!?!?!?」
レジナルドは上級使者に近寄った。
「何故落ちた????」
「なぜって、レジナルド様の馬が暴れて、この借りた馬が僕の事を振り落としたからだよ!」
「…」
レジナルドは馬の顔を見たが、”はぁ”という感じの表情をしている。
「暴れてなどいないが?」
「へぇ、僕が嘘をついたって言うの?」
「そうだろ」
「まさか!おい、お前も見たよな?」
従者は眉ひとつ動かさずにレジナルドを見返した。
「そんなバカな…!」
「ああ痛い、早急にカントリーハウスへ戻ろう!」
――――――――――
「ええっ!?!?!?落馬ですって!?!?!?お怪我は!?!?!?」
「怪我はないけど、この事はきっちり報告させてもらうからね」
屋敷に戻った上級使者は、早速この事を話した。
マシューと執事が慌て、胸に抱かれたモグラも抗議するように手足をバタバタと動かす。
セーラが発酵焙煎チョコレート号の傷口に近づいた。
「これはまるでウィンドカッターで切られたかのようにスパッといっておりますね。風魔法のアトモスフィアが感じられますが?」
「!!」
上級使者と従者が慌ててセーラに近寄る。
「たかがインストラクターのくせに失礼なヤツだ!いいか?木の枝か何かにぶつかって切れたんだよ!そんな事も判らないとは!オービター牧場と王家の付き合いを”考え直す”タイミングかも知れないなぁ?」
「…」
セーラは黙って後ろに下がった。
レジナルドがしょぼくれた顔で話す。
「確かに発酵焙煎チョコレート号は暴れた。しかし、上級使者様の乗っていた馬がそれを見て動揺し、落馬したというのはウソだ。自分で飛び降りただろう?なぜそんなウソをつかなければならない?」
「おいおい!レジナルド様は僕が落馬したところを見たのかな?」
「い、いや…背を向けていたから、直接見ていた訳じゃない。でも…」
「もういい!!とにかく、国の使いである上級使者に怪我をさせた罪は重い。僕の一存であなたに罰則を科することが出来る!」
「そんなバカな!王族でもないくせに、法に従って裁判を…」
フィリップはニヤリと笑った。
「まあ、ちょっとした財産の没収程度で許してやろう。服を数枚と、ゴールドを少し…」
「はぁ?俺には没収すべき財産などないぞ。第一、お前らの国の先代の王が、無一文で人質としてアリディンバリスに来るというから合わせてやったのに!没収すべきゴールドがどこにあるんだ!」
この発言で祖父をバカにされたと感じたフィリップは、頭に血が上った。
「馬車を用意しろ!」
フィリップは断りもなく屋敷に乗り込んだ。
ずんずんと廊下を進み、レジナルドの部屋の前で使用人たちに命令を下す。
「この部屋にある調度品を馬車に運べ!」
レジナルドは慌てて使者にすがる。
「頼む!ここに飾ってある品は俺の命なんだ!!!!持って行かないでくれ!!!!」
「ダメだ。そもそも、おじいさ…ゴホン。先王様は、調度品を何ひとつトーラティカから持ち出さなかった。それなのにあなたと来たら…」
「いいだろ!?俺はこの屋敷から出られないんだぞ!?自分の部屋を飾ることぐらい…」
「ダメだと言ったらダメだ!!!!さっさと運べ!何をぐずぐずしているんだ!」
「うわ~~~~~~ん!!!!」
使用人たちの動きが鈍いので、結局従者が必死に走って馬車と部屋を往復する。
レジナルドは上級使者の足に物理的に縋り付いていた。
「だの゛む゛~~~~持゛っ゛て゛行゛か゛な゛いでくれ゛ええぇ~~~!!!!」
「汚いな!僕のブーツによだれをつけないでくれ!!」
「俺゛の゛宝物なんだぁああ゛~~~!!!!」
フィリップは意地の悪い笑顔でレジナルドを見下した。
「自分が招いた結果だよ、反省したら?ま、反省したところでコレクションは返してあげないけどね!」
「うう…グスッ…か、代わりのモノをやるから…」
「いいや!レジナルド様にとって、このガラクタが一番大切だと知っているからね、代わりのモノなんていらないよ!」
「あ、あのモグラをやるから…」
「!?」
それまで悲し気な顔で事態を見守っていたモグラはショックを受けた。
「ワハハ!あんな茶色の綿埃みたいな生き物いらないよ」
「じゃ、じゃあ、通訳をやるから…」
「!?」
それまで悲し気な顔で事態を見守っていたマシューはショックを受けた。
「ぼ、僕はトーラティカ語ネイティブだし、アリディンバリス語もそれなりに話せるからいらないよ」
「じゃ、じゃあ、執事をやるから…」
ハインリヒは笑顔になった。
「お聞きになりましたか上級使者様、これが一皮むいた人間の本心ですよ。自分の欲求のために他人を簡単に差し出すのです」
「こ、この執事は怖いからいらないよ」
「じゃ、じゃあ…ううっ…!!!!もう何もない!俺は何も持ってない…俺が持っているモノで最も価値があるのは、ここにある収集品なんだ…!!!!」
空っぽになった部屋を見て、フィリップは笑いながら去っていく。
「おっと、こんなところに皿が飾ってあるじゃないか。これも忘れずに持って行かないとな…うっ」
従者が駆け寄る。
「どうされました!?」
「な、何でもない。ただ右肩が21g重くなったような気がしただけだ。行くぞ!」
2人は部屋を出て行ったが、見送る者は居なかった。
「お、俺の今までの人生が…どうしてこんな事に…なあマシュー?」
「そうですね…」
マシューはレジナルドに冷たい視線を向けた。
「な、何怒ってるんだ?モグラ!慰めてくれ!」
モグラはハインリヒの腕から抜け出し、ペタペタ歩いてきてレジナルドの頬をビンタした。
「な、何怒ってるんだ?なあハインリヒ!」
執事だけが微笑んだ。
――――――――――
アリディンバリスの郊外。
「これは呪いか!?」
部下たちが苦しんでいるのを見てボスと仲間は騒ぎ出した。
顔色が紫だ。
「なんだよこれ!どうなってるんだ!?」
「殺したばあさんが、この家に何かの呪いを仕込んでいたに違いない!」
「まさか、孫と一緒に暮らしてた家に呪いなんてかけねえだろ?」
「うるさい!騒ぐな!まだ回復魔法が使えるヤツは来ないのか!?光魔法でもいい!」
「今呼びに行ってるんですが…」
井戸水に染み出したデッドリエスト・ヘッジホッグの毒が原因なのだが、誰も気付けないままだ。
水を口にした部下がひとり、またひとりと死んでいく。
――――――――――
レジナルドは使用人を呼び出した。
「ごめんな。大切な皿を持ってかれてしまった」
使用人は微笑んだ。
「何かと思えば、まさか私に謝るために呼び出したのですか?」
「そうだ、故郷の因習ビレッジから持ってきた貴重な黒魔術の産物を…あんな価値の判らないヤツに奪われて…ううっ」
使用人は部屋の呼び鈴のロープを引き、別の使用人を呼んだ。
隣に座っても?と許可を取り、レジナルドの横に腰掛ける。
「今回の事は残念でしたね。でも皿の事は忘れてください。いわくつきの呪われた品だったんです」
「…俺はそういうのが大好きなんだ」
使用人は噴き出して笑った。
「怒ってらっしゃいますか?」
「ああ。この仕打ち、俺が何をしたっていうんだ!」
「でも、レジナルド様は暴れたりしませんでしたよね。ご立派でした」
「あそこでキレてたらもっと大ごとになっていただろうな」
「…そうですね。上級使者様と従者さんに当たられず、ぐっと堪えられて、良い判断だったかと」
「いいや、冷静になったら一発殴ってやればよかったとも思う。しかし、調度品が持ち出されるのを目の当たりにして、腰が抜けたというか、足に力が入らなくて…」
「さっき褒めたのを取り消しますね」
別の使用人が入ってきたので、茶と菓子を用意し、そしてマシュー様と執事のハインリヒさんを呼んでくださいと彼女は伝えた。
「こう、何と言いますか、遠回しな表現で申し訳ないのですが…私もトーラティカの国に仕える使用人の身です。ですから汚い言葉は使えませんが…」
「うむ」
「最低だなってドン引きしました。残念ながら、上級使者様はレジナルド様をイジメて楽しまれているように感じます」
「ああ、そうだな」
「これは誰にも話してはいけない極秘事項です。あの人はこの国の王子様なんです」
「極秘な事は極秘にしておけよ????お前の口はヘリウムガスより軽いぞ?」
「どうりで私が息を入れた風船が浮くわけですね。ところで、どうせ月末の夜会でバレると思いませんか?」
レジナルドはキョトンとした。
「…王家が主催して王城でやる舞踏会なんだから、絶対に王子には会うだろうな…あいつはバカか?」
「そもそも、トーラティカの王子様の顔なんてタペストリーに刺繍されてグッズとして販売されているぐらいなのに、なぜ嘘を隠し通せると思っているのでしょう。ところでダイニングルームには王子様の似顔絵が書かれた絵皿が飾られているんです。こういうのは自分でちょっとずつ気付いていけるようになりましょうね。愚かなままだと損してばかりです」
「愚かとか言うな?まあ、それなら理由が分かったな」
「理由とは?」
「あいつが俺を疎ましく思う理由だ。同じ王子として、愚鈍な俺をみっともなく感じるんだろう。あの上級使者…王子、えっと、名前も覚えてきたんだよな。フィリップだったか?」
「そうです。今まではファンでしたが、もう好きじゃありません」
レジナルドは笑った。
「あいつはシュッとしているからな。ああいうすべてを持った人間からしたら、俺のように見苦しく、不格好で教養も足らず、愚鈍なクセに趣味に凝っているアホは許せないんだろう。ま、イジメられる理由としては十分だ」
「確かにフィリップ王子様はマシューさんやシェフ、サイモンさんのように日焼けしていて格好いいですけど、でもレジナルド様も屋敷に来られた時よりはシュッとし出していますし…」
「シュッとし出しているって何だ?状態の移行を表す表現として初耳すぎるな」
「それに、同じ王子の身分ではありませんか」
「兄の立場なら同格だろうが俺は…っていや、フィリップ王子やマシューは日焼けしているんじゃなくて元々ああいう肌の色だと思うぞ!?」
「そうなんですか?私は夏は茶色で冬には白っぽく戻りますが」
「3世代前ぐらいが野ウサギだったりする?」
部屋の扉がノックされ、マシューとハインリヒがサービスワゴンを押しながら入室した。
後ろから”まだ怒ってます”というように腕組みしながらモグラも入ってくる。
「まだ怒っているのか!?悪かったって謝罪しただろ!まったく、モグラのくせに気難しいとはな!」
使用人も合わせて4人でお茶を飲んだ。
モグラはラージ・カマドウマの輪切りを食べている。
「落ち着かれましたか?」
「ああ。今回の件に関しては、しょうがない。しかしな、上級使者様が落馬したというのはウソだぞ」
「…」
悲しそうな顔でマシューと執事は顔を見合わせる。
「それに関しましては、本当は我々も抗議したいのですが…申し訳ございません」
「わかっている。お前らの立場は弱いし、なんせ全ての書簡はあの上級使者を通して議会に上げられるだろうからな。握りつぶされて終わりだ」
「上級使者様に抗議すれば、結局レジナルド様の暮らしが窮屈になる可能性が増えるだけなんです」
「そうだな。話を変えないか」
レジナルドはモグラを持ち上げた。
ひざの上に置き、猫のように撫でる。
「ちょっと待てよ、こいつモグラのクセにデカすぎるだろ?マシュー、はく製職人にコンタクトを取れるか?」
モグラはキュッと丸まって球になり、ブルブル震えだした。
「確かに、毛皮が一番美しいタイミングではく製にするのは良いお考えですね」
「ツッコむか止めるかしろよ?」
レジナルドはモグラをほぐして床に戻した。
モグラは助けを求めるように隣の使用人の足に登る。
使用人は優しくモグラを抱き上げた。
「もっと大きく育ててからの方がはく製としての価値が上がりますよ」
モグラは暴れ、ジャンプして床に飛び降りた。
部屋の隅までバタバタと走っていき、本当に茶色い綿埃のように動かなくなる。
――――――――――
「”モ~グモグモグ!ここらは、ウチの一族の縄張りモグねぇ~?”」
「”このトンネルを管理しているのは俺たちだモグ!!」
「”やめないか!マグマドラゴンがひとたび暴れれば、全てのトンネルが炎で焼かれるんだぞ!!」
アリディンバリスの劇場では、新しい劇の初演に向けて、全体練習が行われていた。
空気がパンパンにつまった茶色いモグラコスチュームに身を包んだ演者たちが、伸びたり縮んだりして踊っている。
「”このトンネルを掘り進めて地下水源を掘り当てれば、マグマドラゴンのねぐらを水浸しにすることが出来るぞ!”」
「”流石ドナルド様!よしみんな、力を合わせて頑張るぞ!”」
「”♪大きな~脅威”♪”目の前にして”♪”敵~と敵~が”♪”今は戦い忘れ~”♪”協力し~よ~~う~~~↑↑↑”♪」
「”♪大きな~脅威”♪”目の前にして”♪”敵~と敵~が”♪”今は戦い忘れ~”♪”協力し~よ~~う~~~↑↑↑”♪」
「”♪大きな~脅威”♪”目の前にして”♪”敵~と敵~が”♪”今は戦い忘れ~”♪”協力し~よ~~う~~~↑↑↑”♪」
支配人、兼、興行主の男は満足そうにウォークスルーの光景を眺める。
従業員が彼の傍に小走りで駆け寄った。
「社長、ふわふわモグラぬいぐるみは間に合いそうにありません…」
「そうか。モグラクッキーの方はどうだ?」
「それは生産が順調なのですが、トンネルを模した筒の缶がありますよね?そっちが間に合いません…」
「大量生産の無地の丸缶の外側に、モグラをプリントしたハンカチを巻くことで何とかしろって言っただろ!」
”ふとっちょ王子、隣国で虐げられてもう限界!まさかの女神に愛されわがままボディ、ざまあする気なんて無かったのですが!?”は、グッズの売り上げがかなりあったので、今回の劇でもモグラグッズを売ろうと企んでいるのだ。
「モグラを透明樹脂板に印刷したグッズはどうなってる?あれは生産コストが安いのに販売価格はこっちが好き勝手できるから最高なんだ」
「今、100枚まで印刷できているそうです。でも、透明樹脂板にイラストを印刷しただけのグッズが1,500ゴールドなんて頭湧いてますよ…普通に外食できる値段じゃないですか。しかもちょっと硬いものと擦れたら絵が傷ついちゃうのに…」
「だから保護ケースもセットで売れるんだろ!さっさと仕事に戻れ!」
主人公、ドナルドとは…もちろんレジナルドのことだ。
ドナルドを演じるロジャーは長い台本をきっちり覚え、ダンスもキレッキレにこなしていた。
良く通る低音が劇場に響く。
――――――――――
レジナルドが眠ろうとベッドへ入ると、モグラは自分用の天蓋ベッドから何かを引っ張り出し、そっとレジナルドの傍に置いた。
「んっ、何だ…?これは…」
金属でできた小さいモグラだ。
前歯でかじった後もある。
「メタル・ミニモグラじゃないか。もしかして、コレクションを失った俺を憐れんで、これをくれるって言うのか?」
モグラは体をうねらせた。
「うなずき方がキモイな。でも、ありがとう。飾っておくか」
レジナルドは空っぽになった棚にメタル・ミニモグラを置いてベッドに戻った。
「ありがとう」
「…」
「お前をフィリップに渡そうとしてごめんな?」
「…」
「はく製にしようとしてごめんな?」
モグラは、やっぱりメタル・ミニモグラを返して欲しいと呟いた。




