人質生活42日目
前日の夜。
メリンダの悲鳴は使用人の宿舎に響いた。
「何!?」
「どうしたの!?」
「今の悲鳴って?聞こえた!?」
みんな自分の部屋から出て、廊下で互いに顔を見合わせる。
「誰かが落ちてるぞ!!」
窓の外を確認した人間が、メリンダを見つけた。
大勢の使用人たちが外へ出て、地面に叩きつけられた彼女の傍へ寄る。
「…誰か、回復魔法を使える者は?」
「息をしてない…これじゃ無理だ」
大騒ぎになって、城で寝泊まりしている使用人長のコーラもやって来た。
侍従長のエイデンは緊急事態が起こっても対処できるように、城から離れずに連絡を待っている。
慌てて王城から連れられて来た医師が、メリンダの状態を確認する。
「死亡していますね。高所から落ちて、その衝撃で亡くなってしまったのでしょう」
そう言い、部下に指示を出して遺体を布で包ませた。
使用人長のコーラはため息をつき、宿舎の管理人、兵士と共に3人で彼女の部屋に向かう。
「メリンダの部屋は見ましたか?」
「いえ、まだ誰も入っていません」
内側から鍵がかけられていることを確認し、管理人は鍵を開け、廊下から部屋の中へ移動した。
コーラ、兵士と共に室内に入り、ドアを閉め、呟く。
「…たまにある事ですからね」
敏感な年ごろの女子と自殺は切っても切り離せない。
遺書のようなものを探したが、見当たらなかった。
「甘い香りが…レクリエーション嗜好品でしょうか?」
「まさか!床の上を見てください、ドライフラワーの香りですよ」
じわじわと脳みそが何かを思い出し初め、それに伴い、使用人長コーラの顔が青ざめていく。
「へ、兵士さんは王城へお戻りください。部屋が施錠されていたという事は、自死という事です。エイデンさんに報告をお願いします」
兵士が戻っていくと、使用人長コーラは宿舎の管理人に小声で伝えた。
「このガラスのポプリポッドに覚えがあります。アデレート様のお部屋にあったモノでしょう」
「!!」
管理人は眉をひそめた。
「第一王女様の!?窃盗ですか!?なんとまあ…という事は、罪の意識から…?」
「恐らく、そうです」
使用人長はガラスの蓋を拾い上げる。
本体と合わせて管理人に見せた。
「王妃様のお名前が入っています。王妃様が、娘である第一王女様にプレゼントされたポプリポットです。直接そのお話を聞いたことがあるので間違いございません。第二王女様も似たようなものを所有されているはずですが、バラではなくラベンダーのドライフラワーが詰められていました」
使用人長は自身が清掃に向かう事もある。
ところで、清掃は部屋に人が居ない場合だけでなく、居るタイミングでされることもある。
王族も貴族も、別に本人がくつろいでいようが勉強していようが、使用人なんて空気のようなものなので、いつでも入ってきて掃除をしていくようにという態度を取ることが殆どだ。
そして清掃をしている時に、飾ってあるオブジェや、品物について自慢や思い出話をされることもある。
使用人長も第一王女から直接ポプリポットの話を聞いたのだった。
「これはアデレート様にとって思い出深い品で、よっぽどの事でもない限り、捨てるようにと命じられるはずがございません。メリンダが…盗んだのでしょう」
「ああ…自死するぐらいなら、初めから罪を犯さなければよかったのに」
管理人の中年の女性は迷惑そうに顔を手で覆って、言葉を続けた。
「盗みが起きるたびに揉み消す方の気持ちにもなってもらいたいでものすね」
人間が居る所なら、盗みも起きる。
しかし場所によっては、それを隠す選択を取ることもある…本来はオープンにしていくべきなのだろうが。
「メリンダも貴族。この事実が知られれば家の恥になるでしょう。この問題は我々の胸の内に」
管理人は大きく息を吐いた。
「…ご家族の気持ちを考えると心苦しいですね。それに、アデレート様がこの事に気付けば…」
「それはお任せください」
証拠隠滅のため、使用人長はポプリポッドを拾い、それを彼女の部屋のシーツに包んで、自分の部屋に運んだ。
――――――――――
メリンダの部屋には、再び鍵がかけられた。
「コーラさん!」
「遺書はあったんですか?」
部屋の前に集まっていた使用人たちが、使用人長と管理人を囲む。
「遺書はありませんでした。偶発的な事故でしょう。もちろん明日、王城から魔法使いを呼んで詳しく調べさせます」
「皆さんは部屋に戻り、就寝してください!」
使用人たちの顔が暗くなる。
「そんな…」
「どうして…」
「誰か光魔法は使える?浄化して!」
「まさか、メリンダがゴーストになるわけないでしょ」
その中に、クリスティーナの姿があった。
彼女は隣に立っていた男性の使用人に小声で話す。
「あなた、男性だから部屋は5階だよね?」
「そうだけど…」
「もしかして、メリンダの真上?」
「うん」
「風魔法は使えたっけ?自分じゃなく、他人の体を浮かせられる?」
男性は訝しむ。
「何をするつもりなんだ?」
「メリンダも私と同じ清掃係だったの。貴族の子女が窓から身を投げるなんて、よっぽど辛いことがあったに違いない…同僚が何に悩んでいたのか、どうしても知りたくて」
クリスティーナは目を潤ませ、頼み込んだ。
――――――――――
「ゆっくりと降ろしてね、じゃなきゃ、今晩は同じ場所に2つの死体が積み重なることになるんだから」
「縁起でもない事を言うなよ…そっちこそ、絶対にシーツを手放すなよ」
体を風魔法の力で軽くしてもらい、結ばれたシーツを伝って上階から4階の窓まで降りた。
薄くて硬いダイヤモンドのコームを窓の間に差し入れ、外から内鍵を開ける。
ひっかけるだけの簡単な構造のカギは、小さな音を立ててコトリ、と回転した。
クリスティーナは同僚の死の真相を確かめるため…というのは口実で、死人に口なし。
金目のモノを盗むなら今しかないと乗り込んだのだ。
「さーてと、ゴールドはどこに仕舞ってたんだろ?」
器用にライトの魔法を使い、ぼんやりとした明るさで室内を照らした。
引き出しを開け、さっそく可愛らしい財布を見つける。
「よし!」
中にはゴールドがたっぷり入って…いなかった。
「銀行に預けちゃったのかも…」
続けてクローゼットを覗くと、それなりにジュエリーが出てくる。
「あれと、これと…全部取ると怪しまれるだろうから、このヘアクリップで最後にしておこう」
艶やかな漆黒に、金の稲妻が走るヘアクリップは宝石よりも輝いて見えた。
「このぐらいかな…ん?」
床に転がっている赤い宝石のついたリングを、なんのためらいもなく拾い上げ、縛ってある髪の中に隠した。
シーツに掴まり、鍵はそのままで窓をできるだけ閉めて、メリンダの部屋を後にする。
「どうだった?日記や手紙は見つかった?」
「それが…見つからなかった。使用人長が持っていってしまったのかも」
白々しく嘘をつく。
本当は探してすらいない。
「使用人たちの間でイジメがあったとか?」
「まさか!みんな仲良しだけど、適切な距離を保っている素敵な同僚たちだよ。じゃあ、部屋に戻って寝るね。手助けしてくれて本当にありがとう」
「ああ、うん…」
クリスティーナは自室に戻り、金属同士が擦れ合う音が鳴らないように、服と肌の間に隠して持ってきた貴金属を並べた。
「アンからは”収穫”がなかったけど、メリンダから頂けたから、ま、よしとするか…それなりに高そうなジュエリーだし、売れば多少のお金になるかな?推しに使うゴールドが作れてよかった」
数個のジュエリーを机に置き、最後に髪からジャンプスケア・リングを取り出した。
――――――――――
翌日、人質生活42日目
「へえ、森歩きを?」
乗馬インストラクターのセーラは、いつもの微笑みをたたえた表情を返した。
「森の入り口付近の明るい場所なら…よろしいのではないでしょうか。今日のうちに私が軽く下見しておきますよ。先導はわたくしがいたします」
「それが、申し訳ないのですが…」
マシューが手紙をセーラに渡し、読むように促す。
「どれどれ………は?上級使者様とレジナルド様のお2人で?」
レジナルドも”ハァ”というように両掌を差し出した。
セーラは天を見上げる。
「上級使者様の従者と合わせても、3人で森歩きだなんて、こんなことを国王様が許可されるわけないでしょう、危険すぎます」
マシューは目を下げた。
「そうは思うのですが…議員の誰かに告げ口すれば、私の立場も危うく」
「オホホ。万が一何かあれば、お怪我をされるのは上級使者様なのですが?」
「その通りです、しかしもちろん宰相や国王様に直接上申できるほどのコネクションもありませんし…」
「う~ん………」
セーラはアゴに手を添え悩む。
一方のレジナルドは諦め顔だ。
「ま、仕方がない!謀略の匂いがプンプンするが、ハメられたらその時はその時だ」
「そんな…」
「森の中で馬が暴れて、人質が帰らぬ人間になっても不自然さは無いしな?」
マシューは真剣な顔で首を振った。
「お願いしますレジナルド様。上級使者様に…ええと…あのお方はトーラティカにとって大切な人なので、ケガをさせる側にも、させられる側にもなっていただきたくないんです」
「おっと!そっちのパターンは考えていなかった。そうか、俺が上級使者にケガをさせて…の方向もあり得るわけだ」
セーラは乗馬ヘルメットを脱いで空を仰いだ。
「あなたがお亡くなりになるより、そちらの方が国際問題になりますね」
「そうかぁ…この国の使者は、まるで王子のように大切に扱われているんだな」
マシューが気まずそうに咳込む。
「と、とにかく…何としてもトラブルなく済ませられるよう、指導していただけませんか?」
セーラは自分の胸をトンと叩いて、ウインクをした。
「今から森へ入りましょう。明日死ぬのなら、今日死んでも同じことです」
――――――――――
アリディンバリスの郊外。
犯罪集団のボスは、ロジャーが殺した2人を店舗…閉店中だし、もう店と呼べるかどうかは怪しいが。
2人を店の庭に埋め終わった。
ぐちゃぐちゃになったデッドリエスト・ヘッジホッグの死体も埋めたが、地面が汚染されて紫色になっている。
「うわっ、邪悪な気配がするな。幽霊になったかも」
店の中にはボスの仲間たちが集合していた。
「で、誰かひとりでも見つかったのか?」
「いえ、それがまだ…」
ボスが”店の中にゴールドがあるはずだから、もっと念入りに探せ!”と命令した後、仲間が消えてしまったのだ。
「他の場所で仕事をしてるんじゃないのか?」
もう店の中を探すのは面倒がっていたので、他の”仕事”に加わっているのではないかと踏んでいた。
人材は流動的で、良さそうな儲け話があれば気ままにそちらへ行ってしまう事は日常茶飯事だった。
「俺らもそう思って、手当たり次第に探して見たんですが…アイツらが行きそうな場所には誰もいませんでしたし、最近はデカイ山も無いみたいで」
「じゃあどこへ行ったんってんだ!?」
部下も首を捻る。
「高位レベルの土魔法が使える魔法使いを探して、もう一度探してみる、とか言ってたからなぁ…逃げたとも思えんし、逃げる理由も無いし」
「辞めたって言えばいいだけだからな」
「…とにかく、この店を荒らされれば、どこかに隠されたゴールドが先に盗まれて終わりだ。しばらくはこの店をアジトにしようじゃないか」
「流石ボス、いい考えだ!人数分のマットレスを買ってこないとな!」
今日も天井がキシキシ鳴っている。
なんとなく不快な臭いもしはじめた。
――――――――――
「本当はオープンウォーター障害を練習したかったのですが!」
「リアルオープンウォーターをやってるじゃないか!」
森の中にある小川に入りながら、セーラとレジナルドは文句を言い合う。
後ろからマシューとビルも付いてきてはいる、が。
「この見慣れたへなちょこメンバー!野生動物はともかく、モンスターが出たら俺が対応することになるな?」
セーラは笑って答える。
「要人は真っ先に逃げるように」
「おお、俺にまだ人質としての価値を見出してくれているとはな。とはいえ、お前らを置いて逃げる程薄情じゃないぞ」
浅い川をジャブジャブと渡り、小石の多い場所を歩く。
「初心者が歩いていいコースじゃないな!」
「オホホ。なんだかんだ言って、貴族向けのホーストレッキングコースとは整備されている場所を差します。地面もしっかりと踏み固められた土ですし、低木や、低い位置にある邪魔な枝は切られ、歩かせやすいコースな訳ですが…ですが…」
「今、俺たちは草の生い茂る地面を歩いている!こんな生生しい森を歩けるわけないだろ!!」
見たことも無いシダ植物がワサワサと生い茂っている。
馬から降りたら腰まで草で埋まってしまうだろう。
「この謎の植生は何だ?」
「野生の野バラですよ。トゲに気を付けてください」
「こっちの大きな葉の草は?」
「あ~~~っ!イラクサの一種で、素手で触ってしまうと、細かいトゲが刺さってあり得ない程痛いので、馬を近寄らせないように気を付けてください」
「なんでトゲトゲしい植物しか生えてないんだ!?」
「森は人を歓迎していないんですよ」
「確かに、俺が森でもそうするかもな」
後ろのマシューからも指示が飛ぶ。
「大きな石はコケが生えていて滑りやすいので、蹄を乗せさせないように!」
ビルも何か叫んでいる。
「ギンピ・ギンピは触ると痛いですが、天ぷらにして食べると美味しいですよ!」
レジナルドは、なんて頼りになる仲間たちだ!なぁ?と発酵焙煎チョコレート号に向かって呟いた。
発酵焙煎チョコレート号はブルル、と鼻を鳴らす。
――――――――――
トーラティカの王都では、宝石商たちが集まっていた。
自前の工房で扱っている商品を販売したり、逆に仕入れたり、情報交換の場でもある。
「これは?珍しいですね」
大きなヒザのふもとにある装身具店の店長は、レジナルドが加工した石をつけた指輪を販売していた。
もちろんレジナルドが関わっていることは秘密である。
「”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”です。確かに珍しく、数も一度には作れませんので7万ゴールドで販売しています」
手に取った宝石商はヒゲをふむふむと左右に動かした。
「水晶に銀の台座ですか、原価はそれほどですね」
「加工代がかなり高額で。さらに、中にはコットンキャンディ花を模した、見立ての結晶が封じ込められています」
「なるほど」
「こりゃ珍しい」
コットンキャンディ花が埋め込まれていないリングは飛ぶように売れ、店主は帰りにその売り上げで、高度な土魔法が使える職人をひとり雇う事ができた。
もちろん原材料の水晶と、銀のリング台もたっぷり仕入れ、町へ戻る。
――――――――――
アリディンバリスの王城には、ぼちぼちジュエリー職人たちが戻りつつあった。
第二王女の無茶で全員が退職したが、国王が謝罪することで職務に復帰したのだ。
炉にも火が入り、途中だった修理の仕事や、食器の直しなどにも手が付けられる。
「へえ、やっと解決したの?職人ってワガママだからイヤになっちゃう」
アデレートは侍女から工房の様子を聞き、そう漏らした。
「でもこれで一安心ですよ」
「一安心、ねぇ…」
別の侍女が話題を振る。
「そういえば、アデレート様が劇場の支配人を呼んで、レジナルド様をモデルにしたお話を見せた事がありましたよね?」
「ああ、今、城下町で大人気とか聞いたけど?」
クスッと王女は笑う。
自分で脚本を書いた演劇が人を集めていると聞けば、悪い気はしない。
「それが…」
「?」
侍女達は言い淀んで、互いの顔を見る。
「アデレート様が台本を書かれた劇ですが、トーラティカを侮辱している表現があるとかで中止になったそうです」
「!?」
王女は今すぐ興行主を呼ぶように!と怒鳴った。
気分の上がるハーブのせいで、ちょっとだけハイだ。
――――――――――
アリディンバリス、王城。
兵士のウォルターと、使用人のアンはあからさまに動揺していた。
「さーて、どうしたもんかな」
「し、死んじゃうなんて…その日も一緒に仕事をしてたんだけど、普通の様子だった」
「盗みを悔やんでいたとか、そういう訳ではないんだよな?」
「全くそういう感じはなかった…たぶん」
昨晩のメリンダの自死を受け、朝のうちに王宮魔法使いがメリンダの死体と魂を確認したのだ。
「誰かを強く憎んで、魂が亡霊になった痕跡はないって。アトモスフィアも残って無かったし、魔法を使って殺された可能性も無いみたい」
「じゃ、殺人ではないって事か」
「自殺の方がヤバいよ。もし、盗みに触れた遺書を残していたら…?そこに私たちの名前があったら?」
ウォルターはフン、と短く鼻を鳴らす。
「ビビっても仕方ないだろ」
「夜のうちに、使用人長と管理人さんがメリンダの部屋を調べたんだけど、何かをシーツに包んで持って出てきたんだって。両手に納まるぐらいの”何か”を…」
「おおっと!風向きが変わって来たな?」
「レジナルド様の部屋から盗み出したオブジェや魔法道具だと思う?」
「…クソっ、ひとりで稼ぐつもりだったのか。あいつも大人しそうな顔して、抜け駆けとはなぁ」
アンはその場で足踏みをし、体をクルクルと回転させる。
「まあ、あなたの言う通り。ビビっても仕方ないよね」
「そうそう。それに…言ってなかったけどな。あのばあさんがやってた古物屋…もとい盗品買取屋だけどな。閉店の貼り紙があったぞ」
「は????」
ウォルターは続ける。
「理由は知らんが、店が閉まってた」
「バレたって事?」
「それなら俺たち兵士が真っ先に店へ向かわせられるだろ。ああいう店はヤバい仕事に10件20件と足を突っ込んでるだろうし、さらわれたのか夜逃げしたのか知らんが…とにかく、トラブルがあったんだな」
「もう店も無くなったって事は、ウチらの”副業”も終わりだね」
「それがな、そうでもないんだ」
ウォルターは新しく見つけた店の事を話した。
「呆れた!美術商を名乗っておきながら、盗品の売り買いだなんて!」
「餅は餅屋、表の顔が絵画やらオブジェやらを扱う仕事なら、盗品も適正価格で買い取ってくれるだろ。販売ルートもしっかり持ってるだろうから、そっちに乗り換えだな」
「ふん、あれだけしっかり見張りされてたら、盗めるものも盗めないけどね」
「さーて、それはどうかな?まあ、副業から降りたお前には関係ないかぁ?」
ウォルターは手をヒラヒラさせながら立ち去った。
アンも背筋を伸ばし、休憩から仕事に戻る。
――――――――――
そのアリディンバリスの王城では、臣下の間で”亡霊”が噂になっていた。
クリスティーナたちが部屋の清掃時に窃盗をしていたことに、今になって気付き始めたのだ。
もちろん議員をやっている貴族たちは、犯人が自分と同じ貴族である使用人だとは思っていない。
「仕事机にしまっておいたゴールドが無くなっていて…」
「私もですよ。部屋にブローチを飾っておいたのですが、いつの間にか…」
ちなみに、盗みを働く”亡霊”は、レジナルドの生霊だということになっている。
なぜかと言うと…。
「レジナルド様のお部屋の警備をしている兵士たちの間で、レジナルド様の亡霊が部屋をうろついていると噂が立っているのですよ?」
使用人長のコーラは侍従長のエイデンと会議中に雑談を交わす。
エイデンは眉間にしわを寄せて言葉を返した。
「ですから、レジナルド様のコレクションに”主人を守ることのなかった甲冑”というものがあり、それがガチャガチャうごめいている音なんです。部屋に貼りついて警備をしている兵士の身になれば、確かに気になるでしょうが…数時間に一度、ガチャガチャと動くだけなので危険性はありません」
兵隊をまとめる兵隊長がチェアから立って、中腰でチョコチョコ歩いてきて、2人の会話に割り込んだ。
片手チョップで謝罪する。
「それに関しては申し訳なく思っている。”呪われた品が動いて音がするだけだ、今後そのような噂話を口にするな”、と強く言っておいたのだが…まだ兵士たちの間で噂になっているらしいな。すまない」
使用人長は首を振った。
「今、このバカバカしい噂は議員のみなさんにも広まっています。兵士だけの問題ではありませんよ」
目ざとい、というか耳ざとい第一王子がコソコソやっている3人を見つける。
「何の話だ!?」
エイデンが何もかも正直に話すと、ブレンダンはハッ!と笑った。
内心は絶対に明かせないが、問題が起きている事にウキウキしている。
「私が解決してやろう。久々にレジナルドの部屋へ行くぞ!」
まあ内心を明かさなくても駄々洩れではあるが。
部屋に入ると、エイデンがボックスチェストを開け、しまわれている甲冑を見せた。
「これです。懐かしいですね」
「ほお。で、どんな呪われ方をしているんだ?」
「この甲冑は重すぎたのです。甲冑を付けた主人が立っていられずに倒れ、再び立ち上がることが出来ずにそのまま死亡したとか…。約150年前の呪われたアイテムだそうです」
「こいつが心配すべきは敵の剣や弓ではなく足りない自分の脳みそだったな?まあともかく、これがこの部屋にあるからいけないんだ」
「また宝物庫へ移動させましょうか?」
「いや、逆だ。エントランスへ移動させよう」
「!!」
エイデンは第一王子の眼を見た。
「ご、ご冗談でしょう!バカみたいな骨董とはいえ呪われています。王族の住居たる国城のエントランスを汚すなど…」
「愚かな議員どもに見せつけてやるんだ。これを見れば一目で、風が吹けば音が鳴るチャイムと同程度のガラクタだと理解するだろう。”お前たちが貴重品を無くしたのをレジナルドの生き霊のせいにしているのは不敬だ”というメッセージが伝わればよいが」
「なるほど、確かに、第二王子様の生霊が城をうろつき回り、いたずらをして皆を困らせている、というのは不敬ですね」
「…えっ、初めからそう思わなかったのか????」
「あ、あっ、も、もちろん私はレジナルド様の第一従者ですから、そう感じておりました」
レジナルドを敬う気持がゼロなので、最初に”彼の生霊が大臣達の持ち物を隠し回っている”という噂を聞いたときは笑ってしまったのは秘密だ。
――――――――――
「信じられない!素晴らしい悲劇にしてあげたのに!!!」
第一王女の叫び声が壁まで届いて反射する。
「も、申し訳ございません。しかし、劇の台本とは悲劇だけでは成り立たない物なのです」
アデレートは劇場の支配人を呼び、自分が書いたレジナルド零落の話がどうなっているのかを問いただしていた。
王女は台本を手にワナワナと震えている。
「こんなに改変するなんて…原作者の許可なしに!!!!」
「お、落ち着いてください。我々が間違っておりました。実はこの脚本はトーラティカ側から文句が付き、現在は上演されておりません」
「フン、良いザマ!」
「ハハ…ば、罰が当たったようで…」
「まったくその通り。我々王族は転生させ女神様から愛されていて、こうして神の手が介入するということ、よく覚えておくように」
支配人は黙って頭を下げた。
「でも、代わりに上演する劇が必要でしょう?私の作品をそのまま使うと誓約書を書くなら、上演の権利をあげない事もないけど?」
「いえそれが、レジナルド様が書いてくださった原案を元に、我々が作った脚本がございまして。もうすぐ発表できるかと…」
「は?????????????」
思いがけぬ人物の登場にアデレートは声を荒げた。
「下のお兄さまが?自分で?自分が主人公の演劇の脚本を?????」
「そうです」
「ひ、人質の身でありながら、なぜそんな事を…」
「いえそれが、逆のようで。つまり、人質の立場から、間接的にトーラティカ王国側の注文を伝えてくださったのです。これならトーラティカも、国家的立場から文句をつけたわけでなく、我々もこれから仲良くしていこうという相手国にケンカを売った事にもならず、穏便に済ませられてめでたしめでたし、という訳で…間に入ってもらい、レジナルド第二王子様には感謝の気持ちでいっぱいです」
アデレートからピキピキという擬音が聞こえてきそうだ。
怒りで髪の毛がほんの少し持ち上がる。
「で、その脚本というのは?」
「こちらです…」
しばらく目を通して、途中で投げ出した。
「モグラ帝国の発展、って何!?!?」
「いやぁ、我々も、我々が書いたにも関わらず読むたびに”モグラ帝国の発展、って何!?”ってなるのですが、ミュージカル風にすることで乗り切ろうと計画しています。ヤケクソです」
「もう歌は出来てるの?」
「はい。”円~筒形のボディ♪盲腸はない♪”」
「歌わなくてもいいから」
「はい…」
第一王女は台本を握り、ぐしゃぐしゃにした。
「私が原案を書いた舞台、かなり評判が良かったんでしょ?」
「そ、それはもう!何といっても、国王様や臣下の皆さまもご鑑賞に来て下さいましたからね」
「なら、売り上げ勝負といこうじゃない!」
こんな気持ちの悪い内容の舞台、人気が出るわけがない!とアデレートは高笑いした。
さっきまで自分が書いた脚本が改変されていると怒っていたことは忘れている。




