人質生活41日目
昨日とは打って変わって晴れた空の日。
レジナルドはサッと朝食を済ませ、ドレッシングルームで観劇用の服とアクセサリーを準備していた。
「う~ん、シャツもだいぶ緩いな」
「直させましょうか?」
ビルの言葉を、近くにいたマシューが聞き逃さない。
「パジャマを作らせたばかりですから、サイズの直しだとしても発注するなら1枚ずつにしてくださいね」
「フン!まあ仕方ない、今着ているのを少し小さくさせてくれ。ところで、アクセサリーはどうしたらいいと思う?」
「トーラティカでは、観劇や音楽会へ赴く際には派手になり過ぎないように気をつけますね。あくまでも主役は舞台の上に立つ人々ですので」
「ふ~ん。アリディンバリスならそれなりに着飾っていたが、郷に入っては郷に従え、だ。過度な装飾はやめておこう」
「指輪もブローチもですか?」
「ああ。というかそもそも、今の俺にはここで作らせた”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”ぐらいしか無いしな。持ってきた服はそれなりに…派手だし、やり過ぎるぐらいなら控えめなほうが良いだろう」
ハンガーに吊るされたビカビカと光る王族らしい服を見て、マシューとビルは目を細めた。
「眩しいぐらいですね。なるほど充分でしょう」
もともと視力が弱いモグラも、なんとなく雰囲気に合わせて目をキュッと絞る。
――――――――――
アリディンバリスの王城、ダイニングルーム。
「おはようございます、お兄さま」
侍女と共に入室した上の妹は目に見えて血色がよい。
ここ数日で元の生活リズムを取り戻し、食事の量も通常に戻った。
第一王子ブレンダンが挨拶を返す。
「おはよう。今頃、イザベラはどの辺りかな?」
「さあ、でも順調でしょう」
開口一番、兄から妹の話題を出され、少し不機嫌になる。
それを表に出さないようににこやかに振る舞い、自室へ戻った。
アデレートはソファーでぐったりとした。
普段はケンカしてばかりだが、妹の心境を思うと心苦しい。
起こした騒ぎのほとぼりが冷めるまで旅行するだなんて、まるで罪人のようだと姉は考えた。
「ゾーフ国境沿いまで1週間はかかるよね?」
侍女は頷く。
「ええ、サメの歯まではそのぐらいかかりますね。イザベラ様は休み休み移動されるでしょうから、もう少し遅く到着するかもしれません」
第一王女はボヤいた。
「毎年避寒で行くけど、見晴らしが良いだけでつまらない場所だよね。砂漠でサメ馬の歯を拾い集めるのなんて、数時間で飽きちゃうんだから…移動で泊まる宿屋や、レストランに寄る事の方がよっぽど楽しかったぐらい!ま、ムーア家の人達は大好きだけど。ああ、あの子には同情する。職人を牢屋にちょっと入れただけで、そこまでの罰を受けなきゃならないなんて」
「ば、罰ではありませんよ!ゾーフは貴族や王族御用達の旅行地ではありませんか!」
もうひとりの侍女もフォローする。
「そうですよ。気分転換にはもってこいの場所です。砂滝はダイナミックですし、黄色い砂と青い空に、白いカントリーハウスが映える素晴らしい景観は…」
「だから、何度も行くと飽きちゃうんだって!」
アデレートはクッションにグーパンチをかます。
心の中に、兄であるレジナルドに対する怒りが沸々と湧き上がってきた。
妹がやらかしてしまったのは、レジナルドが製作方法を秘密にしていた指輪のせいだ。
そして自分が食事を拒否し、とにかく痩せたいという思いに憑りつかれてしまったのも、元はと言えば下の兄が宝石箱に仕舞っていたジャンプスケア・リングが切っ掛けだった。
その”光魔法を用いて相貌を変える禁じられた魔法”を覚え、広めたのは彼女なのだが、とにかくレジナルドが元凶に思え、怒りが増してくる。
父や、兄に心配と面倒をかけさせてしまった事実が、怒りの感情に恥ずかしさも付け加えた。
「(そういえば、あの忌々しいリングはまだポプリポットの底に隠したまま…)」
「気分転換にお庭をお散歩でもしましょうか?」
「いえ…使用人を呼んできてくれない?捨てたいモノがあるの」
――――――――――
トーラティカのカントリーハウス。
「それでは行って参ります」
軽食のサンドイッチを受け取り、馬車が出発した。
「それにしても、明るい時間に劇を見る事になるとはな。ディナー後に観劇したかった。夜10時以降になるのが普通じゃないのか?」
「それはずいぶん遅いですね。アリディンバリスではそのように?」
「ああ」
「眠たくなりませんか?」
「俺は観劇のために午前中を寝て過ごし、昼から活動していた」
「そんなバカな…」
ガタゴトと揺れる馬車の中、従者兼通訳のマシューがメガネのズレを直している。
レジナルドと通訳だけで来てくれ、と手紙に書かれていたので、本物の従者は連れてこれなかったのだ。
「流石に揺れるな。やっぱり風魔法で馬車を吊り上げるか」
「魔力を消耗すれば疲れてしまいますよ」
「余裕だ。ところで、他の観覧者について情報をくれ」
「おおっと、申し訳ありませんが参加者と私語を交わすことは禁止されています」
レジナルドはふーーーっと細く息を吐いた。
「王城に招かれてもそんな人質ムーヴをかまさなきゃならないのか!」
「残念ですが、命令なので。静かな生活のために大人しく過ごしましょう」
「まあ、国王様や宰相の機嫌を損ねてシャツの1枚も作れなくなる方が困るからな。おおっ、自分で言うのも何だが、ここまで損得を天秤にかけた思考が出来るようになったとは感心だ!成長を実感する。どうだ俺のアンガーマネジメントっぷりは?」
「まだ悪口がスルッと出る程トーラティカ語に精通していないだけだと見ました」
「正解だ!ようやく俺という生き物の実態を理解し始めたようだな?」
「私の事は従者兼通訳兼、飼育係とお呼びください」
レジナルドは出発して3分でサンドイッチを食べたいと言い出し、通訳はまさしく飼育係の様相を呈してきた。
――――――――――
「あら、観劇に」
「ええそうなんです。伝えられずに申し訳ございません」
乗馬インストラクターのセーラはオホホと笑った。
「いえ丁度いいんですよ。新しい障害物を作ろうと思っていたので、そちらの作業の時間に割きましょう」
「…と仰いますと?」
「水ごう障害のために、プールを用意していただこうかと」
「このカントリーハウスは乗馬訓練場ではないのですが~!?」
呆れる使用人に背を向け、セーラは厩舎へと向かった。
オープンウォーターとは水を飛び越える競技の事で、障害馬術でよく見かけるヤツである。
ちなみに馬の個性にもよるが、基本的に馬は水が大好きだ。
川にも入れるし、育ってきた場所が水辺なら湖でも海でも泳ぐことに躊躇ない。
競走馬はリハビリや訓練のためにプールに入ることもある。
とはいえ、臆病な性格の馬なら水たまりですら避けて走るので、乗り手の技術と共に馬の適性が試される障害物のひとつである。
ちなみに馬が障害競技の水を嫌うのは、実際に水を嫌っているのではなく、単純にブルーシートが嫌だからという場合が多い。
「お、お待ちくださいセーラさん!あの…レジナルド様がそこまで本格的に学ばれる必要は無いのでは?基本的な乗馬技術だけでよろしいのではないでしょうか?」
「これは基本的な乗馬技術のウチですよ?」
「あっ…ガチでそう思ってる人の反応ですね…」
セーラは厩舎へと去って行った。
ちなみに馬係にも同じ反応をされた。
庭が魔改造されていく。
――――――――――
アリディンバリスの王城、ゴミ捨て場。
「こんな大きなポプリポットを捨てるだなんて、勿体な~い!」
使用人2人はコソコソ声で話していた。
アンと、もうひとりも見慣れた女性で、名前はメリンダ。
アンと共に進入禁止のオブジェを盗み出し、罪を重ねていたが、罪悪感に耐え兼ねて窃盗からイチ抜けした使用人だ。
「ガラス容器、欲しい…」
王族が”捨てろ”と言ったモノを、使用人がくすねる事は日常茶飯事だ。
ハンカチの1枚から食べ残しのクッキー、装飾品まで様々なのだが…。
「中に入ってるバラもいい香り…全然匂いが抜けてない。フタを開けずに飾っておいただけみたい」
「捨ててってお願いされたモノなら”盗み”にならないし、貰ったら?」
アンの含みのある言葉に、メリンダはフン!という態度を取った。
「私が”副業”から足を洗った事、まだ根に持ってるの?」
「まさか。むしろ、その判断は正しかったよ」
「…色々ヤバいもんね、大丈夫?」
アンは古くなったシーツを引っ張り出し、メリンダのためにガラスのポプリポットを包んでやった。
メリンダの言う”ヤバい”、は、レジナルドの部屋の前に兵士が立つようになった出来事を差している。
まさか同僚のクリスティーナに、バラされたくなければカネを寄こせと恫喝されているとは知る由もない。
「…そうだね。色々ヤバいかも。でもまあ、人生綱渡り、ってね!」
メリンダはありがとう、とお礼を言ってシーツに包まれたポプリポットを受け取った。
――――――――――
「う~ん!長かったな!」
「山ひとつポータルで越えただけではありませんか。それにレジナルド様に馬車の振動を軽減していただいてるおかげで、快適な移動時間ですよ」
「ワハハ!もっと褒めろ?」
トーラティカの王城へ入ると、門でいったん止められる。
御者が身分を証明する巻物を見せ、スムーズに入場した。
「ここへ来るのは挨拶の日以来だな」
「そうですね。美果の月の31日に開かれる舞踏会に招かれていますから、今日は下見を兼ねているような気分でしょう」
「大広間は2つあるんだったか?」
「お詳しいですね。城の左端、右端にあるドーム型の建物がそれです」
「アリディンバリスで予習してきたからな。まさかそこで観劇が出来るとは思っていなかったが」
馬車はゆっくりと停止し、レジナルドとマシューは降車した。
御者がドアを閉めながら話す。
「私は厩舎近くの御者待機棟で待っています。退場の順番はまだ知らされておりませんが、兵士の案内に従って出て来ますので、よろしくお願いいたします」
マシューは頷く。
「心得ていますよ」
帰りもよろしく、とレジナルドが手を振り、馬車待機場と厩舎へ向かう御者を見送る。
城の方に目線を向けると、兵士が4人も立っていた。
「アリディンバリス第二王子、レジナルド様。ご案内を」
「丁寧な出迎えだな」
以前来た時よりも、ずっと気が楽だった。
「ここに住みたいと思っていた頃もあったが、今となってはカントリーハウスの良さが理解できる」
「王族なのですから、格式のある場所で生活したいと思われるのは当然ですよ。でも、暴れたり文句を言ったりせず、与えられた暮らしで満足されているレジナルド様はご立派です」
「まあ、俺が立派な人間なのは間違いないな」
「後は謙虚さを学ぶだけですよ」
兵士は待機のための部屋にレジナルドとマシューを案内した。
使用人がサービスワゴンを押して入室する。
「お昼を」
「ああ、いただこう」
「数時間後には劇の準備が整うはずです。お呼びいたしますので、それまではごゆっくり過ごされてください」
使用人は部屋から出て行った。
廊下側からは兵士が立っている気配がする。
「護衛のためか、見張りか、どっちもだろうが安心感はあるな」
「再確認ですが、レジナルド様から他の貴族や王族、人質に声をかけてはいけませんよ」
「ああ、お口にジッパーだな」
「ジッパーって何です?」
「そう言えばなろう世界ってあんまりジッパーを見ないなぁ…?」
非常に便利な道具だが、転生者が滅多に発明しないモノの代表格だ。
――――――――――
もうすぐ”のがあり”が上演される時間だが、フィリップ王子は自室で従者と共に…私文書偽造の勉強をしていた。
「次のページをめくってください。隣り合う領地の貴族を偽り、互いを焚きつける内容の手紙を送り、内紛をコントロールした歴史をお教えします」
「なるほど、互いに睨み合わせるだけではなく、小規模な小競り合いを起こさせる事で私軍の弱体化を図ったのか」
「私がまだ10代の頃の戦争でしたが、先王様が色々と画策され…その手腕は見事でしたよ」
「確かに、力を押さえるために領地を収用したり、税金をその地域だけ多くしたら、怒りの矛先が王家や議会に向かうだろうしなぁ…だがしかし、この内紛で1000人以上が死んだと習ったが?」
「国家の運営には仕方のない犠牲です。王政を敷いてはいても、港や広大な農地を所有している貴族はどうしても下心が出てしまい、下剋上を考えるものですよ。危険な芽は早いうちに積んでおくことが重要と心得てください」
「なるほど…」
「では、昨日出した宿題を見せてください。レジナルド様が書いたように偽り、国王様や議会に提出して心証を悪くするための文章を書いてきましたか?」
「ああ。筆跡はその技術を持つ従者に真似させて、文章は3つのパターンで書いてきた。まずひとつめは、アリディンバリスと比較してトーラティカをバカにする内容。2つ目は国王様と王家、さらに人質としてアリディンバリスへ行ったおじいさま…先王様をバカにする内容。そして最後は…私をバカにする内容だ。同世代の王族で、比較して卑下する要素も多数ある…使える魔法の種類とかな!フン!」
「落ち着いてください。個人的な恨みは政略の遂行を妨げる要因です」
「…」
フィリップは拳を収めた。
従者は褒める。
「筆跡を技術のある者に真似させたのは大正解です。さて、内容ですが…」
「どれが一番いいだろう?」
「この中では、フィリップ王子様、あなたを見下して書かれた文章が最も有効だと感じます」
「意外だな!何故だ?」
「自分や所属する集団を侮辱されても、ある程度耐える覚悟はあります。国王様は国で一番寛大な心を持っていますし、ある程度は目をつぶることでしょう。しかし、私も人の親です。子供がバカにされる事だけは許せません。それは国王様も同じでしょう。国家の長としても、次期国王が見くびられているとあっては…何のお咎めもなし、というわけにはいかないでしょうからね」
「!!」
フィリップはチェアから立ち上がった。
「じゃあ、偽装するならこの線で行ったほうが良いな?」
「ええ。ハイパーシークレットダイアリーの製造会社にまで使いを送りましたから、日記をこの内容に改変するのがよろしいかと」
「うむ、従者が戻ってきたら、さっそくレジナルドが書いたように見せかけた文章を偽造し、アイツを自室謹慎にさせてやるんだ!乗馬も読書も禁止だ!!!」
従者はそんなフィリップの姿を見て嬉しそうだ。
「そういう小さな所から訓練されて、謀り事の名人になられていくのが良いと思います。立派な国王を目指しましょう!」
ワハハハハ!という笑い声が部屋いっぱいに響く。
――――――――――
部屋の扉がノックされ、使用人があと少しで迎えに参ります、と伝えてくれた。
ソファーでグーグー昼寝していたレジナルドをマシューが起こす。
2人は脱いでいた上着を着直して、鏡を見たり、互いにクルクル回って変なところがないか確認する。
戻ってきた使用人は兵士に移動を伝え、兵士は部屋の扉を開ける。
「ようやくか、待たせるな」
「時間ギリギリに到着するわけにはいきませんからね。早い時間に馬車が着いて良かったですよ。昼寝する時間もございましたでしょう?」
「ま、そうだな。何事もプラス思考だ」
「ここからはお静かに」
判っている、という表情でレジナルドは頷いた。
控室のような部屋がずっと続く長い廊下を渡り、ホールへ入る。
任意の場所の天幕を開閉できる仕組みになっているようで、心地よい陽の光が差し込んでいた。
「素晴らしい大広間だな…」
「ふふ、夜はもっとゴージャスですよ。お楽しみに」
2人に用意された席は後ろの方だった。
レジナルド達が座る後方からも、前方に国王をはじめとする王族が座っているのが確認できる。
「あそこに座しているのはトーラティカの国王様と王子様だな」
「あ、あまり注視しませんように…」
マシューの頭に、使者と王子が同一人物だとバレる可能性がチラつく。
程なくしてどん帳が上がり、劇が始まる。
「これより、トーラティカとアリディンバリス、二国間交流事業の演劇の上演を行います。トーラティカの先王様をモデルにした”先見の明があり過ぎて人生1回目なのに転生を疑われるチート賢王、世界平和のため人質生活を送ることになったが、元敵国の民に慕われすぎて困っています!女神に祝福されてるのは嬉しいけどひっそり暮らしたい(汗が飛んでるemoji)この歳で魔界のボスと渡り合えって、これ以上能力アップしたら冒険譚が上巻・中巻・下巻じゃおさまらないんですが!?増刷1億達成でまた国内総生産引き上げちゃいましたか、オレ?”を、お楽しみください」
会場は拍手で埋まった。
――――――――――
数時間後、物語はクライマックスだ。
女性の登場人物2人が主人公の恋人になりたいと言い合いながら、それぞれ右手と左手を引っぱる。
そして主人公が叫ぶ。
「オレのために争うのはやめてくれよ~!」
音楽が大きくなり、会場は再び大きな拍手で埋まった。
マシューはレジナルドの袖をつつく。
「面白かったですね!」
レジナルドは微妙な表情だ。
「流石は我が国の演者たちだ。演技は一流だった。しかし、あのオチは古典が過ぎるぞ…?」
「トーラティカ語で演じてくださったので、ここに居る全員が満足していることでしょう」
「多分アリディンバリス語で演じてもオチに何て言ってるか理解してもらえた気がするが」
王族、貴族とその家族、という順に退出し、待たせていた馬車で帰っていく。
「さぁ、私たちの番です。帰宅いたしましょう」
レジナルドを案内した使用人が、お気を付けてお帰りくださいと定型文を言いつつ、マシューに封筒を渡した。
「これは?」
「上級使者様からのお手紙です」
帰りの馬車に揺られて、マシューとレジナルドは感想を言いあっていた。
「しかしまあ、及第点ではあるな。お約束が過ぎて、全て展開を先読みできたのはアレだが、まあ、演じられた本人は喜ぶだろう」
「そうですね。笑顔の先王様が目に浮かびます」
「ところで、トーラティカの王城にも演者はいるだろう?」
「もちろんですよ。とはいえ、私のような爵位の低い末端貴族ではお目にかかれませんね。王宮内で劇を演じて、王族や議員の皆さまを喜ばせているはずです」
「楽しみとしての演劇はもちろんだが、王族にとっては勉強の一部でもあるぞ。俺は歴史にだけは強いんだが、やはり演者たちのおかげだな。歴史を劇で学ぶとスラスラ頭に入って来る」
マシューは意地の悪い笑みを浮かべた。
「年号も?」
「もちろんだ」
「…」
「え、マシュー、お前って歴史の勉強で年号の暗記が苦手タイプの人間だったのか」
「あ、あれって覚えたそばから抜けてくんですよ…」
「そういう時はな、丸暗記するんだ。演者に歴史の出来事を演じさせて、セリフを丸暗記すればいいんだ」
「レジナルド様って、もしかしてそれなりに賢かったりしますか?」
レジナルドは窓から遠い風景を眺めた。
「俺は全然アホだ…そういえば、馬車に乗り込むときに手紙を受け取ってたよな?」
「あっ!」
マシューは封筒を開ける。
「使者様からのお手紙と、新聞の切り抜きの2つが入っています」
「そういう時はな、”良い手紙”と”悪い手紙”が入っています。どちらを先に読みたいですか?って聞くんだぞ?」
「上級使者様からのお手紙を”悪い手紙”呼ばわりとは、私の告げ口ひとつでレジナルド様の立場が危うくなることを頭に残しておいてください。まったく…」
「じゃあ、”良い手紙”と”より良い手紙”と言い換えよう。で、だ!より良い手紙の方から読んでくれ!」
マシューは新聞の切り抜きを読み上げた。
「”針工場で 針の山に混入した干し草 見つかる”」
「へえ、干し草にとっては災難だったろうな」
「数か月前から干し草の叫び声だけは聞こえていたようですが、実際に干し草を探すとなると、困難を極めたでしょうね」
「どうやって見つけたんだ?」
「新聞記事によると、”針山に一本ずつ刺していき、刺さらないものを見つける作業”をずっとしていたようです」
「それって磁石に付くのは針、つかないのが干し草、で判別できなかったのか?」
「磁性干し草なので無理ですよ。鉄分が含まれているので針のように磁石にくっついてしまいます」
「じゃあもうそれ針として出荷しても良かっただろ?」
「違いますよ!ここの工場の針は、一般家庭や仕立て職人が使う用の針ではなく、黒鉄シープの主食用に作られていた針なんだそうです。その針山に、万が一干し草が混入していたら…」
「混入していたら?」
「黒鉄シープの喉に干し草が刺さって死んでしまうでしょう?」
「う~ん、逆に?逆に柔らかいと刺さるのか?」
マシューはもう一枚の手紙を読んだ。
「上級使者様が、3日後に………」
未だかつてないほど、言い淀む。
「何だ?俺は死刑か?」
「そんなまさか!!う、馬で森へ入らないかと…」
「へえ、森歩きとは、危険がいっぱいだな」
マシューとレジナルドの脳裏には、ピクニックの時の出来事が思い出される。
野生動物にモンスター。
そういった生き物が出なかったとしても、森歩きはかなり上級者向けの散策だ。
「っていうか、上級使者様は俺が初心者だと知っているよな?馬場に障害物を置いて、それをジャンプさせてるレベルなんだぞ。素人も素人、森の中のゴチャゴチャした道を歩けるわけがない。まだ鞭も握らせてもらってないのに…」
「うーん、何故、上級使者様がこのようなワイルドが過ぎるアクティビティを提案してくださったのかは謎ですが…」
実際は謎ではない。
マシューはなんとなく、フィリップ王子がレジナルドを貶めたいという野望を抱いている事に気付いていた。
しかし、やめてくださいと言える立場でもない。
今後のキャリアと家族がチラつく。
「…謎ではありますが、お断りすると失礼に当たりますね」
「仕方ない。セーラに教えてもらうとするかぁ!」
レジナルドは不服そうに足を組み直し、体勢をぐにゃりと崩した。
マシューがフォローする。
「大丈夫ですよ。森へ入れば確かにモンスターは出ます。しかし、上級使者様はこの国の王…お、王子のようにお強い方なので、レジナルド様を守っていただけるでしょう」
「そうであってくれないと困る!発酵焙煎チョコレート号は軍馬とは言え、森歩きは別次元の難易度だろう。ところで、上級使者様は先頭を切って歩いた経験があるのか?」
森歩きでは道取りが命だ。
残念ながら、馬は人と違い、つまずいて転んでしまうと立て直すのが難しくなるケースもある。
狭い場所でパニックになれば、逃走どころか人を乗せたまま樹木に激突して致命傷を負ってしまう危険も考えられた。
「…ど、どうでしょうね?」
「不安だが~~~!?!?」
馬は一般的に、開けた場所で生活している生き物だ。
森の中は得意ではない。
――――――――――
夜。
アリディンバリスの使用人たちの宿舎。
暗かった室内が、魔法道具のランプの明かりで照らされる。
仕事から帰ってきたメリンダが蒸し暑い部屋の窓を開け、換気した。
「ああ~!!!!外もジメジメしてるから、あんまり変わらないかも…夏って大嫌い!」
ぼやきながらシーツの包装を解くと、朝ゲットしたガラスのポプリポットが出てきた。
蓋を開けると摘みたての花のままの、いい香りが部屋に広がる。
「最高…」
メリンダはポプリポットに手を入れ、花びらを取り出した。
香りをつけるために、クローゼットにある服のポケットに忍び込ませる。
チェストやベッドの枕の下にも乾燥した花びらを置いてみると、部屋中、何とも言えないいい香りになった。
「すごい、お花畑にいるみたい…」
気分が高揚し、一度に使いすぎてしまった。
半分ほどになったガラスの容器を眺め、フタをする前に最後のひと嗅ぎ、という気持でポットを揺らす。
中の花がかき回され、甘い香りがフワッとメリンダの顔を包んだ。
「ふふっ、今だけは王族の気分…本当に、なんていい香り…」
ゆっくりと窓際に移動した。
開け放たれた窓の窓枠に腰掛け、この時間が名残惜しいというように容器に手を入れる。
バラの香りがリラックスを誘う。
座りながらドライフラワーをかき回し、カサカサという手触りを楽しんでいると…何かが指先に触れた。
「?」
取り出して見ると、赤い大きな宝石がついたリングだ。
「キャッ!?!?!?」
小さな悲鳴でなんとか堪えて、震える指でリングをつまみ、見つめた。
「ど、どうしてこんな高そうな指輪が…?」
第一王女に捨ててちょうだいと言われたポプリポットだったので、アデレート姫が中のポプリを触っているうちに、誤って瓶の中に落としてしまったのだろうかと考える。
メリンダは驚きながらも、指輪を指につまんだまま、その美しい石を眺めた。
「なんて綺麗なの…!」
赤い宝石の美しさもさることながら、鏡面のような石に映った自分の顔に惹きつけられる。
「私って…こんなに魅力的だったかな…?」
理想の目、理想の眉、理想の鼻、理想の口…。
宝石を見つめながら、そこに映る自分の顔を色んな角度から見る。
どの向きからでも、魅力的に映った。
「すごく…美人…」
その時。
大きな音と共に、映っていた顔がドクロに変わる。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
驚いて指輪を放り投げるメリンダの体は、後ろ向きに倒れた。
彼女が座っていた窓枠の外には柵のようなものはなく、高さ4階から落ちて、地面に体を強く打ち付けた。
不幸の中にも幸いはある。
落下中に気絶し、意識を失ったので最後の瞬間に苦痛は無かった。




