人質生活40日目
今日は朝から雨で、乗馬は中止だ。
「あ~あ!大人しく本を読んでトーラティカ語の勉強でもするか」
「おはようございますレジナルド様。ところで、アリディンバリスからのお手紙へのお返事は?昨晩書かれましたか?」
「ん?ああ…その事だが…」
レジナルドはマシューに元気のない返事を返した。
「まあ、その、アレだ。前のように頻繁に手紙をやり取りする意力が失われたと言うか、気分が乗らないんだ」
「なるほど」
「月に一度ぐらいは近況を報告する、これは約束しよう。でも、今は書きたくない。屋敷で待たせている使者は王城に返してくれ」
「わかりました。しかし、この屋敷で待機するのは使者の仕事です。お許しください」
マシューはレジナルドの気持ちを汲んだ。
なんだかんだ強がっても、自分の装飾品を送ってくれなかったことがショックだったのだろうと考える。
レジナルドがアリディンバリスへ帰還することが無ければ、彼の自慢のコレクションには二度と会えないのだから。
「さあ、おなかが空きましたね。今朝はキラキラコーンのサラダがあります」
「うむ…ところで、コーンっていかにも野菜の顔をしているが、実は穀物なんだぞ?知ってたか?」
「知ってます、常識ですよ」
「ふ~ん…じゃあこれは知らないだろ?ポテトとかカボチャもデンプンが多いから、実は炭水化物の仲間なんだぞ?」
「それも常識ですよ。というかポテトやコーンを野菜だと思ってモリモリ食べてらっしゃったんですか?デブまっしぐらも納得ですね」
「口が悪すぎだろ?何故俺は朝からなじられているんだ????ちょっとしたマメ知識を披露したかっただけなのに」
「豆も普通に炭水化物ですから、野菜だと思ってバクバク食べていたら即体重増加食品の代表格でしょう」
「豆知識のマメを拾われるなら、もう何も言えないが?」
雨音にかき消されない直球の暴言を受けつつ、レジナルドはミルクが入ったコーヒーを啜った。
――――――――――
アリディンバリスの郊外。
王城から来た兵士は”閉店しました”の貼り紙を見て愕然としていた。
正面の扉を押してみると、鍵さえかかっていない。
ゆっくり入れば、いつものように天井がギシギシ鳴った。
中はひと気が無く、美術館のように丁寧に飾ってあった商品も無い。
「嘘だろ…?」
思わずカウンターの奥に入ってくが、誰も居ない。
廊下から部屋の方へ移動しても人の気配がない。
全くの無人だ。
その時、タイミングがいいのか悪いのか、別の”客”が入ってきた。
「おーい、今日も居ないのかぁ?」
「何だって?!」
兵士は店の奥から顔を出して、盗品を抱えた”客”と話をする。
「2日前にも来たんだが、本当に居なくなっちまったんだなぁ」
「そんな…」
「まあ、ここ以外にも盗品商の店はあるしな」
「何で急に店を畳んだんだ?」
「さぁ?俺が聞きたいぐらいだよ。ここは真っ当な品ならそれなりの金額を出してくれたから重宝したんだが…目利きのばあさんも引退するような歳だったのかね」
「まさかとは思うが、仕事がバレて逃げたんじゃないだろうな?」
「いやいや、兵士の姿は見かけてないし、しょっ引かれてったならもっと騒ぎになってるだろう」
その王城で働いている兵士である彼は、何とも言えないバツの悪い顔になった。
さらにタイミングがいいのか悪いのか、別の”客”もやって来る。
「閉店だって!?」
3人は自分たちの持っている情報を交換し合う…ほど誰も情報を持っていなかった。
最後に来た女性の犯罪者は焦りながら店を出た。
彼女は自称商人で、国境を越えて雑貨を運ぶことを仕事にしていたが…稼ぎのほとんどは、盗品を運んで得ていたものだった。
最近は”第二王子レジナルド関連の品を流してほしい”と、モルリヴァールの闇オークションの支配人から頼まれ、直接店まで来たのだ。
当てにしていた仕入れの店が閉店しているとは、予想外だった。
「待て待て、逆に考えろ…ピンチはチャンス、ピンチはチャンス…!」
兵士は兵士で、もうひとりの”客”と話をしていた。
「王都から見て、逆側の荒れ地にも盗品商の店があるんだよ」
「なるほど。でも、俺が売りたいのは貴族や王族の品だからな。ここの店の店主みたいに詳しい人間がやってる店でないと」
「いや、その店もなかなか知識があるばあさんがやってる店なんだよ」
「…どうして怪しい品を扱う店の店主は高齢の女ばっかりなんだ?」
「さあ?ところで俺も”コレ”を売りさばかなきゃならないし、良ければ案内しようか?」
「いいのか?」
「タダじゃないぞ?」
――――――――――
町へ買い物に出ていた使用人が戻ってきた。
雨の中、傘を差しながらレジナルドは馬の後ろに付いた引き車へ向かう。
「荷物を運ぶのを手伝おう!」
「使用人の仕事ですよ!レジナルド様はお屋敷の中で待っていてください」
「そう言うな。今日は雨で体を動かすこともしていないし、気晴らしだ」
使用人は笑った。
「ありがとうございます。正直助かりますよ、あっ、これをどうぞ!」
木箱を渡されたレジナルドは、その場で蓋を開け、中を見た。
「おお!水晶じゃないか!」
――――――――――
食料品などを使用人と共に運び終えたレジナルドはコックに命令し、キッチンで違法改造ミルクセパレーターをグワングワン回転させる。
「装身具店から水晶が届いたんだ。今からこの中に、コットンキャンディ花を模した砂糖菓子を封じ込める」
「いよいよ量産というわけですね」
加熱した機械からは、糸状になった砂糖がふわりと飛び出した。
シェフが器用に、木の棒に砂糖を絡めていく。
「湿気る前に、お早く作業を!」
「よし!任せろ!」
ちぎっては水晶に入れ、ちぎっては水晶に入れ…あっという間に、中にピンク色の”コットンキャンディ花を模した砂糖菓子”を封じ込めた水晶の山が出来上がった。
その様子を見ていた使用人達から感嘆の声が上がる。
「レジナルド様、宝石を溶かすだなんて、いつの間にそんな上位の土魔法を使いこなせるように!?」
「ちょっと練習したら出来た」
「えぇ…?」
テーブルの上でキラキラと輝くそれは、宝石を越えた宝石だ。
「触っても?」
「もちろんだ!というか、商品になったら真っ先に買ってくれよ?」
レジナルドはワハハと大声で笑った。
――――――――――
トーラティカの王城にゾロゾロと馬車の列が入場する。
「立派な門だなぁ、アリディンバリスとどっちがデカいだろう?」
「さすがの王城だが、とんでもなく年季が入ってるぞ」
「ペンキぐらい塗り直したらどうなんだ?」
アリディンバリスから出発した演者たちが到着したのだ。
通訳が、速度を落として走っている馬車から飛び降りダッシュで内門に入る。
「先に使者が来て知らせてますよね?我々はすぐに馬車から降りることが可能ですか?」
「用意はできています。生憎の雨ですので、城のエントランス内で出迎えの儀式を」
「わかりました」
ぞろぞろと40人ほどが降りてきた。
まずは歓迎を受け、再び馬車に戻って小道具や衣装などの荷物を取り、城に入る。
演者とスタッフ、そして通訳たちは城の素晴らしさに感動しっぱなしだ。
兵士に案内されながら、キョロキョロと頭を回転させて城の中を歩く。
――――――――――
「アリディンバリスより、”のがあり”の演劇を行うための一団が到着いたしました」
議会の途中で使用人が報告に来る。
議員たちと国王は頷いた。
「そうか。早速、明日の晩にでも上演させよう」
「それが…先王様からのお手紙です」
使用人は国王に、一通の親書を渡した。
「ハァ…お父さまっ…!」
国王は眉間にしわを寄せながら手紙を読む。
「………想像よりまともな内容でホッとした。”トーラティカで人質生活を送っているレジナルド様にもぜひこの劇を観覧してもらいたい”、と書いてある」
「手配いたしましょうか」
「そうしろ。断るならそれもよし…あと、劇を見た者は感想文をしたためろと書いてある」
議員と侍女、従者がざわつく。
「観劇後に感想文を書くのって萎えますよね?」
「わかる~」
使用人は頭を下げて部屋から出て行った。
議会に参加していたフィリップは、国王と同じように眉間にシワを寄せる。
「レジナルド様を呼ぶのですか?」
母である国王の代わりに宰相が答えた。
「先の国王様が呼べとおっしゃられたからには、一応、声はかけますでしょう」
宰相は議員たちに向かい直した。
「いいですか、連続して3日間上演される予定なので、予定を開けておいてください。家族も呼べるように調整をお願い致します!」
――――――――――
アリディンバリスの郊外の盗品商。
案内されて来た兵士は…名前をウォルターという。
ウォルターは店主の前で職業を聞かれ、適当にごまかしていた。
「上級使用人、従者だ。ある貴族の所有物の売ったり買ったりを任されている」
「なるほど。今日は?」
「良い品物が無いか探しに来た」
この店のレベルを確認できるチャンスだと考えた。
売り物がそれなりに高級なら、王族から盗んだ美術品も適正価格で買い取ってくれるはずと推測する。
高齢の女性店主は頷き、こちらへ、と誘導した。
店には、確かに怪しさ満点のコレクションが取り揃えてあった、が。
初見のウォルターがいきなり全ての品揃えを見せてもらえているとも思えなかった。
彼は少し考え、また適当に話す。
「珍しい品がいい。もちろん、主は誰にも見せず、その美術品を楽しむだろう。約束する」
「では、絵画などは?」
「絵画か」
絵画、と聞いてウォルターはピクリと止まった。
クリスティーナたちがレジナルドの部屋から大量の絵画を盗み出し、ウォルターは冷や汗をかきつつ、それをあの店に売りに行ったのだった。
今はもう会えない店主に”細く長く盗むように!”と怒られた事が少し懐かしい。
「…その絵画を売ったのは俺かも知れない」
「ほう?」
「レジナルド様のモノでは?」
今度は店主がピクリと止まった。
「その通りです」
「じゃあ………の古物屋から流れてきた絵画か?」
ウォルターは店名を出した。
店主は絵を見せながら首を振る。
「いいえ、違います。どこから商品が来たのかは言えない約束となっておりますので、ご容赦くださいませ」
「…言わなくてもいい、違った。見覚えが無い絵だな」
ウォルターは眉毛を下げた。
どう考えても、盗みを禁止した後にクリスティーナたちが内緒で盗み、売りさばいた品だろう。
「正直に話すと、俺は王城で兵士をしている。カネ欲しさに盗みを働いてるんだ。その絵画を売ったのは清掃を担当している使用人で…まあ、正直。主が居ない部屋からは、盗み放題だと思わないか?」
店主はニッコリ笑顔を作った。
「最初、あなたは嘘をついていました。でも今は、真実をお話になってくださっていますね」
「ああ。今後、売りに来ることもあるだろう。よろしく頼む」
「いつでもお待ちしておりますよ」
ウォルターの思考に、賭けカードで負けた分を取り戻せるかもしれない、という考えが侵入する。
――――――――――
レジナルドがモグラをヒザに乗せて本を読んでいると、町に行っていた使用人が声をかけてきた。
「レジナルド様が託してくださった設計図とお手紙を、魔法道具屋に渡しましたよ」
「おお!除湿冷房魔法道具…つまり、部屋の湿度&温度を下げる魔法道具だな。職人は何て言ってた?」
「すぐに手を付けてみて、上手く作れれば店に置いてくださるそうです。今ある部屋を冷やす装置は、風の魔法石を複雑に組み合わせたものが主流らしんですが、かなり大型なんです。でもレジナルド様が作ってくださった魔法道具ならコンパクトでいいと感心していましたよ。風を送るだけでなく、湿気も減らせますしね」
「そうか!工作初心者の俺が作るより、本業の職人が作る方がずっといい除湿冷房魔法道具になるだろう!」
「冷蔵庫などを開けっ放しにしておいてもいいんですが、風の魔法石を多く使っているから勿体ないんですよね…」
「こういう道具なら何種類パターンがあってもいいだろ。選べるぐらい種類がある方が…」
2人は会話を続けた。
モグラが大きな手で、読んでも無いページをペラペラとめくる。
――――――――――
アリディンバリス、使用人たちの宿舎。
アンは頭を抱えていた。
彼女の部屋には、クリスティーナが居る。
「アン。あなたが盗みを始めたってこと、使用人長や侍従長にバラしてもいいんだけど?」
クリスティーナは盗品を売ったカネをメンズ設定カフェにつぎ込んだが、それでも推しのキャストが振り向いてくれないので焦っていた。
「告げ口されたくなかったら、今までに貯めてきたおカネを私に寄こして!」
「ハァ…こういう子だって知ってたら、絶対に盗みの仲間にはしなかったのに…」
「さっさとおカネちょうだい!脅しじゃすまないんだけど?!」
「落ち着いてクリスティーナ。まず、あなたが受け取ってきたカネはどこへ行ったの?」
「…全部使っちゃった」
「私も同じ、家に送ったの。だから、あなたに1ゴールドも渡せない。嘘だと思うならこの部屋を探してみてもいいけど」
「は?」
「私の実家は貧乏貴族で、盗みで得たカネは全部家へ仕送りしちゃった」
「そ、そんなバレバレの嘘信じるわけないでしょ…!?」
クリスティーナは慌ててアンの部屋を調べまくる。
ベッドの下、デスクの引き出し、クローゼット。
クッションの手触りまで確認する。
「引きちぎって、コットンキャンディ花の中にゴールドが隠されてないか探してもいいよ?」
「………っ!!!!」
この部屋には本当にカネがなかった。
というより、金目のモノすら見当たらない。
「何に使ったの?」
「だから、家に送ったんだって」
「そんなの嘘!欲しいものとか、使いたい事あるでしょ?」
「嘘じゃないよ。恥ずかしいけど、隠す必要もない。ウチ、本当に貧乏でさ」
「…」
「自分たちが使うためのおカネをもっと多く徴税すればいいのに…橋の改修とか、そういうどうでもいい事に回すから。使用人が忙しすぎて、お母さんがキッチンに立ってるぐらい。本当に笑っちゃうほど貧乏だけど」
「…」
「でも、大好きな家族なの。冒険者ギルドに渡す報酬金も出せなくて、3人のお兄さまたちが自分でモンスターを倒しに回ってる。信じられないよね?家族に、少しでも楽をさせてあげたくて…」
「…バカ」
「は?」
「バカ…!私の家だって……」
クリスティーナは独り言のように呟き続ける。
「屋敷の修繕すらままならないぐらい貧乏なのにっ!それなのに変なところで見栄っ張りで…!家を継ぐのはお兄さまで、兄嫁はクソムカつく女で、それ以上にムカつくお姉さまは結婚相手を探すためにドレスや化粧品や体の手入れにじゃぶじゃぶお金を使ってて…でも、私は嫌われていて次女だから、こうやって王家への奉公に選ばれて…でもなんで?なんであなたは自分の事に使わないの?」
「?」
クリスティーナはわなわなと拳を震わせ、無言で部屋を出て行った。
アンはきょとんとした顔で、去っていくクリスティーナの背中を見る。
――――――――――
トーラティカのカントリーハウス。
雨の中、わざわざ使者が来て手紙と新聞の切り抜きを置いていった。
「レジナルド様!観劇に招待されましたよ!」
マシューが急いで2階に上がると、執事の部屋からスコーン!スコーン!と音がした。
「ちょっとハインリヒさん!またレジナルド様にナイフ投げを教えていらっしゃるんですか!?」
扉を開けると、そこには…壁に打ち付けてある板に、大の字になって立っているレジナルドと、そのレジナルドに向かってナイフを投げているハインリヒが居た。
「?????????????????」
「おお!観劇だと!?それこそ我が命だ!しかし、急にどういう風の吹き回しだろう?」
「いやこの状況が何なんですか?」
「執事が主人に向かってナイフを投げているんだ。見て判らないのか?」
「脳が情報の理解を拒んでいるので見ても判りません」
マシューがしわくちゃな顔をしている。
執事はレジナルドに近づき、壁と体を縫い付けていたナイフを引き抜いていく。
ハインリヒは少し気まずそうに咳をした。
「ナイフにビビらない胆力をつけていただいてたんです。ご安心ください。体どころか、服にも傷をつけていませんよ」
「どこの世界に主人を壁に縫い付ける執事が居るんですか」
「ここに」
「この世界は終わりです」
3人は使者が持ってきてくれた手紙を読む。
「どうやらトーラティカの先王様が…レジナルド様を招いてくださったようですね」
「ふむ。先王のために作られた劇を演じるべく、わざわざアリディンバリスから演者たちが来ているのか。何重にも喜ばしい事だ」
「彼らの滞在費や馬代などはトーラティカ側が負担しているのでしょうか…」
「あ~これだから弱小貴族は!すぐそうやって税金の使い道を気にするんだ!」
「領民もこんなしょうもないやりとりのために小麦とミルクを収めていないですよ!」
わいわい話しながら、ついでに新聞の切り抜きも読む。
「”クラーケン 薄く切って天日干し 西港名物クラーケン乾物 今年も良い出来”」
「おお!お酒に合うヤツですよ」
「クラーケンと言えば、俺は”観察できない真空”が欲しいんだ」
「えっ、何ですかそれ?」
「クラーケンの吸盤は一度くっついたら外れないのを知ってるな?その吸盤と吸盤をくっつけて、最高の真空を作ったオブジェがあるんだ。…ひとつ300万ゴールドぐらいするので、なかなか手が出せなくてな」
「またそういうしょうもない…」
「この観察できない真空は凄いんだぞ!2頭の馬と繋げて、反対方向に引っ張らせても離れないんだ!」
「へぇ、真空って凄いですね」
「だろ?欲しくなったろ?300万ゴールドくれ!」
「ハインリヒさん、ナイフを貸してください。私も主人を縫い付けます」
――――――――――
夜。
前日に盗みに入った、食料品店で働いている中年の女性、その夫、そしてデッドリエスト・ヘッジホッグが再び店内に侵入する。
「今日は家具を貰おう」
ほぼ同じタイミングで、店主の孫のロジャー、そして犯罪集団のボスも店を訪れていた。
ボスは前日に出かけた仲間が帰ってこない事を心配している。
この家のどこかに隠してあるゴールドを探しに行ったまま帰ってこないのだ。
店の前まで来ると、店内から足音と話し声が聞こえた。
「待てロジャー!誰かいるぞ!」
「ど、泥棒かな…?」
「ああ…この店が無人になって、かなり時間が経つしな…でも待て。泥棒なら危険だ。俺が見てきてやるよ。お前が危ない目に合う必要はない」
そう言ってボスは店内に忍び足で侵入した。
実際はロジャーをかばったわけでなく、自分の仲間がいるなら先に裏口から逃がしてやろうと考えたのだ。
もしロジャーと鉢合わせになれば仲間の命は無いだろうと思い、ゴールドを探すのは別の日にしろと言うつもりだった、が。
「シャーーーー!!!!!!!」
「!?!?!?」
背中のトゲを猛毒の体液で濡らしたデッドリエスト・ヘッジホッグが男に飛び掛かってきた。
間一髪避け、水魔法で大量の水を作り、モンスターを濡らして弱毒化させる。
光魔法も使えるので、ライト!と叫んで光球で室内を照らした。
「誰だ!!!!」
「バレた!逃げるよ!」
「クソっ!」
盗みに入っている夫婦は慌て、家具を諦めて逃げようとした。
「窓を割れ!窓から逃げるぞ!」
「ちょっと待って!鉄格子がついてる…」
「え!?」
物音に気付いたロジャーが凄い勢いで走ってきて、2人を捕まえようとする。
「やっぱり泥棒か!よくもおばあちゃんの家にっ…!」
飼い主を守ろうとするデッドリエスト・ヘッジホッグがロジャーに飛び掛かるが、ロジャーは両手でバチン!と蚊でも潰すように…そのモンスターを挟んだ。
「逃がさないぞ!」
「…っ!!」
「イヤーッ!」
逃げようとする夫婦の首を手で掴む。
ロジャーの両掌にはデッドリエスト・ヘッジホッグの毒針がザクザクと刺さっており、紫に染まっている。
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
「キャアーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
毒針が刺さったままの手で首を掴まれた2人の悲鳴が、郊外の荒れ地に響いた。
夜逃げした家から家具を持ち出そうとしただけだったのだが…。
家族同然に可愛がっていたペットの死骸が首に刺さり、皮肉にもその毒で死んでしまった。
窃盗団のボスは慌ててロジャーの心配をする。
「おい!?大丈夫か!!」
本人はケロっとしている。
「そ、そんなに強く首を絞めたつもりじゃなかったのに…また殺しちゃった…」
ボスはその言葉にゴクッと息をのんだ。
コイツだけは敵に回してはいけない、という気持を強く持つ。
足音がバタバタと聞こえ、店の正面から声がした。
「おい!中に誰かいるのか!?」
郊外と言えど、近隣には怪しいレクリエーション嗜好品を製造している工場…表向きには住宅なのだが。
そういう高い塀に囲まれた家がぽつぽつ点在しているので、悲鳴を聞きつけてそこの住人たちが様子を見に来たのだ。
「今行くよ!」
明るく答えて、のっしのっしと店のカウンターに歩き出るロジャーの手には…まだ泥棒2人の首が握られたままだ。
「ひっ…」
「うぉっ…」
古物店の様子を見に来た近隣住民は、恐怖におののいた。
店主である老婆の姿はなくとも、用心棒の孫が両手に侵入者をぶら下げて出てきたのだ。
「祖母は田舎に引っ越したんです。でも、泥棒が入っちゃって…」
「そ、そうか…」
「それは大変だったな…ハハ…」
ボスは後ろから様子を伺っていた。
屈強なごろつきたちも、ロジャーと、彼に掴まれた死体にビビっている。
ロジャーは客を相手にするようににこやかに話す。
「でも、空き家になったわけじゃありません。ボクが住んでいますから!」
近所に住む人間が店から出て行くのを見送りながら…死体の首を掴んでいる手を、何てことないように振って見送った。
毒針が何百本も刺さっているにも関わらず、特に体調の変化などはないようだ。
ボスは恐怖で冷や汗をかく。
「(バケモノだ…)」
ロジャーはため息をついた。
「演劇の仕事はやりたいけど、誰かがこの家を守らなくちゃならない…」
「あ、ああ………それなら俺に任せておけ!」
ボスは自分の胸を叩いた。
ロジャーは体を揺らし喜ぶ。
彼の手からぶら下がる死体がぐわんぐわんと揺れた。




