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人質生活39日目

早朝。

トーラティカの宿屋で、アリディンバリスから来た使者は悩んでいた。

手紙を渡し、仕事を終えても、彼は国境を越え国に帰っていない。

「…後をつけていたのは、王城に居た兵士だった。私は何らかの理由で…疑われているんだろう。間違いない、指輪の窃盗がバレたか、あるいは封蝋スタンプが…クソっ!」


父は元貴族、その父の結婚先の母の家系は、商売で財を成している良い家柄だった。

現在の両親は高齢ながらモルリヴァールに引っ越し、彼は一人暮らしだ。

一人暮らしといっても、国境沿いの宿泊施設と王城を行き来するのが仕事なので、荷物はリュックひとつに納まるほどしか所有していない。

もうアリディンバリスに未練はなかった、が。

「惜しい事をした。あんなはした金でしか売れなかったリングひとつのために、この仕事で積み重ねてきたキャリアを棒に振ってしまうなんて…」


後悔先に立たず。

「王族が人質になった居住先から送って欲しいと頼んだ品なのだから、何千万ゴールドもするだろうと踏んで………このザマだ!!!!」

馬を走らせ、馬小屋で馬を変え、また走らせるキツい仕事ではあったが、国境を自由に超えられ、王城への出入りも許される地位と、それなりの賃金も貰っていた。

非合法な一攫千金を夢見た結果がこれである。

「バレずにいれば退職金も出たのに、チッ…」


アリディンバリスに戻ることはできないだろう、と覚悟を決めて、トーラティカ回りでモルリヴァールに移動する計画を立てた。

使者の男は髪の毛をガシガシと掻き、悔やむ。


今やっている王城と国境の往復生活の前に、彼は手紙を王城から領地まで届ける仕事を任されていた。

「貴族の住む城に滞在させてもらっている間、いろんな宝石や装飾品を見せてもらったものだ」

このリングは1000万ゴールド、このネックレスは1億ゴールド、と、口からポンポン信じられない金額が飛び出していて、その経験が彼の人生を歪めてまった。

「いつか、上手い事ああいう高価な宝石を盗んで、それを売って大金持ちになってやろうと考えていたのに」


モノの価値は想像より冷酷に決まる。

所有者が1億と吹聴しても、買い手が付かなければ1円の市場価値も無いのだ。

「あの買い取り額が妥当だったのか、それとも足元を見られたのか…もうどうでもいいか」


使者はアリディンバリスから貸し出されている馬を盗んでいくことにした。


――――――――――


朝からレジナルドは緊張していた。

今日の乗馬の練習では、いよいよクロスバーに挑戦だ。

2本のバーがクロス、つまり交差するように設置されており、低くなっている中央をジャンプで飛越ひえつさせる。


「ちゃんと俺の指示を聞いてくれるだろうか?」

「発酵焙煎チョコレート号は訓練済みの馬なので、ただ走らせるだけでも飛び越えてくれますよ。では、気を張らずにいってらっしゃい」


セーラの投げやりな指導を受けつつ、レジナルドはクロスバーに挑む。

ダダッダダッダダッダダッダダッ…


ヒョイ…


ダダッダダッダダッダダッダダッ…

「いやただまたいだだけだろ~~~?!?!?!」


レジナルドは思わず馬上でボヤいた。

「オホホ。最初は人間でも跨げるぐらいの低さから初めますから、こんなものですよ。気を張らずにとアドバイスしたではありませんか」

「ビビッて損したぞ!」

「バーは少しでも触れれば落ちるように乗せてあるだけですし、恐れる事は何もございません。さ、逆回りも練習いたしましょう」


――――――――――


アリディンバリスの王城から、3台の馬車が出て行った。

第二王女とその侍女、護衛の兵士たちを乗せた馬車だ。

「ほら、顔を上げてくださいイザベラ様」


侍女たちに促され、下の妹は顔を上げる。

最近、コットンキャンディ花が埋め込まれていないリングの事でやらかしてしまった彼女は、国王の従者から盛大に叱られていた。

法律を教える教師からも怒られ、めちゃくちゃ不機嫌になっていたので、気分転換も兼ねて国内旅行というわけだ。

「ゾーフへ行くのは久しぶりですね」

「砂漠が近く、緑が美しい場所ですよ」

「ハァ…帰って来た時にはお父さまも上のお兄さまも、私のやったことを忘れているといいけど」


侍女達は苦笑いでお互いの顔を見た。

職人たちは戻りつつあったが、王城のジュエリー工房の炉には、数日間火が入っていない。


――――――――――


「レジナルド様、何をされていらっしゃるんですか?」


茶を入れに来たビルがレジナルドの部屋に入ると、レジナルドはテーブルの上でゴチャゴチャ道具を広げていた。

火と風の魔法石も置いてある。

「ああ、部屋を乾燥させる魔法道具を作ってらっしゃるんですね」

「うむ!とりあえず空気中の湿気を取る事には成功した。しかしな…」

「何か問題でも?」


ティーカップに香ばしい香りのお茶が注がれていく。

「室温が下がってしまうんだ。成仏できぬ水筒は本物の呪いのアイテムだったから、完全再現は難しいか…ハァ…残念だ…」


ビルがティーポットを傾ける手を止める。

「えっ、室温が下がった方が嬉しくないですか?」

「何だと?」

「冬なら困るでしょうが、夏なら除湿ついでに室温が下がった方が嬉しいですよ。何も残念じゃないでしょう」


ビルはプリンをワゴンからテーブルへ移動させた。

「そうか…まあ今は空気を冷やして水分を取る方法以外、除湿のやり方が思いつかないからな。とりあえずこれで試作品は完成としよう」

「じゃあ早速、ドレッシングルームに置きましょうよ」

「ああ!試運転といこう!!」


2人は衣装部屋へと移動し、レジナルドお手製の除湿魔法道具を置いた。

スイッチを入れると問題なく魔法石が作動する。

「しかし空気が冷えてしまうから、秋冬には使えなくなるなぁ」

「…湿度が高いのは夏だけなので問題無いのでは?むしろ秋冬と春先は乾燥がトラブルの元になるぐらいです」

「んっ!?言われてみればそうだな?」

「私の実家でも、冬を何度も越すと、質の悪い革製品は乾燥してバリバリになってしまって…困っていたものです」

「待てよ、俺も昔は部屋の乾燥対策として、秋冬は部屋の中で湯を沸かさせていた経験がある。従者と使用人が魔法道具を持ってきてくれたものだ。懐かしいな」

「火の魔法石を使った魔法道具で、お湯をちょっとずつ空気に変えてくアレですよね、加湿魔法道具ですよ」


レジナルドは首を傾げた。

「しかし、ここ数年の秋冬は使わせなくても部屋が潤っていたな。何故だろう?」


――――――――――


アリディンバリスの劇場で、今日も元気にロジャーは稽古に励んでいる。

時を同じくして、窃盗団のボスは仲間たちと合流していた。

「例のモノは?」

「どうぞ」


紫色のビロードの布に包まれたその中には、”成仏できぬ水筒”があった。

「この空気が乾燥していく感じ…伝え聞く通りだ。間違いなく本物だろう。無限に水を飲み続ける呪われた品…凄まじいな。この皮の筒に、1000万ゴールド以上の価値がある」


仲間たちはゴクッと息をのんだ。

「砂漠か海を越えて運ばせますか?」

「そう慌てて移動させることはない。まずは…手元に置いておく」

ボスはビロードの布に慎重に包み直した。

強盗に入った際のリーダーが、ボスの傍に寄る。

「これを…」

束にされた紙。

暗号のような文で書かれてはいるが、間違いなく今までに買い取ってきた品に関わるリストだった。

「このリストは脅しに使える。良くやってくれた」

「へへ」

「店内にはたんまりとゴールドがあっただろ?あのばあさんは銀行を信用していなかったからな。若いときにひと悶着あったとも聞くが。隠していたカネはどれだけになった?」


盗人たちは気まずそうに互いの顔を見る。

「…それが、次の日の真夜中に再び侵入して、家の中をくまなく探しましたが…ゴールドはありませんでした。もちろん預金通帳や信用クリスタルも探しましたが、見つからずで…」

「外に預けている素振りは無かったぞ。金庫やゴールドがみつからないだと?そんなはずはない」

「売り上げの帳面をそのまま信じるなら、数億ゴールドはあるはずです。もしかしたら見つけられていないだけで、どこかに預け先があるのかも知れません」

「…あのばあさんの店を、長い間張り込んで判った事がある。相当な用心深さで、食い物も食料品店の人間に運ばせて、絶対に自分から店の外に出ようとはしないんだ。誰かにカネを預けるような気質じゃない」


部下のひとりが口答えする。

「おいおい!あれだけ探したってのにまだ探せっていうのか!俺の分け前は盗品を売ったカネだけでいいよ!」

誰かが同調する。

「ああ、それだけで十分な額だ。あの辺りは俺らと同じかそれ以上のゴロツキばっかりいるようだし。もう周囲の店も異変に気付いていてるかも知れないのに、そう毎晩毎晩うろつきたくねぇよ」

ボスは否定した。

「ダメだ!いいか、床を剥がして地面を掘り返すような丁寧さで探せ!」


魔法使いの発案で、高レベルの土魔法を使える魔法使いを雇う事になった。

金属がある場所を発見し、すぐに仕事を終えられるだろうと皆笑顔になる。


――――――――――


レジナルドとビルがドレッシングルームから戻ると、マシューが勝手にティーカップに自分の分の茶を入れて飲んでいた。

「アリディンバリス王家からお手紙ですよ。あと新聞の切り抜きも届いております」

「おおっ!さっきひづめの音が聞こえたんだ、俺宛てだったか!」


レジナルドはニコニコしながら手紙を開けたが、素っ気ない季節の挨拶がモリモリで書かれているだけだった。

「まぁ、こんなものか。返信してもらえるだけ有難いな。みんな元気、と。」


手紙を渡されたマシューは拝見させていただきます、と一言断って読み進める。

「事務的な印象も受けますが、一般的なお手紙ですね。みなさんお変わりなくお過ごしなのでしょう」

レジナルドはハッ!と笑った。

「ああその通り、みな行儀よく以前通り過ごしているのだろう。俺が居なくなれば問題はゼロになったろうしな!」

「自虐的な発言は返答に困るのでおやめください。さて、新聞の切り抜きは…”ウースルーの透明病の牛 白と黒のタトゥーを入れる事に”」

「ウースルーはモルリヴァールとの国境沿いの地域だったよな?」

「流石ですねレジナルド様!あの辺りはインビジブル・シンドロームがぼちぼち起きる場所なんですよ。土地が大きいすり鉢のように窪んでいて、その窪みに町があるんです」

「町がある場所は何と言うんだ?」

「”巨大なヒザ”です」

「この屋敷が立っている丘と同じ地名じゃないか!」

「ええ。巨大なヒザのように盛り上がっている場所、か、巨大なヒザをついたよう窪んでいる場所、かの違いですよ。どっちも同じような地名のつけ方ですね」


レジナルドはプリンを口に入れた。

「透明病にかかった動物はどうやって見つけるんだ?」

「鳴き声は聞こえるそうですし、手探りで捕まえて、逃げないようにロープなどで繋いでおくみたいです。私の故郷にいたインビジブル・シンドロームのシカは、馬車を引いていた馬にぶつかり、踏まれまくって死んでしまいましたが…野生だと誰にも気付かれないでしょうね」

「に、人間にはうつらないんだろうなぁ?」

「ハハハ!そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。一か月ぐらいで自然治癒するはずです」

「その言い方だと感染はするんだな?」


――――――――――


トーラティカ、王城。

カントリーハウスのふもとにある町の教会の聖職者長、ルイスから定期報告の手紙が届いた。

案外大人しくしているレジナルドの評価を、何としてでも落としたいとたくらんでいるフィリップは従者の手も借り、悪だくみの時間だ。

「なるほど…町で過ごしている間も、特に目立った問題は起こさなかったようだな。兵士達からの報告と一致する」

「普通に買い物を楽しまれただけでは、攻撃材料になりませんね」

「それにしれも、やっと服を作らせたと思ったらパジャマ5組か…これじゃ散財で攻めようとする線は薄そうだな」

「そのようですね。しかし、フィリップ様には武器があるでしょう」

「何だ?」

「ご自身ですよ。使者と偽って近づいているのなら、いくらでも彼に問題を起こさせる機会があるはずです」

「ふむ…例えば?」

「確かレジナルド様は、トーラティカへ来てから初めて乗馬を習い始められたのですよね?初心者もいい所でしょう」

「!」


フィリップは思わずチェアから立ち上がった。

「やはりお前もそう考えるか!馬に乗って逃亡をはからせればいいよな?」

「は?」

「え?」

「…」

「だ、だから…乗馬を覚えれば、馬に乗って屋敷から脱走しようかな、という気になるだろう?」

「なりませんでしょう…アリディンバリスの王都と我がトーラティカの王都は山脈を挟んでいます。ポータルが整備されている道を、馬を変え変え移動しても3日はかかるんですよ。高低差のある場所はポータルで瞬間移動できますが、平地もゼロじゃありませんからね。手紙や小包を運ぶ使者はプロですが、移動に慣れている使者でさえ体ひとつの最軽量で3日かかるものを、乗馬を習いたてのレジナルド様ならどれだけ苦労するか…というか山の中などモンスターと野生動物の巣でございますし。少しでも想像力があったら、逃走するような計画は立てませんよ」

「そ、そう言われてみればそうだな?」

「もちろん、人質生活から逃げ帰ってきた王族を匿う程、アリディンバリスの王家も誇りと常識が無いわけではないでしょう…逃げ帰っても城には住めず、針のムシロのような場所で悪い暮らしを送ることになるかと。それなら、多少の不満があっても人質として静かに暮らす方が、遥かにメリットが…」

「わかった!もういい!もういいっ!!」


フィリップはどかっとチェアに座り直した。

普段は動かない重厚なウィングチェアがずれる。

「じゃあ、なぜ乗馬について話した?どうやってレジナルド様に問題を起こさせる気だ?」

「あなたは一国の王子なのです。レジナルド様が癇癪を起してあなたを殴るなり蹴るなりすれば、大問題に出来ますでしょう。少し遠乗りをして技量の差を見せつければ良いのですよ」

「!!!!」


――――――――――


レジナルドは執事ハインリヒの部屋で…投げナイフに挑戦していた。

「俺は大道芸人を目指しているんだろうか????剣の練習がしたかったのに、なぜこんな事に…?」


言いながらも、体勢を整えて、投げる。

スコン!

壁に木の板…もちろん後から追加されたのだが。

壁に分厚い板が、幅広く置かれている。

そこに人型の線が書いてあり、頭部、胸部、腹部に円が描かれていた。

投げる目標はその3つの円のどれかである。

「いいですね!心臓にヒットしました!」

「何も良くないが~!?全世界でバタフライナイフの投てきを練習している王子は俺だけだと断言できるぞ!?」

「そう喜ばないでください」

「天地が逆さの世界の生命体と会話しているんだろうか」


レジナルドは悪態をつきつつ、もう一投をキメる。

スコン!

「円からは外れていますが、喉元は場合によっては二重丸です!ただ相手が反射的にアゴを引いてしまったら、硬いアゴの骨にぶつかるだけですからね。それならより首の下にあるくぼみを狙ったほうが致命傷を与えやすいでしょう。鎖骨の間、胸骨の上で、人体急所としては有名な…」

「あ~っ怖~~~い!こわいなぁ~~???誰かコイツの素性を詳しく調べてきてくれ~~~???」

「オホン。とにかく、反射的に動きやすい箇所は狙うのが困難と覚えておいていただければ」

「何が反射だよ、反社だろ?」

「今はトーラティカの国家、王族、そしてレジナルド様の部下なので、むしろ国家公務員が近しいでしょう。クリーンもクリーンですよ」


そう言いながらハインリヒはバタフライナイフをフリップさせ、どんどんブレードを出していく。

「おお、手本を見せてくれるのか」


持っているナイフをほとんどすべて出し、スコン!スコン!スコン!スコン!スコン!と木の板に書かれた人枠ひとわくの…ピッタリ外側を縫い付けるように投げた。

「ヒェッ…」

「殺さず、情報を吐かせる場合にはこのように脅します。修得してください」

「待て待て待て待て!この技術は王子本人が持ってなくてもいいヤツだろ!百歩譲って、ちょっと暗殺技術をかじった従者や侍女が持ってるスキルだ!」

「そういう部下がいるという妄想はなろう小説の読み過ぎですよ。本来は王子や王女が手を汚すものです」

「そんなわけがあるか!!!!もしやる機会に恵まれたとしてもお前に頼むからな?」

「私では上手すぎるんですよ。これはコツであり本質でもあるのですが、こういうのはちょっと下手な人がやる方が効果があるんです。私が同じことをしても恐怖より先に技術の精巧さを感じ取らせてしまい、イマイチ脅しになりませんでした。ですが1、2本外して太ももなどの致命傷にならない場所に刺し、”おっと、失敗しちゃったな!でも次は頑張って投げるぞ~!”とか、”練習では上手くいかなかったけど…本番に強いタイプだから大丈夫!”と言って投げれば、取り調べ相手は失禁しながらすべてを喋ってくれます。かかる時間も半分に時短出来ましたし」

「サラッと経験談なのやめろ?」


――――――――――


「レジナルド様!あの除湿の魔法道具をもうひとつ…いや、5つぐらい作っていただけませんか?」


夕食後、使用人から言われてレジナルドはきょとんとする。

「ドレッシングルームの清掃に入ったら、部屋が涼しくて驚いたんです。ビルさんから魔法道具のお話を聞いて…ぜひエントランスと使用人用のダイニングルーム、そしてキッチンにも設置させてください!」

「残り2つはどこに?」

「レジナルド様のお部屋と、ライブラリですよ。涼しいほうが勉強も捗るでしょうし、睡眠時も心地良く眠れますよ」

「うーむ、まあ、材料があれば簡単に作れるからな…というか、設計図を持って魔法道具屋に行ってくれないか?量産させた方が早いだろう」

「よいのですか?」

「もちろんだ。ただ、インスパイア元は呪いのアイテムなのだが…まあ、そこから人の役に立つ道具が作られたのなら誰も文句は言わないだろう!ガハハ!」


レジナルドは簡単な手紙と共に、改良版の設計図が書かれた紙を使用人に手渡した。


――――――――――


草木も眠る時間帯。

真っ暗なアリディンバリスの王都の郊外。

食料品店で働いている中年の女性は、夫と…飼っているデッドリエスト・ヘッジホッグと一緒に、暗闇を歩く。

もちろんデッドリエスト・ヘッジホッグには首輪…本体がトゲトゲなので完全に不要だろうが、トゲトゲがついている首輪が付けられており、太い太い鎖の端を中年の女性が持っていた。

「あの盗品商の店、カラッポだったんだよ。今まで一度だって休業してなかった店が、何の前触れもなく…」


いつものように食料品店から食べ物を配達しに向かい、異変に気付たのだ。

この辺りにある怪しい店は、夜逃げなどで急にひと気が無くなる事は日常茶飯事だが、例の店は違った。

夫は革袋を担ぎながら、ヘラヘラ笑っている。

「一見、儲けているように見えてたんだがな。まさか夜逃げとは!あるいはヤバいしっぽを踏んじまったとか?」

「さあね。なんにせよ、声をかけたんだけど…店主も、でっかい用心棒も居なかった」

「小さい魔法道具でも残されてればいいけどな」

「カネ目の品は無いだろうけど、家中探せばあるかもね」


紫色の毒の体液を滴らせているデッドリエスト・ヘッジホッグが”シャーーーー!”と2つに割れた舌を出した。


――――――――――


その夫婦が来る小一時間前。

同じく、真っ暗なアリディンバリスの王都の郊外にある古物買取店。

「犬猫じゃあるまいし、地面にゴールドを埋めて隠しているなんてことあるのか?」

「シッ!黙って歩け!足音を立てるな」


窃盗団は夫婦が来るより前に、店に侵入していた。

周りの店の壁は高く、ヤードのようになっている場所もあり、不穏だが身を隠してコソコソ動き回るには都合のいい町ともいえる。

「入るぞ」


正面玄関はもう施錠されていないにも関わらず、わざわざ裏口に回り、こっそり侵入する。

相変わらず天井からキシキシ音がした。

魔法使いがフードから顔を出し、魔力を店の中に巡らせる。

「………………………あった!」

「どこだ!?」

「屋根裏は探したか?」

「当たり前だろ!」

「それなら、天井てんじょうが二重になってるんだ!屋根裏のまだ上にあるぞ!」


窃盗団は前日に侵入した屋根裏に入り込んだ。

何も置いてない、空っぽの場所だ。

魔法使いは嬉しそうに言った。

「この上だ!しらみ潰しに探して見つからない訳だな!」


天井の軋む音がする。

木の板をずらすと…コインが落ちてきた。

「ビンゴ!」


一枚落ちるとまた一枚。

丸く平たいゴールドが落ちてくる。

他の泥棒たちも慌てて、天井に貼りつけてある木の板を剥がす。

確かにそこは大当たりで、溢れ出る水のようにコインがジャラジャラと流れ出てきた。

「すげえ!」

「こりゃ見つからないワケだ!屋根にゴールドがみっちり詰まってたのか!!」

「カネのシャワーだ!」


顔面にゴールドを受けながら、誰かが”天国へ行ってもこんなに気持ちいい思いをすることは無いぞ!”と呟いた。

横になって、雪の上ではしゃぐ子供のように手足を横に動かす。

その上にどんどんコインが積もっていく。


ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ


シャワーのように降り注ぐ硬貨の雨に体をうずめて、泥棒と魔法使いたちは大喜びだ。

「おい!嬉しくても叫ぶなよ!」

「声より、この音が外に漏れないように風魔法で防音してるだろうな!?」

「もちろんだ!そうじゃなきゃ今頃、ゴールドの落ちる音が両隣の目覚ましになってるよ!」

「なら叫んでもいいな!」

「口を開けると口にもゴールドが入って来るぞ!ワハハハハ…」


ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ


「ま、待て待て待て!?どれだけため込んでたんだ!?」

「重くて体が動かねぇよ!」

「待て!今、火魔法でゴールドを溶かして脱出させてやる!」

「バカ!そんなことしたら大火傷おおやけどだ!やめろ!!」


上位の石魔法を使えたはずの魔法使いの声はない。

うっかり寝転んでしまったらしく、そのままジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラと上半身の上にゴールドが降ってきて、動けなくなっているらしい。

さらに、剥がした天井の板が、ちょうど天井裏に入り込むために開けた場所を塞いでしまったらしく、どこにも硬貨が出ていかない。

ただただ彼ら彼女らの上にゴールドが降り積もる。


ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ………


魔法を使うのにも精神集中が必要だ。

慌てている間にもゴールドが落ちてきて、体が押しつぶされ、苦しく、脳から酸素が奪われていく。


――――――――――


堂々と正面玄関から、食料品店で働いている中年の女性、その夫、そしてデッドリエスト・ヘッジホッグが店内に侵入する。

「”閉店しました”だってさ」

「どこかからカネを借りてたんだろうな。取り立てられてる場面に出くわしたことは?」

「まさか!長年コツコツやってる店だと思ってたから、こんなあっさり夜逃げするなんて意外だよ」


2人と1匹はそっ…と足音を立てないように歩く。

相変わらず天井からギシギシと音が聞こえた。

「月明かりもないなんて暗すぎる!光魔法でライトをつけていいか?」

「バカっ!あんた調光ヘタクソでしょ!ビカビカ光らせでもしたら、すぐに近所にバレちゃうんだから!!」

「ああっ、そうか…」

「カーテンも絶対に開けないでね!」

「わかったって…」


店の中にはどうでも良さそうなガラクタや家具だけが残されていた。

クローゼットも空っぽだ。

マットレスの置かれていないベッドを見て女性が呟く。

「やっぱ夜逃げって言っても、必要なもんは持って行くんだね」


隣りの部屋から嬉しそうな夫の声がした。

「おい!もうひとつの部屋の荷物はそのままだぞ!貰ってくか?」

「服とかも残ってる?売れば、多少のカネになるでしょ!」


革袋に詰められそうなものを詰め、マットレスの前と後ろをそれぞれ持って、えっほえっほと家まで運ぶ。

「明日は家具を取りに来ようよ!」

「そうだな!」


マットレスの上に乗せられたデッドリエスト・ヘッジホッグが楽しそうにポヨンポヨン跳ねた。

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