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人質生活38日目

前々日の、さらに、その日の前の夜。

アリディンバリスの郊外にある古物屋の店内が燃えていた。

といっても、店ごとボウボウ燃えて火事になっていた訳ではない。


――――――――――


夜。

酒場で飲んでいた男は、ロジャーが泣きながら酒場に飛び込んでくるのを待っていた。

ロジャーは盗品商の孫だ。

そして目論見通り、彼は泣きながら酒場に飛び込んでくる。

「ううっ…!!!!」

「どうだった?オーディションで演技を褒められたと言ったら、大層喜んでもらえただろう?」


どう見てもそんな雰囲気ではなかったが、もちろんワザとだ。

「そ、それが…」

「ん?なぜ泣いているんだ?祖母に何か言われたのか?」


ロジャーは震えて泣きながら話す。

「もう店を畳んで田舎へ引っ越す、って…」

「!」

男は大げさに嘆いた。

「そんな!王都には大きな劇場が3つもあるし、お前ほどの才能があるなら役者として仕事をするべきだろう」

「でも…許可を貰えないなら…一緒に付いていくしかないよ」

「本気度を見せてみよう。それからでも遅くないはずだ」

「見せるって、どうやって?」

「荷物をまとめて、出て行くのさ。書き置きを残してな」

「………でも、心配させちゃうかも…?」

「なに、1日だけだ!翌日の夜には俺も店へ戻って、あまり怒られないように一緒に謝ってやるよ」

「いいや、それはもっと怒らせることになる。家から出たり、他の人と話したりしちゃいけない約束なんだ。友達なんて連れてきた日には、どれだけの怒りを買うのか想像もできないよ」

「そうかぁ。ま、1日だけ、お前の本気を見せてやればいい。おばあさんの考えが変わるかも知れないぞ?」

「うーん…大丈夫かな?」

「ああ、万事うまくいく。俺に任せておけ」


――――――――――


ロジャーは男の言う通り、盗品商の老婆が寝ている隙に、書き置きを残して家を出た。

都合が良いのか悪いのか、引っ越すために荷物をまとめろと怒鳴られたタイミングで、すっかり私物はレザートランクに仕舞っていた。


男はロジャーと合流し、店から遠く離れて王都の中心に向かう。

男は旅の占い師を自称しているので、自身が連泊している宿屋へ、不審がられる事なくロジャーを移動させた。


――――――――――


そして入れ違いで大勢が動き出す。

「この店だ」

「声を抑えろ、大きい物音を立てるなよ。周囲のヤツらはまだ起きてるんだ」


店舗正面のガラス扉の内側には、木の扉があり、ロジャーの話によると木の扉は頑丈な鉄のかんぬきで閉められているらしい。

「表はヤメだ」


犯罪者たちは、古物買取屋の裏に回る。

窃盗に手慣れているだけあり、足音も立てずにスムーズに移動した。

裏の扉には簡単な鍵がかけられており、魔法の警報装置もあった。

壁はレンガで作られていて、窓には鉄格子がはめられている。

「逆に考えれば、すぐには逃げられないって事さ」


数人の魔法使いが複数同時に魔法の警報装置の解除にかかる。

こういう土地は、非合法の怪しい店が固まって経営されており、一か所でも警報音が鳴れば、物見の人間にゾロゾロと取り囲まれることになる。

そうならないよう、慎重に作業が進められた。


小一時間後、魔力が尽きはじめたのか、ひとり、またひとりと魔法使いがふらつき、扉の前から離れていく。

「間抜け共!腕力がないなら魔法だけでも使えるように訓練しておけってんだ!」


小声で、しかし迫力のある声でリーダーらしき人間が声をかける。

ガラスの瓶に入ったポーションを飲ませ、魔力を回復させては突撃させ、回復させては突撃させを繰り返した。

物資が潤沢にあればゾンビ戦法も悪くは無いらしい。

そしてやっと扉が開く。

一度、魔法使い全員が魔力を回復させてから、静かに侵入する。


「………?」


物音に気付いた店主は身を起こした。

「っ、ロジャー!あんた、また出歩こうとしてんじゃないだろうね!?」


老婆は、ぼやきながらベッドから立ち上がる。

すると自分で開けるより先にドアが開いた。

「ひっ!?」

「チッ!!」

大柄な男性が革袋のようなものを店主に被せ、抵抗する間も与えず横に倒す。

素早く袋の口に縫ってあった紐を引き、高齢の女性を中に閉じ込めた。

閉じ込められた店主は全力で火魔法を使い、袋を焼き尽くそうとする、が。

その革袋は特殊な素材で作られていた。

内側に反射魔法、いわゆるリフレクションの効果をエンチャントされており…。

本来なら自分で使った魔法の影響は受けないのだが、狭い袋の中で全力の火魔法を浴びればそうはいかない。

さらに、僅かに開いている袋の口からは、魔法使いが風魔法を使い、酸素だけを選んで送り込む。

「いいぞ!」

「音は出すな!静かにやれ!」


マグマを泳ぐドラゴンの腹の皮から作られた袋ではあったが、革袋自体が燃え落ちなくても、周辺の物質がそうとは限らない。

水魔法が使える者はバシャバシャと水をかけ続け、革袋が接する木の床や、室内の空気が高温になり過ぎないようにしていた。

発火を防ぐためにかけられた水は、白い湯気へ変わる。

「…高いゴールドを支払ってあんたらを雇った甲斐はあったな」

「オレらも魔法が使えたらなぁ」

「無駄口叩くなよ、裏の戸を閉めてこい!」


自分の置かれている状況が理解できない店主は、別の火魔法を使う人間に攻撃されているものだと思い込み、最大出力で火魔法を使い続ける。

こうして店内で、局所的な火事が起きた。


――――――――――


翌日。

何も知らないまま、泊まった宿屋でロジャーは目を覚ました。

犯罪集団のボスは真夜中の計画を知っていて、普段と変わらぬ顔でおはようと挨拶する。

そのまま一緒に劇場に足を運び、稽古に参加させてほしいと頼んで、一日を過ごした。


夜になり、ロジャーはそろそろ祖母の元に帰らなければと言い出した。

ボスは荷物を持ち、彼と共に古物屋に戻る。


ロジャーは入り口で立ち止まった。

「…」

「どうした?」

「何か貼り紙がしてある」


近づいて読んで見ると、慌てて書いたような斜めの字で”休業中”と書かれていた。

「店を休みにした事なんて無いのに!!!死ぬほど怒られるんだ!!!!焼き尽くされるかも知れない!!」

「まさか!愛する孫にそんな事するなんて…有り得ない…だろ…?」


男は言い淀んだ。

ロジャーは顔だけは無事なものの、全身にやけどの跡がある。

その当人は、恐ろしいものが中にいるんだという風に、ゆっくりと正面玄関の扉を押した。

「ご、ごめんなさい…昨日は勝手に出て行って………殺さないで…」


相変わらず天井が軋んでキイキイ鳴っているが、様子が違うこともあった。

店にあるガラスケースは全て空っぽなのだ。

並んでいたはずの商品が、ひとつ残らず無くなっている。

「?????」

ロジャーがキョロキョロして店内を見回すと、カウンターに一枚の手紙を見つけた。

「”ロジャー。お前が進みたい道を行きなさい。私は店の商品をすべて売り、計画通り、田舎に引っ越して悠々自適な老後を送ることにしたよ。じゃあ、体に気を付けてね。この店はお前にやるから、売るなり、人に貸すなり、好きにしなさい”」


カウンターに山積みになっていた紙の帳簿や顧客リストも、買い取りの記録をつけた分厚いノートもない。

ロジャーは慌てて店の奥へ行き、居住スペースの部屋を見て回った。

彼の部屋はそのままだったが、祖母の部屋は空っぽになっている。

チェストをあけると服の一枚も残されておらず、レザートランクもなかった。

ブランケットやシーツ、マットレスすらなく、剥き出しの木のベッドフレームだけが寒そうに置いてある。

「あ、あんな深夜のうちに引っ越すなんて…!!!!」


ロジャーは床に頭をつけ、ワンワン泣いた。

床は涙ではない不穏な水分で湿った後がある。


――――――――――


引き車いっぱいに、”戦利品”を乗せた荷車がトロトロ動いている。

人間が引いているのだ。

「あんまり揺らすな!ガラスや陶器類が割れるだろうが!!」

「こんな田舎道の路面が平らなわけないだろう!それに、ワレモノはあのばーさんの服に丁寧に包んできたんだ。多少ぶつけても問題ないさ」


マットレスにはナイフで穴があけられ、骨董品やアイテムなどの商品が押し込まれていた。

砂埃や跳ねた泥が付かないよう、ブランケットやシーツで覆われている魔法道具もある。

山のように積まれているそれらは落下防止のためロープでぐるぐると押さえつけられていた。


引き車と並走しながら歩いている人物が、帳面や売買リストを見て唸る。

「これ以上のお宝は無いぞ。この引き車に乗ってる二束三文のガラクタとは訳が違う!早くボスに見せないと…」

引き車を引く男がボヤく。

「ったく、なんで引っ越した事にしなきゃならないんだ!偽装工作なんてしたのは初めてだぞ…」

「いやいや、売っても小銭にしかならないとはいえ、そこら辺に廃棄するのももったいないし、それこそ盗品の盗品ってバレて足がつきやすくなるだろ?あのロジャーとかいうバカ強い孫を敵に回すのも嫌だし」

そうそう!と笑い声が飛んだ。

「あの化け物を遠ざけられたのが今回の勝因だ。俺らが雇ったレベルの魔法使いじゃ敵いっこなかったからな。ボスに感謝だ!」


――――――――――


トーラティカの屋敷。

レジナルドは木工が得意な使用人に頼み、モグラのベッドを作らせていた。

デザインはレジナルドだ。

「天蓋ベッドにしてやろう」

「モグラのベッドが天蓋付きな必要ってありますかねぇ…?」


使用人は渋々協力する。

レジナルドも乗馬用の皮グローブをつけて、切り出した木材にヤスリをかける。

「角が丸いほうが、ケガの不安も少ないだろう?」


レジナルドが同意を求めて振り向くと、モグラはおがくずの山に潜って遊んでいた。

おしりがプリプリしている。


そうやって工作を始めて3時間後。

別の使用人が縫ってくれたレースの布を棒に通せば…。

「よし!モグラ用天蓋ベッドフレームの完成だ!」

もうひとりの使用人が、たっぷりとスプリングつたとコットンキャンディ花の詰まったマットレスを持ってきてくれた。

「手作りか!?凄いな!」

「家で犬を飼っていたので、こういう小動物用の手芸は得意なんです」


マットレスは大きさもピッタリだ。

早速レジナルドの部屋に運び入れると、モグラはベッドが気に入った様子で、グーグー昼寝を始めた。

仰向けでリラックスしている。

「こいつ、モグラのクセにへそ天なんかして…」

ベッド作りを手伝った使用人は、手の甲で流れてくる汗をぬぐう。

「ふぅ、ひと仕事でしたね」

「ああ。しかし、こだわった甲斐あってなかなかのモノが作れたと思わないか?」

「ええそうですね…少なくとも、ペット用天蓋ベッドを見たのは…これまでの人生で初めてです」

「わはは!そうだろうそうだろう!!」


もちろん使用人の言葉には呆れもわずかに含まれていたのだが、レジナルドはそれを気にするような人間ではない。

「ところで、お前はなかなかに手先が器用だな?」

「ええ、ちょっとした道具ぐらいなら修理出来ます」


レジナルドの顔がニヤリと歪んだ。

「いい時間だ、ちょっと茶に付き合え、な?」


――――――――――


トーラティカの王城。

フィリップは従者を集めていた。

「で、ハイパーシークレット・ダイアリーについて何か判明したことは?」

「はい。トーラティカ南にあるマイナス社が開発した消滅ステーショナリーシリーズの日記帳だと判りました。使者を送り、書かれた文字を読む方法について聞いてまいります」

「いいぞ!仕事が早いじゃないか!」

「海側は山が少なくポータルを利用できませんので、移動に日数がかかりますが…なんらかの成果は持ち帰れるでしょう」


それを聞いてフィリップは満足気だ。

「たとえこじつけでもいい、アイツの評価を下げられるような”何か”が必要なんだ」

「そのことに関してですが、王子様…」

一番年上の従者が、ヒゲを撫でながらフィリップを諭す。

「他人だと偽装しての文章作成は、即投獄の重罪でございます。王子様なら法律にもお詳しいでしょう」

「…!告げ口したな…っ!?」


昨日、同行させた護衛を睨みつけた。

「いえ。フィリップ様が珍しく、くずかごを一杯にするほど文章を書き損じていたようなので、ちょっと拝見させていただいただけです」

「あ…!ぶ、無礼者!私のでなくとも、他人の書いたモノを盗み見るなど…!!」

従者は頭を振った。

「本質はそこではありません。他の従者が指摘し辛い部分に苦言を呈するのが私の役割なので。さて、王子様。人質がトーラティカを侮辱しているかのような文章をクリエイトしておりましたか?」

「いや、これは、その…ちょっとした………魔が差したと言うか…い、いや待て!結果として、この作戦は失敗に終わったんだ!だからもういいだろう!?」


部屋に居た従者たちは皆眉間にしわを寄せる。

「フィリップ様が書かれた文章を、レジナルド様の文だと主張したのですか!?」

「そう…だ」

「すぐにバレましたでしょう?」

「ああ。トーラティカ語を習いたての人間が、流暢な文を書けるずがないと…」

「なるほど」


従者は二重の意味で頭を抱えた。

「問題は2つ。ひとつは当然、文章の書き手を偽装しようとしたこと。もうひとつは、外国から来た人質の作文力すら念頭に置けないで策略を立てていたこと、です」

「うぐぐ…」

「王子様、いや未来の国王様ともあれば、謀略のひとつやふたつ立派に企てられなければいけません」

「えっ、それはいいんだ?」

「もちろんです。成長の証ではありませんか。しかしですよ。せっかく強力な火魔法が使えるのにも関わらず、書き損じを燃やさない程度の思考力では困ります。たばかるのなら全身全霊で取り組みませんと!やがて貴族たちともやり合わなくてはならないのですから。しっかりしてください!」


フィリップは何とも言えない顔で頷いた。

「(ううっ、こんな汚い世界で生きなければならないのなら大人になんてなりたくなかった…)」


――――――――――


丸いテーブルの中央にミニ馬車を置き、マシュー、ビル、手先が器用な使用人、そしてレジナルドの4人がそれを囲んで、焼き菓子を頬張っていた。

マシューがいつもの小言を始める。

「ハァ~っ、呆れました!じゃあ、雑貨屋の店主さんから、このミニ馬車を奪ってきた訳ですか!?」

「奪ってきたとは何だ奪ってきたとは!!人聞きが悪いだろう、なぁビル?」

「いいえ、奪うならまだしも、商売にするとか何とかほざいてらっしゃいましたよね」

「ほざくって何だ!?お前本当に使用人か?主人に対して口が悪すぎだろう????」


ギャーギャー言い合う3人を余所に、手先が器用な使用人ばミニ馬車を手に取った。

「これは素晴らしい木工作品ですね。しかも…馬のミニチュアは別売りでしょう。商売上手とはこの事です」

「フフッ、気付いたな?しかも馬車と馬を揃えたら、木などの情景セットも欲しくなる。沼だぞ。まあそれは置いといて、だ!」


レジナルドはこぶしを握り、硬い意志を表現する。

「このミニ馬車を分解して、コピーする!同じ部品を切り出して、生の部品のまま”木工工作キット”として販売すればいいんだ!そうすれば、組み立て、塗装は購入者側に任せる事ができる!」

「こんなに堂々と海賊版製造宣言をなさるとは…今まで法のトップに居た人間の発言とは思えませんよ」

「何だと!?法のトップではなく、法そのものなのだ!王家こそ法、法こそ王家だぞ…って、そうじゃない!コピーすると言っても、まさか丸々写して製造するわけじゃないんだ」


手先が器用な使用人も擁護した。

「そうですよ。こういったミニチュア作りの趣味の世界では、市販品や他人が作ったミニチュアを一回分解して、型をなぞって、自分で再現してもう一度作る事がよくあるんです。もちろん丸々模倣するのは個人利用までで、販売するなら事前に許可を取るなりしなければなりませんが…」

「つまり、商品として売るのはダメなのでしょう?」

「いえ、馬車なんてどれも同じ作りですからね。多少大きさを変えたり、細部の形を変更したりすれば文句はつきませんよ。世界に存在しない全くオリジナルの作品ならともかく、元は馬車なのですから」


ビルが腕を組んだ。

「確かに…話を聞く限りですが、大きさを変えれば模倣で訴えられたりする可能性は低そうですね」


マシューもうなる。

「”木工作品キット”なら組み立ても塗装も個人任せにできるし、良いアイディア…なのでしょうか?」


レジナルドは笑った。

「万が一王家の馬車とそっくりに塗装されても、我々が関する事ではないからライセンス料も払わなくていいしな!ガハハ!とにかく、試作品を作ってみようじゃないか!モノは試しだ、そうだよな?」


勝手に付き合わされることが決定した使用人は力なく笑った。


――――――――――


アリディンバリスの劇場。

犯罪集団のボスが、練習終わりのロジャーに声をかける。

「観客席で練習を見ていたが、素晴らしかったな!」

「あ、ありがとう…」


祖母が居なくなった翌日も、ロジャーは求められるまま劇場で劇の練習をしていた。

「(こいつは気が弱くて他人の言ったことに反抗できないタイプだな。今後も色々と使えそうだ…)」

男は練習を終えたロジャーと共に宿へ帰ろうとする。

そこへ脚本家が寄ってきた。

「まだ1日、2日しか見ていませんが、素晴らしい声量と動き、そして体格ですね。舞台の上で映えること間違いないでしょう」

「え…!あ、ありがとうございます!!」

「実は新しい劇の主役に、体格の良い人間を探していたんです」

「しゅ、主役????でも、でも、まだ始めたばかりで…稽古にだってまだ…」

「そこまで大げさに考えないでください。役者が病気になればセリフを覚えている照明係が代役を務める世界なんですから。私ですらダンサーの穴を埋めたことがありますよ。あの時は風に吹かれて奇怪な動きをするカカシ役で助かりました…あっ、ただ一つ難しいのは、大量のセリフを覚える必要があるのですが…」


脚本家が尋ねる前に、ロジャーは”挑戦させてください!”と大声で頼んでいた。

彼の手にセリフが書かれた紙の束が渡される。

「あなたは、ロジャーさんと同居されている方ですよね?」

「え?ああ…?」

「セリフを交互に読んで、暗記するのを手伝ってあげて下さい」

「い、いや、私にも仕事が…」


ロジャーは元気に”よろしくお願いします!”と叫ぶ。

もう祖母を気にかける気持ちなんて、どこかへ行ってしまったようだ。


――――――――――


アリディンバリスの王城。

第一王女が倒れたと聞き、国王はめんどくさがりながらも娘の部屋を訪れた。

「国王様です」

「どうぞお入りください…」


従者と侍女がやり取りをして部屋に入る。

中に居た医者は、国王に告げた。

「このままですと、栄養不足で発育不全を招いてしまいます」


ベッドで横になって休んでいる上の娘に、国王が話しかける。

「アデレート。まったく、私に余計な不安を与えないでくれ。食事を取りたくないというのは何故なんだ」

「お父さま…」

「少しずつでもいい、食べてくれ」

「…そうします」


アデレートは力のない声で答える。


その頃、第一王子は従者を従えながら自らキッチンへ行き、上の妹の食事に”気分が上がるハーブ”を少量混ぜるよう、シェフに耳打ちしていた。


――――――――――


「いや、あれ以来、話はないけど」


そうですか、と言葉を返すのは、モルリヴァールにあるオークション会場の支配人だ。

商人を名乗る女は言った。

「アリディンバリスの商人側に、新しい品がないか手紙をやって聞いてみようか?」

「いいえ、それを待っているのかも知れません。こちらから動いて吹っ掛けられるような真似は…」

「結局、盗品だからな。もしかしたら盗みが見つかってヤバい事になってるのかも」


支配人は商人を睨んだ。

「いやいや、私が知るよしはし無いぞ!国境のこっち側で品物を受け取って運ぶのが仕事なんだから…」

「なら、そんな縁起でもない事を仰らないようお願いします」


お互いにため息をつく。

モルリヴァールで、レジナルドが所有していた骨董品やオブジェを欲しいという人間が数人出てきたのだ。

全員、金持ちや王族、貴族で、口が堅く、言うまでも無くビジネスチャンスである。

「小さなモノでも、今は大金に変わります。もしかしたら、別のルートで流れているのかも知れませんね」

「うーん、トーラティカ側にいってるのかもな?」

「…前言撤回、やはり、確認していただけませんか?」

「そうだな。私も小さい仕事より大きい仕事をしたいし」


――――――――――


アリディンバリスの王城で、ウロウロと歩き回っているのは侍従長になったエイデンだった。

何度確認しても、レジナルドの部屋からオブジェと絵画が無くなっていることは確実で、それが彼を悩ませていた。

部屋の入り口を兵士に守らせてからは、そのような事はなくなったのだが…。

「(本当に泥棒が居る。私以外の)」


第一王子の言う通り、この王城には盗みを働く誰かがいる。

「(誰か、といっても…)」

清掃のために部屋に入る使用人以外、それはあり得ないだろう。

第一王子や王女たちはイトコや叔父、叔母の使用人の仕業だと思っているようだったが、それは考え辛かった。

「(そもそも王族には、清掃に入る使用人の姿なんて目に映ってないのかもしれない。そして、上級使用人である侍女、従者の仕業なわけもない)」


エイデンがそう考えるのには理由があった。

その部屋のあるじと無関係な侍女従者が部屋に出入りするところを見られれば、怪しまれるのが普通だ。

わざわざその危険を冒してまで盗みを働き、小銭を得たり、王族を混乱させる目的があるなら話は別だが。

侍女従者同士のネットワークもあり、顔なじみで常に互いを見ている。

とすればやはり、清掃担当の使用人が怪しかった。


しかし。

自分の窃盗計画手帳を第一王子ブレンダンに盗られ、正直なところ窃盗の第一容疑者に登ってもおかしくない人間だったので…さらに言えば実際に指輪を盗んでいたため…事件を大ごとにするのは、自分の首を絞めるのと同じことだった。

「(侍従長の報酬はなかなかのものだ。この際、盗んで目先のカネを得るより、仕事に邁進して正しく稼いで生きていくか…)」


心を入れ替える、人生の軌道修正、という言葉が頭に浮かんだ。

しかしそれとは別に、レジナルドの資産を盗んだ犯人を確保することも必要だと考える。


――――――――――


ノイローゼ気味なのはエイデンだけではない。

王城の裏では、兵士とアンが青い顔で話し合っていた。

どうやら兵士は盗みで稼いだカネを、すべてギャンブルで溶かしてしまったらしい。

「信じられない、どうやったらあんな大金を…」

「グルだったんだよ!あいつら…クソっ、俺もカードであそこまで大負けしたことは無い。運はあるんだ。もう1ゲームすれば絶対に取り返せたのに…」


兵士に呆れるアンにも悩みはあった。

「あのクリスティーナって子、絶対マトモじゃない…今は大人しくしてるけど、約束してもいい、また何か仕出かす…そういう人間って居るじゃない?」

「ここに連れてこいよ、シメてやる」

「…話は変わるけど。最近、例の店に顔を出してないじゃない。私たちが来ないのを怪しんでないかな?」

「例の店って、古物屋か?怪しむってのは?」

「チクってないか」

「まさかだろ!一蓮托生、あの店を通報すれば真っ先に俺たちが捕まるよ。でも、まあ…”最近警備が厳しくなってきて盗めないが、今後もよろしく”ってぐらいの挨拶なら、行っておいて損は無いだろうな」

「今後もって、まだ盗む気なの?!部屋の前に警備が付けられてるんだよ!?いつバレてもおかしくな…」

「カネが必要なんだ!もう借金もできないし、負けたままじゃいられねぇ!!カードで負けた分はカードで取り返す!」


アンの顔色は青を通り越して緑になった。

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