人質生活37日目
「今日は町へ行ける日だぞ!天気も丁度良く晴れだ!」
レジナルドは嬉しそうに廊下をスキップしている。
使用人達も同じように朝からウキウキだ。
一方で、カントリーハウスに残るマシューと執事のハインリヒはぎこちない笑顔を作る。
「楽しんできてくださいね。それではビル、頼みましたよ」
「お任せください」
レジナルドとビル、それに使用人たちが馬車に乗る。
厩舎の馬は一頭を残して全て外に出された。
馬車に乗りこぼれた使用人たちは、別の馬の後ろに大きな4輪の荷車をつけて、そこに座る。
荷車は2台出すので、合計3台での移動だ。
「あの荷車にはサスペンションもついていないだろうから、乗り心地は最悪だろうな」
「レジナルド様、何をなされていらっしゃるんですか?」
「風魔法をかけている。上から風で吸い上げれば少しはマシになるだろう?」
使用人の帽子が天高く舞った。
――――――――――
ポータルをくぐりながら、まったりと2時間弱かけて町に着く。
そして、レジナルドが乗った馬車が町に入ったのと同時に、それを確認した2頭の馬が町から出る。
フィリップ王子とその護衛が乗った馬だ。
御者が馬車駐車場に荷車を止め、馬小屋に馬を預ける。
馬たちが美味しそうに水を飲んでいるのを見て、レジナルドも一安心だ。
馬係は管理人に、以前は駐車料金と草代がここまで高くなかっただろうと文句を言った。
レジナルドが乗っている馬車からも使用人が降り、ビルと御者の3人だけになる。
「人質とはいえ、もっと多くの護衛や従者に囲まれていないと不安ですよね?外出にも関わらず、私だけしか付いていなくて本当によろしいのですか?」
「いやいや!俺はアリディンバリスに居た頃から身軽に生活していたんだ。もちろん、何人も引き連れて馬車から降りずに外出する王族や貴族を否定するつもりはないが。俺はこっちの方が気楽だ。さて、まずは仕立て職人の店に連れて行ってくれ」
レジナルドは御者をつとめる使用人に声をかける。
かしこまりました!と元気な返事が聞こえ、馬が替えられた馬車が再び動き出す。
仕立て屋に着くと、職人が出迎えてくれた。
「うむ、しっかりとしたパジャマだ!」
注文通りに上下セットで5枚のパジャマが、種類の違う素材で作られていた。
「手触りも良い。そして忘れずに単色&ロゴ化したシンボルが刺繍されている。これ以上いいパジャマは太陽系を探しても見つからないだろう!さっそく今晩からこのパジャマを着て眠ることにするぞ」
「ありがとうございます!しかし火星の仕立て屋のレベルを存じ上げませんので、これ以上のパジャマが存在する可能性を否定しきれません」
ビルが金貨の入った袋を職人に渡した。
革も購入し、レジナルドはますます元気だ。
「よし!次は魔法道具屋へ行こう!」
――――――――――
馬を飛ばし、フィリップ王子と護衛は屋敷へ到着した。
マシューと執事が屋敷の外へ出る。
ハインリヒは馬を厩舎に繋ぐ。
マシューは頭を下げた。
「お待ちしておりました、王子様」
「言いつけ通り、使用人にもこの事は伝えていないだろうな?」
「もちろんです。皆を町へ行かせたので、絶対に気付かれることは無いでしょう」
「我々もしっかりと入れ違いで出てきた。この丘を登る一本道ですれ違えば、客があるとバレてしまうからな」
王子はマシューの案内で3階に上がった。
「書斎は?」
「…こちらです」
「お前は外で待っていろ」
そう言ってマシューを廊下に立たせ、従者と共に部屋をあさり始める。
チェストを覗くと”ダイアリー”と書いてある、いかにもな日記が出てきた。
「フィリップ様、これは日記です。しかし、アリディンバリス語で書かれているでしょうから私には読めません…」
「全く愚かだな。今からでも遅くはない、アリディンバリス語の読み書き会話なら数か月でマスターできるから勉強しろ。私は嫌々ながらも習ったことは覚えている。貸せ」
日記を奪ったフィリップ王子は音読を始めた。
「なんだ、トーラティカ語で書かれているじゃないか…」
”モグラの体重はマイナス10kgだった。だから宙に浮かないように土の中に巣を作るのだろう”
”飲み物を温める目的で魔法を使う場合、火魔法でティーカップを直接温めるのは効率が悪い。また、陶器が割れる危険性もある。水魔法で液体の中央から振動させ温めたほうが効率がいい。突沸には注意”
”モグラがグーグー寝ていたので触ったら、腹をつつくなと言われた。どちらが背中かおなかか判らない。というかモグラがへそ天すんな?”
”飲み物を温める魔法を使うとカップから湯気がのぼってしまう。使用人が”お飲み物が冷めたことに気付けず申し訳ございません”と言ってくるのが煩わしい。白く湯気が上がらないよう、風魔法で起こした冷風を周囲360度から湯気に向かってぶつけ、湯気を瞬時に常温に戻す技術を習得した。”
”モグラは最も原始的な哺乳類の一種で、親戚はハリネズミらしい。言われれば似ている気がする”
”部屋の空気の流れを乱すと、風魔法の適性がある者に、俺が飲み物の湯気が立たないように温めているとバレてしまう。そこでだ!液体と空気の間に層を作る。液体の上を薄皮一枚の厚みで動かさないようにして、中身だけを温めたり冷やしたりすることにより、湯気や冷気の白いモヤを立てず飲み物の温度を変えられる”
”モグラには盲腸がないらしい。このモグラに”虫垂炎知らず”という二つ名を与えた”
王子はレジナルドのノートの両端を握ったままワナワナと震えた。
「…いや、飲み物を温めたり冷やしたりすることに全力を注ぎすぎだろ!」
「飲み物だけに注いでるんですかね?」
フィリップは従者の頭を引っぱたく。
従者は話を逸らした。
「も、モグラとは何かの隠語でしょうか?」
「絶対にそうだ。モグラと書かれているものがモグラなわけがないだろう。マシュー!」
廊下にいるマシューがドア越しに叫んだ。
「それは実際にモグラの事です」
「お前のような役立たずはクビだ!執事を呼べ!」
呼ばれた執事は眉間に激しいしわを寄せている。
「それは…こいつの事です」
ダックスフンドぐらいの大きさに成長した、巨大なモグラを見せた。
「???????????」
「元はと言えば私が悪いんです。長くなりますが…一からお話いたしましょうか?」
「あ、ああ…」
執事は、自分がモグラにスイカをぶつけ、半殺しにしてしまったこと。
しかし奇跡的に回復し、安心したのも束の間、カラスに攫われそうになったこと。
そして流れで飼うことになった…ということを説明する。
「そ、そうか…まあ、何の隠語や揶揄でもなく、本当にモグラを飼っているなら、あの間抜けに相応しい愚鈍なペットでちょうどいいだろう」
執事のハインリヒは眉を下げた。
「王子様と、その従者様に、ここだけのお話があります」
「!」
レジナルドの素行についてだと思ったフィリップは、早く話せと急かした。
「………実は、イースト・モグラとウエスト・モグラという種族が、ちょうど大陸を二分する領地争いをしているんです。15万年前から覇権争いが続いていて…」
「ん?」
「この真下、巨大なヒザにその攻防前線があるんです。まあ、ウエスト・モグラ王家の本拠地は西海岸の傍にあるのですが…」
「もういい!私がお前の尿検査をしないだけ有難く思え!まったく…」
フィリップ王子は呆れて、レジナルドの書斎に戻ろうとする。
空気の読めない従者はハインリヒに質問した。
「それにしても、モグラってそんなに大きくなるんですね?」
「普通のモグラは拳ぐらいか、それより小さいものもたくさんおりますが、大きくなる個体も居るのでしょう。王族のモグラは170cmぐらいになりますので、私は犬猫ぐらいのサイズのモグラを見ても驚きません」
「へぇ~」
「空想に感心している場合か!さっさと調査を手伝え!」
別のチェストを引き出してみると、中からそれっぽい本が出てくる。
「”ハイパーシークレット・ダイアリー”だと!?!?!?絶対にトーラティカの悪口が書かれている!間違いない!」
レジナルドが何かを隠していると決めつけ、鍵をブッ壊して無理やりノートを見た。
しかし…。
「ページが真っ白じゃないか!」
「”文字消滅のエンチャント付き”と書かれていますね。透明インクとセット商品のようですが…」
「…よっぽど誰かに見られたくない何かが書かれているようだな?」
「しかし、ここに何か書かれていたとしても、それを読める魔法は存在しませんよ」
「………と、とにかく、このハイパーシークレット・ダイアリーは我々が押収していく!」
――――――――――
レジナルドとビルは魔法道具屋に入った。
その名の通り、魔法のアイテムを扱っている。
レジナルドは”成仏できぬ水筒”のジェネリック品の設計図を店主に見せて、アドバイスを貰っていた。
「呪いを魔法石だけで完全再現するのは難しいですね…」
「そうなのか?」
レジナルドの眉毛がハの字に下がる。
「いえしかし…下に水を集めて溜めておくタンクを作れば、上手く動作するかもしれません」
「!!」
顔が別人のように明るくなる。
「的確なアドバイス、参考になるぞ!感謝する!!」
「何個か試作品を作られるのをお勧めします。魔法石はこちらにございますよ」
火と風、ついでに水の魔法石を数個ずつ購入し、試作品の製作に仕えそうな部品も購入して、店を後にした。
――――――――――
「書斎の調査は終わりだ。次はレジナルド様の部屋に案内しろ」
真向かいにある部屋へ入ると、壁や棚、テーブルに飾られているオブジェが目に入った。
「ふむ…なんだこのガラクタは…?」
「トーラティカで購入したモノではなく、アリディンバリスからこっそりと持ってこられた品のようです」
フィリップがピクッと止まった。
「ほう…おじいさまがその身ひとつで人質としてアリディンバリスへ向かったというのに。アイツはこんなに贅沢品を運ばせていたのか。指輪のやり取りで、一瞬でも向こうの王家とレジナルド様を尊敬した事を後悔してしまうな?」
マシューはうつむいた。
王子が続けて話す。
「ところで、レジナルド様は何かを隠したりはしていないか?」
マシューとハインリヒは何も答えない。
「お前たちの主はレジナルド様ではなく、国家だぞ。正直に発言しなければ、投獄もあり得るかもな?」
ハインリヒがためらいがちに話す。
「…それでしたら、”ベッドの下にあるチェストにはくだらないものしか入っていないから、絶対に触るな”と使用人たちに言いつけているようですが…」
「はぁ?くだらないものしか入ってないチェストの事なんていちいち報告するな?」
「フィリップ様!違いますよ…」
賢明な護衛のおかげで、それが何か大切なものを隠しているサインだと気付く。
フィリップはベッドの下からチェストを引っ張り出し、開けた。
「………なんだこれは?」
「オモチャのようですね」
「アリディンバリスからオモチャを持ってきたのか。おおかた、子供の頃に遊んでいた愛着のある玩具といった所だろう。指輪を持ってこずにこんなガラクタを持参するとは、よっぽどの”王子”っぷりだな?」
そしてその”オモチャ”を手に取る。
「私はこれが何か知っているぞ。フェニックスもどきニワトリの羽だ。それをくっつけて作られたフェニックスのフィギュアだな!いかにも子供だましの品だ!」
――――――――――
レジナルド達は町のレストランで昼食を食べ、装身具店に来ていた。
「ようこそレジナルド様、お久しぶりです。お待ちしておりました!」
「おお店主!”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”の出来は素晴らしかったぞ!」
店主の仕事を褒め、会話しながら店を見て回る。
「この滑稽なほど大きなダイヤは何だ!?」
「流石お目が高い。それは”滑稽なほど大きなダイヤ”です」
「うーん、概念を具象にするな?」
「宝石店や美術館、大富豪宅や貴族の館にあるアイテムで、主に窃盗犯が狙うためだけに存在しています。剥き出しで放置されている事は少なく、大抵はそのダイヤを引き立てる小さな展示物が周囲に配置された状態で、ダイヤ自体は高い設置台の上にガラスケースに入れられた状態で置かれます。防犯のレーザーや警報装置がダイヤを守るので、窃盗犯の技術を見せるシーンに多用されます」
「やはり概念じゃないか!具象にするな?」
「そういうユーモラスな宝石なんですよ。おひとついかがですか?」
「ふふっ、ちょっと欲しい…しかし、自由にカネが使えるわけでもないしな。残念だ!」
ばかばかしい程フカフカなクッションに埋もれているダイヤを見送った。
――――――――――
マシューは王子と従者に、タイムリミットが近い事を伝える。
「そろそろ出発しませんと、帰り道ですれ違えば気付かれてしまいます。屋敷へは一本道ですし…」
「そんな事、言われなくてもわかっている!チッ…」
フィリップは結局、大した成果を得られずにいた。
そこで事前に作っておいた、”奥の手”を出す。
胸から一枚の紙を出し、マシューとハインリヒの目の前でヒラヒラさせた。
従者を務める護衛は手で”パシッ”と自分の目を覆う。
上司が文章を偽装し、他人の名誉を傷つけようとしている場面をこれで物理的に目撃することはない。
フィリップは今日一番の大声を出した。
「ああ、お前たちには残念な事だろうが…アイツの書斎でこれを見つけてしまった。国家反逆罪、転覆計画の企て、とまではいかないだろうが、国家侮辱罪ぐらいにはなる文章だな?」
「ええっ!?」
マシューとハインリヒは顔を見合わせて驚く。
「そ、そんなものがあるはずがありません!」
「ふふっ、やはりアイツも王族の端くれ。最低限、自身の使用人を自分側に付かせる人心掌握術ぐらいは持っているという事か。いいかお前ら、本来仕えるべきトーラティカ王家より、アリディンバリスから来たどうしようもなくだらしないクズの人質を擁護するとは、恥知らずな!人事異動があると思え!」
マシューは口答えする。
「いえ…そうではなく、その紙には何が書かれているのですか?」
「お前らに見せるべきものではない。直接、国王様に持って行くつもりだからな」
「レジナルド様はまだトーラティカ語が堪能ではないのですが」
「えっ?」
「会話はそれなりですが、未だに日記などは単語を辞書で調べ調べ書かれていらっしゃるようですし…」
「あっ…」
「手紙は私が書いた文章を写させているレベルです。国家を侮辱するなんて、高度な文章を書けるはずがありません。第一、文字はヘア・センチピードがのたくったような字で、直している真っ最中なのですが」
「ええと…」
「そもそも日記の筆跡と一致しますか?」
「…」
護衛も渋い顔だ。
「王子様」
「まあ、仕方ない。これは見逃してやろう。報告も一切上げるなよ!いいな!?」
「も、もちろんです…」
フィリップは咳ばらいを10回ぐらいして、護衛からダイアリーをひったくった。
腰に手を当てて堂々と喋る。
「しかし!この”ハイパーシークレット・ダイアリー”は持って行くぞ?なにか後ろめたいことを書くつもりが無ければ、こんな日記帳は必要ないだろうからな?」
「いえ、レジナルド様はそういうしょうもない珍しいだけの不用品が大好物なので、シンプルに所持したくて所持しているだけかと…」
「フン!所持したいから所持している!?バカな!使わなければ買ったり持っていたりする必要はないだろう!?とにかく、押収していく。もしレジナルド様がこの事に気付いても、適当にごまかしておけよ、いいな?」
――――――――――
レジナルドは雑貨屋に移動した。
そこにあったのは…。
「ミニ馬車だ!!!!」
レジナルドはショーウィンドウに飾ってあるミニ馬車に釘付けだ。
顔をぶちゅっと潰してショーウィンドウに貼りついた。
「レジナルド様!恥ずかしいですよ!」
町を行き交う町人からもクスクス笑われる。
店内に入り、値札を見て驚く。
「何っ、5万ゴールドだと…?!」
「ひええ…!」
「安すぎるな」
「そっち側の人でしたね」
ビルが呆れている横に、店主が揉み手でやって来る。
「一点一点、職人が手作りしていますからね」
「確かになぁ」
「それにこれはトーラティカ王家がお使いになられている馬車をモチーフにした木製ミニ馬車です。王家へのライセンス料もかかってくるので、多少値が張ってしまうんですよ」
「ライセンス料を取っている王家、しっかりし過ぎだな?」
レジナルドはチラッとビルを見た。
「残念ながら…パジャマを作らせたばかりではありませんか。それにこれは贅沢品扱いです」
「ハァ…ダメか…ところで店主、これはどこが卸しているんだ?」
「コンター・リージョンズという、ミニチュア中心の大人向けホビーばかり販売している会社があるのですが、そこの新商品でございます」
こちらへどうぞ、と案内された先には、ロマンチックで繊細な船の模型や、王城のミニチュアセットが置いてあった。
「お手は触れませんようお願いいたします」
「おおおおお!!!!!!」
ビルもヘラヘラと笑みを浮かべる。
「こういうのが嫌いな人っていませんよね~」
「うむ…実際、驚くべき仕事だ…これ程の伝説的なジオラマを見る事は一生に一度だぞ」
レジナルドは再び、チラッとビルを見た。
「残念ながら…パジャマを作らせたばかりだと言ったではありませんか。それにこれはどう考えても贅沢品です」
「ハァ…ダメか…ところで店主。コンター・リージョンズはミニ馬車のアイディアで特許は取っているのか?」
「いえ、このような木製ミニチュアは昔からございましたでしょう?木からナイフでパーツを削り出し、それをコツコツ接着剤で組み立て、塗装するわけです。しかしミニチュア作りはもっぱら個人の趣味でしたので、それを市販品として量産したコンタ―・リージョンズは、優れた商売のセンスがありますね。尊敬しますよ」
レジナルドはアゴを撫でる。
「店主。小売りからオモチャの製造業者になってみる気はないか?」
「…と申しますと?」
「特許が取られていないなら幸運だ。この馬車の廉価版を作ろうではないか!」
雑貨屋の店主は笑った。
「材料の確保、切りだし、組み立て、塗装、それに先ほども申し上げましたように、ライセンス料を払い、流通に乗せて、販売店の利益を確保すれば5万ゴールドになってしまいますよ!」
「騙されたと思って、俺にそのミニ馬車をタダで渡せ。悪いようにはしない」
――――――――――
王子と従者は馬に跨り、ポータルに入って丘を下っていった。
その姿を見送りつつ、ハインリヒは頭を押さえる。
「頭痛がします。嵐のようでした」
「ですがまあ結局、大したものが出てこなくてホッとしましたよ」
「あの日記帳、ハイパーシークレット・ダイアリーでしたっけ?インクまで持っていかれたようですが。これから王城で研究され、中身が読まれてしまうんでしょうか。どんなプライベートなことが綴られているのか知りませんが、ポエムとかだったら可哀想ですね」
「それより、ハインリヒさん…あの…途中でモグラ王国がどうこう仰ってましたよね?」
「ええ」
「レクリエーション嗜好品をキめて仕事をするなんて執事失格ですよ?」
「みんな私を外見で判断するので悲しみで心臓がしぼんでしまうのですが、不幸なことにそれが丁度いいんです。私は過去に悲劇に見舞われ、苦しみで胸が張り裂けてしまわないように鉄のベルトを巻き付けて胸を押さえているので。でも、心臓がしぼめばプラマイゼロですからね」
「外見で判断していませんよ。言動を見ています」
危険レクリエーション嗜好品をキメているとしか思えない言動にマシューはドン引きしていた。
――――――――――
レジナルドが町を歩くと、町人に”この前は砂糖を加熱した菓子をありがとうございました!”と声を掛けられる。
「ふふっ、少し気恥ずかしいな」
「あまり会話してはいけないと言われていますが、手を振るぐらいならいいでしょう」
レジナルドが手を振ると、町人たちも振り返してくれて嬉しい。
「わはは!さあ、本屋へ行くぞ」
本屋では読みやすそうな本を数冊購入した。
「よし。これも頑張って翻訳しながら読もう」
「勉強されていて偉いですね」
「いや、ここ最近は勉強のためというか、シンプルに本を読むのが楽しくて読んでいるんだ。でもまあ、結局のところ勉強にはなるし、一石二鳥だな!」
本を数冊購入し、最後にケーキ屋に寄る。
カフェが併設されており、そこでのんびりとお茶をした。
ひとりの子供が近寄って来る。
「…カントリーハウスに住んでいる人質?アリディンバリスの第二王子様?」
ビルが引かせようとするが、レジナルドは手で止めた。
「ああそうだ。しかし、俺と不要な会話をしているところを見られれば、兵士に怒られるぞ」
「会話の要不要は兵士さんに決められるものなの?」
レジナルドとビルは声を出して笑った。
「ファジーな状態でこそ公権力の傲慢さが輝くんだぞ、キッズよ」
子供がクッキーをくれたので、レジナルドは何かお返しできるものはないかと探した。
生憎、今日買ってきたものは魔法石や本、自分のサイズのパジャマに木製のミニ馬車だ。
「…っと」
ポケットから取り出したのはハンカチだ。
ハンカチと言っても普通のハンカチではない。
アリディンバリスの王宮専属の仕立て職人の中でも、指折りの技術を持つお針子が刺繍した、美しい芸術品のようなハンカチだ。
白い生地にウルトラマリン色の糸で連続した花柄が描かれており、一見すると中国陶磁器のようにも見える。
繊細で品があるそのハンカチを、子供はクッキーの対価として受け取った。
3人は笑顔で笑い合う。
――――――――――
町に馬が2頭戻ってきて、馬小屋に返された。
フィリップ王子と護衛である従者は顔を隠していたが、馬車駐車場と馬小屋のあたりには、カントリーハウスの使用人達の姿はない。
「屋敷から早く戻れましたから、帰って来る所を目撃される心配はありませんでしたね」
フィリップは不服そうだった。
早く帰ってこられたのは、収穫が無かったという事を表す。
護衛は厩舎の馬番から自分たちの馬を受け取り、乗り換えた。
「王子様、早く帰りましょう」
「…ああ」
「そう気を落とさないでください。あの日記帳があるではありませんか」
2人は馬に乗り、王都へ戻っていった。
――――――――――
全員が集合したのを確認し、馬車と荷車はカントリーハウスを目指して出発した。
使用人はみな、自分の買い物を済ませられたようで、荷物をたくさん抱えている。
長い上り坂をポータルで越え、無事に屋敷に帰宅する。
何事もなかったかのようにマシューとハインリヒは出迎えた。
モグラはバタバタと下手クソに走りながらレジナルドに飛びつく。
レジナルドもハグで喜びを伝え返した。




