人質生活34日目
霧雨ぐらいなら、日課である乗馬は中止にならない。
レジナルドは正反動の速歩からの停止を試みる。
「よし、止まれ!」
発酵焙煎チョコレート号はすぐにスピードを常歩に落としてビタッ!と停止した。
「よ~~~しよしよしよし!!!!良いな!偉いぞ~~~!!」
ワシワシと首を撫でてやる。
その時、城からの使者がカントリーハウスへの道を上って来るのが見えた。
「おお、新聞の切り抜きを持ってきてくれんだろうか!」
セーラも馬を止めながら答える。
「いいですね。フラスムースで虹の根元の宝が見つかったニュースより、もっと貴族や王族との会話に役立つ記事を渡していただければ良いのですが」
「ワハハ!あれよりしょうもない切り抜きはあり得ないだろう!」
――――――――――
アリディンバリスの王城。
第一王女アデレートとその侍女たちは、鏡にかけた光魔法に夢中だ。
小さな手鏡ではなく、全身を映すことが出来る姿見に魔法をかけ、こんなスタイルだったらいいのになぁ~という幻想の世界にどっぷり漬かっていた。
「腹筋をしても、なかなかウエストが細くならないと思っていたのですが…この鏡の前に立つと…」
「そうですよね?私ももう少し…二の腕が細いと嬉しいなと思ってたんです…まさに、こんな風に…」
第一王女アデレートも鼻高々だ。
「こうして理想の自分を実際に映し出して見ると、ダイエットやボディメイクへのモチベーションが高まるものね?」
「はい!」
「アデレート様の魔法のスキルは素晴らしいですね。もしこの鏡がみんなに行き渡れば、どれだけの人間が幸せになる事でしょう?」
アデレートは満足気に微笑んだ。
しかし。
「でも………この魔法の鏡で自分の顔を見た後に、普通の鏡を覗くとガッカリしちゃいますね」
「それは…だって、仕方ないですよ?」
「そうですね、ちょっとした”お楽しみ”というか、ユニークな魔法の類ですから。本気にしていけません。そうですよねアデレート様?」
「も、もちろん!魔法の鏡に映るのは偽りの姿であって、真実ではないのだから…そこを弁えてもらわないと困るけど?」
そう口にしながらも心の中では侍女の意見に同意していた。
実際の鏡を見ると、理想の自分の顔からかけ離れていて、うんざりしてしまうのだ。
――――――――――
トーラティカのカントリーハウス。
使者が王城から来て、新聞記事の切り抜きを執事に渡した…が、彼は重要な仕事を隠し持ってきた。
「フィリップ王子様から伝言があります。文章ではなく言葉のみでお伝えしたいので、マシュー様もご一緒に」
「…了解しました」
執事は使者と共に、マシューの執務室に入る。
「3日後に、レジナルド様が国家侮辱罪、王家反逆罪などに相当する罪を犯していないか調査することになっております」
マシューと執事のハインリヒは息をのむ。
「そ、それは何ですか!?」
「一般人には伏せられている情報なのですが…」
使者によると、このような調査はどの身分の人質に対しても行われてきたそうだ。
人質に怪しい動向があれば、より活動を制限するなどの措置が取られるらしい。
「…国家の安全と品格を守るためにも必要な調査であり、理解していただきたいです」
そう言われれば納得できる。
マシューとハインリヒは軽く視線を交わした。
使者は続ける。
「この事は完全に秘密にし、使用人にも一切伝えてはなりません。お2人の任務は…レジナルド様をこの屋敷から遠ざける事です」
「その間に上級使者様が直接レジナルド様のお部屋を調査されるのですね?」
「そうです。屋敷の傍に居られては困ります。私と王子様が来たと絶対に感付かれないような場所まで、レジナルド様を引き離してください」
「なら、町へ出てもらうしかありません。許可をお願いいたします」
「当然許可は出します。時間は余裕を持って…」
細かい打ち合わせをし、使者は王城へ馬で戻っていった。
マシューは頷きながら執事に言う。
「しかし、使用人にも秘密にしろときましたか。当日の調査を見れば、うっかりそれを使用人がレジナルド様にこぼしてしまう事も想定できます。私としては、レジナルド様を屋敷から遠ざける事より、そちらの方に頭を悩ませます」
「上級使者様…つまりフィリップ王子様のお姿を見せないようにするのが一番安全かと思いますが、それは無理でしょうか?事後に緘口令を敷くのは大変難しいですから」
「…以前、マシュー様は丘の上にピクニックへ行かれましたよね。使用人全員でピクニックへ行くというのは?」
「丘の上から屋敷は良く見渡せるんですよ。馬車が来れば遠くからでも気づくでしょう」
「なら逆転の発想です。みんなで町へ出かければいいのでは?」
「私とハインリヒさんだけを残して?」
「そうです。町で買い物をして、昼食を食べて、仕立て屋などに寄っていれば充分に時間は取れるでしょう」
「かなり怪しいですが…まあ、そうしますか」
執事は肩をすくめた。
「ところで…罪になるような企みをレジナルド様はしてらっしゃらないですよね?」
「…残念ながらあの性格なので、母国とトーラティカを比較して悪口を書くぐらいの事はやっているかも知れません。最近はトーラティカ語の勉強にも熱が入ってきて、私が声掛けしなくても、ご自分で学習なされてるぐらいですから」
「自身の行いが罰に変わるだけとは言え、書くことも読むことも禁止されるだろうと考えると、流石にお可哀想ですね」
執事は立ち去ったが、マシューは少しの間沈黙して、遠くを見ていた。
レジナルドの手前、仕えているのはレジナルドだとは言っていたが、実際に忠誠を誓っているのは国家と国王だ。
しかし、アリディンバリスの第二王子に情が湧いていないわけでもない。
――――――――――
アリディンバリスの王城。
クリスティーナは副業仲間と、使者の部屋の清掃をしていた。
この使者は、レジナルドとの手紙をやり取りするのが仕事で今は国境付近に滞在し、アリディンバリスの使者を待っている。
「このトランクには金目のモノがないね」
「引き出しを見てみよう」
仕事机の一番上の引き出しに手をかけ、開けたその瞬間。
beep!beep!beep!beep!
光を感知して大きな音が出る、盗難防止の魔法道具が鳴り出した。
光の魔法石と風の魔法石を組み合わせて作られたアイテムである。
「!!!!」
音を聞きつけて、他の使用人や兵士、従者や侍女が物見にやって来た。
「何の音?」
「ま、間違って引き出しを開けてしまったんです。引き出しに魔法道具が付けられていて…!!!!」
クリスティーナは必死にごまかそうとした。
が。
運の悪い事に、ちょうど議会が終わって王城を練り歩いていた(何か事件はないかと…)王子が部屋に入ってきたのだ。
「大丈夫か!?」
「ぶ、ブレンダン様!!!!何事もございません…決して…窃盗など…」
「魔法道具の盗難防止センサーが誤作動したのだろう」
「そ、そうです!」
「私が止めてやる。どの引き出しだ?」
「こ、この引き出しをうっかり開けてしまって…いえ、決して触っていないのですが?勝手に鳴り出したんです!?」
クリスティーナはグルグル目になっている。
王子がけたたましいBEEP音を止めようと引き出しを覗くと…そこには。
「…?」
王子はセンサーを魔力で止めつつ、中にあったスタンプを持ち、間近で見た。
「…我がアリディンバリス王家のシーリングスタンプじゃないか。なぜ、これがここに?」
――――――――――
「”ミニ馬車、大好評。飛ぶように売れる”」
使者が持ってきた新聞の切り抜きには、最近城下で流行しているオモチャが載っていた。
「…これな、新聞記事に見せかけた広告の類の記事じゃないか?」
マシューが爆笑した。
「レジナルド様もお判りになりましたか?」
「ここまで判りやすいとなぁ」
「新聞ってたまに、あからさまにカネ貰って書いてるだろ的な記事ありますよね?」
「う~む…”子供はもちろん、大人にも好評。木製ミニ馬車はおもちゃとして遊ぶだけでなく、観賞用ホビーとしての芸術性もあり………”」
「レジナルド様?」
「ひとつ欲しいぞ」
「新聞から記事風広告が無くならない訳ですよ!」
――――――――――
アリディンバリスの王城。
国王は激怒し、集められた臣下達はざわついていた。
「”ノミは服に住む”ということわざがあるが、まさか文字通り、国の密命を運ぶ使者がスパイだとはな!」
大臣が顔を手で覆った。
「あの部屋を利用している使者は、今でこそレジナルド様の手紙を運ぶだけの割とどうでもいい仕事を与えておりますが…以前は、国境付近の貴族とのやり取りに、国内を走らせた使者でございます」
「重要な取引の手紙を持たせた記録もあり、これが筒抜けだったとすれば国防にも影響が…」
「ぐっ…!!!!」
怒りに震える父に、王子が意見する。
「陛下!こんな時にこそ落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!」
国王は重要な証拠品の、偽造されたスタンプを床に投げつける。
固い金属音と共に、封蝋用のスタンプが砕け散…りはしなかった。
王子が風魔法を使い、シーリングスタンプが床にぶつかる寸前で止めたからだ。
「考え方を変えましょう、使者を逆に利用してやるのです」
「…何だと!?」
「彼を捕えるのはいつでも可能です。しかし、彼の後ろにいる貴族、あるいは国外の者、最悪…いとこなどの血族。つまり黒幕を見つけてからでなければいけません!」
つむじ風を操り、パシッとシーリングスタンプを手に取る。
「王家の封蝋を偽装するなんて重罪中の重罪です。まさか目先の小金欲しさにこんなものを作らないでしょう。これの製作を引き受けるほど恥知らずな鍛冶屋も、国内には居ないはずです。使者のバックには、我々が真に戦わなければならない、悪の組織があるのです。そしてそれは我らの気付かぬうちに王城に巣食い、勢力を拡大しているんです」
臣下たちはざわついた。
国王も驚きの表情を隠せない。
「その通りだブレンダン…単なる盗みや、その場しのぎの犯罪のためにシーリングスタンプを作るまでするとは思えん…情報を盗むことで利益を得ようとする誰かが裏で糸を引いており、使者はその手先にすぎぬのだろう」
大臣も発言する。
「手紙を盗み見られていたとすれば、被害は情報だけで済みます。しかし、内容が書き換えられ、偽装した手紙が送られていたとすれば、そちらの方が大問題です」
「そうです、確認を進める方が先でしょう」
会議の結果、彼を泳がせておくことに決定した。
そして大急ぎで城中の使者が集められ、国境を守っている貴族の下へ送られる。
――――――――――
夕食の時間。
テーブルにつくレジナルドに、さりげなくマシューが尋ねる。
「トーラティカ語の勉強は順調ですか?」
「ああ。読み書きはボチボチだが、会話はかなりスムーズになってきた自信がある。単語もたくさん覚えているぞ!」
「ところで、まさかとは思うのですが、トーラティカの悪口を日記などに書かれたりされていませんよね?」
「悪口?」
「そうです。文化度が低いとか、人民への教育が行き届いていないとか、インフラが未整備だとか、納税のシステムが煩雑で前時代的だとか、周辺国との関係性が悪いだとか、貴族同士で勝手に派閥をつくっていて、国内政治が混乱しているとか…」
「それは高度な表現だな。なるほど、語学の理解を深めるには、そういう難しい単語を使っていく必要があるものな?”罵り言葉がその言語”とも聞くし…」
「いえいえいえいえ!!!!違いますよ!今のは悪い例です!!」
「ジョークだ!そう慌てるな」
「ハァ…とにかく、よろしくない単語を使う場合は、形に残らないようにお願いしますね?」
「安心しろ。俺も弁えている。隣国に人質としてやって来ているのに、その国を悪く言ったり書いたりするほど愚かじゃない」
マシューはホッとした。
「一安心です」
「…まあ、そういう風に振舞えとアリディンバリスで教師から教わったのだ。俺はどっちかと言うと不平不満が脳みそにギッチリと詰まっているタイプの人間だからな?心しておけよ?いつ高速呪詛ラップがお前の右耳と左耳から入り込み、両目の中央でぶつかってゴミの山を築き光を遮り失明させられるかと用心するがいい」
「職場環境は選べないものですね。就寝前に転生させ女神様に祈ることを忘れた夜は無いのですが。信心深く、控えめな者の言葉ほど届かないシステムなのでしょうか。自分の行儀のよさに嫌気が差します」
「そう嘆くな。本当に行儀のよい人間がそう自称する訳がないし、悩みを自分で増やしているだけだぞ」
「悩みの出どころの張本人に言われましても」
「謝罪してほしいのか?」
「ほしいとねだればしていただけるんですか?」
「俺が謝罪するのは俺にメリットがある時にだけだ。するわけないだろ。もっとよく人を観察するといい」
「ああ、会話すればするだけ悩みが膨らんでいきますね」
「何事も膨らませる天才だ。本人の体型を見て察しろ?」
「”よく人を観察するといい”ってそういう物理的な意味なんですか?」
2人の前に美味しそうな食事が運ばれた。
緑スライムの皮の中に季節の野菜を詰めて蒸した前菜料理だ。
中の野菜が透けていて、見た目が楽しい。
プルプルのスライムの皮の食感もアクセントだ。
「意外かもしれないがな、俺は野菜が好きだぞ」
「苦手なメニューは?」
「骨が取りずらい魚は一度にたくさん食べられないからイヤだ」
「生粋のデブですね」
「今デブって言ったよな?」
「言ってませんが」
「怖っ?」
ダイニングルームに執事が入ってきた。
「レジナルド様。上級使者様から許可が下りたので、3日後に町へ遊びに行きませんか?」
ガタッ!と椅子から立ち上がってレジナルドが喜ぶ。
「本当か!?それは嬉しいぞ!」
「せっかくの機会ですから、使用人達にも暇をやりましょう。たまにはみんなで羽を伸ばしませんと」
「そうか、それは良い事だな。マシュー、一緒に本屋へ行くぞ!」
マシューはぎこちない笑顔を作り、断る。
「私の代わりにビルを従者としてつけてください。さすがに屋敷を空にする訳にはいきませんので、残って仕事をしますよ」
「お前の仕事は俺の通訳だろ?外出へ帯同しなくて、いつ仕事をするんだ!?」
執事が慌ててフォローする。
「私も執事として屋敷を空っぽにするわけには参りませんから残ります。かと言って、ひとりきりですと運悪くアクシデントが起こった時に困りますから。マシュー様が居てくださったらありがたいですよ」
「そうそう、それに、私とハインリヒさんは町へ出かける事が多いですからね。他の使用人だって買うモノがあるでしょう?普段カントリーハウスで仕事をしている人間が町へ行ったほうがいいと思いませんか?」
「うーむ…?」
「そういうわけで、楽しんできてくださいね」
「うむ…」
ちょっぴり強引に3日後のスケジュールが決定された。
――――――――――
アリディンバリス、夜。
使用人の寄宿舎の部屋。
アンはブチ切れて、クリスティーナに詰めよっていた。
「今日、騒ぎがあったって聞いたんだけど…盗んでたんでしょ?」
「…」
「なんとか言ったら?」
「…」
「他のトラブルがあって、引き出しを開けたことは有耶無耶になったみたいだけど、こんな幸運は二度とないからね?」
「…」
「あなたが捕まったら、どうせ全部喋っちゃうでしょ?私は処刑されたくないの。わかる????」
「…」
「もう絶対に盗むのはやめて。いい?約束して????」
「フン」
部屋から出て行ったアンを見て、クリスティーナの中で様々な念が渦巻いていた。
クリスティーナから見れば、彼女は一番楽なところで美味しく稼いだ人間だ。
しかし自分が命拾いしたこともまた事実で、しばらくは大人しくしていようと反省もする。
――――――――――
ライブラリーで何かの図を描くレジナルドは、使用人のビルに尋ねた。
「使用人として働くのはこの屋敷が初めてじゃないだろう。部屋を乾燥させる魔法道具を見たことがあるか?」
「いえ、ございませんが…」
「昨日な、ドレッシングルームの湿度が高いと思ったんだ。まあ、屋敷中湿っぽいんだが。そこで、アリディンバリスの王城の俺の部屋を乾燥させていた、呪われたアイテムの事を思い出したんだ」
「の、呪われた…?」
「こういう魔法道具を自作してみようと考えたんだが、どうだろう?」
レジナルドはビルに簡単な設計図を見せた。
皮で出来た筒に、火の魔法石と風の魔法石が埋め込まれている。
「へえ!この筒を通った空気は冷やされ、空気中の水分が取り除かれて、空気が乾燥するわけですね」
「ああ。設計図通りに作れれば、雨の季節から夏場の間は有用な魔法道具になるはずだ」
「面白いお考えですね。そういえば3日後に町へいく許可が出たそうなので…」
「だろ~?早速、魔法道具屋に行って魔法石を何個か調達してこようと思う。あと、仕立て屋に顔を出してパジャマがどうなったのかも知りたいな」
「仕立て屋に行くなら、革も購入できるはずです。ちょうどいいですね」
「せっかく街へ行くのだから、お前も新しい服を作ったらどうだ?」
勝手に部屋を調べられると知る由もないレジナルドは、ウキウキで計画を立てていた。
――――――――――
アリディンバリスの酒場。
古物商の孫は、完全に焚き付けられていた。
「”ああ、哀れなゲイリーよ!お前が前線へ志願しなければ、母は薬を買えずに死んでいただろう。しかし、お前が出兵しなければ、母がお前の悲報を聞いて泣き崩れる事も無かった…”どう?いい演技だった?」
怪しい男は、すっかり古物商の孫のと仲良くなっている。
呪われた水筒を手にするため、なんとか彼を演劇の道へ進ませようとしていた。
「ブラボー!最高の役者だ!!」
「この劇は13回も見たんだ、完璧に再現できるよ」
「再現じゃないだろう!もうオリジナルの演技だ!これで役者を目指さないとは、勿体ないなぁ…」
古物商の孫はゴクッと生唾を呑む。
「…」
「もったいない、ああ、実に勿体ないなぁ…引退する祖母と一緒に、王都を去ってしまうとは…」
「う…」
「田舎には劇場なんてないしなぁ。こんな才能が失われてしまうとは…」
「…」
「なあ、一度だけだ、オーディションを受けてみないか?」
「!」
先に、劇場の支配人に約束を取り付けておいたのだ。
支配人側も太った演者を探していたので乗り気だった。
「ほ、本当に!?でもオーディションなんて…」
「一度だけだ。自分を試すと思って…後悔ばかりの人生なんて嫌だろう?」




