人質生活29日目
アリディンバリスの王城、ひと気のない中庭。
兵士と使用人のアンは、225万ゴールドを56万ゴールドずつに分けた。
「端数は俺が貰うぞ…いいか、頼んだからな?くれぐれも大胆に盗むなと伝えてくれ」
「ハァ…しばらく盗みはやめた方がいいね。同じ人ばっかり部屋に入ると怪しまれるだろうし」
アンは56万ゴールドを手に、憂いを浮かべた表情だ。
「………」
「あんまりアホなヤツを仲間に引き入れると後が大変だぞ?」
「わかってる。そんなつもりじゃなかったんだけど…」
――――――――――
トーラティカ、レジナルドの屋敷。
乗馬の練習もなかなか板についてきた。
今日は軽速歩で屋敷の周りをぐるぐると回る。
右回りも左回りも自由自在だ。
「お上手ですよ!」
「ワハハ!リズムよく座ったり立ったりが出来るようになってきたぞ!」
ご機嫌で馬を操る。
「止まれ!」
音声での指示を出しながら手首を返すように手綱を引くと、停止もビタッ!と気持ちよく決まる。
セーラも感心した。
「馬術大会に出ても恥ずかしくない発進と停止ですね」
「なぜ急に俺の言うことを聞くようになったんだろう?」
「昨日、命を救ってもらったからではないですか?」
「なるほど…」
馬は意外と自分本位だ。
その日はいつもより丁寧に発酵焙煎チョコレート号の汗を流してやり、風魔法で乾かしながらブラッシングした。
馬はブルルと嬉しそうに唇を鳴らす。
――――――――――
アリディンバリスの王城。
アンは共犯者の2人の使用人に、56万ゴールドを渡した。
2人は現金に目を丸くする。
「毎月20万ゴールドしか貰えない私たちにとって、これがどれだけ大きな金額か…」
「やっと推しのキャストと付き合える…」
興奮する2人をなだめ、アンは少しの間、盗みを止めようと提案した。
「まあね。怪しまれない事が一番だし」
3人は頷き合う。
が…。
――――――――――
アリディンバリスの王城、第一王女アデレートの部屋に魔法の教師が来ている。
「最近は勉強中も気を散らしておられるご様子でしたから、心配していたんですよ?」
「ごめんなさい、集中するようにします。それで…光魔法についてもっと学びたいんだけど」
教師はニコニコ顔だ。
「アデレート様には4つの魔法適性がございますものね。より深く学びたいというのは素晴らしい心がけです」
「魔法の深淵を覗きたいと思って…例えばほら、法制で禁じられている魔法があるじゃない?」
「ええ、ございますが」
「それを知っておけば、間違っても使おうとは思わないでしょ?」
――――――――――
アリディンバリスの王城、使用人待機室。
「えっ!?盗み…!?」
「大丈夫。よく聞いて、みんなやってるから」
メンズ設定カフェに入れ込む使用人、クリスティーナは、他の使用人に声をかけた。
レジナルドの部屋から盗み放題で、今朝も56万ゴールドを手に入れたと説明する。
「で、盗品はどこに売るの?」
「さぁ。そこは専門の兵士がいるみたいで」
「ツテが無いといけないもんね」
「…普通の店に売っちゃダメかな?町に絵画やオブジェを扱ってる美術品店が沢山あるでしょ?」
「王家のサインが入ってるものが持ち込まれたら兵士に報告する義務があるんだよ!?秒で盗みがバレるって!!」
「そっか…じゃあサインを隠せば?」
「価値が下がるでしょ?」
「もう売れれば何でもいいよ。コツコツやっていけばいいじゃん…”塵も積もれば山となる”だし!」
マメな泥棒も居るものである。
――――――――――
トーラティカのカントリーハウス。
「待っていたぞ!早く入ってくれ!いや3階まで上がる時間も惜しい!」
そう騒ぐレジナルドのために、エントランスにテーブルとチェアが運ばれた。
「(わがまま放題という噂は本当だったんだな…)」
装身具店の店主の中年の女性は険しい顔をした。
どう考えてもテーブルとチェアを運ばせる時間より、応接間へ移動する時間の方が短いだろう。
「で、早速だがな。この設計図を見てくれ!」
「”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”…へぇ、見たことが無いですね」
「だろ?」
店主が感心しながら隅から隅まで目を通していると、レジナルドが質問した。
「リング台はあるか?」
「はい。オーダー用のものです」
そう言って店主は薄いレザートランクを開ける。
金や銀やナーロッパにしかない不思議な金属でできたリング台が顔を見せた。
みなベルベットの山の間に静かに挟まっている。
「俺が欲しいリングを、お前の店で作って販売してくれないか?」
「えっ!?」
「本当はオーダーメイドで作らせたいのだが、一点だけ作るとなると…こう…俺は人質だろ?」
「なるほど」
「じゃぶじゃぶカネを使うわけにはいかないんだ」
隣に座っていたマシューが咳払いをした。
「人質でなくともじゃぶじゃぶゴールドを使うのはどうかと思いますが…」
レジナルドは無視して続ける。
「量産されている指輪を購入するぐらいなら許してもらえるはずだ、という姑息な考えからこの提案は生まれたわけだが、どうだ?」
「…私は石を溶かせないので、その加工ができる人間を探すところから始めなくては…」
彼女の目の前で、レジナルドがオブシディアンをドロッと溶かした。
――――――――――
兵士は口々にフィリップを称える。
「参りました!」
「流石です、フィリップ王子様!」
トーラティカの王城。
フィリップが明日への調整も兼ねて、訓練場で魔法を使っていた。
兵士たちは次々とフィリップに敗れていく。
「次は誰だ?!」
「私がお相手させていただきます」
初老の男性はフィリップも顔なじみの兵士だ。
「よし、来い!」
兵士は火の矢をフィリップめがけて射る。
フィリップは剣に風をまとわせて、その矢をすべて落とした。
周囲で戦いを見守っている兵士たちからおおっ!という歓声が上がる。
兵士も剣を鞘から抜き、炎をまとわせてフィリップへ向かっていった。
フィリップは手のひらを相手に向け、水を高圧力で出す。
剣の炎は消え、兵士は”参りました!”と叫んだ。
フィリップは手の甲で額の汗をぬぐい、拍手を一身に受ける。
「(聖職者から、レジナルドは魔法の適性はあっても魔力は少ないと聞いている。ここまで本格的にやるつもりはないが…)」
フィリップは剣を収める代わりに、手に火を灯す。
”もうまいった”というように手を上げながら、水たまりの中に尻をついて座っている兵士の周りを火で囲んだ。
「お、王子様…!」
「いつまで倒れているつもりだ!?ここが戦場ならお前は死んでいたぞ!訓練だからと言って気を抜くな!」
厳しくも真面目な指導に、さすが王子様だ!とより一層大きな拍手が起きた。
フィリップは兵士たちに手を振る。
「(逆に、ケガをさせ過ぎないように注意してやらないとな)」
――――――――――
「それでは行ってきます」
レジナルドはマシューを見送った。
マシューと使用人は装身具店の店主を送るついでに、町で魔法の本や演劇の本を買ったり、金物屋で改造ミルクセパレーターを作ってもらう予定だ。
「…ああ、俺も町へ行きたいな」
隣りで一緒に見送った執事は、レジナルドになんと言葉をかけたらいいか迷った。
屋敷の扉をくぐると、エントランスの床に何かがある。
「申し訳ございません、タワシがこんなところに落ちているとは…」
拾い上げるとモグラだった。
「…なんか、保護した時より大きくなっていますね」
「俺が毎日優しくマッサージしてやっているからなぁ!ワハハ!」
レジナルドは執事からモグラを受け取ると、エントランスに置きっぱなしのチェアに座った。
「今日はここで茶を飲む」
「かしこまりました。運ばせます」
「モグラ用の水も用意しろ」
レジナルドは指先でモグラをマッサージしてやる。
拾った時より毛並みがツヤツヤになったモグラはのんびり昼寝してはじめた。
「もう野生に戻すの無理だろコイツ…?」
――――――――――
一方こちらはアリディンバリス。
王城で使用人をしているクリスティーナは就業シフトを終えると、町へ繰り出した。
中心街にある、立派な店構えの骨董品屋に入る。
「いらっしゃいませ」
まともな身なりの店員が対応に寄ってきた。
クリスティーナは天真爛漫な笑顔で尋ねる。
「この店って買い取りもしてる?」
「もちろんでございます」
「盗品でも大丈夫?」
店員は用心棒を呼び、クリスティーナは店からつまみ出された。
――――――――――
同じアリディンバリスの王城。
臣下たち、侍従長と補佐官のエイデン、そして第一王子は宝物庫の前にいた。
侍従長の手にはレジナルドの宝石箱がある。
「第二王子様の宝石箱は宝物庫で保管する宝に相応しいと認められました。今、第一王子ブレンダン様の手によって宝物庫に仕舞われます」
臣下たちは無言でうなずく。
第一王子は宝石箱を宝物庫の奥へと仕舞う。
「(これでトラブルが起きることはなくなったな…残念だ…もう推理する事もないのか…)」
第一王子は歯を食いしばった。
自分の推理に拍手が起きることももう無いだろうと考え、侘しさを覚える。
「お疲れさまでした、ブレンダン様」
「ああ………」
「王子様?」
「ん?あ、いや。すまない、宝石箱の事を考えていたんだ」
「ええ、宝物庫に入れられて本当に良かったです。これでもう問題が起こることも無くなるでしょう」
「(…くっ!)」
問題を解決するスリルよりエキサイティングな事はないと大声で叫びたい気分だった。
侍従長が寄ってきて、第一王子に深く頭を下げる。
「この仕事を持って、私は侍従長の任を解かれることになっております。これもブレンダン様が国王様に進言してくださったからでございます」
「ご苦労だったな。お前は本当によく王家と王城に仕えてくれた。退職金を持って、故郷へ帰ってゆっくり休んでくれ」
「お優しいお言葉、感謝いたします」
そしてエイデンの方を向く。
「頼んだぞ…明日からはお前が侍従長だ」
「お任せください」
エイデンは微笑む。
明日からは盗み放題だ。
――――――――――
アリディンバリスの賑やかな城下町。
「なる程ね~OKOK、ああいう店が怪しい商売をしているわけないでしょ!真っ当じゃない店を探せばいいんだ」
めげないクリスティーナは、1本2本と裏路地へ入って行く。
「ちょっとすいません!」
「あ゛????」
モヒカン頭にトゲ付き肩パットの男に声をかける。
タトゥーが肌を彩っていた。
「なんだ!?お前まで俺の服装はナーロッパに似合わないって言いたいのか!?」
「いいえ、他人がどんな服装をしていようが知ったこっちゃないです。ここら辺に盗品を扱っているお店はありますか?」
「………ねえよ。個人でやってる飲み屋や職人の工房や集合住宅ばっかりだ」
「繁華街なのに…」
「デブの第二王子がそういう怪しい店を全部取り締まったからな。よっぽど隠れてヤってる店なら見つかって無いだろうが、そういう店はまず一般人が判る場所にはねぇ」
「…そんな」
「盗品があるのか?」
「まだないけど、アテはあるの」
モヒカン男はアゴを擦った。
「俺は花屋だから情報を持ってないが、酒場で聞けばわかるだろ」
「ありがとう!」
クリスティーナは手を振って走って行った後、走って戻ってきた。
「酒場ってどこ~?」
――――――――――
酒場ですぐ”関係者”に出会えた。
「私がそういう店との間に入ってあげるから、品物を持ってきな!」
「嫌です、店に直接持ち込みたいの」
「どうして?」
「品物を渡したら、あなたはそのままトンズラしそうだから」
「…持ち逃げが嫌なら、その場で手付金を払うよ」
「言っておくけど、売れば100万200万ゴールドになるような品物なので、1万2万のはした金を握らされて、品物を渡すわけにはいかないんです」
女は笑った。
「何を売ろうとしてるのか知らないけど、そんな高額な装飾品は滅多に無いよ!貴族ってのは見栄を張る生き物なんだから”100万ゴールド”なんて大ボラだって!まさか主人の自慢話を真に受けてるんじゃないよね?それに、どこの貴族の屋敷で働いてるのか知らないけど、使用人ってイイトコのお嬢さんでしょ?盗品商からしてみたら、あんたみたいな女子はカモだよ、カモ!盗んだモノをひとりで捌けるわけが…」
クリスティーナは女に背を向け、酒場から出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って!わかったから…!」
女はクリスティーナと共に酒場から出て、ひと気のないところでビジネスの話を続けた。
「さっきの話はさ、あんたを思っての事だったんだよ。盗品を売買する店に直接入ったりすれば………首根っこ掴まれて、1万2万のはした金どころか、無給で盗みを強要される事になるんじゃない?それなら私と組んだ方がいいでしょ?私が貰うのは2割でいいからさぁ」
クリスティーナはごくっと息を飲む。
女はダメ押しした。
「悪い話じゃないはずだけど」
使用人の頭に浮かぶのは、メンズ設定カフェの推しキャストのダブルピース笑顔だ。
「…わかった」
しぶしぶ落ち合う場所を決めた。
――――――――――
マシューは町で買ってきた大量の本をライブラリへ運び入れた。
レジナルドは魔法の本を手に取り、苦戦しながらもなんとか読んでいる。
「ところで、金物屋はミルクセパレーターの改造を快諾してくださいましたよ」
「本当か!それなら指輪が作れるな」
「ええ。しかし、わざわざ指輪を量産させて、それを購入しようとは。ずいぶん手の込んだ作戦を思いつきましたね?」
「流石に人質として来てすぐにジュエリーをオーダーするのは心証が悪いだろうからな。お前は指輪のひとつぐらいなら作らせても問題ないだろうと言ってくれたがなぁ…俺は欲張りなんだ!ひとつじゃ満足できない。10、20とコレクションしたいのだから、最初から”全力”でいくわけにはいかないだろ?」
マシューは声をあげて笑った。
――――――――――
トーラティカの王城の、大きく広い食堂。
国王と王配、王子であるフィリップと、国王の親戚たちは夕食を囲んでいる。
国王の叔父が口を開いた。
「以前、議題に上がったアリディンバリスの演劇”ふとっちょ王子、隣国で虐げられてもう限界!”だが…」
「ああ、その後どうなってましたか?」
「かなり人気なようで、正直なところ、我が国の名誉が著しく傷つけられている、らしいな」
それを聞いた国王は苦い顔をした。
叔父は続ける。
「お兄さまが知っているなら、向こうの王家や貴族にひとこと言ってくれても良いだろうに」
叔父から見たら兄は先王だ。
国王がなんと言おうか迷っていると、フィリップがその話を詳しく聞かせてほしいと頼んだ。
叔父は何も知らないフィリップに詳しく説明する。
「なんと…我が国を悪役にしたそのような演劇が…!?」
「しかも最後は、この名誉ある王城をめちゃくちゃに壊すというオチらしい。腹立たしいことに、客入りもかなり良いそうだ。旅客を装った間者からの情報だ。間違ない」
フィリップの手が止まった。
国王もナイフとフォークを置き、水の入ったグラスを取る。
「私も叔父さまと同じ考えです。が、トーラティカの国王として言わせていただくと、悔しいですが意見できる権利が無いでしょう。隣国の市民が勝手にやっていることです。我が王家や王国議会から文句が付けば、不当な苦情と捉えられかねません」
「それはわかる。しかし、黙ってはいられないな。なぜお兄さまは文句を言ってくれないんだ?」
フィリップは眉間にしわを寄せながら話す。
「おじいさま…先王様はご存じないのかと。あるいは自分の立場からは何も言わないほうがいいと遠慮していらっしゃるのかも知れません」
フィリップは頬を膨らませた。
「明日…レジナルド様に提案してみます」
叔父が声をあげる。
「おお!」
「確かに、アリディンバリスの市民活動にいきなり意見するのはよろしくないかもしれません。我々は礼儀を重んじるという姿勢を示しましょう。外部から言われる前に、身内から提案されれば話はスムーズに片付くはずです。レジナルド様を利用しましょう。レジナルド様からアリディンバリスへ向けて、手紙で、”市民演劇において、トーラティカをモデルにした国を悪役にするのをやめていただきたい”と頼んでもらうのです」
国王と叔父は口角を上げて笑った。
「それでも公演が続けられるようなら、国から正式に、手紙か使者を使って抗議すればよいというわけだな」




