人質生活26日目
レジナルドは朝食の場でも魔法の練習をしていた。
「おはようマシュー!」
「おはようございますレジナルド様。おっと、さっそく習得されたようですね…」
カップに入った牛乳をホットミルクにしていた。
「真夏のホットミルクは飲めたものじゃないなぁ」
夏に火魔法の修練を積むのはやめておいた方がいいようだ。
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「蹴ってください!ブーツのかかとでポンポンポンポンとリズムよく!そうです!」
セーラの言う通りに、馬の体が沈んだタイミングで横腹を蹴る。
発酵焙煎チョコレート号はブルルルと鼻を鳴らし、常歩から速歩にスピードを上げた。
「このぐらいが軽速歩ですね。早くなりすぎるようなら手綱を引いて&離して、止めてあげてください!」
「お!おおーっ!このっ!振動っ!」
「ハイ!立って!座って!立って!座って!立って!座って!立って!座って!」
「ヒイイィィィーーーーッ!!!!」
体が馬上でぼよんぼよんと跳ねる。
何度か発進と停止の練習をして、敷地の外へ出た。
クリップクロップクリップクロップ…。
小気味良い速さでの乗馬だ。
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アリディンバリスの王城。
「エイデン、今日からお前は私のサイドキックだ」
「はあ…」
「昨日一晩よく考えてみた。すると、アデレートが無くしてしまった宝石の名前を知らない事に気付いたんだ」
「ああ、ここにリストがありますよ。ええと…この指輪ですね」
「”ジャンプスケア・リング”か…ふむ…どこかで聞いたことがあるような…?」
エイデンはため息をつきながら話した。
「レジナルド様が17歳の誕生日に作らせた指輪です…人を驚かせるためのリングを、わざわざ城下町の宝石工房に頼んだんですよ…」
「ああっ!思い出した…!臣下を飛び上がらせていた、あのビックリ指輪か!イタズラがお父さまの耳にも届き、大目玉を食らったんだよな。昔の事に思えるが、まだ1年ぐらいしか経っていないのか…ああ。あいつの18の誕生日に何も送ってやれないとはな」
ブレンダンはしょんぼりした顔で腕を組んだ。
「居たら居たで迷惑ばかりかけられていたが、いざ居なくなってみると寂しいものだ」
「ええ。私は主人の事を考えない日はありません」
「従者の鏡だな。ところで、この宝石にはどれぐらいの価値があったんだ?悪の組織が欲しがるものだから、よほど高く売れるとみた」
「…宝石店にはバカみたいに高い製作料金を要求されましたが、リングそのものに価値はないでしょう。石座の金には混ざり物が無いので、売れる事には売れるでしょうが…」
第一王子は、エイデンが覚えている限りの特徴をメモさせた。
――――――――――
「レジナルド様、おととい行った教会からのお手紙です」
乗馬を終えて汗だくのドロドロになったレジナルドは水浴びをしていた。
バスルームから出てきたばかりの彼はバスローブ姿で、全身濡れている。
「中身は何だ?開けて読んでくれ」
「風魔法と火魔法をいい感じで使うと、髪を早く乾かすことが出来ますよ」
「何っ!?早速やってみよう!」
使用人のビルが服の用意をしているあいだ、レジナルドは自分の顔面に熱風を当てる。
ゴオオオオオ…
顔がホカホカになったが、髪の水気は全く飛んでいない。
「………結構難しいな…?」
マシューはペーパーナイフで封筒を切った。
「ふむふむ…簡単な単語で書かれていますので、レジナルド様でも読めます。内容は喜ばしいものですね」
「おおっ!」
風魔法を真下から当てたので、髪の毛が逆立って乾燥している。
手紙にはこう書いてあった。
「”魔法の修得に協力したい…午前中は乗馬の練習をされているそうなので、午後からの訪問になるが…”!!!これって…!」
「ええ。教会の聖職者長自ら、このカントリーハウスにやって来てくださるのでしょう。魔法を習ういい機会ですよ」
レジナルドはもじもじしている。
「し、しかし…兄は7歳の時から魔法の修練に励んでいたんだ。妹たちも7、8歳の時には教師について魔法を学んでいた。一方の私は…もう成人じゃないか!」
「はは!40歳の私から見たら、18歳も7歳もそんなに変わりませんよ!」
「おじさん、おばさんってみんなそう言うよな?」
「イラっときますね????」
レジナルドはさっそく手紙の返信を書く。
マシューの指導もあって、かなりスラスラとトーラティカ語で文章を書けるようになっていた。
こうなると手紙を書くのも楽しみのひとつである。
――――――――――
アリディンバリスの王城。
使用人が部屋の扉を開け、レジナルドの部屋に入る。
乾燥を防ぐ器に水を入れ…副業を始める。
「これこれ!盗ってこいって言われてたの!」
「へえ~こんなボロボロの革の筒を?」
シーツの中に”成仏できぬ水筒”を隠し、ワゴンに乗せて部屋から出た。
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アリディンバリスの使者はトーラティカの使者に手紙を渡し、そのままトーラティカの国境沿いの街に滞在している。
トーラティカの使者が手紙を受け取れば、逆にアリディンバリス側の使者に渡す。
そうやってぐるぐる複数人の使者が交代しながら、王家や王国議会からの手紙、小包みを運んでいた。
「(…やはりアリディンバリスで指輪を売ると、足がつくよな?)」
手紙から指輪を抜き出し、自分のモノにした使者は休暇を取っていた。
指輪が高値で売れるようならこのままバックレて、引退した両親が暮らす隣国へ永遠におさらばしようと考えている。
「(しかし、どこにもツテがない…見知らぬ顔が持ってきた、隣国のジュエリー職人のサインが入った怪しい指輪を高く買い取ってくれる、都合のいい場所はないものか…)」
普通は無いのだが…国境沿いの街はそれなりに発展しており、繁華街には怪しい店もたくさんあった。
使者がブラブラ裏路地を歩いていると、危なげな看板が目に入る。
「”遺品、盗品、盗掘品、ダンジョンの遺物、なんでも買い取ります”…こ、ここだ!!!!こんな都合のいい店があるなんて!!!!」
カランカランとドアベルを鳴らしながら入ると、老婆が手を振っている。
こういう店の主人は大抵老婆らしい。
「ほう…この指輪は?」
「アリディンバリスの第二王子、レジナルドの所有していたリングだ」
「…王宮で作らせた物かい?」
「専門の職人がいて、そいつらが手掛けたんだろう。裏にサインが入っている」
「…50万ゴールドというところかね…」
「なんだと!?そこら辺に売っているリングでも、石がついていれば10万、20万ゴールドはするだろう!?」
「石はね、これは水晶だよ」
「…」
「そこら辺でザクザク採れるね」
「な、中に変わったものが埋まっているんだぞ?!それも加味しろ!!」
「これは50年ぐらい前に流行ったヤツだよ。土魔法を使える職人が石を溶かして、水晶の中にドライフラワーやら薄く削った宝石やらを入れるんだ。ほわほわした綿毛のようなものが埋め込まれているけど、大した作品じゃないね…ただ、本当にアリディンバリスの第二王子、レジナルドの所有物なら、そこに価値がある」
「それでもたったの50万ゴールドか!?」
「今は売り時じゃないよ」
「どういう事だ?」
「まだ人質としてトーラティカにお越しになってから1ヶ月も経ってないだろ。混乱に乗じて盗まれた品に、どれだけの価値があるのか分かんないんだから」
「うん…」
「他に盗まれた装身具があって、それが100万ゴールドで買い取られているなら、この指輪はそれ以上で売れるだろうと見積もることが出来る。なんなら100万ゴールド以上出しても惜しくないよ。でもね、まだ相場が判らないだろ。50万以上は出せないねぇ」
「…そんなシビアな世界なのか!?!?王族のジュエリーというだけでコレクションしたい奴もいるだろう!?」
「居るだろうけど、じゃあ、他の店も回ってみるかい?」
「あ、あまり複数の店を回るのは…盗品だからな」
「そうだろう。ウチは安いが、口は堅いよ?」
「…持っていれば、価値は上がる可能性があるんだろ?」
「盗品をいつまでもポケットに入れておいて大丈夫かい?」
「ぐっ…」
50万ゴールドを握りしめて店を出てきた。
使者は天を仰ぐ。
まだ仕事は辞められなさそうだ。
――――――――――
アリディンバリスの王城。
エイデンが書いたメモを読みながら、ジュエリー職人たちは渋い顔をしている。
「これは、ジュエリーの価値云々(かちうんぬん)ではないように思えます。禁じられた魔法を使って作られているのでは?」
「何っ!?」
「”自分の顔が3倍美人に移る”とありますが、光魔法を応用して、宝石に映る姿を変形させているのでしょう。これは…呪いの一種なのです」
「…どういう事だ!?禁じられている魔法を使わせたとすれば、レジナルドは罪人だぞ!」
「落ち着いてください。工房の図書室にも法規集がございます」
ブレンダンとジュエリー職人は、魔法についての法律本をひっくり返す勢いで読み進めた。
「…ございました!”鏡に相貌を変える魔法をかけ、人心を乱してはならない”とございます」
「鏡だと…!?………なるほどな。宝石は人の顔を反射させる目的で作られるものではない。これは池の水のようにたまたま顔が映っただけだと言い逃れができるだろう」
「たまたま宝石に”3倍増しの良い顔に見える”魔法がかけられただけ、という事ですか?」
「苦しくはあるが、投獄は免れるだろう…いや、投獄を免れるも何も、本人はもう居ないのだがな」
「うーん…しかし、この指輪は危険でしょう。持ち主の心を乱す危険性がございます…いや、待ってください。”大きな音と共に、顔がドクロに変わる”!?」
「くだらないだろ?他人をびっくりさせるためのエサとして顔を美しく映すだけで、それ自体が目的じゃないんだ」
「フフッ、これなら罪に問われる心配はありませんね。レジナルド様らしい遊び心ではありますが…今このリングはどこに?」
「それがな、カラスが咥えて持って行ってしまったんだ」
「えぇ…?」
――――――――――
「今日のお勉強ですが…明日からは聖職者様が来てくださるようなので、魔法の用語を勉強しましょう」
「おお!それは丁度いいな」
レジナルドはモグラを指でマッサージしてやっている。
「もうモグラと会話できるのですか?土魔法の才能があったんですね!」
「そのようだな。こんなことなら、もっと早く教会で適性を調べるんだった」
「モグラの毛並みも一昨日よりツヤツヤしてますよ」
「”あー!そこそこ!もうちょっと強く押して!”と言ってるから離れられないな。マシュー、ここにノートを持ってきてくれ」
「まったく、しょうがないですね…」
エントランスの床に座りながら、モグラの背中を押しつつ単語の暗記に励む。
「氷、雪、水、るむ、む、ぬるま、ぬるま湯…」
「もう一度、”ぬるま湯”だけ発音の練習をしましょう」
「待て!ありえんほど発音しずらいぞ…ぬま湯、る、るむ、ぬむ、ぬるまゆ…」
「安心しました。とうとう発音の壁にぶつかったんですね」
「困難にぶち当たった生徒を見て喜ぶとは、酷い教師だな!?」
「いえいえ、言語の学徒はみな外国語の発音で引っかかるんですよ。私もアリディンバリスの言葉の読み書きだけならひと月でマスターしましたが、発音は未だにネイティブとの差がありますからね。ここからが本番です」
「どうすればいい?」
「練習あるのみですよ!」
「るむ、む、ぬるま、ぬるま湯、ぬま湯、る、るむ、ぬむ、ぬるまゆ…」
「とは言え、時間は限られているので暇なときに練習してください。今は先に進みましょう」
「鬼教師!」
「”攻撃や防御に使える基本の魔法。ファイアボール、ウィンドカッター、ウォータースプラッシュ、グランドウォール…”」
「おお!古典演劇でよく見るコテコテの基本技の単語は一緒なんだな!…じゃあ”光球”って書いて”ライト”って読ませる技もあるよな?」
「あります」
「オタクでよかった~!」
――――――――――
夕方。
郵便配達人がマシュー宛の手紙を持ってきた。
「妻と娘からです」
「おお!元気にしていたのか?」
「…良かったです。エロイーズの卒業が決まったそうで」
「夏に卒業式か。風流じゃないな。アリディンバリスでは”青葉から色付いた紅葉が落ちるように”、知恵を付けた生徒が去っていく卒業式があり、冬には”白い雪のように無垢な”、新入生が入学してくるんだぞ!」
「いやいや、卒業式は同じく秋ですよ!卒業が決まっただけです」
マシューは無言で手紙を見つめている。
「…あー、なんだ、その。卒業式に出席できるよう、暇をやってもいいぞ?」
「えっ?クビですか!?」
「違う!!!!俺が空気を読んだのに何故お前が空気を読んでないんだ!?しばらくの間、家に帰るといい」
「よろしいのですか?ほとんど従者も兼ねていますから、私が居ないとレジナルド様は困るのでは?」
「うむ、困る。しかし、許可する!」
「…従者はともかく、代替えの通訳が必要でしょう?」
「いいや、今こうしてスラスラと喋れているではないか。わからない事は辞書を引いて自分で調べる!心配するな!」
「ありがとうございます」
「というか、卒業式は秋だろう?それまでには喋れるようになっている!ちょっとした困難ぐらいなら自分で対応できるはずだ!」
マシューは笑顔で礼を言った。
「早速キャサリンとエロイーズに返事を書きますよ。まあ、たまたま私が不在の数日間めがけて、ちょっとした困難が起こるわけがないんですけどね!」
「ハハ!そうだなぁ!」
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トーラティカの王城、ダイニングルーム。
国王、国王の夫である王配、そしてフィリップ王子が夕食を取っていた。
夕食では様々な話が出る。
「フィリップ、人質のレジナルド第二王子様についてだけど」
「はい」
「先日教会へ行き、魔法の適性を調べたと知っている?」
「教会へ行くことに許可は出しました。しかし、魔法適性を調べるとは聞いていません…彼には魔法の才能が無く、何の修練も積んでいないと資料にありましたが…?」
「それが…5つの魔法適性があり、回復魔法まで使えるらしくて」
王配がスープを吹きこぼした。
フィリップは信じられないという感じで否定する。
「…何かの間違いでしょう?私も、お母さまも4つの魔法の適性がありますが、それもかなり珍しいことです」
「宰相は気を利かせて、魔法の修得を妨害しろと聖職者に伝えてくれた。まともな教師がつかなければ能力は伸びない」
「いえ、そうではなくて。何かの間違いではないのですか?5つの魔法適性など…」
「まだ使者を演じている?」
「はい」
「なら、直接会って痛い目に合わせてくればいい」
「た、他国の人質にそのような…!?」
「多少なら大丈夫。魔法の練習中にケガをしたとか、いくらでも言い訳が出来る。それよりも、調子に乗らせないことが第一だ。いい?あの人質は、トーラティカの王家よりアリディンバリスの王家の方が優れていると考えている」
「…それは許せませんね」
「魔法は修練を積まねば上達しない。才能がいくらあってもトーラティカ王国の者には敵わないと印象付けるだけでいい」
フィリップはうなずいた。
何も知らないレジナルドは寝る前のルーティーンをしていた。
月明かりの下でチェストから愛するオブジェ取り出し、眺めたり撫でたりして、そっとキスをする。




