人質生活24日目
今日は朝からマシューが町の教会に向けて出発した。
入れ替わるように乗馬インストラクターのセーラが来て、乗馬のレッスンが始まる。
「あら、お庭もレジナルド様も、すっかり夏の装いですね」
「クラバットをレースにしてみた。白くて涼しげだろう?」
発酵焙煎チョコレート号もご機嫌で常歩をしてくれる。
すっかり夏になった丘を、ゆっくりと歩いて回った。
「…なあ、セーラ。お前はいくら積めば動いてくれる?」
「内容によります」
「俺は新聞を読むことを禁止されているんだ。しかしな。禁止されればされるほど、新聞を読みたくなってくる」
「やめておいたほうがよろしいかと」
「…悪口が書いてあるからか?」
「その辺りは、意見の相違というモノでしょう。事実を書かれて悪口と感じるのなら、母国での素行を反省されることをおススメいたします」
反論できない。
「…新聞を読みたいんだ」
「誰が読むことを禁止していらっしゃるのですか?」
「上級使者だ」
「上級使者様の言葉は国の議会、ひいては国王様の言葉です。私ごときが逆らえば牢屋行きは間違いない。ということで、お断りいたします」
「コッソリでもダメか?」
「上級使者様と直接話し合われては?」
「昨日、使者が来たので顔を合わせて話した。しかし譲ってくれなかったんだ」
「なるほど。では、レジナルド様も譲る部分を持てばよいでしょう。例えば、大きなニュース、もしくは小さなニュースだけ切り抜きでほしいと頼むんです。そうすれば応じてくれるかもしれませんよ?」
「!」
その発想はなかったと感心した。
確かに、新聞を丸ごとよこせ!と頼むよりは願いを聞き入れてもらいやすいだろう。
「ふむ、それは良い考えだ。情報に飢えていて、とにかく最新の記事なら何でも読みたいからな」
――――――――――
時間は遡り、早朝。
アリディンバリスの王城、エイデンの部屋。
彼は飛び起きた。
「(そうだ!!!!)」
長い名前だったのですぐには思い出せない。
魔法道具のランプに灯りを付け、日記のページをバラバラめくり、数年前に遡る。
売ればカネになりそうなオブジェ、絵画、貴金属を購入した日には付箋が貼ってあるので、それを手がかりにして…見つけた。
「(エイシェント・レリクス・シリーズの”溺死王のデスマスク”、これの模倣品を作らせたんだ。あれはヤバいぐらい湿気っていて…そうだ、そうだ!思い出したぞ!!”成仏できぬ水筒”はあの湿気を吸い取って、部屋の湿度を丁度いい状態に保っていたんだ…!!!!)」
とすれば。
「(溺死王のデスマスクのレプリカがなくなった、ということか?アイツがどうしても持っていきたいとチェストに詰めさせた工芸品の中に、あの湿気ったマスクは無かった。ということは部屋に置きっぱなしのはずだ)」
しかし、実際には無くなっている。
「(誰かが…あの部屋に侵入して、溺死王のデスマスクを盗んだのか…!)」
肝心なのは、高く売れるかどうか、だ。
「(当然、あれは本当のエイシェント・レリクス・シリーズじゃない。あいつが繰り返し喋っていたので暗記してしまったが、南の山脈を国土に含むルヴモの国宝だ。国営美術館だかに展示されていると言っていたな。つまり誰でも、ちょっと調べれば本物ではない模倣品だと分かるはずだが…まあ、レプリカなんだから売値はたかが知れているだろう。欲しければアイツと同じように工芸作家に作らせればいいだけだし…)」
ヒントを探して手帳をバラバラとめくるが、特に助けになりそうなメモには出会わなかった。
そうこうしているうちに、普通の起床時間になってしまう。
仕方なくエイデンは朝の支度をした。
「(私以外で、アイツに仕えていた従者の中には、骨董品に興味がありそうな者は居なかった…。ダンジョンの遺物マニアから直接頼まれたのか…?レプリカと言えども、再現して作らせるにはカネがかかるからな…)」
――――――――――
モルリヴァールの宿屋から出発した商人は、とある都市に着いた。
大きな建物。
いくつもの座席があるが、誰も座っておらず、壇上だけが照らされいる。
彼女が舞台に上がると、老紳士という体の男性が礼をした。
「お世話になっております」
この都市は大きな湖を囲うように発展してきた。
国境沿いの小さな宿屋と、国の真ん中にある王都から、ちょうど半分の場所だ。
モルリヴァールの王都よりも古い伝統があるこの地には、オークション会場がある。
合法なものから…非合法な品まで、様々な美術品が行き来していた。
「なるほど、話だけは伝わっていましたが、これが進入禁止の円錐オブジェですか…」
買い手は持ち主を知っている。
レジナルドの好事家っぷりは、国境を越えてその噂が広まっていた。
「いくらで買いましたか?」
「500万ゴールド」
「なら………600万ゴールドをお出ししましょう」
「足元を見ていないか?」
「正直、アリディンバリスの第二王子、レジナルド様のコレクションという部分で600万の値が付くのです。若いのに、骨董品やダンジョンから見つかるアイテムを好んで収集する物好きの王子には、貴族や王族の中にもファンがいるぐらいですから。しかし、この彫刻自体には価値はさほどありません。芸術的な驚きも無いですね。著名な彫刻家の作品であることは加算材料ですが…」
「でも競売にかければあっという間に1000万ゴールドぐらいまで行くだろう?」
「差額の400万ゴールドが私にポケットに入るとお思いですか?オークションを開催するのも人を雇うのもカネがかかるんです」
「なら、隣国の薄暗い売人とやり取りして品物を買い付け、ここまで運んできたのにも100万ゴールド以上かかっている。普通じゃ手に入らない美術品だ。王城から盗まれた彫刻が、国境の検問を越えてここまで運ばれてきたのは誰の仕事か…こんな豪勢な建物で暮らし、雨風関係なく危ない橋も渡らずに済んでる支配人にはわからないだろうが」
「…感謝はしていますよ。確かに、今後のビジネスのためにももう少し…お乗せいたしましょう…650万ゴールドなら?」
「ネチネチした交渉は嫌なんだ。上げられる限界の額までスパっと上げてほしい」
「700万」
「交渉成立だ。また珍しい品があれば寄らせてもらう」
「お互いにとって、よい取引が出来ましたね。ではまた」
――――――――――
アリディンバリスの王城。
昨日は夏を迎える祭りで散々夜遅くまで遊んでいたので、使用人達もぐったりしている。
そんな使用人の休憩部屋にエイデンがやってきた。
「侍従長補佐官…!」
みんながシャキッとするのを見て、まあまあ、と手でジェスチャーする。
「今日ぐらいは仕事の手を抜いても怒られないでしょう。しかし、私はレジナルド様の第一使用人でしたので、レジナルド様の部屋の掃除だけは気になるんです。今日は当番制にしてから初回ですし…確か」
2人の女性が前に出た。
「はい!」
「今ワゴンを用意しようと思っていたところなんです…!」
エイデンは使用人2人に、部屋の乾燥の事を伝える。
「呪われた骨董品…!?」
「いやいや、水筒に取り憑いているだけで、人には危害を加えたりしません。ただ、湿度を保つために水を入れておく上品な器を用意したので、私も一緒に参ります」
レジナルドの部屋の扉を開けると、昨日と同じように乾燥していた。
使用人は外気を取り入れようと窓を開ける。
エイデンはさっそく盆のような器をテーブルに置き、水を入れた。
「これでいいでしょう。あとは週に1回の清掃の時に水を継ぎ足してもらえれば、乾燥は防げるはずです」
「…お言葉ですが、エイデンさん」
「?」
「この量の水では1日で無くなってしまうでしょう」
「そうなのですか?このような事をするのは初めてなので、勝手がわからず…」
「他の部屋の清掃のついでに、毎日注ぎに参りますよ」
「ええ。手の空いている者がやればいいんです。それに、定期的に器を洗わないと汚くなりますからね」
エイデンはチラリと、布がかけられている絵画の山を見た。
乾燥は絵画の大敵だ。
いずれこれらも少しずつ売りさばくと考えれば、この部屋の環境を整えておく必要があるだろう。
「…わかりました。お願いいたします」
――――――――――
「午後から教会へ行きましょう」
「グッ…」
どうやら、午前中のうちにマシューが町の教会へ行き、直接話を付けてきてくれたらしい。
「王と王国議会の了承とかは得なくていいのか!?」
「昨日、上級使者様と直接お話ししました。どんな条件で交換される人質でも、教会で祈ることは許されているそうです。罪人でさえ祈りを捧げる事は禁止されておりませんからね。大抵は牢獄内に小さな石像があるものです」
「そ、そうか…まあ、俺にもそれなりの信仰心がある。数か月ぶりに教会で祈るとするか!」
「フフ…」
「おい!!!!魔法適性は調べないからな!!!!」
「セーラ様も仰っていたじゃないですか。大人になってから調べれば、大抵の王族、貴族は何かしらの魔法の適性があるものですよ。それに…」
「それに?」
「火魔法を使うことができれば、寒い日でも茶を好きなタイミングで温め直すことが出来るんですよ?」
「うーん…しょぼいな?」
「風魔法と水魔法を合わせる事ができれば、熱すぎる飲み物はすぐに冷ませます」
「やはりしょぼいな?」
――――――――――
「話があるんだけど」
以前、レジナルドの部屋で盗みを働いた使用人が、別の使用人に話しかける。
「”副業”してみない?」
盗品を売ってそのカネを3等分しよう、という魅力的な話だった。
「…つまり、一緒にやってた子がビビっちゃったと?」
「そう。その子はもう盗まないってさ。でも、一日一回水を注ぐために部屋に入れるチャンスがあるのに、黙ってるわけにはいかない」
「確かに」
「清掃道具を乗せたワゴンに水を入れて持っていくから、他のごちゃごちゃした”何か”が乗ってても、誰も気にしないでしょ?」
「魅力的な話だけど、さっき話してくれた兵士は口が堅い?」
「そいつがツテのある古物商に盗品を売りに行ってるの」
思わず使用人が噴き出した。
「…初回じゃなさそうだね!」
「ま、兵士もなんだかんだ城内で動くことが多いから。金目のモノはポケットへ行っててもおかしくないかも」
「結構みんなやってるんだ。その店で顔見知りとすれ違ったら気まずくない?」
2人はクスクスと笑った。
貴族とはいえ、城で働けば王族への尊敬も薄れてしまうのだろう。
――――――――――
馬車はポータルをくぐって巨大なヒザをゆっくりと降り、町へ着いた。
「小さいが、いい教会だな」
「入りましょう」
御者と使用人のビルを馬車に残し、2人は教会に入った。
聖職者がにこやかに出迎えてくれる。
「お待ちしておりました」
「レジナルド様、こちら教会の聖職者長のルイス様です。ルイス様、こちらアリディンバリスの第二王子、レジナルド様です」
「女神に祈りを捧げたいとお聞きしました。素晴らしい信仰心です。よろしくお願いいたします」
「うむ、よろしく」
レジナルドとマシューは転生させ女神の像の前へ進み、祈りを捧げた。
右肩と左肩に聖獣の豚を乗せた女神像がパァッと光る。
「………よし、帰るか!」
「お待ちください、魔法適性の反応を見ましょう」
「!!」
レジナルドは仕方なく聖職者の指示に従い、手のひらを上に向け、女神像の前に出す。
「………ほら、何の反応も起きないだろう?」
聖職者は驚き、指示を出した。
「いいえ、指先を見てください。風が砂粒を吹き飛ばしてしまっているんです。水が火を消し、光はごくわずかな明るさなので、この日中には感じられないだけに思えます。もっと集中してみてください」
「………!!!!」
5本の指先にはっきりと、火、水、土、風が現れ、光の玉も出来た。
「…これは5つの魔法適性があるという事です!さすが王族!」
マシューは拍手した。
「凄いじゃないですかレジナルド様!これは…飲み物を冷やすも、温めるも、光らせるも、砂や土や石や砂鉄を入れるも自由ですよ!」
「そんな茶は飲みたくないが…」
――――――――――
屋敷に帰る途中の馬車。
レジナルドは茫然としていた。
「(魔法の才能は無いと思っていたのに…)」
兄が連れて行ってくれた教会で魔法の適性を調べた事を思い出す。
うまく集中できなくて、何の適性も現れなかった。
幼いレジナルドは泣いてしまったが、兄は優しい言葉をかけてくれた。
「(”残念だけど、何の魔法も使えない人間もいるんだ。でも、王族は3種類、4種類の魔法が使える事が当たり前だからな。私はお前に恥をかかせたくないし、必要のない苦労をしてほしくない。今後、魔法からは距離を置き、魔法の修練も絶対にやりたくないと断り続けろ。苦手なことを練習しても、伸びしろはたかが知れている。お前はお前の長所を伸ばすことに注力しろ…”)」
「レジナルド様?」
ハッとして顔をマシューに向ける。
「子供の頃に教会へ行ったとおっしゃっておりましたが、10歳とか12歳頃のお話しですか?」
「いや、5歳ごろかな」
「は????」
「お兄さまについて教会に行ったんだ。お兄さまは2つ上だから7歳だな。俺は何の反応も出なかったが、その時のお兄さまは火魔法の適性が出て、家族は大喜びだった…」
使用人のビルが眉間にしわを寄せる。
「お言葉ですがレジナルド様。5歳と言うのは幼すぎるように感じます。その後は適正を調べられなかったんですか?」
「ああ。お兄さまが俺をかばってくれてな。おかげで魔法適性の確認からは逃げ続けてきたが…まあ…今となっては…なんか気まずいな…?」
マシューと使用人は慌てて否定した。
「や、優しさが裏目に出てしまう事だってありますからね?第一王子様もレジナルド様を思っての行動だったのでしょうし…!」
「そうですよ!幼い弟を傷つけたくないというお考えだったのでしょう」
レジナルドもうんうんと頷いた。
――――――――――
カントリーハウスの敷地内へ入り、馬車が止まる。
レジナルドとマシューが下りると、執事が芝生の上で何かをやっていた。
「おい!?どうしたんだ?」
「ああ、おかえりなさいませ!」
その手にはモグラが乗っていた。
「一昨日お前がスイカをブチ当てたモグラじゃないか!元気になって地面に潜ったんじゃなかったのか?」
「そうなんですが、今日また地上に顔を出して、カラスにさらわれてしまったのです」
「えぇ…ドジっ子だな…?」
「私は風魔法が使えるので、カラスと交渉してなんとかモグラを返却してもらいました」
マシューが覗き込む。
「食物連鎖に手を出すものではありませんよ」
「そうなんですが…やはり自分のせいで怪我をさせてしまったこともあり、こう、助けなければいけない気がして…」
レジナルドはモグラをつついた。
「堅苦しいことを言うなマシュー!また元気になるまで様子を見るだけだ。キッチンへ行って食用虫を持ってきてくれ!」
細切れになっているオベリスク・センチピードのみじん切りを執事が持ってきてくれた。
モグラに与えるとモグモグ食べている。
小さな木箱にモグラを入れ、屋敷のエントランスへ運んだ。
「土魔法が使えるヤツはいないのか?」
「庭師がおります」
――――――――――
庭師を連れて来てモグラと会話させた。
「ふむふむ、なるほど」
「なんて言ってる?」
「どうも、この屋敷の芝生や花壇の真下は縄張り争いが激しいようですね」
「そうか…可哀想に」
「自然の世界は弱肉強食ですから。安易に手を出されるのは逆に残酷ですよ。このモグラが自分のトンネルをパトロールしなければ、周りのモグラにすぐ巣を乗っ取られてしまいます」
「えっ、じゃあ早めに返したほうがいいのか?」
「………」
「どうした?」
モグラの付き添いはマシューに任せて、庭師とレジナルドは離れた場所で話す。
「残念ながら…あのモグラは長くありません」
「そんな!確かに体がずんぐりむっくり過ぎるが…」
「短いという意味じゃなくて、もう死んでしまいそうだという意味です!そもそも、間違って地上に出てきてしまっている時点でかなり老いていますね」
「おじいちゃんモグラなのか?」
「おばあちゃんモグラの可能性もあります」
「大切な部分だろ!!!!なぜ初めに性自認を確認しない!!!!」
「すいません…でもモグラをHeとかSheで呼ぶの変じゃありませんか?モグラの身体性別と性自認なんてどうでもいいですよ…」
「それもそうだな。なぜ俺はモグラの性別を気にしていたんだ?」
「時代です」
マシューが2人に呼びかける。
「会話が全部聞こえてますよ!離れていても小声で話さないと無意味です!!次からはキッチンで話してください!」
――――――――――
「…というわけで、俺が飼ってやろうと思う!」
「生き物を飼育された経験がおありで?」
「ない!助けろ!」
「はいはい…」
モグラはエントランスで使用人達に囲まれて、指でつつかれている。
満更でもないように手を上げてクネクネと変なダンスを踊っていた。
マシューは使用人のビルに、町へ行って一番大きな水槽を買ってくるように伝える。
「別に水槽でなくてもいいでしょう?」
「生き物を飼うのは水槽と決まっているんですよ」
「別に決まっていませんよ。これだから中年は…いいですか?ガラスで出来た水槽は重くて、清掃が大変で、壊れやすくて、あまりいい飼育箱とは言えません!水生動物だってモノによってはタライとかの方が飼いやすいぐらいです」
「じゃ、じゃあ何故生き物を飼うのは水槽というイメージがあるんですか?」
「小動物販売店ではディスプレイを兼ねて水槽で飼っているんですが、マシューさんみたいに何も考えていない貴族がそのまま水槽を買ってきて飼育するからですよ!」
マシューは泣きながら自分の部屋に逃げて行った。




