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人質生活23日目

「おはようレジナルド様!仕立て屋を連れてきたよ!」


見慣れた顔の使者が挨拶した。

彼の正体はトーラティカの王子、フィリップで、それを知らないのはレジナルドだけだ。

使者は中年の男性を紹介した。

「初めましてレジナルド様。わたくしは王都にある紳士服店で仕立て職人をしております」


フィリップが夜会服を作らせている店の職人だ。

「ようこそ!俺は服が好きでな。上級使者様に紹介していただけるという事は一流の職人なのだろう。出会えて嬉しいぞ」


屋敷の中へ入り、仕立て職人はカタログを広げる。

持ってきたレザートランクの中には見本のコートが入っていた。

揃いのウエストコートとトラウザーをテーブルに広げると壮観だ。

「ほおおお~~~~!ロマンがあるなぁ…」

レジナルドはテンションが上がったらしく、美しい布で作られたコートを直に触る。

「あ~~~~いいなぁ…この手に持った触感…重さがいいんだ、この重さだ!」

「でしょう?」

「でしょう?」

うっかり使者も仕立て屋と同じ反応をしてしまう。

無駄遣いをさせたいという邪悪なたくらみがあるからだ。

レジナルドは仕立て職人に質問する。

「抜け落ちウールか?」

「流石ですね、よくお判りに!ウールに充分な栄養が行く前にバリカンで刈ってしまう羊牧場が多いのですが、この生地はたっぷり栄養が回って根元からポトリと抜け落ちた、完熟の抜け落ちウール100パーセントを使用しております」

「着色は?」

「ラメ草の枯れたものから黄土色を」

「魔法道具のシャンデリアの下でどう見える?肉眼で玉響現象たまゆらげんしょうを引き起こせるエンチャントを付けられる光魔法使いはいるか?」

「他の店に実装を頼むことになりますが、ツテはあります」


話に入っていけないフィリップはニコニコと微笑みながら2人の会話を聞く。

レジナルドがふと尋ねた。

「上級使者様も、この仕立て屋に服を作らせているんだろう?今まで頼んだ中で一番良い服はどんなものだ?」


使者…もといフィリップ王子は自分の身分がバレないよう、仕立て職人と口裏を合わせてある。

「普通のシャツと、夜会服ひと揃いぐらいしか頼んだことはないんだ。でも、品質の良さは保証するよ」

「上級使者様は夜会に呼ばれていないのか?」


まさか舞踏会で一人二役をするわけにはいかない。

夜会には王子として出席するため、ニセモノの使者はお休みだ。

「僕は呼ばれなかった。代わりに当日は通訳を連れていってあげてよ!彼が同伴なら何の心配もないしね」

「…王家や宰相と俺を繋ぐ重要な役目を任されているのに招待されてないのか?それなりの地位の貴族だろうに」

「え?あ?いや…」

「まあいい。それがトーラティカのやり方なんだろう。ああ、別に上級使者様がぞんざいな扱いを受けているなぁ~とは思っていないからな?」

「そ、そこまで爵位が高いわけじゃないからね…使者の立ち位置がアリディンバリスとは違うんじゃないかな?それにマシューさんも貴族だし、困る事はないよ!」

「話しは変わるが。この邸宅に来てから………未だ新聞を読ませてもらえてない。上級使者様の許可が必要だと聞いたんだ」

「だってさ、レジナルド様はトーラティカ語が読めないでしょ?」

「今はな?でも、そのうち読めるようになる。俺に関することが書かれていないか気になってな?確認する権利ぐらいはあるだろう」

「逆にさぁ、書かれていない訳がないと思わない?」

「だよな」


仕立て職人は静かに服の見本を片付ける。

「どうせ俺が愚かで、王子としての務めを何ひとつ果たしてこなかった、嫌われ者の第二王子だと書かれているんだろう。ゆえに人質として送られたともな。なんて国家だ!無礼な報道の内容ひとつ変えさせられないとは!礼儀を払って貰えないとアリディンバリスの国王に伝えるぞ!」

「落ち着いてよ。レジナルド様を怒らせたくなかったんだ。わかってほしいな?これは気遣いだよ!?」

「…チッ!」

「ひとつづつ説明するね?ウチはアリディンバリスと違って、市民の活動が自由なんだ。発言や表現、報道に自由が保障されている。だから、おたくらの国とは違って新聞を発行前に検閲してどうのこうのしてない。もちろん嘘とかなら話は別だけど」

「…アリディンバリスだって検閲は形骸化していて、侮辱罪といっても後から罰金を取るだけだが?いや、内容を訂正させたものを発行させることもあるが、月に1回あるかないかだぞ…うーん、待てよ、結構な頻度なのか、もしかして?」

「それにね、もう配慮はしてあるよ!国中の新聞社に、この屋敷には絶対に近づかないようにと伝令が行っているんだ。ああ、レジナルド様から静かな毎日を過ごせる事への礼をまだ聞いていないんだけど、臨時とはいえ進入禁止命令に際して新しい法律を制定したり、部外者がここ、巨大なヒザ上部の屋敷に近づけないように、かなり大がかりな魔法を使っていたりするんだ~~~でも、この程度の配慮は隣国の第二王子様にとってはあまりにも軽微なものらしいからお礼が無くても仕方ないよね~?屋敷を記者に囲まれてないことに感謝してもらいたいんだけど!!!!社交辞令でも国王様や先王様に感謝の意ぐらい示してよね!!!!」


レジナルドの気は別の所へ行っていた。

「…この屋敷が立っている小高い丘は”巨大なヒザ”という地名なのか?」

「そうだよ」

「センスがいいな」

「どうも」


レジナルドは地名に関心しながら会話を続ける。

「ここに取材に来なくても結果は同じだ。舞踏会には貴族が大勢呼ばれていて、夜会が終わればそいつらの屋敷に記者が行く。どうせ俺との会話や、俺のやる事なす事を面白おかしく書き散らすだろう…まあ、確かにそれなら新聞なんて読む必要が無いな?」

「そうそう、悪口が書かれている新聞なんて読む必要が無いよね~?いたずらに心をかき乱すだけだと思ってさ。ただでさえ知らない国で知らない人々と一緒に過ごしているわけだし、不快な気持ちになってもらいたくないのさ」

「まあ、もうそこまで知らない国の知らない人々というわけでもないぞ。23日も居ればそれなりに愛着が湧いてくるというものだ」


使用人は綺麗に片付けられたテーブルに茶と焼き菓子を用意した。

レジナルドは立ち上がる。

「熱くてすぐには口を付けられない。しかし冷めた茶は旨くないからな。さっさと採寸しろ」

「失礼いたします」


仕立て職人はテープメジャーとメモ紙、ペンを出し、流れるようなスピードで採寸を始めた。

首回り、肩幅、チェスト、チェスト回り、着丈、アーム幅、袖丈、手首回り、ウエスト回り、ミドルヒップ回り、ヒップ回り、股上丈、股下丈、足首回り…。

「身長と体重を」

「180cm、180kg」

「恰幅のいいほうではありますが、引き締まっていますからそこまで大げさなシルエットにはならないでしょう。体のラインに沿った服が好みですか?」

「ああ、一番大切なことを言い忘れていた。夜会服は作らなくていい」

「!!」

「!?」

「夜会は美果の月の31日だったよな。今から職人を10人使って、右と左で仕事を分けながら夜も働いたとしてもだ。そこそこの品しかできないだろう?俺は急がせて作らせた服が一番嫌いなんだ」


フィリップは慌てた。

「そんな!だって、夜会服を作る予算の申請をしてくれたじゃないか!」

「お前は王都で暮らしていないのか?そんなカツカツのスケジュールを強要するとは、権力はあっても店の看板と職人への愛情は足りてないぞ」

「えっ…」

「王都にある仕立て屋なら、夜会の1ヶ月前はなじみの客の直しやら補修やら刺繍の追加やら裏地の交換やら、とにかく、作った服に関わる急ぎの仕事がいつでも受けられるように空けておくべきだ。お前の店は何代も続く歴史ある店か?」

急に話を振られた仕立て屋は慌てて頷く。

「は、はい…」

「なら王城の臣下も利用しているだろう?いざという時のために取っておいてる職人に、急ぎで作らせるほど”困って”いない。ただ、舞踏会のシーズンが終わった頃にあらためて仕事を頼みたいだけだ」


仕立て屋は気まずい思いをした。

もちろんそんな事は理解しているのが、フィリップが王子だと知っているので正直、他の仕事を放り出してでも王族との縁を繋ぎたかったのだ。

ここで無理を受け入れて恩を売っておけば、後々倍になって利益が帰って来るだろうという皮算用もあった。

また、紹介してくれた貴族の顔を立たせる目的もあったので、一粒で3回味が楽しめるキャンディのような仕事だと飛びついたわけだが…。

「…」

一方のフィリップも気まずい思いだった。

「よ、よく考えればそうだよね。夜会の1か月前なんて、得意客だけで仕事が一杯になっちゃうかな…それって常識?」

「まあ、宮廷仕立て職人にいつでも好きな時に服を作らせているような王族ならまだしも、お前が知らないのは不思議だな?」

「…レ、レジナルド様への特別サービスのつもりだったんだ!」

「それはありがたいが。まさか俺を、この国の貴族の列に割り込んで夜会服を作らせ、その夜会服を来て舞踏会で当の貴族たちと挨拶をするような恥知らずな人間にさせようと落とし穴を掘ったわけでもあるまいしな?感謝する」

「どうも…」

「そういうわけで、また今度。ああ、肝心の夜会服は心配無用だ。アリディンバリスから持ってきたモノを直させる。人質らしく質素で良いだろ?」

「…そ、そうだね」


――――――――――


帰りの馬車の中、フィリップの心には怒りの炎が渦巻いていた。

「(予算利用申請書と話が違うじゃないか!!何が”夜会に呼ばれたので服を上下一組作りたい”だ!あの執事め、ロクに報告もできないのか!?)」


報告は正しい。

実際に作らせるつもりで町の仕立て屋を呼んだのだが、レジナルドの中にある基準をクリアできなかったので、勝手にサイズの直しに変更させられただけだ。

執事は何も悪くない。


フィリップが怒っている一方で、仕立て屋はレジナルドに感心していた。

成人したばかりと聞いていたが、18歳という歳の割には落ち着いており、素材や製法にも詳しく、無理にかして仕事をさせようともしなかった。

それどころか、金も時間もたっぷり使って最高の一着を持って来いというタイプの客だ。

「…」


2人は沈黙のまま王都へ戻る。


――――――――――


こちらはアリディンバリスの王城。

使者が手紙を持ってきたので、予定通りレジナルドの部屋で開封することにした…のだが。

「!?」

部屋に入った誰もが異常な乾燥を感じた。

季節は夏で、湿度が高いシーズンなのでなおさら他の部屋との違いに気付く。

手紙と、間者からの報告を持ってきた使者は動揺した。

「これは、どうしたことでしょう!?空気が乾燥しておりますね…」


第一王子も驚きを隠せず、キョロキョロしてしまう。

「なんだ!?どこかで火を使っているのか!?」


エイデンは落ち着いていた。

「レジナルド様が持っていらっしゃる骨董品の中に、”成仏できぬ水筒”というものがあるのです。砂漠で死んだ者達の魂がとりついている水筒で、近くにある水分という水分を吸いつくしてしまい、部屋がとんでもなく乾燥してしまうんですよ…あった、ここの棚です」


動物の革で出来た筒状のアイテムだ。

「水筒だって?底が無いじゃないか?」

「ええ。呪われているので”底なし”なんです。ノドの渇きで死んでいった満たされぬ魂が取りついているので、どれだけ水があってもその水筒に入ると消えてしまうんです」

「…趣味が悪いな」

第一王子の口から、思わず弟への本音が出た。

使者が疑問を抱く。

「しかし、今までもお部屋はこのように乾燥していたのですか?ノドがイガイガして大変だったのでは?」

エイデンは答える。

「いえ、ここまで部屋が乾くことなんてなかったのですが…」

第一王子はニヤリと笑った。

「なぜその呪われた骨董品が今になって部屋の水分を奪いつくしたのか、私にはわかるぞ」

「おおっ!」

「理由があるのですか?」

「レジナルドは太っていただろう?太っている者の息は湿っぽいじゃないか。だからレジナルドがこの部屋で寝起きしていた頃は、部屋の湿度がちょうどよく保たれていたんだ。しかしあるじを失った今、湿り気が足りなくて部屋全体が極度に乾燥してしまった、というわけだ!」


チラッ…。

「…」

「…」

「私の推理はどうかな?」

「さ、さすがです!物理的にも破綻を感じられない推論で、合っている可能性があるでしょう!」

「そうだろう?」

「え、ええ、確かに人間がそこにいるだけで、呼気こきに含まれる水分が部屋の湿度を上げるそうですから、3人分の体重があれば3人分の湿度を生み出せるのでしょう…ね…?」

「わはは!ありがとう!」


ガバ推理に磨きがかかってきた。


――――――――――


「それでは、封筒を開封します」


封蝋を砕き、中の手紙を取り出す。

使者が翻訳して内容を話してくれた。

「(…!!!!)」

エイデンの細胞全てに電流が流れる。

彼が盗んだ”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”を送ってくれと書かれていたのだ。

第一王子はふ~ん、という感じで対応した。

「”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”か。どんな物かは知らんが送ってやるといい。それにしても、人質の身だというのにアクセサリーを求めてくるとは。まったく、こらえ性の無いヤツだ。これでは向こうの王家に呆れられてしまうだろう!」

「…と、とにかく手紙に同封して内密に送りましょう」


第一王子は、自分で”盗まれたのではなく、レジナルドが自らがトーラティカへ持っていったのでは?”とガバ推理をかましたリングだと知らない。

エイデンは気付く。

「(ここで私が盗んだリングを送り返せば、本物がレジナルドの元へ届く。第一王子様の推理通りだと他人には見えるし、いい事づくめなのでは…?)」

「じゃあ、さっそく返信を書こう」

「お待ちくださいブレンダン様。もちろん指輪はレジナルド様にお送りいたしますが、建前というものがございます。トーラティカの先王が体ひとつでアリディンバリスに来て、未だに祖国に何も要求していない事を鑑みるに…我々も上っ面だけは”装身具を送ることはできない”と書くべきでしょう。しかし、宝石は同封します。賢いレジナルド様なら、それで”送ることは送るがこれっきりだ”というメッセージを察してくださるでしょう」

「それはその通りだな。ただ問題がひとつある。レジナルドが遠回しな伝え方を理解する頭があるか怪しい。ダメ押し追記で匂わせなければ」


酷い言い草である。

「では早速…」


エイデンは使者の手を借り、アリディンバリス語で返信をしたためた。

第一王子からの追伸も書き入れる。

「それでは、リングを取ってまいります」


エイデンはダッシュで自分の部屋に走り、ハンカチに包んだリングを手に戻ってきた。

「おお、早かったな!レジナルドの宝石箱はイザベラの部屋にあるはずだが?」

「えっ!?あ、ああっ、そうです!ササっと許可を得てまいりました!」

第一王子はコットンキャンディ花が埋め込まれていないリングが盗難騒動にあったリングだと知らないので、当然、下の妹の宝石箱から持ってきたものだと考えた。

エイデンは素知らぬふりで蝋を火で炙り、封筒に垂らす。

王家のシンボルが刻まれたシーリングスタンプを押せば、封蝋で固められた手紙の完成だ。


使者は手紙を持ち、一礼をして部屋を出た。

エイデンは第一王子に清掃の事を話す。

「そういえば明日、この部屋を掃除させようと思っています。ブレンダン様にご心配いただいたように、主人が不在だからといって埃を積もらせておくようでは管理不足ですしね。人手の都合もあり、週に一度になりますがよろしいでしょうか?」

「ああ。ついでに水を入れた盆か何かを用意させるといい。部屋の乾燥もある程度和らぐだろう」

「流石でございます!貴重ななアドバイスを…!」

「フフッ!いやいや、まあな。それほどでもないが、やはりこの部屋で手紙のやり取りをするのは私たちなのだから、ある程度、執務に不都合のない環境に整えてもらわなければ…ゴホゴホ!」

「確かに…乾燥し過ぎてノドが乾いてきました。早く部屋から出ましょう」


エイデンは何かを思い出せそうで、思い出せないでいた。

「(なぜ”成仏できぬ水筒”があっても、以前は部屋が乾燥してなかったんだ…?)」


――――――――――


使者はこの日が来たと浮かれていた。

「ただこき使われるだけの人生だったが、やっと美味しい思いをすることが出来る!」


封蝋を叩き割り、中からハンカチに包まれたリングを取り出す。

本物の”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”は光に反射してキラキラと輝き、綺麗だ。

使者には使者のための執務室があり、そこにはアリディンバリスの王族が使う封筒と手紙が隠してあった。

…隙を見て盗んだものだ。

使者は王城をウロウロするのが仕事のようなものなので、彼を怪しむ者はいなかった。

デスクの引き出しには、シーリングスタンプの模倣品もある。

町の工房に金を積んでコピー品を作らせたのだ。

やり方は簡単で、スタンプが封蝋に跡をつけるように、封蝋そのものがスタンプの”かた”になる。

もちろん封蝋に直接熱した金属を流し込むわけではない。

砂で型を取れば元の封蝋に傷もつかず、形をそのままコピーして”かたかた”を作れる。

そこからの削ったり埋めたりの微調整は職人の手腕にかかっているが、割られていない封蝋があれば、それを元にして模倣品を作れるというわけだ。

「第二王子様と言えば派手好きの浪費家だ。その王子様がわざわざ送って来いと言うからには、この指輪は数100万、数1000万…いや、上手いこと売り捌けば、1億ゴールドぐらいの価値があるのかもしれない!!!!」


指輪を抜き取った後、手紙をあたらしい封筒に入れ、蝋を垂らした。

偽物のシーリングスタンプを押せば、こういう内容の手紙だけが残される。

「”レジナルド第二王子様へ。トーラティカからの人質がジュエリーを1つも持ってこなかった以上、アリディンバリスからの人質も同じ条件で過ごしてもらわなければならない。指輪を送ることはできないとの判断だ。受け入れてほしい。


追伸 できないこと、無いものではなく、そこにあるモノを数えて、増やしていってほしい。これは私たちがお前にしてやれる精一杯のことで、これ以上に求めてこないでほしい。お父さまも妹たちもみな元気だ。いつもお前の体調を気にしている。健康でいてくれ。返信を待っている。お前の兄 ブレンダンより”」


そして、実際に指輪は送られない。

自然な手紙だ。


――――――――――


「おめでとう、夏!」


クラッカーが鳴らされた。

「夏、おめでとうございます!」

「おめでとうございます、夏!」


いつもは3階のダイニングルームで食事をしているレジナルドも、今日は使用人用の大きなダイニングルームで一緒に食事をする。

色とりどりのゼリーに、正気ストーンで幻覚成分を中和させた幻覚見キノコの水煮が並ぶ。

「カラフルで見た目が楽しいですね!」

赤、オレンジ、黄色、ライトグリーン、緑、青、ネイビー、パープル…。

使用人の女性が不安がる。

「私、幻覚見キノコが生えていない地域で生まれ育ったので、幻覚見キノコを食べるのは初めてなんです。食べても大丈夫なんですか?」

顔色がレインボーのシェフとコックが答えた。

「我々が責任を持って調理いたしました。きちんと幻覚成分を中和させたので、普通の水煮のキノコですよ。味見をしましたが、かなり淡白な味わいなので、お好きなソースでお召し上がりください」

「うーん…えっと、顔色悪くないですか?」


レジナルドはカサを残して軸だけ食べていた。

「へえ!トーラティカではカサも残さず食うのか。顔色がレインボーになるぞ?」

何かゴリゴリと音がするので顔をそちらへ向けると、執事がすり鉢で正気ストーンをパウダーにしていた。

レジナルドは思わず生唾を飲む。

コックが言った。

「ハインリヒさん、もう中和させるキノコは無いですから、正気ストーンを粉状にしなくてもいいですよ?」

執事はすり鉢を抱えたまま部屋から出る。

「私はアッパー系よりダウナー系が好きなので、正気ストーンのほうをいただきます」

「そのまま食べても美味しくないですよ?」

「経口摂取しませんからご安心を」


レジナルドは冷や汗をかいた。


――――――――――


たのしいたのしい気分になった使用人達は庭へ出た。

夏の夜風が風車の羽を軽快に回す。

みんな”あー!”と叫んでスイカを投げ合っている。

「あー!」

「あぁー!」


マシューとレジナルドは一緒に玄関の石段に座る。

「見よう見真似というか、有りもので、なんとかそれっぽくしてみました…どうですか?」


レジナルドはうつむいて泣いた。

「うむ…これは夏を迎えるお祝いだ…ありがとう」

「泣かないでください。ハンカチをどうぞ」

「泣いてなんかない…」


ハンカチを受け取ろうと顔を上げると、マシューの顔がライトグリーンとピンクだったので笑ってしまった。

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