人質生活22日目
「”夏を迎える祝いの飾り”ですか?」
執事はキョトンとしている。
使用人達も?という顔だ。
マシューは説明する。
「国によって祭りや祝日などは違います。トーラティカでは秋の収穫祭を祝うように、アリディンバリスでは夏の到来を祝うんです。と言っても屋内や屋外をちょっと飾り付けたり、庭に風車を刺したりするだけなのですが、それがアリディンバリスの文化なのでレジナルド様のために模様替えをして差し上げましょう」
アリディンバリスの文化をまとめた本を使用人たちに見せる。
みんな、”ほー”だとか”なるほど”と言い合いながら、本を手に手に立ち去った。
「…飾り付けが終わったら本は返してくださいね~~!!!」
使用人が青や白や緑の布を引っ張り出してきて、壁や窓の内側に飾る。
シェフはゼリーの調理に取り掛かった。
部下のコックに幻覚見キノコと正気ストーンを買ってくるように頼む。
執事も買い出しに付き合うと申し出て、コックと共に馬車で町へ向かった。
――――――――――
アリディンバリスの王城。
夏を迎える祝いの準備は簡単なものなので、すでに済んでいる。
侍女は下の妹、イザベラに報告した。
「大叔父さま、大叔母さま、叔父さま、叔母さま、いとこさまたちの使用人にもコットンキャンディ花が埋め込まれたリングの話をしてみましたが、今のところ反応した者はおりません」
「まあ、まだ噂を流して1日目だものね…」
中年の第一侍女は苦言を呈する。
「お言葉ですが、犯人が見つかれば大騒ぎになりますよ。血を流さないためにも、窃盗があったことはお心に秘めておかれた方がよろしいのでは?距離を置いているとはいえ、もし国王様のごきょうだいや、いとこさまの使用人が、第二王子様の貴重品を盗んだとなれば………」
「あのねぇ、私は正義感からやってるんじゃないの」
「えっ!?」
「”犯人捜しほど楽しい事はない”でしょ?しかも、犯人が血族ならそっちの方がワクワクするんだけど!だって、ただ目先のカネ欲しさに使用人が宝石を盗んでたとしたら、ありきたりでつまらないと思わない?」
「まさか…そのようなお考えは間違っております」
「叔父さまや叔母さまやバカないとこたちが、使用人に命令してたらいいのに…ま、流石にそこまで愚かではないだろうけど。でも、可能性はゼロじゃない。だから絶対に犯人を捜し出して断罪したいの!」
侍女達は何とも言えない表情で互いの顔を見た。
イザベラはそんなこと気にもかけないように、長椅子に横になり、美しいピンク色のリングを眺める。
指輪は、見れば見るほど不思議に輝き、吸い込まれるような印象を与えた。
「今日は離宮も含めて、ウロウロ散歩してみましょ。使用人もいろんな仕事をしてるんだもの。私たちから出歩いていかないとね?」
1000人前後が出入りする王城は小さな町と言えるだろう。
様々な職人が働いており、仕事っぷりの視察という理由をつけ、下の妹と侍女たちは断りも入れず、城にある様々な場所を訪問していた。
家具工房、仕立て職人の工房、鍛冶場、そしてそのすぐ隣のジュエリー工房。
「これは…イザベラ様!」
彼女に気付いた職人たちが手を止め、立ち上がろうとする。
「あいさつは結構!続けるように!!」
そう言い、ゆっくりと歩き回った。
工房の炉は火で赤く燃えている。
「何を作っていたの?」
「銀のプレートです」
「へぇ…」
「型に溶けた銀を流し込む工程は危険ですので、第二王女様に危険が及ばぬよう…」
「ハイハイ!邪魔なんでしょう?」
イザベラは別の部門を見て回った。
冷えて固まったプレートに文字を彫っている職人に近づく。
職人は拡大鏡から顔を離して、挨拶しようと口をモゴモゴ動かした。
「気にせず、そのまま続けなさい!」
そう指さした彼女の左手には…例のコットンキャンディ花が埋め込まれたリングが輝いている。
「!?」
「どうしたの、続けて?もちろん、いとこたちのアクセサリーを作っているからといって、私に遠慮することなんてないんだけど…やっぱり親等の遠い居候どもが国家予算で贅沢している事に一言いいたかったとか?あなたは出世するでしょうね!褒めてあげます。でも血統の維持に必要な人間だし、ヘタに郊外に追いやって他国みたいに下剋上を起こされても困るし、結局王城で監視しながら生活させるのが一番…」
「そのリング」
「あっ、何?これ?素晴らしい品でしょう?」
「この工房で作ったものですが…第二王子様の所有物だったはずです。所有権が第二王女様に移ったのでしょうか?」
「!?」
なるほど、下のお兄さまのアクセサリーだったんだ、と彼女は考えた。
レジナルドの宝石箱から誰かがこの宝石を盗み、贋作を作らせようとしたが、正義の心をもつ宝石店の店主はそれが盗難品である事に気づいた。
盗人は何故か贋作づくりを途中であきらめ、店主の手によってその贋作は第二王女の手に渡る。
そして今、泥棒の犯人を捜している状態なのだが…。
「(職人という人種はみなバカ正直だから、盗難の事を素直に話せば、いくら口止めしてもお父さまの所まで秘密が駆け上がっちゃうだろうな…)」
「第二王女様?」
「そ、そう!私が一時的に預かっているの。で、この工房で作らせたモノなの?」
「ええ!懐かしいです、もっと近くで見せてください!」
職人たちがわらわらと寄ってきた。
ここで見せるのを渋れば怪しまれてしまうと思い、仕方なく指輪を外して職人に渡す。
「…久しぶりに見ますね」
「…そう…だな…」
「………?」
「????」
様子がおかしい。
女性の職人が、ハンカチに大切そうに乗せられたリングを第二王女に返した。
「イザベラ様、これは我々が作ったリングではありません」
「さすが!裏にサインが入っていないもんね?」
「それもありますが決定的な部分が違います。このリングは中にコットンキャンディ花が埋め込まれていますが、我々が作ったリングはコットンキャンディ花が埋め込まれていないリングなんです」
「んっ????」
――――――――――
第二王女は自分の部屋にジュエリー職人を呼び、話を聞いた。
「つまり、特別な製法で作った、”コットンキャンディ花を模した素材”が中に封じ込められている、というわけ?なぜそんな事を?そのままコットンキャンディ花を埋め込めばよかったでしょう?」
「例えば、造花などは枯れない事もメリットですが、実際の花の美しい部分だけを再現したり、生花よりも鮮やかな色、形など、美しさを求めて製作されることがあります。その場合は実物の花をモデルに、芸術性を高めたアート作品と言えるわけです。このコットンキャンディ花を模した素材も、そのコンセプトで作られました」
「なるほど?実際のコットンキャンディ花よりも美しいモノを埋め込んだってワケ?で、それは何?」
「…言えません」
「は?」
「第二王子様は自身の従者でさえ工房の外に出したのです。素材と工法は極秘にしろとのお約束で…」
「ずいぶんと固いお口だこと!私はあなた達を牢屋に入れる権力があるんだけど?」
「我々が牢屋に入れられれば、国王様に報告がなされる事でしょう」
「…っ!!!!なぜ話さないの!?職人ってみんな頑固なんだから!…今までたくさん仕事を頼んできたというのに、あんまりじゃない?」
「口外しないと約束したなら、死神が相手でも口外しません」
「どうせ設計図みたいなものも残って無いんでしょう?」
「ハナから作っておりません」
イザベラはティーカップから茶を飲んだ。
「本物は、一目でわかるほど違うの?」
「はい。そこが面白い所で、コットンキャンディ花を模した素材は植物繊維ではないのです。元々結晶化している材料を細く加工しましたので、光が当たった時に、より細かくきらめくのです」
「へえ!」
「髪より細い繊維の一本が、ロウソクのようなわずかな光にも、小さな反射をチラチラと返すので目に入って来る情報量が多く、大変美しいリングでした」
「…」
彼女は自分のリングに目を落とした。
そう言われると本物が欲しくなる。
――――――――――
「ちょっと雨が降っただけなのに、乗馬が中止なんてつまらないぞ!」
レジナルドは不貞腐れていた。
雨が降ったら乗馬は中止、と取り決めてあるのだが、今日は深夜から早朝にかけて雨が降った。
肝心の午前中にはピカピカの晴れになっており、いい天気なのに乗馬できないのは悔しい。
マシューはそんなレジナルドを慰める。
「仕方がありませんよ、諦めてください。無くなった予定に文句を言ったら元通りになるわけでありませんし。ところで、私を含めてトーラティカの市民は”夏を迎える祝い”をよく知りません。使用人たちに指示を出して回っていただけませんか?」
「まあ、そうだな…」
レジナルドは気持ちを切り替え、屋敷の1階を練り歩く。
庭師が使用人用ダイニングルームの床に新聞を敷き、その上で針金工作をしていた。
「入るぞ!」
「これはこれはレジナルド様!」
「へえ、風車を作っているのか…んっ?」
レジナルドの眼は床に敷かれている新聞紙に釘付けになった。
「(そういえば、この国に来てから新聞をまだ一度も読んでいないな…毎朝、配達人が小包を執事に渡しているが、きっとあれは新聞なのだろう。わざわざ俺に見せないために紙に新聞をくるんで、手紙やなんかと一緒に届けさせているのか…)」
「こんな感じでどうでしょう?窓から入って来る風でも回りますから、庭に刺しても元気よく動くはずです」
「あ、ああ…いいな…回転羽の部分を、ハチの羽や、鳥の羽なんかにしても面白いぞ…」
「素晴らしいアイディアですね!」
「いや………それがな………」
会話しながらも、新聞に目がいったままだ。
なんとか知っている単語を探して、文章を読もうとする。
「私の…思い付きじゃ…ない。…アリディンバリスの…風車にはいろんな…種類…が…あるんだ。例えば花とかな………」
「製作してみます」
立ったままでは読みづらい。
何とか自然に新聞に近づきたいが…。
「おおっ、ここに紙があるじゃないか。スケッチしてもいいだろうか?」
「それはありがたいです!お願いしますよ!」
レジナルドは紙と一緒に新聞を引っぱり、自然な感じで手元に寄せて読む。
今までの勉強の成果だろうか、単語と単語を繋げるだけでもそれなりに内容を理解できた。
10分後。
「レジナルド様?」
「…ん?」
「そのくるくるは何ですか?」
レジナルドは一生懸命新聞を読んでいた。
とはいえ紙になにか書かないと怪しまれると思い、適当にグルグルグルグル…とペンを動かしていたのだ。
「…こ、こういう飾りがあるんだ」
「紙か布が螺旋に沿って貼ってある感じですかね?」
「うーん、そんなところかな?」
「わずかな風にも揺れてクルクルと回転する飾りなんですね。見たことが無いので参考になります」
「まあ、そうかもな…?」
「今、作ってみます。太めの針金も用意してあるので…」
「作れなくても俺のせいにするなよ?」
「それはもちろんです!」
主人を探していたマシューがレジナルドを発見した。
「あっ!レジナルド様、こんなところにいらっしゃったんですか!シェフがゼリーの色について相談があるそうで…」
マシューは庭師が新聞を敷いているのを見つけた。
「ダメじゃないか!」
「あっ…!」
「…マシュー!」
「レジナルド様…」
「何故新聞を読ませてくれないんだ!俺の事が書いてあるからか?」
「そうです、じゃなかった…い、いえ…これは外国人に国内の情報を与えないためで、仕方なく…」
「他国の新聞なんてアリディンバリスに居た頃でさえ買って読もうと思えばいくらでも読めたぞ。まぁそんな勉強熱心な事はしなかったが…ゴホン!それともニュースのひとつも俺に伝えず、世俗に疎くさせて夜会で恥をかかせる気なのか!?普通の会話もさせないつもりとは…!貴族たちの前で知識不足だと笑いものにして、その後新聞記者に記事にさせれば面白いものなぁ!?」
「…上級使者様のご指示なんです。上級使者様の言いつけは国の決定と同じだけの力があるので、見せるなと言われたら見せられないんです。理由は………レジナルド様を思っての事なのでしょう。ここはアリディンバリスではございませんので、レジナルド様の人となりについて、かなり無礼な言葉が載っておりますから」
「呆れた国だ!我が祖国では、お前たちの前国王を口汚く書くような報道は許さないだろう」
理由はシンプルで、トーラティカの王子であるフィリップの似顔絵がバンバン載るからだ。
身分を使者だと偽っている彼にとって、新聞を人質に読ませるわけにはいかない。
だから使用人が使うダイニングルームから新聞を出すのは禁止。
こっそりと部屋の中で読む決まりを作っていた。
決まりを破ったわけではない庭師が謝罪した。
「も、申し訳ございません!」
レジナルドはぷりぷり怒って部屋から出て行く。
「あるいは単なる嫌がらせかもな?なんだか知らんが、あの使者、アイツは気に食わんな!」
マシューが追いかける。
「王城からの使者は国王様と宰相の使いです。無下に接すれば母国に、冷淡な態度で周囲を困らせていると伝達が行くだけですよ!」
レジナルドはピクリと止まった。
兄の”腐るな”という言葉が思い出される。
「…アリディンバリスの国の期待から外れた行いをするわけないだろう」
「それならよろしいのですが…」
レジナルドは明日、使者が会いに来ることを思い出した。
マシューをいちいち挟んで話すのもまどろっこしい。
対面で文句を言えば許可してくれるかもしれないと考える。
――――――――――
トーラティカの王城に、久々に先王からの手紙が届いた。
大臣が手紙を読み上げると、その内容に臣下たちはどよめく。
「つまり”先見の明があり過ぎて人生1回目なのに転生を疑われるチート賢王、世界平和のため人質生活を送ることになったが、元敵国の民に慕われすぎて困っています!女神に祝福されてるのは嬉しいけどひっそり暮らしたい(汗が飛んでるemoji)この歳で魔界のボスと渡り合えって、これ以上能力アップしたら冒険譚が上巻・中巻・下巻じゃおさまらないんですが!?増刷1億達成でまた国内総生産引き上げちゃいましたか、オレ?”を、トーラティカでも上演してほしいという事ですか!?」
宰相が手を違う違うという風に振った。
「以降、冗長が過ぎる作品タイトルを、通称”のがあり”とすること」
「はい…」
アリディンバリスから王宮専属の演者たちが来て、”のがあり”を上演したいとの事だった。
先王の娘である国王は頭を抱える。
「断れないな…というか私が許可を出すより前に”アリディンバリスの王家に国際公演の許可を得た”とある。断ったとして、向こうからすれば”許可を求めておいて許可しないとは正気か?内政が混乱していて新国王の立場が弱いのか?”と思われる可能性があるだろう」
「国王様…」
「断れないぁ…」
宰相と臣下たちは、国の主人と共に頭を抱えた。
自由過ぎる先王が口を開けてワッハッハと大笑いしているイメージが全員に共有される。
――――――――――
しょうがないから国家間の交流促進事業(もちろん”のがあり”の上演のためだけに立ち上げた)という名目でプロジェクトをスタートさせた。
何かトラブルがあった時に、王と王国議会の責任になるのを回避するため、臣下の貴族が事業責任者として任命された。
担当になった女性は不安げな表情を浮かべる。
次の議題。
似てるようで全く異なる報告が上がってきた。
「アリディンバリスの一般市民の間で流行っている演劇なのですが、どうも我が国を侮辱する内容のようなのです…」
”ふとっちょ王子、隣国で虐げられてもう限界!”のあらすじが読み上げられる。
国王と宰相は眉間にしわを寄せ、厳しい顔になった。
宰相は見解を述べる。
「あからさまですね。人質のレジナルド様が主人公で間違いありません。我が国をバカにしている演劇を野放しとは!アリディンバリスは新聞報道を規制しているにも関わらず、どういう事なのでしょう?しかもタイトルが短すぎる!」
「アホが集まって政治をしている愚か者の国なのでしょう。タイトルは小さくサブタイトルがついていて、それが長いパターンなのでは?」
臣下のひとりが真面目な顔で話す。
「数年前、国家転覆の企てがあるとかで新聞社を解体させたとき、それの反動で大規模なデモが起きて痛い目を見たようで。タイトルは長すぎるよりもこのぐらいの方が好感が持てますね」
「ハハ!”藪をつついて蛇を出す”というヤツですね、市民の活動を侮ってはいけませんよ。古典ならこれでもタイトルが長いと指摘されるぐらいなものですが、時代は変わりましたな」
「ええ、確か、逆に革命の機運が高まるきっかけになったとかなんとか。革命を題材にした古典演劇が流行ったりで、散々だったと伝わっています。隣国から見てもあわや国家運営者交代の危機かという雰囲気でしたから」
「思い出しました。そう考えると、新聞報道や市民演劇などには強く出られないのでしょう」
「タイトルの適性な長さについてもっと話し合いませんか?」
臣下達はどうしたものかと議論を続ける。
「我がトーラティカも100年ほど前までは劇場と演劇は国家の管理下にありましたが、市民演劇が流行して、結局その流れに抗えませんでした」
「大人数を前にした演説が禁止されている以上、思想は歌か演劇に乗せるしかありませんからね」
「しかしこれに侮辱だと申し出をすれば、他国への過剰介入と捉えられませんか?」
「明らかにトーラティカが侮辱されているにも関わらず、文句のひとつも言わないようでは弱腰外交でしょう」
「タイトルの適性な長さについてもっと話し合いませんか?」
黙って聞いていた国王は臣下に尋ねる。
「その演劇は好評なのか?どのぐらいの影響力を持っているのか調査して。不人気なら放っておけばいい…そうでないなら…何らかの対処をしなくては」
――――――――――
午後。
買い出しに町へ行っていたコックと執事が戻ってきた。
執事はネットに入れられたスイカを馬車から降ろす。
「おおっ!スイカじゃないか!」
ちなみにこの世界のスイカはビーチボールがごとく軽い。
外で蹄鉄投げをしていたレジナルドは走って執事に近づいた。
執事は芝生にスイカを降ろす。
「レジナルド様、ただいま戻りました。この時間にホースシューズをしているとは、トーラティカ語のお勉強は今日はお休みされているのですか?」
「フン!お前らが新聞を読ませてくれないから、勉強する気分にならなくてな!」
執事は気まずそうに眉を下げて笑った。
「今からスイカを冷やしますね」
「おお、早く遊ばせろ」
執事は大きめの角タブに水とスイカを入れた。
青い容器にプカプカと浮かぶスイカはいかにも夏らしい姿をしている。
ちなみにナーロッパ世界の角タブはプラスチックではなく、青い木を使って作られている四角い桶である。
「冷やしてからでないと浮きませんよ」
「おいおい、腕まくりしろ。水がかかってシャツが濡れているじゃないか」
「いいえ、服で隠れている場所すべてにタトゥーが入っているので、人前で袖をまくることはできないんです」
「」
――――――――――
「マシュー!マシューはいないか!?」
「レジナルド様、廊下の飾りつけを確認していただけませんか?」
「ああうんいいぞ!完璧だ!話があるからちょっとこっちへ来い!」
レジナルドは小走りで自分の部屋へマシューを連れ込んだ。
2人とも息が上がっている。
「ハァ…ハァ…私ももういい歳なので、階段ダッシュは心臓にキますね…で、なんでしょう…?」
「執事のハインリヒに関してだが…」
「あっ…」
「あいつはカタギじゃないぞ」
「いいえ!犯した罪を償えば、誰でも再スタートを切る権利があるんですよ。過ちを認めて人生をやり直している人を、そうやって揶揄するものではありません」
「いや、償っていないと思う」
「その可能性もありますが…」
「ツーブロックの執事を見たことがあるか????」
「それは無いですけど…ヘアスタイルは仕事とは関係ありませんから今の発言は差別になります。人を見かけで判断するのは時代遅れの考え方で…」
「全体的に短髪で横がシームレスに薄いタイプのツーブロックならいい。でもな、ハインリヒはトップがノリノリで後ろで小さく結んで団子にしているタイプのツーブロックだから、正直執事として相応しい髪型か疑問が残るぞ?」
「それは…」
「しかもべっ甲フレームのメガネをかけているだろ????カタギでべっ甲フレームのメガネをかけている奴を見たことがあるか????」
「別にありますけど、後ろでちっちゃく結んであるツーブロと合わせられたら、察するモノがあります…」
「直視できないぞ?」
「まあ、会話するときは目線を逸らしていますが…歯が白すぎるのも気になりますし」
「前歯ぜんぶ無いぞアレ?安物の差し歯だ。質感がエナメル質じゃない」
マシューが怯えだした。
「やめてくださいよぉ!!!!」
「細いゴールドのチェーンを何重も首から下げているの怖くないか?」
「怖いです」
「耳がパンパンなの怖くないか?」
「怖いです」
「鼻と頬に縫った跡があるの怖くないか?しかも医者にやってもらった感じじゃなく自分で縫ったみたいにガタガタなんだぞ?」
「怖いです」
「多分、本来の執事を殺して入れ替わっているよな????」
「レジナルド様ぁ!!!!」
2人の脳内で、刑務所から脱走してきた凶悪犯が世間の目を欺くために、いかにも執事という白髪交じりのおじいちゃん執事を殺し、入れ替わって仕事をしているイメージが共有された。
――――――――――
夕方。
皆で輪になって、冷えたスイカをポンポン投げて遊ぶ。
使用人が声を出してキャッキャと喜んだ。
「懐かしいです!私が子供の頃、家族みんなで海へ行って、こうやってスイカをポンポン弾いて遊びました!」
「我が家も家族で川へ遊びに行ってました!大人は肉を焼きながら飲酒するんです。子供はヒマなので冷やしたスイカを投げてました!」
レジナルドは右に逸れたスイカをグーに握った右こぶしではじきあげて、輪に戻す。
使用人がオーバーハンドパスでスイカを上げ、向かい側にいる使用人に渡す。
その使用人は両手を重ねてアンダーハンドパスをする。
執事にスイカが回ってきた。
「日も暮れてきたし、そろそろ終わりにしましょう!」
執事が冗談のつもりで輪の中心に向かってスパイクを打つ。
不運にも、そのタイミングで芝生に穴を掘っていたモグラが顔を出した。
強烈なスパイクがモグラに命中し、モグラは倒れた。
レジナルドは叫んだ。
「な…モグラぁ!死ぬなっ!!!!」
レジナルドがモグラの背中を擦ると奇跡的に息を吹き返した。
明日から夏だ。
無言で立ち尽くしているみんなの影は長いが、モグラの影は小さく、短い。




