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人質生活21日目

モルリヴァールの宿屋。

朝食も取らず、革袋1杯の水だけ貰って女が宿を後にする。

馬車には大事そうに木箱が置かれていた。

行くぞ!ハァッ!と声をかけ、馬を歩かせる。

「(”世情に疎く、さらに口が堅い売り先を”、だと?笑わせるな。あちらは素人のようだな)」


絶対に白日の下に晒されてはいけない商品の場合、隠居生活を送っているような人間に売りつけることを考える商人が多い。

しかし、どんな人間も他人との関わり無しでは暮らしていないので、ひょんなことから噂が耳に入り、盗品だと気付かれることもある。

さらに屋敷に使用人が出入りしているような場合、なおさらバレやすい。

こういう品を売る相手は、盗品であることを理解し、罪を自白したりしない悪人が最適だ。


馬車はゆっくり進み、国境沿いの宿屋からモルリヴァールの中心へと進んでいった。


――――――――――


「お前は魔法を使えるか?」

「光魔法ですが」


レジナルドの朝の着替えを手伝っていた使用人はそう聞かれ、赤い光の玉を空中に出した。

「おおっ!素晴らしい技だ!かなり鍛錬を積んだと見える!」

「光魔法の適性がありましたので」

「ええと…失礼、すまんな。名前は何だったか?」

「ビルです」

使用人は照れて頭をかいた。

「私が小さかったころは、光魔法のライトを赤く出来れば、肉や魚を扱う食料品店に就職しやすくなるというのが定説でしたから、一生懸命練習したんです」

「なんで赤いライトを使えると食料品店に就職しやすくなるんだ?」

「赤の光で照らすと生肉などが美味しそうに見えるんですよ。多少鮮度が落ちていたりしても血色よく感じられるんです」

「えっ…知らなかった…それって詐欺では?」

「はい。でも、もうその魔法が一般市民にも知られるようになってしまい、今では普通のライトで正直に照らすほうが売り上げが良くなりました。赤いライトの店では肉をガラス棚から出して、白色ライトの下で本当の色を確認しましょう、みたいなライフハックが横行したせいで…。私の食料品店への就職の道は絶たれました」

「そ、そうか…」

「それに魔法道具で照らしたほうが人件費も安く済むようになってしまいましたしね。おじいちゃんおばあちゃんの時代には光魔法を使わせるためだけに人を雇っていたと聞きます。技術が進歩するのも考えものですよね?」

「う、うむ…」


レジナルドは気まずくなってサッと部屋から出た。

使用人のビルが、レジナルドの背中に声をかける。

「今の仕事に不満があるわけではありません!ただ、自分の技能を活かせずに悲しんでいるだけなんです!」


ダイニングルームへ移動するとマシューが待っていた。

執事が手紙をレジナルドに渡す。

「上級使者様からのお手紙でしたので、先に封を切らせていただきました。内容ですが…」


レジナルドはテーブルの上の皿をチラリと見る。

「茹でサカバンバスピスの切り身は小骨が多いからイヤだ~!」

「”舞踏会へ呼ばれたのなら、夜会服を作ることに許可を出さないわけにはいかない”とのことです。そして…明後日に仕立て職人を連れて屋敷を訪ねるから待っているように、だそうで」

「明後日?!なぜいつも急に来るんだ?というか屋敷に来すぎだろ?」

マシューが軽く笑った。

「わざわざ上級使者様が仕立て職人を連れてきてくださるんですよ。その言い方は…」


レジナルドはナイフの先でサカバンバスピスの輪切りをつついた。

つついただけなのにニュッ、と小骨が出てくる。

「明後日といえば、月が変わって美果の月になるな。室内も夏を迎える祝いの模様替えをしないと…っていうか、使者って暇なのか?」

「…レ、レジナルド様への気遣いですよ。服を作りたいと予算利用を申請したので、職人を探してくださったのでしょう」

「基本的に腕がある職人はスケジュールが埋まっている。数か月から数年先のアポを取らなきゃならないはずだ。そんなにすぐ押さえられるなんて良い職人じゃないな」

「いえいえ!上級使者様には”ちょっとした権力”がおありになるので、やはりレジナルド様へ配慮して下さっているんですよ」

「…ま、そんな事より朝食だ!」


可愛らしい切り身がこちらを見ている。


――――――――――


アリディンバリス。

朝食の集まりで、イザベラはコットンキャンディ花が埋め込まれたリングを自慢していた。

上の妹アデレートはお怒りの様子だ。

「朝からそんなもの付けて、よっぽど見せびらかしたかった?下品だと思わないの?」

「そんなこと言わずに、この水晶を見て!」

「確かに綺麗だけど。でも、傷つきやすそうだから、ここぞって時にだけ付けるようにしなさい。もうすぐ夜会もあるし、そこでなら大勢に褒めてもらえるでしょ?」


そう言って彼女は侍女が引いたチェアに座った。

「(この反応、お姉さまのリングではなさそう…)」


第一王子はにこやかに笑っている。

「宝石商から買ったリングか?昨日、アンダーソン宝石店の店主を呼んでいたらしいな。気に入っているのはわかるが、それなら大切にした方がいい」

「…そうですね」


下の妹も落ち着いて席に着いた。

兄のモノでもなさそうだ。

朝寝坊してこの場に居ない父親は貴金属に興味がなく、全てを従者に任せていた。

リングを目の前に突き出して見せても、本人が所有しているアクセサリーかどうかすらわからないだろう。

「(叔父さま、叔母さま、いとこたちとは直接関わる事はできないから、侍女に噂を流してもらって、それが広がるのをじっと待つしかない…あーあ!どうせ、いとこについてる手癖の悪い侍女が盗みを働いたんだろうけど…ただ待つだけだなんて!)」

「ところで」


第一王子は尋ねる。

「なにか…こう…トラブルが起きてはいないか?」

「トラブル?」

「そうだ。事件だ」

「いいえ?」

「そうか…」

アデレートは、兄の態度を不思議がる。

「どういう意味の質問?」


第一王子は少しだけ焦った。

また事件が起きれば推理を披露できるのにな、と考えているなんて口が裂けても言えない。

「いやなに、昨日、イザベラにレジナルドの宝石箱を預けただろ?何もトラブルが起きていないか確認しただけだ」


それを聞いて当の第二王女、イザベラは笑う。

「フフッ!」

アデレートは、前日に騒ぎを起こしたことを揶揄されている、と思って不機嫌になる。

「………っ!!!!確かに、私はしくじったものね?」

「いやいや!そういう意味で言ったのでは…」


イザベラは調子に乗った。

「フフ!心配してくれてありがとう、お兄さま。きちんと管理できるように励みます」

「………!!!!」


――――――――――


第二王女は侍女たちと廊下を歩き、自室へ戻る。

イザベラは、姉の怒り顔を思い出してほくそ笑んでいた。

「ね~え、さっきはちょっとやり過ぎだった?」

「そうですございますねぇ…お姉さまの怒りを買っても良いことなどございませんよ」

「っていうか、お兄さまにしてはデリカシーのない一言だったと思わない?お姉さまのあの顔ったらなかったわ!あ~いい気味!」

「そのような言い方、人前でも出てしまいますよ」

「ハイハイ!」


その途中、ゆっくり歩く侍従長と、その補佐官エイデンとすれ違う。

「おはようございます、第二王女様」

「ええ、おはよう」

「!?!?!?」


侍従長とエイデンは、第二王女が口元へ寄せた左手に目が釘付けになる。

指に輝くのはコットンキャンディ花が埋め込まれた指輪だ。

第二王女と侍女たちはその目線に気付かず、部屋に向かって歩いていった。

彼女たちが去ってしまうと、神妙な面持ちで侍従長は補佐官に語りかけた。

「…エイデン」

「(???????????)」


自分が盗んだはずの指輪を見てしまい、エイデンは固まる。

侍従長が強めに名前を呼んだ。

「エイデン!」

「あ、ああ!失礼いたしました。さあ、食堂へ向かいましょう…」

「2人分の食事を運ばせるように使用人に言いつけ、私の部屋に戻ってくるように」

「…何故です?」

「人に聞かれてはならない話をするからだ。いいか、侍従長は体調が悪いので自室で食事をすると言って運ばせてくれ」

「…はい」


エイデンは小走りで廊下を駆けていく。

「(あのリングは確かにレジナルドのモノだ!しかし本物は私の部屋にあるし、贋作づくりもまだ材料を集めているとか何とか言っていた…この3、4日で作れるものではないだろう…!!!どういうことだ…!?)」


エイデンは食堂にいた使用人に用事をいいつけ、侍従長の部屋へと向かう。

その間にゆっくりと今までの事を整理した。

「(あのデブ…レジナルドは宮廷の宝飾職人の工房に出入りして、自分であの宝石を作らせた。私を外で待たせて、何を作っているのか聞いても”内緒だ”とか抜かしていやがったな…。いつも、それがどんなアクセサリーか自慢して回るのに、あの指輪に関しては”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”などとふざけた事しか言っていなかった。製造方法を詳しく聞かせてほしいと寄ってきたアーティストたちにも秘密にして…まるで…特別なリングであるかのように振舞っていた)」


エイデンは侍従長の部屋の扉をノックし、入った。

間髪入れず、シリアスな表情の侍従長はエイデンに告げる。

「誰にも言わないと誓え」

「誰にも言いません、誓います」

「…第二王女様が先ほどつけられていた指輪だが…第二王子様の所有するモノかも知れない」

「ど、どういう事かぁ、私にはサッパリ…」


しらばっくれるのが下手である。

「いいか、数日前に第二王子レジナルド様の部屋の宝石箱から、リングがひとつ無くなっただろう」

「はい」

「その無くなったリングは…このリストを見てくれ、これだ」

「”コットンキャンディ花が埋め込まれれいないリング 色…ピンク、リング台…ゴールド”」

「私は月に1回、宝石箱の中身を確認してきた。リストと参照して、貴金属が全てが揃っているかチェックしてきたんだ。間違いない、第二王女様が付けていらっしゃった指輪に見覚えがある…」

「お、お待ちください。えっと…その…それは…大ごとになるのでは?」

「そうだ。第二王女様が盗みを働いたのだから」

「お、お待ちください。ご本人が部屋に忍び込んだのではなく、侍女に盗らせたのかも知れません…。主人をこう言うのは辛いですが、レジナルド様は嫌われておりましたし、イザベラ様は14歳になられたばかりですので、多少ヤンチャな面もあるかと…」


侍従長はエイデンの言葉なんて聞いていないように呟いた。

「…大ごとになる。そんな事はわかっているんだ…」

「人質として異国へ行っている間だけ借りるおつもりなのかもしれません」

「…王族間の窃盗が起きたというのか…まさか…この引退前の残り僅かな期間で…」

「もちろん、事実は違うのかもしれません、例えば…」

「隠し通そう」

「!?」

「もうすぐ引退なんだ。退職金、老後の生活…私は私のために、そういったものを守らなければならない」

「えっ…」

「不服か?」

「いえ、まさか…すべてを明らかにしても王族は裁かれません。罰を代わりに受けるのはいつも私たち従者なのですから」

「そうだ。あのリングの事を知っているのは私と、レジナルド様の使用人たちだけだろうからな」


――――――――――


乗馬のレッスン。

レジナルドが住む屋敷の敷地から出て、道沿いを常歩なみあしで歩く。

「ずいぶん霧が出てきたな」

「もう初夏も終わって、これから暑くなる時期ですからね」

「この辺りは幻想的な雰囲気だな…言葉にしがたい美しさだ。白いモヤに包まれたウニ葡萄畑のなんと神秘的な事か!」

「レジナルド様は剣を持っておりませんから、森には近寄らないようにしましょう。モンスターが出るんです」

「お前だって剣を持っていないじゃないか!」

「私は愛馬に乗っている限り逃げられますから。レジナルド様はそうじゃないでしょう?」

「うっ…」


クリップクロップと足音が心地よい。

たっぷりと歩き回り屋敷へ戻った。

「なあ、風魔法を使った乗馬を見せてくれないか?」

「いいですよ。せっかくなのでギャロップをお見せしましょう」


屋敷の前の直線で本気の走りを見せてくれた。

馬が土を全力で蹴る音が響き、屋敷の中から使用人達が出てくる。

レジナルドと共に見物をした。


ドドドドドドドドッ!ドドドドドドドドッ!ドドドドドドドドッ!ドドドドドドドドッ!

「おお~!!!!」

「凄い…」


レジナルドは怯えた。

「これが時速60キロメートルの世界…」


セーラがUターンして戻ってくると全員が拍手した。

レジナルドのそばで馬から降りた彼女は、額にうっすら汗をかいている。

「私の風魔法のレベルだと、少しだけモノや自分を浮かせることができるので。今は乗り手の反動を無くすため自分の体に使いました。私にとっても馬にとっても負担が少なく済んだわけです」

「いいものを見せてもらった!そしてあらためて…俺は襲歩は習わなくていいからな?」

セーラはオホホホ!と笑った。

「ところで、レジナルド様は何魔法の素質があるのですか?」

「あ、ああ…」

「もし風魔法なら、落馬の際にダメージを和らげられるクッション魔法を教えて差し上げますが」

「…俺は魔法の適性が無いんだ」

「あら」

「…」

「貴族や王族は転生させ女神様に愛されていると伺います。全く適性が無かったのですか?」

「子供の頃に教会へ行ったが、火も水も土も風も光も、何の反応も出なかった」

「”期待しすぎ病”ですよ。王族特有のヤツです」

「なんだソレは?」

「子供の頃に適性を調べたのでしょう?18歳を迎えて大人になった今、また教会で適性を調べてみればよろしいじゃないですか。ふもとの町は小さいですが、教会ぐらいはあります」

「いや、いい!恥をかきに行くだけじゃないか!」


2人の会話をこっそり聞いていたマシューが横から入った。

「セーラさん、残念ながらレジナルド様はこの屋敷の敷地内から出ることを許されていないんです」

「朝にウニ葡萄畑をぐるっと1周、乗馬してまいりましたが?」

「…それぐらいはまあ、大目に見てもらえるでしょうけど」

「私は乗馬の話を受けた時に許可を取ったのです。一時外出の許可をきちんと取ればよろしいじゃありませんか。まさかトーラティカへ来てから一度も教会で祈りを捧げていない訳ではありませんよね?」

レジナルドはアゴをさすった。

「そういえば…そうだな。不信心な人質だと新聞記者に書かれてはたまらんぞ!どうなっているんだマシュー!」

マシューは慌てた。

レジナルドの品行をまとめた報告書には、正に”不信心で王族の儀式でしか教会には赴かない”とあったからだ。

正直、教会に連れていくことを全く考えていなかった。

「そ、そこまで言われるんでしたら日程の調整をしますよ」

「頼んだぞ。でも、魔法の適性検査はしないからな。俺には魔法の才能がないんだ!」


――――――――――


ランチを食べながら、魔法の話になる。

「マシューは何魔法が使えるんだ?」

「私は幸運なことに転生させ女神から愛されているようで、火魔法と水魔法と風魔法の3つが使えます」

「おお!いいじゃないか。そこらのモンスターぐらいなら追っ払えるよな?」

「山ヒトデぐらいなら…」

「しょぼくないか?俺でも蹴り殺せるぞ」

「魔力量が少なく、水魔法と風魔法を合わせたものはマイナス30度ぐらいまで、火魔法は100度ぐらいまでの出力しかないんです…」

「充分だろ!それでモンスターを焼き殺せばいい!」

「紙の発火温度ですら約300度ですから何も燃やせませんよ。ロウソクの小さな炎でも800度ぐらいあるそうなので」

「ええっ、そう聞くと100度の火魔法ってショボいな!?」

「寒い日にすぐ冷えてしまう茶を再沸騰させることは出来るので、その点は便利です」

「うーんやっぱりショボいな?」


――――――――――


アリディンバリスの王城、会議室。

国王と臣下たちが、劇場で見てきた”ふとっちょ王子、隣国で虐げられてもう限界!”を議題に取り上げていた。

「結果として、王家への侮辱罪に相当しそうなシーンはありませんでしたね」

「しかし、事実と異なる点もあります。レジナルド第二王子様が皆に慕われており、王族の中でもきょうだいをかばうために進んで人質になる場面がありましたが…実際は嫌がり、絶対に行きたくないと騒いだではありませんか」

「…ならアレは、”フィクション”という事で良いのではないか?」

「国王様!そのような詭弁は卑しい市民が使うもので…」

「どの演劇にもモデルとなった国家や文化、人物があるだろう。しかし、そこから手を加えれば架空の作り話になる。古典演劇や古典小説などは、どれも実際の歴史が下敷きになっているよな?昨日見た演劇も同じだ」

「それはそうかもしれませんが…」

「レジナルドの身に起こったことが土台になっているのかも知れないが、脚本は事実とは真逆の内容だった。現実のアイツは誰にも愛されていないし、冷遇どころかトーラティカでは手厚くもてなされている。という事はだな、あの劇の内容を修正しろと命令すれば、逆に現実に近づいてしまうのではないか?」


議会室に笑いが起こった。

「それはそうですね!」

「さすが国王様!!」

国王も満足気に笑った。

「何より、隣国で虐げられていた主人公が転生させ女神からパワーを得て、城をぶっ壊して暴れるシーン!!あれこそフィクションである証拠だろう!あの場面は最高にざまぁだったよな?!」

臣下達はしきりにうなずく。

「あれはざまぁでしたね~!」

「しばらくはざまぁ臓に栄養を送らずにすみますよ」

「だろだろ~?もう一度見に行くかぁ~?」


――――――――――


午後からは語学の勉強…の予定だったが、レジナルドの希望でトーラティカの歴史を学ぶことになった。

「すばらしい判断ですよ!言葉は地名、人名と深く結びついていますからね。歴史の勉強は語学に欠かせません」

「うむ…ところで、もうノートが無くなってしまった」

「新しいモノです。どうぞ」

「すまんな!」


新品の真っ白なノートに使い始めの日付が記入される。

窓から入って来る風の熱さに、明日からは夏服を着ようとレジナルドは考えた。

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