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人質生活19日目

アリディンバリスの王城

朝食を囲む席で、上の妹アデレートは、第一王子である兄に声をかけられる。

「聞いたぞ。指輪を無くしたそうだな」

「え、ええ…」


この事は予想していた。

兄の使用人達の情報収集力は半端ない。

まあ、外でランプを持って草むらを探していれば、誰が見ても何かを落として探していると気付けるだろうが。

「なになに?何の話?」


下の妹のイザベラが話に割って入る。

アデレートはため息をついた。

寝坊癖のある父が朝食の場にいない事が救いだ。

「お兄さまも、イザベラも、口外しないとお約束くださいね?」


――――――――――


「…そうか」

第一王子はしょうがないと妹を慰めた。

「(私が宝物庫ほうもつこに仕舞えと言ったばかりに、そんな事が起きてしまったとは…これは責任を取らなければならないな…!)」

姉のアデレートも、妹のイザベラも、レジナルドの部屋でゴタゴタが起こったことを知らない。

特に下の妹にとっては、他人事のようだ。

「誰も、レジナルドお兄さまの悪趣味さが詰まった宝石箱なんかに手を付けないでしょうにね。侍従長が管理してくれているんだし」

「…私も下のお兄さまの宝石箱なんか預かりたくなかったの。でも、王族の所有するアクセサリーを放置しておくのは心もとないし、宝物庫に入れる手続きに時間がかかるから、どうしても、って強要されて…。下のお兄さまの第一使用人だったエイデンとかいう従者が哀れに思えたのもあるけど」


下の妹は笑った。

「でも結局、失くしちゃったんでしょ?昨日の悲鳴、見に行かせた侍女の報告では”お姉さまが虫に驚いて叫ばれた”だったけど、まさか預かったリングを無くして叫んでたとはね」


笑いながら、下の妹は水を上品に一口飲む。

アデレートはしおらしく話した。

「そうなの。本当に恥ずかしい…本意ではないといえ、きょうだいの財産を預かったのに、それを無くしてしまうなんて…」

第一王子は目の奥に炎を燃やした。

「部屋を見せてくれ、現場検証をしよう。私が解決してみせる!」

「えっ…?」


イザベラは水を吹き出した。


――――――――――


トーラティカのカントリーハウス。

「おおっ!待っていたぞ!」


レジナルドは祖国、アリディンバリスからの手紙を受け取っていた。

封筒をビリビリに破き、リスペクトする兄からの手紙を読もうとするが…。

「”第一使用人、エイデンより”だと?」

どうやら元従者は手紙交換の役職を与えられたらしい。

文中には第一王子に同席してもらっているという一文もあり、ホッとする。

しかし。

「…兄が直接返事を書くことを、父が禁じたんだろうな」


それでも手紙のやり取りに加わってくれているところを見ると、なんとかして自分との繋がりを保とうと苦心してくれているのが伝わってくる。

また目が涙で潤む。

使用人が声をかけた。

「レジナルド様、もうすぐ乗馬インストラクターが到着する時間です」

「あ、ああ。外へ行かなくてはな」


目をこすり、外へ出る。

「セーラ!早いなぁ!」

邸宅の敷地の門をくぐる教師の姿が見えた。

彼女も手を振って答えている。

レジナルドは大きな声で頼んだ。

「あー、今日からアリディンバリス語ではなく、トーラティカ語で乗馬のレッスンをしてほしいのだが、どうだ?」

「もちろん喜んで。まずは単語を置き換える所から始めましょう」

「うむ。メモ帳と鉛筆も持ってきたぞ!」


2人は厩舎へ向かう。

レジナルドはアリディンバリス語に対応するトーラティカ語の言葉を一生懸命書き留めていた。

「すばらしい努力ですね」

「実は、舞踏会に呼ばれたんだ。ちょっとした会話ぐらいならトーラティカの言葉で話してやろうと思ってな」

「あら、夜の社交界だなんて庶民には夢また夢の場所ですよ。お羨ましい」

「ふん!オービター牧場は貴族や王族に関わりが深い場所だと知っているんだぞ、白々しい。そもそも王城に馬を届けているのもオービター牧場らしいじゃないか。お前だって何度か舞踏会の招待状を受け取ったことがあるだろう?」

「まあ、2、3回ですね。夫とダンスを踊りました。あれはいい思い出ですよ」

「…そういえば、オービター牧場からここまでは近いのか?」

「ええ。片道2時間ほどです」

「!?!?!?」

「私はちょっとした魔法が使えるので、楽な通勤ですよ」

「おおっ、馬の足を速くする魔法か?興味深いな!」

「まさか!変な魔法を使って馬のペースを崩せば転倒してしまうでしょう。魔法が上手くいったとしても、馬に変なクセが付いてしまいそうなので絶対にやりたくないです」

「…ならどうやって通勤を楽にしているんだ?」

「風魔法を使うんですよ」


あぶみに足をかけ、ひょいっとセーラは自分の馬に跨った。

踏み台なしで馬に跨れるインストラクターに、レジナルドはこっそり尊敬のまなざしを向ける。

「ほら、サドルから少し浮いているでしょう?」

「…!!!!」

「自分とサドルの間に、風魔法で隙間を作るんです。私はサスペンション魔法と呼んでいます。馬からの衝撃が体に伝わらないので本当に楽で、2時間の速歩はやあしなら景色を楽しみながら移動ができますし、通勤のためにこの仕事を受けているようなものですよ」

「隣国の王子に乗馬を教えられる名誉と、通勤の喜び、どっちが大きい?」

「そりゃ日差しを浴びながら風を受けて気持ちよく遠乗り出勤した後、素人にちょっとだけ乗馬を教えてお金が貰えて、その後日差しを浴びながら風を受けて気持ちよく遠乗り退勤できるので、通勤の喜びに決まっているでしょう」

「…正直者は好きだぞ?でもちょっとフォローがあってもいいかもな????」


――――――――――


アリディンバリスの王城。

上の妹の部屋。

「侍女たちが私の就寝に合わせて部屋から出て行った後、どうしてもまた見たくなって、それで宝石箱を開けたの。一番美しい、赤い宝石をつけたリングを取り出して指に付けたんだけど…」


第一王子が優しく聞く。

「それで、どうしたんだ?」

「急にリングから凄い音が聞こえて、慌てて手を振ったらリングがどこかへ飛んで行ってしまったの。探しても見つからなくて、今の状況に」

「そうか…それはミステリーだな!」


第一王子は部屋をぐるぐると回ってリングを探した。

下の妹は呆れ顔だ。

侍女が王子を止める。

「ブレンダン様、お言葉ですが部屋の中は昨晩我々が探しました。昨日の夜は暑く窓を開けていたため、アデレート様が無くしたリングが外に出た可能性があると思い、外の芝生も探したのですが…」

「見つからなかったんだな」

「はい。朝になって、太陽光の下でも探しました。しかし結局見つからず…」

「…わかったぞ!」

「えっ!?」

アデレートは驚いた。

どうしても指輪を自分のモノにしたくなった彼女は、夜のうちに、こっそりガラスでできたポプリポットの底にリングを沈めておいたのだ。

ポットの中にはバラの花びらがぎゅっと詰められており、蓋をしたまま飾ってあるので、誰もその中の指輪には気付かないはず、なのだが…。

聡明な兄は感付いたのかも知れない、とアデレートは覚悟を決めた。

「(…っ!)」

「カラスが持っていったんだ」

「!?!?!?」


おおっ!というどよめきが部屋を支配する。

「カラスは光るものが好きだ。窓から落ちたリングは夜のうちにカラスがくわえて飛んで行った。だから朝の明るい時間になって探しても無駄だった、というわけだ!」


ガバ推理である。

そもそも光源が無い暗い夜にリングが光るわけがない。

しかしこれに飛びつかない理由が無い妹は、必死に兄を褒める。

「流石、上のお兄さまです!絶対にそのお考えに間違いはないでしょう!しかし、窓の外へ放り投げてしまった私の責任が大きくて…どう償えは下の兄に許して貰えると思う?」

「償う必要なんてない。いいか、お前はモノを落としただけだ。私だってしょっちゅう紙やペンや本やカトラリーを落としている。重力がある限り、下に向かっていかないモノはない。そうだろ?」

部屋の中にいる従者や侍女たちは頷いた。

重力に従って物が落ちるのは当然のことだ。

「落としただけのお前は何も悪くないんだ。それをどこかへ持っていってしまったカラスが悪い。謝罪する必要がある者なんていないんだ!」


拍手が沸き起こり、第一王子を称える言葉を従者や侍女が次々に口にする。

上の妹も感動しながら兄に抱き付いた。

なぜか下の妹も雰囲気に呑まれ、流石お兄さま!と拍手している。

皆の拍手が止まない。

「間違いないだろう。夜が明けてから今まで、一生懸命に侍女たちが探しても見つからなかった事が、この推理を裏付ける証拠だ!」


裏付ける証拠は何も無い。

「大丈夫、誰も悪くないんだ」

兄の言葉に、アデレートは思わず泣いた。

安堵の涙だ。

「本当に…ありがとうございます!」

もちろん罪がバレなかったことへの安堵だが。

第一王子に対して再び拍手が沸き起こった。

上の妹はテーブルに置いてあった宝石箱を持ち上げる。

「でも、指輪を無くすきっかけを作ったのは私なの。もう、この宝石箱を預かる資格は無くて。よろしければお兄さまが…」

「ちょっと待って!」


下の妹が宝石箱に手を乗せた。

「私だってもう14歳だし、モノを紛失しないように預かることぐらいできるの。上のお兄さまは仕事でお忙しいでしょう?これ以上煩わしさを増やすなんて妹としてできない!私が責任を持ってこの宝石箱を保管いたします!」


――――――――――


ランチ後。

レジナルドは祖国、アリディンバリスの手紙交換係であるエイデンに対して、返信をしたためていた。

マシューは昨日の会話を思い出す。

「一番好きな宝石はジャンプスケア・リングだとおっしゃっていましたが、どんなリングなんですか?」

「ワハハ!聞いて驚け。人を驚かせるために作らせた指輪だ!!!!」

「…10歳ぐらいの時に作らせたのですか?」

「は?17の時だぞ」

通訳は”幼稚過ぎませんか?”という言葉をぐっとこらえた。

そういえばこの第二王子は幼稚な振る舞いで誰からも嫌われていたのだという事実を思い出す。

「ああ懐かしいな~!臣下や貴族、アーティストたちを驚かせることが楽しかったあの頃…まあ、たったの1年前なのだが…ふむ。やはり”ジャンプスケア・リング”を送ってもらうこととしよう」

「お、お待ちください!そのように低俗な装身具をトーラティカの夜会に持ち込まれては、母国の品が疑われるというものですよ!」

「失礼だな?」

「いいですか、誰かを驚かせるときは良い報告のみ、というのが一般常識です。驚かせるために驚かせるのは愚か者の所業ですよ!」

「まったく同じ言葉を50人以上から言われているからな。耐性がついてる!」

「何故誇らしげでいられるんですか?」

「免疫の数だけ強くなれるだろ?」

「しょうもな」

「今しょうもなって言ったよな?」

「言っておりませんが?」

「長く喋っていてその一文だけ聞き間違えるのならあるかもしれんが、一言しか喋っていないのによく否定できるな?」

「言っておりませんので」

「こわい」


とにかく、マシューの尽力でトーラティカの国境を低俗な”びっくり指輪”が越えることは阻止された。

「…なら、”コットンキャンディ花が埋め込まれていないリング”を送らせよう」

「どうせそれもロクでもない装飾品なんでしょう?」

「そう思うだろ?いやそう思うな????…気を取り直して。コットンキャンディ花を知っているな?あの種子毛を人工的に再現し、水晶の中に閉じ込めたリングだ」

「へえ、手が込んでいらっしゃいますね。コットンキャンディ花のような繊細な植物を再現できるとは、相当腕の立つ職人に作らせたのでしょう」

「もちろんだ。宮廷の貴金属職人だぞ。国で一番のジュエリー職人たちだ。普通にコットンキャンディ花を埋め込むだけでは芸が無いからな。俺は面白味のあるものが好きなんだ」

「雲の裏地を素材にしたんですか?」

「あれは銀だろう?いいか、秘密にしろよ………砂糖を使わせたんだ!」

「砂糖はフワフワしておりません」

「牛乳から生クリームを取り出すミルクセパレーターがあるだろ?中にミルクを入れて、ハンドルをぐるぐる回して水分と油分に分離させるアレだ!あの機械を改造して素材を作らせた。ちなみに生クリームはバターチャーンに入れて攪拌かくはんすればバターになるんだぞ。知ってたか?」

「へえ、バターは生クリームから作られていたんですね」

「何っ?!お前、バターの作り方に興味を持ってキッチンへ乗り込んだ経験がないと言うのか!?さてはデブじゃないな?」

「デブじゃありませんが?」

「クソっ…!とにかく、中央に小さな穴の開いた金属の筒を取り付けるんだ。そしてその筒を熱して回転させる。すると、中で溶けた砂糖が遠心力によって穴から出てくるときに、細い糸状になって飛び出すんだ!」

「それがコットンキャンディ花を模した素材なわけですね」

「そうだ!しかもコットンキャンディ花と違って食べられるんだぞ!」

「フワフワの砂糖なんて、食欲が湧きませんよ…でも、そのリングでしたらジャンプスケア・リングの100億倍上品ですから、それを頼まれてはいかがでしょう?」

「何か腑に落ちないものがあるが…まあ、仕方ない」


祖国への手紙を書き、その日のうちに送らせた。

エイデンへの感謝の言葉と、兄や家族へ向けた結びの文も忘れずに書く。


――――――――――


手紙を使者に渡したレジナルドが自室へ戻ろうとする。

自分の部屋の扉が開け放たれている事に気付いた。

「?」


中では、執事が壁に空いた穴を直していた。

「あっ…!」


気まずい。

なぜ部屋の壁に穴が開いているかというと、4日前に乗馬で叱られたとき、苛立ちを家具や壁にぶつけ、蹴りまくっていたからである。

しばらくモジモジしていると、執事は作業を終えて振り返った。

「ああ、レジナルド様。お茶の時間でしょうか?」

「う、うむ…」

「同じ壁紙がやっと手に入ったので、部屋の管理の行き届かないところを修繕していました。他にも仕事があれば、気軽にお申しつけ下さい」

「わ、わかった…」

咳払いをして話を変える。

「それにしても器用だな。執事が大工も兼ねているとは!」

「お褒めの言葉、光栄です。のこぎりを扱うスキルは脱獄でも役立ちましたよ」

「ハインリヒ?」


使用人が茶を部屋に運び入れ、ティータイムだ。


――――――――――


レジナルドから手紙を託された使者は、真っすぐにアリディンバリスへは向かわない。

彼にはトーラティカの王城の門をくぐり、直接フィリップ王子に会える権限が与えられていた。

「人質から、アリディンバリスへの手紙です。ご確認を」

「わかった…それにしても、ずいぶんマメに手紙をやり取りするのだな」


フィリップは歯がゆい思いだった。

なにせ彼の敬愛する祖父、つまり前国王は手紙の返事をよこしてくれる雰囲気がない。

忍び込ませている間者からの報告も”人質生活を楽しんでおられるようです”という、良いのか悪いのか判断に困るものだった。

「おっと、まともなレターセットを買い与えてやったんだったな」


フィリップは従者を呼んだ。

主の命令に従い、繊維をほぐす魔法を封筒の一辺に使う。

「お前が使っているのは水魔法だったな?」

「はい。植物繊維で作られた紙なら水魔法で繊維の結着をほぐし、再び結合させることが可能です」


そう言い終わるのと同時に、一辺が濡れた分厚い封筒から手紙が抜き取られた。

「どうぞ」

「ああ」


受け取り、手紙を読む。

「…お母さまはアイツも夜会に呼ぶつもりなのか!」


”トーラティカの王城で開かれる夜会に呼ばれたのはいいが、アクセサリーを身に着けられないのは寂しい。宝石箱に残してきたコットンキャンディ花が埋め込まれていないリングを送ってくれ”と書かれていた。

「(…着飾るのが趣味だと聞いていたが、意外に指輪のひとつも持ってこなかったのか?ふーん………?)」

「王子様、複製いたしましょうか?」

「ん?ああいや、やらなくていい。さっさと封筒を修復し、手紙をアリディンバリスへ届けろ。時間がかかると怪しまれるぞ」

「わかりました」


ついでに使者が持ってきた、執事からの手紙を開ける。

レジナルドが夜会に呼ばれたので服を上下一組作りたい、という予算利用申請だった。

「!」

ついにこの時が来た。

フィリップの計画はシンプルだ。

「(人質の身の丈に合わないような贅沢な服を作らせればいい!隣国の第二王子がワガママで困っていると噂になれば、アリディンバリスの王室は大急ぎで人質交換の中止を申し出てくるだろう…!)」


――――――――――


そのアリディンバリス。

王都にある宝石店に、ひとりの男がやってきた。

深くフードを被っており、いかにも訳ありという雰囲気だ。

「贋作づくりを頼んでいたが、その必要はなくなった。預けた指輪を返して欲しい」

「わかりました。しかしですよ、ある程度作業も進みましたし、その作業費はお支払いいただきませんと」

「何だと!?まだ預けて数日だぞ、金を使う事なんかしてないだろう!?」

「ここに証拠の日報があります。職人がすでに指輪を解析し、材料の候補も発注したようなので、せめてその代金を…」

「貸せ!」


ひったくった作業報告書を読み、エイデンは舌打ちした。

「大陸中から材料を集めて比較しなければ、再現できるかどうか判断付きかねる、だと!?まさかこの費用を請求するつもりじゃないだろうな!?」

「…贋作づくりは本来その品を作った職人に頼むものです。大っぴらに出来ない依頼だからウチに来たのでしょう?こうして手探りで材料を探すことを断られては仕事になりませんよ!」

「だから、もうその仕事をしなくていいと言っているのが判らないのか?さっさと預けた指輪を返せ!!」

「…二度と当店へはお越しにならないでください」


そう言って店主は奥へ引っ込み、小さな宝石箱を持って戻ってきた。

エイデンは宝石箱の中身を確認し、店を後にする。

もちろん小悪党のお約束、暴言を投げつけるのを忘れはしない。

「がめつい奴らめ!頼まれたってこんな店、二度と来るか!」


店主も応戦する。

「文句を言わないと足が動かないのか!?とっとと出てけ!このケチな盗人が!!」


店を出て、少し歩くとエイデンの腹にジワジワ怒りが湧いてきた。

「(盗人だと!?ああ、確かに私は泥棒だ!まったく、足元を見やがってあの守銭奴共が。扱っている品物が高価なだけであって、お前らの薄汚い小銭欲しさの魂にカネを払えるわけじゃない!)」


心の中でブツブツブツブツと長文の文句を呟きながら家路につく。

贋作を作って宝石箱に戻すタイミングを見失った今、わざわざ贋作のために料金を支払うつもりはなかった。

とはいえ、騒ぎが落ち着くまで本物のコットンキャンディ花が埋め込まれていないリングを売り払うこともできず、エイデンはうなった。


――――――――――


「舐めてもらっちゃ困りますよね?」

「全くだ…」


宝石店の店主は魔法道具の看板のライトを消した。

表の扉に鍵がかけられる。

「最低の客だったな。顔を隠していて、どこの誰かはわからなかったが…」


さっきまで店に立っていた店主がそう愚痴りながら、奥の職人工房へやって来た。

手にはもう酒瓶を持っている。

女性のジュエリー職人が店主に苦笑いを向けた。

「外に飲みに行きましょうか?店内で飲むのは禁止されていますよ?」

店主は断り、グラスに酒を注ぐ。

「ありがとう。でも、こんなツイてない日は出歩かないほうがいい」


男性のジュエリー職人は差し出された酒を突っ返す。

「おいおい、私は飲まんぞ…」

宝石や貴金属を扱う場所では伝統的に飲酒が禁止されており、法律でも禁じられている。

生まれた時からその法律があるので3人ともよくは知らなかったが、たぶん大昔にその決まりを作るきっかけになる様な”トラブル”が起きたのだろう。

「ここが私の家だ。どこで飲もうと…」

「自宅は2階でしょう?ここは1階、装飾品とインゴット、未加工原石を扱う店ですけど?」


店主はもうグラスを空にした。

「知ってるか?モルリヴァールでは2階は1階なんだぞ」

「?」

「あの国は1階をゼロ階って言うんだ。だから、ここは1階じゃなくゼロ階…そして2階が1階…だから酒が飲める…」

「おいおい!もう酔っぱらってんのかよ!!」

3人は大声を出して笑った。

「あぁ~~!!あの客はコソドロだろうなぁ!捕まえて兵士に渡せば、いくらかカネが貰えて感謝状までついてきたかもしれないのに」

「やめとけ。盗品に関わる仕事が無くなったらこの店は潰れる。盗みを働くヤツを一度兵士に差し出せば、噂はあっという間に広まって…」

「わかってる!本当にそんな事をしたいわけじゃなく、アイツをぎゃふんと言わせてやりたいって意味だ!」

「言わせてやりましょうよ♪」


女性のジュエリー職人は、店主の前に指輪を差し出した。

「これは酔いがさめるな…!」

「水晶を丸く削り、内側を土魔法で溶かし、コットンキャンディ花の種子毛繊維を埋め込み、また水晶を硬化させるんです。すると、無色透明の水晶がまるでピンク色に見えて…綺麗ですよね?」


しかし、もうひとりのジュエリー職人は不満気だ。

「けどなぁ!!ど~も輝きが違うんだよ…あっちは多分、植物繊維じゃないものが埋め込まれているんだ…」

「いや、このクオリティならいけるぞ!」


人生、仕返しほど楽しいことはない。

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