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人質生活18日目

「あー…その…ゴホン」


レジナルドはカントリーハウスの敷地の門の前で待っていた。

彼に気付いたセーラが、馬の上から手を振り応える。

「おはようございますレジナルド様。早速レッスンを始めましょう」

「あ、ああ、うむ、あのな。ゴホン…」

「残念ながら昨日の雨で地面の調子が良くありません。ここへ来るまでの道も酷いものでしたよ。今日は屋敷の周りをゆっくり回ることにしましょう」

「ああ、そうだな。それで…あの…」

「もちろん右回りも左回りもしますよ。けど砂の馬場には入らないようにしましょう。ぐちゃぐちゃになっていて…」

「ご、ごめんな!」

「…」

「すまない。この前、馬を驚かせてしまって…」

「仕方ありませんよ。でも、レジナルド様と発酵焙煎チョコレート号の相性はいいですからね。振り落とすほどは暴れなかったじゃありませんか。その場でちょっと足踏みしただけです。さあ、厩舎へ参りましょう」

「怒ってないのか?」

「前日だって別に怒ったわけじゃありませんよ。危ない行動を注意しただけです」

「…」


あれで怒っていないなら、怒ったらどうなるんだろうと思いつつレジナルドは厩舎へ向かった。


――――――――――


クリップ、クロップ、クリップ、クロップ。

パカ、パカ、パカ、パカとゆっくり歩くと、乗馬の楽しさを再確認できる。

「このぐらいで歩くのが一番楽しいな」

「そうですね。私はギャロップも好きですが」

常歩なみあしより早い歩かせ方か?」

「ええ。常歩なみあしがウォーク、速歩はやあしがトロット、駈歩かけあしがキャンター、そして一番早いのが襲歩しゅうほ、ギャロップです。時速60~70kmも出ますから、落ちたらまあまあ死にます」

「えっと…俺はウォークかトロットまでしか習わなくていいぞ?」

「ご安心ください。かかる負荷が強すぎる場合、走らせようとしてもギャロップはできません」

「太っていて良かった~~~!!!!」


――――――――――


アリディンバリスの王城。

エイデンは、侍従長に報告する。

「レジナルド第二王子様のお部屋の清掃についてですが。やはり、第一王子様が直々に清掃を命じられたことを重く受け止め、週に一回、部屋の掃除をさせる事にしました」

「うむ。第一王子様のお優しさを無下にしてはならない」

「それで、かなり悩みましたが…指輪が無いのではと報告してくれた使用人2人を、清掃のメンバーから外すことにしました。また、清掃メンバーは固定せず、毎回違うペアを当てることにしました」

「残念だが、報告してきてくれた2人には怪しい部分も残っている。外すのは順当だろう。しかし、なぜ毎回人を変えるのだ?むしろ固定したほうが、何かあった時に責任の所在を追求しやすいだろう?」


エイデンは渾身の演技力を見せる。

「私は、第一王子様のお気持ちを考えました。レジナルド様が人質に出された瞬間、部屋の掃除を誰もしなくなった事に心を痛めておいでなのです。結局、レジナルド様は嫌われておりますので…。しかし、交代で部屋の掃除をさせれば、少しずつでも第二王子様への親しみがわいてくるのでは?と思いました。誰もいない部屋の掃除なんて楽ですから…こう…レジナルド様を城の使用人みんなが愛するようになれば、第一王子様もハッピー、みたいな…」


かなり苦しい。

しかし、侍従長は納得した。

「…それはあれだな。単純接触効果というヤツか?」

「えっ!?あ、それです!」

「なるほど、考えたな。繰り返し掃除しているうちに、その部屋に好感を抱くようになり、やがてはレジナルド様ご本人への印象も良くなる。清掃を同じ使用人に任せず、多くの人間に頼むことで、広く薄く第二王子様への好感度を上げていく作戦か。いいぞ!」


実際は違う。

清掃当番を固定したら使用人たちが部屋にあるものを記憶してしまう恐れがあるからだ。

自分がこっそり芸術品を持ち出すのをバレないようにするためにも、毎回違うメンツに頼むことが重要だった。

さらに盗難がバレれば、大勢の人間に罪をなすり付けることが出来る。

「そ、そうです!しかし、そのことに気付けば使用人たちは反発してしまうでしょう。この話は内密に…」

「ふっふっふ、わかっている。それにしても、そこまで人間の心理を把握した者が次の侍従長とは、心強いな」


エイデンは礼を言い、頭を下げた。

「もうひとつ。第一王子様が宝石箱を宝物庫ほうもつこへ移動させるよう命令されました。早めに移動させたほうが良いと思うのですが…」

「ああ。宝物を増やす際にはリストに手を加えなければならないんだが、許可を臣下30人以上に取らないといけないんだ」

「…30人以上!?!?!?」

「もちろん、国王様のように書類に適当にサインしてくれる方なら話も早い。しかし、臣下のみなさんは一枚一枚申請書をチェックしているからな。事件を知らない臣下もいるので説明に回っているんだが、なかなか、な」

「私もお手伝いいたします」

「いや、侍従長として最後の仕事だ。ここだけは私ひとりにやらせてほしい。引退のあいさつ回りも兼ねている」

「…また紛失が起きれば、あなたと私の責任問題です。せめて鍵付きのどこかへ移動させましょう」

「しかしな。王族の宝石箱を保管できる場所は、本人の自室か宝物庫ぐらいだ。貴族といえどもまさか格下の臣下に預からせるわけにはいかないし」

「第一王女様か、第二王女様にお願いしてはどうでしょうか?第一王子様にこれ以上ご心労をおかけするわけにはまいりませんし、まさか国王様にお願いすれば、事件のことが明るみになってしまいます。あまりハッキリ言うのは良くありませんが、国王様のごきょうだい、叔父様、叔母様、いとこ様とは距離を取るように命じられてもいます。他の王族には頼めないでしょう」

「そうだな…わかった」


――――――――――


「あいつの宝石箱を!?私が!?嫌に決まっているでしょう?帰って!」


第一王女アデレート。

レジナルドから見れば上の妹の彼女は、当然拒否反応を示した。

「そもそも何で急に宝石箱を預からせるの?」

「私はレジナルド様の第一従者でした。王族の持ち物の中でも、最も高価な宝石箱が放置されているのは心もとないのです。宝物庫へ入れていただけるようにお願いはしているのですが…」

「お願いなんかしないで、さっさと自分で宝物庫へ入れちゃえばいいでしょ?場所がわからないのなら私が案内してあげる」

「いえそれが、王家の格に相応しい品か申請が必要らしく、30人のサインを貰って回らねばならないようで…侍従長はあのお歳で、一生懸命、臣下のみなさんのお部屋を訪ねておられます」


上の妹は少しだけ眉毛を下げた。

「…あなたたちの仕事のそういう部分、ちょっとだけ同情しちゃう。昔はもっとフレキシブルに動けたでしょうに、こう、少しずつ積もり積もって、許可や申請を受ける仕事がメインになっちゃってるんでしょ?本当に可哀想」

「お心遣いありがとうございます。目上の人のサインにお辞儀するように斜めにサインしたり、様々なしきたりが日々生まれているので、書類にサインをする臣下のみなさんも大変苦労してらっしゃるとお聞きしました」

「う゛う゛っ…!」


上の妹は眉間にしわを寄せた。

同情心が湧いてくる。

「…まあ、見てやるだけならいいけど。持ってきなさい」


――――――――――


わずか10分後。

「わーっ!こんな宝石、見たことありませんね…綺麗!」

「思った以上にセンスが良くて驚いちゃいました。特にこの指輪!お付けになってみてくださいよ」

「フン、あんな太っちょの指輪だもの。指どころか腕に通しても落ちてしまうでしょ?」


部屋は笑いに包まれた。

アクセサリーを机に並べ、品評会をしている。

第一王女はレジナルドの宝石箱を見た途端、目の色を変えて預かることを了承したのだ。

今はエイデンを追っぱらって、侍女たちと楽しくやっている。

「これなんてすごいですよ!魔法がエンチャントされているみたいです」

「…宝石の中に何か見えますね?」

「やめておきなさい。目が腐る魔法だったらどうするの?」


再び部屋は笑いに包まれる。

たっぷり2時間はお喋りしていたが、使用人がランチの時間を知らせに来て、一旦お開きとなった。

「もうこんな時間?また午後から太っちょのコレクションを見ましょう」


――――――――――


昼食を食べ終わったレジナルドの下に、トーラティカの王室からの手紙が届いた。

「”貴族を交えた王族の舞踏会に、アリディンバリスのレジナルド第二王子をご招待したい。ぜひ都合をつけて出席し”………マシュー?」


マシューと手紙を持ってきた執事は、真面目な顔で頷いた。

「出席しなければなりません」

「ええ。これは断れないヤツですね」


レジナルドはウィングチェアの中で姿勢を崩す。

「そうだろうな。しかし、この屋敷でおとなしくしていればいいと聞いたのに、急にどうしたんだ?新聞社だろうが貴族だろうが、俺がいる屋敷に近づいただけで投獄するぞとお触れを出したそうじゃないか。それなのに急に王城の夜会に呼びつけ社交界デビューとは!やってることが真逆だぞ?」

「そうですねぇ…アリディンバリスの王族、つまりレジナルド様のご家族が、我々トーラティカの先王様のために夜会を開いてくださったと考えれば納得が出来ます。推測ですが、王家だけでなく貴族の皆さまもお呼びになられたのでしょう」

「ああ、それなら納得だ。ちょくちょく舞踏会をやってるからな。むしろ親族だけのパーティに人質をわざわざ呼んだりもするが…あれはただの自慢だぞ!?」

「ハハハ…アリディンバリスの王族が何を考えていらっしゃるのかはともかく。新聞記者や貴族を屋敷に近づけないのは、勝手にレジナルド様とのつながりを持たれるのが嫌だからでしょうね。腐っても隣国の第二王子ですから」

「腐ってないが?」

「失礼しました…」


レジナルドは思案する。

「お前も貴族だろうマシュー。王城の夜会に呼ばれたことがあるよな?」

「ありますが、3回しかありません…。1回目は成人の祝典の夜会、2回目はパートナーを探すために、3回目はその年に結婚した貴族とその配偶者が呼ばれる夜会に出席しました」

「パートナー探しの夜会に1回顔を出しただけ!?そんな爆速でキャサリンを見つけたのか!?へぇ~????」

「い、いえいえ!!キャサリンとはすでに恋人関係でした…伝統にのっとり、王家主催の夜会でパートナーと出会った事にしたまでです。”国王様のお力添えにより婚姻を結ぶことが出来ました”と、結婚後に呼ばれる夜会で、配偶者と共に感謝を述べることが大切なので…」

「あーっ、そういうしちめんどくさいヤツかぁ。アリディンバリスでは廃れているぞ」

「伝統的な手順を踏んだまでですよ。それよりも貴族の納税システムが気絶前提レベルで煩雑なのですが、聞いていただけますか?」

「いやぁ…俺も王族だからな?」

「あっ、”ソチラ側”でしたか…」


マシューが今までに見せたことのない表情を浮かべる。

執事のハインリヒがたしなめた。

「腐っても異国の王族なのですから、眼前で軽蔑のまなざしを向けるのは無礼が過ぎますよ?」


レジナルドはきちんと拾う。

「腐ってないが?」

マシューは眉間にしわを寄せたままだ。

「もっと適切に言葉を選べば、腐敗した王政?」

「マシュー?」


ハインリヒが弁護した。

「すみませんレジナルド様。マシュー様も貴族なので、我が国の煩雑な納税システムに嫌気がさしているんだと思います。税金をわざと多く徴収されて、それの還付のためだけに王城へ行き、国王と大臣の前で頭を下げ、謝意を表して超過分の税金を返してもらわなければならないんです。今までのイラつきが溜まりに溜まってレジナルド様への無礼な態度として滲み出てしまっているんでしょう」

マシューがため息をついた。

「まあいいですよ。今年から手続きが楽になったみたいですから」

「ふーん。でも直接王城へ出向くようにしないと詐欺が横行するぞ。還付を郵送で済ませるのでゴールドを梱包手紙で送るように、という伝統的な詐欺があるだろ?」

「えっ?”今年から郵送で税金が還付されるから、手数料としてゴールドを送れ”という手紙が届いて送ってしまったのですが…?」

「ハアーーーーっ????????”梱包手紙でゴールド送れ”は全て詐欺だぞ?????」

「あっ…」


全てを察したハインリヒが咳をした。

「閑話休題。マシュー様、夜会での具体的な振舞い方、服装などをお教えください。あと1ヶ月しか準備する時間がありません」

「………」

マシューは沈黙をもってして答えた。

レジナルドは今にも爆笑し出しそうな顔をしている。

「ましゅー?笑」

「…レジナルド様、とりあえず夜会服の確認をしましょう…」

「笑」


マシューはガッ!と自分の頭を抱え、無言のままだ。


――――――――――


まんまと還付金詐欺に引っかかった通訳を置き去りにして、使用人、執事と共にレジナルドはドレッシングルームに来た。

カーテンを閉め、魔法道具のシャンデリアに灯りをつけ、なるべく夜会の薄暗さを再現する。

「ところで、ここの王族は使用カラーが決まっているんだよな?」

「ええ。毎年変わるのですが、今年はパープルなので、貴族の皆さまは紫系を避けてドレスを作られているはずです」

「面白いな。毎年変わるのか…アリディンバリスの男性王族は白や黒ばかり身に着けていて、つまらないんだ。もっと貴族たちのようにカラフルな夜会服を着たいと思っていたし…まあ、実践もしていたな。父や妹、臣下たちからどう見られていたかは知らんが…」

「王族のドレスの色が決まっている国も格好いいですが、トーラティカの流行色システムは最高ですよ。王族が身に着ける色は平民も真似したいでしょう?毎年違う色が流行るので、アパレル業界も景気がいいらしいです」


着付けを手伝う使用人が自分のハンカチを出した。

「自分のハンカチも紫です!服はお金がかかりますが、ちょっとした小物なら買えます。王家が好きな市民は、流行色のアイテムを持つことが多いですよ」

「ふーん…しかし、逆にゲストは身に付けないほうがいいわけだな?」

「いいえ、貴族の間でも流行るのですが、やはり夜会に同じ色のドレスを着ていくのは避けると思います」

「なるほど」

逆に紫色の夜会服を持っていなかったレジナルドは、幸運とばかりにすべての服を試着した。

しかし…。

「…服に余裕があるな?」


作らせた時にはピッタリだった服が、すこしモタついている。

「そうですか?」

「もしかして…俺は痩せたんじゃないか!?何かの病気に違いない!」

「失礼ですが、全然そんな風には見えません」

「…医者を呼べ!!!!」


――――――――――


もうすぐ夕方になる時間だが来てくれた医者には感謝しかない。

医者はレジナルドの寝室で、彼の体をグッと押してみたり、深く呼吸させて聴診器で胸の様子を伺ったり、耳のそばで小さな音をたてて聞こえをチェックしたり、様々な検査をした。

「…レジナルド様。あなたは健康体そのものでございます」

「ならパンツのウエストに余裕があることをどう説明してくれるんだ!」

「湿気のせいで布がゆるんだのかもしれませんね」

「な…に…?どういうことだ…?」


傍で聞いていた使用人や執事の顔がぐにゃっと歪む。

そんなわけがない。

「この屋敷は真横が小さな森がありますゆえ、どうしてもそこから湿気が流れてくるんです。アリディンバリスの王城は乾燥していたでしょう?」

「いや、湿気に悩まされていたが」


レジナルドの発言を無視して、医者は執事と使用人に尋ねる。

「最近、湿っていますか?」

執事のハインリヒは言い淀みながらも回答する。

「はい…雨の季節、初夏から夏にかけては特に空気が湿るので、そういう事もある?のかも?知れません…????」

医師は満足気に頷いた。

「やはりそうでしたか。国が違えば湿気の性質も違いますから、こちらの湿度の影響を受けたのでしょう」

レジナルドも”ふ~ん”という感じで納得したようだ。

「なるほどな…まあ、今回は素直に勉強になった。どうすれば服は元に戻る?」

「残念ですが、一度緩ゆるんでしまった布を戻す手段はありません。しかしトーラティカの布で作れば、トーラティカの湿気にも耐えうる服が出来るでしょう」

「ああ、さすが医者だ!感心するなぁ!服を作った方がいい、とな!最適解にして俺が最も求めていた言葉だ!おい、聞いていたか?」


使用人と執事は無理に口角を上げてほほ笑んだ。

医者は診察道具をレザートランクにポイポイ放り込む。

「それでは私は失礼いたします。乗馬を続け、食事は適正な量をお摂りください。執事さん、乗馬インストラクターとシェフによろしくお伝えを」


――――――――――


夜。

アリディンバリスの王城。

暑いので窓は開けたままにしておくように命じ、第一王女アデレートは使用人を下がらせた。

使用人が深々と頭を下げる。

「おやすみなさいませアデレート様」

「ええ。また明日………」


ぶ厚い扉を閉めてしまえば、多少の生活音は聞こえない。

上の妹はもう16歳だ。

アクセサリーに一番興味がある年頃だろう。

ベッドからガバっと飛び起きて、綺麗に仕舞ったはずの宝石箱から、再び宝石を出しはじめた。

「(トーラティカの元国王が装飾品を持ってこなかったことに感謝しなくちゃ…!おかげで下の兄も貴金属を何ひとつ持ち出せなかったんだから♪)」


就寝用ワンピースにブローチを付け、鏡を見る。

ブローチはキラキラと輝いており、魅力的に見えた。

「(ま、持っていったとしても人質が着飾る場所なんかないだろうけど。それにしても…珍しいアクセサリーばっかり。アイツが居た頃はアイツが身に着けているジュエリーなんて見たくもなかったけど、こうしてみると…なかなかセンスがいいじゃない!)」


指輪をすべての指に通す。

確かにリングは大きく、鏡越しに見ると大人の指輪を子供が付けているように見える。

「(宝石だって箱の中じゃ寂しいだろうし、国一番の美人に付けられるなら喜んで輝くというものでしょう?下の兄が帰ってくることはないだろうから、これはもう私の物!)」


指輪を外し、宝石箱に戻していく。

最後に中指に残った赤い宝石を覗いた。

バラのように深いレッドの石鏡に、自身の顔が、3倍増しの美人に映る。

「(ねぇ…私ってこんなに美人だったっけ?)」


――――――――――


正気を取り戻したマシューはレジナルドに夜会の内容を伝えていた。

夜会では王族はもちろん、貴族も派手に着飾るらしい。

「ああ、そういえば装身具がひとつも無いな。すべて宝石箱の中に入れ、アリディンバリスの自室に置いてきてしまった…やはりブローチのひとつやふたつ無いとみすぼらしいだろうか?どうしたらいいと思う?」

「私ので良ければお使いください」

「お前のセンスで選んだモノを?お断りだ」

「…」

「うーん、流石に服を作らせて、そのうえアクセサリーまでというのは人質らしい謙虚さが感じられないよな?」

「そうですね、それはちょっと予算利用の申請が通らないかもしれません」

「ふむ…」


レジナルドは遠い祖国のコレクションに思いを馳せた。

骨董や工芸品、絵画までの愛情は注げなかったが、宝石箱に入っていたのはどれも珍しいアクセサリーばかりだった。

それなりに思い入れもある。

「手紙を運んでくれている使者がいるよな?そいつに貴金属を運ばせるのはダメか?」

「…アリディンバリスの王室がいいとおっしゃるなら、まあ、こっそりと…」

「俺の財産だ。ダメとは言わないだろう」

「かなり愛着がおありなんですね。一番好きな宝石は何ですか?」

「それはもちろん…ジャンプスケア・リングだな!」


――――――――――


戻ってアリディンバリス、アデレートの部屋。

彼女はうっとりと、指輪の宝石を見つめる。


ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


急な爆音と共に、さっきまで映っていた3倍増しの美人の自分の顔がドクロに変わった。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!????????????????」


叫び声と共に手をブン!と振る。

リングが指から抜け、カツン!!と鏡にぶつかってどこかへいってしまった。

「大丈夫ですか!王女様!?」


アデレートの悲鳴を聞きつけた近衛が部屋に駆け込む。

彼女の部屋付き近衛兵は女性だ。

「大丈夫ですか!?」

「い、いや…あの…」

「お怪我は!?」

「な、ない…」

「…」

「…」


見つめ合っているうちに侍女たちも駆けつける。

「王女様!どうなされました!」

「ゆ、指輪を無くしてしまったの…」

「えっ?」

「指輪についていた宝石を見つめていたら…いや、正確には宝石に映る自分の顔を眺めていたら…」

「はい…」

「その顔が急にドクロになって、しかもどこからともなくメチャクチャ怖い爆音が聞こえて…」

「ええっ!?の、呪いの兆候などは…」

「いや、ない…大丈夫…でも…手を振った時、指輪をどこかに飛ばしてしまったんだけど、それが、預かったリングで…」

「!」


もちろん兄、レジナルドの財産だ。

「ご安心ください、お探しします」


窓を開けっぱなしにしていたため、城中に叫び声が聞こえていた。

次から次へと走って来る使用人に、部屋の前に立つ近衛兵は「第一王女様は虫に驚かれて大声を出されただけだ」と説明し、人を返す。

その間、部屋を明るくして床に這いつくばり、侍女達は部屋をくまなく探した。

が。

「ないですね。家具をずらしましょう」


ない。

「ベッドの下も覗きましょう」


ない。

「シャンデリアに引っかかっていませんか?」

「ええ、脚立を持ってきましょう」


どこにもない。

「そんな!」

「もしかしたら、窓から下へ落ちてしまったのかもしれません」


確かにその可能性はあった。

「我々はこれから外を探してきます。アデレート様は休まれてください」

「わかった…」


上の妹は侍女達が部屋を出て行くのを見送り、ベッドに潜り込んで部屋の明かりを消した。

ちなみに遠隔でシャンデリアをオンオフできる魔法道具の端末がある。

魔法周波数をいじると隣の部屋にイタズラもできる。

「…?」

大きなふかふかピローに沈めた頭に違和感を覚え、体の向きを変えた。

ゴリッ

「!?」

髪に指をやると、指輪があった。

どうやら鏡にぶつかって跳ね返った後、自分の髪の中に入り込んでしまったらしい。

「…っ!」

侍女達に知らせなくては、と思ったが、同時に黒い考えも浮かんでくる。

最後に人をビビらせるような音と映像の演出があることを除けば…いやその部分が最悪なのだが。

深い赤の石面に、3倍増しの美人の自分の顔を映してくれる、最高の指輪だ。

「(このひとつだけでいいから、私のものにできないかな?)」

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