人質生活17日目
ザーザーと雨が降っている。
風も強く、屋敷の柱や屋根からガタピシ音が鳴る。
窓はたまに揺れ、不安な気持ちになる程だ。
一緒に朝食を食べているマシューが和やかな口調で話す。
「雨の日にはセーラさんは来ませんから、昨日買った本を読むことにしませんか?」
「………そのことなんだがな。…俺は、乗馬をもう少し続けようと思う」
「ええ。せっかく乗れるようになったのに、ここでやめてしまうのは勿体ないと思っていました」
「しかし、セーラにもう来なくていいと怒鳴ってしまったんだ…」
「まだ契約解除の正式手続きを踏んでおりませんから、きっと明日、晴れればセーラ様は来てくださいますよ」
「!」
「もうモヤモヤとは決別できましたか?」
「いや…正直、まだ馬は怖いし、俺を怒ったセーラのことも嫌いだ。でも、乗馬は続けたい」
いつも通り、朝食が美味しかった。
風の音がうるさく、窓が揺れる。
しかし、いつか天気が晴れると知っているのでそこまで怖くない。
――――――――――
アリディンバリスの王城、ひと気のない場所。
エイデンの仕事は早かった。
女性の使用人はため息をつく。
「レジナルド第二王子様の部屋の清掃は、当番制にするって…」
2人の使用人は、兵士と相談中だ。
兵士はがっかりした様子で現状をまとめる。
「清掃は週に一度、普通の掃除と同じくペアでやる。ぐるぐる順番を回していくわけだ。で、当然…指輪が無いことを発見&報告したお前たちの名前は、当番のリストにはない、と」
「もう二度とあの部屋に入れないなんて…!今思えば、黄金の秘宝が眠る金庫みたいな場所だった…もっと大胆に動いていれば!」
「…私は盗みを辞められるから、正直嬉しい」
兵士は近くに生えていた背の高い花を蹴って散らせた。
「いい”副業”になると思ったのにな。お前たちが部屋に入れないんじゃ話にならねぇ」
「でも、ああするしかなかった」
もうひとりの使用人もうんうんと同意する。
「清掃の仕事を命じられて実際に部屋に入ったもんね。業務日誌も付けられてるから誤魔化せないよ。いちばん盗難を疑われやすい身なんだから、自分たちで報告するしかなかった…と思う。多分。あれより良いごまかし方はなかったよ。1か月後にはバレちゃうんだし、そこで”盗んだな!”って犯人にされるぐらいなら、指輪が無い報告をする賭けに出るって」
「それに実際、指輪”は”盗んでないし?」
「…」
兵士は足をブンブン振って、野草についた白い花を蹴散らしていく。
「…そっちの方がヤバくないか?」
「?」
「外部から泥棒が入れるわけがないんだぞ」
「…そうなの?ちゃんと警備してるんだあなた達」
「ハッ!城の中にいる誰かが盗んだ。リストと照らし合わせても、確かに指輪は一つなくなっていたんだろ?」
「うん。よりにもよって中央。リングを飾るベロアの仕切りから抜かれてて…!だからすぐに盗難に気付けたんだけど」
「そうそう!絶っ対に、前見た時には指輪があったよね!!第二王子様が人質バイバイした後だよ。あいつが持ってった訳ないじゃん」
「堂々たる犯行だな。…なにか引っかかる。どうせ一か月後にはバレるからと真ん中から抜いたのか?」
「それより、盗んだ宝石をどこに売るつもりだったんだろう…」
「独自のルートがあるヤツだったのかもな」
「…上級使用人かもね?掃除や給仕しかしない下級使用人には縁のない世界を知ってるし」
上級使用人は従者、侍女などだ。
王族のために絵描き、宝石商、美術商、服の仕立て職人、音楽家、曲芸師、時には家具職人さえも城に呼ぶことがあった。
また、貴金属の管理や売り買いを任されるなど、秘書のような仕事が多い。
ツテやコネもでき、王族に近づくためにまず上級使用人が接待されることも普通だった。
もちろん上級使用人といきなり話せるわけではないので、上級使用人を紹介してもらうところから始まる。
「…フフッ、でもさ、面白いよね」
「なんだよ?」
「光り物好きの第二王子が、宝石箱をそのまま置いてっただなんて」
「ああそれなら確か、トーラティカの先王が装飾品を持ってこないとかで、条件を合わせるために置いてったらしいが」
「そうなんだ。まあ、後から宝石箱を送れって命令するつもりだったのかもね」
――――――――――
レジナルドは演劇の本をテキストにして勉強していた。
興味のある題材だと内容がスラスラ理解できる。
「このシーン、いいんだよな~!」
「パーティから追い出された主人公と、そのパーティのリーダーが再会する場面ですね」
「落ちぶれたリーダーが、パーティを抜けた魔法使いとタンクに嫌がらせをしようとするその瞬間、主人公に見つかって大慌て!!!!最高か????」
「古典はいつ読んでもざまぁ臓が満たされます」
ざまぁ臓とはナーロッパの住人が実在を信じている架空の臓器で、膵臓や腎臓、肝臓のように何らかの機能を果たす臓器として認識されている。
具体的には、ざまぁ作品を読むと心が異様に満たされるので、体内のどこかにざまぁ成分を求める臓器があるのだろうと考えられていた。
図書室を使用人がノックする。
「失礼します。ランチの準備が整いました」
「おお!もうそんな時間か」
「楽しい時間は過ぎるのが早いと言いますが、本当ですね」
「わかるぞ。演劇を見ているとあっという間に時間が経ってしまう」
――――――――――
その逆で、楽しくない時間は過ぎるのが遅い。
楽しくない時間の筆頭と言えば、説教だろう。
ここはトーラティカの王城。
「どういうことか、説明して?」
今日は国王だけではなく宰相も相手にしなければならない。
宰相はウソを見抜くユニークスキルを持っているため…正直に話すしかない。
「町で、買い物をして、偽物を掴まされ、198万ゴールドを払う契約をしてしまいました」
国王は無言だ。
「…」
「申し訳ございませんでした」
「宰相。今までのところ、言葉にウソはない?」
「はい」
フィリップは汗をかく。
これはめちゃくちゃ怒られるパターンだろう。
しかし、ホッとする気持ちもあった。
小さい失敗は仕方がない。
レジナルドにみっともない真似をさせ、最終的には祖父を国へ呼び戻す計画さえ狂わなければよかった。
王は口を開く。
「護衛から聞いた。制止を聞かずに購入し、しかし後日偽物だと気付いて店主に詰め寄ったと」
フィリップは恥ずかしさで今でも泣き出しそうだった。
「…はい」
「よくやった」
「!?」
まさかの言葉に顔を上げる。
「詐欺師どもが王族や貴族を舐め腐り、金を巻き上げるのにうんざりしていたの。もう二度と商売が出来ぬよう、あの店主は両腕を切り落とし、市中に放つ。あなたがフェニックスの羽とフェニックスもどきニワトリの羽の違いに気付けるような目利きだったとは。誇らしい」
「!!」
どうやら護衛が上手いこと言い繕ってくれたらしい。
フィリップは喜びの涙を流した。
「…ありがとうございます」
「私もあなたと同じ温室育ち。城内へ入り込む商人は、代々続く商家の信頼を傷つけぬように仕事をする。しかし、市井の取引はそうじゃない。詐欺師が外見だけ立派な店を構え、王族や貴族のような世間知らずを手ぐすね引いて待ち構えているの。ああ、懐かしい。私もどれだけ騙された事か………オッホン!あなたももう成人したことだし、これからは城を出て、街で買い物をする経験を積んだほうが良いのかも。宮廷お抱えの職人だけ相手にしていては、常識が身に付かないだろう?」
「…!!!!」
フィリップは半笑いになった。
喜ぶに喜べない。
与えられてきたものを身に着けてきただけの人生だ。
良いものを見分ける知識なんてどこにもなかった。
「今度、貴族を集めて舞踏会を開く。そこで着る夜会服を自分で注文してみなさい。従者には頼らず、わかった?」
――――――――――
午後。
レジナルドは勉強の続きにいそしんでいた。
マシューを教師にどんどん本を読み進めていく。
「ここは”パーティから追放しておいて、戻ってきてくれと頼まれてももう遅い!”であってるか?」
「いいですね、その翻訳で間違いありません。どんどん読んでいきましょう」
ノック音と共に使用人が顔を出す。
レジナルドはテキスト代わりの本から目を離さず、断る。
「今日は茶はいらない!菓子はお前たちで食べてくれ」
「!」
驚いた顔の使用人が、わかりました、と答えて去っていく。
「…なんだか、俺、今、集中しているよな?」
「集中して勉強されていらっしゃいますね」
「ふむ。集中するっていうのは案外気分が良いものなんだな」
――――――――――
一方こちらはフィリップ。
持つべきものは友達だ。
ちょうど王城に来ていた、同年代の貴族たちに相談する。
「夜会って、だいたい1か月後だろ?」
「もう淡青の月の26日だからなぁ。どの仕立て屋も混んでるだろうし、今からじゃオーダーは厳しいな」
フィリップは頭を抱えた。
「しかし、舞踏会にはそれなりに派手な服を着ていかなければ!王族らしい夜会服を着るのが伝統なんだ、知ってるだろ?今回はお母さまに試されているようなものだし、どうすれば…」
「既製品に刺繍をしてもらえばいいじゃないか」
「既製品?」
「…もう出来上がってる服があって、そこに刺繍やらレースやらを付けてもらえるんだよ」
「じゃあ、それにしよう!懇意にしてる仕立て屋を教えてくれよ」
「ま、いいけど。ひとつ貸しだな」
フィリップは同年代の友達と笑い合う。
――――――――――
土砂降りの中、馬車がノロノロと動く。
到着したのは城下町にある男性服の仕立て屋。
看板は出ておらず、一見さんお断り、貴族のための店だ。
「ピッタリじゃないか!…よく考えれば、逆に今まで一着一着測っては作らせてを繰り返していた事が非効率的に思える。体型なんてみんな似たり寄ったりなんだし、数パターン用意しておけば、大体の人間に会う服を素早く出せるんだ!」
貴族の友達は笑った。
「王族には宮廷お針子がついてるから、どの服もオーダーなわけだ。まさかその歳まで既製品を知らなかったとは、笑えるな!」
「…し、仕方ないだろ」
照れるフィリップに仕立て職人が話しかける。
「王族に相応しい、豪華な刺繍、ですか」
「あとひと月では難しいだろうか?」
「人を増やして縫いましょう。その分代金はいただきますが…」
「仕方がない」
「では、カタログをご覧になりながら刺繍を決めていきましょう。まず袖に大きく王家のシンボルを入れます。糸の色はいかがいたしましょう」
「何でもいいぞ」
友人が助言する。
「おいおい、ド派手にするのを忘れちゃ国王様に呆れられるだろ。地がネイビーなんだから、ゴールド、シルバー、ホワイト、ライトグレーとかの目立つ糸で頼めよ。今年ならパープルだろ?」
「ああそうか…今までは色なんて全部任せっきりだったからな…」
店主は微笑んだ。
「仕方ありませんよ。どんなにざっくりと頼んでも、王族に相応しく仕立ててくれるのが宮廷の職人というものです。わたくしも宮仕えをしている気持ちになって全力でお作りしますので、一緒に頑張りましょう」
「…ありがとう!それじゃ早速、襟のフリルについてだが…」




